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March 22, 2016
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カテゴリ: 教授の読書日記
 加藤有希子さんの『カラーセラピーと高度消費社会の信仰』(サンガ)という本を読みましたので、心覚えを。

 この本、タイトルからだと何が書いてある本なのか、とっても分かりづらいと思うのですけれども、簡単に言えば自己啓発本に対する批判の書です。

 で、加藤さんはもともと美術史とか表象文化とか、そういう方面がご専門なので、自己啓発のジャンルの中でも特に「カラーセラピー」とか「オーラソーマ」とか呼ばれるジャンルに興味を持たれたと。で、そういうセミナーみたいなのに実際に参加したりしながら、カラーセラピーとは何か、そういうものに救いを求める人々ってのはどういう人たちなのか、というようなことを調べ始めたわけですな。

 で、私も「カラーセラピー」とか「オーラソーマ」というものについてはほとんど無知だったので、どんなものかと思って読み始めたのですけれども、「オーラソーマ」というのは1980年代にヴィッキー・ウォールという人が考案したものらしく、色のついたオイルの入った瓶をですね、被験者に自由に選ばせる。で、その人が選んだボトル、というか「色」をもとに、その人の心の状態なんかを分析していく、的なものらしい。

 と言うと、ほとんどカード占いですよね・・・。

 でまた、このカラーセラピーがさらに進化したのが「オーラソーマ」らしくて、これの発案者はC・W・リードビーターとかいう人だそうで、この人によると、人の身体には「チャクラ」というツボのようなものが7つあって、これが虹の7色に対応していると。だから、被験者が赤いボトルを選んだとしたら、それは赤のチャクラである下半身に対応するので、その赤いオイルを足に塗る。そうすると・・・よく分からないけれどもなんか効能があるんでしょ。

 ま、とにかく、カラーセラピーとか、オーラソーマの先生になると、そんな感じで被験者の心を分析したり、オイルを塗ったりして、6日間のセミナーで14万円くらい取る。だけど、被験者はそれで「本当の自分」を見出してハッピーになれるのだから、全然OKというシステムらしい。

 で、まあ、悩んでいる被験者がそれでいい気分になれるのであれば、第三者としては別に構わないわけですけれども、常識的に言えばこんなの詐欺に見える。で、加藤さんも、どうして人はこういう噓臭いものに簡単に引っかかるのか、そのメカニズムを究明したいと思われたんでしょうな。で、本書第二章以降は、自己啓発とかスピリチュアルとかニューエイジとか、そういうものについてあれこれ考察を巡らせるわけ。

 で、加藤さん曰く、現代人が罹っている病とは、「自分とは誰か?」を問うことであると。現代人の誰もが「自分を知ること」が一番大事と信じてしまっている。いわゆる「自分探し」ですな。本当の自分を見出したいという願望。我々が生きている現代というのは、そういう「ミーイズム」の時代であると。しかし、そのような問いを発するということは、「自分とは誰か?」という問いに対する答えが存在すると信じていることが前提だし、またその答えさえ見つかればすべての悩みが解決すると信じていることになる。



「ミーイズム、そしてそれを支える個人主義の勃興――その背後には、自己の強化ではなく、自己の脆弱化が見て取れた。自己はゆさぶられるほどに、その不安を打ち消さんがために、自己に拘泥するのである。グローバリズム、自由にともなう物語の個人化、画一的な自己像、他者の肥大化、不安とリスクの増大・・・かつてないほどに自己像の確立が求められる現代、それは同時にかつてないほどに自己が危機に瀕している時代なのである」(80頁)

 で、そんな時、自己啓発本とかスピリチュアルとかニューエイジとかがしゃしゃり出てきて、「自分を信じるのです」的なことを言う。「自分自身が積極的なことを考えれば、すべて上手く行くようになりますよ」と。

 要するに、自分探しの不安の渦中にあった人に、「大丈夫ですよ~」と声を掛けてくるのが自己啓発本であり、だからこそ現代人はこの安易な慰めにコロッと引っかかってしまうというわけ。根本的な解決ではなく、そこそこの解決、だけど、非常に明瞭な解決法を提供してくれるので、誰もがこれに飛びついてしまう。

 その一方、「積極的な思考」というのは、自分さえ積極的に考えて行動すれば物事は上手く行く、と教えるので、逆にもしそれでも物事が上手く行かなかった場合は、自分が十分に積極的ではなかったからということになってしまう。つまり、成功の原因も自分だけれど、失敗の原因も自分ということになってしまう。頑張っても出来なかったのは、頑張りが足りないからだ、ということになってしまう。その意味で、頑張れば上手く行く社会的強者にはいいけれども、頑張っても上手く行くことが少ない弱者には非常に厳しい側面もある。

 だから、自己啓発本という安易な解決法は、両刃の剣なのだ、と加藤さんは警告するんですな。そして、このことこそ、村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』という小説の中で、村上が自己啓発セミナー主催者の「アカ」を批判的に描いていることの理由であろうと加藤さんは喝破する。

 ま、私流にまとめるならば、本書の内容はざっとこんな感じです。

 さ・て・と。

 で、加藤さんのお説、説得力あります?


 私には全然ないね(爆!)。


 大体、現代人は皆「自分探し」していて、その結果「脆弱な自己」しか見いだせず、狂気へのスパイラルまっしぐら、っていう前提からして全然受け入れがたい。私、現代人ですけど、全然そんなこと考えてないもんね。「脆弱な自己」とか、そんなのインテリの言葉遊びにしか見えない。その辺のおばちゃん捕まえて聞いてごらんなさいよ、「あなた、ひょっとして脆弱な自己に遭遇して狂いそうになったことありませんか?」って。

 なんかね、加藤さんの問いの立て方とそれへの答え方が、独り相撲みたいなんですよね。勝手に「現代はこういう時代で、人々はこういう問題を抱えている」という仮説を立て、それに対して自己啓発本はこういう解答を寄せるから無責任だ、と批判するのだけれど、その仮説に賛同できない人間からすれば、「この人、何言っているの?」って感じになってしまう。



 例えば最近読んだ『バビロンの大富豪』にしたって、その言わんとしているところは、成功したければまず仕事を好きになって一生懸命働き、稼いだお金の1割を自分の将来のために健全な投資に回しなさい、という、ごく常識的なことですから。これ以上ないほど健全な提案。自己啓発本って、基本そうですよ。給料分よりちょっとだけ多く働きなさい、とかね。

 もちろん、いわゆる「引き寄せ系」の自己啓発本の場合は、「宇宙に向かって強く念じたことは必ず実現する」的なことが書いてありますが、これもね、歴史的に見れば、それ以前の常識、すなわち「すべては神様の決めたことだから、人間がどう考えようが、どう行動しようが、何一つ人間の思い通りにはならないよ」という常識へのアンチ・テーゼとして出てきたものですからね。そこを理解しておかなと、まったく意味がない。

 昔の「士農工商」の時代みたいに、農民に生まれついたらどうあがいても一生農民として過ごす以外ない、という時代の方がいいというなら別、そうでなければ、自分のやりたいことができる社会の方がいいわけでしょ。「引き寄せ系」が主張する「なんでも自分の望み通り」というのは、「あなたの運命は、他人(or神)に定められたものではないのだから、自分で決めていいんですよ」ということを比喩的に言っているだけですから。

 だけど、加藤さんの本にはそういう歴史的経緯の部分が欠如しているので、引き寄せ系の言説が単なるオカルトとみなされてしまっている。それじゃ、本当の意味で、自己啓発思想の何たるかなんてわかりませんよ。

 また加藤さんは、自己啓発思想のスタート地点として、アメリカの思想家エマソンを持ち出すのですけれども、エマソンについての理解もかなり怪しい。加藤さんの理解では、エマソンが自己啓発的な思想を持っていたみたいに考えておられるようですけれども、そうじゃないからね。ただ、エマソンの言葉を著作物の文脈から切り離してそれだけ見ると、まるで現代の自己啓発本の言説そっくりに見える。だから、彼の言葉は歴代の自己啓発本作家たちから引用され続け、その結果、まるで彼が自己啓発思想の産みの親みたいに見えてしまう、というところが面白いのに、その辺、全然ノーチェックという感じがする。っていうか、そもそも加藤さんはエマソンがいつの時代の人かも知らないようで、エマソンの言葉を引用しながら、「これは七〇年前の言葉だが・・・(60頁)」とか書いていますけれど、一七〇年前の間違いでしょ。百年も違うじゃん。



 ま、そういう個々のこともそうなんですけど、私がこの本について一番感心しないのは、加藤さんが「自己啓発本」なるものを「面白い」と思っていないことですね。最初から批判の対象としてしか見ていない気がする。

 だけどね、例えば「クルマが欲しい」と強く心に念じれば、その思いが宇宙空間を伝って行って、宇宙空間を満たすエーテルに働きかけ、それがクルマの形に固まり、念じた者のもとにやってくる、などという突拍子もない自己啓発本の言説に触れて、これを「面白い」と思えない人に、自己啓発思想について云々する資格はないのではないかと。

 だって、この考え方、面白いじゃん! こんなことを大真面目に論ずる人がいるということ、またそれを大真面目に信じる奴がたーくさんいるということは、すごく面白い。びっくりするぐらい面白いと思わない?

 で、面白いなあ! 一体全体、どうしてそういうことになっちゃうんだろう? という素朴な疑問から出発しなかったら、この思想の妙味には届かないですよ。そして、その妙味に届かないのだったら、批判なんかできるはずない。

 加藤さんのこの本読んで、「自己啓発本とか、自己啓発思想って、奇天烈で面白いなあ!」と加藤さんが面白がっているところが想像できない。むしろ加藤さんは「自己啓発本って胡散臭いなあ」と思っていて、その胡散臭さを暴露してやろう、というのが本書の執筆意図と見た。そこがね、本書をつまらないものにしている一番大きな原因ではないかと私は思うのであります。愛がないよ、愛が。

 というわけで、私はこの本から色々学ぶところはあったのですけれども、人におススメはしません。だから、「教授のおすすめ!」はなーしーよ。





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Last updated  March 22, 2016 10:18:48 PM
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Comments

釈迦楽@ Re[3]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  ああ、やっぱり。同世代…
丘の子@ Re[2]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 釈迦楽さんへ そのはしくれです。きれいな…
釈迦楽@ Re[1]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  その見栄を張るところが…
丘の子@ Re:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 知らなくても、わからなくても、無理して…
釈迦楽 @ Re[1]:京都を満喫! でも京都は終わっていた・・・(09/07) ゆりんいたりあさんへ  え、白内障手術…

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