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ライターとして一番嬉しい瞬間は、新著見本が届けられる時! 先ほど、その嬉しい瞬間が訪れました!! 今年の春休みに必死こいて書いていた、その原稿がこうして形になるというのは、実に嬉しいものでございますよ。 実際の発売は1週間後の8月7日。お近くに本屋さんがありましたら、ぜひ、立ち読みしてやってください。もちろん、買ったっていいんですよ! もう遠慮なく、何冊でも! ちなみに、帯に描かれている白髪のおっさん、これはひょっとしてワタクシ?! まあ、似ていなくもないかな・・・。 まあ、とにかく、本が出るっちゅーのは嬉しい。 這えば立て、立てば歩めの親心、じゃないですけど、こうして見本が出ると、次は「書店の店頭に並べ」、そしてその次は「売れろ!」と思います。 関連して、ラジオ番組への出演が決まっていますが、今後しばらくは自分なりに販促しなくちゃね。
July 31, 2026
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セカンドカーとして家内が愛用しているスズキ・スイフトの車検が近づいてきたので、今日は大学に出勤する前にあさイチでディーラーに入庫してきました。 車検で愛車を入庫するとなると、お楽しみは代車よ。 事前に予約した際、「代車は軽自動車しか用意できないけど、それでいいか?」と言われたのですが、私は軽自動車にも興味津々なので、「全然OK」と答えて置いたのですが、果たして今日の代車は何? もしハスラーだったら、超嬉しい。ラパンでもいい。ジムニーだったら最高! でも、まさかそれはないだろうな・・・。 と思って楽しみに向かったのですが、渡されたのはワゴンRでした。 うーん、背高の軽自動車は興味ないなあ・・・。初代のワゴンRは、デザインが圧倒的に秀逸だったけど、代を経るほどに平凡なクルマになっちゃったしなあ。 で、オーディオレス、ダサダサの足踏み式サイドブレーキの素のワゴンRを運転したんですけど、まあ、最近の軽はよく走るね! 少なくとも一般道を走っている限り、何の不満もないじゃん。 そして、背高ワゴンだけに、車内の広さたるや。法的には4人乗りだけど、実質的には5人乗りのスイフト以上に広いわ。 ということで、期待したアレではなかったけれど、今日明日の足として、ワゴンRを楽しむことにしましょう。 ところで、今回車検をお願いして驚いたことが一つありまして。 それは、ディーラーにも、エンジンオイルがない、ということ。中東情勢の悪化で、エンジンオイルが調達できないと。だから、今回の車検でもオイルは替えられませんと言われちゃった。 まあ、半年前に行なった半年点検の時に替えているから、今回は別にいいけどね。 それにしても、中東が咳をすると、日本が風邪をひくというのは本当なんだね。まさかこんなところで、自分に被害が及ぶとは思わなかった。 我が家内の愛車のためにも、一日も早く中東情勢が落ち着くことを願うしかないですな。
July 30, 2026
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一昨年だったか、右肩が60肩になり、ほぼ1年近く、七転八倒の苦しみを味わいまして。 あまりにも痛かったので、これが「60肩」などという生易しいものであるはずがないと、3つくらいの病院を回って診てもらったのですが、結局、レントゲンを撮っても、MRIを取っても、肩そのものには異常なし。結局、これが60肩というものであって、時が解決するほかない、との結論を得、実際にそうだったというね。 で、その忌まわしい記憶も冷めやらぬうちに、ですよ。今度は左肩が痛くなりまして。 さすがに一昨年の経験があるので、これはジタバタしても無駄だと分かっているのよ。だからジタバタはしてないんだけど、痛いことには変わりがない。 利き手じゃない分、一昨年よりは楽だけどね。それにしても、ズキーン!と痛みが走る度に、QOLはダダ下がりだよ! またまたこの先1年近く、痛い思いをしなくちゃいけないのかと思うと、嫌になりますなあ。 ほんと、歳をとっていいことなんか、一つもないね! 一っつも!!
July 29, 2026
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研究室で使っている電気ポットがぶっ壊れまして・・・。 研究室でお茶を淹れる時に使っているティファールの電気ポットなんですが、お湯を沸かす度、どこからかお湯が漏れるようになってしまった。 まあ、4,5年は使っているとはいえ、同時期に買って共同研究室で使っている方は、まだ普通に使えているので、なんで壊れたのかなと。 で、よくよく観察すると、ほら、電気ポットって、中の水の量が見えるように、お腹のところが透けているじゃない? あのプラスチック部分にひびが入って、そこが割れちゃたの。 ではなぜひびが入ったのか。おそらく、窓際に置いてあるから。 コンセントの場所の都合上、研究室の電気ポットは窓際に置かざるを得ないのよね。それで、ブラインドを開けていると、直射日光が電気ポットに降り注ぐ。 その直射日光が、プラスチックを劣化させ、崩壊させちゃったらしいのよ。一方、共同研に置いてある同型のポットは、これまたコンセントの都合上、窓から遠いところにあるので、直射日光を喰らわないため、プラスチックの劣化が起こらなかったのでありましょう。 しかし、そう考えると、すごいよね。直射日光。っていうか、紫外線。 それと同じものを、我々人間も、外にいる限り、浴びているんだからなあ。そりゃ、ヤバイわけだ。 やっぱり、アレだね。日傘男子になるしかないな。
July 28, 2026
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昨日、かつてのゼミ生であるMさんがお嬢さんを連れて我が家に遊びに来てくれました~。 でまたこのお嬢さん(Kちゃん)がカワユイのよ~! 7歳でこの4月に小学校に入ったばかり。丁度、乳歯が永久歯に生え変わる時期で、前歯が抜けているのだけど、それがまたカワユイ! もうダメだ。目の中に入れても痛くないとはこのこと。 Kちゃんと遊ぶのはこれで3度目かな? ちなみに、私とKちゃんは文通もしているので(?!)、実際に会った回数より親しいの。 Mさんが私の家内とおしゃべりをしている間、私はKちゃんと遊んでいたんですが、クッションでドッジボールみたいなことをしたり、「すみっこぐらし」のぬいぐるみ(Kちゃんは「すみっこぐらし」のコレクターで、すでに12体くらい持っている)を使って、彼らが学校のプールで泳いだり、バス旅行をしたり、新婚旅行(?!)をする体で、その都度物語を紡ぎながら遊んだり、算数の問題を出し合ったり(Kちゃんは頭がいいので、小学校1年生でもう九九ができる――ただし、9の段は苦手)、まあ、色々なことをしました。 子どもの空想力の面白さ、そして笑い声の屈託のなさ。心が洗われるわ~。 私自身、実は人間ではなく、妖精なので、人間の子供と遊ぶのはすごく得意。人間の子供は、半分、妖精だからね。 可愛らしくて、頭が良くて、性格も良くて、スタイルも良くて、もうこれ以上望むものがないだろうと思うKちゃんですが、お母さんのMさんによると、4月5月は結構手を焼いたとのこと。 子どもにとって、幼稚園から小学校へ上がるというのは、その環境の激変に対応するまで、かなりストレスがたまることのようで、さしものいい子のKちゃんも、学校から家に帰ってくるとすごく不機嫌だったのだそうで。 私から見れば天使のようなKちゃんも、お母さんからすると、時々、小悪魔になるのね。まあ、そりゃそうだよね。いつもいい子だったら、親は苦労しないのであって。その苦労をしてくれるからこそ、親はありがたいのであってね。 まあ、でもMさんはよくやっていますよ。たとえば食事の時は、決して遊ばせないもんね。ながら食事は絶対にさせない。それでいて、Kちゃんが全巻読破をもくろむ『怪傑ゾロリ』の本を、いちいち図書館に予約して借りに行ってあげたり、Kちゃんの子どもらしい望みはできる限り叶えてあげているし、その辺の手綱の引き加減というか、締めるところは締める、甘えさせるところは甘えさせるといった攻守のバランスが素晴らしい。 まあ、なんと言ってもMさんは私の弟子だからね。できた人ですよ。 っつーことで、昨日の日曜日は、MさんやKちゃんに会えて、とてもいい週末だったのであります。 下の写真は、前にMさんとKちゃんが遊びに来た時、私とKちゃんでお絵描き遊びをしたんだけど、その時二人で描いた絵を、Mさんがコップに印刷してくれたの~! もう、家宝にします。どの絵がKちゃんが描いたもので、どの絵が釈迦楽画伯の描いた絵かは、皆さんの想像にお任せします。
July 27, 2026
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永松茂久さんの書かれた『読まない人に、本を売れ。』という本を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 永松茂久さんって、『人は話し方が9割』を書いた人。あの本、令和時代で一番売れた本だそうですが、本書は、永松さんがたこ焼き屋さんをやっていた時から、『人は話し方が9割』を書くまでのヒストリーを中心に、ライティングの極意・・・というか、出版に限らず、あらゆるビジネスの極意的なものを語り尽くした本。 この本を読んでいて驚くのは、永松さんという人の人たらしぶり。 永松さんは、最初、スーパーの片隅でたこ焼きを売る店からビジネスを始めるのですが、それが手一杯になってしまって、一緒にやっていた仲間も「もうやめる」みたいな流れになってきたので、もっとワクワクするような職場にせねばと考えて、多額の借金をして、たこ焼き専門レストランを作ってしまうと。 そんなでっかい箱を作ってしまって、たこ焼き商売でやっていけるのかとおもいきや、徹底したサービスぶりで店は大繁盛。たこ焼き屋なのに結婚式の会場にもされるほどの大賑わいになると。 で、店を披露宴会場として貸し出し、結婚式を盛り上げていたら、新婦の叔父さんに永松さんは気に入られてしまうと。で、その叔父さんがたまたま出版社の社長か何かで、その人から何か書いて見ろといわれるわけね。 で、そうかと思って永松さんは初めて本を書いてみた。それであっという間に書き上げて、その叔父さんのところに持っていったら、その叔父さんは病気になって既に会社を辞めていた。 で、ガーン!となるのですが、永松さんってのは人に可愛がられる人なのか、あれこれやっている間に他の出版社にもコネができ、また、例の斎藤一人さんに妙に気に入られて、齋藤さんから色々アドバイスをもらうわけね。 で、齋藤さんから教わった人生のノウハウを本にしたら、売れましたと。 で、その辺りから永松さんは本を書く仕事を、たこ焼きレストランの仕事と並行して行うようになるんですな。 で、そうやっているうちに、ますます人たらしぶりを発揮し、永松さんの周りには、彼を助けようと骨を折ってくれる出版社の人たちが押し寄せてきて、ついにあの『人は話し方が9割』の出版に至ると。 ってな感じで、この本は永松さんのライターとしての異常な快進撃が綴られている本なんですけど、私もライターの端くれとして、読んでいてすごく面白い、というか、ワクワクしてくる。 結局、永松さんは、齋藤一人さんをはじめ、色々な人からやたらに気に入られて、そういう人たちのアドバイスをじゃんじゃんもらえる人なんですな。で、それをまたとても素直に受け入れていく度量もある。 そういう中で、永松さんは、自分が書きたい本ではなく、人が読みたい本を書く、という大方針を立てるわけ。またその大方針を立てた段階で、彼はライターとして大化けする。 しかも本を出した後も、永松さんを日本一のライターにしようと、必死で頑張る出版社の人たちのサポートも受け、実際に日本一のライターになっちゃったというね。 やっぱり、人に可愛がられるというのが重要なのね。人柄ですな。そりゃそうだよね。だって、出版事業ってのは、書くのも、作るのも、売るのも、読まれるのも、全部人間なんだもの。どの段階においても、人に可愛がられないと、ダメだよね。 いや、それを言ったら、出版以外のすべてのビジネスもそうか。心根のところで、謙虚じゃないとね。 さて、この本を読んだ後で、自分を振り返ると、さあ、どうだろう。私は、謙虚な、人に可愛がられる物書きであると、胸を張って言えるかどうか。 そこを考えちゃうよね。 というわけで、この本、私には大いに楽しめたし、勉強にもなったのでした。いい本ですよ。これこれ! ↓読まない人に、本を売れ。 売れない時代に大ヒットを生み出す秘密 [ 永松茂久 ]
July 26, 2026
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今、豊田市美術館で開催されている「アンドリュー・ワイエス展」を見てきました。 アンドリュー・ワイエスのことを知ったのは、高校の時、英語の授業の副読本か何かであの有名な「クリスティーナの世界」のことを読んだのがきっかけでしたかね。それ以来、独特の画風のアメリカ画家として、身近なところで展覧会があれば行く、という感じで接してきたかな。 で、今回、まさに身近な美術館で展覧会があるということで、早速行って来た次第。 今回は、「クリスティーナの世界」は来ていませんでしたが、いかにもワイエスらしい水彩画は、相当量見ることができたので、その点では大満足。 だ・け・ど・・・。 うーん、どうなんだろう。日本人はワイエスが大好きな国民で、今回の展覧会でも多くのお客さんが入っていましたけど、私自身に関して言えば、そこまで好きな画家ではないかな。確かに、あのアメリカ北東部の荒涼とした風景の感じーーいわば、「水彩のブラマンク」みたいな――は好きではあるけれど、自分でお金を出してこの人の絵を買うかと言われたら、買わないかも。 私の感覚で言うと、ワイエスは少し、実際の実力以上に評価されているのではないだろうか。 それれに加え、今回展示を見ながら、それぞれの絵に付されている解説を読んで思ったのだけど、ワイエスって相当面倒くさい人だったんじゃないかなと 代表作「クリスティーナの世界」もそうですが、ワイエスはご近所に住む人とか、そういうのをモデルにしちゃうわけですよ。 だから、彼が家の近所に住んでいたりすると、大変よ。だって、「絵を描きにきました~」とか言って来ちゃうんだもん。いくらノンビリした時代の、ノンビリした田舎の話だとはいえですよ、朝も早よから他人に家の中にずかずか入ってこられるのって、ちょっと剣呑じゃない? だってこっちはまだ起きてないっつーのに、勝手に他人の家の中に入ってきて、ベッドで寝ている奥さんのあられもない姿とか、絵に描いちゃうんだよ! いくらなんでもコンプライアーンス!っていう感じがするわ。 もし当時、私がヤツの近所に住んでいたとしたら、ヤツが勝手に家に入ってくるのは断るな。親しき中にも礼儀ありだろうっつって。 あと、近所の奥さんだかを描いた一連の絵があって、それはマネージャーでもあった奥さんにも隠していたそうですが、それは完全に怪しい。 というわけで、今回の展示見て確信したんだけど、もう、今後はワイエス展は見に行かなくてもいいかな。彼は私の cup of tea ではないですわ。これこれ! ↓アンドリュー・ワイエス展
July 25, 2026
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8月7日に新著が出るのですが、それに合わせてなのか、何なのか、またまたラジオ番組に出演することになりました~! 今まで「FM愛知」「NHKラジオ」「TBSラジオ」に出たことがありますが、今度は「文化放送」。武田砂鉄さんの番組らしい。『紋切型社会』『「いきり」の構造』の著者である砂鉄さんとおしゃべりができるなんて最高じゃん! そういえば、一昨日、大学に行く途中、例によって例のごとく、白山神社に立ち寄ってお賽銭奮発して、メディア露出できますように、ってお願いしておいたんだった。やばいな白山神社のパワー。 っつーことで、なんかちょっとまたまたやる気が出てきたぞ! 週末も、仕事、頑張るしかねーな!
July 24, 2026
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米原万里さんの書かれた『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』という本を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 有名な本だし、米原さんもライターとして有名なんだけど、なんか今まで彼女の本を途中まで読んでは断念し、途中まで読んでは挫折し、ということを繰り返しておりまして。でも、この本くらいはとりあえず最後まで読むか、と思って頑張って読んでみた。 そうしたら、割とあっさり読めちゃった。今まで挫折していたのは、一体何だったのかね? さて、本書の内容ですが、米原さんは、御父上様が共産党の偉いさんだった関係で、彼女が小学校高学年から中学校まで、チェコのプラハに滞在していたんですな。で、そこで地元チェコの学校に入るのではなく、ソビエト共産党肝煎りのロシア語学校に入り、ロシア語で勉強をするわけ。 そこには、同じような事情で各国の共産党から派遣された人の子弟が通っている。米原さんはそこで世界各国出身の子供たちと学校生活を共にすることになると。 だから、ある意味、みんな外国人なので、日本から行った米原さんも、外国人として差別されることはないのね。もちろんアジア人として差別されることはたまにあったようですが、そこまでひどくはない。 で、米原さん自身は中学2年くらいの時に日本に帰ることになるのですが、クラスメートも同じで、それぞれのお国の事情で、学年の途中で帰国の途につくこともある。つまり、同窓とはいえ、バラバラになるわけね。 そうして、1990年代の初頭にソ連が崩壊すると。もうそうなると、クラスメートがどうなったかなんて、分からないよね。 で、それから三十年くらい経って、米原さんはかつてのクラスメートで特に仲の良かったリッツァ、アーニャ、ヤスミンカという3人に会うため、様々な伝手をたどって彼女たちの現住所を探し出し、ドイツ、イギリス、セルビアに出向くんです。で、そこで彼女たちに会い、中学時代からその時まで彼女らに何があったのかを聞き出す。 ま、この本は、そういう、かつてのクラスメートたちに何十年かぶりで再会する、ということをテーマにしたエッセイ集であると。 だから、3つのストーリーとも、二つのフェーズがあるわけ。プラハ時代の彼女たちがどんな子だったかというフェーズと、それからその子たちがどういう暮らしをしてきたかというフェーズ。 で、そこに彼女たちが経験せざるを得なかったソ連、及び東欧諸国の暗部が関わってくる。そこが、共産主義諸国の怖いところでね。 共産主義というと体裁はいいけど、結局人間の作るものだから、腐敗が起こる。共産党幹部とその家族は、一般庶民とはくらべものにならないようなぜいたくな暮らしができる一方、ちょっとした主義・主張の違いが生じるとすぐに裏切者扱いになって、とんでもない冷遇が待っていたりする。それは国と国との関係もそうで、ソ連の忠実な衛星国であるうちはいいけれど、チェコのように自由思想を取り入れようとすると、「プラハの春」みたいな感じで、ソ連の軍隊が蹂躙しにやってきたりする。 でまた、東欧諸国の民族的な問題もあって、ユーゴスラビアみたいに国自体が四散するようなことになったりもするし、チャウシェスク政権下のルーマニアみたいに自由のない国もある。 そういう政治的なあれこれに、米原さんの元同窓たちも否応なく巻き込まれ、翻弄されていくのね。またそういう状況の変化の中で、彼女たちは必死に対処していくわけだけど、その対処の仕方に、やっぱり、その人なりの個性が反映してくる。 だからこの本は、単に「懐かしい友達に会ってきました~!」というインスタ的な単純な本ではなく、社会と人間の格闘の成り行きの本なのよ。となると、当然、同窓生の嫌な面も見なくてはならないケースもある。 でもそういう嫌な面も含めての友達だから。それに、向こうには向こうの言い分だってあるだろうしね。向こうから見たら、日本でのうのうと暮らしている米原さんになんか言われたくない、ということだってあるに違いない。 そういう意味では、シビアな本よ。 ということで、ついにこの本を読み終えることができたけど、読んだら面白かったです。これこれ! ↓<7/19 ~26限定 全品15倍 要エントリー>嘘つきアーニャの真っ赤な真実/米原万里
July 23, 2026
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編集者・評論家・タレントの山田五郎さんが亡くなりました。享年67。 この人を最初に見たのはいつだったか。『タモリ倶楽部』の「おしり評論家」としてだったか・・・。もちろん、この番組の中でも面白いことをおっしゃるのですが、その言葉の端々に知性を感じさせるところがあって、一層、「この人、何者?」感を強めたのを記憶しています。 その後、この人が上智大学出のインテリで、講談社の情報誌にして時代の最先端を行っていた『ホットドッグ・プレス』の編集に関わったほか、西洋絵画や機械式時計など、様々な分野のマニアックな通人として、活躍されたのは誰もが知る通り。 私には「上智大学出のライターって、面白い人が多い」という持論があって、菊地成孔なんかもそうなんだけど、山田五郎さんもまさにその一人。 YouTube の自身の番組で、絵画についての蘊蓄を語っておられるのを私も時々見ていたのですが、つい最近、その番組内で「食べられないし、歩けないし、煙草も吸えないし、もうダメ」とおっしゃっていて、これは本当にお悪いのかなと思っていたのですが、やっぱりダメでしたか。 昨日、岡田林太郎さんの『憶えている』という本を読んで、癌を病むことの意味、みたいなものを考えていたので、今日、また一人、癌に倒れた山田五郎さんの訃報を聞いて、うーん、と唸ってしまった次第。 67歳、知的ライターとして、まだまだ健筆をふるっていただきたかったですが、その山田さんが死の直前まで頑張って刊行された最新刊『光の西洋絵画史』(創元社)、私も是非買って、異能のタレント・山田五郎さんのことを偲びたいと思います。合掌。
July 22, 2026
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岡田林太郎さんの『憶えている』という本を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 岡田さんは1978年生まれですから、私より15歳ほど年少ということになる。彼は早稲田を出て、出版社に16年ほど勤めた後、2018年にひとり出版社「みずき書林」を起ち上げます。40歳にして独立した、ということですな。 で、ちょっぴりの不安と大いなる夢を抱えて、自分が本当に出版したいと思う本を書肆として手掛ける、そういう船出をするわけ。ところが・・・ ところが2021年の8月に腸閉塞で緊急入院することになる。そして大腸を大きく切除するのですが、そこでがんが見つかるんです。それだけではない。がんは胃にもあり、すでにステージ4でした。 40代、働き盛りであり、まさに自分の天職を始めたばかりのところで、岡田さんは自分の先がどうやらそれほど長くないことを知るわけ。 それ以前、岡田さんは日記(ブログ)をずっと続けていたのですが、がんが見つかって余命いくばくもないことがわかってから、つまり死期を悟った時点で、そういった視点からもう一度その日記を読み直す、というか、書き直す、という作業を始めます。 ここがこの本の面白い・・・と言っては不謹慎ですが、面白いところ。岡田さんの日記は、がん告知を境にして、二重構造になっていくわけ。すなわち、自分が死ぬとは知らなかった時に書いた文章を、死ぬことを悟った目でもう一度読み直し、検討し、ある意味では書き直す作業をしていく。過去の文章と現在の文章が二重らせんのようになって、同時進行していく。 果たして、こういう形の「日記」が、これまでにあったかどうか。 とにかく、そういう形で、死期を悟った岡田さんは、過去と現在を行き来しながら、確実に一歩一歩死に近づいていく自分を俯瞰するんです。 これは苦しい。書いている方はもっと苦しいだろうけれども、読んでいる方も苦しい。 でまた、悪いことに・・・いや、良いことに、なのかな?・・・がんの進行というのは、一直線ではないわけ。もうだめかと思えるほど悪化したあと、不思議と体調が良くなって、仕事に復帰できるほどに回復したりする。しかし、そうやって患者に「ひょっとして」と寛解の夢を見させた後でまた悪化する。その繰り返し。 でも、患者は、というか、岡田さんは、「やっぱりダメなんだろう」という絶望から完全に逃れることができない。死は、突き付けられた現実であり続けるわけ。 そういう中で、岡田さんは残された人生の時間を、出来る限り充実させようと頑張る。「自分は不運ではあるけれど、不幸ではない」と言い切るところまで。 岡田林太郎さんは、2023年7月3日、だから今から3年程前に、45歳の若さで永眠されたそうです。 いやはや、苦しい読書でした。 苦しいというのは、この本を読みながら、「もし自分だったら」と考えてしまうから。 もし晴天の霹靂で、「はい、あなたはステージ4のがんです」って言われたら、俺はどうする? と、そんなふうに考えちゃいますからね。 まあ、私は自己啓発思想の研究者ですから、思想的には準備OKよ。この世のことはすべて一夜の夢、自分は神の懐から一度も離れたことがないので、私を脅かすものは何一つないと思っているからね。 でも、それは健康体の今だからそう確信できるので、実際に医者から死刑判決をくらったら、分かんないよね! やっぱり、絶望したり、気が弱くなったり、醜態をさらすかもしれない。 がんは、死ぬまでに準備期間があるからいい病気だ、なんていう人がいるけれど、やっぱり、その準備期間は辛いのではないかと、思いますなあ。 まあ、望むらくは、私の父や母がそうであったように、穏やかな老衰で死にたいもんですな。 でも、とにかく、メメント・モリですよ。この本、教授のおすすめ!です。これこれ! ↓憶えている 40代でがんになったひとり出版社の1908日 [ 岡田 林太郎 ]
July 21, 2026
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いやはや、1カ月以上にわたって楽しんできたサッカー・ワールドカップ、終わっちゃいましたね・・・。 ハイライトで決勝の様子を知りましたが、あのメッシ率いるアルゼンチンですら、スペインの堅い守りを崩せず、まともなシュートができなかったとのこと。点差は1-0でしたが、実際にはその点差以上の力の差があったのかもね。 それでも、アルゼンチンが最後の最後で1点入れて、1-1のPK戦に持ち込めば、あるいは・・・ということも可能性としてはあったものの、数少ないチャンスをものにできなかった。メッシファンとしては、ちょっと残念でした。 でもまあ、この夏最初のイベントとして、十分、サッカーを堪能しました。日本代表も、リーグ戦の時はなかなかいい線行っていたしね。 っていうか、逆に、これだけ楽しんでしまうと、それが急になくなってしまうのが寂しい限り。 いや、待て。来週から『VIVANT』が始まるか・・・。 サッカーW杯ロスによる空白は、『VIVANT』で埋めるとしましょうかね。
July 20, 2026
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オフコースの名曲「眠れぬ夜」、あれ、もう発表されてから50年が経過したんだってさ。半世紀だよ、半世紀。これこれ! ↓オフコース「眠れぬ夜」 それにしても、今時の歌と違って、ちゃんと意味のある歌詞がある歌って、いいよね~。半世紀の時の経過に耐えるもんな。 ところで、オフコースと言えば、私にはある仮説がありましてね。あれは中高一貫進学系男子校の歌なのではないかっていう。 というのは、私が高校の時に在籍した、横浜にある某中高一貫進学系男子校で、オフコースって、すごく人気があったのよ。 それもね、ただ人気があるのではなく、オフコースの感性が、その男子校の中に息づいていたという方が正しい。 ちなみに、もともとオフコースのメンバーは、横浜にある某中高一貫進学系男子校の出身でしょ。それを知った時、なるほどな、やっぱり・・・と思いましたもん。 じゃあ、中高一貫男子校、それも進学系で知的な生徒が多い学校で、なぜオフコースなのか。 私は、小学校・中学校まで、男女共学の超お金持ち私立学校に在籍していたのよ。で、高校からその男子校に行ったわけ。 それで驚いたのは、クラスメートの知的男子たちが、やたらに女の子にもてたがっていた、という事実。ほとんど、飢えている、と言ってもいいほど。まあ、思春期だからね。 ところが、共学の私立一貫校で中学まで育った私には、「女の子にもてたい」という感覚がなかったんですな。もちろん私にもクラスの中に好きな女の子はいましたが、「(不特定多数の女の子に)もてたい」という風に思ったことはないのよ。だから「なんでそんなに女の子にもてたいのか」というのが全然分からなかった。 だけど、男子校でしばらく暮らしてみて、何となく、その理由が私にも分かるようになりました。 中学時代からずっと男子校で育ってきたクラスメートの連中は、要するに、同世代の女の子の何たるかを知らないわけ。しかも、進学校だから、勉強が忙しくて、あるいは真面目で引っ込み思案な子が多いので、わざわざ他校の女の子に手を出す、というような大胆なことはできない。 となると、彼らの頭の中にある女の子というのは、平凡パンチのグラビアに出てくるような子になってくるし、その言動も、空想をたくましくするほかないわけよ。 で、そうやって頭の中の空想だけで、彼らは女の子たちと付き合っているわけね。しかも、その空想欲はものすごく強い。 で、その空想の中で、彼らは理想の女の子たちと付き合い、そして、いつか別れを経験する。だって、彼らの空想の中では、「付き合っていた女の子と別れ話をする」というのが、ロマンス的な意味で最大の山場なんだもん。 で、生身の女の子と付き合ったこともないエリート男子校生のたくましい空想の中で、ある日、女の子と別れ話になる。 その時、彼らの頭の中で鳴り響く音楽は何? オフコースでしょう。 そう思って、「眠れぬ夜」とか「さよなら」とか、聴いてみ。最高だから。 っていうか、そもそも「目の前にひざまずいてすべてを忘れてほしいと涙流」したりする女の子なんて、現実には存在しません。いるわけないじゃん、そんなの。そういう女の子は、中3の時点で高1の教科書をほぼさらっている中高一貫進学系男子校の生徒の頭の中にしか住んでないのよ。 だからオフコースって、中高一貫進学系男子校の歌なのよね。 このからくりが理解できると、オフコースの感性って、本当によく分かるよ。 ということで、「眠れぬ夜」を懐かしく聴きながら、遠い高校生時代のことを思い出していた今日のワタクシなのでありました、とさ。
July 19, 2026
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初代・峰不二子の声を担当された声優の二階堂有希子さんが亡くなりました。享年87。 まあ、ね。我々還暦以上の世代からすると、『ルパン三世』の第1シリーズ(ルパンが空色のジャケットを着ているヤツ)こそが真正ルパンであって、だから峰不二子についても、第1シリーズの印象が強い。もちろん第2シリーズ以降の峰不二子の声を担当された増山江威子さんも悪くはないけれど、やっぱり私らにとっては、峰不二子と言えば、二階堂さんなんだよなあ・・・。 二階堂版の峰不二子は、大人の女性の色っぽさがふんだんにあり、かつ、気まぐれというか、非論理的というか、我儘というか、とにかく男にはとうていコントロールできないものとしての存在感があり、それでいてどこか憎めない可愛らしさがあって、だからこそルパンを翻弄できるわけだけれど、そういう峰不二子像を完璧に体現していましたよね。増山版峰不二子は、その点、男勝りで気風がいいけれど、コントロールできない、という感じはなかった。 それを言ったら、五右衛門も、第1シリーズの大塚周夫さんの一癖ある声が良かったので、第2シリーズ以降の井上真樹夫さんは、素直にかっこよすぎました。 これらのことは、今振り返ってそう思うというのではなく、小学生から中学生時代にリアルタイムでルパンを見ていた我々が、学校のクラスで友達同士、そんなことを話していた、ということなんですけどね。 だから、子供でも『ルパン三世』の第1シリーズと第2シリーズでは全然質が違うことを認識していたわけですよ。そして、もちろん第1シリーズは神、第2シリーズは平凡、と見ていた。実際、そうだと思いますが。 そんな、我々還暦以上の世代のあこがれとしての峰不二子だった二階堂有希子さんが亡くなられたと聞いて、やはり、感慨があります。ああ、ついに・・・というね。 しかし、二階堂さんが、俳優の柳生博さんの奥さまだったとは、今回、訃報を見て初めて知りました。 柳生博さんといえば、八ヶ岳倶楽部。私もそこで柳生さんをお見掛けしたことがありますし、実際、とても感じのいい方だった。またお二人の息子さんで早世された柳生真吾さんは玉川の人だから、ある意味私の後輩でもあったんですけど、あの八ヶ岳の一家の輪の中に二階堂さんもおられたんですな・・・。 遠い縁ではありますが、なんとなく親しみのある柳生さんの奥様だったと知って、追悼の念も余計深まります。 幼い頃の私に、女というものの恐ろしさと魅力を同時に教えてくれた声優・二階堂有希子さんのご冥福をお祈りします。合掌。
July 18, 2026
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一昨日、前田裕二さんの『人生の勝算』という本を読んだ、という話を書きましたが、昨日は私の身近なところで、「人生の勝算」を得た人を見ましたよ。 昨日は木曜日で、夜、道場に行って一汗かいてきたのですが、その時、2年ぶりにWさんという方が稽古に来られていて。 Wさんは4年ほど前に入門され、黒帯を取られたのですが、その後、お仕事が忙しくなり、道場に来られないことが増えてしまった。年2回ある道場の飲み会にはよく顔を出されていたので、道場仲間との顔つなぎはできていたのですけどね。 それで、昨日、久しぶりにお会いしたので、色々お話を伺ったのですが、ビックリしたのは、Wさんが仕事を辞められたということ。57歳にして。 早期退職? と思って事情を聞いて見ると、もうあんまり忙しいから辞めてやったと。 ほう、なかなか度胸ありますね。 で、今後はどうするの?と尋ねると、これからの人生は書道家として生きると。 あ、そうか。そういえば、Wさんは書道をずっとやられていたのだった。そんなことを飲み会の時に伺ったことがありましたわ。 で、私が「ならば書道教室とかを開くのですか?」と尋ねると、そうではないと。 要するに、プロの書道家として生きるのだと。 え¨ーーーー。57歳で仕事辞めて、プロの書道家として生きる? そんな、大丈夫なの? っていうか、そもそも日本でプロの書道家として食っている人って、武田双雲の他にどのくらいいるの? するとWさん、にやりと笑って、勝算はあると。 Wさん曰く、日本市場なんか眼中にない、目指すはアメリカだと。アメリカのディーラーとタイアップして、Wさんが書いた書を電子媒体として送り、それを美術品として出力するもよし、たとえばTシャツの柄にするもよし。それで利用料を取るのだと。 ほう! そこまで考えているんですか! なるほど、これぞ「人生の勝算」! 前田裕二さんよ、我が道場にも、一人、人生の勝算を持った人がいましたぞ! ということで、昨日の今日、じゃないですけど、人生の勝算を持った人というのは、案外身近なところにいるもんだなと、私は思わず感じ入ったのでありました。
July 17, 2026
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前田裕二さんが書かれた『人生の勝算』という本を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 この本、『花束みたいな恋をした』という映画の中で、主役の一人・麦という青年が、本屋で一心に立ち読みする姿が映し出されたことでも有名になりました。 映画の文脈で言うと、麦は学生時代はまともな青年だったのだけど、ブラック企業に就職して、そこでなんとか成果を出さねばと必死になり出した頃からおかしくなり、結局、恋人と別れてしまう。その麦がおかしくなっていく過程で、彼が手にする本が前田さんのこの本なわけ。 つまり、映画としては「こんな本を読むから、人間としておかしくなるんだ」ということを言いたいわけで、この映画は自己啓発本批判の本なのね。 この映画に限らず、日本社会は自己啓発本に批判的なのよ。こういうものがあるから、人は燃え尽きてしまうのだと。 というわけで、『花束みたいな恋をした』という映画の中で悪役にされてしまった前田裕二さんの『人生の勝算』という本、実際にはどんなものかと思って読んでみたのですが・・・ 結果からいうと、自己啓発本として至極まともな本でした。 「自己啓発本として至極まとも」とはどういう意味かというと言いますと、功成り名遂げた、実績ある人物が、「自分はどうやってこの地位を築いたか」を語ることで、読者に訓戒・アドバイスを垂れる、という自己啓発本の伝統的パッケージの基本が忠実に守られているということ。 そもそも前田さんのキャリアがスゴイ。どうも母子家庭に育ったようですが、その際愛の母を小学生の時に亡くし、親戚の家に預けられるなどして苦労して、そのから「金を稼いで自活したい」という強い意志を抱くようになると。 で、大学卒業後は証券会社に勤めてトップ証券マンとなり、そのキャリアを引っ提げてアメリカの証券会社でも活躍したものの、このまま会社員として一人で仕事をしても、そこで達成できるものなんてたかが知れていると見切るんですな。そこで、起業を試みる。 その起業も、ただ金儲けのためではなく、「人を幸せにするようなプロジェクト」をやろうと。 その原点となったのは、小学生時代、ストリートでギターを弾き、歌を歌ってお金を稼いだ経験。素人が歌を歌ってお金を稼ぐという意味を、前田さんは突き詰めて考えるわけ。 抜群に歌の上手いプロが、プロとして金を稼ぐのではなく、素人程度の歌い手が、なぜ金を稼げるのか。それは、下手ながらに歌っている人を応援したいと、観客に思わせるから。観客は上手な歌を聴きに集まるのではなく、その歌い手を応援したいがために集まるのだろうと。ここに、下手な歌い手が金を稼げる仕組みがあるはずだと。 その仕組みは、スナックの経営と同じ。スナックに通う常連は、別に美味い酒を飲もう、美味いつまみを食べようと思ってスナックに通うのではなく、ダメダメなママさんを応援するために通っているはずだと。そして常連の間に連帯が生まれ、皆でこのスナックを盛り上げようとするから、スナックはつぶれることなく、経営が成り立つのだと。 人間であれば、誰しも何か世間に訴えたいことがあるはず。それは上手も下手も関係ない。ならば、下手であろうとその訴えたいことを訴えられるようなプラットフォームを作ったらどうか? そしてそれがスナックのように機能し、何かを訴えたい人と、それを応援したい人たちの間の連帯を作り、その双方を幸せにすることができるのではないか? そう考えた前田さんは、尊敬する実業界の先輩たちの助力とアドバイスを受けながら、「SHOWROOM」というネット上のプラットフォームを作り上げ、誰もが自分のパフォーマンスをそこで披露できるような場を作るわけ。そして成功と失敗を繰り返しながら、育てている最中。 で、そうした一連のプロセスを語りながら、前田さんが訴えているのは、「人生にコンパスを持て」ということ。自分が人生の中で何を成し遂げたいのか、その方向性をバシッと決めろと。もちろん、それをするには、自分という人間がどういう人間なのかを徹底的に考えなければならないわけですが、そういうことをしっかりやった上で、方向性(=コンパス)を決める。で、それを決めたら、とにかくそれを成し遂げるために死ぬ気で頑張れと。そうすれば、誰でも成功できるし、成功できるという確信が持てる。 その確信こそが「人生の勝算」である、と前田さんは言うわけ。 この本を書いた時(2017年)、前田さんはまだギリギリ二十代だからね。スゴイよね。 で、自己啓発本研究家としてコメントすると、この本に書いてあることはまったくもって正しいな。私なんぞ、前田さんよりよほど年上だけど、この本から学ぶものがたーくさんあったからね。 で、そんなステキな本を『花束みたいな恋をした』という映画は、クソミソに貶していると。 これが自己啓発本というものを取り囲んでいる、現在の日本の状況よ。 まあね、自己啓発思想史から言うと、2010年代って、この種の「頑張れ本」が沢山出ていた頃なのよ。だけど、ちょうどこの本が出た頃、つまり2010年代半ば以降、潮目が変わる。頑張った末に燃え尽きた人たちが、「もう、自己啓発本なんかに惑わされて、死ぬほど働かなくてもいいじゃん?」という気運が出てくるわけ。 だから、2017年に出たこの本を、2020年代の映画が批判する、というのは、分かる気がする。 でもね、『人生の勝算』という本自体は、決して悪くないよ。自助努力系自己啓発本としてとてもいい。教授のおすすめ!です。これこれ! ↓人生の勝算 [ 前田裕二 ]
July 16, 2026
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今朝、出勤しようとして、エレベーターに乗ってマンションの玄関口に降りていったところ、たまたま前にマンションの理事会でご一緒した方がエレベーターを待っていらして。 で、ご挨拶をしようとしたら、むしろあちらの方が私を見てハッとされて。 何かと思ったら、その奥様、なんと私の著書を2冊読んだと。それで、言語化できないほど感動されたとおっしゃるわけ。 まあ、理事会でご一緒した時に、私の別の本を読まれて、面白かったとおっしゃってくださったのですが、まさかその後、さらに私の本を読んでくださったとは。こちらの方が恐縮です。 それにしても、私の本、大学の同僚だって読んでくれないよ! ゼミ生だって読まない。それなのに、ご近所のごく普通の奥様で、私の本を3冊も読まれて、しかも言葉にできないほど感動したとおっしゃってくれるんだからなあ。ありがたいというか、お礼のしようもないですわ。 っつーことで、「今度、サインしますから、本をもって、わが家をピンポンしてください」と言っておきました。 しかし、今日は朝から、ご近所さんにそんな風に言ってもらえて、なんだか非常に気分がいい。 私が若い時、私の師匠から、「いいか、ちゃんと仕事をすれば、誰かが見ていてくれる。だからいい仕事をするんだぞ」と教わりましたけど、「誰かが見ていてくれる」というのは、本当ですな。 だから、人は、その「誰か」のために、一生懸命、仕事しなきゃいけないんだね。
July 15, 2026
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リノベーションした我が書斎、なかなか良きですよ。 とにかく、蔵書が多いので、書斎の大半は書棚。書棚と言っても、壁4面が書棚とか、そんな生ぬるい話じゃないですよ。一つの部屋を二つに区切り、その二つをトンネルを通してつないである、みたいな感じで、そのトンネルも含めて二つの部屋のすべての面が書棚だから、ものすごい量の本を収納できるようになっているわけ。 だから、原稿を書くための机と椅子のセットなんて、宇宙船のコックピットみたいに、ミニマムなものになっている。 だけど、どちらを向いても本・本・本・本・本・本・本に囲まれたコックピットの居心地の良いこと! そして、この前買ったステレオで、ジャズを流す。それも大音量で。これが最高。 それにしても、この部屋、防音がすごくて、夜中に大音量でジャズをかけても、部屋の外にはほとんど音が漏れない。 特に防音設備もしてないのに、なんでこんなに防音なのか。 多分、凸凹した壁という壁に本が詰まっているからでしょうな。本が分厚いコルクのようになって、音が全然漏れない。 そんなことになるとはつゆ思ってなかったけど、本ってのは完璧な防音材なんだと悟った次第。 これだけステキな書斎を作ったのだから、大いに仕事しないとね。頑張るぞ!
July 14, 2026
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今日はゼミの時間に昔の卒業生・M君が遊びに来て、後輩に卒論執筆や就活関連のアドバイスをしていってくれました。 で、その流れの中の話なんですが、面白い話を聞きまして。 岐阜県某市の市役所勤務のM君ですが、市役所でも当然、採用試験を実施すると。 で、じゃあ、どういう学生が市役所での就活に強いか。 どういう学生だと思います? 学力? 適正検査のスコア? ぜーんぜん違うね。 まあ、学力とか適性が必要ないというと語弊がありますが、人事の面接なんかをやっていて、担当者が「これは!」と惹かれる学生は、そういうのとはちょっと違う。 特に女子学生の場合、市役所の人事担当者がビビっと反応する学生は2種類あるそうで。 一つは、特殊技能の持ち主。たとえば「私、トラクターを操縦できます」などと言われると、人事担当者は、「おおっ!」という感じで身を乗り出すと。 もう一つは、部活ね。特に女子で「野球部でした」などと言おうものなら、「ええ! ポジションはどこ?!」となって、人事のおじさんたちとやたらに盛り上がると。 これ、すごい情報じゃない? はい、全国の、娘さんを公務員にしたい親御さんたち! 娘さんを地方公務員にしたいなら、意外性のある特殊技能を身に着けさせるか、あるいは体育会系の部活に入れるか、どっちかよ! 特殊技能と体育会。要するに、「ちょっと面白い視点」「集団への帰属意識&協調性」「明るくハキハキした態度」、そういうものが、公務員社会では受ける、というわけですな。 最近の若い人たちの中には、この3つの条件のどれも持っていない、という感じの人も多いからね。差をつけるなら、ここだよ! というわけで、今日はM君のおかげで、私も大いに勉強になったのでした、とさ。
July 13, 2026
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教育者としても名高いルドルフ・シュタイナーの『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』という本を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 ・・・つったって、この本、難し過ぎて、完全に理解できないよ! ま、要するにね、我々人間が普段生きているこの世界、これは感覚的世界なわけね。だけど、実はその上に「超感覚的世界」ってのがあると。まあ、高次の世界というものが存在すると。 で、その高次の世界には、修行すれば誰でも入れるらしいのよ。少なくともシュタイナーはそう考えていた。ということは、彼もまた、その超感覚的世界に入っている、ということなんだろうと思いますが。 で、この本はその高次の世界に入るにはどうすればいいかが書いてある。 と言っても、一応、修行法は書いてあるけど、あまり具体的ではない。たとえば「集中」と「瞑想」が重要だ、みたいなことが書いてあるけど、具体的にどうするのかは書いてない。 あるいは、鉱物と動物、それぞれをものすごい注意力で観察していると、鉱物には鉱物の、動物には動物の存在の相みたいなものが看取されるようになるらしいんだけど、本当かね? むしろ、超感覚的世界から下界を見るとどう見えるか、そしてその高次の世界から見ると、人間の生とか死の意味がどう見えるか、ということの説明の方が多いかな。 で、それに関して一つ、確かなことは、シュタイナーが輪廻というものを信じていたこと。人間が死ぬのは、その生では成長が限界に来たことの証であって、その時点で超感覚的世界に入れないのなら、もう一回生まれ変わって、次の人生でまた修行をし、入れるようになるまで転生を繰り返すと、そういうことらしい。 で、そうやって人間はこの世に生まれてくるわけだけど、その際、世界のどの地域、どの国、どの民族、どの社会階層、どの家族に生まれるのかとか、そういうことも、全部、意味があることらしい。そういう下界(感覚世界)での経験のすべてが、ある意味、修行の糧になっているのであって。 とまあ、とにかく超感覚的世界に参入できるようになると、とんでもない世界観が身につくらしいよ。一回、そうなってみたいものですわ。 でも、そういう、よく分からない説明を読みながら、時々、分かることが書いてある。それは、自己啓発思想と共通する認識をシュタイナーが言い出す時に、「あ、それわかる!」となるわけだけど。 たとえば「自分を全体の一部分と感じることが大事」とか書いてある。たとえば、自分が教師だとして、生徒が言うことを聴かないとする。もし、自分と生徒が別の存在だとしたら、めちゃくちゃ怒鳴るとか、そういう風になりますわな。でもシュタイナーはそうじゃないと。自分と生徒は一つなのだから、「生徒が自分の言うことを聴かないのは、自分の方に問題があるのではないか?」と考えろと。その生徒が自分の言うことを聴くようになるためには、自分がどう変わるべきかを考えろ、というわけね。 なるほど、これは自己啓発思想だよね! あとね、「一旦、決心したことは忠実にこれを実行する」ことが大事だ、と書いてある。決心したことは、力であって、それは成果が得られようが得られまいが存在し続けると。で、成功するしないは、欲望からその行動を起こした時にのみ関係するのであって、高次の世界の観点からはまったく意味がない。そうではなくて、その行為に対する愛が重要なので、行為の発端が常に愛でなければならないと。そうすれば、何度失敗しようが、その人はその行為をし続けるので、もう成功するかしないかは二の次になってくる。そうやって、世界のために奉仕しろ、とシュタイナーは言っているんだけど、これもまさに自己啓発思想だな。 あと、成功しようがしまいが、精神を常に一定に保つことが重要なんだって。 あと、自分の霊的完成のために努力することは、宇宙全体のために役立つのであって、「薔薇が自分を美しく飾る時、庭園もまた美化される」と書いてある。いい言葉だねえ。 とまあ、本書を読んで、半分くらいしか理解できなかったけど、これが立派な自己啓発書だ、ということは分かりました。まあ、今回で断念せず、この先、折に触れて何度か読めば、もうちょい理解できるようになるかもね。これこれ! ↓いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか (ちくま学芸文庫) [ ルドルフ・シュタイナー ]
July 12, 2026
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川平朝清/ジョン・カビラ著『沖縄を語りつぐ』を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 大江健三郎の『沖縄ノート』とか、岡本太郎の『沖縄文化論』など、沖縄の語り方ってのは色々あるけれど、本書『沖縄を語りつぐ』は、川平家という、沖縄にルーツを持つ一つの家族3代の語りによって沖縄を語った本で、そういう語り方をした本というのは案外珍しいのかなと。 ジョン・カビラさんは、サッカー・ファンならずとも知っている有名なタレントさんですが、その御父上に当たるのが川平朝清さんで、本書はジョンさんが自分の父親をインタビューする形で沖縄と川平家の関りを繙き始めます。 川平家というのは、琉球王朝の家臣だったんですな。だけどその後、王朝は日本に併合され、川平家も苦しくなって、朝清さんの前の世代の頃には新天地を求めて、当時日本領であった台湾に向かうわけ。だから朝清さんは沖縄ではなく台湾生まれなのね。 で、台湾で旧制高校の時代に学徒動員で兵隊にとられる。で、当時の軍事教育の中で朝清さんも覚悟を決めるのだけど、幸いなことに特攻出撃の直前に終戦を迎えることになると。 で、戦後、日本人は台湾から追放されるような感じになり、川平家も沖縄に戻ることに。朝清さんとしては、初めて足を踏み入れる故郷として沖縄に帰るわけ。だけど、親から「緑の多い、美しい土地」と聞いていた沖縄は、戦争によって無残に踏みにじられていたんですな。 台湾の旧制高校時代、医学を目指していた朝清さんは、米軍が駐留する沖縄で米軍の通訳として働き始めます。そこが昔の旧制高校のすごいところで、週8時間の外国語教育のおかげで、朝清さんは英語が話せた。それで米軍で働くことができたわけ。 そのうち、朝清さんの長兄が沖縄にラジオ局を作る、みたいな話になって、朝清さんもアナウンサー的な形でラジオ放送に関わるようになっていく。川平家というのは男兄弟が多く、しかも兄弟の結束が強いので、一旦話がそういう方向に行くと、一団となって協力するようなところがあるんです。 で、最初は米軍がコントロールする日本語放送を担当するようになり、それがやがてNHKに引き継がれるような感じになって、朝清さんもNHKの人になるんですが、まだまだラジオ放送のノウハウが分からないということで、朝清さんが留学することになる。それでミシガン大学で放送局の経営学みたいなのを専攻するんですけど、そこで運命の人、ワンダリーさんに出会うことになると。 で、このワンダリーさんとの出会いというのがものすごく良くて。 当時、アメリカの大学は、GIビルを使って大学に進学した兵隊あがりの学生が大勢いた。しかも先生の方も軍隊に取られていたりするので、授業中に軍隊時代の雑談的が混じって、授業が滞ることがよくあったと。 そんな時、ワンダリーさんがズバッと手を挙げて、「あなたたちは何かというと兵隊時代のことで脱線するけれど、私たちだって銃後にあって皆苦労していたのだ。あなたたちだけが戦争で頑張ったんじゃない。だから授業中に兵隊時代の話なんかしないでくれ」と発言した。 これが日本であったら、女性がそんなことを言い出そうものなら、生意気だということにされたかもしれないけれども、そこはアメリカで、男子学生も彼女の一喝で、そりゃそうだ、ということになり、以後、兵隊時代の雑談がなくなったと。 で、朝清さんは堂々と自分の主張をしたワンダリーさんの芯の強さに惚れて、彼女にアタック! 見事彼女のハートを捉えて、二人は結婚することになったと。いい話だねえ。またワンダリーさんの家族もすごいよね。この前まで戦争していた国、それもアジアの敗戦国の若者と結婚するのを許したんだからね。 ちなみに、朝清さんの家でも、アメリカからお嫁さんをもらうということに、多少の躊躇いはあったみたいですが、朝清さんのお母さんも最終的には折れて、二人の結婚を認めた。それで初めて朝清さんがワンダリーさんを連れて沖縄に帰って来た時は、まっさきにつかつかとワンダリーさんに近づいて、いきなりハグしたのだとか。いい話だねえ。 で、以後、朝清さんは、沖縄にラジオ放送とテレビ放送を普及させることに獅子奮迅の活躍をしたんですな。 とまあ、そういう風に沖縄の発展に尽くした朝清さん(及び川平家の人たち)なんですが、その過程で様々な辛い経験もする。やっぱりね、当時の日本は、沖縄を下に見ていたんですな。下というか、とにかく全然理解していない。理解しようともしない。琉球王朝をつぶして、沖縄県にしておきながら、そういう扱いをする。 それに加えて、アメリカも沖縄に基地を持っていますから、沖縄の中にアメリカという別の国もあって、沖縄はアメリカからも下に置かれるようなところがあるわけ。日本とアメリカと、その両方から不平等な扱いをされるわけですから、沖縄の人たちの悔しさというのはいかばかりだったか。 しかし、その両方を比べると、むしろアメリカの方が沖縄に対して真っ当なところがあるんですな。アメリカが何か不当なことをしたとして、それに対して合理的に抗議すれば、なるほど沖縄の言い分はもっともだ、ということになって、沖縄の要求が通ることがある。今のアメリカはちょっとアレですけど、少なくとも戦後の日本の進駐軍としてのアメリカは、骨太でまともだったんじゃないかなと。 沖縄にラジオ局・テレビ局ができて、順調にメディアが完成した後、朝清さんは引退しようとするのですが、NHKで国際協力事業が始まり、NHKに請われた朝清さんは、開発途上国でのメディア設置を支援する仕事に就くことになる。 さらにその後、1975年の沖縄海洋博の時には、当時の皇太子ご夫妻が皇族として戦後初めて沖縄を訪問することになり、その沖縄の現状を朝清さんがご進講することになるわけ。で、そこで朝清さんは「沖縄は歓迎一色じゃないですよ」ということをお伝えする。実際、沖縄で皇太子ご一行に火炎瓶が投げられる事件もあったりするのですが、そういうことも踏まえて、皇太子は沖縄に寄り添うお心を述べられるわけ。そしてその後何度も沖縄をご訪問された。そういうことが皇室と沖縄の関係改善に大きな影響を与えたわけですけれど、その最初の心構えを陛下にお伝えしたのが朝清さんだったんですな。 まあ、スゴイ話ですわな。 とまあ、川平一族の戦前から戦後にかけての一連の話を読んでいくと、なるほど、沖縄の立場、沖縄に暮らす人たちの思いというもの、特にアメリカや日本に対する複雑な思いというのがすごくよく分かる。決して一方的に不満を述べているわけではないけれども、ただ、かつての王国の地位をはく奪し、日本の一部に組み込んでおきながら、日本本土とは同等でない扱いをしてきた日本に対して、沖縄の人々がどう思っているか、またアメリカに対してどういう感情があるか、ということは、この本を読むとよく分かる。しかも、そういう複雑な立場の中で、川平家がいかに奮闘して沖縄人の気概を示し、その文化の維持と向上に努めてきたかということもよく分かる。朝清さんの気概は、ジョン・カビラさんをはじめとする息子さんたちに引き継がれ、今はそのジョンさんの娘さんの羽夏さんにも引き継がれていますからね。 だから本書のタイトルである『沖縄を語りつぐ』というのは、まさしく正当に付けられた、という感じがする。いい本です。教授のおすすめ!よ。これこれ! ↓沖縄を語りつぐ ある家族の歴史 (岩波新書 新赤版 2115) [ 川平 朝清 ] ちなみに、私はジョンさんの弟の慈英とは中学が同窓で、だから彼らのおふくろさんのワンダリーさんもお見掛けしたことがある。そういうこともあって、この本は私には、他の人以上に面白く読める理由があるのでした。
July 11, 2026
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山本太郎氏が政界から引退するとのこと。例のスピード違反の件も含めてのことかもしれませんが。 しかし、結局、れいわって何だったんだろうね。山本氏自身のパフォーマンス政党で終わったって感じがするなあ。 まあ、強いて一つ実績を挙げるとすると、障害のある議員を国会に送り込んだということかな。これによって国会の建物のバリアフリー化が進んだというから、その意味での成果はあった。 でも、じゃあ、その後、れいわが一貫して障害者を助ける政策の推進に邁進したかっていうと、そういうこともない。一回きりのパフォーマンスで、それが受けたからもういいや、という感じになってしまっている。 それでも、誰かさんが誰かさんの悪口を言ったとか言わないとか、そんな小学校の学級会議みたいなことを延々やっているどこかの政党よりはましだけどね。 どうせ政権をとれない弱小政党であるならば、参政党のように、一つの政治課題を一貫して、それもまともな議論をしながら主張して、一点突破で政策として実現することを狙う党の方が、私としては応援したくなるなあ。たとえば参政党が掲げている「相続税の廃止」という政策は、すごくまともなことを言っているし、私自身の考えに近い。 その点、れいわは、単なるパフォーマンス団体なんだよなあ・・・。しかも、そのパフォーマンスに、そんなに説得力がないという。 そういうことからすると、結局、山本太郎の原点は、やっぱり「メロリンキュー!」なんだろうね。実際、彼のパフォーマンスで一番面白かったのはアレだし。これこれ! ↓山本太郎のメロリンキュー・パフォーマンス 税金の問題にせよ、トクリュウ的な問題にせよ、自然災害的な問題にせよ、日本は社会的問題山積のはずなのに、政局狙いとパフォーマンスだけの野党ばかりで、嫌になるなあ。
July 10, 2026
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アマゾン・プライムで映画『Mr. ノボカイン』を観たので、心覚えをつけておきましょう。以下、ネタバレ注意です。 本作の主役ネイトは、30代の銀行員ですが、これと言ってキャラのない、普通の人。だけど、実は彼は普通ではなかった。先天的にいかなる種類の痛みも感じない特異体質だったんです。 だから、大怪我をしてもそれに気づかずに放置してしまうことがあるので、慎重に生活をしている。固形物を食べている時に誤って舌を噛み切っても気づかないことがあり得るので、食事はすべて流動食という。 で、学校時代は、そのことがばれて、悪ガキどもにいつも殴られていた。そういう暗い青春時代を過していただけに、30代になっても彼女もいないし、友達といえば、ネット・ゲームで対戦する相手が一人いるだけ。 そんなネイトに、初めて好きな人ができるんです。同じ銀行に勤めるシェリーがそれで、彼女自身、ネイトと同じように、若い頃は苦労していた。だから、ネイトのこともよく理解できるわけ。そんなこんなで、ついに彼も人並みに恋の落ちたんですな。 ところがそんなある日、彼の勤める銀行が、銀行強盗に襲われる。支店長は殺され、金は奪われ、シェリーも人質に取られてしまう。 人生初の恋人のピンチ! ということで、ネイトはシェリーを救うべく、銀行強盗の後を追う! ネイトの武器は、「痛みを感じないこと」。この、尋常の人にはない特異体質を武器に、果たしてネイトは強盗団からシェリーを奪還できるのか!? ・・・・という話。 完全なギャグ映画かと思いきや、シリアスな場面もあるし、また、観客が想像していないような状況も出てきたりして、結構手に汗握る映画でしたし、予想外に面白かった。また主役のネイトはデニス・クエイドとメグ・ライアンの息子だし、悪役にジャック・ニコルソンの息子も出てくるし、そういう意味でも興味深い。 B級佳作映画として、一見の価値あり。教授のおすすめ!です。これこれ! ↓『Mr.ノボカイン』
July 10, 2026
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今日は、午後からの出勤だったので、仕事前にちょっとだけ、家の近くにある市立図書館に寄っていきました。前に借りた本を返す必要もあったものでね。 この図書館、もう完成してから10年以上は経つと思いますが、まだまだキレイなもので、大学の図書館とはまたちょっと違った居心地の良さがある。 それで、大学図書館にはない、市立図書館ならではの楽しみは、やっぱり雑誌コーナーかな。 例えば、クルマの雑誌とか音楽の雑誌、建築関係の雑誌、ファッション誌、そういうものの最新号とバックナンバーが置いてある。そういうのを気ままに何冊か選んで、壁際のベンチのところに持って行って、パラパラと目を通す。 今日みたいに、午後から出勤すればいい、という感じの平日に、空いた図書館に行って30分ばかり新刊雑誌を読んで過ごす――これがさ、なかなか、いいわけよ。リラックスできるというか、リフレッシュできるというか。 まあ、今はそんな感じで使っているけど、定年後は、もっとヘビーに使ってもいいかな。ノートパソコン持ち込んで、自宅の書斎とはまた別の「第2の書斎」みたいな感じで使うとかさ。この図書館には、軽食が食べられる喫茶室みたいなのも附属しているから、そこでランチもとりながら、半日、原稿書きをする、なんてのも、悪くないかもね。仕事に飽きたら、それこそ、雑誌の新刊でも読めばいいのだし。 とまあ、そんな近い将来のことなども考えながら、仕事前のリラックス時間を市立図書館で過ごしていた今日のワタクシなのであります。
July 8, 2026
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先日、書斎のステレオを新調した、という話をしましたが、これね、案外予想以上の効果がありまして。 というのは、やっぱりいい音で好きな音楽を聴く、というのが、快感なのよ。 まあ、ロック系の音楽だと、カーステレオでも大音量でガンガンかければ、それなりなんですけど、ジャズだとね、カーステレオだとあまりにもしょぼい音になってしまう。 だもので、このところ、ろくにジャズを聴いていなかったんだけど、ステレオを新しくして、ジャズを聴いてみると、これがあまりにもステキに聴こえるものだから、楽しくて仕方がない。 そうなると、仕事から家に戻っても、楽しみがあるわけよ。早く書斎に行ってステレオかけよう、っていうね。 で、書斎にいれば、やはり、何か仕事をするか、という気にもなる。きれいな音でジャズを聴きながら、原稿を書くとかね。 と、今まで、疲れて家に帰って、晩御飯食べて眠くなって、つい寝ちゃった、なんてことが多かったんだけど、今は、寝ることより書斎でステレオ聴くことの方が楽しみという。 っつーことで、ステレオを買ったおかげで、仕事まで捗るようになったわけよ。すごくない? やっぱり、お金は使いようだね。買うべきものを買って、楽しみながら、仕事も捗っているわけだからね。
July 7, 2026
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拙著の校正作業が大詰めに来ております。 今回、どういうわけか分かりませんが、入稿から出版までのスケジュールが異様にタイトでね。再校も二日でやらされましたし・・・。 で、今日の午前中に出版社の方に、私の校正済み原稿(ゲラ)が届いたはずなのですが、その内容確認を今日やるということで、私はこの後深夜2時まで待機状態。何か問題があれば、今日中(今日中といっても、テッペンを回ったら明日ですが)に片をつけないとまずいらしいんですな。 というわけで、私もまだあと2時間半は、臨戦態勢を敷く感じ。 まあ、これが終われば、楽になると思って、今日は深夜まで頑張るとしましょうかね。
July 6, 2026
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昨日・今日と、遠方から親友のKさんが奥様のRさん共々名古屋に来たので、久闊を叙しておりました。 そもそも私がKさんと知り合ったのは、ロサンゼルスでのこと。私は文科省の在外研究でUCLAにいたのですが、Kさんはお医者さんで、ロスにある有名なシーダーズ・サイナイ病院で研究をされていまして。 それで、双方別々にロスで研究生活を続けていたのですが、その一方で、私は家内と一緒にサンタモニカのアダルトスクール(公立の夜間高校)にも通っていて、そこでKさんご夫妻と出会ったんですな。だから、ある意味、私とKさんはアメリカの高校で同級生だった、というわけ。 しかも、私とKさんは同い年で、誕生日も数日しか違わないという。 そんなわけで、以来、私とKさんはすっかり意気投合してしまって、ロス時代には双方の妻も含め、4人でよく一緒に遊んだものでございます。 その後、それぞれ日本に戻り、私は名古屋の大学で教鞭を執り、Kさんは静岡の病院で脳外科として働きながら、ずっと親交を続けてきたと。 で、たまたまKさんが製薬会社に招聘され、奥様を連れて名古屋での学会に参加するというので、昨日・今日の二日間、4人で会って、飯を食ったり、延々とつもる話をしたりしていた次第。 しかも今日は、フルリノベした我が家にもお招きすることができましたしね。新居のお客さん第一号がKさんご夫妻というのは実に嬉しい。 二日間、よくしゃべったけど、楽しかった~! 初めて出会った時から30年近く経ちますが、なにせ高校時代からの友達ですからね。気が置けないよね。 まあ、これからも機会がある度に、4人で会えたらいいな。
July 5, 2026
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岩波新書の新刊で、買いたい本があったので、家の近くにある三洋堂(名古屋でよく見かける書店チェーン)に行ったところ、売っていなかった。 っていうか、そもそもこの店では、岩波新書そのものが置いていなかった・・・。 え¨ーーーー。いくら何でもそれはないでしょう。岩波新書は日本の新書の中の老舗中の老舗。一番歴史の長い新書シリーズじゃないの。それを置いていないって、どゆこと? 仕方がないので、足を延ばしてららぽーと東郷内にある、TSUTAYA Bookstore に行ったわけ。すると・・・ ここにもなかった・・・。岩波新書は少しだけ置いてあったけれども、全部で20冊ほど。そのうち半分が古いもので、新しいものも最新刊のものではなかった。 っつーことで、結局、売り出したばかりの新刊本が買えなかったという。 いやはや。時代はそういう感じになっておりましたか・・・。もう、今の人は岩波新書を読まないのね。かつて日本社会に当たり前のように存在した「岩波教養主義」というのは、もう幻か。 結局、買いたかった本は、アマゾンでゲットしました。 日本中から本屋が消えて、アマゾンだけが残りました、という風に、これからますますなっていくのでしょうな。 ちなみに、私がそうまでして買いたかった岩波新書は、コレ。これこれ! ↓沖縄を語りつぐ ある家族の歴史 (岩波新書 新赤版 2115) [ 川平 朝清 ] これ、私の友人の川平慈英のお兄ちゃん、ジョン・カビラが書いた川平家の物語なのよ。そうとなれば、興味あるでしょ。 今やっている再校の校正が終わったら、楽しみに読むことにいたしましょうかね。
July 3, 2026
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8月に出る新著の再校作業中でございます。 初校のゲラを直した時、校正の方のご指摘を真摯に受け止め、問題点と思しき箇所はすべて訂正した・・・と、こちらとしては思っているものですから、当然、再校なんてものはちょちょいのちょいだと思うじゃないですか。 ところが、初校の校正さんと再校の校正さんは別な人なのよ。だから、別な人がまったく異なる視点から校正をする。 っつーことで、再校は再校で、めちゃめちゃ直さなければならない箇所が出て来るわけ。 それをさあ、2日でやらにゃならないのだから、めちゃくちゃ大変よ。校正好きのワタクシとしても、さすがにキツイわ。 でも、これが終われば、この本に関して、私がやるべきことは終わる。最後の生みの苦しみだと思えば、頑張るしかないですわな。 ということで、今日も朝から七転八倒しているんですけど、明日もう一日、死ぬ思いをする予定。それが終わったら、週末は遊ぶぞ!!
July 2, 2026
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昨日の夕刻、大学での授業を終え、共同研究室でコーヒーでも飲もうと思い、同僚に声をかけたのだけど、みんな忙しそうで誰も遊んでくれない。昔はそういうことはなかったんだけどね・・・。4限が終わればコーヒータイムだったのに。 仕方なく一人分のコーヒーを淹れ、ぽつねんと飲んでいたんですけど、共同研究室の書棚を見るともなく見ているうちに、書棚の一角に古雑誌が並んでいるのに気がついた。20年以上前の古い『ちくま』です。 これ、実は私のものなの。自分の研究室に入りきらないので、共同研に移したヤツ。 『ちくま』って、筑摩書房という書肆のPR誌ですな。 私は大学生の頃、出版社のPR誌が好きでね。岩波書店の『図書』、筑摩書房の『ちくま』、集英社の『青春と読書』、新潮社の『波』など、本屋で本を買うたびにもらってきたものでした。そう、PR誌はただでくれるのよね。 で、そんな感じでただでもらう手もあるんだけど、それだと時々、見逃すことがあるので、大学生の私はその種のPR誌を定期購読していた。昔は年間500円くらい振り込むと、そういうPR誌を送ってくれたのよ、自宅まで。 だから岩波の『図書』と、筑摩書房の『ちくま』が家にたまってしまって、捨てるのもなんだかはばかられて、それで共同研にこっそり運び込んでいた次第。 だから共同研に置いてある『ちくま』も、1990年代末くらいのものばかり。今から20年とか30年とか前の頃のもの。 前振りが長くなっちゃったけど、そういうのを昨日見つけて、何とはなしにペラペラめくっていたわけ。すると・・・ 超面白い! 古い『ちくま』、結構、読みどころがある! っていうのはね、もう今は亡くなってしまった文筆家たちの連載があったり、今は大御所になってしまった人たちが、まだ新進気鋭の頃の文章が読めたりするのよ。なだいなだ、赤瀬川原平、横田順彌、堀田善衛、大村彦次郎、高階秀爾、池内紀、安野光雅とかね。あるいは若き日の松浦寿輝、井上章一、群ようこ、宮台真司とか。 でまた、出版社のPR誌ということから、内容も適度にやわらかく、しかも文化的なものばかり。いらぬ広告もないしね。 今から20年とか30年前の筑摩書房の出版物の広告はあるのだけど、それを見るのも面白い。へえ~、こんな本が出ていたんだ、という驚きがあったりするのでね。 で、思わずそんな文章を拾い読みしながら、出版社のPR誌面白いなと、あらためて感じた次第。 でね、そんな風に思いながら家に帰って、それから食後、ちょっと本を読んでいたのよ。読んだのは、由良君美の『みみずく偏書紀』という、ちくま文庫だったんだけど。 そうしたら「エッソ・スタンダード石油でだしている『エナジー』誌だとか、伊藤忠電子計算サービスからだしている『学際』誌は、この頃、わたしには愉しめる雑誌である。どういうものか、PR性を第二義にしたこれらの真面目な業界誌の方が、綜合雑誌よりも格段に面白いのである」という一文にぶつかったわけ。 夕刻私自身が感じたことを、由良先生が代弁してくれたようで、何だか嬉しかった。 そう言えば、かつてサントリー(寿屋)が出していた『洋酒天国』とか『サントリー・クォータリー』とかも面白かったし、『銀座百店』とかも面白いしなあ。PR誌というのは、確かに面白いよね。 今、そういうPR誌って、どのくらい出ているんだろう? バブルの頃から比べたら、少なくはなっているんだろうけどね。 今すぐというわけじゃないけど、定年後、暇になったら、この種のPR誌を、昔みたいに定期購読してみようかな。 っていうか、そういうところから、エッセイとか頼まれてみたい。こちとら、一応、日本エッセイスト・クラブ賞受賞者だからね。担当者の方、ご依頼、お待ちしてまーす!
July 1, 2026
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