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2012.02.05
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~法律文化社、1994年~


 本書は、1975年、瀬原義生先生の呼びかけにより始まった関西中世研究会の活動の「中間総括」として、そして1993年に立命館大学を定年退職された瀬原先生への記念論集として刊行された、論文集です(本書はしがきより)。 22人という多数の研究者が寄稿しているため、論文一つ一つは分量としては短めですが、以下に紹介するように、内容が幅広く、興味深い1冊です。
 本書の構成は次のとおりです。

ーーー
はしがき

I.王権と国制
 1.玉置さよ子「西ゴート王国のカトリック改宗について」
 2.藤井博文「1002年の王位立候補者をめぐって―マイセンのマルクグラーフ・エッケハルト1世の場合―」
 3.江川温「ロベール2世の王権と『神の平和』運動」
 4.井上雅夫「カノッサ事件と王権の『神聖性』」

 6.寺村銀一郎「中世スウェーデンの国制―王国議会の成立をめぐって―」
II.貴族と地方権力
 1.井上浩一「ビザンツ貴族の家文書―11世紀軍事貴族の場合―」
 2.早川良弥「ザクセンにおけるヴェルフェンの家門意識」
 3.守山記生「12世紀初期のフランドルにおける政治的変動」
 4.朝治啓三「13世紀ケムブリッジシァの陪審員」
III.都市・環境・生活
 1.瀬原義生「中世前期ドナウ商業とパッサウ」
 2.佐藤專次「アルペルト・フォン・メッツとティールの商人ギルド」
 3.山辺規子「12世紀中頃ジェノヴァの遺言書にみる家族」
 4.高橋陽子「フランドル都市の『ブーヴィーヌの戦い』」

 6.三成美保「死後の救済をもとめて―中世ウィーン市民の遺言から―」
 7.奥西孝至「15世紀ヘントにおける都市の穀物市場とホスピタール」
 8.渡邊伸「エルザス・オルテナウ都市の宗教改革について」
 9.井上正美「中世気候の多様性について」
IV.思想と心性

 2.赤阪俊一「ヨーロッパにおける性的逸脱者、癩者、ユダヤ人」
 3.大黒俊二「石か種子か―P・I・オリーヴィのinterest論―」

あとがき
ーーー

 ここでは、特に印象深かった論文、面白く読んだ論文について、簡単にメモしておきます。

I-1「西ゴート王国のカトリック改宗について」 は、579年に西ゴート王国で起きた、王の長子による王への反乱である「ヘルメネギルドの乱」を取り上げます。これは、長子がカトリックに改宗し、異端とされていたアリウス派を信奉する父に反乱した―という事件ですが、西ゴート側の史料と、隣国フランクの史料で、この事件の描き方が違うことが指摘されます。フランクの史料(トゥールのグレゴリウス『歴史十巻(フランク史)』)では、長子の改宗が反乱の主因だと描かれますが、西ゴート側の史料は、改宗には口をつぐんでいる、というのですね。
 この興味深い問題提起から始まり、なぜ西ゴート側の史料は長子のカトリック改宗について語ろうとしなかったのか、という点を明らかにする論理的な解釈の提示と、とても面白く読んだ論文です。

I-4「カノッサ事件と王権の『神聖性』」 は、1077年に教皇グレゴリウス7世に対して、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世が許しを請うた、いわゆる「カノッサの屈辱」に関する研究史への批判となっています。この事件は「屈辱」だったのか、また、この事件により王権の「神聖性」はなくなったのか―王権の「神聖性」は剥奪された、という従来の研究に対して、本稿は、同時代人はこの事件をいかに捉えていたか、という点に重点を置くことで、王権の「神聖性」は剥奪されてはいなかった、と論じています。
 なお、 池上俊一『儀礼と象徴の中世』 の序章は、この事件について面白い角度から論じています。

III-2「アルペルト・フォン・メッツとティールの商人ギルド」 は、アルペルトという修道士による書物のなかで、商人ギルドについて記された箇所を紹介し、そこに描かれている諸相(裁判、国王による保護、宴会、共同金庫など)について、詳しく論じる、という構成です。宴会についての部分などは、商人たちの日常も垣間見ることができ、同時にそうした宴会や共同金庫のもった意味についても分析されていて、興味深い論文でした。

III-9「中世気候の多様性について」 は、ル・ロワ・ラデュリによる 『気候の歴史』 などの著作に興味を持っていることもあり、そして内容自体も面白く、興味深く読みました。とりわけその第1節が面白いです。ここでは、 1970年代半ばから1980年代半ばに発表された、いくつかの西洋中世関連の文献(特に一般書)のなかで、気候についてふれられた部分を引用し、それらの描く西洋中世の気候(温暖な時期、湿潤な時期)に、矛盾が見られることを示します。その指摘もさることながら、いろんな文献を比較すると矛盾があるにもかかわらず、そのことについて何も言われてこなかった、という指摘も面白かったです。
 またこの論文では、気候学関係の専門家による、中世気候に関する分析の紹介や、多数の年代記などの史料にあたって中世気候の再構成を試みたアレクサンドルによる研究の紹介も行っており、それらも興味深いです。

IV-1「十字軍考証―第1回十字軍―」 は、十字軍士が服などに身につけた、十字の印についての詳細な分析です。その十字の素材や色はどうだったか、という点から始まり、どこに印をつけたのか、などなど、いろんな論点があります。1節1節の分量も短く、内容の面白さもあいまって、とても読みやすい論文でした。

 ここではふれなかったものの、興味深かった論文は他にも多数あります。私自身の問題関心からいって、なじみのない分野もありましたが、そういう分野についてもふれられることができたのも良かったです。

 内容もさることながら、問題の提示方法、史料の扱い方、論の進め方などの点でも勉強になる論文集でした。





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Last updated  2012.02.05 15:17:22
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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