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2009.12.21
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樺山紘一『中世の路上から』


 日本での西洋中世史研究の大家、樺山紘一先生の、西洋史エッセイを集めたエッセイ集です。樺山先生は『ゴシック世界の思想像』(岩波書店、1976年)という有名な著作を発表されていらっしゃいますが、恥ずかしながら私はそちらは未読です(入手もまだです)。樺山先生の著作で読んだことがあるのは、いまのところ本書だけなのでした(今回は再読です)。
 まず、本書の構成は次のとおりです。

ーーー
1.魔女の箒、野性の証明
2.仮装と行列
3.欺きの快楽
4.中世の性

6.ふたつの聖母子から
7.精霊と呪術
8.歴史の古層のきしみ音
9.レプラの体験
10.時祷書の自負
11.遍歴する無名の工人たちによって
12.アブラハムと十四世紀世界図
13.贈物の歳時記
14.祭の季節
15.マナーの文化誌

あとがき


 以下では、特に興味深く読んだエッセイを中心に感想を書いておきます。

 まず、「欺きの快楽」。ここでは、14世紀頃に大きく活動した自由心霊派と呼ばれる人々が取り上げられます。長期間にわたる厳しい修行によって神と一体となることができ、完徳となり、そうするともう罪を犯すことはありえない。完徳である自分がなにをしようとそれは罪ではないから、自分を邪魔する人を殺そうが、誰と寝ようが構わない……と、そういった主張をする人々(集団)が生まれてきたそうです。
 彼らは、性などのタブーについて、教会の教えに反しています。一方、まずは厳しい修行をする、というところから、ただの俗人とも区別されます。
 こうした彼らの言説について、樺山先生は、彼らが本当に自由に交接していたかはともかく、彼らがこのように真面目なものを不真面目に論じて(苦行の後に自由が待っている)、不真面目なものを真面目に論じる(自由な交接ができるのだ)ことによって、教会の価値観も俗人の価値観も裏返しにしてしまっていることだ、指摘します。彼らの言説を、いわば「素晴らしいペテン」と評価しているのですね。恥ずかしながら自由心霊派については知らなかったのですが、そもそも興味深いその運動についてこのような見方ができるのか、と、実に興味深く読みました。

「ふたつの聖母子から」は、イエスを抱くマリアという聖母子像はもちろんですが、同じくメリュジーヌとその子という母子像が取り上げられていて興味深いです。メリュジーヌについては、 こちらの記事
 森の泉で入力中の女性を、狩りをしていた騎士が見初めて、二人は結婚します。ところがこの女性、実は妖精で、蛇が女性に姿を変えていたのでした。女性は、入力中の姿を決して見ないでほしいと騎士に約束させたうえで、二人は結婚します。彼女―メリュジーヌ―と結婚した騎士は子宝にも恵まれ、一家一族も栄えます。ところがある日、騎士は好奇心に負けて妻の水浴室をのぞいてしまいます。すると、蛇の姿となった妻を目撃するのでした。メリュジーヌは悲しみ、城から脱出しますが、夫と子供たちにたいしては、繁栄を祈念したのでした。
 とまれ、ふたつの聖母子はいずれも12世紀頃から信仰が高まり、あるいは伝説が生まれます。この時代背景に、母子のイメージを位置づけるという、語り口の優しいエッセイながら、興味深い問題提起あるいは結論を提示しています。

「レプラの体験」は、胸を痛めながら読みました。
 西洋中世のレプラ―こんにちでいうハンセン病ですが、中世ではそれに限らない、より広い病を意味したようです―の患者について、その歴史的現実と説教などに描かれたイメージを勉強したことがあるのですが、私は結局イメージしか学んでいなかったのだ、という思いを抱きました。
 その病は、罪の印とも、また神に選ばれた(祝福すべき)印とも考えられました。町から離れた施療院に収容され、出歩くときはガラガラを持ち、自分の存在を他人に知らしめなければなりませんでした。また、社会的な死を宣告されるような儀礼もあったようです。その一方、患者たちへの慈善は天国に近づくための善行とも考えられました。二つの反するイメージがありました。
 …というところまでは、あらかた勉強していました。レプラ患者がガラガラ(あるいは鈴みたいなもの)をもつ絵も見たことがありました。本書で衝撃だったのは、木製のカタカタ(樺山先生はこのように書かれていらっしゃいますが、たしかにガラガラという音よりは、カタカタという音を出しそうな道具です)の写真です)。恥ずかしながら、絵ではない、当時使われていた道具の写真を見て、やっとその現実をより強く思うことができたのでした。

「マナーの文化誌」は、フォークとスプーンの使用が普及していく様子や、ハンカチで洟をかむようになる以前は手洟や袖になすくったりするのが普通だったということなど、面白い話題が盛りだくさんです。

 …と、簡単にいくつかの章について感想を書いてみました。
 どのエッセイも語り口が優しい(易しい)ので、気楽に読むことができます。その一方、なるほど!という発見、興味深い指摘も多くあり、とても有意義な読書体験でした。

(2009/12/17読了)





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Last updated  2009.12.21 06:55:11
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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