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2007.04.01
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鷺沢萠『町へ出よ、キスをしよう』


 鷺沢さんの最初のエッセイ集です。鷺沢さんのエッセイはテンションが高くて楽しいのが多くて好きなのですが、本書に収録されたエッセイはもう少し控えめで、じーんとくる話もありました。もっとも、楽しい話でも、鷺沢さんの訃報にふれたときのことを思い出し、もう鷺沢さんはいらっしゃらないのだと思うと、特別な感慨にうたれたというのもあると思います。
 標題のエッセイは、外国映画のように、町中でも、さりげなくキスをするのは素敵だと思う、という話です。ディープなのは勘弁願いたいですが、たしかにさりげない軽いのでも、日本人がすると奇異な感じがしてしまうのも事実(このあたりの感性は、世代でも違うのでしょうか…)。
 他に印象に残っている話をいくつか。「川の名前は判らない」は、いろんな名前があり、逆に誰も名前を知らないような川に船がとまっていて、出て行った船は、また戻ってくるという話。当たり前の日常のことなのに、とても心をうたれるエピソードとして紹介されています。
「済州の思い出」は、鷺沢さんが韓国は済州にいったときに、チマ・チョゴリを買おうとしたときのエピソードです。漢字の筆談で伝わると思いきや、見事に意思が伝わらない。最後には、店員さんも鷺沢さんも笑ってしまった、という話でした。その後どうなったか、というのも含めて、あたたかい話でした。
 初期のエッセイなので、上智大学での授業のことにもふれられています。鷺沢さんはロシア語科だったそうですが、その学科の先生のエピソードをつづった「終わりのない追いかけっこ」も素敵でした。訳文が「透けて」しまわないように、丁寧なご指導をくださるロシア人の先生の話。こういうひたむきで丁寧な先生は、教師としても、人間としても、とても素敵だと思いました。「透けた」訳文については、Hという出版局から、とんでもない訳をなさる方の本が何冊も出ています。有名なフランスの中世史家、ジャック・ル・ゴフの著書もいくつか訳しているのですが、「透ける」以前に直訳調すぎて、読んでいて不快になります。修士論文執筆時に、久々に参考にしようと思いましたが、あまりに不快だったので別の文献でかえることにしました。私も現代英語、フランス語に加え、中世ラテン語の訳出をしていたわけですが、それが良い訳文とは決していえないと思います。しかし、その某K氏(立派な賞ももらっている立派な先生みたいです)の訳を思い出すと、あんな訳文にだけはすまいと、より推敲もできたと思います。この上ない反面教師ですね。とんでもない訳書を高い値段で売っているわけですから。 …翻訳に関する話題になるとしばしばこの話を書いてしまいますね。あんなものにあわせて1万円近いお金をはらったのかと思うと、怒りはさめやらないのです…。このあたりでやめましょう。
 他方、そのエッセイで紹介されているロシア人の先生は、日本語に訳しづらいロシア語の単語について、じっくりと考え、また、学生にも考えさせています。その中で、鷺沢さんが「しまった」と思ったエピソードが紹介されているのですが、考えさせられる話なのでした。
 さて、本書は5部に分けられています。最初の4部は、それぞれの統一性がよく分からなかったのでばらばらに紹介しましたが、第5部は本の感想(紹介)と映画の感想(紹介)に関するエッセイを集めています。興味深く読みました。



   *

 なんだかグチみたいな文章も長くなってしまいましたが、このあたりで。





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Last updated  2007.04.01 08:57:34
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Comments

のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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