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July 19, 2021
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カテゴリ: 教授の読書日記
『成功』という明治時代の雑誌についてあれこれ調べていく中で、また一つ面白い論文があったので、ご紹介がてら、その内容をまとめておきましょう。

 その論文というのは、加賀谷真澄さんという秋田県立大の先生が書かれた「明治三〇年代の渡米熱 ――貧困問題、労働問題、『成功』雑誌との関係性ーー」という論文で、2014年に『秋田県立大学総合科学研究彙報』に出たもの。

 明治時代に入った日本は、西洋先進国に追いつこうと、様々な分野で近代化を急いだわけですが、その過程で貧困問題・労働問題など、かつてない社会問題が生じてきた。で、明治政府はこうした問題の解決策についても、西洋諸国を手本にしようとした、というのですな。

 で、明治初期に出てきたのが、「貧困問題・労働問題を一挙に解決するんだったら、移民を進めたらいいんじゃね?」という考え方。これは、アダム・スミスやジョン・スチュアート・ミルなど、イギリスの経済思想の影響で出てきた話。例えば1883年、『東京経済雑誌』に、この雑誌の創設者である田中卯吉という人が「植民制」という記事を書いていて、この中で田中は北海道・台湾・南洋への植民を進めるべきことを主張している。で、その参考文献として、アダム・スミスの『富国論』を挙げていると。

 ちなみに、1870年代から80年代にかけて、日本ではミルの『経済学原理』とかアダム・スミスの『国富論』をはじめとして、数多くの経済書が翻訳されていたのに加え、例えば松本直己という人が『経済審論』なる編訳本の中でミル/フォーセット/ケーリーなどの経済論を紹介し、特に「移民論」などという項目を立てていることからも明らかなように、イギリス/西洋経済学における移民論が、つとに紹介されていたことが分かるんですな。

 で、こうした移民推進論がこの時期の日本で盛んに注目された背景には「松方デフレ」があった。簡単に言うと、西南戦争の出費を賄うために政府が紙幣を印刷し過ぎ、インフレに陥ったので、時の大蔵卿・松方正義が出回り過ぎた紙幣を回収して燃やしちゃってデフレを導入したもので、物価、特に農産物の価格が下がり、農民が食っていけなくなって、食い扶持のない農家の若者が大挙して都会に出てきちゃった、っていう話。だから、この時代、経済不況もさることながら、都会に若者が多くなりすぎて、就職氷河期時代になってしまったと。だから、この職のない若者どもをどうするか、というのが、経済問題の上にかぶさっていたわけね。

 ちなみに福沢諭吉も『西洋事情』(1866-70)の中で、イギリス及びヨーロッパ諸国の繁栄は、植民地の領有、および植民地と本国との自由貿易によって成り立っている、と述べているし、また『時事新報』において「朝鮮国に資本を移用すれば我を利すること大なり」とか「○○(中国のこと)行きを奨励すべし」などの主張をしていることから見ても、日本の国土の狭さや人口の多さ、貧困問題を解決するにはヨーロッパ列強の真似をして植民地を持ち、そこと自由貿易するっきゃない、という考え方を持っていたことは明らか。・・・なんですけど、1884年以降、福沢諭吉の移民論は、主として「アメリカへ行け!」というものに変化していくんですな。イギリスやヨーロッパ諸国とは異なり、アメリカならば働きながら学業を修めることができる。だから、中流の知識階級の子弟に向って、福沢は「とりあえずアメリカ行っとけ」ってなことを言い出したと。

 このほか、日本の下層民をアメリカに送って経済問題を解決しろと主張した武藤山治の『米国移住論』(1887)とか、学生の渡米を促し、アメリカに第二の日本を建設せよと主張した石田隈次の『来れ日本人』(1887)とか、貿易振興のための海外拠点を作ることを主張した本も出るし、加えて榎本武揚も1893年に「植民協会」なるものを起ち上げ、もう北海道とかの殖民じゃ足りない、「海外に我国の植民あれば彼ら自ら本国の物品を受容するのみならず外人をして之を受容するの道を知らしめて以て大いに通商の端を開くべし」と主張するなど、日本に移民ブームが、とりわけアメリカへの移民ブームが生じるようになるんですな。で、実際、アメリカ向け旅券発給数も、1880年にはたったの35件だったのに、約10年後の1891年には10,501件に膨れ上がっている。またその行き先もハワイではなく、アメリカ本土が多くなっていったと。

 で、このタイミングで1901年に刊行され、日本でベストセラーになったのが、片山潜の『渡米案内』ね。



 片山は、そういう経済学的な見地からではなく、むしろアメリカに行くことで自主独立の逞しい精神を身につけるために、換言すれば「個人としての自己実現」のために、アメリカに行け、と言っているわけ。だから、片山が呼びかけているのは、(かつて自分がそうであった)農村の若者なのでありまーす。なぜなら、(かつて自分がそうであったように)農村の貧しい若者の方が、都会のちゃらい若者よりガッツがあるから。片山の言を引きましょう:

 「吾人が其移住すべき人に就いて言はば、東京に在る富裕なる所の学生よりも、寧ろ労働に従事せる人を以て宜しきものと看做すものなり、何となれば意志薄弱なる学生が金を握って移住するよりも却って農家の子弟が無一物にして移住するも、其忍耐力の強きことを信ずればなり」

 ってなわけで、片山のベストセラー『渡米案内』は、現代の『地球の歩き方』のごとく、「渡航前の準備から現地についてからの生活設計、異国で暮らす心構えなど、物心両面にわたる具体的なアドバイス」であったと。

 そもそも片山自身、無一物でアメリカに行って来た苦労人だけに、帰国後、彼のもとには渡米の志を持った若者たち――その多くは人力車夫や新聞配達をしながら学ぶ苦学生が多かった――が引きも切らなかったそうで、そこに渡米案内的な本に対する需要があることは明らかだったんですな。

 実際、『渡米案内』は「一週間に二千部も売れる」と言った調子でベストセラーとなり、また片山同様、渡米経験のある著者による類書(例えば1901年に刊行された本だけでも、一柳松庵の『渡米の栞』、島貫丘太郎の『渡米案内大全』、渡部四郎の『改正増補 英会話と職業編』など)も次々と出てこれをきっかけに日本では渡米ブームが生じることになった。で、これら一連の渡米案内書の序文などを見ると、海外移=国益であるということを踏まえた上で、「個人の成功」というものに力点が移っていることが分かると。

 つまり、「国益」から「個人益」へと、シフトしていたんですな。

 で、その片山潜は、ここから日本の労働組合史に大きな足跡を残すようになるわけですけれども、彼の檄によって多くの若者たちが実際にアメリカを目指したことのうちには、労働者階級を含め、どの社会階層の人間であれ、幸福を追求することができるという、アメリカ仕込みの考え方が片山にはあり、それが自己啓発としての渡米という形でも表明された、っつーことでもある。

 で、折しもこの頃、オリソン・マーデンの『サクセス』誌(1898)を範として村上俊蔵が『成功』誌を起ち上げると。『成功』誌は、経済的には中流以下の十代、二十代の若者が購買層となっていて、自己資金がない中での神学相談や英語の独習法の相談、あるいは渡米相談などが読者欄に寄せられていた。

 この『成功』誌には、幸田露伴、巌本善治、徳富猪一郎、井上円了、志賀重昴などが特別賛成員として名を連ね、海老名弾正、加藤博之、井上哲次郎、新渡戸稲造などが名誉賛成員となり、さらに片山潜などの社会主義・労働運動関連の人たちまで執筆者として加わっていた。彼らが加わっていたのは、チャンスに恵まれない若者たちが、渡米することで立身を成し遂げることを推進するという意味合いがあり、貧困・労働問題と、成功という要素が、ここで手を結んだ。例えば横山源之助が『労働世界』という雑誌に連載した「鉄骨児」という小説も、社会不平等に抗議する鉄骨漢の主人公が海外雄飛を目指す物語で、この時代の労働問題と自己実現の結びつきを示すものとなっている。作者の横山は、毎日新聞の記者で、日本の労働問題や若者の現状に詳しかった。それが、この小説に反映していると考えられる。

 以上、明治後期の渡米ブームには、明治初期の移民振興とはまた異なるモーメントがあった。

 ・・・というような内容。面白いでしょ?






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Last updated  July 19, 2021 04:30:05 PM
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Comments

釈迦楽@ Re[3]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  ああ、やっぱり。同世代…
丘の子@ Re[2]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 釈迦楽さんへ そのはしくれです。きれいな…
釈迦楽@ Re[1]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  その見栄を張るところが…
丘の子@ Re:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 知らなくても、わからなくても、無理して…
釈迦楽 @ Re[1]:京都を満喫! でも京都は終わっていた・・・(09/07) ゆりんいたりあさんへ  え、白内障手術…

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