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2009.03.08
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~岩波書店、2009年~

 岩波書店から刊行されているシリーズ「ヨーロッパの中世」の第4巻(第4回配本)です。
 関先生はスペイン史のご専門ということです。実は、先生の著作を読むのは今回が初めてなのですが、本書は具体的で興味深い事例を豊富に紹介していて、とても面白く読むことができました。
 本書の構成は以下の通りです。

ーーー
序章 「他所」への憧憬
 1 移動起点としての都市ないし都市ネットワーク
 2 聖書的言説(コスモロジー)

 1 移動はどのように行われたか
 2 ガイドブックと通訳、旅の装い
 3 宿泊施設と宿泊・食事サービス
 4 旅の危険と旅行者の法的保護
 5 貨幣・度量衡制度と両替、為替手形
第二章 祈りと贖罪の旅
 1 武装巡礼としての十字軍
 2 カトリックの聖地巡礼
 3 聖地と聖遺物
 4 ユダヤ人の聖地巡礼
第三章 移動と労働

 2 商人と定期市
 3 商人居留地と自治権
 4 遍歴する兵士と牧羊業者
 5 移動する海民と農民
第四章 学びと説教(伝道)の旅

 2 「知」を求めて移動する学生と教師
 3 「神の言葉」を伝える遍歴の聖職者たち
 4 巡回する異端審問官と異端者
第五章 外交交渉と儀礼の旅
 1 移動する宮廷
 2 イスラームとの外交交渉
 3 モンゴルとの外交交渉
 4 ビザンツとの外交交渉
第六章 女性とマイノリティー
 1 移動する女性たち
 2 流浪する貧民
 3 追放されるユダヤ人とジプシー(ロマ)
 4 奴隷と兄弟団
結論 超克される異界
 1 中世的移動の特質
 2 中世的移動とアメリカ「発見」
 3 中世的移動とコンキスタドール
 4 異界の消滅
 5 病原菌と動植物の移動

索引
参考文献
ーーー

 興味深かった点を中心に、書いていきたいと思います。
 まず序章では、中世を三段階に分けて、それぞれの段階の旅(移動)の性格を概観します。レジュメ風にまとめると、次のようになります。

 初期中世=「半遊牧民社会」(中世スペイン史家コルターサルによる定義)…ゲルマン人、ノルマン人などの移動
 盛期中世(11-13世紀)…農業の発展、人口増加→都市の叢生、ネットワーク→十字軍、サンティアゴ巡礼
 中世末期(14-15世紀)…移動の質の変化(余暇、観光などのウェイトが増す);「周縁民」を含む多様な社会的身分の人々も移動

 こうして、全体を簡単に概観した後、本論に入っていくのですが、まず第一章でぐっと興味をひきつけられます。上に挙げた構成の標題を見ても分かりますが、ガイドブックの話や宿泊施設の様子など、楽しく読みました。
 ほかに興味深かったのは、第1節でいろんな移動の仕方が紹介される部分です。中でも川を渡る話が面白かったです。常設の橋が架けられた河川は少なかったため、旅行者は浅瀬を渡るか渡し船を利用しなくてはなりませんでした。ところが渡し守さん、長雨で増水しているときには割増賃金を要求したり、ひどい事例ではわざと船をひっくり返して旅行者を溺れさせ、持ち物を奪うこともあったとか。
 また第5節では、たとえば地域によって度量衡が異なることを利用して、各地で不正が行われていたことなどが紹介されます。

 第二章は、中世の中で主な旅(移動)の要因であった十字軍と巡礼について論じます。特に、サンティアゴ巡礼について興味深く読みました。
 一つは、サンティアゴへの巡礼路が、「医療空間」としての機能を持っていたこと(71-72頁)。巡礼路にある教会や修道院、施療院が心身を病んだ巡礼者に無償の医療行為を提供していたそうです。また、巡礼路には多くの薬草が自生していたことから、これらを利用した治療も行われたとか。
 もう一つ特に興味深かった点を挙げるなら、それは聖地サンティアゴ・デ・コンポステラの性格です。古代からのサンティアゴの歴史的変遷(巨石文化、ローマ時代の神殿、異端者の墓、そして聖ヤコブの墓)を見た上で、著者はここにある「捏造された聖地」「捏造された聖遺物」としての性格を指摘します。しかし、そのように異教や異端の聖地と連続する場だからこそ、民衆信仰と強いつながりも持っていて、そのため多くの民衆を惹きつけることになった、というのですね。

 以上、第一章で旅の全体的な条件を、第二章で主な旅の在り方を見た上で、第三章以下は各々の社会的身分の人々が、どのように、どのような動機から移動(旅)したのかを見ていきます。私自身は中世説教の勉強してきたこともあり、第四章を特に興味深く読みました。

 そして、終章。大航海時代といえば、新しい時代の幕開け、というイメージが強いですが、しかし本書では、中世からの移動の在り方がその下地になっているということで、中世との連続性が強調されています。たとえば、コロンブスが「インド」(アメリカ)に行ったのは、終末論的な思想が背景にあったといいます。世界の終末は近い、その後到来する神の王国の実現のためには、全世界に神の言葉を宣べ伝えなければ…。というんで、「アメリカ『発見』も、…宗教的文脈の中に位置づけられる」(279頁)というのですね。
 第5節の病原菌と動植物に移動についても(さらっと流されていますが)、興味深く読みました。 ミシェル・パストゥロー 氏が精力的に進めておられる動植物の象徴史の観点から見ても、「新世界」との接触は興味深い調査対象となりそうです。


 このように、本書は旅(移動)という観点から中世世界を描き出しています。普段はなかなかこのようなかたちの通史を読むこともないので、新鮮で、また興味深く読みました。
 上でも少しふれましたが、たとえば第五章3節「モンゴルとの対外交渉」では、ギョーム・ド・ルブルク、モンテコルヴィーノ(この二人は高校世界史でも登場しますね)、セビーリャ出身のパスクアールの三人によるモンゴルへの旅を、それぞれについて詳しく書いています。このように、節ごとに事例を多く紹介しているので、本書の論はとても具体的で、分かりやすいです。
 いろんな職業や境遇の人々についても目が配られているのも嬉しいです。基本的には旅(移動)の観点からになりますが、いろんな人々の具体的な状況が浮かんできます。

 というんで、良い読書体験でした。
 次回、第5回配本は、小澤実/薩摩秀登/林邦夫『辺境のダイナミズム(ヨーロッパの中世3)』。3月下旬刊行予定のようです。

(2009/03/06読了)





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Last updated  2009.03.08 11:25:23
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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