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April 4, 2016
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カテゴリ: 教授の雑感
 足が弱くなってちょっと元気がなかった父ですが、私が写真俳句集を作ってあげると言い出した途端、急に元気回復して、句集に入れる88句の選定など、一気に仕上げてしまったという。やっぱり、近い未来に楽しみがあるってのは、老人にとって心のカンフル剤になるんでしょうな。

 で、そんな感じで、いかにも「嬉しいなあ、早く出来ないかなあ」的なオーラを出してくるので、私もちょっと急いでこの仕事を仕上げてしまおうかと思い始めたのですけれども、ちょっと手を付けてみると、これがまた結構大変で。

 何が大変かと言いますとね、私が縦書きの文章の編集に慣れていないこと。

 ワードを熟知した私にとって、横書きの文章の編集なんてのは実に手慣れたものなのですけど、これが縦書きとなるとまったく勝手が違う。

 例えば、横書きの文章だと、ある一文をページの真ん中に持ってくる、なんてのはボタン一つなわけですよ。

 ところが縦書きの文章を一行、ページの真ん中に持ってくるとなると、どうやっていいのだかわかりゃーしない。結局、ワードって、もともと縦書きの文章の編集を想定してないんじゃないかな。

 というわけで、句集の編集をワードでやるというのは、実はすごく骨が折れることなんだと判明した次第。ううむ、安請け合いしたけど、結構大変だな、こりゃ・・・。




 さて、「昭和の男」シリーズも、昭和50年代後半、すなわち1980年代に入ったところなんですけど、この頃、日本で何が流行っていたかと言いますと、ずばり、「青い珊瑚礁」を引っさげて『夜のヒットスタジオ』だの『ザ・ベストテン』といった歌番組を席捲した松田聖子さんだったのではないかと。それより前、絶大な人気を誇っていたのはピンクレディーでしょうが、やはり人気というのは永続はしないものでありまして、独特の振り付けで歌い踊っていた彼女たちの人気が落ち着いてきたところで、踊らずに歌唱力だけで勝負する新しい才能が出てきたと。

 で、彼女がその持前の歌唱力の他にもう一つ社会的なインパクトを与えたのは、その独特の髪型でございます。



 で、さらに、髪型と共に松田聖子さんの売りとなったのが「清純そうな媚」――いわゆる「ぶりっ子」的な路線でありまして、それを指摘し、さらにそれを揶揄する形で人気を得たのが山田邦子さんであり、また松田聖子へのアンチテーゼとして次に出てくるのが中森明菜さんであった・・・

 ・・・かどうかは分かりませんが、とにかく、この辺の人たち、人気があったことは事実。もちろん、人気があればあるほど、私はまったく無関心だったので、よくは知りませんが。

 むしろ、洋楽派の私にとって関心があったのは、1981年から、いよいよ洋楽は音だけでなく映像で楽しむ時代に入ってきたこと。そう、『MTV』の誕生であります。

 しかし、少なくとも日本において洋楽のビデオを身近なものにしてくれたのは本家『MTV』ではなく、小林克也さんが司会を務めるテレ朝の『ベストヒットUSA』(1981年スタート)だったのではないかと。私もこの番組は熱心に見た方ですけれども、この番組を通じてアメリカやイギリスのポップスター、ロックスターの多くを知ることが出来たという意味で、本当にお世話になったと言っていい。

 例えば、デュランデュランとか、ユーリズミックスとか、トンプソン・ツインズとか、ティアーズ・フォー・ティアーズとか、ヒューイ・ルイス&ザ・ニューズとか、ジェファソン・エアプレインとか、カルチャー・クラブとか、ワムとか、ヴァン・ヘイレンとか、シンディ・ローパーとか、ジャーニーとか、ポリスとか、ヒューマン・リーグとか、トトとか、ダリル・ホールとジョン・オーツとか、ハワード・ジョーンズとか、ライオネル・リッチーとか、クール・アンド・ザ・ギャングとか、クリストファー・クロスとか、数えきれないですけど、懐かしい名前はいくらでも書きだせる。

 だけど、世間的に言うと、1980年代前半、最大の話題はマイケル・ジャクソンの『スリラー』と、そしてそのプロモーション・ビデオが出たことですかね。あれは確かに、すごかった。最初にロング・バージョンを見た時は、感動しましたもんね。あれはまさに、音だけじゃなくてビデオだったからこそのメガヒットでした。あ、それから『USA・フォー・アフリカ』も忘れちゃいけないけれども。

 が! 

 私はね、マイケル・ジャクソンではなく、プリンス派だからね。『ベストヒットUSA』で「When Doves Cry」のビデオが見たことが、私を完全にプリンス教信者にしてしまったという。

 ま、その話になると長いので、割愛。

 とにかく、洋楽が映像化した、その刹那を目撃したってことが、我々後期昭和世代の一つの特権だったのではないかと。

 だけど、ここでまたもう一つのモーメントがある。1983年辺りから始まる、ソニー・ウォークマンの本格普及でございます。



 音楽が聴くものではなく見るものになった、だけではなくて、持ち歩けるものになった。これが1980年代前半の、音楽にまつわる大きなパラダイム・シフトでありました。例えば映画『ターミネーター』とか見ても、ウォークマンがその時代の象徴として、重要な場面で使われていたりしますからね。

 とにかく、この時代、邦楽にしても洋楽にしても、まだ日本人全体が同じ音楽に対して反応する、という状況が維持されていたし、またその影響力がそれなりに大きかった、ということはありますな。つまり、音楽が面白かった時代だったと言ってもいいんじゃないかな。





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Last updated  April 5, 2016 01:34:25 AM
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Comments

釈迦楽@ Re[3]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  ああ、やっぱり。同世代…
丘の子@ Re[2]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 釈迦楽さんへ そのはしくれです。きれいな…
釈迦楽@ Re[1]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  その見栄を張るところが…
丘の子@ Re:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 知らなくても、わからなくても、無理して…
釈迦楽 @ Re[1]:京都を満喫! でも京都は終わっていた・・・(09/07) ゆりんいたりあさんへ  え、白内障手術…

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