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2010.06.30
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渡邊昌美『中世の奇蹟と幻想』


 中世カタリ派の研究で有名な渡邊先生の、一般向けの易しい語り口で記された新書です。中世ヨーロッパの聖人(聖遺物)が引き起こした奇蹟や、あるいは聖職者や民衆の信心の様子について、多くの事例を紹介しながら、読み解いていきます。
 本書の構成は次のとおりです。

ーーー
第一章 不思議な物語
第二章 僧坊の世語り
第三章 世々の伝え
第四章 さまざまの聖者たち


あとがき
参考書目
ーーー

 簡単に、いくつかメモしておきます。
 まず、恥ずかしながら誤解していたことが分かりました。というのが、聖人の祝日は、聖人の命日だった、ということ。聖人の祝日に生まれた子に、その聖人の名を付ける、という名付けが割と行われるということと混同していて、聖人の祝日はその聖人の生まれた日だと、どこかで勘違いしていたのでした…。
 関連して興味深かったのは、しかしその命日が誕生の日だと位置づけられていたということ。ただしここでいう「誕生」とは、死んで天国に再生するという意味とのことです(14頁)。 とまれ、第五章でも聖遺物の重要性が指摘されますが、死(あるいは殉教)に非常に価値が置かれていたということが感じられます。

 話は飛びますが、第四章で聖ギヌフォールが扱われるあたりも面白く読みました。聖ギヌフォール、聖人のようですが、実は犬なのです。
 本書のくだりも下敷きにしていますが、聖ギヌフォールについて、ジャン=クロード・シュミットが興味深い著作を刊行しています。私はその英訳を数年前からぼちぼちと訳出しているのですが、遅々として進んでいません…。いずれ拙いながらも全訳が完成したときには、また記事を書きたいと思っているのですが、はていつになるやら…。
 それはともあれ、簡単にその話を書いておきます。
 あるお城の主である騎士が、子どもを揺籃に残したまま、妻や乳母たちと出かけました。さて、そこに大きな蛇がやってきて、子どもを襲おうとします。ところが、居合わせた犬が、その蛇をかみ殺し、遠くに投げ飛ばします。揺籃はひっくり返り、犬の口には血が…。
 さて帰宅した領主たちは、その情景を見て、犬が子どもを殺してしまったのだと思い、剣で殺してしまいます。ところが、子どもは無傷のままで、さらに蛇の遺体を発見するにおよんで、忠実な犬を誤って殺してしまったことを知るのでした。

 この記録を残した聖職者は、これを迷信として非難するのですが、民衆の信心のありさまを伝える興味深い話ですね。

 そして第五章の聖遺物(聖人の骨など)信仰も興味深かったです。
 どれだけ祈っても奇蹟を起こさない聖人に罵声を浴びせたり(話によっては、罵声を浴びせた人に罰があって、反省して信仰し直したら奇蹟が起こるとか)、あるいは聖遺物を儀礼的にけなすという慣行もあったとか(聖人を辱める儀式については、パトリック・ギアリ『死者と生きる中世』に詳しいです。10年近く前に読みましたが、いずれ再読したいです)。
 また、有名な聖遺物がある修道院や教会は、それだけで権威も高まるわけですが、そのために聖人を他の修道院などから奪ってくることもよくあったようです。面白かったのはリンカーン司教の聖ヒュー(聖人です!)のエピソードで、この人、いろんなところから聖遺物を失敬してはリンカーン大聖堂に持ち帰ったようで、彼のことを書き記した聖者伝の作者は、平気でそういうエピソードを書いているのですね。これも、「聖ヒューの信仰の深さと、多くの聖遺物をリンカーン大聖堂に持ち帰った手柄をたたえている」ということだそうで…。
 もう一つ面白かったのは、「聖者の困惑」という項で、たとえば、献げ物を小銭で行ったところ、小銭じゃ困るから両替して捧げて欲しい(10円10枚じゃなくて、100円玉1枚にしなさい、ということですね)と頼んだ聖人のエピソードが紹介されています。


 久々の再読ですが、良い読書体験でした。

(2010/06/02読了)





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Last updated  2010.06.30 07:44:29
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Comments

のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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