教授のおすすめ!セレクトショップ

教授のおすすめ!セレクトショップ

PR

Profile

釈迦楽

釈迦楽

Keyword Search

▼キーワード検索

Shopping List

お買いものレビューがまだ書かれていません。
December 10, 2010
XML
カテゴリ: 教授の読書日記



 ちなみに、自分自身にとって、この一年を漢字一字で表わすなら、もうこれは「挑」で決まり。今年は色々なことにチャレンジしました。その中には、一度のチャレンジで終わってしまったものも多いですが、それでもその一度の経験からですら学ぶことは多かった。そして今年最大の収穫である「八光流柔術」への入門も、武道だけに「挑」という漢字がふさわしいような気がしますし。さてさて、皆さんにとっての今年は、どんなでしたか?


 ところで今日のワタクシは、当面の仕事にはなーんにも関係のない本を読んで暮らしました。村上建夫という人の書いた『君たちには分からない』(新潮社)という本なんですが、これ、三島由紀夫についての回想記で、著者の村上さんは三島が私的に作った民兵団体「楯の會」の元会員です。

 私は、特に三島の作品のファンというわけでもないし、思想的に(あるいは性的嗜好の上で)三島に同調するということもないのですが、どういうわけか三島由紀夫その人にはとても興味があるんです。澁澤龍彦をはじめ、生前三島と親しかった人たちの話を読むにつけ、三島という人は友人として持つとしたらこの上なくいい人なのではないか、友達甲斐のある人なのではないか、という気がするんですね。少なくとも彼の友人たちの証言を聞く限り、三島というのはすごく魅力のある人だったようで。

 というわけで、三島の生前のエピソードが書いてある本というと、ついつい読んでしまうわけ。しかもこの本は楯の會の元会員の証言ですから、余計興味津々。


 ところが、読んでみますとね、ちょっとガッカリします。というのは、著者の村上氏の文章の書きぶりが鼻について仕方がないんです。この人は、何かまとまった文章を書いた後、最後にオチとして何か冗談めいた一言を必ず書くのですが、その一言がものすごくレベルが低いわけ。本人としては大得意なんでしょうけど、それが続くと本当に鼻につく。要するに、文章に品がない。ですから地の文だけ読むのだったらものの数ページで放り出してしまいそうなんですけど、それでも三島の言動を描写している部分については面白くはあるので、最後まで読み通すことができた、というところ。つまり、三島にまつわるエピソード集として読めば、何とか読めるんです。

 例えば、楯の會のメンバーと共に自衛隊に体験入隊した際、食事に山芋のとろろが出て、メンバーの中でとろろが何であるかを知らない者が三島に「先生、これは何ですか?」と尋ねた、というのですな。すると三島は、「これはとろろといって山芋をすったものなんだ。自衛隊は麦飯だろう。ちょうどいいんだよ。とろろは麦飯に合うんだ。麦とろと言う言葉もあるんだよ。このマグロの刺身も一緒に、そらこんな風に温かい麦飯にかけて、お箸でかき混ぜるんだ。こんなおつな物が自衛隊ででるんだなあ。おいしいよ、君も早く食べなさい」と言った、というんです。つまり、村上氏も回想しているように、三島という人は、上記のような無知な人間に対しても「なんだ、とろろも知らないのか」とか、「お前の家では何を食っているんだ」というような、馬鹿にしたようなことを絶対に言わないんですな。この他、三島が世間知らずの若造を相手にする時も決していばらず、対等の物言いをした、という証言は本書の随所に出てきます。

 また、三島は何につけ好みを尋ねられると必ず間髪いれずに即答した、という村上氏の証言も、私には非常に興味深かった。例えば「先生は漫画なんか読みますか」と問われると、「漫画だって読むよ。『ゲゲゲの鬼太郎』が良いな。水木しげるが描いている。あれは面白いよ」と即答したとか。この他、好きな歌手を問われれば「中村晃子」と答え、好きな俳優と言われれば「高倉健」、好きな女優という問いには「藤純子」と即答したそうですが、要するに三島には万事好悪に順位があって、この分野だったら何が一番好きかを明確に意識していたんですな。これは私自身とよく似た性癖でありまして、余計親近感が湧きます。

 それから、三島の話は、たとえ短いものであっても必ず起承転結があって、エピソードとしてまとまっていた、という村上氏の証言も非常に興味深い。



 「歌舞伎座といえば、あの世界は面白いところだよ。(中略)役者の楽屋見舞に行くだろう。ああいうところは役者の下働きをする男がいるんだよ。(中略)それにチップをやったら、お愛想笑いをしてもみ手でぺこぺこするんだ。帰りには履き物をきちっと揃えてあって、頭を九十度下げてお見送りだ。それは念の入った丁寧なものだ。(中略)ところがしばらくして、又同じ楽屋に行ったんだ。同じ男がいて、飛んできた。声はかけたが、今度はいいかと心付けをやらなかった。役者と話が済んで、帰ろうとすると、靴がね、あっちとこっちに転がっていてね。きっちりと裏返っていたよ。あれは蹴飛ばして踏んづけたに違いない。もちろん、顔も出さないよ。(中略)はっきりしているよ、人間が。そういう所なんだな、あそこは」そして例の高笑い。

 なるほど、確かに短いながらも起承転結、揃っています。その他、本書には三島が語ったこの種のエピソードが幾つか書かれていますが、皆、こういう調子。三島の中では、ちょっとした出来事もすべて一つのドラマとして完結して見えたのでしょう。

 本書には他にも三島の人となりを示す興味深いエピソードが色々書かれていますが、その中でも重要なのは、三島がある意味心血を注いで結成した楯の會の面々と三島自身の間に、かなり大きな思想的隔たりがあったということを窺わせるエピソードが紹介されていることでしょう。もっとも思想的隔たりというのは少しオーバーで、もっとはっきり言えば、楯の會に入るような未熟な学生なんかに、三島の思想はとうてい理解出来るものではなかった、ということなんでしょうが。

 例えば、三島がある時、人間を4つのカテゴリーに分類した、という話がありまして、それによると人間はまず「体制側」「反体制側」に二分され、その中にそれぞれ「行動派」と「消極派」がある、と、まあ三島はそのように分類していたというのですな。で、その話を聞いた村上氏は、当然楯の會(および三島)は「体制側の行動派」に分類されるだろうと思った。ところが三島は自らを分析して、「反体制の行動派」と言下に言いきったと言うのです。つまり三島にとって当時の「体制側」とは社会主義(もしくは共産主義)の信奉者たち(当時、東京都知事は美濃部氏だった)であって、それらに対するアンチ、という意味では、正統マルキシストや反共産主義の左翼の連中と三島自身は同じカテゴリーに属し、「ただ右か左かの違い」だけだ、と言ったというのです。つまり、もうこの時点で、三島と彼の組織した民兵たちは思想的傾向が全く異なるわけです。同時に、三島が後に東大の全共闘学生たちと討論した際、「君らが一言、『天皇陛下万歳』と言ってくれるのなら、君らの中に入って行ってもいい」という趣旨の発言をした意味が、これでよく分かります。

 そして極めつけ。楯の會のメンバーが、ある時三島に「行動は若い者に任せて、先生はその頭を使って民間防衛の理論専門でやって下さい」と言った際、三島が激怒して、

 「それは駄目だ。そんなことは多くの人がしているではないか。羽仁五郎がそうだろう。学生をアジテートして、自分は安全な書斎に隠れているだけだ。僕はあんな無責任は煽動家ではないよ。(中略)言葉だけで人を動かすことは出来ない、理論を持った者が自ら行動することによって初めて人を動かせると僕は思っている。それで、この楯の會をやっているのじゃあないか。会に注ぎ込んでいる僕のエネルギーを考えてくれよ。その会員からそんな言葉を聞くとはなあ。君たちですら、僕のやってきたことを分かってくれないのか」

 そう言って三島は立ちあがり、数歩後ずさって楯の會のメンバーに背を向けたのだそうです。ぎゅっと両のこぶしを握り締めて。

 結局、三島は、子飼いの連中からすら、理解されてはいなかった。そういう三島の孤独を端的に表わしたエピソードと言えるでしょうな。そしてこれと同じことが、後に彼が割腹自殺を覚悟で自衛隊の若者たちに決起を促した際にも起こったということなのでしょう。


 ということで、この本、決して感心はしませんでしたけど、それでも三島由紀夫という人を理解するのに資する情報を幾つかは含んでいるという意味で、私には面白いところもありました。

 しかし、それにしても三島という人は、興味の尽きない人ですなあ。色々な意味で、魅力のある人だったんだろうと思います。私にとって「実際に会ってみたい(みたかった)人」の一人であることは間違いありません。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  December 10, 2010 10:59:08 PM コメントを書く
[教授の読書日記] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Calendar

Favorite Blog

庭の紅葉 New! AZURE702さん

YAMAKOのアサ… YAMAKO(NAOKO)さん
まるとるっちのマル… まるとるっちさん
Professor Rokku の… Rokkuさん
青藍(せいらん)な… Mike23さん

Comments

釈迦楽@ Re[3]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  ああ、やっぱり。同世代…
丘の子@ Re[2]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 釈迦楽さんへ そのはしくれです。きれいな…
釈迦楽@ Re[1]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  その見栄を張るところが…
丘の子@ Re:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 知らなくても、わからなくても、無理して…
釈迦楽 @ Re[1]:京都を満喫! でも京都は終わっていた・・・(09/07) ゆりんいたりあさんへ  え、白内障手術…

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: