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September 24, 2005
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カテゴリ: 教授の読書日記
今日はさしたるイベントがなかったのですが、そんな中、先日から暇な時間にポツポツと読んでいた新井潤美(めぐみ)さんの『不機嫌なメアリー・ポピンズ』(平凡社新書)を読み終わったので、そのことを少しだけ書いておきましょう。

この本は、イギリスの有名な文学作品の中から、特に映画化されたことによって多くの日本人にも親しまれている作品を幾つか選び、原作と映画版の異同なども比較しつつ、その中に描かれた「階級意識」に焦点を当てながら、分かり易く解説を加えたものです。取り上げられた作品には『メアリー・ポピンズ』をはじめ『レベッカ』『時計じかけのオレンジ』のようなちょっと古めのものもあれば、『ブリジット・ジョーンズの日記』とか『ハリー・ポッター』のように若い人向けの新しい作品もあるといった調子で、どの世代の人が読んでも、興味が持てるようになっている。

と言っても、内容はなかなか高尚です。新井さんによれば、イギリスでも「階級なき社会」が広まって来ているとは言え、「階級意識」自体は依然として残っており、それは特に「言葉遣い」に如実に現れてしまう。つまり、服装がどんなに華美で、またどんなに財産を持っていようとも、その人の言葉遣い一つで、お里が知れてしまうということがあるし、逆にどんなにぼろい服を着、ぼろい家に住んでいても、ちょっとした言葉の発音一つで、あ、この人は上流社会の出身だな、ということが分かってしまったりする、ということらしいんですね。

ですから、小説でも映画でも、それぞれの登場人物が話す言葉遣いや発音といったものは、その登場人物が属する社会階級を表しているのであって、当然のことながら作家も映画製作者も、ちゃんとそれを計算しているわけ。それも小説・映画の設定のうちであって、そこにはちゃんと意味がある。ですから、そういった言葉遣いや発音の違いを敏感に察知できないと、その小説や映画の言わんとしていることを見逃してしまうかも知れないわけです。うーん、恐ろしいではないですか! ひょっとして、今まで分かったつもりになっていた作品でも、実はそうした言葉遣いや発音の違いに気づかず、それが表しているはずの微妙なニュアンスをすべてすっ飛ばしていたのかも知れないわけだ・・・。

しかもさらにこんがらがるのは、そういった言葉遣いや発音が示す微妙なニュアンスも、小説が映画化される時にカットされることがある、ということなんですね。それは、たとえば外国ではその種のニュアンスが理解されないから、という理由によることもあるし、また映画の舞台がイギリスからアメリカに変えられたから、ということもある。しかし、いずれにしても、登場人物の言葉遣いや発音が示す微妙なニュアンスをカットしたり、別な設定に置き換えたりしていること自体、そこには映画製作者の意図が込められているわけですから、原作と比べて、どこがどう変えられているかということまで飲み込んでいないと、映画版に込められた意図もまた、理解できないということになる。オー、マイガッ!

もちろんそういった微妙なニュアンスは、翻訳で本を読み、字幕で映画を見ている我々日本人にとっては、察知できるはずがありません。ましてや、イギリス社会における階級差や階級意識というもの自体についての基礎知識がない者にとっては、お手上げです。

で、新井潤美さんのこの本は、その辺のところを上手に解説してくれているわけ。ですから、読んでいると「なーるほど、そうだったのか!」と気づかされることが多々あります。まさに目からウロコ!

それにしても、我々に分からないことが、なぜ新井さんには分かるのか。それは、彼女が幼少のみぎりからイギリスで暮らし、ほとんどあちらで教育を受けて育ってきたからです。つまり、彼女はほとんどイギリス人と同等の英語のセンスとイギリス体験があるんですな。だから、イギリス英語のニュアンスの違い、イギリス人の階級意識というものを、普通のイギリス人と同じように察知できるわけ。あー、羨ましいこって。

というわけで、イギリス文学の名作にある程度親しみがあり、また映画好きな人にとって、この本は、それらの作品に込められたイギリス特有の階級意識についての基本的な知識を得られるという点で、それなりに楽しめる本だとは思います・・・。




最後の方まで褒め上げておいて、最後の最後で欠点をあげつらって落とすというのは、書評の風上にも置けない最低のものだ、と、どこかで小谷野敦さんが書いていました。しかも新井さんのこの本は小谷野さん絶賛だそうですから、さらに気が引けますが、最後に少し、この本に関して私が不満に思う点をあげつらっておきましょう。

この本は、確かに日本人の盲点をついていて、面白いテーマを扱っているんです。実際、上で述べてきたように、とても勉強にはなる。しかし、この本を最後まで読んでも、私は一度もニコニコすることがなかった。それどころか、ニヤリとすることすらなかった。むしろ、顔が青ざめることの方が多かったんですね。この人の書いていることを読んで、さらにこういったことについての知識を得たいという、ワクワクした気持ちにさせられるよりも、むしろ「この人には分かるかも知れないけど、私には分からないよ」と思わされることが多かった。つまり、この本を読んでいると、何とはなしに萎縮させられてしまうんですよ。「いかにも頭のいい若い学者さんの書いた本だなー」とは思うのですけど、そこで終わってしまう。

でも、私が思うに、頭がいいということを読者に察知されるようじゃ、その著者はあんまり頭よくないんじゃないかなー?

あー! 言ってしまった!

でも、読者を萎縮させるような書き方というのは、結局、自分が高いところにいて、読者が低いところにいるということを、当の読者に気取らせてしまうような書き方なんですよ。それは、いわば子供の自慢みたいなもので、私から見れば、子供っぽい書き方なんだなー。私が『不機嫌なメアリー・ポピンズ』を読んで、若干不機嫌になった原因は、そこにあるんです。

ま、新井さんだって、こんな本、ある意味、手慰みに書いたのだろうから、それでこんなこと言われたくないかな? でも、一人の読者として思ったことを言わないと、個人的なブログでの書評の意味ないですから。

ということで、この本、ちょっと不満もあるけれど、と添え書きした上で、「教授のおすすめ!」です、ということにしておきましょう。実際、よく書けてはいるんですよ・・・なんて、いまさらフォローしても遅いか!





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Last updated  September 24, 2005 11:40:13 PM
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この問題で思い出しますのは--  
AZURE0702  さん
『マイフェア・レディー』のテーマがこの問題でしたね。映画のなかでも、日本人が見ると例の教授などが随分いいきなものだというふうに見えますもの。娘の言葉を完璧に矯正すると、教育の勝利と評判になるシーンがあったと記憶しています。映画はともかくとして、原作はバーナード・ショーですがどんな〈階級〉の読者だったのでしょう。 (September 25, 2005 12:09:17 AM)

いや、そこが面白いところで  
釈迦楽  さん
AZURE0702さん
確かに、『マイフェア・レディー』の中でヒギンズ教授は言葉さえ矯正すれば、それで貴婦人になれるかのように行動する。で、それは日本人からすれば、薄っぺらい思想のような気がする。

ところが、新井さんによれば、それはそれでいいんだ、というのですね。なぜなら、イギリスの場合、上流階級というのは無教養でいいのだ、という認識があるからです。つまり彼らは田舎に大邸宅を持ち、狐狩りとかで忙しいわけで、本なんか読んでいる暇がない。だから、本なんか読んでいるのは中産階級までで、上流階級は本なんか読まないんですね。したがって教養はないんですが、それこそが上流階級なんですって。(だからこそ、ダイアナ妃が中卒程度の学力しかないことが、王妃の証となるらしいですよ)

となると、上流階級かそうでないかの決めては、「しゃべりかた」一つにかかってくる。ですから、ヒギンズ教授がいばるのも無理はないんだそうです。ほう! と思いませんか? (September 25, 2005 12:31:47 AM)

拙者と手前ども  
釈迦楽さんの軽い毒舌・毒牙をいつも堪能しています。ことばでお里が割れるというのは、まだかわいいほうです。おそらく江戸時代までの日本では、姿かたちですべての身分がわかったのですから。
今では、外見だけではほんとうにわかりませんね。
でも、すこし話せば、やっぱり社会的ランクというか立場が感じられますね。

 話しても、書いても、わからせないようにするのが、アタマの良さでしょうかね。ニコニコ・ワクワクさせるのが上者ですね。 (September 25, 2005 11:06:46 AM)

折口信夫の教え  
釈迦楽  さん
Mike23さん
批判というのは、常に自分に帰って来ますからね。「お前には、それができるのか?」と・・。ですから、私は人をあまり批判しない方ですが、ま、たまに軽いジャブくらいは・・・。

ただ私はたまに批判はしますが、「皮肉」は言わないようにしています。これは折口信夫の教えなんです。「まずい皮肉は白けるし、痛烈な皮肉は憎しみを呼ぶ」。折口はそう言っています。けだし名言、ですね。 (September 25, 2005 06:39:34 PM)

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