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2006.08.02
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マルク・ブロックを読む

~岩波書店、2005年~

 20世紀後半の歴史学会に大きなインパクトを与えたアナール学派第一世代、その名の由来である雑誌『アナール』の創始者の一人であるマルク・ブロックについて、(1)その生涯を歴史的に位置づけ、(2)その著作についての二宮さんの読み方を示す本です。 1998年に行われた講演がもとになっています(岩波セミナーブックスの中の一冊です)。
 本書の構成は以下の通りです。

ーーー
第一講 時代に立ち向かうブロック
 一 ブロックとの出会い
 二 過去の重荷
 三 歴史家ブロック

第二講 学問史のなかのブロック
 一 新しい学問の胎動
 二 『アナール』誌創刊
 三 三位一体―ベール・フェーヴル・ブロック
 四 『封建社会』の構想へ
第三講 作品の仕組みを読む
 一 三つの主著1 『王の奇跡』
 二 三つの主著2 『フランス農村史の基本性格』
第四講 作品の仕組みを読む(つづき)
 一 三つの主著3 『封建社会』
 二 歴史家の仕事―『歴史のための弁明』第五講 生きられた歴史


あとがき
略年譜・関連地図
図版出典一覧
主要著作・参考文献
ーーー



 先に、マルク・ブロックの生涯を本書に沿って簡単に整理します。
 マルク・ブロックは1886年、リヨンに生まれます。父のギュスターヴ・ブロックは古代ローマ史の専門家で、リヨン大学、パリの高等師範大学、ソルボンヌ大学の教授を歴任した人物です。さらにさかのぼり、マルク・ブロックの男系の祖先は高祖父のバンジャマン・ブロックまでさかのぼれるといいます。そして、その子でありマルクの曾祖父であるガブリエル。彼らはユダヤ教徒でしたが、1791年の「ユダヤ人解放令」で、フランス市民権が与えられることになります。
 マルク・ブロックは名門校で学び、第一次世界大戦に従軍した後、戦後ストラスブール大学の一員となります。『王の奇跡』などを執筆し、後にソルボンヌ大学に移ります。
 そして第二次世界大戦。フランスはドイツに敗北し、ブロックはユダヤ系だったために「ユダヤ人公職追放令」にひっかかります。結局、フランス国家への貢献が認められるということで、適用免除の申請をして受け入れられることになるのですが、このことが他のユダヤ人を裏切ることになるのではないかという「良心の危機」があったと指摘されています。フランスの状況に危機を感じ、アメリカに移る計画もたてるのですが、これは果たされませんでした。マルク・ブロックはリヨンに移りレジスタンス運動に参加し、地下活動を展開するのですが、ゲシュタポにより逮捕され、 1944年6月16日、ドイツ兵に銃殺されました。

 第五講では、マルク・ブロックが立ち向かわなければならなかった二つの問題について、検討がなされます。一つはユダヤ人の問題。もう一つは、上の略歴ではふれませんでしたが、アルザスの問題です。
 ユダヤ人の問題について、二宮さんはマルク・ブロックの遺書をもとに考察します。ブロックは遺書の中で、葬儀ではユダヤ教の儀式をしないように要求しています。一方、自分がユダヤ人として生まれたことは否認しないといいます。しかし自分をフランス人と感じており、ユダヤ人であることはその障害にはならない。自分はよきフランス人として死ぬのだ、と言うのです。
 このようにブロックは、自分がユダヤ人であるということについて、強調しています(公職追放令など、そういう時代背景があったのも大きな理由です)。一方、フランスとドイツの中間にあたるアルザスの問題について、ほとんどふれていません。父のギュスターヴまで、ブロック家はアルザスに定着していました。地理的な問題上、ドイツ領になったりフランス領になったりと、アルザス地方の住民の言語やアイデンティティも大きな問題となるわけですが、ブロックはアルザスについてほとんど特別な感情を示していない。では、なぜ示していないのか、ということが考察されます。ここでは、ブロックは、その研究の中では国民主義的な感情を示していないけれど、現実にはフランス共和主義の普遍的価値こそを問題としていて、アルザス固有の地域文化に固執することがなかったのではないか、と二宮さんは指摘しています。

 学問史の中のブロックについてもふれておきましょう。
 いわゆる「近代歴史学」の特徴として、実証主義、厳密な史料批判という点があげられます。もちろん、これらの性格は基本的には現代の歴史学の基本でもあるのですが、当時は史料から何を読み取るのか、という部分が弱く、考証に終始する傾向があったといいます。この傾向への批判として、ブロックらに影響を与えた三つの潮流が起こります。「ヨーロッパの学問運動・芸術運動は、雑誌を旗印にして展開されることが多い」(53頁)のですが、ここでも三つの雑誌が紹介されます。第一に、ポール・ヴィダル=ド=ラ=ブラーシュが中心となった『地理学年報』。ヴィダルは「人文地理学」を提唱し、これは人間と自然との交渉過程を重視する見方なので、歴史的アプローチが基本的な性格となります。第二に、エミール・デュルケムが中心となった『社会学年報』。その主張の根幹は、「人間の営みをなによりも集合的な過程ととらえ、人間社会を諸要素の密接な関連から生まれる全体構造と見る」(57頁)ことでした。第三に、アンリ・ベールが中心となった『歴史学総合評論』。ベールは、この雑誌を新たな問題提起と議論の場にしようと企てました。
 これらの影響を受けて、マルク・ブロックはリュシアン・フェーヴルとともに『社会経済史年報(アナール)』を創刊することになるのです。
 そして、『アナール』の大きな特徴として、二点指摘されています。第一に、人間事象をすべて相互連関のうちに捉えようとする立場。第二に、諸専門分野の相互乗り入れの提唱です。先にはふれませんでしたが、「近代歴史学」への批判として、歴史学が細かい専門領域に分化しているということが挙げられていたのです(先日読んだ、『いま歴史学とはなにか』という本でも、現代歴史学の問題点として、専門領域への分化が指摘されていましたっけ…)。
 第三講、第四講では、マルク・ブロックの主要な研究書『王の奇跡』『フランス農村史の基本性格』『封建社会』、そして歴史学の方法論に関する『歴史のための弁明』について、その概略の紹介と、特徴の指摘や評価がなされています。ここでは詳しく書かないことにしますが、とても興味深く読みました。本書を参考にしながら、ブロックの著作をあらためて読んで勉強したいと思いました。

 それから、上では省略しましたが、第一講で、マルク・ブロックが日本の学会でどう受け入れられてきたか、ということが紹介されており、こちらも興味深く読みました。

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Last updated  2017.01.01 11:51:01
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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