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2008.07.15
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Jean-Claude Schmitt, "Le suicide au Moyen Age"
Annales. Economies, Societes, Civilisations , 31-1, 1976, pp. 3-28.

 久々に外国語論文の紹介を。
 著者のジャン=クロード・シュミットは、古文書学校卒業後、高等実習研究院(1975以降、社会科学高等研究院)で教鞭をとり、「中世西欧歴史人類学研究グループ」(Groupe d'anthropologie historique de l'Occident Medieval, 略称GAHOM)では例話研究や図像学の研究を進めています。なお、GAHOMのHPでは、所属研究者の業績が(おそらくほぼ)網羅されているので、興味がある方は見てみてください(著書だけでなく、論文も発表年順にリストアップされているので便利です)。
 シュミットは、次の3作が邦訳書となっています。
(松村剛訳)『中世の身ぶり』みすず書房、1996年
(松村剛訳)『中世の迷信』白水社、1998年
(渡邊昌美訳)『中世歴史人類学試論―身体・祭儀・夢幻・時間』刀水書房、2008年

 さて、ここで紹介する論文「中世の自殺」の構成は次の通りです。


[序]
1.悪魔の側面について
2.自殺の約50の事例
3.自殺と社会集団
4.狂人の自殺
5.「ある目的」をもった自殺
6.自殺の時と場所
7.社会的行動
8.教会による理解と予防
9.文学証言のいわゆる独自性
[結]


 この論文では、13~16世紀の裁判記録や赦免の書簡などから、約50の自殺の事例を取り上げ、分析します。
 中世では、「自殺suicide」という語はなく、「自身を殺す」というような表現が使われたそうです。自殺は悪の力の勝利で、悪の誘惑が「希望」の欠如した魂に入り込みます。なお、自殺者にとっては悪魔は物理的に存在していて、たとえば悪魔が井戸に自殺者を押したりする、と考えられたとか。
 第2節以下では、自殺の事例の男女比、自殺の方法(首つり、溺死など)、自殺者の社会的身分(都市の職人が多いです)、自殺を行うのは何月、何曜日、一日の中でもどの時間帯が多いか、自殺の場所はどこか(家の中が最も多いです)、などが分析されます。それぞれ表になっていて興味深いですね。なお、シュミット自身言っているように、リストに上がらないような貧しい者たちなど、ずっと多くの人たちが自殺していたに違いない、ということです。
 第7節は、自殺者の財産・身体はどう扱われたか、ということが論じられていて興味深いです。
 まず、その財産は押収されます。その身体は、公的に「処刑」され、キリスト教徒の墓地に埋葬することは禁じられます。また、窮屈なたるに入れて川に流すという事例も紹介されています。

 あるいは、聖人伝や「例話」などで、聖母マリアや聖人たちが自殺志願者の前に現れて彼らを救うという事例が紹介されますが、ここで興味深いのは、その聖人には女性が多いことです。
 第9節は、宮廷文学における自殺(企図)の事例を分析します。自殺企図は、「社会からの離脱desintegration」の長い過程だ、ということで、ある登場人物が、ほとんど飲食せず、体も洗わず、人よりも野獣のようになっていく様を紹介します。ところがそうした人物は、友人や隠修士に救われる、とのこと。
 最後に、結びの部分から、自殺者の「社会への再統合reintegration」を促す三つの主体をみておきます。
 まず、教会。絶望者を社会に再統合するにあたり、モデルとしたのは宗教文学における聖人たちの奇跡的介入です。
 同じく教会に関して、現実的側面でいえば、聴罪司祭が彼らを救おうとします。
 最後に、宮廷文学のモデルでは、隠修士や友人が自殺企図者を救います。

 教会は、自殺者は永遠の地獄落ちの運命にあると説きました。世俗的な面では、遺産の没収や遺体への厳しい「処刑」が待っています。にもかかわらず、それらは自殺を防ぐことはできませんでした。それでも、教会も世俗も、文学的表現に見られるように、自殺を防ごうとしていた…と、こういう図式が説かれています。

 最後に、ちょっと所感を。
 サンプルが少ないから仕方ない部分もありますが、年代ごとにいつごろの自殺者が多いか、ということが分かれば、その歴史的背景との関連も論じることができて興味深いのでは、と思いました。
 それにしても、昨今の日本の状況には不安になります…。

 なお、この論文は3年ほど前に読み始めたのですが、あと数ページのところでずっと読んでいませんでした。今回、一通り最後まで読めて良かったです。
(2008/07/12読了)





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Last updated  2008.07.15 07:12:22
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