M17星雲の光と影

M17星雲の光と影

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Freepage List

2007.12.09
XML
カテゴリ: その他
OECDの実施した国際的な学習到達度調査(PISA)の結果が話題になっている。

これは義務教育終了時の15歳の生徒を対象として、科学的リテラシー、数学的リテラシー、読解力の三分野で学力を調査するものである。リテラシーということばがややわかりにくいが、「活用力」というほどの意味である。「応用力」と訳される場合もあるが、このことばは日本では(とくに教育関係では)、「基礎の一歩上位に位置するもの」というニュアンスを伴うので、できれば避けたほうがよいだろう。まあ、要するに「その知識や情報を自分のものとして使いこなせるかどうか」、その力をリテラシーを呼ぶと考えておけばいいと思う。

「リテラシー」の訳語を断念してしまっているあたりに、日本の文部官僚の「読解力」のレベルがうかがわれるが、適切な訳語が見つからないのなら、最近の生徒の語彙力を高めるためにも、いっそ「リテラシー=自家薬籠中のものにする力」と考えて、「自家薬籠力」とでもしたほうが、まだましだったかもしれない。

それはさておき、新聞報道を見る限り、数学力が6位から10位へ、科学力が2位から6位へ、読解力が14位から15位へ下がったことに焦点が当たっているようである。「あら、たいへん、日本の学力低下が年を追って進んでいき、ほとんど崩壊寸前に陥っているのではないか」。そういう雰囲気がこの問題をめぐる報道には感じとれる。

さて、このあたりで、問題をひとつ。

問題 太郎くんは今回のPISAの結果を新聞で見て、「日本の学力低下は急速に進んでおり、この原因は「ゆとり教育」にある」という結論を出しました。

問 花子さんという別の生徒は、太郎くんの結論に反対しています。花子さんは太郎くんの結論にはいくつかの疑問点があると言っています。
 花子さんが抱いたであろう疑問点を一つ示し、それについて説明してください。


PISAの問題はだいたいこういう作りになっている。選択肢問題もあるけれども、このような記述式の問題も少なくない。さあ、どうでしょう。15の春(冬か)に戻ったつもりで、ひとつ考えてみていただけませんか。



その一。調査対象の母数が無視されている。

2000年の調査対象は、32カ国、03年は41カ国、今回の06年は57カ国。一回目と三回目では対象国はほぼ倍増している。読解力の成績の推移をたとえていえば、息子の一郎くんの国語の成績が、一年生の時には32人クラスで8番、二年生は41人クラスで14番、三年生は57人クラスで15番だったということである。

「あんた、なにぼけぼけしてんの!毎年毎年成績下がりまくってるじゃないの。毎月いくら塾に払ってると思ってるのよ」

鬼の形相で母親がそういったとしたら、いくら日頃おとなしい一郎くんでも、

「だって、おかーちゃん。クラスの人数が毎年増えてるんだもん、たしかに立派な成績とはいえないかもしれないけど、僕もそれなりに勉強してるし、二年はちょっと下がったけど、一年と三年は上から四分の一のところでほとんど同じなんだよ。」

この場合、科学的リテラシーは一郎くんのほうが高いと思われる。お母さんおよびマスコミ関係の諸氏は、一郎くんの爪の垢でも煎じて呑んだほうがよい。一郎君がクラスのトップからどのくらいの位置にいるかを順にパーセント表示してみると、8÷32=25%、14÷41=34%、15÷57=26%。きわめて単純な算数である。

ちなみに数学と理科の成績も比較してみよう。それぞれトップから何%のところに位置しているかを示してみる。

算数:1年=0 2年=14.6 3年=17.5
理科:1年=6.3 2年=4.9 3年=10.5

「ほーら、見てみなさい、一郎ちゃん、やっぱりぜんぜん下がっちゃってるじゃないの。お母さんをごまかそうたって無理ですよ。」

「だって、よく見てよ、おかーちゃん。成績ってふつう5段階評価でするでしょう。100を5で割ったら20だよね。つまり上から20%は「5」だってことだよ。そうするとぼくの成績は、


国語  4  4  4
算数  5  5  5
理科  5  5  5

ってことになるんだよ」

「…………」



それでは続いて、二郎くんの答案を見てみましょう。

その二。サンプル数が考慮に入れられていない。

先日行われた全国学力調査。これはなんと77億円かけて文部科学省が行ったのだが、中学校3年生の対象者数はおよそ110万人。すごいですね、ほぼ全員を対象にしたのである。これに対して今回のPISAを受けた日本の高校生は6000人。両者を比べると、PISAの対象者は全国学力調査のわずか0.5%にしかすぎない。全体の二百分の一のサンプル調査にもとづいて、日本の高校生の学力が低下していると断定するのはちょっとおかしいんじゃないのかなあ。ぼくはそう思います。まる。

はい、二郎くんもよくできました。

お、こんどはこわそーなマスコミのおじさんがなんか言いたそうな顔してますね。なんですか。

「限られたサンプル数であっても、慎重な選択を行えば、十分信頼するに足るデータを析出することが可能なはずである。」

お、さすがマスコミおじさんですね。いうことがもっともらしい。二郎くん、答えられるかな。

「もしもおじさんのいう通りだとしたら、全体の0.5%でも正確な調査は可能だっていうことになるよね。だとしたら、文部科学省が77億円かけた全国学力調査はサンプル使えば、四千万円くらいですんだってことになる。76億円以上の税金をどぶに捨てたってことになるけど、大人の世界ではそれが許されちゃうんですか」

「…………」

お、二郎くん、やるね。マスコミおじさんをぎゃふんといわせちゃったね。数学的リテラシーに加えて、読解力も高得点を上げちゃおう。ちなみにマスコミは誰も理解してないみたいだけど、PISAの読解力っていうのはちゃんと定義があって、文章だけではなく、グラフや統計資料も読みこなし、それを主体的にとらえ、熟考を加えて、自分の意見を言うことを指すんだよね。二郎くん、よくわかってるなあ。感心、感心。

さて、最後に三郎くんの答案を見てみよう。

その三。「学力低下」という時の、「学力」の定義が曖昧である。

今、日本で問題にされている「学力」とは、要するに学校で教えられたことがどれくらい身についているかということだろう。その度合いが昔に比べて、最近では著しく低下している。だから分数の計算もできない理系の大学生まで出てくる始末である。まことに嘆かわしい。これが典型的な「学力低下」の議論である。

しかるに、今回のPISAはいったい何を計測しようとしているかというと、出題側はこう説明している。

「PISA調査では、義務教育終了段階の15歳児が持っている知識や技能を、実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるかどうかを評価」するものである、と。

15歳児がどれほどの知識や技能をもっているかを評価しようとするのではなく、とりあえず彼らがすでに持っている知識や技能をどれくらい活用できるか、それを評価するテストがPISAなのである。ご丁寧にも、この定義の直後にはこう書かれている。

「特定の学校カリキュラムがどれだけ習得されているかをみるものではない」と。

だから、PISAの結果をもってして、日本の「学力低下」を云々するのは無理なのである。

はい、三郎くんもよくできました。

この問題をめぐるマスコミの議論に典型的に現れているのは、定義を曖昧にしたまま、ことばを一人歩きさせて、いたずらに人々の関心や好奇心を煽り立てようとする情緒的、感情的な議論の進め方である。

数字の意味を正確に把握、活用する数学的リテラシー、科学的に問題を立て、それにもとづく仮説を検証しようとする科学的リテラシー、および情報を正確に、かつ批判的に吟味し、それを主体的に受けとめて、熟考・評価した後、自分の意見を述べる読解力。PISAはこれらの能力を国際比較しようとして行われているものなのである。

この三つの能力が著しく低下しているのは、はたして日本の15歳の生徒か、それともそれをセンセーショナルに報じる報道機関の記者諸君なのか。賢明なる読者の方々にはあらためて説明するまでもないと思う。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007.12.09 17:55:37
コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Calendar

Archives

・2026.10
・2026.09
・2026.08
・2026.07
・2026.06

Comments

和久希世@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) >「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: