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2007.08.26
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The Preaching of Friars
The Preaching of the Friars. Sermons diffused from Paris before 1300 , Oxford, 1985 (reprinted 2002)

 今回は、私が専門に勉強した中世説教活動の領域に関する文献の中から、ダヴレイの『托鉢修道士の説教活動―1300年以前、パリから普及した説教―』を紹介します。中世における説教活動の歴史について勉強する際の、必読文献の一つといえるでしょう。

 本書の構成は以下の通り。

ーーー

謝辞
序論

I.背景
i.説教活動の復興

iii.使徒的生活

II.媒体の性質
i.説教手引きのジャンル
ii.言語の問題
iii.伝達の問題
iv.聴衆と機能の問題

III.托鉢説教活動と学識世界
i.説教活動の地理的研究と人物研究
ii.説教活動とスコラ学
iii.パリと説教活動

IV.社会的解釈とその他の解釈

ii.異世界の反響
iii.他の解釈
iv.「文脈」を越えて

テクストの実例.ギルベール・ド・トゥルネーによる、コミューンに住む市民への説教
付録.説教活動と、パリ大学の書籍商のペキア制度

マニュスクリプト索引
一般事項索引

ーーー

 卒業論文執筆のときに一生懸命読んだ一冊です。その後も部分的であれ読み返したり、他の研究を読んで勉強する中で、本書の特徴について特に次の3点を強調したいと思います。
・説教活動を中世におけるマス・コミュニケーションとして捉える視点。
・13世紀の説教活動(=マス・コミュニケーション)の中で、パリあるいはパリ大学が果たした重要性を強調する点。
(パリ=知識人の口頭文化の連結点;托鉢説教師はパリでヨーロッパ各地から集まった学生、教師と交流し、それぞれの出身地の話を聞くことができた)
・説教集あるいはある説話が広まるのにペキア制度が果たした機能を強調する点。
 最後のペキア制度については、中世における書物の普及に貢献したということで、読書の歴史などの領域でも強調していることです。が、本書では付録として、ペキア制度によって普及した説教集(あるいは説教手引き書)を紹介していることもあり、本書の特徴の一つとして考えたいと思います(初読のとき、印象に残ったというのもありますが)。

 用語がでてきたので、ここで簡単にペキア制度についてふれておきます。
 従来、ある本の複製を作るときは、写字生がせっせと写本をしていました。これではとても時間がかかります。
 ペキア[pecia, 分冊]制度は、写本作成をずっと効率的に、迅速に行えるようにしました。書籍商(stationary)が、あるテクストの完全な原本(exemplar)を作成し、これをもとに、賃貸用の数十冊の分冊形式のテクストを作ります。この分冊がペキアです。利用者は、そのテクストが必要になれば、書籍業者に行き、ペキアを賃借し、筆写します。分冊になっているので、写字生何人かで分業することで、効率的に写本を作成することができたのですね。

 では、本書の興味深かった点を中心に少し書いておきます。

 Iでは、文字通り、13世紀の「説教活動の復興」の背景が描かれます。6世紀に、司教だけによる説教活動では不十分だというので、司祭も説教するよう、教会会議で決定されるのですが、同じ決定がその後何世紀も繰り返されることになります。つまり、十分な説教活動が行われていなかったということですね。
 13世紀は、説教活動の歴史の転換点となります。説教活動を中心に行う托鉢修道会(ドミニコ会、フランシスコ会など)が誕生し、説教活動のための手引書も急増します。また、托鉢修道士は、大学で勉強しました。説教活動を行うために、しっかりと教養を身につけておくことが求められたわけです(それ以前は、ラテン語を棒読みするような説教をするけしからん説教師もいたのですね)。
 また、この時代は都市の人口が増加する時代ですが、托鉢説教師はその活動の拠点を都市におきます。都市は人口が多いので、多くの人を説教により教化できますし、彼らは(もともと)私有財産を持たず、人々からの施しで食べていたので、食べ物も都市の方が手に入りやすい、といった理由がありました。

 II-i「説教手引きのジャンル」は、その後の多くの研究に引用される部分です。
聖書語釈集(distinctiones)…聖書に含まれる語がもつ、様々な意味のリスト。聖書用語索引(concordance)…聖書の中のある用語を容易に見つけられるので、あるテーマについて説教するとき、その説教に適したテクストをより多く、より容易に参照できるようになる。
例話集(exempla)…説教の中に挿入される、話を分かりやすくするための短い話(=例話)を集めた書物。
詞華集(florilegia)…著作家からの引用文を集めた書物。
説教術書(artes praedicandi)…説教活動の技術に関する概論
 以上のような、説教をする際の補助手引きについて概観した後、説教する際に手引きとして用いた模範説教集(model sermons)についても概観されます。
 模範説教集には、日曜祝日説教集(sermones de tempore)、聖人祝日説教集(sermones de sanctis)、共通聖人説教集(sermones de communi sanctorum)、四旬節説教集(sermones de quadragesima)の、四種類の基本的な説教集があります。共通聖人説教集というのは、「処女について」「使徒について」などを対象としていて、そのように、類似の聖人について説教を行うときに利用できました。
 なお、数の上では上の4種類に及ばないのですが、説教の対象となる人々の社会的地位(status)に応じて編纂された身分別説教集(sermones ad status)もあります。
 こうした、基本的な説教手引書の概観を示していること(そして、この部分が多くの研究に引用されていること)だけでも、本書は読んでおく価値があるといえるでしょう。

 IIIで印象に残っているのは、スコラ学の「下位区分心性」が、托鉢修道士による説教の構造にも見られるということです。
 説教は、(基本的には)聖書の一節をその主題とします。その主題をいくつかの部分(通常三つ)に分割して、それぞれの部分について説明を深めていくのですが、そのときも、さらにそれぞれの部分をいくつかに分割しながら説明を深める、というのが、13世紀からの(一般的な)托鉢説教師の説教の特徴です。これは、従来の説教の構造と対比させて、「新説教」と呼ばれる構造です(d'Avrayの書物の内容以上のことも書いてしまっていますが…)。

 IVで面白かったのは、説教活動の技術として、自由に比較や類似を使うようになったのは、 12,13世紀の説教活動の転回点の風潮だというあたりですね(IV-iii)。 13世紀の、チョバムのトマスという人は、次のように言っています。「[説教師は]動物や他のことの性質について知らねばならない。というのは、動物や他のことの特性ほど聴衆を感動させることはないからである」。俗人に分かりやすい説教をしようという姿勢がうかがえますね。
 たとえば、私が勉強したジャック・ド・ヴィトリの例話は、司祭の言葉を聞かない強情な騎士を、「ライオンのよう」、その騎士が神にこらしめられたら、「小羊のよう」と描写しています。

 冒頭に3点強調したときも書きましたが、説教活動のマス・コミュニケーションとしての性格と、それに貢献したパリ大学の役割について、興味深く読みました。
 各地から、パリ大学に学びにくる学生や教師。説教師は、彼らと交流する中で、各地の話を聞くことができたでしょう。そして、それは、例話などの形で説教の中に組み込まれます。説教集は、パリ大学で発展したペキア制度により、大量に作られるようになります。その説教集(あるいは補助手引き)を使って説教する説教師たちは、各地で、同じ話を民衆に聞かせることになります。このような状況を、ダヴレイはマス・コミュニケーションになぞらえているのですね。

参考文献
・大黒俊二「『声の影』-西欧中世の説教史料-」『人文研究(大阪市立大学大学院文学研究科)』54-2、2002年、55-86頁… 説教史料の類型、新説教の構造などについて、参考になります。
・永嶺重敏「中世の大学における書物の革新」『図書館学会年報』28-4、1982年、145-155頁…ペキア制度について参考になります。





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Last updated  2008.07.12 18:20:20
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