Edward Tracy Brett, Humbert of Romans. His Life and Views of Thirteenth-Century Society , Toronto, Pontifical Institute of Medieval Studies, 1984.
ドミニコ会第5代総長ロマンのフンベルトゥスの経歴と著作の概要・意義を論じる一冊です。
本書の構成は次のとおりです。(のぽねこ拙訳)
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謝辞
略号
第1部
1 フンベルトゥス:素描
2 在俗聖職者との衝突
3 フンベルトゥスとドミニコ会の教育
4 フンベルトゥスとドミニコ会第2会
5 フンベルトゥスとドミニコ会典礼の改革
6 フンベルトゥスと総会
第2部
7 『会則への注解』 Expositio regulae
8 『修道会の職務に関する教え』 Instructiones de officiis ordinis
9 『説教師の教育についての書』 Liber de eruditione praedicatorum
10 『サラセン人に対する聖なる十字の説教について』 De praedicatione sanctae crucis contra Saracenos
11 Opusculum tripartitum
12 フンベルトゥスによるその他の著作
結論
参考文献目録
索引
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構成のとおり、第1部ではフンベルトゥスの略歴と主要な活躍が、第2部では彼の著作の概要と意義が論じられます。以下、簡単にメモ。
フンベルトゥスは 12 世紀末頃、フランス南東部のロマンという町に生まれます。パリ大学で学び、著者によれば 1224 年 11 月 30 日にドミニコ会に入ります。
その後、リヨンの院長、ロマン管区の院長などを歴任し、 1254 年 5 月 31 日にドミニコ会の総長に選任されます。9年後、 1263 年に辞任し、後、 1277 年 7 月 14 日に亡くなりました。
彼が総長をつとめた頃は、大学の講座などをめぐり、ドミニコ会などの托鉢修道会(説教を中心とする修道会)と在俗修道士の争いが起こっていました。第2章では、在俗聖職者にも寛大な態度を示していたこと、教皇から許可を得ること、同じく対立していた托鉢修道会のフランシスコ会とも調和した(互いに相手の徴収を奪わず、相手を批判しない)ことなど、フンベルトゥスの業績が強調されます。
第3章はドミニコ会の教育においてフンベルトゥスが果たした役割を論じます。ここでは、ドミニコ会の理念にも通じますが、あくまで最大の目標である「魂の世話」(司牧、説教)のために学ぶことが重要であるという認識や、哲学研究への態度、さらには言語研究への貢献などが取り上げられます。
第4章は第2会(女性から構成される)、そして女性へのフンベルトゥスの態度を論じます。彼以前の総長には、女性に反対する立場が強い傾向があり、フンベルトゥスにもその傾向がなくはありませんがやや和らいでいること、さらには女性の世話はドミニコ会の本質的機能とみなしてもいたことなどが指摘されます。
第5章ではドミニコ会の典礼のありかたの改革を推進したことを論じます。
第6章は総会での決議から、寝室、建物、衣服などに関する規定をみていき、具体的な生活もうかがえる興味深い章でした。
第2部に移り、第7章はドミニコ会が取り入れた『聖アウグスティヌス会則』へのフンベルトゥスによる注解を論じます。第8章は、総長、管区長、各修道院長、さらには聖具室係や図書室担当など、ドミニコ会の様々な役職がどのような役割を担っているのかを論じたフンベルトゥスの著書を取り上げます。
第9章は、説教師が説教を行うにあたり、どうあるべきかを論じ、また説教用の素材を提供する著作を論じます。私の問題関心からも、もっとも興味深く読みました。
第 10 章は十字軍説教のための範例説教。第 11 章は教皇の勅書への返事として、教会が抱える問題について書かれた著作。第 12 章は有名な例話集である『恐れの賜物』など、いくつかの著作を取り上げます。
全体で 220 頁と、分量も手頃で、 13 世紀半ばから後半に活躍したフンベルトゥスについて概要を得られる基本的文献です。
( 2020.06.30 読了)
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