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2009.02.01
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レオポール・ジェニコ『歴史学の伝統と革新―ベルギー中世史学による寄与―』
(森本芳樹監修/大嶋誠・斎藤絅子・佐藤彰一・丹下栄訳)
~九州大学出版会、1984年~

 レオポール・ジェニコは、ベルギーの中世史家で、本書でも強調されるとおり、研究にあたってのコンピューターの利用を強調し、そのための共同作業を主導されたり、史料の個々の性格を明確にし、さらなる研究に役立てるべく、「西欧中世史料類型」という叢書を創刊されたり、多くの業績を残しておられます。
 森本芳樹先生は日本の、西洋中世農村研究の権威ですね。「所領明細帳」という史料の分析で有名ですが、私は不勉強ながらまだ一冊もそのご著書を読んだことがありません。とまれ、森本先生はルーヴァン大学留学時にジェニコに師事していました。本書は、先生がジェニコを日本に招いて実現されたいくつかの講演をもとにした論集となっています。 本書の構成は以下のとおりです。

ーーー
凡例
著者序文
図表一覧


第二章 ベルギーにおける中世史研究(丹下栄訳)
第三章 中世史学とコンピューター(佐藤彰一訳)
第四章 思いつきよりも調査と図表を―ナミュール伯領における慣習法特許状―(斎藤絅子訳)
第五章 史料の生命―L・ジェニコによる『ブーローニュ伯の系図』と『フリゼの記念祷設定簿』の研究―(森本芳樹稿)

付録I 中世文献史料用語解説
付録II ルーヴァン大学コンピューターによる史料処理センター(略称セテドック)関係文献目録
付録III 『西欧中世史料類型』の構成と既刊分冊リスト
付録IV 『ベルギー農村史センター叢書』
付録V ベルギーの中世史関係研究機関リスト

監修者あとがき

索引(事項、同時代人名、研究者名、学術機関名、地名)

ーーー

 まずは第一章から第五章について、簡単に紹介しておきます。

 第一章は、自然科学の研究が急速に進歩していくのに対して、歴史学研究は比較的緩慢な進歩である、というところから話が始まります。では、歴史学はどのような発展をたどっており、これからどうあるべきなのか、と。
 歴史学は、医学などと同様に定量化の手法を利用し、(偶然性にも作用される)自然科学同様に蓋然性の説明を行う、という面があります。人間の生活全体に関わる問題を対象とすることで、研究の領域は拡大し(食事などの肉体的欲求、権力欲、感情、自然環境との関わりなど…)、史料の扱いも精緻なものとなっていきます。そして、史料を扱うにあたってジェニコが強調するのはコンピューターの利用で、彼は、「私にとっては、コンピューターを採用しない歴史家は、顕微鏡を拒否する生物学者に匹敵する」とさえ言います。
 最後にジェニコは、研究方法が新しくなっていくにしても、旧来の方法を排斥するのではなく、豊かにしていくことが重要である、と述べます。


 問題意識については、都市史、農村史、法制史などなどの諸領域についての研究の具体例を列挙しており、もちろん興味深いのですが、第二章の重点は後半、ベルギーでの史料の扱いに置かれています。具体的には、中世の史料目録である『中世ベルギー・ラテン語作者・作品目録』の刊行と、そこに収録された史料をコンピューター処理するための研究センターについて、詳しく紹介されます。そのセンターはルーヴァン大学の史料処理研究センター(Centre de traitement electronique des documents, Universite de Louvain. 通称セテドックCETEDOC)です。
 そして、冒頭にもふれました、『西欧中世史料類型』刊行の経緯についてもふれられています。

 第三章は、中世史研究にあたってコンピューターを利用する意義を、具体例を挙げながら論じています。
 セテドックでは、1200年以前に書かれ、刊行されたすべての文献史料がコンピューターに入力されているといいます。そこで、具体的には、たとえば、ある単語を検索し、その語がつねにどの語と結びついて使われるか、ということを知ることで、その語が中世でどのように用いられていたかがより明確に理解できます。たとえば、"nobilis"(貴族)という語は、つねに"vir"(男)と結びつきますが、"homo"(人)とは結びつかなかったとか。こういう事実が、コンピューターを使えば圧倒的に短い時間で浮かび上がってきます。
 これは出力―コンピューター利用の方法―についての話ですが、もう一点、ジェニコは史料を入力する際に注意すべき点を挙げます。それは、そのデータがあらゆる研究者に役立つものでなければ無意味である、ということ。たとえば、ある研究者が、自分が使う史料のある一部分をコンピューターに入力しようと言ったとき、ジェニコは、それはあなたが研究を終えた後には誰の役にも立たなくなるので、史料の全体を入力してほしい、と反駁したとか。
 その後は、プログラムのあり方や、さらに、具体的なコンピューター利用の例が紹介されます。

 第四章はなかなかどきっとする標題ですが、要は、史料を丁寧に読み、地図や年表にまとめることの重要性を説きます。卒業論文作成時にも、修士論文作成時にも、結局は(簡単にではありますが)地図と年表にまとめながら作業をしたなぁ、と、ふと思い出しました。作業としては正直退屈ですが、年表に整理すればすっきりと自分の研究対象の問題や流れが把握しやすいんですよね。

 森本先生が、ジェニコの講演ノートや論文をもとに書かれている第五章は、ジェニコの具体的な研究方法がうかがえる興味深い論文です。ここでは特に、いかにジェニコが丁寧に史料を分析しているかが示されます。ジェニコは、いわゆる「写本」(copie)を、それぞれが独自の価値をもっていることを強調し、「版」(version)と呼ぶべきであろうと言いますが(第二章、53頁)、その具体例ですね。
 『ブーローニュの系図』については、その14の写本を詳細に分析し、三つの系統があること、「系図」がなぜ作成され、そしていかなる意味を持ったか、が示されます。
 『フリゼ教会の記念祷設定簿』の方は、一つの版に(時代を超えて)様々な手が加えられている史料の分析を通じて、修道院と世俗世界との関わりの変化を論じています。

   *

 これら五章が興味深いのはもちろん、末尾に付された5つの付録も、貴重なデータベースとなっています。
特に冒頭でもふれた「西欧中世史料類型」の全体の俯瞰図と、1983*年までの既刊リストは嬉しかったです。私自身は分冊40の『例話』(L'Exemplum)と、分冊81-83の『説教』(The Sermon)に、とてもお世話になっています。大学を離れ、気の赴くままに西洋史関連の文献にふれられるわけですから、またこの叢書のいくつかも読んでみたいと思っています。

 ちょっと脱線しましたが、索引もテーマごとに分かれていて検索しやすく、また、本文や註で引かれる外国語の研究も、邦訳のない著書であっても全て原題の意味が日本語で示されていたりと、とても丁寧な作りの本となっています。監修者あとがきでは、この本が生まれることになった背景から紹介されていますが、そこにも、仕事の丁寧さがうかがわれます。
 よくいく古本屋に本書が置いてあるのを在学中から知っていて、ずっと気になっていましたが、買うのはやっと今年になってしまいました。それでも、買って、読んで良かったです。ジェニコには『中世の世界』という訳書もあるので(訳は森本先生)、こちらも読んでみたいと思いました。
 良い読書体験でした。

(2009/01/30読了)





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Last updated  2009.02.01 15:14:11
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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