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火曜日。アルケミストは水曜日が定休日。私にとって今日は週末。心残りがないよう仕事を片付け帰宅した。思ったより遅くなって今こうして慌ててブログを書いている。「必ず毎日ブログを書く」そんな風に自分に目標を持たせやってきて2年目。こうして続いているのは、ある意味文章にすることで、自分の心が落ち着くのだろう。呼吸法も吸う事よりも吐くことが大事だと言われる。私にとってこうしてブログに書き込むことは、呼吸と同じで出すこと(書くこと)によって、新しいものを得られるのかもしれない。エネルギーも同じ。良いエネルギーを取り入れることも大事だが、ネガティブなエネルギー・古いエネルギーを出してこそ新しいエネルギーを入れることができる。いつまでも抱えていてはいけないのだ。一月も今日で終わり。今日は31日。実は私はサーティワンのアイスクリームが大好きで、31日の31%offを首をながーくして楽しみにしている。主婦としては、いくら好きでも正直定価で買うのは贅沢ではと気が引ける。残業で閉店前に買いに行くのは間に合いそうもない。申し訳ないが、主人にお願いメールをだした。『大好きなサーティワンをご褒美に買って下さい←インナーチャイルドの心の叫び!』優しい主人はちゃんとアイスを買っておいていてくれた。本当にありがたい。インナーチャイルドも私もニコニコである。ブログを書き終え、ゆっくりアイスを食べながら、至福の時を過ごそうと思う。頑張ったご褒美。たまには自分をうーんと甘やかせねば・・と優しい自分が居る。
2012.01.31
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帰宅してPCの前に座る。主人のブログをまず一番に読む。ミクシィと楽天のブログ。両方のブログを読むと、私が仕事で家に居ない間に子どもたちと主人とにどんなことがあったのかが推察?される。今日は私のペースと主人のペースが違う事について書いてあった。結婚して20年、あうんの呼吸とでも言おうか、そんな風になるものと思っていた。が、案外違うものだと知ることになる。それがいいとか悪いとかではなくて、無理に合わせる必要もないと感じる。理想とするところは、互いに自由で、てんでバラバラで、でも必要な時には一致団結して物事に当たる・・・そんな感じだろうか。私は獅子座の太陽の人間。どうも一から十まで全て把握していたいと言う傾向らしい。言い換えるなら自分が中心にいたいというワガママ者。主人はそんな風に縛られ抑えこまれたら、息苦しくてたまらないだろう。 注:獅子座の太陽の方が全て私と同じという事ではありません。 本来の獅子座の太陽は明るく人々を照らし、 素晴らしいリーダーシップを発揮する方なのです!!私の今世のテーマは「認めること」自分と違う人、異質な考え、それらを頭から否定するのではなく、「ああそういう人もいるんだね」「そういう考えもあるんだね」と思えるかどうかにかかっている。でも、それらを我慢して全て受け入れるということではない。「そう言う考えもあるんだね。でも私はこう思うよ。」でOK。そこから本当のコミュニケーションが始まるのだ。動物にはさほど縁がなかった私が、なぜアニマルコミュニケーションを学んだかはそのためであったと今は分かる。リズムが違う者同士が出会い結婚し、家庭を作る。貴方色に染まります・・と白無垢を確か着たはずなのだが、なぜか染まらず「自分イロ」全開の毎日だ。でも不思議だが、主人の色オンリーでも私の色オンリーでもない、二人の色が綺麗に混じり合い「我が家イロ」になっている部分もちらほらあって、結構いい色合いに染まっているような気もしている。私達夫婦はこんな感じでいいのかもしれない。
2012.01.30
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間もなく一日が終わる。ヒーリングカレッジの日。充実した一日だった。もしも私が氣の世界、エネルギーの世界に関わっていなければ私は今どんなふうに生きていただろうか。あのまま札幌で銀行員として働いていただろうか。私が勤めていた銀行はバブルがはじけ、国有化され新しい銀行となった。当時の同僚が新銀行で働いている。ニュースでさんざん騒がれたが、当時は怒涛の日々・激動の日々だったらしい。私はそんな中、銀行に残れたであろうか。とっくに退職に追い込まれていただろうか。人生に「たら」「れば」はない。私が自分で人生を選択して、今こうして生きている。まるで自分の前に道ができていて、自然とその道を歩んできたような気がする。「随分思い切りがいいんですね。」とよく言われる。確かにそんなに迷わずにきた。怪しげな氣の世界と思っていたら自分のムチ打ちが治り、氣を勉強してみたくて飛びこんだら、どっぷりはまって転職、オーストラリアでイルカとチャネリングして、それが縁で主人と結婚した。私にとって全てが自然の流れだった。自分が良いと思ったものを節目節目で選択し今日に至ったとしか表現のしようがない。私は今幸せだ。幸せだという事を考えると、やはり「守られ導かれている」としかいいようがない。そうでなければ私は今ここにはいない。亡くなられた真氣光の先代会長から私は教えていただいた。正しいという字は、一箇所(一)にとどまる(止まる)と書いて「正」という字になると。真氣光に出会って20年以上になった。一箇所にとどまり、この世界を見つめ・学び、そして今幸せだと感じる私が居る。教えていただいたことを実践できたことに感謝したい。エネルギー誘導を受け神聖な存在からプレゼントを頂いた。私の意識がもっともっと拡大していくという事を象徴するものを頂いた。嬉しかった。20年頑張ってきたご褒美を頂けたような気がした。氣と出会いエネルギーを学び、たくさんの方と知り合うことができた。カレッジの生徒さんと共に学び、主婦で会った私がいつの間にか先生と呼ばれる立場になっていた。氣の素晴らしさ、エネルギーの力というものを、自分自身が体験できた20年。体験することほど確かなものはない。自分は、ごくごくフツーのOLの人生が氣と出会うことで、こんなにも変わってしまうという見本だと思っている。自分が変われた事に感謝している。そして、私と同じように「変わりたい」と思っている方のお手伝いをしていきたい。
2012.01.29
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お陰さまで仕事がら色々な方と話す機会をいただける。人が好き・・という私にとっては今の仕事は天職だと思っている。今日も素敵な出会いがたくさんあって、色々お話しすることができた。お一人、主人の「イルカが人を癒す」の本を読んで下さったという方がいて、確か1995年に出した本だと思うのだが、イルカのこと、真氣光のこと、水中出産のこと。今現在の主人と私との根幹となる大切な思いを書いた本と私は思っている。そんな、本の話で盛り上がっていたら、「『植物と話ができる』の本も御主人のですか?」という風に聞いて下さる方がいて、一気に嬉しくなっておしゃべりしてしまった。奇跡のリンゴの木村さんのこと、高江洲先生のこと。こんな風に素晴らしい方がいるんだよと皆さんにご紹介したくて、常識と思っていることが実は正しいとは限らない、新しいことがあちこちで起こっているんだよと広くお伝えする役を担った本だと思う。誰と出会うのか。どんな本と出会うのか。それによって生き方や人生が大きく変わることがある。私は真氣光に出会い大きく変わった。主人も真氣光との出会い、そして帯津良一先生との出会いが大きかっただろう。同じ時代に生きて、何に出会うかは人それぞれ。何がいいとか悪いとかそんなレベルではなく、その出会いからどんな影響を受け、その後どう生きて行くか。それがとても大切なことだと思う。私達夫婦はお陰さまで同じ方向に向かい歩いている。でもそのアプローチの仕方は全く違う。誰もが同じである必要はなく、その出会いをどう自分に役立てて進んでいくか。人それぞれ今世の使命が異なる。使命という表現でなければ、目的・役割が異なると表現したらいいのだろうか。全ての人が各自の目的に向かい役割を全うし、幸せな人生だったと言えたなら、とても素晴らしいことだと思う。が、なかなか一筋縄にはいかないのが人生。私は、同じ方向を向き頑張ろうとしている方々と、できるなら共に励まし合って進んでいきたいと思う。人は一人では生きられない。出会った方々との縁を大切に・・。そんな風に生きて行きたい。
2012.01.28
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私はヒーリングセンターに勤めている。自分でもサロンを開きヒーリングやカウンセリングを行っている。最近思うのは、癒しを求める方の意識も様々で、癒しというものにどんな形で向き合うのか、交通整理役のような案内人が必要なのかなということ。悩んでいる方、苦しんでいる方は、本当に藁をもつかむような思いで癒しの扉を叩く。モチロンそこで癒されたのならハッピーエンド、こんな素晴らしいことは無い。が、逆のケースも思っている以上に多い。不用意な言葉で傷つけられたり、高額なお金を取られたり、さらに脅されて不安が強まったり・・。ヒーラーにそんな意図は無いのかもしれない。(意図をもって行うなら詐欺や恐喝の類になるが)でもほんのちょっとのボタンの掛け違いで、打ちのめされてしまう不幸なケースもある。そんなミスマッチを防ぐために、その方が求めていること望んでいることは何かと的確にリーディングする能力が必要だと思う。今日は勤めているアルケミストで月に一度の交流会。今まではスタッフ中心の会だったが、趣向を替えアルケミストのカレッジ卒業生でもあるイラストレーターの藤井由美子先生にお越しいただき塗り絵を使ったセラピーに挑戦した。色鉛筆やクレヨンを使って無心に塗り絵をしているうちに自分自身が開放されていくのが分かった。私は色鉛筆が好きだ。色鉛筆を使いオーラーを描き、チャクラを描き、感じたエネルギーからその方の印象図を描く。今日の塗り絵はリーディングするぞ!という気構えも準備も必要なく、自然に自分の内なるものをさらけ出す事ができた気がする。和気あいあいとした雰囲気の中、ゆったり解放されていく喜び。こんな癒し方も素敵だなと思う。いつか自分のサロンでも取り組んでみたいと思う。癒しのプロセスは千差万別。真の癒しを求めて探求する道も、今日のような日常の中での癒しのプロセスも、どちらもアリだと思うし、私にはどちらも心地よい。ビジュアルは苦手と思っていたが、いつの間にか私は色の魅力に魅かれているようだ。サロンに飾った500色の色鉛筆。出会いは偶然ではなく必然であり、私にとっての癒しのベースになるものなのだろう。光と色じっくりと考えてみたい。素敵な一日に感謝。
2012.01.27
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今日は私にとって首を長ーくして待ち望んでいるリフレッシュの日。リンパマッサージの先生のところにお邪魔した。ヒーリングセンターに勤めていて、自分もヒーラーでサロンも開いていて、それなのになぜ他の所に行くの?と思われるかもしれない。勿論、アルケミストでヒーリングを受ける事もある。スタッフ同士で「ここお願い!」みたいな形で、ベッドを使わずにイスに座った状態でヒーリングしてもらう事もある。アルケミストではヒーラーを目指す方々にヒーリングカレッジを開き、そしてそのカレッジでは教えるヒーリングは、自分がまず癒されることが必要として、セルフヒーリングができるようにカリキュラムを組んでいる。学生さんが自分自身の身体が楽になることで、ヒーリングの素晴らしさを実感できるようになっているのだ。自分の職場で受けるヒーリングの効果は間違いないしモチロンいいのだけれど、お客様という立場で自分が別なサロンに行くのは、私にとって非日常でありちょっぴり特別なのだ。ヒーラー・小原田弘美ではなく、素の小原田弘美としての時間であり非常にリラックスできる。リラックス・・といいながらも、やはりお互い「癒し」を生業としており、治療のプロとして身体を熟知している先生に私は教えを請い、先生もエネルギーに関して私に尋ねて下さる。でもそんなやり取りも私には心地よい。本当に素敵な先生と出会えたと感謝している。どんな人と出会うのか、どんな人と縁を結ぶのか。世の中にはたくさんたくさん素晴らしい方がいるのだと思う。が、その全ての方と出会うと言う事はない。自分にとって必要な人に、必要な時期に出会うようになっているのだろう。波長の法則と言われるが同じレベルの人同士が惹きあうということもあるのだろう。私は人が好きだ。会ってお話をして、そんな機会を頂けると言う事自体シワワセだと感じる。楽天の田中投手が結婚!というニュースが飛び込んできた。苫小牧という事もあり甲子園の時からずーっと応援してきたが素敵な方との出会いが実を結んだのだろう。「オメデトウ!」の一言、本当に嬉しい。数日前、たまたまつけたテレビで田中選手がスマップと共演していて「可愛いなあ」「カッコいいなあ」といつもの通りデレデレと画面にくぎ付けだった。拝見していると、成績を残せたという事だけではなく、内面の充実感とでも表現したらいいのだろうか、「本当に素敵な男性になったなー」と勝手に『わが息子』・・のような感覚で見入ってしまった(笑)。素敵なエネルギーは、周りの人もシアワセにするのだとしみじみ思う。自分もそうならなければと思う。小原田弘美と会えて良かった・・・そんな風に思っていただけるように私はなりたい。
2012.01.26
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比較的、のんびり過ごした一日だった。どうしてだろう。職場だとがぜんスイッチが入るのだけれど、家にいるとゆったりしてしまう。まあ普段せっかちなのだから、週に一日・二日は、のんびりしてもいいのかも。テニスの錦織選手の活躍が目覚ましい。NHKで急遽生中継という事でついチャンネルを合わせてしまった。抜けるような青空と赤いウエア。見ていてドキドキだった。スポーツ音痴の私には難しいことは分からないが、大会独特の雰囲気の中、一流と言われる選手同士がぶつかり合う。勝つか負けるかの違いはきっと自分の中の「許可」なのではないだろうか。「今日勝つのは私だ。私は勝利者となってもいいのだ。」そんな風に許可を出した方が勝つ・・そんな気がする。私は生まれ変わりを信じている。人は誰しも、「今世こそ幸せになろう」「今度こそ失敗しないようにガンバロウ」そんな風にリベンジを果たそうと意気揚々と生まれ変わる。でも心の深い深い奥底に過去の失敗のキオクが残っており、「きっとまた失敗してしまう」「こんな自分が幸せになってはいけない」そんな風に目に見えないブレーキをかけてしまうのだ。私はアルケミストのスタッフとして、過去世を紐解くセッションの場に立ち会わせていただいた。その中に様々な気づきがあり、輪廻転生の意味を教えていただくことができた。「幸せになりたい」「幸せになろう」そんな風に思っていたはずなのにいつのまにか、「こんな私なんて」とネガに傾く。幸せになってとみんなが応援してくれているのになぜか心を閉ざしてしまう。「こんなはずじゃないのに」「どうしてこんな風になってしまったのだろう」完全にエネルギーの流れが滞りマイナスに傾く。もし自分に対し許可を出すことができたなら、エネルギーの流れは大きく変わる。黙っていても自然と幸せの方向に流れて行く。自分にとってのブレーキは何か。それを知ると、本当に楽に生きられる。たくさんの方がブレーキとなるのもを知り、解放され、本来の力が出せるようになったなら、世の中はもっともっと幸せの波動で満ち溢れるだろうと思う。不要なモノは何一つない。自分へのブレーキも、きっとその時には必要なものなのだろう。でもいつかそのブレーキを外す時が必ず来る。その時に素直にその流れにしたがってシアワセの階段を上りたい。ブレーキとなっているモノは何なのか、そしてそれを外す時期はいつなのか。そんなメッセージをお伝えして、幸せのお手伝いをしていきたい。伝える者として常にそうありたいと思う。
2012.01.25
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雪が降り、昨夜は妙に札幌の子供時代が懐かしくインナーチャイルドに会おうと決めた。私の誕生日が24日なので、毎月24日には必ずインナーチャイルドに会う日と決めて実行してきた。昨夜はいつもより一日早かった。が、布団に入ったのは12時を回っていたので実質24日だ・・なんてどうでもいいようなことを考えていた。インナーチャイルドは、ちょっぴり意外そうな表情をしていた。いつもより一日早かったから?それとも他に何かあったから?心配は杞憂に終わった。実は、私はどうも元気印に見られるようで、超ポジティブな人間だと普段思われることが多い。しかしその実態は・・そう、別に特別元気なワケでもなんでもない。ごくごくフツ-の人間だ。ただエネルギーの世界を知って、無理をしない・感情を押さえこまないということをしっかり学び案外上手に発散させているかもしれない。上手に発散というと聞こえはいいが、その被害を一番こうむるのは何と言っても主人だろう。申し訳ないが、外ヅラがいい分、家の中で結構わがまま放題にさせてもらっている。主人は私にとって、夫であり父親のようでもあり、親友でもあり共に歩む戦友のよう・・勝手に私はそう思っている。結局、今、私が思う存分甘えられるのは「主人」という事になる。それは私の側の勝手な理屈であって、甘えられた方はたまったものではないと思うが、20年にわたる結婚生活で、ある意味「仕方ないなー」と諦めてくれている部分もあるかもしれない。インナーチャイルドは私にどんなメッセージをプレゼントしてくれたのか。主人が聞いたら卒倒してしまうかもしれないが、「もっと甘えていいんだよ」というメッセージだった。思い当たることは多い。どうしても頑張らなきゃ、頑張らなきゃと思ってしまう。性分だから仕方がないとも言えるのだが、どうしてもまだ足りない・まだ足りないのオーバーワーク傾向。自分一人の力なんて、たいしたものではないと分かっているのになぜか「自分がやらねばならぬ」という思い込み。自分が自分がというのは、すなわち人に任せられない・ゆだねられないという典型だ。人を認めるのが私の今世のテーマ。自分も人も認めるということはどうしてこんなに難しいのだろうか。昨夜はとても心地よい中でのメッセージで私はいつの間にか眠りについた。インナーチャイルドは「もっと甘えていいんだよ」と教えてくれた。が、誰に甘えるのか肝心なことを私は尋ねるのを忘れてしまった。この際だから、勝手に主人に甘えていいことにしようと思う私がいる。主人はなんていうだろうか。頼られ甘えられ嬉しいと思ってくれるのか、忙しいのにバカなことを、こっちが甘えたいよーと抵抗するのか。今日のこのブログを主人は読んでなんて言うだろう。私のインナーチャイルドがいたずらっぽく笑っている気がする。
2012.01.24
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雪だ。つい数日前の雪は積もることがなかったが、今夜の雪はきっとかなり積もるだろう。札幌で生まれ育った私にとって雪は身近なものであり、東京で暮らすようになり雪のない冬にも随分と慣れたつもりだが、やはりこうして白い雪を見ると、心が落ち着く。しんしんと降る雪に優しさを感じるのは何故だろう。モチロン雪の別な表情も、イヤという程見てきている。吹雪の怖さも、閉じ込められてもう外に出ることができないのではという感覚も知っている。横から降る雪。風で舞い上がり下から降る雪。細かくまるでガラスの様に容赦なく突き刺す雪。たとえそんな風に激しい雪でも、家に帰り一歩中に入れば別世界。あかあかと燃えるストーブ、ストーブの上で湯気をたてるヤカン。ほっとする瞬間だ。帰れるものならあの頃に帰りたいと思う。母が居て父が居て妹が居て私が居て。真っ赤に燃えるストーブのそばでのほほんと、何も考えずにただニコニコしていたあの頃が懐かしい。本州で生まれた娘たちにとって故郷は埼玉。年に1・2度帰省する札幌は、美味しいものがいっぱいで、たくさん遊べる楽しいトコロでしかない。娘たちが大人になって、もっともっと大きくなって、そんな時、どんな景色を懐かしいと思うのだろうか。真っ白な雪を見て、こうしてブログを書いていて、インナーチャイルドに会いたくなった。雪の日に、インナーチャイルドはどんな話をしてくれるだろう。そして私はインナーチャイルドに何を伝えたいのだろう。インナーチャイルドとの時間を大切にしたい。
2012.01.23
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アニマルコミュニケーションカレッジの日。私は途中から参加させていただいたのだが、カレッジに参加する日はウキウキ気分になってしまう。学生さん達の学ぶ姿を見るたびに、自分の昔を振り返り、そして今の自分を見つめ直すことができる。普段だと、つい日々の生活をこなすことに精いっぱいになってしまい、なかなか自分を見つめるという事ができない。今自分はどんな立ち位置にいるのか、自分はどんな状態なのか、それをしっかり捉えることで進む道が見えてきたり、思わぬヒラメキに助けられたり・・そんな気がする。ついがむしゃらに進んでしまうが(性格ゆえ)、立ち止まり、振り返る位の余裕があった方が私にはいいのだろう。授業後は単科講座。二時間の短い時間だが、中身はとっても深く・濃いものだった。アルケミストには様々なノウハウがある。全てをお伝えするには1年では足りない。エネルギーワーク一つとっても基本的なものから上級編まで様々。皆さんそれぞれ目指すものが違うので一言で語ることはできないが、教える側に立つスタッフも学び続けているわけで、めざすものによってゴールはそれぞれ異なる。私はエネルギーの世界に出会い人生が変わった。「人生が好転した」と言いきれる。体験をし、そして学びたいとこの世界に入った。学びは一生のものだが、そろそろ実践の時と独立を果たした。体験し、学び、実践すると言う階段をお陰さまで順調に歩んでこれたのかなーと日々感謝している。実践の先に何があるのかは分からない。未来の映像を見る者として言えるのは、続ける者に間違いなく神様は微笑んでくださるということ。この世界に入ったからと言って、一年365日、人生バラ色ということではない。が、続ける先に必ず明るい未来が待っている。焦らず・慌てず・諦めず。続けて良かったと私はしみじみ思う。
2012.01.22
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サロンで第3回お話会を開催した。奇跡のリンゴの木村秋則さんをテーマにして、木村さんのリンゴをみんなで食べて、あっという間に時間が過ぎた。後片付けをしていて、参加して下さったK君が「ここ、気持ちいい。もっと居ていいですか。」と言ってくれた。私は涙がでそうになった。K君は今年成人式を迎えられた20歳の好青年。ピュアな心の持ち主で3年前、主人と長女が御蔵島に行ったときにご一緒して下さった方で、世間一般のくくりで言うと自閉傾向がある・・となる。私は今日初めてお会いしたのだが、とても泳ぎがうまくイルカと泳ぐ姿はまさしく「絵になる」の一言だと主人は言う。泳げない主人からすると、K君は驚異的な才能の持ち主として映るらしい。イルカと一緒に素敵に泳げるなんて羨ましい限りだ。K君が石神井公園のサロンを「気持ちがいい」と誉めてくれて、「もっと居ていいですか」と聞いてくれた。サロンに込めた私の気持ち、そしてそのエネルギーを気にいって下さった・・そう思ったら、嬉しくって涙が出た。繊細な心、繊細な感性を持った彼に今日のお話会を喜んでもらえたこと、サロンを気にいってもらえたこと、今日のこの喜びの気持ちを大切に、焦らず・慌てず・諦めずで、スピリチュアルな世界を皆さんと一緒に考え・学び・そして実践していく場として石神井公園のサロンをもっともっと活用していきたいなと感じている。スピリチュアルな世界と出会い、私はシアワセになれた。その体験をお伝えし、同じように悩んでいる方の少しでもお役に立てたらの思いで始めたわけで、初心を忘れることなく続けることが私の仕事。続けることが私の仕事。私自身も学び続け、語り続け、共に成長し続ける。そんな場所を作りたくってサロンを開いたのだ。私なりのスタイルを目指そうと思う。サロンにいらしたお客様と一緒に作り上げる、そんな風になりたいなと思う。K君のおかげで、何か新しいものを掴むことができたような気がしている。感謝。
2012.01.21
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私は週3回、田園都市線に乗って通勤している。田園都市線の駅に情報紙やパンフレットなどを常置するラックがあり、毎月20日はSALUSという情報マガジンの発行日。私はそれを楽しみにしている。モチロン沿線の話題のお店・美味しいお店の情報も掲載されていて私はもっぱらそちらは目で楽しむだけなのだが、編集者と好みが合うのか掲載されているエッセイが毎回楽しみだ。「大人の迷子たち」と題した岩崎俊一さんという方の連載エッセイなのだが、今回は動物さんの事が書かれている。登場人物は13歳のゴールデンレトリバーと飼い主さんと、同居のミニチュアダックス・柴犬のお話。しんみり、でも温かい素敵なお話だ。人は、自分の人生に、自分以外の体温を求めている。そんなまっすぐなキャッチコピーに魅かれ一気に読んだ。寝たきりになってしまったゴールデンと飼い主さんの闘病の日々についに終わりが訪れる。辛いけれどとても素敵な別れの瞬間。二人(私達アニマルコミュニケ-ターは動物さんを頭とか匹と数えず人間と同じ人で数えます)の絆と、同居の二人のワンちゃんの愛情あふれる場面に、思わず電車内にも関わらず泣いてしまった。筆者は最後にこう結ぶ。地球という星はなんと切ない星なのだろう。人と人だけじゃない。人と他の生き物の間にだって無数の愛が行き交っている。愛があふれる場所には、また涙もあふれるものだと思った。誰も一人では生きられない。本当にそうだなとしみじみ思う。たった一人でもいいから、理解されたい・愛されたい。理解され愛されて、人はきっと優しく強くなれるのだろう。家族がいて、氣氣がいて、私はシアワセだ。
2012.01.20
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せっかく書いていたブログが消えてしまった。いや、正確には「消してしまった」というべきなのだろう。あ~、一生懸命書いたのにい~と叫んでみても仕方がない。あとのまつり、覆水盆に返らず・・というヤツだ。こんな時はどうするか。悔しいけれど、グジグジ言ってもしょうがない。自分の悔しさをブログネタにして、気持ちを切り替え進むべし。エネルギーの世界ではセパレーションといわれる。エネルギー(=意識)を完全に分ける方法、すなわち余分なエネルギー・他人のエネルギーと自分のエネルギーとを完全に分けて本来の姿に戻すのだ。こうすることで周りに左右されず自分というものをしっかり持つことができる・・ハズ。たくさんの人に会ったり関わったりすることが私は好きだ。が、エネルギーはしっかりと分けなければいけない。自分の活動の場が広がるたびにセパレーションの重要性を身に染みて感じる。どんなに忙しくてもこのエネルギーワークだけは不可欠で必ず行い眠りにつく。エネルギーを見ることができなくても感じるという方は多いだろう。今自分のエネルギー状態はどうなのか、細かなチェックをお勧めしたい。「あー失敗したなあ・・」という気持ちを切り替えて、「うん今日も良い一日だった」と無理なく自然に言えるように、しっかりセパレーションをして寝なければ。外は雨。乾燥が続いていたので恵みの雨といえるのかもしれない。今日一日に感謝。
2012.01.19
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今日は休み。のんびりDVDでも借りて見たいところだが、年も明けそろそろ確定申告の準備やら昨秋立ち上げた会社の経理の仕事やらお金にまつわるやらねばならぬことだらけ。オマケに長女の制服のリボンがなぜか出てこずあちこち掃除しながらさりげなく捜索中。こんな狭い家の中、一体どこに消えたのか?長女と三女の部屋はまさしくブラックホール。長女と三女の二人で片付けさせると必ず喧嘩、主人がそのたびに仲裁役で出動中(笑)。私は非常に逆境に弱い。自分でしっかり自覚している。物事が順調に進んでいるとルンルンで強気でいられるのだが、ここの所、ちょっとお疲れモードで超・弱気。会社設立でお世話になった税理士事務所と契約し経理の仕事を見ていただいているのだが、入力しデータを送信するたびに細かなチェックが入る。完璧!と送ったデータにボロボロ指摘事項が出てくるとさすがにへこむ。「もうちょっと優しい目で見てくださいよぉー」と泣き言を言いたいところをぐっとこらえて再度訂正。今度こそと思うのだが・・・どうだろう。きっと主人も子供も、何かをやって「完璧!褒めてもらえる(^^)」なんて思っているところに私からダメ出しを食らって、今までさんざんへこたれてきたのだろうな。特に台所の後片付けは、結構きつく言ってきたもんなー。少々反省。世の奥様方ならわかっていただけると思うのだが、台所を任せてあとで見るとぐちゃぐちゃで、食器を洗ってくれるのは嬉しいのだが、半分くらいは洗い直しが必要で・・。つい「ちゃんとやってくれないならもういい!」と言ってしまう。不十分な仕事でも、やってくれたことに目を向けてありがとうと言えるかどうか。やってくれたことよりも不十分な結果ばかりに目を奪われるのか。家庭平和?のためにも人生をよりよく生きるためにも、そこが大きな分かれ目だろう。長女も頑張って夕食を作ってくれる。料理の腕はがぜん上がってきた。が、一向に片付けはおイヤなようで仕事から帰り台所を見ると・・・・である。やってくれたことに目を向けようと、ぐっと言いたいことを極力飲み込んできた。私にとって相当な我慢だったのだろう、今回のリボン事件で一気に大噴火。まだまだ修行が足りないなーと反省する。夕方のニュース番組で新宿のデパートの北海道物産展の特集があった。三女と見ていたのだが、「札幌に帰りたい・・」と不覚にも泣き言、そして三女に「頑張れー」と言われる始末(笑)。辛いときは札幌に帰って美味しいものを食べるに限るという単純な私。今、三女は学校に行けずにしんどい思いをしているのだが、さりげなく私を気遣い慰めてくれた。余裕なさげに見えるが案外大物なのかもしれない。少なくとも愛情という器はピカイチだろう。逆境に弱い私も、家族そろって美味しいご飯を食べて、ちょっぴり元気になってきた。いつまで落ち込んでいてもはじまらない。ネガティブ思考に別れを告げて回復宣言!明日は働くぞー\(^o^)/
2012.01.18
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爆発した。久々の大噴火。長女である。朝、制服のリボンがないという。数日前無造作に食堂テーブルの上にあった。てっきり自分で片づけたのだろうと思っていた。ここ数日、長女は体調が悪いと休んでいた。それはそれで良しとした。今朝、出かけるギリギリまでパソコンに向かって遊んでいた。出かける段になって「リボン知らない?」バカヤローと叫んでやりたい気分を必死に抑え、もう一つのリボンをしていくように言ったのだが時間がないとか言い訳をして出かけて行った。最近生意気にも多少私が怒ったところでどこ吹く風だ。「私はちゃんとやることはやっている」が彼女の言い分。やることをやっているならばこんな事態にならないのではとツッコミをいれたくなる。帰宅途中、主人からメール。探したが見つからない。自分の小遣いで買ってこさせるから叱らないでやってほしいという内容。火に油を注ぐという言葉を主人は知らないのだろうか。お小遣いとはいえ親が働いて与えたお金だ。それでOKといえるはずがない。叱るなら外でやってくれというメール。喧嘩をするところを見たくない、平和に行こうよという趣旨だと思うのだが私はキレた。「いやならあなたが出ていけば」とメールを返した。自主性を持たせることと好き勝手にやらせることは違う。私はたとえ子供でも大人でも、言ってることとやっていることが違うことが一番嫌いだ。「自分はちゃんとやっている」と言い切るのなら、それなりのことはやりなさいと言ってやりたい。中学校までが義務教育。それ以上は当たり前と思わないでほしい。親なら高校に行かせて当たり前、大学に行かせて当たり前・・私はそうは思わない。今の時代、親だって必死で働いている。子供がやるべきことは何か。子供もちゃんと考えるべきと私は思う。自由には責任が伴う。子供に対し理解はしたいが甘やかすことはしたくない。子供を通し勉強させられることは多い。本当にありがたい存在だと思う。でもそれとこれは別。知行合一。我が家の子供たちには肝に銘じてほしい。
2012.01.17
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今朝は慌てていた。月曜日で朝礼がある、遅刻できないゾ。自治会の資源回収の日だ、段ボールをだそう。外で昼食のお弁当買ってたら破産しちゃう!お弁当作ろう!そんなことを色々考えて朝からバタバタしていた。案の定忘れ物。しかも携帯電話。家を出てすぐ気がついた。が、取りに戻るヒマはない。「会社に着いたら家に電話して、携帯のチェックを主人に頼もう」なんて思っていた。めったな事は無いと思うが、何か大切なメールや電話が入るかも・・とつい思ってしまう。ところが、一向にヒマにならない。手が空かない。結局家に電話をすることなく退社。帰りの車内で、本に夢中になって電車を乗り過ごし大幅に帰宅が遅れた。帰るコールを公衆電話からかけようと思ったのだが、公衆電話が見当たらない。ええい、もういいやと電話をあきらめ帰宅した。今日の教訓。必要だと思いこんでいるだけで、実はさほど必要ではないものがあるということ。携帯は確かに便利だが、私の場合、なくて案外平気なのかもしれない。もしかしたら携帯の他にも、無くても全然平気!というモノがあるのかもしれない。何が必要でなのか。それをしっかり見極めて生活したら素敵だろうな。モノが溢れる生活から、そろそろ本腰を入れて卒業準備にかかろうかな。今朝、メッセージを伝えるということをレクチャーしていただいた。心にしみた。モノではなく、素敵な言葉をたくさんたくさん自分にプレゼントしようと思う。自分だけではなく周りの人にも、必要な、今その方が求めている言霊をサラリと伝えることができる人になろう。メッセージをキャッチできるヒーラーになりたいと学んできた。学んだ事を活かすこと。そんな風に背中を押された一日だった。
2012.01.16
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日曜日。久々ヒーリングカレッジに参加。卒業を3月に控え、皆さんの熱気を感じた一日。学ぶっていいなあと生徒さんを見ていてしみじみ思う。勉強は子どもだけのものではない。大人になって、本当に好きな事を学べるシアワセ。勉強したいと思う事に出会えるシアワセ。久々に初心に返ることができたという、一つ目の嬉しいこと。今日はヒーリングカレッジで学ぶ生徒さん達のオーラの授業。一般の方にオーラモデルとしてお越しいただいて授業を進める。3月にカレッジを卒業した後に一人でもできるように、お客様を、お迎えして、オーラを描いて、ご説明して、ヒーリングをして・・の一連の流れを自分のものにできるように練習あるのみ。今日お見えいただいたモデルの方々とお話させていただいたのだが、なーんとなんと、私と同じ駅を使っておられる方がいらっしゃった!ビックリー!!もしかしたら駅ですれ違ったり、駅前のスーパーでご一緒だったりそんな事が今までもあったのかもしれないと考えたらミョーに嬉しくなってしまった\(^o^)/御近所さんがいらしてくださっていたという、二つ目の嬉しいこと。私は予期せぬ偶然に対し「これは必然だ―!神の思召しだああーー!」と嬉しさのあまり絶叫してしまいたくなる人間だ。今日のモデルさんの中に、ひばりヶ丘駅を利用する方がいると言うだけでルンルンだったのに、なんとなんとお一人、私が愛して止まない札幌出身の方だおられた!しかもローカルな話題で恐縮だが、実家同士が極めて近い!ウチは篠路でその方は新琴似!!こんなに近い方に、神奈川県で、しかもまさかまさかアルケミストでお会いするとは超ビックリ!!年の頃もほぼ同年代。その方も私も、青春時代・OL時代を北の街・さっぽろで過ごし結婚を機に関東へ。こんな出会いがあるなんてすっごく嬉しくなってしまった。札幌の話で盛り上がることができたという、三つ目の嬉しいこと。とある理由で橙(ダイダイ)を探していた。お正月が過ぎ、なかなか売っているお店が見つからない。近所のスーパーは全滅だった。もしかしたらデパートならあるかも・・と思い、副都心線を利用せず渋谷で下車、山手線で池袋に出て、東武と西武の両百貨店へ・・のつもりだった。が、なぜかピピピと閃いて渋谷に東急百貨店あるじゃんと東急へ。期待むなしく、案の定この時期は無理、無かった。店員さん曰く「この時期ないですよ」。万事休す。東急に行こうとひらめいた私の感覚は外れてしまったのかーと思っていたら、店員さんが「東横のれん街にあるかもしれない、行ってみては?」と勧めてくれた。さらに、「あるかどうか電話で調べます」とまでの優しい言葉。なんて親切なんだろう、これから買い物は東急フードショーに限ると心に決めた。そして、なんとなんと、ものの見事にダイダイをゲット。渋谷で下車し東急に寄りたくなった私の感覚は、店員さんの優しさに触れダイダイをゲットできたという二重の喜びに繋がった。ダイダイが手に入った以上に親切にされて感激したという、四つ目の嬉しいこと。小さなシアワセ、大きな喜び。それらに気づかず通り過ぎてしまうのか、それらをしっかり受け止めて、嬉しい嬉しい・シアワセだ―と笑顔になることができるのか。一つの分岐点だと思う。エネルギーを学びシアワセだと感じることが格段に増えた。これが「成長」というのだろう。エネルギーの世界に出会い、とても良い修業をさせてもらったなーというのが私の実感。明日はもっと楽しいこと、嬉しいことがおきるような気がする。
2012.01.15
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土曜日。次女の部活は午後からで、久々今日は、みんなのんびり遅くまで寝ていた。前夜、目ざましをセットせずに眠るシアワセを噛みしめる・・。朝早くおきてお仕事している人、ゴメンナサイ。自分の会社が休みでも、子どもの学校があるし、子どもが土日で休みでも、自分の仕事があるし・・という、すれ違い生活がここ数年続いていた。ある意味、我が家の今の状態は世間一般の正常なカタチなのかもしれない。でも、便利になった世の中、土・日・祝もお仕事、大晦日もお正月もなく年中無休というお店や会社はたくさんある。警察や消防や公共性の高い仕事も、働く方は当番制かもしれないが年中無休と言えるだろう。そんな風に働く方々のおかげで私達は便利な生活を享受している。有難いことだ。朝食兼昼食はホットケーキ。我が家の三人娘は、ずぼらなようで案外食べることはおっくうがらずに自分たちでやる。今朝も喧嘩しながら賑やかに、ホットプレートでホットケーキ作り。粉をこぼした、卵の殻が中に入った、焦げた、フォークがない・・まあにぎやかだ。笑う門には・・というが、そういう意味では我が家は有難いことに福だらけかもしれない。次女がポツリと言う。「私ずーっとこの家族でいたいな」親としては涙が出るほど嬉しい一言だ。次女はいつも長女と三女に怒っている。部屋の片づけをしてくれない、せっかく畳んだ洗濯物を片づけない・・。次女は三人の中では、比較的几帳面で綺麗好き。自分は部活でクタクタで、家に帰ってきたら居間ぐちゃぐちゃで、自分の座る場所もない位散らかっている・・。姉と妹に「家にいるなら片付けろ―」と叫びたくなるのだろう、こんな所は私に似ている。そんな次女も、部活でイヤなことが色々あって、お友達もいいけれど姉妹というのも案外いいかもと思っているようだ。血が繋がっているからこそ、ハッキリ言いたい事も言えるし派手な喧嘩もできる。いまどきの子は、お友達に本音でぶつかるのはなかなか勇気がいることだろう。一人っ子は可愛そうという人がいるが私はそうは思わない。愛情を一身に受けシアワセを感じる一人っ子も居るはずだ。でも我が家の三人を見ていると、喧嘩もするけど賑やかで、姉妹というのもいいものだと思う。主人が三女に言ったそうだ。「水中出産でお前は生まれて、お父さんもお母さんも氣とかヒーリングとかやっていて、友達のウチとは違うとっても変わったウチだから、お前は学校に行ったり普通の事ができなくなっちゃったのかも。普通のウチに生まれていたら、学校に行くのも平気だったかもしれないな、ゴメン。」三女の答えは「私、このウチで良かったよ。」普通のことはできないけれど、みんなと同じことはできないけれど、きっと自分にしかできないことがある・・。子どもながらにそんな風に何かを掴んでいる気がすると主人は言う。そうかもしれない。親ばかかもしれないが、我が家の三人娘はタダモノではないかもしれない。「このウチがいい、この家族がいい。」そんな娘たちの声に応えるためにも、主人も私も、親は頑張らねば・・なのです。
2012.01.14
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今日は三女の誕生日。12歳。長女が1995年生まれ、次女が1997年生まれ。三女も2年、間があいた1999年生まれ・・のつもりだった。2000年問題で世の中は揺れていた。コンピューターの誤作動が起きて大変なことになると大騒ぎだった。電気もガスも止まるとか銀行口座が下ろせなくなるとか予想できないことが起こるのではと散々煽った報道が多かった記憶がある。1999年に子どもが生まれ(る予定だった)、万一水やお湯が出ないと大変だー!と、ミネラルウォーターを買い置きしたり、卓上コンロやガスボンベをたくさん買ったり、紙おむつや食料品も買い置きしていた。ところが三女は一向に生まれそうもない。さすがに焦ってきた。年が明けて2000年。心配されたコンピューターの誤作動はなく穏やかなお正月を迎えた。三女は生まれない。さすがに病院で診てもらおうと12日に産婦人科に行った。自宅で水中出産する予定だったので、産婦人科には最低限しか行っていなかった。胎内の赤ちゃんの様子を・・とモニターチェックが始まり、かなり長時間私はベッドに横になっていた。とにかく早く子どもの顔を見たかった。ただ生まれてきてくれることだけを願っていた。結果は異状なし。帰り道の事を今でも覚えている。寒くて雪がうっすら積もった日だった。転ばないようにゆっくりゆっくり歩いて帰宅した。その翌日、三女が無事誕生。我が家は賑やかな三人娘が揃った。今日生後2ヶ月の赤ちゃんを抱っこさせてもらった。軽くてふわふわで、可愛くって。2300グラムちょっとで生まれて、今現在は4000グラムと聞いた。2ヶ月ってこんなに小さかっただろうか、こんなに軽かっただろうか・・。子どもを3人産んでおきながら、もうその頃の記憶は全くない。赤ちゃんを連れて来てくれた若い御夫婦の幸せそうな姿と、可愛い赤ちゃんに私は癒されそして幸せを頂いた。まさしく赤ちゃんは天性のヒーラーだ。きっと今から12年前、三女の誕生に私も主人もあの御夫婦と同じく幸せで幸せでたまらなかったはず。ただ無事に生まれてきてくれた、顔を見せてくれた、抱くことができた・・・ただそれだけで十分だったはず。三女は今学校に行きたい気持ちと行けない気持ちのはざまで揺れている。担任の先生の後押しもあり、今日は勇気を出して行ってきた。「もう大丈夫、これからずーっと学校行くよ」という状態ではない。居心地の悪さに耐え頑張って帰宅した。昨年の震災で、家を失くし、学校を失くし、通いたくても学校に戻れない児童・生徒さんがどれだけいたか、私も三女も十分理解しているつもりだ。ワガママかもしれない。甘えかもしれない。でもそこには、理屈では割り切れない三女の「気持ち」が存在する。私はもう一度、親としてどうすべきか考えて行動する機会を与えられたのだと思う。試されているのだと思う。12年前の冬、無事に産まれてくれさえすれば他に何も望まない、元気で生まれてくれればそれでいいと思った事は真実なのか改めて問われているのだと思う。条件つきの愛ではなく、勉強ができてもできなくても、学校に行っても行かなくても、親の言う事を聞いても聞かなくても、三女の全てを認め愛せるか。2012年1月13日。三女は本当に頑張った。苦手な事に挑戦し逃げないという事を成し遂げた最高の誕生日。挑戦した我が子を誇りに思う。1月21日(土)13時より石神井公園のサロンにてお話会を開きます。テーマは「奇跡のリンゴ」の木村秋則さん。奇跡のリンゴをみんなで味わいましょう!詳細は下記をクリック、ホームページイベント情報をご覧ください。 http://www.irukanogakko.jp/
2012.01.13
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リンパマッサージに通っている。長女もお世話になっていて、母娘ともども大好きな先生。なかなか予約が取れなくて月に2回は無理でも、なんとか2ヶ月に3回位のペースで・・と通わせていただいている。自分自身でサロンを開く前に、勉強の為にお一人で開業しておられる女性の先生のサロンに通ってみた。百聞は一見にしかず。本当に実際お邪魔したことで私自身、見えてきたもの感じたものがたくさんあった。多分今ヒーリングやエネルギーの世界を勉強しておられる方々も、きっといつかは自分のサロンを・・と思っている方が多くいらっしゃると思う。ぜひ機会を見つけて色々な所で体験されることをお勧めする。モチロン出会った方々は皆さん素敵なのだが、やはりこの世界には相性というものがあって、まさしく「氣が合う・氣が合わない」の世界。どんなに素晴らしい先生でも「自分にはダメ」と感じてしまうとなかなかそのあと2回3回と通うことは少なくなってしまう。通っているリンパの先生はできるならばこれからもず――とお世話になりたいと思うお一人だ。癒しというものをどうとらえるかでアプローチの仕方は変わってくる。心も身体も魂も。欲張りすぎかもしれないが、やはり総合的な癒しを目指したい。その目指す全てを追い求めるのか、自分の得意な分野に特化していくのか。自分なりの方向性を定めて行かねばと思う。身体が楽になると心が本当に軽くなる。そんな体験をしつつ、人様のお役にたてる道とはと考えて行きたい。自分自身が癒されてこそ、世界が広がって行く。自分に為に時間を使えるという幸せ。この地球には、生きて行くこと・食べること、命を守ることに必死にならなければ明日は無いという大変な地域があり人が居る。日本の中にも震災の影響からまだまだ厳しい思い、辛い思いの方々がたくさんいる。自分に何ができるのか。自分は何をすべきなのか。答えを出すのは難しいが、できることからはじめたい。2012年、時間を無駄にせず、限られた時間を精いっぱい過ごしたいと思う。といっても私は修業僧のようにストイックにはどう転んでもなれないが、学ぶ姿勢を持ちながら、「獅子座の太陽」の人間ならば、せめて「北風と太陽」の太陽でいたい。なれるだろうかといってるヒマはない。なると決める。そこから道は開かれる。<イベントのお知らせ> 第3回お話会をサロンにて開催します。 今回のテーマは「奇跡のリンゴ」でおなじみの木村秋則さん。 長年取材してきた小原田泰久が素敵なエピソードをお知らせします。 詳細はhttp://www.irukanogakko.jp/イベント情報をご覧ください。
2012.01.12
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アルケミストの定休日。が、主婦である私には朝からお弁当作りが待っていた。次女は学校の給食がキライで完全なお弁当派。お弁当と言っても手抜き上手な私のこと、冷凍食品が大活躍なのだがそれでも給食よりお弁当の方がいいらしい。有難いような申し訳ないようなフクザツな気分。三女は今日も欠席。担任の先生との相談もあるし気持ちを聞かねばと思うのだが、頭では分かっていても感情は別物。私はなかなか理解のある母親にはなれない。主人はそのあたりさすがだと思う。冷静にきちんと子どもと向き合える。三女の気持ちをくみ取り、根気よく話す。私は我が子の事になると、どうも冷静ではいられない。こんな時、男親と女親の違いが如実にでるのだろうか。それとも単に私の未熟さゆえか。自分の至らなさがクローズアップされ、今日一日、一気に懸案事項を片付けようと思ったのだがエンジンがかからない。気持ちの切り替え・仕切り直しに時間がかかる。こんな時こそ「セパレーション」。エネルギーを勉強していて本当に良かったと思う瞬間である。三女は明日は学校に行くと言っている。私が「頑張って」とギャアギャア言って片付く問題ではないし、片付ける問題でもない。担任の先生にも協力していただいて温かく見守るしかない。子どもにこれだけは伝えたい。「応援してるよ。あなたを守るよ。 頼りないお母さんだけど、お父さんと一緒に頑張るよ。」<イベントのお知らせ> 第3回お話会をサロンにて開催します。 今回のテーマは「奇跡のリンゴ」でおなじみの木村秋則さん。 長年取材してきた小原田泰久が素敵なエピソードをお知らせします。 詳細はhttp://www.irukanogakko.jp/イベント情報をご覧ください。
2012.01.11
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新学期がスタート。ものの見事に学校に行ったのは中2の次女だけ。予想が的中、どうも私は昨秋のインドに行ってから妙にカンが冴えている。長女は「昨夜、腹痛で眠れなかった。起きられない。」と休むという。まあ自分のペースを知っているというか、恐ろしくマイペースな子なので放っておいても大丈夫たと思う。放っておくと表現すると随分いい加減だと思われるかもしれないが、私としては長女を最大限に信頼している。どう間違ってもバカなことはしない子だ。多少の事は目を瞑り、彼女の自主性に任せたいと思う。問題は三女。小学6年生で間もなく卒業。できるならばお友達とニコニコ卒業させてやリたいのだが、どうもそうも言っていられないようだ。小さい頃から大人しくなかなか自分の意見を言えない子だった。今回の事に関してはハッキリと学校は嫌だと自分の気持ちを親に伝えている。自己主張ができるようになったと喜ぶべきか否か。私自身、親としての行動が試される。長女が不登校で悩んだ時、長女よりも三女の方が手厳しいと言われている。覚悟はしていたが、そのリーディング通りの展開だ。なんと三女はつむじが三つもある。俗説かもしれないが相当な頑固なモノ・・である。我が子の幸せを願わない親はいない。モチロン私も主人もだ。モチロン学校の先生とじっくり相談し、三女の幸せを一番に考えて親として行動すると言う点では主人も私も一致している。あと三カ月したら卒業だからそれまで我慢させるとか、騙し騙し学校に行くように仕向けるなんて小手先のことで対処してはいけないのだと思う。多分、親として下げるべきところに頭を下げ、三女の安心できる居場所を見つけることになるのだろう。その居場所はなるべく自宅にではなく、社会性を身につけることができる場所。お陰さまでこんな時、長女の時の経験が生きてくる。こんな経験は二度としたくないと正直思うのだが、どうも私の修行が足りないらしい。子どもたちは順番に、私に次々とハードルを持ってきてくれる。難が有って有難う・・・分かっているが正直、「こんなの有難くない!」と思う自分がいる。正直にカッコつけずに言えるだけ、自分は進歩したのかなとも思う。が、まだまだ私の修行は続くのだ。与えられた問題のその意味に真剣に向き合いたい。アリガトウと笑顔で心から言えるようになるために。
2012.01.10
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成人式。晴れ着姿の娘さんを何人か見かけた。やはり振り袖姿は華やかだ。成人式のこの日まで、一生懸命育ててくれた御両親の思いを身にまとい成人式に参加されるのだろう。輝くその若さを武器に、思いっきり羽ばたいてほしいと思う。七五三も成人式も結婚式ももちろん当人のお祝い事であるのだけれど親のためのものであるような気もする。節目節目に成長した子どもと向き合い、自分の人生を振り返る。自分が親にしてもらったことを自分の子供にさせてもらう・・。自分の親のありがたみを感じ、自分を親にし成長させてくれた子どもへの感謝と深い愛情。親子の絆や繋がりを意識する日でもあると思う。昨年の震災で大変な思いをしている被災地の新成人のために晴れ着を送る活動が行なわれニュースで取り上げられていた。親の愛情だけではなく、たくさんの方の善意を身にまとう新成人の皆さん。その笑顔がある限りきっと復興できると感じた。誰かの役に立ちたい、何か自分も行動したい。そんな風に思う人が居ると言う事実に何より自分も勇気づけられる。この国に生まれたことを誇りに思うし嬉しいと感じる。成人式を迎えられた方々が日本に生まれてよかった、日本人でよかったと思える国でいてほしい。きっと大丈夫。輝く未来が待っているはずだから。私も新成人に負けぬよう、もっともっと成長していきたいと心から思う。
2012.01.09
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東京の東久留米市に住んでいる。意外な事に、というか住んでから初めて知ったのだが、結構綺麗に富士山が見える。普段利用しているのはひばりヶ丘という駅なのだが、お隣の東久留米駅には富士山を見るためのスペースも作られている。(まだそこから富士山を見たことは無いのだが・・)私が普段、富士山を見るのはスーパーの駐車場。イトーヨーカドーの駐車場は4階から上の階にあり、駐車場に登る坂道?から富士山を見る事ができる。さすがに運転中の途中で車を止めて見る事は出来ないのでなかなか写真に撮ることができずにいた。今日は駐車場4階に車を止め、ふと視線を横にずらすと富士山が見えた。綺麗だったので写真に収めようと携帯電話のカメラを作動させた。が、肉眼では綺麗に見えるのに、カメラに全く映らない。まるでキツネにつままれたような気分だ。プロの方が使うような精巧なカメラなら映るのだろうか。私のは携帯電話のカメラだから映らなかったのだろうか。そこにある景色なのに映らない。なぜなのだろう。人間の目が見えすぎなのかカメラが見えなさすぎなのかとても不思議な気がする。自分のものの見方と、他人のものの見方は決して同じではないはずだ。カメラがそれをとらえる事ができるなら、それは公平なものの見方と言えるのだろうか。自分が見ているのは、そのもののほんのごくごく一部にしか過ぎない。多角的にものを見る力をつけるためにどうしたらいいのか。そんな事がグルグルと頭の中を駆け巡り結論が出ずにいた。そんな中で間違いなく言える事。目が見える幸せ。それを大切にしなければと思う。そして見えたものに感動することができる心を養うこと。もう亡くなったが私の母は緑内障で失明している。光を失い、まさしく手探りで人生を歩んだ。母の体験を踏まえ私は目を大切にし、目が喜び心が躍るような美しいものを見続けて行きたいと思う。いつも頑張って働いてくれる目に感謝しながら・・。
2012.01.08
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石神井公園のサロンでの仕事始め。ヒーリングのお客様だった。ヒーリングの効果を上げるためにどう工夫するか。今年はそんな事をテーマにしていきたいと思っている。モチロンヒーラーである私自身のレベルを上げる事が一番。それに関しては真剣に勉強していこうと思う。この世界、これだけ勉強すればOKというものではない。勉強は一生ものなのだと思う。でもそれだけではなく今年は上手に氣やエネルギーを取り入れて、クライアントの方が御自宅でも楽に過ごすことができるように・・と思っている。氣もエネルギーも無限のものだ。誰もが使えて誰もが活用できる。それが私にとっての理想。ごくごく一部の人のためだけにあるものではない。氣光師もヒーラーもクライアントさんと同じフツーの人なのだ。今まではお客様に目に触れない形で、浄化の効果をあげたりより良いエネルギーを取り入れるために私なりにあちこち工夫をしていたのだが、ちょっと趣向を変えてトライ。真氣光のバスタオルを使ってみた。自宅では、なくてはならない・・というカンジで愛用しているのだがお客様はどう感じて下さるのだろう。感想をお聞きしようと思っていたのだが、お話していてとても楽しい方だったので、ついヒーリング後も話が弾んでしまって感想をお聞きするのを忘れてしまった(笑)。癒されているのは完全に私の方だと思う。ヒーラーとはなんてラッキーな職業なのだろう。ヒーリングの効果は色々な形で現れる。その場ですっきりする方、じわじわと楽になったなーと感じて下さる方。翌日の目覚めがすっきりで違いを実感する方もおられる。身体だけではなく心も身体も楽になり、そして<魂レベルでの癒し>を常に求めて行きたい。一年の計は元旦にあり。目標は常に高く、敷居は常に低く・・たくさんの方に来ていただけるように頑張ります!!
2012.01.07
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今日は比較的早く帰宅した。家に帰ったらああしてこうして・・と考えていた。予定ではとっくのとうにブログを書き終えオヤスミナサイのはずだったのだが、ひょんなことから三女とテレビを見てしまった。金スマでAKB48の特集をやっていてついつい最後まで見てしまった。特にAKBが好きなワケでも、秋元さんが好きなワケでも無いのだが、グループ結成からの苦労話・裏話にチャンネルを変える事ができなかった。たとえそれがどんなことであっても、一つの事に夢中になれると言う事はとても素敵なことだと思うし幸せなことだと思う。そしてなによりも、それを信じて続けること。そんなひたむきさが人気のヒミツなのかもしれない。継続は力なり・・よく言われる言葉だが、継続し続ける人はそんなに多くない。新しいことを始めるパワーと、物事を続ける力。どちらが大変なのだろうかとふと気になった。新しいことを始める⇒それを継続させる⇒それを変化させる・・その三つの流れを一つのサイクルとして、1サイクルは12年。12年周期で人生が続いていくというエネルギーの流れを教わった。三つの中で自分は何が得意なのか。そして今、自分はどの時期に来ているのか。その流れを掴むことで私自身、面白い位に生き方がラクになった。ただひたむきにがむしゃらに、何かを追い求め人生を生きるというのも素晴らしいし、そんな生き方にとても憧れる。が、私の今の年齢を考えると、限られた残りの人生、自分は何を行うか、どう行うか、いつ行うか・・・それらをある程度、把握し計画し進むことで目標に向かって確実に歩むと言う人生の選択もアリだと思う。どういうスタイルで進んでいくのか。それも自分で決めるべきことなのだ。どの方法をとっても、どのスタイルを貫いても、最終的に自分が目指すゴールに到達できるならばそれは幸せな人生だったと言えるのだと思う。自分は何者なのか。自分は何を目指しているのか。それに気づいた者は、安心して人生を歩めるのかもしれない。今、自分が夢中になれるものに出会えたことに感謝している。
2012.01.06
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今日から仕事。久々に混んでいる満員電車に乗っての通勤。西武池袋線で途中、電車の窓から富士山が見える。綺麗に見えたのだが残念ながら混雑した電車では写真を撮ることもできない。札幌から東京に帰ってくると東京での電車の混雑・駅の人混みは結構堪える。電車の本数も、電車の路線も多いのに、どうしてこんなに混雑するのだろう。便利な生活を求めたくさんの人が集まって・・・そんな都会暮らしの恩恵を受ける者として、この位の混雑は我慢して当然のことなのだろうが空いている札幌の地下鉄のコンコースが恋しくもある。さて2012年の始まり。過去世リーディングセッションを受けられたお客様とお話していて、やはりこの世界・精神世界と言われるスピリチュアルな世界はこれからさらに必要とされていくのだろうなと実感した。理屈で割り切れないことや何故だか分からないのだけれど・・という事柄は、やはり過去世での関係を紐解かないと解決の糸口を見つける事は難しいのかなと改めて感じた。理屈ではなく、常識からでもなく、なぜかそうせざるを得ないこと、自分でもなかなかコントロールが難しいことは過去からの影響がやはり大きい。私自身、過去世を知る事により自分がどれだけ楽になったか、どれだけ助けられたかを思い返すと、もっともっとたくさんの方に輪廻転生について考えていただけたらと思う。未来世のために今世がある。明日のために今日がある。悩みを抱え大変な思いをしている方、辛くて辛くてなんとかその辛さから脱出したいと願っている方・・・そんな方々のお役にたてるようにもっともっと勉強していかなければと思いを新たにした一日だった。私自身が過去世を紐解いたことで本当に救われた。自分のその経験をお伝えしていかなければと思う。「伝える者」としての役割を果たすために、できる事はどんどん挑戦していきたい。
2012.01.05
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明日から仕事。年末年始はのんびり過ごすことができた。英気を養った分、働かなくちゃと単純に思う私。「働かざる者食うべからず」がどうも身にしみついているようだ。宝くじに当たって南の島で一生のんびり過ごせたらいいなーなんて思う自分も間違いなくいる。が、多分、たとえ宝くじに当たっても今世の私はそんな選択はしないのだろう。身の丈に合った生活を送るべし。残念ながらセレブにはなれそうもない。何が幸せで何が不幸なのか。人それぞれ価値観が異なる。幸せに絶対のカタチはない。大病を患った人は健康が一番の幸せと思うだろうし、事業での成功に幸せを感じたり、やりがいのある仕事に出会えて幸せという人もいるだろう。自分にとっての幸せとは何か。それがはっきりしている人ほど幸せに近い距離に居ると言える。なぜなら「私を幸せにして下さい」といってもどうしたらいいのか神様だって困るだろう。私はこうなりたい・こうしたいという具体的なビジョンを持つ事はとても大切なこと。人は一人では生きられない。色々発信することで、助けてくれる人に出会えたり手伝ってもらえたりの展開が始まるのではないのだろうか。果報は寝て待つと言うが、それはきちんと準備した人に当てはまる言葉であり、ただ何もしないでボーっとしていて得られるものではないと思う。モチロン何もしないでいても得られる人も居る。でもそれは、過去における功徳のなせる技であって、完璧なタナボタなのではない。過去世の人にお礼を伝えるべきの事なのだ。年末、情報番組の中で、「幸福の国・ブータン」の特集をやっていた。なぜブータンの人はシアワセだと答える事ができるのか。その秘密を探ろうと言う趣旨だった。テレビを見ながら、本当に美しい国だと思った。景色だけではない。そこに住む人々の心の中も美しいと感じられた。何気なく読んでいた読売新聞にブータンについて書かれていた。ブータンを取材していた記者が町中で「幸せですか?」と尋ねたら、23人中21人が幸せと返答。ブータンの田舎では、尋ねた17人全員が幸せと答えたそうだ。凄い高確率。読売新聞には「ブータンの人は輪廻転生を信じており、あまり死を恐れたり悲しんだりしない。次の生のためになるべく良いことをしてお祈りやお参りをする」と書かれていた。短い囲みの記事なのでそれ以上のことは分からないが、輪廻転生を信じる私としては「なるほど」と合点がいった。来世のために今世を生きる。そういう考え方があれば、きっと今世泥棒をしたり、人を殺したり傷つけたりはしないだろう。というか、そんな事はできないだろう。未来をよりよく生きるために今世を生きる。そんな視点を常に持ちながら進んでいきたい。
2012.01.04
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昨日・今日と箱根駅伝三昧の二日間だった。川越に13年住んでいたせいか、東洋大学を毎年応援している。勤務先のアルケミスとの傍には國學院大学の陸上部の合宿所があり、選手の方々とすれ違うこともあり、そちらもシンパシーを感じ勝手に応援している。自分はスポーツオンチなのだが見るのは結構好きな方かもしれない。今年は東洋の速さ・強さが際立っていた。彼らは昨年21秒差で準優勝。その悔しさをバネに一年頑張ったと聞いている。物事や人を勝ち組・負け組と分け、「勝ち組でなければ人生終わり」みたいな風潮はいつごろからだろう。そもそも何が勝ちで、何が負けなのか。今日の東洋大学だって、あの21秒がなければここまでタイムは伸びなかったかもしれない。一時の負けにこだわって、投げ出してしまえば未来はない。負けから何をつかむかが重要だと今日の駅伝を見てしみじみ感じた。勝ち負けは、気安く判断してはいけない。ましてや他人のことをジャッジする権利は私たちにはない。私は生まれ変わりを信じている。私が死んでも魂は永遠。未来の私が新しい舞台で生きていく。今の私は過去の私からバトンを受け継ぎ生きているのだ。駅伝の襷をつなぐために必死で走る選手。過去の私も、未来の自分つまり今の私に人生のバトンを渡すために必死で生きてきたはずだ。今世、バトンを受け取った私は真剣にこの人生を生きなければと思う。そしてまた人生のバトンを未来の私に託す・・・。長い長い輪廻転生の中で、様々な経験をし色々な学びがあり魂は成長していく。輪廻転生というものが潜在的にインプットされているから、私ははこんなにも駅伝に魅せられるのかもしれない。過去世の私から受け取ったバトンは派手さはないがいぶし銀のような輝きだ。決してその輝きを曇らせることなく次の世代の私にしっかりとつなぎたい。
2012.01.03
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のんびりとお正月休みを過ごしている。こんな風に過ごすのは、多分初めてだと思う。私の中で何かが変わった・・・のだと思う。何が自分にとって大切なのか。昨年、そんなことを考える機会をいただけたおかげかもしれない。忙しい忙しいとブツブツ言いながら日々過ごす生き方を変えたいと思う。忙しいという漢字は「心を亡くすと書く」と真氣光の先代の中川会長に教えていただいた。が、当時の私は若かったせいもあったのだろうか、なかなか自分の価値観を変えることはなかった。「忙しいイコール頑張っている」であり、その頑張りこそが価値あるものと思っていた。怠けている人は許せなかったし、苦労知らずの恵まれている人に対してやっかむ気持ちも強かったと思う。こんなに自分は忙しいのに、こんなに自分は頑張っているのに・・・。自分の頑張りと、その頑張りについてくる結果との落差にイライラしてばかりいた。そして、なぜ世の中は不公平なのだろうとひがんでばかりいたような気がする。まさしくネガティブ思考の連鎖。頑張っている・頑張っていないというのは誰が決めるのか。誰が判断するのか。少なくても私が他人をジャッジすべきことではないと思えるようになった。人を変えることはできない。でも、自分を変えることはできる。50年生きてきてやっとそんな風に思えるようになった気がする。
2012.01.02
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2012年。新年を迎えた。今年こそ明るい希望溢れる年に・・とたくさんの方が祈っておられることだと思う。2011年を体験した者として、2012年をどう過ごしていくか。一年の計は元旦にあり。静かにそして愛情を持って、自分の、そして家族の、さらに視野を広げ世の中のこれからの流れを見つめて行きたいと思う。札幌から東京に戻ってきた。東京の雪のないお正月。景色がガラリと変わり一気にお正月モードが吹き飛んだ。札幌生まれの私には、やはり雪景色ではないお正月はなかなかな馴染めない。ウサギの氣氣はお陰さまで元気にお留守番という大役をこなし私の帰りを待っていてくれた。留守の間に主人のお友達が通って下さり、氣氣も快適に過ごせたようだ。本当にありがたい。不思議なものでこうして氣氣と一緒にいると「静かでよかったねー」の部分と「妙に静かすぎて落ち着かないねー」とまさに半々。普段子供達がうるさくて、たまには一人で居たいといつも思っていた。いざそれがかなうと、私というのは本当に勝手なもので、あのうるささが妙に恋しくなる。無い物ねだりしてばかりでは本当の幸せに気づけないと妙に納得してしまう気分。与えられた環境でどれだけ能力を発揮していくか。与えられた環境の中でどれだけシアワセに気づけるか。きっとそれらは私の永遠のテーマだろう。そろそろ無い物ねだりばかりの自分を卒業しなければと思う。2012年、私はどんなふうに成長できるだろうか。希望と期待。素敵な一年にしたいと思う。どうぞ今年もよろしくお願いいたします。
2012.01.01
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