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July 19, 2016
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カテゴリ: 教授の読書日記
 先日のブログでちょっと触れたM・スコット・ペックの1978年の大ベストセラー『愛と心理療法』(原題:The Road Less Traveled)を読了しましたので、ちょっと心覚えをつけておきましょう。


 この本は精神科医のペック氏が、その心理治療経験を元に、人間がよりよく生きるとはどういうことか、ということを分かりやすく語った本。特に心理療法の記述が素人にも分かり易く書いてあるので、ははあ、心理療法ってのはこういうことだったのか、ということがすごくよく分かる。アメリカらしく、すごくプラグマチックではありますが、その中に実践的な叡智というものが感じられて、私なんぞは感心することしきりでございました。

 例えば、我々素人って、通常の医療と比べて、精神科で扱う病気というのは捉えどころがないと思っているでしょ? 私はずっとそう思っていましたが。

 ところがペック先生によると、まったく逆だそうです。身体の病気の方がよほど捉えどころがないと。

 例えば、ある人が身体の病気になったとする。糖尿病でも心臓病でも癌でも何でもいいんですけど、現在その人がその病気に罹っているというのは分かるにしても、その病気がいつ、どういう理由で、何をきっかけに生じたかというのは、ほとんど何もわからないわけですな。ところが、精神的な病というのは、十分な時間をかけてしっかり探って行けば、この時に、この理由で原因が生じ、この時のこのことがきっかけで発症した、というのが明確に分かると。だから、その原因さえしっかりわかれば、治療の方法もすごくシステマティックに決まって来るし、それがはっきりと奏功して、基本、治ると。

 あ、そうなんだ、って思うでしょ。でも、とにかくそうなんですって。

 で、ペック先生が言っているというのではなく、本書を読んでいて私が思うことなんですけど、本書に書かれている様々な症例を見るに、精神的な病の大半が、その原因を突き止めていくと、子供時代の環境に起因するものであるようですな。結局人間というのは、誰かに育てられ、その育てられた環境の中で自己を形成していくわけなんですけど、その時に何か原因となることが生じて、それがその後、何らかの病となって現れる。そういうケースがすごく多いみたい。

 じゃあ、なんでそうなるかというと、その幼少期から青年期にかけての時代に、人間というのは一連の「認識の仕方」と「外界に対する対応の仕方」を身に付けるわけですが、本来的には、この枠組は、さらに成長し、環境が変わるのに合わせてどんどん変えていかなければならない。つまり、自分自身が成長し、古い枠組みを壊して、新しいものに変えていかなくてはならないわけ。



 すっごく単純で卑近な例を言えば、例えば子供の頃、負けず嫌いで、とにかく人と競って勝つことを良しと考えていた人がいるとする。その競争心は、ある程度までこの人の人生を上手い方向に引っ張って行くわけですよ。例えば、人よりいい点数を取ろう、人よりいい大学に行こう、人よりいい就職先を見つけようなどといって、その通りに進んで行けば、ある時点まではいい人生を送ることができる。

 ところが、「人と競って勝つ」という価値観をずーーっとそのまま持越して人生を過していくと、どこかでその性癖が足枷となり、人に嫌われ、何らかの大失敗につながる可能性もある。その時、「あ、人と競って勝つことばかり考えていたらダメなんだ」と気づき、自分の殻を破って、その価値観を棄て、新たな共存・共栄の価値観を取りいれることができれば、その人は成長し、それゆえ、病にはならないわけですな。逆に、そのことに気付かず、問題が生じてからもまだ「人と競って勝つ」やり方を押し通して、何もかも上手く行かなくなって、心の病に落ち込んでしまう場合もある。

 つまり、人生の成否というのは、常にこの自己革新・成長を志すか否かにかかってくるわけですよ。

 で、例えば恋愛なんてのもそうだと。

 ペック先生曰く、「恋」というのは、幼児退行に過ぎないと。自分と恋人の間には壁も何もない、二人で居れば世界を相手にも戦えると思いこむ。これは、言うなれば「乳児の世界観」、すなわち、自分と世界の区別がつかない状態、世界は自分の言うことを聞くので、泣けば自動的にミルクが出てくるのだと思いこんでいる世界観と同じであると。

 だから、恋愛状態がある程度冷めてくると、「あれ、こんなはずじゃなかった」と思うことが次々と出てきて、双方が双方に対して愛想を尽かす時がやってくる。これが恋の終わりという奴ですな。

 だけど、愛というのは、この先にやってくるものである、とペック先生は言います。

 愛というのは、まず双方が独立し、自立した存在、つまり、自分とは異なる価値観を持った別個の存在であるということを認めるところから始まる。そして、二人の関係の中で自分が成長し、かつ、相手の成長も促し、応援するような関係になった時、健全で充足的な愛が始まると。だから、愛というのは、訓練の賜物なのであって、そういう訓練を厭わず続ける覚悟がなければ、上手く行くことはないと。その意味で、人生も愛も同じね。成功のポイントは、成長するための努力を厭わないっていうこと。

 愛とは、成長しようとする意志である、というのがペック先生の定義ですからね。

 で、同じことは子育てにも言えるわけ。子供は、自分とも配偶者とも異なる、独自の存在なのであって、それを基本的にまず認めないとダメ。その上で、子供の成長に常に注意し、ある時は手綱を締め、ある時は甘やかせてやるなど、その時に合わせた指導をすることが必要。それはすごく時間と労力がいることだけど、それ以外に健全な子育ての方法なんかないと。やはりここでも努力が必要なわけよ。努力なしには、何も出来ない。



 だけど、その困難に直面しないと、トラブルが起きる。そしてそのトラブルを解決しようとすると、それを未然に防ぐための努力の何倍もしんどい思いをしなくてはならなくなるわけ。だから、比べれば、常に努力した方がいいよと。

 だから、ペック先生によれば、人間にとって最良のことは「努力」、最悪のことは「怠惰」であると。「怠惰」こそ、諸悪の根源、人間の間に潜む悪魔であると。

 本書の基本的な主張はそういうこと。ね、プラグマチックで、身も蓋もないけど、言われてみればそうだよな、と思うでしょ。

 だけど、本書の面白いところは、ひょっとすると、この先かも知れません。

 ペック先生は、こんな感じで心理治療を続けてきたわけですけれど、その過程で一つ、興味深いことに気付くんですな。



 それは、どうしてこの世の人間が、全員、精神病にならないか、ということなんですな。

 人が精神病を発症する原因からすれば、地球上に暮すほぼ全員の人間が精神病になってもおかしくないのに、何故か知らないけれども、大半の人はそうならないと。その理由がよく分からない、というわけ。事実、こんなひどい親、こんなひどい環境、こんなひどい成育歴を持っているのに、精神病にならないどころか、すごく健全な人間に育つ人はいるし、そんな人は決して少なくないと。それは一体、何故なのか。

 その理由をずっと考え続けた結果、ペック先生の現時点での結論は、「奇跡」とか「恩寵」とか、そういうものがあるのではないか、ということなんです。

 実際に自動車事故に遭った人と、すんでのところで自動車事故に遭いそうになった人の数を比べると、後者の方が圧倒的に多い。実際、「事故に遭いそうになった経験」だったら誰でも持っているでしょ。だけど、事故の餌食になった人は案外少ない。

 それは、恩寵によって守られているからだと。

 じゃあ、その恩寵が誰によって与えられているのかというと、それは分らない。いわゆる神かも知れないし、何か他のものかも知れない。だけど、そういう恩寵がもたらす奇跡によって、どうも人間は活かされているようだ、というのが、ペック先生の実感なわけ。

 で、その恩寵は、どうやら人間の「無意識」を通じてもたらされるらしいと。

 で、この無意識を通じてもたらされる恩寵は、万人に開かれているのだけど、少なからぬ人はこの恩寵に抵抗する。なぜなら、人間は怠惰だから。


 とにかく、最後の方で本書のテーマが恩寵に行くっていうところが、私にはすごく面白い。科学を突き詰めると、結局神秘に向かうというね。そういうことが、ここでも生じているのではないかと。もっともペック先生は「科学もまた一つの宗教だ」と言っておられますが。「不可知なことは考えなくてもいい」という科学のドグマに注意せよ、とね。


 とまあ、この本、読むほどに考えさせられることがたっぷりありました。また、恩寵ということに関して言えば、アメリカの作家、私が専門とするフラナリー・オコナーの考え方にそっくり、というところもあって、さらに興味深い。すごくいい本だと思います。教授の熱烈おすすめ! と言っておきましょう。




 ただ、一つだけ注文をつけたいことがありまして。

 それは翻訳上の問題なんですけど、本書の中で、ペック先生が女性の患者と応対する台詞のところで、ペック先生がその患者のことを「あんた」呼ばわりするのよ。これがめちゃくちゃ不自然。どうして「あなた」としなかったのか。心理療法士という、知的な職業についているお医者さんが、女性に向って「あんた」と呼ぶ、その違和感は半端じゃないよ。この点、どうして、誰も指摘しなかったんだろう。その点だけは、訳者の方に猛省を促したい私なのであります。





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Last updated  July 19, 2016 10:23:18 PM
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Comments

釈迦楽@ Re[3]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  ああ、やっぱり。同世代…
丘の子@ Re[2]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 釈迦楽さんへ そのはしくれです。きれいな…
釈迦楽@ Re[1]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  その見栄を張るところが…
丘の子@ Re:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 知らなくても、わからなくても、無理して…
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