のぽねこミステリ館

のぽねこミステリ館

PR

Profile

のぽねこ

のぽねこ

Calendar

2009.03.29
XML
ジャン=ルイ・フランドラン(宮原信訳)『性と歴史』
~新評論、1987年~
( Jean-Louis Flandrin, Le Sexe et l'Occident, Seuil, 1981 )

 性や家族の歴史に関する研究で有名なフランドランの論文集です。原著は、以前紹介したJ=L・フランドラン 『農民の愛と性―新しい愛の歴史学―』 よりも後に出版されていますが、邦訳は同『農民の愛と性』よりも先に刊行されています。
 まずは本書の構成を掲げてから、印象に残ったところを中心に内容紹介や所感を書いていきたいと思います。

 本書の構成は以下のとおりです。

ーーー


I 愛
 1 感情と文明―書名調査から―
 2 単数形の愛l'amourと複数形の愛les amours(十六世紀)
 3 トロアの婚約儀礼=クレアンターユ(十五―十七世紀)
 4 愛と結婚(十八世紀)
II 性道徳と夫婦の交わり
 5 結婚に関するキリスト教教義―ジョン・T・ヌーナン著『避妊と結婚』をめぐって―
 6 西欧キリスト教世界における避妊、結婚、愛情関係
 7 閨房での男と女
III 子どもと生殖
 8 幼少年期と社会―フィリップ・アリエス著『<子供>の誕生』をめぐって―

 10 子どもに関する新旧俚諺
 11 フランス古俚諺中の娘たち
IV 独身者の性生活
 12 晩婚と性生活―論点と研究仮説―
 13 若者の性生活における抑圧と変化


原注
訳者あとがき
ーーー

 序も含めれば15の論文が収録されていることもあり、調査対象も調査方法も多様なものとなっています。
 いくつかは未刊の論文も含まれていますが、基本的には、既刊の雑誌論文を再録となっています。序論で、「性」の歴史の意義と本書の構成(対象や方法)について概観した後、それぞれの部の各論に移ります。それぞれの部の冒頭には、そこに収録された数章の初出とその簡単な紹介も記されています。

 第1部の1,2,4は、特に書名の分析を通して、愛についての過去の態度(や意味合い)を探ります。
 第1章は、16世紀と現代の出版物一覧を利用して、そこに現れる「愛」という言葉の数や、用法を分析します。第2章は特に、そのタイトル通り、単数形と複数形の愛が、それぞれどのように使われるかを分析しています。いろいろ西洋史の研究を読んできているつもりではいますが、このような書名調査は珍しいのではないかと思います。
 数量的分析も行ったこうした章は、その方法論は興味深いですが、第1部の中では特に第3章を興味深く読みました。これはクレアンターユという婚約儀礼の分析で、民俗学的な性格もあります。
 クレアンターユというのは、特に男性が、意中の女性に対して、結婚するという意図をもって贈り物をし、女性も、そういう意味のものとして、その贈り物を受け取る、という儀礼です。本来、キリスト教社会の中では、婚約にも司祭の立ち会いが必要だったようですが、この儀礼は、司祭の立ち会いなしに、本人たちだけで行ったことにその特色があります。贈り物は、その内容自体は特に重要ではなく、たとえば梨ひとつ、切り分けた菓子ひとつ、なんていうのも例として挙げられています。「贈り物の授受こそがもっとも重要な儀式だったと思われる」(75頁)というのですね。

 第二部では、第6章が分量もあり、興味深かったです。フランドランは、特に16世紀以降の、近世~近現代の時代を専門とされていましたが、本章では初期中世についても、懺悔聴聞規定書という史料をふんだんに援用しながら記述しています。特に大きなテーマは、西欧キリスト教世界のなかで、避妊がどのように認識されていたか、ということで、このことについて通史的に整理されています。「反自然の罪」(同性愛、自慰、正常位以外の体位などなど)について、懺悔聴聞規定書がどのように規定しているかを分析した後、あらためて避妊の位置づけが検討されます。夫婦の中の避妊と、婚姻外関係の中の避妊ではどう解釈が異なっていたか、ということにも目を向けながら、結婚や愛情についても検討していきます。

 第3部。まず第8章は、もはや古典的研究ともいえるフィリップ・アリエスの『<子供>の誕生』の「批判的要約」となっています。 16-17世紀頃以前は、子供は小さな大人として捉えられ、<子供>という観念が登場したのが16-17世紀である、というのがアリエスの説の大きな部分ですが、もちろん現在では批判もされています。同時に、その書の意義はいまなお大きく、たとえば徳井淑子先生は 『色で読む中世ヨーロッパ』 のなかで、服飾史の観点からアリエス説を評価しています。いずれにせよ、西洋における子どもの歴史を勉強する際には、避けては通れない基本的文献でしょう。
 第10章と第11章では、ことわざを史料に用いて、子どもや娘たちの社会における位置づけを検討します。多くのことわざが紹介されているので、それだけでも楽しいです。
 なにより、第3部の中で―そして私は本書全体の中でも―興味深く読んだのは、第9章です。初期中世から近代まで、通史的な観点で、子どもに対する親たちの態度を分析し、その中で、愛情や性関係についても検討します。とくに、ここでは子どもの数の抑制に関する検討が多く、長期にわたって嬰児殺しがしばしば行われていた、ということが説明されます。その他、避妊、中絶、里子の慣行についても言及されます。この章を読んでいると、特に、ものごとに対する人々の感性、よくいう心性が、いかに時代や社会によって異なっているか、ということを感じさせられました。フランドラン自身も解説も特に言っていないと思いますが、この論文はいわゆる心性史研究の成果に数えられるのでは、と感じました。

 第4部はいささか疲れ気味で読んだこともあり、十分に読めませんでした。晩婚や若者の性行動については、『農民の愛と性』でもふれられていたため、その知識が補強される部分がありました。
 第14章はラスレットの研究に対する、きわめて批判的な書評となっています。


 全体についてざっと書いてみましたが、一点だけ訳書として残念だった点を書いておきます。それは、人名表記にブレがあること。ヌーナンという研究者はしばしば言及されるのですが、ノオナンと書かれた箇所が多々ありました。また、聖アンブロシウスという名が登場したすぐ後、同一人物が聖アンブロジオと書かれていました。これらが、特に気になりました。
 なお、本書は1992年に『性の歴史』と改題され、刊行されています。この新版は未見ですが、こちらではこれらの表記が整理されているかもしれません。

 以前に一度は読んだことがあるはずなのですが、ほとんど覚えていないのみならずこうしたメモも書き留めていなかったので、今回あらためて通読できて良かったです。なにより、2009年3月現在で手元にあるフランドランの著作が、これで全て読めました。
 特に、初期中世からという長期的な視野で一つのテーマについて分析した第6章と第9章が、興味深かったです。その他、近代に関する研究でも、史料や方法などについて、勉強になりました。

(2009/03/24読了)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009.03.29 07:09:38
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

Keyword Search

▼キーワード検索

Comments

のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: