NOSY POSY の日記
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朝からしとしとと雨が降っている。オット君は子ども3人を連れてお出かけ。家には静寂、私がひとり。 こんな日には、つらつらと日記を書こう。 ノージーが振替で休みだった月曜日。家の前の公園でノージーと小坊主を遊ばせていた。なにやら腹の虫の居所が悪かったのか、小坊主のちょっとしたいたずらに吠えだしたノージー。側で黙って聞いていたワタシ。「ああ、もう嫌だ。ジョーなんて消えちゃえばいいんだ。生まれてこなきゃ良かったんだ。ばかやろー。お前なんて嫌いだ。死んじゃえ!」 それまでニコニコしていたはずの私の顔は、ただただ凝り固まって、呆然と空を見つめる。そっか。そんな事が言えちゃうんだ。へえ。すごい。ここは笑う所?それとも大声で怒鳴って家へ連れて帰る所?頭の中の何かが回転を始める。母として、こんな時、なんて言う? 言葉って大事だなと最近思うワタシは、すぐに彼女にあげられる言葉が見つからず、3人で家に帰って、またノージーが小坊主に向かって吠えている時、ただただ涙があふれちゃって、そんな事言ったらだめだと言おうとするたびに涙があふれちゃって、何も言えなかった。「どうしたのママ?」「ママ、好きだよ。だから泣かないで。」と、小坊主。ノージーは自分が言った言葉でママを傷つけてしまったんだとバツの悪い顔。 この時、ちょうどオット君が帰って来て、事の成り行きをノージーに聞いたらしい。(私は延々と泣いていた。翌日は見るも哀れな顔だった)子どもたちが寝た後、オット君が言った「いやあ、子どもにはよくある事じゃないかな」が私の怒りに油を注ぐ結果となった。どうして男ってこうなんだろう。ただ一言、「子育てって大変だね。ほんと、ママはよく頑張ってるよ。偉いね。」でいいのだ。私の先生じゃああるまいし、アドバイスなんて不要だし、私に非があるような言い方すなよ。子どもの肩持つなよ~!ああ、もう、だれもかれも敵だ。向こうへ行け~!私は泣きたいんだ!あんなに痛い思いして産んで、こんなに一生懸命育てているのに、なんだよ! きっと、私の口から何一つ言葉が出て来なかったのは、言葉にしたら、何かが軽くなってしまうと感じたからなんじゃないかと思う。 次の日の夜、寝る前にまた喧嘩が始まる。(ほんと、兄弟ってなんであんなに喧嘩するの?痛いし、どうせ誰かが泣くんだからやめておけばいいのに、いろいろな組み合わせで毎日対戦がある。うるさいったらない)前の日の事があるにもかかわらず、またノージーが軽く「死ね」と小坊主に言った。ちょうど居合わせたオット君は別室にノージーを連れて行って説教したらしい。私は少し耐性がついて、また、しばらく考える。 そして寝る前に、ノージーにこう言った。 「私も死んだ事はないから、じゅっちゃんに何も教えてあげられないかもしれない。死ぬってどういう事か知ってるわけじゃない。でもママが今わかる事は、ママとジュリアもいつかはさよならしなくちゃいけないって事なんだよね。死んだらもう二度と会えなくなるって事なんだよね。」 子どもは毎日成長してる。進んだり立ち止まったりしながら、一生懸命毎日生きてるんだなあと思う。ひとつひとつの小さな出来事も、小さな胸にはどっしり大きな事なんだろうと思う。そして子どもが私にたくさんの事を教えてくれている。子どもたちが私を母親にしてくれている。私は決して良い母とは言えないし、うまく説教もできないんだけど、どんなにヘタクソでも、それこそ七転八倒しても、私の思いを真剣に伝えたい時には、ちゃんと、頑張ろう。 子どもって、ほんとに正直な生き物で、だからこそ、良い所も悪い所もさらけ出してくるんだけど、その全部を受け止められる母ちゃんになりたい。子どもたちがさらけ出せる環境を作る努力をしていきたいと思う。子どもたちが、ただその子のまんまでいられる家にしたい。悪い所は受け入れがたくもあるけれど、母としては、そんな所も見せてくれる子どもたちを持って幸せだなあと思う事にする。 幸せ、と言えば、風邪をひいたのを良い事に(ほんとはちょっと仮病)、一日中ずっと長編小説を読んでいて、ついに読破してしまった。ああああ、最高!どんだけ家事やってないの?どんだけ子どもほったらかしてるの?ははは。
2011/11/19
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