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2005.07.05
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アッシジのフランチェスコ


~白水社、2004年~

 フランシスコ会創立者、アッシジのフランシスコ(本書ではフランチェスコと表記されていますが、私はフランシスコという表記になれていますので…やはりフランチェスコとした方がよいのかもしれませんが)に関する伝記です。
 一般読者向けの著書なので、注がついていません。そこが多少残念ではありますが、分かりやすくて、興味深い本でした。
 序文は、ジャック・ル・ゴフが書いています。彼自身もフランシスコに関する伝記を書いており、私はその英訳を持っているので、いつかは読みたいものですが、それはさておき。
 いま読んだばかりの、訳者三森のぞみさんのよるあとがきの影響もありますが、著者フルゴーニは、文字史料と視覚的史料(絵画)を、バランスよく使っています。とりわけ、聖痕(キリストの受難のように、両手両足、脇腹に釘が刺されたような痕ができるのです)に関する箇所は、絵画を使った説明が分かりやすかったです。
 フランシスコと天使が向かい合わせにいて、両者の両手、両足、脇腹の間に、うっすら線が描かれています。最初は、鏡のように線が結ばれている(例えば、フランシスコの右手と天使の左手)のですが、後に変わっていく、という指摘がありました(という理解でよいと思うのですが…)。
 フランシスコ会は、13世紀に生まれた托鉢修道会の、重要なものの一つです。これと並んで有名なのが、ドミニコ会でしょう。ドミニコ会の創立者聖ドミニコについては、いつか記事として書きました。ドミニコはもともと在俗聖職者で、異端カタリ派などへの説教活動を、教皇から命じられました。こういう意味では、もともと教会の一部として動いていた人物といえるのではないかと思います。
 一方、フランシスコは、富裕な商人の家に生まれました。若い頃には、後に聖人となるとは思えないような、贅沢で放蕩な生活をしていました。ところが、幻視などにより、清貧を理想とする生活を送るようになります。

 ところで、当時の説教活動は、主に司教によるものでした。司教の下の司祭でもないフランシスコには、公に説教をする権利はなかった、というのです。人間の聴衆を前にした説教のシーンを描いた図像は全くない、とフルゴーニは指摘しています(131頁)。ところが、151頁[図3]は、フランシスコがスルタン(イスラーム教徒)に向けた説教のシーンを描いた図像です。これは明らかな矛盾だと思うのですが…。私の理解不足でしょうか。なお、他の文字史料では、フランシスコの説教に多くの聴衆が集まった、というのもあり、実際には、フランシスコは説教活動をしていたでしょう。司教や司祭の許可をとったのでしたか。
 本来ならこの記事も、しっかり本書と照らし合わせながら書いた方がよいのでしょうが…。すみません、ということで。
 それから、ジャック・ド・ヴィトリについての言及も何カ所かでなされており、その点でも、本書は私にとって有益な著書です。

(追記)
 本書の構成は以下のとおりです。

ーーー
序文―ジャック・ル・ゴフ

第一章 幼年期と青年期
第二章 決別
第三章 これこそ私の望みだ! これこそ私の求めていることだ!
第四章 仲間、会則、キアーラ

第六章 聖痕 それは真の発見か、聖なる物語か、それとも大胆な発明なのか
第七章 別れ

アッシジのフランチェスコ年譜
参考文献
フランチェスコ史料について

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Last updated  2008.07.12 21:26:51
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のぽねこ @ Re:銀色夏生『流星の人』(05/16) スパイシーチューリップさんへ コメント…
スパイシーチューリップ @ Re:銀色夏生『流星の人』(05/16) 流行りましたね!キラキラ系、あまり知ら…
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