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2008.06.30
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~白水uブックス、2003年~

 浜本隆志先生は、関西大学教授で、ドイツ文化論を専門とされています。指輪の歴史や鍵についての歴史などなど、面白そうな著書も多く、私はその中でも、伊藤誠宏先生との編著『色彩の魔力―文化史・美学・心理学的アプローチ』(明石書店、2005年)を読んでいます。
 今回は、ミシェル・パストゥローの『紋章学概論』( Traite d'heraldique )をゆっくり読み進めていることもあり、関連分野の本書『紋章が語るヨーロッパ史』を読んでみました。
 なお、ヨーロッパの紋章(の研究)について日本語で読める文献には、私の知る限りですが、次の三つの系統があるといえます。

 英語文献→森護先生の諸著作 [私は未見]
 ドイツ語文献→本書
 フランス語文献→ミシェル・パストゥローの訳書



ーーー
序章 生きている紋章
第一章 紋章の起源と略史
第二章 紋章学入門
第三章 主要シンボル・モティーフの由来と変遷
第四章 紋章と旗のヨーロッパ史
第五章 共同体とシンボル標章
第六章 差別とシンボル
終章 タテ社会とヨコ社会のシンボル標章

あとがき
図版出典一覧

事項索引
人名索引
ーーー

 どの章も興味深いのですが、中でも本書を特徴付ける重要な章は、第四章といえるでしょう。
 著者自身があとがきでもおっしゃっているように、本書の主眼は、「紋章学にとどまるのではなくその枠を超え、紋章や旗などのシンボル標章とヨーロッパの歴史や社会の関係を解明すること」にあります。


 興味深かった点をいくつか挙げますと、まず、「最後の騎士」と呼ばれた神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン1世が1493年に描かせた紋章図があります。マクシミリアン1世は中世の騎士の世界にあこがれ、そのため紋章にも強い関心を示したそうですが、紹介されている図は、皇帝を中心に支配関係を示す多くの人々が描かれているのですが、全員が紋章を持っています。権力を誇示する、あるいは身分を示す紋章の役割があからさまにうかがえて、面白いです(102頁)。その次のページに紹介されている、左右に広げた翼にいくつもの紋章をつけている鷲の絵も興味深かったです。「皮肉に見れば、この鷲は羽根が重くてもはや飛び立てないような印象を受け、帝国の将来を暗示しているようである」(104頁)という指摘も面白かったです。
 また、ナチス・ドイツは鉤十字(ハーケン・クロイツ)を掲げましたが、これに対してシンボルの方向から批判を加えた人物についても興味深かったです。その人物はS・チャコーチンというロシア人亡命者で、彼は、「三本の矢」というシンボルを使って、反ナチス運動を展開しました。鉤十字を射抜いたり、射抜こうとしている「三本の矢」の図版が紹介されていますが、鉤十字が人物風に描かれていて、しかもどことなく可愛いのが良いです(129-130頁)。

 終章との関連でいえば、第四章で「タテ社会」を特徴付ける紋章について見た後、第五章では、「ヨコ社会」を特徴付ける紋章を見ます。都市や修道会、ギルド(同職組合)などの紋章について論じられます。最後に第六章では、「タテ社会」的紋章について見るのですが、ここでは第四章のように支配権を強調する役割ではなく、ある種の人々に対する差別として機能した紋章を見ます。

 本書が強調しているのは、紋章は、「タテ社会」を示す役割から「ヨコ社会」を示す役割に代わってきているということ。旗も、紋章とは時期がずれますが同様の展開を示しているといいます。たとえば、旗は、全体主義などのために用いられると支配の道具と化しますが、現在では、オリンピックの旗など、国境をこえた「ヨコ社会」を示すようになっている、というのですね。
また、印章の使用が廃れ、サインに変わっていくのも、その背景にはルネサンスによる個の尊重があり、市民社会の発展プロセスと密接に関係している、とも指摘しており、こちらも興味深かったです。
 蛇足ではありますが、以上のことを図式的に示すと、次のようになるでしょう。

「タテ社会」を特徴付けるシンボル標章
 …支配者の権威の誇示・支配の道具;差別の道具
       ↓
「ヨコ社会」を特徴付けるシンボル標章

 本書は図版も豊富で読みやすく、面白かったです。
(2008/06/29読了)





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Last updated  2008.06.30 06:50:09
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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