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思いっきり重い課題を突きつけられたような気がする。何のために生まれてきたのか。幸せになるためと即答する。私にとっての幸せって何?後悔しない生き方って何??マークを突き詰めて行くとやはり突き当たるのは「使命」だ。使命を全うするために生まれてきた。そのためにどうするか。頭の中をグルグルまわる。私の出した結論は「行動する」動かないと始まらない。無駄な動きをするほど私の人生の余裕はない。もうそんなに若くない。でもやれるだけの時間は十分ある年齢だ。ならばGOサインを出すしかない。自分の人生をプロデュースするのは私なのだから。自分で台本を書いて人生の舞台に上がっているわけで誰にも強制されたワケではなく自分で役を決め、同時に舞台に立つ配役も決め意気揚々と舞台に上がったはずだ。舞台に上がって49年と4カ月。一生懸命演じてきたはずだ。全力で人生と言う舞台に取り組んできたはずだ。観客は過去世の自分。過去世において出来なかったこと、なしとげられなかったことを今世の私に託してくれた。過去世の人たちの期待を裏切らない舞台にしなければと思う。でも、奇をてらう事も、カッコつけることも必要ない。思う存分演じるだけだ。最高の舞台にしたい。やりきって満足して舞台を降り、来世の自分に輝く主役の座を胸を張って譲りたい。
2011.01.31
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今日はヒーリングカレッジと高江洲先生のスピリチュアルセミナーと大きなプログラムが二つ。充実の一日を過ごすことができた。カレッジではお客様をお招きしてのオーラリーディング。セミナーや体験会に来られた方で、何度かお目にかかっている方がモデルとして何人かお越しいただき昨日のインナーチャイルドのセミナーの話で盛り上がった。みなさんがアルケミストでのセミナーやイベントを楽しんでくださってスタッフとして本当に嬉しいし、足を運んでいただけたことに感謝の気持ちでいっぱいだ。たくさんの方とお話ができる、たくさんの方との出会いがある・・スタッフ冥利につきるの一言だ。初めてお会いした時の印象と、2度3度とお会いしていくとその方のエネルギーがどんどん変化していく。表情も変わり、その方らしさがどんどん溢れて行く。そのお手伝いの、ほんの何分の一かでもお役に立てたのであればこれほど幸せな事はない。カレッジの学生さん達は、今日も素晴らしいヒーラーとしてお客様に接していた。彼らのエネルギーを学ぶ吸収力と姿勢、感性は本当に素晴らしい。様々な生徒さんに接し、人はみな大きな可能性を秘めていると実感する。みんなで勉強するっていいな、みんなで成長できるっていいなと思う。昨日のインナーチャイルドの誘導で私は小さい頃の自分に会った。若かった頃の父と母にも会えた。幸せだった。今日の帰宅時、電車の中でとても可愛い天使に会った。1歳の女の子。ママに抱っこされ電車に乗り込み隣の席に座ってくれた。小さくてかわいくて、髪の毛はちょっと茶色がかって毛先は軽く巻き毛。まるで小さい頃の長女とそっくりだった。私も主人も髪の色は真っ黒でまっすぐなのに長女の髪は茶色が強くクルクルの巻き毛のクセッ毛だった。その子の手にはアンパンマンのぬいぐるみ。小さな手でぎゅっと握りしめていた。可愛くて思わず「何歳?」と声をかけた。1歳だった。小さな小さな人差し指を立てて私に教えてくれた。その子はもう一つ、アンパンマンの人形を抱きしめていた。もうひとつはプラスチックのアンパンマン人形。「アンパンマンがないと眠れないんです」とその子のお母さんが笑って教えてくれた。長女もアンパンマンが大好きだった。テレビ放映を毎週録画して、次の週まで何度も何度も飽きずに繰り返し見ていた。出かける時は必ず、こどもちゃれんじの付録でもらった「しまじろう」の人形を抱いていた。しまじろうの人形を落としたり忘れたりしたら大変、大騒ぎになって必死になって主人と探したものだ。その子とは四駅ほど隣り合わせで座っていた。可愛くって可愛くって、私と握手もしてくれた。降りるときは可愛くバイバイと手を振ってくれた。可愛くって、妙に懐かしくって私は電車の中で泣きだしそうになった。あの子は、長女のインナーチャイルドだったのかもしれない。可愛くって小さくってふわふわで・・・瞳はきらきら輝いていた。アンパンマンのお人形を大事に大事に抱きしめてきっとすやすや眠るのだろう。長女もきっと小さかった頃と勝手が違い思春期特有の葛藤だったり挫折だったりそんな事に戸惑いや口に出して表現できない複雑な感情があるのだろう。自分を見つめ直す為に、不登校という道を選んだのかもしれない。長女は今、小さかった頃の大切な「しまじろう」のぬいぐるみの代わりに何を求め 何を必要とし、何を胸に抱こうとしているのだろう。親である私はそっと彼女の出した答えを待とうと思う。いつまでもいつまでもそっと寄り添い答えを待とうと思う。今日のスピリチュアルセミナーを受け私はたくさんの素晴らしいメッセージをいただいた。「真理を求め、伝える者になる」と私は誓った。そんな私に神様はご褒美に長女に良く似た天使のような女の子との出会いをプレゼントして下さったのだと思う。あの子は私にとって、まさしく長女のインナーチャイルドだった。長女の中にある神聖さ・天使のような輝きを私に改めて気づかせてくれるために現れたに違いない。
2011.01.30
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不思議な縁を感じている。24日にブログの掲示板に書き込みをいただいた。川越の時の長女の同級生のママさんから。懐かしさと、長女と私とを覚えていて下さったことへのありがたさ。長女へのいじめと言う不本意な形で引っ越しをしてきてしまったけれど私にとっては三人の娘たちの子育ての大半を過ごした街でもある。幼稚園よりもっと前の育児サークルやおけいこ事でも知り合いがいたし公園で一緒に遊ぶママ友達も居た。幼稚園・小学校と進むにつれ顔見知りも増え賃貸のマンションだったけどこのまま買って永住できたらいいなと思っていた。人には恵まれたとホントに思う。ずーっと忘れていた川越時代のことをあれこれ思い出していたら今度は昨日、携帯メールをいただいた。小学校のPTAの役員時代に一緒に頑張った仲間から。引っ越して以来なので、お久しぶりという文字にビックリした。24日と28日。続けて川越時代の知り合いから連絡をいただけるなんてホント不思議だ。思わず主人に「川越方面から私に何の波動がきてるのかしらん?」と聞いたら、彼の返事が洒落ていた。「あなたの決心の波動がひろがっているのだと思います。自分が発しているエネルギーはすごく強烈なんだと自覚したほうがいいですよ。まだまだ大きなうねりがきますよ。いい意味で。」と返された。今年私は50歳となる。のんびりしてばかりもいられない年齢となった。今年はどんな年にしようかと私なりに考えた。高江洲先生のライフリーディングを受け自分の方向性も再確認した。どんな事があっても使命を全うすると私は決めた。そして、まず第一歩としてずーっと休んでいたブログを再開した。そんなこんなしているうちにいろんなメッセージをキャッチしひらめきが起こり、非常に冴えてる自分が居る。その流れの一環なのだろうか。真理を伝えるという使命をどう行うのか。私は「語りなさい」「伝えなさい」と言われている気がしている。日々の生活に追われ明日でいいや、明後日でいいいやと延び延びにすることなく必要な時に必要な事を伝えなさいと。私は今までに出会った方々に必要な事を伝え切れていたかどうか思い返す必要があるのかもしれない。インナーチャイルドの誘導を受けた。今日は母よりも父の映像が心に染みた。私はお父さんっ子だったのかもしれない。インナーチャイルドは教えてくれた。ほしいものは何もない。ただ父にのひざに座りたいと願っていた。オモチャもお人形もお菓子もいらない。父のひざにもう一度座りたい。父のことは嫌いではない。どちらかと聞かれれば好きである。じゃあ大好きなの?と聞かれたら、どう返事をしたらよいか悩む。そんなにベタベタした関係ではない。口数の少ない大人しい人だ。愛情深い人だと思うが、上手に表現するタイプの人ではない。そんなに父のひざを私が求めていたなんて意外だった。49歳になって初めて知った真実だった。私はファザコンと認めるしかない。三人の娘たちが大きくなってインナーチャイルドの誘導を受けた時、彼女たちは一体なにを思うのだろうか。家族として過ごした毎日を懐かしく思ってくれたら嬉しいのだけれど。
2011.01.29
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大失敗をした。なんてことはない。スケジュール管理の甘さが出た。2月3日の節分が、いつの間にやらバレンタイン前の一大イベントになりつつあるが、我が家の子供たちも、目ざとく某コンビニの恵方巻が食べたいと言う。理由はカンタン、予約をすると可愛い方位磁石がオマケについてくる。オマケにつられ予約した。恵方巻の他にも「まるかぶりロール」なるロールケーキもねだられて予約する羽目になった。ところがなんと節分の日から次女は学校行事で2泊3日でスキー合宿だ。そんなことはすっかり頭にはなく、3日に受け取りますとコンビにに予約してしまった。今年は珍しく、あれが食べたいこれがいいと積極的なのは次女だった。方位磁石も3パターンあって、どれが当たるかなんてちょっぴり騒いでた。今までこういうイベントに熱心なのは長女だったのだが、今回は意外とクール。私はなんでもいいよと次女にお任せだった。肝心の次女が居ないならと予約受取日を早めようとお願いしたら締め切りの関係でできないとのこと、次女には可哀そうだが仕方がない。以前の私なら、こんなことは絶対考えられない。スケジュール帳やカレンダーには常に予定をしっかり書きこんで、ダブルブッキングや抜け落ちがないか常に気配りしていた。特に川越でPTAの役員をやっていたときなどはB5判くらいの大きなスケジュール帳にPTA役員としてのスケジュール、三人の娘の学校とおけいこ事のスケジュール、私の仕事のスケジュール、主人の取材で家を空けるスケジュールなどなど何色もボールペンを色分けしてぎっしり書きこんでいた。PTA役員時代は、ある意味、緊張の毎日だったのかもしれない。ミスがないのが当たり前。完璧にこなして当たり前。仲間に恵まれ、主人の協力や子供たちの応援がありなんとか任期を終えバトンタッチすることができた。忙しかったけれど、とても楽しかったし、私にとって学ぶことの多い3年間だった。当時の私からすると今の私は超いい加減。学校の保護者会の日にちを忘れたり、イロイロだ。でも、この位抜けているぐらいで丁度いいのかもしれない。あまりしっかりしすぎるよりも、「ゴメーン、お母さん今日学校行くの忘れちゃった」と子供に手を合わせて謝る母を子供たちもちょっぴりほっとした顔で見ているような気がする。親だって人間だ。忘れもすれば失敗もする。以前の私はきっちりしすぎてその私に合わせる家族はしんどかったに違いない。エネルギーも同じ。良かれと思い良いエネルギーを取り入れる。入れることばかりに一生懸命になるとエネルギーがパンパンになりあまりよろしくない。良いエネルギーを入れる前に、まずエネルギーを出すこと、古いエネルギー・余分なエネルギーを手放すことが重要だ。手放すことで、新しいエネルギーが入ってくる。手放さず、あれもこれもと欲張ってもこちらのキャパが変わらぬ以上、次々得られるなんてことは難しいようだ。深呼吸も同じ。吸って吐くのではなく吐いてから吸う。手放した時に新しい流れが生まれる。コンビニの帰り道、次女に予約変更できなかったよーと言わなきゃなと思いつつあれこれ思いを巡らせた。私は上手に手放せただろうか。不要なものを後生大事に抱えてはいないだろうか。自分を解放するために、こだわりを捨て、身軽で居たい。どうしてもこれだけは手放せないと言うのが使命なのかもしれない。一月も間もなく終わる。日々自分のエネルギーの状態のチェックが必要だと痛感する。
2011.01.28
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昨日のブログに私と長女のインド占星術に基づく星座の話を書いた。その流れで、今日は主人の事を書こうと思ったら・・・なんと主人が自分で<山羊座の土星>と、イロイロ書いているではないか!ちょっとビックリ。身内ネタになってしまうが、主人の母が主人のことを「お前は苦労ばかり・・」と言っていると言うのは超ビックリ!!私から見ると、主人ほど、のほほんと人生をマイペースで歩んで居る人はいないのではと思うのだけど、視点を変えるとそんな風にみえるのかなあ。私のような嫁と結婚して、「可哀そうに苦労して」と思われているのかもしれない・・・。なーんて、それはない。主人の両親は、カゲで人の事を悪く言うような人ではない。こんな不出来な嫁でも、ホント良くしてくれてありがたいの一言に尽きる。主人は結婚が遅かった。結婚したのは主人が36歳の時。東京なら30代で独身なんて珍しくはないけれど、主人が育った田舎では、比較的皆早く結婚して子供を持って・・・と言うのが当たり前。長男である主人がいつまでも一人身なのがずいぶん気がかりだったらしい。笑い話のような本当の話、いつまでも結婚しなかった主人にしびれを切らして「中国の人でもフィリピンの人でもいいからとにかく結婚してくれ」と言ったとか。当時、農村になかなかおヨメに来てくれる人がいなく海外からお嫁さんを連れてこようなんていう企画があちこちの農協や青年団で行われて、海外花嫁が一種のブームになっていた。そんな時に、私が登場したわけだ。きっと正直なところ、主人の両親は同県人もしくは近隣県のお嫁さんが希望だったと思う。地元の子がお嫁さんなら、足しげく帰省してくるだろうとかゆくゆくは同居できるだろうとか、長男の嫁に対してきっと両親なりの夢や理想があったに違いない。なんで札幌のヒトが嫁さんに来ることになったのかときっと面喰ったのではと私は想像するのだが、主人が言うには一切反対はしなかったらしい。まあ中国やフィリピンからお嫁さんを迎える覚悟ができていたのなら札幌ぐらいなんてことない距離だったかもしれないが。ひょんなことから出会い、結婚し、家族となった。結婚して思うのは、結婚は互いのエネルギーのぶつかり合いだ。何十年も他人でいた人が、急に身内となり、ひとつ屋根の下に暮らすわけで・・・。摩擦がなく上手くいくなんてキセキだと思う。我が家の場合、結婚して18年たつが、未だに「アンタ何考えてんの?」と思う事がしょっちゅうだ。(注:アンタというのは北海道では親しみを込めて使う言葉で決してケンカ腰の言葉ではありません。)まったく別物のエネルギーが長い年月をかけ混ざり合い、自分らしい独自のイロと二人で築きあげたイロと両方のイロを持てたことで少しずつキャパが広がるような気がする。結婚した方がよいのかどうなのかは分からない。ただ、私の場合は非常にアタマの固い人間なので結婚を通して少なからずのカルチャーショックを経験し数々の夫婦喧嘩を通し違いを認めるという事を覚え、そのおかげでキャパが広がったと言えるだろう。人それぞれ今世の目的が違う。私は「認める」という事が一つのテーマ。そのために家族を持つ事は必要だった。主人と非常に個性的な三人の娘たち。私にイロイロ氣づきを与えてくれる天使なのかもしれない。
2011.01.27
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アルケミストのセッションメニューの中にライフリーディングがある。インド占星術がベースにあるのだが、高江洲先生が星からメッセージを伝えるもので占いとは全く別物である。私も長女もものの見事に同じ星座、<獅子座の太陽>だ。正直、私はしっかり者の次女が自分に一番似ていると思っていた。長女や三女は、どちらかと言うとのんびり自由人の主人に似ていると。次女は、妙に正義感が強く理屈の通らないことは大嫌い。約束やルールを守らない人は許せないという竹をスパッと切ったような性格。ハッキリモノが言えるタイプだ。もう少し優しく言ったら?もう少しソフトに、オブラートに包んで・・と傍から見ていて思うのだけど、次女はそんなのはお構いなし。あまりはっきりし過ぎて、敵を作ることが多いと思う。もう少し器用に生きてほしいと思うのだが、まだ中1、人付き合いの加減が分からないのは無理もない。ところが、ライフリーディングを受けて愕然!私とウリ二つなのは長女の方だった・・・。可愛さ余って憎さなんとか・・という言葉があるが、私と長女の関係はまさにそう。可愛いのになぜかカチンときたり、とにかくお互いの距離感が難しい。思春期だから、反抗期だからと自分に言い聞かせてきたけれど何かそれだけでは片づけられない物も感じていた。当然過去世での関係も大いにアリなのだけれど、どうもそれがすべてではないとも思っていた。理由は簡単、長女と私はあまりにも似すぎて長女を通して自分の嫌な部分が目について反発していたのだ。ライフリーディング、恐るべし。一口に<獅子座の太陽>といっても、すべての獅子座の太陽の方に当てはまるわけではないのだが、私と長女の場合は、太陽の力の使い方がポイントとなる。使い方を一歩間違えると傲慢となる。私は今世、太陽の力を<権力・支配>にせぬようエネルギーを小さく小さく・・・というタイプ。ところが彼女は太陽の力を大きく大きく・・・のタイプ。私から見たら、「生意気じゃん、アンタ傲慢よ!!」と、彼女の中に自分の中にある傲慢さを見てしまっているのだ。彼女の方が圧倒的に太陽の力が強い。今はまだ彼女は氣づいていないだろうけど、彼女がきちんと太陽の力を正しい方向に使う事をすれば彼女は私なんか追い越して振り返りもせずに先に進むだろう。彼女は大物になる素質十分なのだ。それゆえ、人から見たら、彼女にはその気がなくても偉そうに生意気そうに見られるだろう。それをどう克服するか。なんとも難しい宿題を選んで生まれてきたことか。でも、別の角度から見ると、これほどやりがいのある宿題はないかもしれない。今世、彼女が大物になれるかなれないか。私は求められればアドバイスを送り見守って行きたいと思う。過去世においての人間関係と惑星がらみの力関係。家族になった意味は大きい。
2011.01.26
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昨日、高江洲先生に<成功>の言葉を入れエネルギーカードをいただいた。私にとってはとても嬉しい言葉だった。何年か前に、先生にカードを作っていただいた時は<実現>という言葉だった。非常に絶妙なタイミングで言霊をいただいている。<実現>のカードをいただいた頃、私はただひたすら学ぶことしか考えていなかった。学ぶことが嬉しく、それだけで幸せだった。きっとそれだけじゃ駄目だよのメッセージだったのだと思う。机上の学びではなく、もっと人の役に立てるように学んだ事を実現させる・ヒーラーとしての夢を実現させる・・・そんなエールを送っていただいたのだと思う。私は今<成功>の言霊をいただいた。現実の<赤>と、スピリチュアル・精神性の<紫>とを融合させきちんと正しく、この世界でやって行くという事へのエール。人生を終えるときに、自分の才能・能力を最大限に発揮して、望む世界で悔いのない働きができた。私は本当に幸せだ。そう言って満足して今世を終える。それが私の今世の設計図、計画なのだ。実現から成功へ。自分の歩んできた道は間違いではなかったと思う。自分の望む世界に身を置き日々過ごせることの幸せを実感する。長女にもエネルギーカードを作っていただいた。高校受験を控えている。先生は長女に<合格・喜び>とふたつの言霊をプレゼントして下さった。色は赤と緑。赤は現実そして力を表す。緑は平和・調和・バランス。赤と緑のほかに、ピンクと黄色も合わせてプレゼントしてくれた。ピンクは愛、黄色は喜び・希望。いじめや不登校を経験し、それを乗り越えた者として、彼女には大きな幸せが待っているのだろう。親としてただ見守ることしかできないけれど彼女の中に大きな大きなエネルギーを感じる。「可能性」というエネルギー。彼女にスイッチが入った時それは大きく動き出すだろう。そのスイッチをいつ押すのか。それは誰にも分からない。彼女の魂は、その時を待っているはずだ。わくわく交流会があった。平日夜にも関わらず、たくさんの方にご参加いただいた。テーマは「グランディング」。大地と、地球と、つながるワーク。私の大好きなエネルギーワークだ。参加の皆さんと一緒にワイワイやりながら、あっという間の2時間だった。次回はオーラをテーマに交流会を開催する。オーラを描くのが大好きな私としては、次回もぜひ参加して、みなさんと一緒に楽しく過ごしたい。オーラを描くと言うテーマではないので色鉛筆の出番はないとは思うがオーラをテーマにみんなで話ができるなんてワクワクする。たくさんの方とご一緒できたら嬉しいな・・・。
2011.01.25
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主人のブログを覗いた。ハイヤーセルフの事を書いていた。さすが、作家。難しいことをサラサラと優しく、分かりやすい文章で書いている。だてに文章を書くことを生業にしていないなあと、身内だけど素直に感心。私も主人も、自己探求の講座を受け使命を見出した。彼は彼の使命を私は私の使命をそれぞれが歩むことが大切だ。「私も頑張る、あなたも頑張って」の世界だ。たとえ夫婦と言えども口をはさめない部分だと思う。彼は彼のペース私は私のペース求められれば一緒に考え、互いにエールを送る。それぞれが使命に向かうのはモチロンの事、私達には、子ども達も含め家族5人が幸せの方向へと向かう舵取りも二人にとって今世の大きな仕事だ。これは理屈抜きに、時として大きな感情のバトルとなりえる。お互い良かれと思ってやったことが火種になったり結婚して18年になるけれど、未だに理解不能の部分があったり・・夫婦って面白いな、人間って面白いなと数々の氣づきがある。使命と現実の生活と、どちらが大切ですかともし聞かれたら、カッコよく「使命です」と答えたいけれど多分私は、そう答えることはしないだろう。しないではなく「できない」が正しいかもしれない。ずるいかもしれないが、私は「使命も現実の生活もどちらも大切」と答える。私にとって、現実生活抜きの綺麗事のような生き方は考えられない。求める者は与えられると言う原理原則があるならば私は使命も現実もどちらも徹底的に求め続ける。二兎を追い二兎を得る。先日のハイヤーセルフのメッセージは妙に心に染みた。スマートにやる必要はない失敗を恐れるなしたたかさが必要泥臭く行う事も必要非常にリアルに現実的なアドバイスを他にもたくさんいただいた。私に何が必要か、何が足りないのか具体的なアドバイスのオンパレードで不思議な感覚だった。アタマであれこれ考えるよりも動きなさいというメッセージと私は理解した。メッセージを求め、それを受け取った者はそれを行う義務があると私は思う。聞きっぱなしで「はいそうですか、アリガトウ」とその場だけの話にしてしまってはあまりに失礼だ。現実とスピリチュアルと現実生活と使命とどうバランスを取りながらやって行くのか。そんなことを先週の土曜日からずーっと考えていた。今日、絶妙なタイミングで高江洲先生からヒントをいただいた。キーワードは「赤」と「紫」と「成功」私は先生からいただいたエネルギーカードから答えを導く事ができた。カードをいただき思わずニヤリ、万歳と叫びたいくらいだった。答えは至ってシンプルだった。こんな時、エネルギーの世界っていいなと思う。
2011.01.24
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昨日の自己探求上級コース。使命を知った者として今世をどう生きるか。どうしても使命を全うしたいどのように使命を全うするか模索する日々が続く。昨日はハイヤーセルフのメッセージの重要性を教えていただいた。とても大切なメッセージが送られているのにそれを完璧にキャッチできない自分が歯がゆい。メッセージのキャッチの仕方も人それぞれだ。映像で受けとる人、まさしく聞こえる人、その両方を併せ持つ人もいるだろう。私は映像型ではない。ビジュアルにたいして苦手意識が強い。じゃあ聞こえるのかと言うと、私の中では聞こえるという感覚でもない。うまく表現するボキャブラリーがないのが残念、私の場合は感じるというか降りてくるというか、そんな感覚だ。高江洲先生のもとに学生として通った頃、オーラのリーディングに苦手意識があった。今となれば笑い話だが、「本当に見えるのかな?無駄にならないかな」と24色の色鉛筆を買った記憶がある。そんな私が今、アルケミストのスタッフとして働いている。ただ言えることは、私はヒーリングの世界が好きだった。上手いとか下手とかそんなことは気にならなかった。ただ純粋に好きだった。好きこそものの上手なれという言葉を地で行ったのが私だ。私は真氣光に出会い救われ、高江洲先生のセッションで救われた。今、私はセッションに同席しクライアントの方とお話しできることに喜びを感じている。オーラを描く為に色鉛筆を手にしている時間がたまらなく好きだ。アルケミストにクライアントとしてお邪魔してから今年でちょうど10年。真氣光との出会いが<ホップ>ならアルケミストとの出会いは<ステップ>。私の<ジャンプ>はどんなものになるのだろう。なんとなく、私の<ジャンプ>は使命に大きくかかわる・・・と感じている。ハイヤーセルフのメッセージをいかに常にキャッチするか。「焦らず・あわてず・あきらめず」のトリプルAでいくしかない。なんせ私は、超ビジュアルが苦手、インナーチャイルドに出会えるまでずいぶん時間を費やした。その分、インナーチャイルドに出会えた時の喜びは忘れられない。「求める者は与えられる」という事を身をもって体験済みだ。今、自分自身を見つめ直したいとエネルギーの世界の扉をたたく方が多い。自己探求の世界やヒーリングを学ぶという事に興味をもたれる方も増えてきた。常に学ぶ姿勢で、私も一緒に歩みたい。
2011.01.23
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自己探求上級コースのセミナーだった。高江洲先生のエネルギー誘導が3つ。残念ながら、1回目の誘導は、自分でもピンと来なかった。めげてはいられない。2回目・3回目の誘導はかなり手ごたえがあり、自分にとっても今現在とてもタイムリーなものだった。充実した3時間半を過ごし帰宅した。二子新地駅のホームからきれいに月が見えた。カレッジで学ぶ学生だった頃、高江洲先生に月のオーラを見るといいと言われたころを思い出した。なかなかオーラを見ると言う事に自信が持てなかった。先生は、何とかご自分の経験を生かし私たちにレベルアップする方法を教えて下さった。ヒトのオーラも見えないのに月のオーラなんて見えるの?と半信半疑だった。信ずる者は救われるではないけれど、素直に外に出て月を見た。ああ、これがオーラなのか・・・。時間の経つのも忘れ眺めていた。求める者は必ず与えられると言う。メッセージを伝える者になりたいと、心から思う。自己探求のセミナーで、自分の未来の姿を見て、切実に思った。与えられるまであきらめない。与えられるまで続ける。今夜の月は、とても優しく、「あなたは本当に頑張ってるよ」と微笑んでくれているようだった。
2011.01.22
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次女からメールが来た。明日ソフトボールの試合らしい。朝早くお弁当を作れるかと言う確認と「左腕が痛くてたまらない。お母さん、帰ったらヒーリングして」というSOSだ。自分は9時に寝ているけど、ヒーリングよろしくね!というものだった。我が家の娘たちにとって、氣やヒーリングというのは当たり前の世界だ。なんせ子どもの頃から、氣やエネルギーのグッズがあり氣の音楽が24時間流れている。具合が悪い、ここが痛いというのもほとんどヒーリングで良くなった。ヒーリングして、エネルギーを流し、「はい、終了」の世界だったのだから。子どもたちがまだうんと小さい頃、高江洲先生にエネルギーカードをプレゼントしていただいた時も三人はそのカードを大事に大事にして自分のベッドのまくら元に置き、熱がある・頭が痛いという時には、おでこに当てていた。主人がインドに行きサイババ様のカードをお土産に買ってきた時も特に三女は妙に気に入ったらしく、カバンの中にババ様のカードを入れて持ち歩いている。ババ様のエネルギーを感じ取り、「大切なお守り」として理解しているのだ。帰宅し、次女の部屋に入ると熟睡している。よほど部活で疲れたのだろう。まったく目を覚まさない。確かに左腕のエネルギーが重い。炎症性のエネルギーは感じなかったので一安心。とにかく彼女の疲れを取らなければとヒーリングを開始。次女は私がヒーリングすることを考慮し、左腕を上に横向きに寝たのだろうか。彼女を起こす事なくヒーリングを終えた。腕をヒーリングした後、彼女の全体のエネルギーを整え、オーラも整えた。オーラの肉体層・感情層・精神層。オーラを整え終わった頃、面白いことに彼女は横向きの体勢を変え仰向けになった。まるでヒーリングカレッジの教科書に出てくるようにモデルのように仰向けにまっすぐ体勢が直っている。「もしかして寝たフリ?」と思うほどの絶妙なタイミングで私はおもわず吹き出しそうになった。思春期になると親と衝突したりわざと憎まれ口をたたいたり、聞くところによると親と全く口を利かないというお子さんもいるらしい。我が家の三人も、生意気な口を利き、カチンとさせられる事もあるが、こんな風にヒーリングを通し、子どもたちとつながることができて私は幸せだ。何気ない日常の中にエネルギーがあり、良い氣に包まれ暮らす。恵まれている守られていると実感する瞬間だ。きっと次女はエネルギーを受け、夢見心地なんだろう。明日の試合頑張ってとエールとともにエネルギーを送る。
2011.01.21
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水曜・木曜と休みだった。休みといっても子どもたちは学校。お弁当作りがあるため、ゆっくり寝坊していられない。長女が次女の分もお弁当を作ってくれると言う。「お母さん休みだから、ゆっくり寝てなよ。」ちょっと風邪っぽいかも、と主人に言ってたのを聞いていたらしい。お言葉に甘え、お弁当作りをお願いした。翌朝、習性とは恐ろしいものでせっかくの休み・お弁当作りからも解放されるというのに、目ざましをかけなくてもいつもの時間におきてしまう。喉にちょっと違和感があるが、起きて家事ができないほど、風邪をひいたというほどではない。でもお弁当作りを申し出てくれた彼女に甘えることが自分の仕事と言い聞かせ眠ろうとする。が、長女が悪戦苦闘しているのではと気になって眠れない。どうしよう。ギリギリお弁当作りに間に合う7時半までベッドの中にいてさりげなく起き、「おはよう。お弁当上手くいった?」とさわやかに長女に声をかける作戦を練った。時間の進むのが遅い。いつもならあっという間に時間が過ぎ、戦場のような朝なのに。長女のお弁当作りは順調だろうか。やっと7時30分。さりげなく、でも内心は焦って台所に向かった。長女は頑張っていた。「なんとかできたよ!」の明るい声。きれいに詰めているが、ちょっぴり隙間が気になった。せっかくきれいに詰めても隙間があると中身が動いてしまいフタを開けた時に、ぐちゃぐちゃに・・なんてこともある。「隙間にもう一品詰めようか」と言いたいのをぐっとこらえ「きれいにできたじゃん、上出来!」と目をつぶった。登校時間が迫っている。「お母さん、デザートの準備するね~」とサラリと言ってフォローにまわる。なんとか間に合った。次女は元気にでかけた。「あれ?自分の分は?」長女の分のお弁当がない。「いいよ、私コンビニで買って行く」卵焼きが足りないらしい。ちょっぴり焦げたのか、焼き色のきれいな所をえらび次女のお弁当箱に詰めたようだ。「お母さんが今から焼こうか?」と聞いたがたまにはコンビにのサンドイッチがいいとかでしっかり1000円をもって行った。ちゃっかり屋さんの長女らしい。子どもの成長は本当にあっという間だ。親の体調を気遣い家事をかってでてくれる。普段は掃除も片付けも一切せず、わたしにガミガミ言われてばかり。学校に行かずハラハラさせてもくれたし、私の白髪の大半は彼女のおかげと恨み事を言った日々もある。だが、今日は長女の優しさが身にしみた。普段はぐーたらでもマイペースでKYでも今日のように、困っている人に手を差し伸べることができるなら、それでOKなのかな。これができたら次はあれ、あれができたら今度はそれを・・という風に次々ハードルを上げ、完璧求めてしまうけどここぞと言う時にきちんとできる能力があるなら普段のぐーたら・のんびり生活は良しとせねばいけないね。待つことの大切さを私は今、学んでいる。違いを認めるキャパを持つ事も私のテーマだ。人にはそれぞれ時期がある。私のペースと長女のペースは違う。「違いを認める」ために家族になった。過去世の課題をクリアするために過去世での誤解を解消するのが、今世母娘になった目的だ。本当の優しさって何だろう。必要な時に手を差し伸べる。後は完全にセパレーション。それが長女のやり方かもしれない。それもありかな。
2011.01.20
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本の事を昨日のブログに書いた。「ホピ的感覚」1995年に主人が出した本。なぜか急に1冊の本の事が気になりだした。「心の絵本 わがままなあなたがいちばん」実はワケありの本なのだ。不登校の女の子を主人公にした本で、主人は一生懸命書いていた。素敵なイラストもつけてもらってさあ本ができた、嬉しいなと思っていたら出版社が傾いてしまって原稿料がカットされ、支払いは分割で・・・と次々状況が変わっていった。モチロン当時、我が家にはそんなに余裕があったわけではなく原稿料のカットも、分割での支払いも痛かったけれどとても素敵な本だったので、本が世に出るためなら支払いの条件変更なんて私たちはOKだった。ところが、出版社が倒産という噂が聞こえてきて、印税なんてもういいから刷り上がった本を現物支給してもらおうかと主人と相談していた。作家にとって作品は子どもと同じだ。しかし、あっという間に噂は本当となり、債権者として主人は呼ばれた。「自分が書いた本がほしい。原稿料の代わりにもらう事が出来ないなら自分がすべて買い取ってもいい」と出版社側に頼んだのだけれど差し押さえ財産となっているとかで倉庫から持ち出すことも販売することも何もできないと言われてしまった。法律の知識も何もない私たちにはそれ以上どうすることもできず「わがままなあなたがいちばん」は幻の本となってしまった。本が出たのは1999年1月12日。我が家にかろうじて1冊だけ残っている。何度か引っ越しをしているのでどこかを探したらあと1.2冊は出てくるかもしれない。我が家の不登校娘は当時まだ幼稚園に通う前。まさかその子が不登校になるなんて考えもしないで主人は本を書きあげたはずだ。でもこの本を書き上げた意味は大きいと思う。薄っぺらな小さな小さな本だけどとても大切なメッセージが込められている。本当の自分ってなんだろう。本当の幸せってなんだろう。子どもが生まれた時私はただ生まれてきてくれただけで幸せだった。ただ子どもが居てくれるだけで満ち足りていた。いつの間にか人に好かれ・愛される子に。人並に勉強ができるように人並に・・人並みに・・と、子どもへの要求が大きくなった。思い通りに行かないのが子育てだ。それに気づくまでずいぶん時間がかかったし、未だに悩み葛藤する自分がいる。今、不登校を始めニートや引きこもりと言った社会に適応しずらい人たちがたくさんいる。こんな世の中だからこそもう一度、主人が書いたこの本をたくさんの悩んでいる人たちに読んでもらえたらと思う。不登校の子は「自分は学校に行かない」という選択をしたのだ。それを「わがまま」ととるか「勇気」ととるか。私は甘い親かもしれない。私は娘の不登校を勇気と受け止めたい。彼女は人と違う道を選択した勇気のある子だと。今はエネルギーを充電し、飛び立つ準備をしていると。親の私にできることは彼女に少しでも良いエネルギーを送り見守ることだけだ。もしかしたら・・・と「わがままなあなたがいちばん」をアマゾンで検索してみた。驚いたことに中古の出品あった。早速2冊買った。本と言うのは面白い。人から人へと渡って行く。捨てられることなく出品されていたことに感謝。
2011.01.19
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伝えるという使命がある。どう伝えるか。「ささやく」でも「つぶやく」でも「語る」でもいいのかもしれない。でも私は「伝える」を選んだ。どう伝えるか。一対一で伝えるのか一対複数で伝えるのかどんな状況でもベストを尽くすしかない。「広める」「導く」「教える」という使命の人も居るだろう。そういう場合は一度にたくさんの人を対象とするイメージかな。私は「水星」の人間だ。コミュニケーション・言葉・メッセージ・文筆・出版・・様々な意味があるが、ライフリーディングで「メッセージ」と「出版」と教えていただいた。「メッセージ」は常にキャッチできる者でありたいと思う。それに相ふさわしい自分になるのみだ。「出版」はウチの主人の専売特許と思っていた。モノカキがそばに居るのに、なぜ私が?と思うのだが、ホロスコープにそう出ているのなら間違いないのだろう。私はメッセージを受け伝える者・本を著わす者になると人生の設計図を描き生まれてきたのだ。面喰っている私に高江洲先生が助け舟を出して下さった。「ご主人との共著なんて素敵じゃないですか。」そうか、その手があったのか。単純な私は主人にルンルンで報告した。縁あって結婚し、家庭を築き子どもに恵まれこれだけでも十分幸せだ。さらに二人の名前で本をだす事ができたらどんなに素敵だろう。アルケミストに勤めて居るおかげで、私はたくさんの方々と会う機会をいただける。小原田(おはらだ)という姓が珍しいので、「もしかしたら、本を書いている小原田泰久さんの・・」と聞かれることがある。「主人の本を読んでくださっているんだ」と嬉しくなるし本当にありがたいと感謝の気持ちでいっぱいになる。先日も「実は今、ご主人の『ホピ的感覚』を読んでいるんです・・」と仰って下さる方との出会いがあった。『ホピ的感覚』は16年くらい前にでた本だったろうか。真氣光の先代の中川会長と帯津良一先生と主人とでアリゾナのホピ族とナバホ族に会いに行き書かせていただいたものだ。ずいぶんと懐かしい本の題名を聞き、嬉しさと同時に先代の会長のお姿が浮かび懐かしさでいっぱいになった。本の力は大きいと実感する。「ホピ的感覚」はもう絶版になっている。その方はどのようにして手にいれられたのであろうか。時代を超え読み続けられる本の力の大きさ。ウチの主人は本当に良い仕事をさせていただいているな、と羨ましくもある。私も頑張らなければ・・・。
2011.01.18
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ヒーリングセンターで働いている。日々たくさんの方との出会いがある。動物病院も併設されているため、動物さんのエネルギー診療でお見えになる方。動物さんのカウンセリングを受けに来られる方。ヒーリングセンターである故、ヒーリングを受けに来られる方。エネルギー(オーラ・チャクラ)のリーディングを受けに来られる方。ヒーリングカレッジで学ぶ生徒さんとの出会い。アニマルコミュニケーションカレッジで学ぶ生徒さんとの出会い。会社で経理を担当しているので、カレッジの学生さんとは、学費の支払いや振り込みの件でお話しする機会があり、特に、新規開講の時期は新しい方々との出会いが多く嬉しい限りだ。そして、高江洲先生ならではのセッションを受けに来られる方。セッションと言っても、過去世のセッション・ライフリーディング・未来リーディングと様々。カウンセリングを受けに来られる方もいる。電話での声だけの出会いもある。予約の方。問い合わせの方。資料のご請求のお客様。「私は、やっぱりヒトが好きなんだ」としみじみ思う。単純なのかもしれないが、お問い合わせの方が後日改めて予約を入れて下さったり、セッションを担当させていただいた方からのアンケートに「小原田さんが担当で良かったです。」なんて書いていただけると本当に嬉しくて涙がでてくる。モチロン高江洲先生のセッションの内容が素晴らしく、その方にとって、大きな気づきや変化があり、その事を喜ばれてアンケートの返送に結び付くのであるがその方の、大事なその瞬間に、セッション担当として同席させていただけたことが大きな喜びなのである。まさにヒーラー冥利につきるの一言。今日のセッションでお話しさせていただいた方も、先生の一言一言に真剣に耳を傾けられしっかり消化し自分のものにされて笑顔で帰られた。ご一緒できた私の方が、幸せのエネルギーを分けていただいたような気分だ。エネルギーの世界は本当に素晴らしい。そして、人と人が出会うという事は素晴らしいエネルギーを生む。日々仕事としてたくさんの方に出会える私は幸せな人間だと思う。私の使命は「真理を伝える者」どんな風に伝えるのか、どんな方に伝えるのか・・その模索はこれからも続く。でも、今日の出会いで決心したことが一つ。かっこいいヒーラーになれなくてもいい。<伝える者>と言う使命を持った者として真理を伝え、「あなたに出会えてよかった」「あなたとお話できてよかった」と思っていただけるようになりたい。私は<お節介おばさんヒーラー>になる。迷っている方・悩んでいる方のそばに寄り添い、私は真理を伝えたい。もっともっと人と出会い、たくさんお話がしたい。そんな気持ちで帰宅して、自分のブログをのぞいたらとても嬉しいコメントが書き込まれていた。涙が出た。嬉しかった。使命を行う者は大いなる存在の導きや応援を受け、使命に向かう時、喜びに満たされると言う。私は今、幸せだ。
2011.01.17
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金曜日にライフリーディングを受けた。自分の中のモヤモヤが晴れルンルン気分で帰宅したが主人は熟睡中。ライフリーディングでの感動を伝えたかったのだが邪魔しちゃ悪いとブログをかきこみ、私もすぐ休んだ。翌日出勤、帰宅前に主人からメール。「ライフリーディング受けたのですね。寝ないで待ってます、教えて。」と。どうやら私のブログを読んでくれたらしい。「ライフリーディングセッションの録音があるので聞いていて」とメールした。アルケミストではセッションの録音をお渡ししている。何度も何度も聞き返しセッションの中身を消化し、役立てていただきたいからの事だと思う。私も今回のセッションにあたり以前受けた私のライフと主人のライフの模様をじっくり聞いてそのうえで今回のセッションに臨んだ。きちんと理解していたつもりだったのにやはり1年も2年も間をおくと忘れていることもある。自分の都合のいいことだけ覚えていたような気がする。反省。「家族」という単位で見ると、なかなか踏ん切りのつかないこともでてくる。数年前の我が家で一番の関心事は引っ越し。子どもの進級に合わせるのか、それとも私のライフのセッションで聞いた「動く時期」に合わせるのか。やはり大黒柱である主人の運氣に合わせるべきか。我が家の結論は「動きたくなったから動く」であった。「動きたくなった」というより「動かざるを得ない」という感覚か。長女の中学校でのいじめがあり、家から一歩も出られない状態だった。次女・三女は小学校で楽しい毎日。ましてや当時、次女は小学6年生。卒業までのカウントダウン、仲の良い友達と卒業させたかった。私と主人の決断は転居・GO、1学期が終わってすぐに引っ越しをした。悩んだけれど、そこで家族のエネルギーが大きく変わった。私と主人は、いじめの対応に熱心でない学校とは戦わずに長女を何としても守る事にエネルギーを費やした。次女と三女はお姉ちゃんのためなら転校していいよと言ってくれた。次女は残りわずか8カ月で卒業だ。ずいぶん悩んだと思う。新しい地で家族は素晴らしいスタートを切ることができた。引っ越しをして本当にエネルギーがガラリと変わった。明るくなった長女。新しい学校にすぐ馴染み、たくさん友達ができた次女と三女。引っ越そう。ここにはもう居たくないという私達の感覚は間違ってはいなかった。ひとそれぞれ時期があると思う。自分らしく羽ばたき、そして輝く時期。子どものために真剣に悩み、決断を下した私たちだが実はすべて用意されていたような気がする。一生懸命に悩み、苦しみ、傷つき家族を守ろう・どんなことがあっても家族で居ようと決めた時、神様が微笑んで下さった。不登校の中3の長女の高校受験はもうすぐ。様々な経験を通し、たくましくなった彼女なら結果はどうであれ、もう大丈夫だと思う。この春、彼女は羽ばたくだろう。親の私もうかうかしてはいられない。子どもたちの見本となるよう、私らしく羽ばたきたい。
2011.01.16
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ヒーリングを学びたいエネルギーの世界を勉強したいという方が確実に増えている今日もヒーリングカレッジに興味を持って下さった方とお話をする機会があった私が<真氣光>にであった20年前は「氣」とか「宇宙エネルギー」とかましてや「手かざし」などはまったく異端の世界だった雑誌の「ムー」や「氣マガジン」といった類の本は一部のマニアックな人が読む本であって書店で買うのもはばかられた感がある時代だったいつの間にか「癒す」という言葉も「癒されたい」という言葉も一般的に使われるようになりヒーリングやヒーリングサロンという看板を街中で見かける事は当たり前の時代となったたくさんの方がエネルギーを取り入れ幸せになってほしいと思う一家に一人、ヒーラーが居るようになったら物の価値観や考え方は大きくかわるだろうそんな時代がもうすぐそこまで来ているような気がする真氣光に出会い、アルケミストに出会えたことを本当に感謝している小原田弘美さんに出会え、話ができて本当に良かったと言われるヒーラーになりたい
2011.01.15
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ライフリーディングを受けた。霧が晴れ、自分の頭上に青空が広がっている気分だ。まず、なぜ私が今日のこの日にライフリーディングを受けることになったのか。先生はそこから私に話して下さった。涙がでるほど嬉しかった。「無駄なものは何一つない」とよく言われるけれど、心の隅に「私は必要な人間なのだろうか。」と不安に思う事がある。自分は愛されている・自分は必要とされている・・・そんな風に必死に思いこんでいることはないだろうか。まぜか私は傍から見ると元気いっぱい・自信満々のヒトに見られがちだ。なんせ、私は<獅子座の太陽>の人間だ。そう思われても仕方がない。良くも悪くも<太陽>なのだ。でも心の中で私は叫ぶ。私はそんなにりっぱなヒトではないと。今日のセッション冒頭の高江洲先生のお話はそんな私に勇気と愛をくださった。まさしくアンパンマンのテーマソング、「勇気りんりん(だったかな?)」にして下さったのだ。その一言で今日のセッション終了!と言われても私は満足しただろう。まさしく私にとっての<言霊>だった。前回のセッションを受けてから今日までの流れをお伝えし修正事項を確認するつもりだった。先生はすべてをお見通し、力強く、「なんら修正も訂正も必要ない」とおっしゃって下さった。自分の動くべき時期も私が感じていた通りだった。私はきちんとメッセージを自分で受け取っていたのだ。これ以上の喜びはない。自分の感覚が昨年から妙に冴えていて怖いくらいだったのだけれどそれもすべてやはり意味があってのことだった。雑談の中で次女の事を相談させていただいた。写真を撮ればオーブが写り、オーブに囲まれ見たくないのに人影が見えてしまう霊的に敏感な娘。このままで良いかどうか。親としては今一番の気がかりだ。そろそろ本人にきちんと伝えるべきとアドバイスいただいた。なぜ親である私たちはこの仕事を選んでいるのか。氣との出会い・エネルギーとのかかわりそして母である私は次女と同じ霊媒体質でチャネラーとしてお父さんと出会い結婚したことなどを親子としてというよりもおなじ人間・大人としてきちんと伝えて行くべきと。小さい頃から親を見てきて十分この世界の事は分かっていると思うのだけど、そうではなくて、きちんとこの機会に彼女に伝えなさいと言うメッセージと受け止めた。彼女が部活で忙しくない頃合いを見てつたえていこうと思う。そして、そろそろ彼女にもライフリーディングセッションを受けさせようかと思う。どんな未来が待っているのか自分が輝くために何が必要なのか一つ一つ伝えることで次女が次女らしく輝く手伝いをしたい。
2011.01.14
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アルケミストにはインド占星術をベースにしたセッションがある。ライフリーディングである。2008年10月に受けた。それ以前にも、ライフリーディングという名称ではないが現世リーディングとして自分の近未来を見ていただいたこともある。2007年9月に受けている。2009年には自分の使命を見出す自己探求の世界に足を踏み入れここまで来た。2011年。新しい年の年頭にライフリーディングを受ける機会に恵まれた。2008年のセッションの録音を聞き返す。先生に紐解いていただいた通りの流れでこの二年、私は進んできている。ライフリーディングは出生地や出生時間からホロスコープを起こすが皆さんが想像するであろう占いとは全く別の次元であると私はとらえている。まさしく星からのメッセージである。私は水星の人間だ。水星をビジネスやコミュニケーションだけで終わらせてはいけない。<メッセージの人間>を目指すべきと伝えられている。使命にある<真理を伝える者>を目指さなければいけない。今聞き返すと、2年3か月前にすでに自分の今世の使命がつたえられているも同然であることに驚かされる。明日のライフで、私はどんなメッセージをいただくのだろう。実はもうすでにメッセージは私に届いているのに未熟な私がキャッチできずにおりきっと大いなる存在が高江洲先生の口を通し伝えて下さるのだろう。伝える者になりたいと切に思う。
2011.01.13
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氣の世界・エネルギーの世界の扉を開けて20年。今では素直に「自分は護られている」と思える自分が居る。父や母に護られるとか、主人から護られているというこの世的な事ではなく、大いなる存在・光の存在というのだろうか。表現の仕方はさまざまだと思う。神と表現する人も居るだろう。ご先祖様から護られて居ると言う人も居るだろう。私が一番強く感じるのはエネルギーのワークをしている時。大地とつながる地球とつながるそんな時、なんとも言えない安心感と幸福感を感じ「自分は護られている」と実感する。守るべき者があると強くなると言う。結婚して伴侶を得た時子どもが生まれ親となった時そんな時、人間的に大きく成長すると言われる。護られていると思えるからこそ、自分の力・自分の才能を発揮する事ができると教えていただいた。安心して才能・能力を発揮し前に進めるという事を。しっかりと大地とつながり、護られていると実感し、大きく羽ばたきたい。グランディングは私の大好きなエネルギーワークだ。
2011.01.12
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昨日のほあーがんねっとわーくの講演の模様がホームページの萩原先生のブログにアップされていた。お忙しい方であろうに即行動され、エネルギッシュなのだけどギラギラ・ガンガンしたところはなく優しく穏やかで本当に不思議なお医者さんだなあと思う。今回、ほあーがんの萩原先生にお目にかかることができて人柄に触れることができてこんなお医者様に出会えた患者さんは本当に幸せだと思う。時間は有限である。一日は24時間だし一年は365日。その時間をどう使うのか。アルケミストのライフリーディングではその方の近未来を紐解いていく。希望する方には寿命をお伝えする。寿命と言っても貴方は何年何月何日に亡くなりますというような薄っぺらなものではなくいくつかの寿命のパターンについて説明する。最短なら・・・このままなら・・・使命を見出し、さあやるぞ!となったら・・・私はもう人生の折り返しを過ぎている。残りの人生をどう生きるか。子どもも大事だし主人も大事だし父の事も自分の仕事も・・・大切なものはたくさんある。残された人生の中で何を行ない、どう生きるのかああ本当に良い人生だった幸せだったといって思いっきり力を発揮、死んでいきたい。何よりもそれが一番大切だと気づけたことが私にとって大きな収穫だ。金曜日に三度目のライフリーディングを受ける。今年をどんなふうに生きるか。来年をさらに飛躍の年にするにはどうしたらよいか。そろそろ今まで以上に真剣にならなければと思う。人生の残された時間を有効につかわねば。
2011.01.11
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ほあーがんねっとわーくという会に高江洲先生が講演に招かれ私もアルケミストのスタッフとして同行させていただいた。会の趣旨としては、ガン患者さんそしてガン患者さんのご家族が対象で月に一度集まって様々な方のお話を聞きましょうという集まりとのこと。ガンの患者さんと我が家は縁がある。主人が「ガンを治す大辞典」の編集にかかわったのはもう20年近くも前になるだろうか。帯津良一先生と仕事をさせていただいていることもあり、主人はガンの方からの相談を受けることもあったし、私自身、真氣光の氣光師の頃からガンの患者さんの病室にお邪魔し氣を送らせていただく事もあった。今日参加の皆さんは、非常に熱心に講演を聞いて下さっていた。ご自分やあるいはご家族の方の病気に対し様々な悩みや葛藤を抱えておられる方々なのであろう。日々真剣に生きておられる様子が感じられ、私自身の人生を振り返る貴重な機会をいただいたような気がしている。今日集った皆さんに感謝の気持ちでいっぱいだ。私は毎日真剣に生きているのだろうか私は自分の人生を全うしたと言い切れる生き方をしているだろうか使命に基づく人生を送るとき魂は輝き、心から幸せを感じられると言う使命を知った者として自分の生き方を見つめ使命に向かって生きて行きたい
2011.01.10
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今日は仕事が休みで、久々家族とのんびり過ごした。冬休みの宿題がまだ終わっておらずコタツに入りながらテレビをつけながら族で宿題の真っ最中の娘たち。呑気なものだ。学校は明後日からだぞー。我が家の三人娘の内、次女は結構霊的なものに敏感らしい。というのも、彼女が写真をとると俗に言う心霊写真が撮れてしまう。オーブが彼女の周りにいっぱい写るので、高江洲先生に何年か前に相談したこともある。最近治まっていたようだったが、札幌の遊技施設で撮った写真も彼女が撮るとくっきりオーブが写るし彼女を撮ると周りに写る。賑やかな場所だから写っても不思議はないと思うのだけれど・・。先日、次女と二人で食事に出た時に「また人が見えた、いやだなー」と言う。どんなふうに見えるのか聞いてみた。ハッキリどんな人かも分からないし男女の区別もつかないのだが誰かが居るという、まさに人影とでも言うのだろうかそんな感じで見えているらしい。自宅では一切見ない、見えるのは学校やお店や道を歩いている時だと言う。我が家では1階も2階も24時間、音氣をかけっぱなしだし真氣光のピラミッドや中川会長の写真やポスターがどの部屋にも飾ってある。引っ越してきた時には、高江洲先生のエネルギーグッズを要所要所に置き、引っ越しが決まってから実際の引っ越しの日まで家の全景写真を撮り写真遠隔でエネルギーを送っていただきしっかり浄化してから入居した。賃貸住まいなので、自分で土地に水晶を埋めたりすることができない。根本的な土地の浄化ができないため手軽に置けるエネルギーグッズは我が家にとって必需品だ。「家の中には変なエネルギーが入り込む隙間はないぞ」というくらい良いエネルギーの場になっているハズだ。問題は家の外。彼女が敏感なのは、生まれ持った資質なのだろう。母親である私自身が霊媒体質だし彼女にもある程度の年齢になったら、きちんとエネルギーをコントロールする事を身につけさせなければいけないなと思う。以前川越に住んでいたときに、自宅でオーラリーディングやヒーリングをやっていた。主人の友人がどうしても相談にのってほしいと一人の女性を連れてきた。でも、彼女は我が家に上がるのを拒んだ。嫌なのではない。ヒーリングを受けて楽になりたいと来てくれたのだ。でも我が家に上がれない。我が家に入りたくても入れないのだ。エネルギーの良い場所に行きたくても行けないという切ない思いが伝わった。玄関先で帰る・帰らないのしばらく押し問答があったが、彼女は最終的に光の世界を選んだ。家に上がっていただき彼女のオーラを描かせていただいた。彼女と話しているうちに、彼女の雰囲気はみるみる変化していった。帰る頃には来た時と全く別人のようだった。場のエネルギーがどんなエネルギーなのかと言う事はとても大切だし場を浄化することも必要だと思う。でも、だからと言って、やみくもに怖がることも恐れることもない。自分自身のエネルギーを高めさえすればよいのだから。ヒーラーや氣光師がたくさん生まれその人たちが行く先行く先が浄化される場所になったら素晴らしいと思う。子どもたちの手本になるよう常に自分自身を浄化しなければと思う。
2011.01.09
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今日も自己探求コースのセミナーがあった。使命を見出す過程の、様々な迷いや葛藤、そして希望。混沌としているようだが、エネルギー誘導を受けるたびに、クリアになり整理され、徐々に自分の使命とは?自分は何をする為に生まれてきたのだろうか?求めている問いの答えが導き出されていく。ほんのちょっぴり早く自己探求の講座を終えた立場で参加すると自分たちが学んだことの意味合いがはっきりくっきり見えてくる。渦中に居る時には、まったく皆目見当つかなかったのに今ならなぜあのようなアプローチの仕方をしていったのかかつてのあの時のあの誘導が、自分にとって不可欠だったのだという事も・・・。指導者の立場に立って考えると熟慮に熟慮を重ね教えて下さっているに違いない。この位ならついてこられるだろうこの位なら乗り越えてくれるだろうそんな風にハードルの高さをミリ単位まで加減して私たちの前に置いて下さる。教えて下さる方が居ると言うのはありがたいことだ。1から10まですべて自分で導き出すには自分の能力も時間も足りない。私の使命の中に<伝える>というキーワードがある。<真理を伝える>のが使命である。「語る」でもなく「広める」でも「導く」でも「教える」でもない。伝えるってなんだろう・・・と使命を見出す過程でドツボにはまった事があった。私はスピリチュアルな世界が好きだし大事だし必要だし・・スピリチュアルな世界と言うのは自分にとってなくてはならないものだと思う。たとえばこの世界を伝えるとしたら、私はどうしたら良いのだろう。年末貴重な経験をした。電車の中で隣の席の方が急に体調を崩され、座ったまま倒れこむような体勢になった。呑気な私は熟睡してるのかなあと思ったくらい。体勢が変わるその直前までその方は携帯ゲームで遊んでいたし酔っぱらっての事ではないのも分かっていた。どうされましたかと声をかけても返事がない。上体を抱き起そうとしてもまったく起こすことができない。同じ車両に乗り合わせた方が携帯か何かで駅員さんに連絡でもしてくれたのだろうか停車駅で駅員さんが乗り込みその方を医務室に連れていこうとするがその方は消え入りそうな声で「大丈夫、終点まで乗っていく」と答えた。駅員さんも粘るが最後は意思を尊重し終点で遠慮なく駅員に声をかけてといって降りた。私は覚悟を決めた。終点についたらその方を支え医務室に連れていこうと。とてもあとひと駅ふた駅で快方に向かうような様子ではなかった。立つこともできないと思った。会社に遅れるけれど、何かの縁、支えて行くぞと腹をくくった。その時ぱっとひらめいた。私はヒーラーだ。あとふた駅、その方にエネルギーを送ろうと。貧血らしい。顔色もそうだが唇も爪までもが白い。エネルギーをどう送るか。どうしたら効果的か。わずかな時間、次々とひらめきの波が押し寄せた。血液の循環だ!心臓だ!心臓が鼓動し全身を真っ赤な血液が流れるイメージだ!エネルギーを流し始めたその瞬間、その方の爪が、ばっと色が戻った。私は鳥肌が立った。え!何!なんでこんなに早く効くの???腰を抜かしそうになった。エネルギーを流そうと決めた瞬間、どう流すべきかの答えが得られその方は一瞬にして元気になった。お礼を言われ私たちは別れた。終点で、すたすた電車を降り颯爽と歩いて行った。周りの人もその方も、何があったか気づかないだろう。お互いの深い部分でエネルギーの交流があっただけのこと。これも<伝える>ことなんだと思う。エネルギーを送る光を届ける相手が輝く自分も輝くエネルギーにかかわり20年。日々勉強だ。
2011.01.08
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アルケミストは今日が仕事始め。早速、年始早々自己探求講座が行われた。今日のグループは今世の使命を今月と来月で見出すところまで進んでいるグループ。講座の内容にも力が入るし、参加する皆さんも真剣そのもの・・・。自分自身、講座を受け2009年12月に使命を見出し、晴れて卒業した。使命を見出してから1年、私の暮らしはどう変わったか・・・。自分で再度、自分の生き方を確認する意味もあり、少しずつ書き綴って行こうと思う。使命を知った者として精いっぱいやってきたつもりだ。それに呼応するかのように、私にとって2010年は激動の一年だった。 <続く>
2011.01.07
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いよいよ2011年。いったいどんな年になるのでしょうか?・・・というより、どんな年にしたいのかが重要ですよね。明確に自分の方向性を見出し進む・・そんな事を考えたこともなかった私ですが、「自分の使命」というものに焦点を当てたセミナーを受けてからほんのちょっぴりですが、「感性プラス真理」という方向にシフトしつつあります。「感性」というとカッコいいけど、私の場合は<直感・ひらめき>で進むというカンジでしょうか。昨年後半から、妙に感覚が冴えてきて自分でもビックリすることが多々ありました。「まぐれ」や「たまたま」「偶然」で終わらぬように、常にメッセージをキャッチできる状態を保つようにせねばと自分に言い聞かせています。いかに正確に、メッセージをキャッチするか・・ヒーラーにとって大きな柱です。私利私欲ではなく、相手の方が幸せになるように願い続けることが不可欠であり、「我」が入ると大きく横道にそれてしまい自分自身がつぶれてしまうでしょう。この世界は正に両刃の剣、天狗になって自分を見失う事は私にとっての一番の恐怖です。天狗になってヘンテコ霊能者で終わるのか、ヒーラーとして自分の立ち位置を見失わずに進めるか、常に自問自答です。「真理」というと・・・一言では語ることはできませんが、どうあっても変わらないもの・どうあっても必要であり必然であり知らなければいけないものとでも言うのでしょうか、言葉にするとムズカシイ・・・。言葉で伝えることは難しくて上手くできないのだけれど、自分の行動で<真理>について語り伝えねばいけないような気がしています。なぜか分からないのですが、2011年は<真理>が非常にクローズアップされる時代のような気がします。真理に近づき、真理を語る者になれるかどうか。私の今年の挑戦です。1991年6月、真氣光(しんきこう)の伊豆下田・気功師養成講座を受講しました。今年は私がエネルギーの世界の扉をたたきちょうど20年、大きな節目の年になりそうです。昨年なかなか書き込めなかったブログも、今年はちょこちょこ書き込むようにしていこうと思います。2011年の終わりに私は一体何をしているのでしょう・・。ではなくて、私は<真理を伝え癒す者>として節目の2011年、突っ走ります!
2011.01.06
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