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★(予測2)限りない省エネ化に焦点を当てた関連ビジネス産業が大きく成長 ☆ ~ すべては地球環境の改善・貢献度の企業イメージに直結するビジネス ~ ☆キーポイントは、「限りない省エネへの挑戦」 最近のニュースでは、「不況」、「景気低迷」、「有力企業の赤字決算」など暗い話題ばかりが盛り上がっています。しかし、この不況の時こそ、将来を見据え、長期的スパンを視野にいれた無駄なエネルギー消費や改善個所・問題点をチェックして、大幅な見直し・改善を図ることで、「エネルギー消費」にかかる出費の抑制のための大転換をするチャンスではないでしょうか? ここでは、その「エネルギー消費」とは、その最大のものが、様々な産業分野、工場設備、事業所などの民間企業から行政機関等を含むあらゆる公共施設、病院から大型モール等の商業施設、倉庫、港湾施設、高速道路網を含む道路施設から一般民家までも含むところの主として「光熱費にかかるエネルギー消費」をイメージしています。 左は白色LED 、右は赤色LEDです。「発光ダイオード」は、順方向に電圧を加えた際に発光する半導体素子のことで、通称「LED (Light Emitting Diode) 」と呼ばれています。 限りない省エネへの挑戦(その1)→「LED」への大転換 将来、この「LED」が人類に素晴らしい貢献をすることは間違いないでしょう。なぜなら、従来型の光の光源である、白熱灯や蛍光灯に比べ、はるかに省エネルギー、長寿命であることが判明しているからです。 「LED」は、人の暮らしの中で活動範囲を徐々に拡大しつつあります。たとえば、その長寿命、省エネルギー、高輝度の特性を生かした応用で、懐中電灯やミニライト、自転車や自動車の前照灯、ウインカー、ブレーキランプ類、交通信号機、さらには携帯電話のバックライト、家電の常夜灯、豆ランプ等々です。 イギリスではすでに実行!政策によるLED転換の実行を見習え! 日本の政治の機能不全は世界的に有名であり、その政策立案から意思決定までが恐ろしく遅く、積極性や決断力に欠けたお寒い状況です。・・それに比べ、世界に目を向けると・・環境対策に力を入れるイギリスの首都ロンドンでは、昨年1月11日には、すでに手を打ち、地球温暖化や省エネルギー対策の一環として、家庭の白熱電球を消費電力の少ない発光ダイオード(LED)を使った電球と無料で交換するキャンペーンを始めています。(イギリス生活情報週刊誌「英国ニュースダイジェスト」2008年1月11日~在イギリス日本人向けの情報誌より)「英国発ニュース」記事サイト↓↓↓「英国ニュースダイジェスト・(白熱球をLEDに無料交換~2008年1月11日)」 従来の白色、赤色に加え、実現できなかった青色LEDは、近年、日本人学者によって発明されたものですが、この発明によって、「光の3原色」の実現が可能になったインパクトは世界的なものでした。なぜなら、この実現により様々な色に変化させることが可能となり、LEDの応用範囲や様々な可能性が一挙に拡大したからです。 ”「LED」への大転換”とは、・・従来型の白熱灯や蛍光灯からの「LED」への転換を意味します。あらゆる施設や一般家庭で使用されているこれらの光源を白熱灯や蛍光灯に匹敵するLED製の光源にそっくり換えることで、莫大なエネルギー消費を抑制し、エネルギーコストも大幅に縮小され、その結果として地球温暖化の抑制にも貢献できるわけです。しかし、そのためには、白熱灯や蛍光灯に代替可能な製品化の開発が急務であるわけです。そうすることで、ひとたび、日本ばかりか世界中で流通することで、次第に性能面でも良質で価格面でも安価な製品に収斂(しゅうれん)されることでしょう。この変換がもたらす恩恵は、大規模な工場や施設になるほど大きなものとなることでしょう。 写真は、国内のどこのホームセンターでも売っている「防雨対応の防犯用センサーライト(SensorLight)」です。内臓のセンサーが、夜間に人を感知すれば、自動的に強力なハロゲンライトが点灯する仕組みになっていて、その点灯時間も任意に調節可能で、時間が経過すれば自動的に消灯します。一般住宅や事業所等で多くが防犯用に使用されています。価格も1500円前後と安価で高性能、設置方法も簡単なので、購入して個人で自宅の車庫や玄関、勝手口付近に設置する家庭が増えています。 限りない省エネへの挑戦(その2)→センサーの大幅な活用 最近、市販のセンサーライトが、民家に設置されているのをよく見かけるようになりました。このセンサーを活用した仕組みを、単に防犯用だけでなく、住宅施設や事業所等の光熱システムに組み込むことで、利便性を追求しつつ、その消費するエネルギーを極限まで抑制可能な省エネルギーシステムとしても大いに活用したらどうかという提言です。 たとえば、大きな施設から一般住宅までを考えても、常夜灯は必要でも、常時点灯させる必要はないが、人がいる空間だけは点灯させる必要がある場合、玄関や車庫、倉庫、通路で一時的にしか人がいない箇所では、スイッチの操作不要で人がいるときだけ自動点灯して、いなくなれば自動的に消灯するシステムが利便性があるわけです。一般住宅の2階に通じる階段でも、人が利用するときだけ点灯して階段を照らし、人がいなくなってしばらくすれば自動消灯すればいいという場合もあるでしょう。また、事業所やオフィスでも、広い空間に人が数人しかいないのに、すべての電灯を長時間にわたり点灯したまま無駄なエネルギーを使用している場合もあります。こんな無駄をすべてクリアすれば、これまた莫大な省エネルギー効果が実現されるわけです。 太陽光発電のための単結晶シリコン型「太陽電池パネル(モジュール)」です。これを複数枚接続させることにより、必要な電力が得られるようにしたものを「太陽電池アレイ」と呼びます。 ☆急がれる国の取り組みと普及のための企業努力 『地球温暖化との戦い』は、まったなしであり、これを支援し、国民や一般企業に周知徹底させることは国や政府、地方自治体の重要な責務となることでしょう。また、そのためには、『風力発電、太陽光発電、LEDやセンサーを複合的に組み合わせた極限の省エネルギーシステム』の構築と住宅・ビル建設産業や道路建設、様々な工場プラント建設産業までをも包含した省エネシステム導入の実現が必要となります。 こうした省エネルギーへの取り組みは、単にエネルギーコストを下げるだけでなく、地球環境に良い結果をもたらし、地球温暖化抑止のための最大の有効な手段になります。それにも加え、新たな産業基盤を生み、雇用創出の宝庫になることでしょう。(Thanks) !! ↓(ありがとう)^^)/~~ ♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。♪
2009/01/31
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★ (予測1)地球温暖化防止に焦点を当てた関連ビジネス産業が大きく成長☆ ~ すべては地球環境の改善・貢献度の企業イメージに直結するビジネス ~ ☆キーポイントは、世界が目指す「脱地球温暖化」、「環境改善」 1月20日、バラク・オバマ第44代米大統領(47歳)の連邦議会議事堂前での就任演説では、その「アメリカ再生」に向け、「雇用創出や成長を促す新たな基盤整備と太陽光や風力など代替エネルギー活用」を訴え、「安全」面では、「われわれの旧知の友人やかつての敵とともに、核の脅威と地球温暖化を食い止めるためにたゆまず努力するだろう」と強調していました。 REALISTは、昨年の春、山口県西部の山中に建設され稼働中の風力発電機群を視察しました。周囲の山々の谷部分や山肌、山頂周辺には、羽根の一片の長さが約40~50mはあろうかと思われる巨大な風力発電機が林立していました。周囲には人家はありませんが、視界に入る周囲の風力発電機群が「ブワーン、ブワーン」という風を切る鈍い音を発しながらプロペラ部分をゆっくり回転させている風景はとても壮観でした。一種、未来世界にタイムスリップしたような不思議な感覚がありました。右側発電機のはるか先の山肌にも遠く5~6基の白い風力発電機群が見えます。 1972年、世界中の地球物理学、人類・生物学、政治経済学、文明学、工学・・等々のあらゆる分野の学者・科学者から構成された研究グループ「ローマクラブ(Rome Of Club)」が、あらゆるデータを駆使、そのシミュレーションから導き出された研究予測である「緊急レポート」を『成長の限界』として、「21世紀のそう遠くない時期に地球と人類へ到来する危機的な状況」をとりまとめて人類への警鐘を発表しています。そして、その研究予測が、残念ながらリアルに「地球温暖化(Warming Planet)」と呼ばれ現実化し、核戦争よりも確実に人類の脅威になりつつあります。 なだらかな山頂付近にある風力発電機の下は、開放されていて公園のように整備されていました。巨大な発電機のプロペラを直下から撮影しました。発電機はドイツからの輸入品らしいのですが、こんな巨大なものはおそらく貨物船でヨーロッパから海路を経由し、陸揚げされてから現場まではトラック輸送で部品を運び組み立てたのでしょう。 ☆燃費の悪い大きな車ははやらない、環境ビジネスこそ花形産業に! 危機的な地球環境を守らなければならないという世界の潮流から、わが日本も地球環境のための国際会議で採択された「京都議定書」で、自国にかなり厳しい数値目標を掲げた割には、その実現に向けた取り組みや首相をはじめとする政府、地方自治体、国や行政機関の政策面での動きや提言も何ら世界から注目されるようなものはありません。このままいけば、口先だけで実行しない日本だと世界から笑い物にされるのが関の山だと思います。最近のデータでは、日本の太陽光発電の技術は世界トップレベルであれど、それを自国に急速に普及させたり、その産業基盤をしっかり根付かせ発展させる能力に欠けており、今や後発のドイツが急速な普及に成功、世界の太陽光発電量(風力発電量でも世界の28%を占めドイツがトップ)の半分以上を占めるまでになっています。 最近は、若者の「車」離れが注目されています。若者は、日本の劣悪な年金制度に落胆しており、高齢化社会の強まる将来の若者世代にのしかかる負担を感じ、節約して現実生活を少しでも快適に過ごせるようにと、大きな燃費の悪い車、維持費の高い高排気量の車よりも、エコ(Ecology)で燃費のかからないハイブリッド車や軽乗用車に注目し選択する傾向にあるようです。また、これだけ地球温暖化の危機が叫ばれる中、地球環境改善のために何らかの貢献をしたいという心理や動機付けから、そのような低燃費車を選択する人もますます増える傾向にあります。 左の白い構造物は、風力発電機の根元部分で、写真では見えませんが、鋼鉄製の頑丈そうなハッチのような出入り口の扉があります。多分、中に入れば機械室があり、最頂部にある発電機のメンテナンスのための昇降用エレベーターがあるのではないかと思います。 近いうちに、スーパーでは無料の買い物袋は廃止され、エコバック持参が当たり前になるでしょう。すべての産業構造、生産設備や生産される家電などの製品自体、住宅・オフィス環境から生活様式まで、「省エネ」、「エコ(エコロジー)」、「化石燃料消費から環境に無害で二酸化炭素を排出しない代替エネルギーへの転換」が時代の潮流となるでしょう。このことは学校教育でも強調されることになり、あらゆる企業では、その環境貢献度が企業イメージの重要なポイントになることでしょう。・・・その結果、成長するのが、新しい産業分野となる環境関連ビジネスであり、そのような産業分野への雇用の創出が発生するとともに、次第に花形産業となることでしょう。 写真で見ると大きく見えませんが、実際は、巨大であり、目の前でビュンビュンとプロペラが回る光景を驚きで感動して眺めていました。 ☆急がれる国の取り組みと普及のための努力 太陽光発電の普及が伸びないのは、高価であり、一般世帯にとってまだまだ手が出ないのが実情ではないでしょうか。かつて、パソコンが高価であったのが、最近では、関係各社の販売競争からかなりグレードの高い能力のあるパソコンでも驚くほどの低価格となっています。また、最近の薄型テレビの価格についても、驚くほどの低価格がどんどん進んでいます。太陽光発電を急速に普及させるためには、発電効率や能力を高めるための研究開発の強化やそのための国などの行政指導や援助のための改革が必要であり、まだまだ高い価格から技術開発等で安価で高性能を実現することこそが、普及のための最大のポイントとなることでしょう。そうすることで、誰でも手軽に購入できるわけです。 この手前の風力発電機の奥には、5基の風力発電機がみえます。建設場所としては、人のいないこんな人里離れた場所の方が最適なのかもしれません。 次に、太陽光発電を普及させる方法としては、新規の公共施設の建設に当たっては、太陽光発電設備を必ず付帯設備に義務付ける、古い施設についても順次発電パネルを設置させる、さらに、大規模な工場、事業所、駅、高速道路網にも太陽光発電システム設置を義務づかせる、一般住宅を建設する際の設計でもオール電化との組み合わせで大幅なエネルギーコストの削減をもたらし有利であることを明確にPRし、太陽光発電機の義務付けとするのが望ましいと思うわけです。 山頂の整備された公園から見えるプロペラです。こうして、付近一帯にある風力発電機のプロペラが一斉に回転する風景は、なんとも言えない不思議な感覚でした。 REALISTとしては、太陽発電機とそのためのシステムが小規模なものは、ホームセンターなどで手軽に購入できるのが望ましいと思いました。そして、日曜大工程度の手間暇で簡単に設置できて安全性も確保できれば、小規模なものを連結することで中規模なものにもなりうる可能性があるなら、それは爆発的な需要が見込まれ売れるのは間違いないでしょう。そうしていくことで、家庭内の電力が太陽光発電だけでまかなえることになれば、電気自動車(EV)の出現とともに、一層の環境改善につながることは間違いないでしょう。こうしたことが、環境ビジネスを発展させ、それを支える周囲の関連産業にまで波及効果をもたらし、さらに新たな雇用の創出へと拡大していきます。(Thanks) !! ↓(ありがとう)^^)/~~ ♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。
2009/01/27
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★☆ カレン・カーペンターの雰囲気をリアルに醸し出す「ものまね」特集 ★☆ ~ 峠恵子、小川マキ、あるスペイン娘などが歌うカレン ~ 前回の記事の「カーペンターズ(Carpenters)」について、 「YouTube」で調べていくうちに、カレン(Karen Carpenter)のボーカルの雰囲気をまねて歌うシーンが撮影されたビデオクリップが意外に多いことがわかりました。それも、日本人を含む世界中の女性が自分でカレンになりきってカラオケで歌いその姿をビデオ撮影して「YouTube」に投稿して世界に公表発信しているのです。 Karen Carpenter ・ By - as time goes by - カレンの雰囲気を一番醸し出す人は誰でしょう? カレンの「ものまね」を含むビデオクリップをご紹介します。曲は、 「I need to be in Love(青春の輝き)」 と 「Close To You(遥かなる影)」 ですが、まるでカレンが乗り移ったように見事に歌っています。 峠恵子、小川マキ、ある無名のスペイン娘などがカレンの感情を込めた歌唱方法や雰囲気を醸し出して歌っています。REALISTとしては、峠恵子さんが群を抜いてそっくりさんに感じました。しかし、それでも、他の4人の方も個性を生かしながら、カレンの魅力を表現しています。こうして聴き比べるのもなかなか楽しいものです。他の皆さんは、誰が一番好みでしょうか?。 「I need to be in Love(青春の輝き)」 - Karen Carpenterまず、カレン本人の歌声です。 「I need to be in Love(青春の輝き)」 - 峠恵子 見事な歌唱力で歌っています。まるで、カレンがそこにいるような錯覚を覚えるような気がします。タモリ司会のテレビ番組の一部ですが、来日した兄のリチャードも今は亡き妹カレンの歌声をしみじみと聴いて感動しているようです。 「Close To You(遥かなる影)日本語歌詞」 -小川マキ カーペンターズの名曲「I Need To Be In Love(青春の輝き)」に、小川マキが日本語歌詞をのせて歌ったスタンダードナンバー。これは訳詞ではなく、邦題の「青春の輝き」という響きを元に、小川マキが独自の世?界観で自由に書いた歌詞である。 芸能人を除く一般人の女性が自らビデオ撮影したものもたくさんありましたが、その中の一人をここに紹介しましょう。(Very Cute Spanish Girl) 「Close To You(遥かなる影)」 -あるスペイン人娘(Very cute Spanish girl) とても若い可愛らしい無名のスペイン人娘です。冒頭は、スペイン語でのおしゃべりがありますが、その後間もなく見事な英語で歌います。ところで、彼女は、自宅で自分で気に入った曲をカラオケで歌ってはビデオで公開しているようで、カーペンターズのファンかもしれませんが、「Close To You(遥かなる影)」をとても愛らしい感じで歌っています。この曲を歌う歌手はわかりませんが、ノスタルジックな「Smile」という古い曲も歌っていましたので、ついでにご紹介します。 「Smile(スマイル)」を同じスペイン娘が歌います。 ・・・mumu、素晴らしい♪・・Love it ! I'm moved !私のCDコレクションのうちの2枚ですイエスタデイ・ワンス・モア/カーペンターズ・ゼア・グレイテスト・ヒッツ(初回生産限定) このアルバムはイギリスで編集されたもので、音質は最高に良好です。タイトル(英名):『THEIR GREATEST HITS』:1.イエスタデイ・ワンス・モア (リミックス)、2.スーパースター (リミックス)、3.雨の日と月曜日は (リミックス)、4.トップ・オブ・ザ・ワールド (シングル・ミックス)、5.涙の乗車券、6.愛にさようならを (リミックス)、7.マスカレード、8.ハーティング・イーチ・アザー、8.ソリテアー、10.愛のプレリュード (リミックス)、11.遠い想い出、12.プリーズ・ミスター・ポストマン、13.愛は夢の中に、14.タッチ・ミー、15.ジャンバラヤ、16.ふたりの誓い、17.ふたりのラヴ・ソング、18.遙かなる影、19.オンリー・イエスタデイ、20.星空への旅立ち(コーリング・オキュパンツ) (リミックス)の全20曲収録CD(76分03秒) カーペンターズ/バイ・リクエスト カーペンターズのデビュー30周年記念アルバム。数々の名曲の中からファンのリクエスト曲で構成。日本のみの発売で、ブックレットにはファンの熱い想いを記載。タイトル「バイ・リクエスト(By Request)」:1.イエスタデイ・ワンス・モア、2.明日への旅路、3.青春の輝き、4.ミスター・グーダー、5.ユー、6.ワン・ラヴ、7.微笑の泉、8.ハッピー、9.愛のプレリュード、10.スーパースター、11.雨の日と月曜日は、12.トップ・オブ・ザ・ワールド、13.遥かなる影、14.あなたの影になりたい、15.アイ・キャント・メイク・ミュージック、16.シング、17.オンリー・イエスタディ、18.涙の乗車券、19.サムタイムス、20.愛は永遠(とわ)全20曲収録CD(Thanks) !! ↓(ありがとう)^^)/~~ ♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。♪
2009/01/21
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★☆ 1970年代のアメリカン・ポップスを代表する兄妹デュオ・グループ ★☆ ~ ロック・ディスコ全盛期でも、独自の音楽スタイルを貫いたこだわり ~ 最近では、彼らの歌声を聴く機会はほとんどなくなりましたが、それでも、ボーカルは違う女性ですが、たまにテレビのCMで懐かしい彼らの曲を耳にすることがあります。「カーペンターズ(Carpenters)」、それは、1969年4月22日に命名され、主に1970年代に活躍したアメリカン・ポップスの兄妹デュオグループでした。 兄のリチャード・カーペンター(Richard Carpenter・24歳)と妹のカレン・カーペンター(Karen Carpenter・20歳) 兄のリチャード・カーペンター(Richard Carpenter・当時23歳)がピアノなどの楽器を担当し、妹のカレン・カーペンター(Karen Carpenter・当時19歳)は、ボーカルを担当していました。しかし、カレンは、ハイスクール時代からドラムがプロ並みに得意であったために、当時のビデオでは、ドラムスをしながらボーカルを担当しているシーンも多く観ることができました。カレンのボーカルは、特にとても耳当たりの良い澄み切ったクリアな響きと発音が特徴であり、その感情のこもった歌唱方法もとても魅力を感じることができます。 カーペンターズがA&Mレコードと契約し、最初に活躍するきっかけとなった曲は、ビートルズの曲をバラード風に編曲した同名の「涙の乗車券(Ticket to Ride)」で、1969年に発表したものでした。彼らの活動期間は、1969年から1983年(カレンの突然死)までの14年あまりでしたが、今でも世界中のファンからとても愛されているグループです。1970年代の音楽環境は、ロックやディスコが全盛期であり、大半のミュージシャンがそれを主流としたわけですが、そんな環境下にあっても、カーペンターズはそれに流されることなくバラードや健全なクリアサウンド・ポップスにこだわりをもち、最後までそれを貫きました。 「涙の乗車券(Ticket to Ride)」を歌うシーンのカレン(karen・20歳)、美しい大きな目と長いまつ毛がとても印象的でした。 最近の若い人の中には、カーペンターズ(Carpenters)の存在そのものも知らない人が多いのではないかと思います。彼らのコンサートシーンのビデオクリップを「youtube」で発見することができましたので、彼らの代表曲を中心にここに貼り付けておきます。どうぞ、カレンの魅力ある歌声をお楽しみください。 「Rainy Days And Mondays(雨の日と月曜日は)」 1971年全米最高連続2週第2位、少し大人びた内容のポール・ウイリアムスとロジャー・二コルズの作品で、72年度のグラミー賞(最優秀ポップ・グループ)受賞曲 「We've Only Just Begun(愛のプレリュード)」 1970年全米最高連続4週第2位、この曲もポール・ウイリアムスとロジャー・二コルズの黄金コンビの作詞・作曲によるもので、ドラムスを叩きながら歌うカレンの姿が印象的、71年度のグラミー賞(最優秀ポップ・グループ)受賞曲 「Hurting Each Other(ハーティング・イーチ・アザー)」 1972年全米最高連続2週第2位、72年初頭にA&MスタジオBにて録画 「I Need To be In Love(青春の輝き)」 1976年全米最高第25位でしたが、カレンはこの曲が一番お気に入りだったそうで、日本では20年後の96年に爆発的ヒットになりました。ツアーに明け暮れ、落ち着いて恋をするチャンスさえない生活を描いた作品です。 「Ticket To Ride(涙の乗車券)」 カーペンターズのデビューシングルで、最古のクリップです。1970年3月2日、カレンの20歳の誕生日にカリフォルニア州で撮影 、「氷点下での撮影は二度とごめん!」とリチャードがつぶやいたそうな・・ 「Please Mr.Postman(プリーズ・ミスター・ポストマン)」 1974年全米最高第1位、74年にカリフォルニアのディズニーランドで撮影、ビートルズの曲をポップス調で歌っています。 「Sing(シング)」 1973年全米最高第3位でした。この曲は公演先の地元の児童合唱団を招いて歌うのが恒例でした。このクリップは、1974年5月28日の武道館来日コンサートシーンで「ひばり児童合唱団」との共演です。 「Close To You(遥かなる影)」 1970年全米最高連続4週第1位、バート・バカラックとハル・デヴィッドの作品、70年度のグラミー賞(最優秀ポップ・グループ)受賞曲 私のビデオDVDコレクションは、次の2枚です。ライヴ・イン・ジャパン~イエスタデイ・ワンス・モア 武道館1974 1974年、日本武道館にて行われたカーペンターズのライブの模様を収めたライブビデオのDVDです(カラー・68分)。サウンドチェック中の模様の映像などもあり、「トップ・オブ・ザ・ワールド」、「イエスタデイ・ワンス・モア」、「シング」、「サムタイムズ」、「愛のプレリュード」、「二人の誓い」ほか収録。イエスタデイ・ワンス・モア / カーペンターズ 85年にリリースされた映像集で、リチャード・カーペンター選曲・監修。エピローグに74年来日時の記者会見の模様などがフィーチャーされている。(1)プロローグ(2)愛のプレリュード(3)遠い想い出(4)スーパースター(5)雨の日と月曜日は(6)二人のラヴソング(7)トップ・オブ・ザ・ワールド(8)涙の乗車券(9)オンリー・イエスタデイ(10)星空に愛を(コーリング・オキュパンツ)(11)恋のビーチウッド(12)タッチ・ミー(13)青春の輝き(14)ハーティング・イーチ・アザー(15)プリーズ・ミスター・ポストマン(16)見つめあう恋(17)遥かなる影(全17曲・カラー・59分) 「カーペンターズのオフィシャルサイト」、リチャードの運営サイトです。 「For All We Know」カーペンターズ・ファン・サイトです。(Thanks) !! ↓(ありがとう)^^)/~~ ♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。♪
2009/01/19
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★☆ キエフ攻略後のある歩兵分隊戦士たちの語り合いのひととき ★☆ ~ 遠い異国の地で兵士たちは何を思い、何を感じ、何を語ったのか ~ プラモデル「1/35 「WEHRMACHT INFANTRY (BARBAROSSA 1941)」(DRAGON社)の4人の戦士に関する作品紹介は今回で最後にします。 今回は、ドイツ軍がバルバロッサ作戦でウクライナのキエフ攻略後のある日、4人の戦士が異国の広告円柱や廃屋の壁にあった広告を見ながら語り合う風景をテーマにしてみました。 既に4人の個々の兵士については記事で架空の人物として紹介していますが、この写真では、左から順に「シュタイナー軍曹」、「ハンス二等兵」、「クルーガー上等兵」、「シュミット上等兵」として、異国の広告を見ながら語り合う風景を想定してみました。 「シュタイナー」・・・ハンス!君はロシア語が少しわかるらしいが、この円柱の上の広告は何なのだ? 「ハンス」・・・はい、軍曹!この広告は「近日公開!」ってありますが、女性が主人公の演劇の広告のようですね! 「アンナ・カレーニナ」って題名ですね!「シュタイナー」・・・ははー、なるほど!なかなか美人だな、この女性!「ハンス」・・・そうですね!「クルーガー」・・・おい、シュミット!この男はいったい誰なんだ?確か、ここに来る前の町の壁にも同じ男の張り紙がたくさん貼ってあったよな!「シュミット」・・・ああ、この男は、ハンスから教えてもらったんだが、「レーニン」って男さ!なんでも1917年の「ロシア革命の父」って呼ばれてるらしい。それまでのロシア皇帝ニコライ2世とその家族や周辺者は彼ら赤軍のポルシェビキに全員銃殺されて、今の共産主義国家のソ連ができあがる基礎を気づいた奴らしいんだとさ。 「クルーガー」・・・へぇー!それじゃ、赤軍の親玉ってわけかい?それにしても奴の肖像画や張り紙が無数にあったが、これじゃ、まるで偶像崇拝にされたキリストのようだなぁー! 「シュミット」・・・確かにソ連人から見れは、彼は神様と同じだろう! これも、民衆向けの赤軍の得意なプロパガンダってわけさ! 「シュタイナー」・・・ハンス!この下の机に座っている眉毛の濃いひげ面の男は誰なんだ? 「ハンス」・・・軍曹!この男がスターリンですよ!赤軍、ソ連の独裁者ですよ!「シュタイナー」・・・そうなのか?この男が「粛清」を連発して同じ仲間のソ連軍の優秀な将校を数万人も処刑したそうだが、いかにも権力を握ったら手放さない男に見えるなあ! 独裁を維持するには、仲間も信用できなくなるのだろう。ポーランドのカチンの森でも赤軍が撤退した後に数千人のポーランド将校の虐殺された死体が発見されたそうだが、それもどうやらこの男の命令で実行されたらしいのだ。(カチンの森事件)「ハンス」・・・えっ!そうなのですか?それは、知りませんでした。 「シュタイナー」・・・シュミット!この男女は結婚式でもやったてことかな?「シュミット」・・・どうやらそうみたいですが、どういう意味なのでしょうか?クルーガー!おまえはどう思う?「クルーガー」・・・この円柱に貼り出すぐらいだから、きっと、この街の有名人に違いないだろう!おれは、そう思うよ。ハンス!おまえはどう思うんだ?「ハンス」・・・ああ!それは、結婚式場のPRですよ!「シュタイナー」・・・なーんだ!そういうことか! 「シュタイナー」・・・この下の広告は、きっとワインだな!故郷を思い出すなあー、ここのワインもなかなか結構イケルぞ! 「シュミット」・・・軍曹!ワインうまそうですね! 「クルーガー」・・・軍曹!その水筒のワインは特別製ですかい?「シュタイナー」・・・そうだな!モーデル産のわがシュタイナー家のワインにはとても及ばないが、それでも、かなり高級の部類だな。偏見に満ちたソムリエのおれの勝手な判定だがな! 「クルーガー」・・・おい、シュミット!この横顔の女はどこかで見かけたことがあるんだが・・誰だっけ?「シュミット」・・・クルーガー!スウェーデンの若い女優でドイツ系の「イングリッド・バーグマン」って知ってるかい? 少し前に『間奏曲』って映画で見たんだが、すっげー美人さ!今でも忘れないぜ、初めて見た時の胸のときめきかなあ、あれは!こんなこと、女房には言えないけどさ!ひっぱたかれるから。「クルーガー」・・・いや知らねぇが、ちぃっ!見たいな!そんな美人なのか!あ~あ!国に帰りたいな!そのバーグマンの映画を見なきゃ!「ハンス」・・・僕も国に早く帰りたいですね! 彼女にずっと会ってないし!「クルーガー」・・・お互い淋しいよな!ハンス、それまで死ぬなよ! 「ハンス」・・・シュミットさん、そのバーグマンについてはよく知ってるんですね! いったい、どうしてですか?「シュミット」・・・おおハンス! 、実は、おれの妻の親戚にスウェーデン人がいてね、それでおれも映画好きなもので、映画の話題でたまたま共通の趣味で共鳴したって言うか、おれとウマの合う男でさあ、最近の女優について話をするうちに紹介してもらったってわけさ!それ以来、ファンになってね!「ハンス」・・・へぇー、そうなんですか!僕も是非、彼女の出演作品を見たいと思いますよ!「シュミット」・・・君も彼女を見たら、きっとゾクゾクすると思うよ!「ハンス」・・・それは、楽しみです! ご訪問していただきDanke!(Thanks) !!(ありがとう)^^)/~♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。
2009/01/15
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★☆ 伝統的なドイツ陸軍士官を目指す「シュタイナー軍曹」★☆ ~ ドイツ陸軍(国防軍)歩兵部隊分隊指揮官 ~ 引き続き、前回の「1/35 「WEHRMACHT INFANTRY (BARBAROSSA 1941)」(DRAGON社)の最後の4人目の戦士に焦点を当てた物語風タッチでのご紹介です。 それでは、戦闘部隊の最小単位である分隊(10人編成)の指揮官である分隊長の「シュタイナー軍曹」をご紹介しましょう。「分隊長」や「軍曹」のイメージが、1960年代後半にヒットしたアメリカの戦争ドラマ「コンバット」で活躍した「サンダース軍曹」の印象が抜けきれないREALISTなわけですが、このシュタイナー軍曹もその比類なき卓越した戦闘指揮能力を存分に発揮して見事にこれまでの困難な任務をやり遂げてきたわけです。 「シュタイナー軍曹」・・・ライン川モーゼル地方のワインの産地で有名なリューデスハイム出身で27歳、彼の父親も先の第一次世界大戦(1914~1918)で、数々の作戦に出動し活躍した陸軍兵士であった。また、母も伝統的な軍人一家の環境で育ったためからか、その両親のすすめもあったため、少年時代は「ヒトラーユーゲント」の隊員としてキャンプ、登山、軍事教練、奉仕活動、様々な団体生活等を経験、そのころから既に後輩隊員たちを的確に指揮して人を動かす能力に際立った頭角を現していた。その後、1933年、自ら19歳であえて武装親衛隊(SS)を選ばず、伝統的なドイツ陸軍(国防軍)に志願、その後、順調に24歳で上等兵に昇進、1941年4月、ドイツ軍のギリシャ侵攻となった「バルカン戦」でイギリス軍・ギリシャ軍相手の実戦を初体験、ここではわずか5人の部下を従え、2個小隊の敵部隊を捕虜にした功績で軍曹に昇進した。そして、1か月の特別休暇を与えられた後の訓練終了後、今回のバルバロッサ作戦に歩兵部隊の分隊指揮官として派遣されたわけであった。 シュタイナーには、夢があった。それは、伝統的なドイツ陸軍士官の将校になることであった。なぜなら、自分の栄えある姿を両親に見せたかった、それが自分をこれまで大事に育ててくれた恩返しであり、親孝行だと信じて疑わないからである。それと・・・半年前に結婚し、妊娠中の妻のローザとそのお腹の子のためだとも思っている。 彼の両親のいる実家は、造り酒屋でワインを生産している。幼少のころから自宅にある巨大な酒蔵や蒸留場に出入りしていたため、付近で漂うワインの香りで育った彼は、遠い異国の地で久しぶりに味わうワインの香りはとても格別だった。まるで、久しぶりに懐かしい故郷に帰り、母や父に出会った様な気持ちになれた。 数日前に、歓迎を受けたウクライナ人から家庭料理の提供を受け、そこの娘ハンナの顔を見るとわが妻と容姿がそっくりで驚いた。そして、彼女にほのかに淡い恋をした様な気がした。彼女の自分を見つめる目も好意をもっているように感じた。そして、丁重なお礼とお別れを告げて、その家を出る際に、彼女からこっそりワインをプレゼントされたので、シュタイナーも大事にしていたロザリオ(十字架)を彼女にあげた。そして、ワインはじっくり味わうつもりで自分の水筒に入れた。 当初、10人いた部下も残り3人、まさに地獄のような戦闘が続いた。味方の数倍の兵力を相手に戦闘することがしばしばであったが、シュタイナーの敵情把握と分析、戦闘指揮は見事なもので、歩兵部隊模範指揮教本にある以上の巧みな戦闘方法で敵を撃退、もしくは殲滅している。明日には、補充兵の新兵たちがやってくるであろうが、願わくは、彼らが早くベテラン兵士に育ってほしいと思っている。 130年前にも、このロシアの地でナポレオン軍がモスクワ遠征にやってきたと歴史で学んだが、今この地にいる我々もそれに続く歴史の中にいることを強く感じた。それは、分隊一高学歴のハンス二等兵が専門分野のいろいろ詳しい歴史を語ってくれるからである。 昨夜は、妻の夢を見た。しばらく会っていないので顔を忘れそうになるのではないかと心配になってくる。だから、時折、彼女の写真を入れたロケットを寝る前に見ることが習慣になった。 戦闘で捕虜にしたソ連兵に対する尋問でわかったことだが、ヨシフ・スターリンという赤軍の独裁者は、味方である同じソ連軍将校数万人を「粛清」として処刑したそうだ。信じられない・・・有能な将校やドイツに留学、ドイツの士官学校経験者など、ドイツに関わった将校が気に食わないためで、自分に敵対心を持っているものとして、次々に連行して殺害したそうだ。・・・スターリンという人物はとても恐ろしい人物だと思った。 ご訪問していただきDanke!(Thanks) !!(ありがとう)^^)/~♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。
2009/01/09
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★☆ 「陽気なおじさん!」がニックネームの「クルーガー上等兵」 ★☆ ~ ドイツ陸軍(国防軍)歩兵部隊MG34機関銃手 ~ あけましておめでとうございます!・・本年もよろしくお願いします! それでは、引き続き、前回の「1/35 「WEHRMACHT INFANTRY (BARBAROSSA 1941)」(DRAGON社)の3人目の戦士に焦点を当てた物語風タッチでのご紹介です。 その戦士は、分隊の中で最も軍隊経験豊富な「クルーガー上等兵」で、1941年6月22日発動の「バルバロッサ作戦」時より10年前にドイツ陸軍(国防軍)に入隊した最古参の職業軍人です。 「クルーガー上等兵」・・・彼は、ミュンヘン出身の31歳、先の「ハンス二等兵」とは同郷出身であり、しかもMG34機関銃の射撃手と装填手としての強い信頼関係と高い戦闘能力発揮して、これまでの激しい戦闘も生き抜いてきた。出身地のミュンヘンでは、高校を卒業後、2年間ホテルマンとして働き、その後の1年間を大手のビアホールで店員として働いていたが、ある日、彼の心の中で何が起こったのか・・第1次世界大戦の敗戦に続く1929年の世界大恐慌ですっかり疲弊したドイツから、新しい理想のドイツ国家建設を目指すヒトラーの「わが闘争」の世界観に共鳴、21歳でドイツ陸軍(国防軍)に入隊したわけである。 彼は、出身地では幼いころの両親の離婚から長い間、母子家庭の環境で育ったが、人一倍独立心の強いこともあり、18歳で家を出てホテルマンとして修業をしていた。しかし、そのホテルが不況で倒産、仕事仲間の誘いでなんとかビアホールの店員の職に就くことができた次第である。それでも、母思いの彼は母への仕送りは欠かさなかった。ある日彼は、自分の生き方を自問自答しているうちに、何か国家や世の中に貢献できないかと考えた末に読んだ「わが闘争」・・・この論文が彼に衝撃を与え、「新しいドイツ国家建設」の一役を担う軍隊を選択するきっかけになった。 彼には、さらにミュンヘンには27歳の妻と4歳と2歳の二人の娘がいる。3ヶ月前にミュンヘン駅で見送る妻や娘たち、母との最後の別れのときが戦闘の合間の今でも思い出される。 彼の性格は、いつもどんな時でも陽気なことである。それは、分隊の他のメンバーが戦闘後に必ず押し寄せる悲しさや嫌気ですっかり落ち込んでしまうときでも、彼だけはいつも陽気で皆を笑わせて励ます特技をもっていることから、分隊の誰からも「陽気なおじさん!」とニックネームで呼ばれている。その性格は、母親譲りであり、母親に幼少のころからいつも「苦しい時こそ声を出して笑うのよ!そうすれば、自分も周りの人にも幸せを与えることができるの!」・・と教えられてきたからである。 キエフ市内に入り、ウクライナ人から歓迎を受けたことにはとまどいながらも、温かい食事や寝る場所の提供まで受け、そこの青年たち多数から「スターリンの赤軍から父や母を”粛清(しゅくせい)だ”と虐殺された!ドイツ軍に入隊するためにはどうすればいいか?」と質問攻めにあったことから、上司にそのことを告げたところ、「国防軍では難しいが、武装親衛隊(SS)では、外国人であるウクライナ人で編成する部隊を間もなく創設するので隊員を募集するらしい」との返答を受けたが、まだあどけないあの青年たちの表情を思い出すと気が進まず、そのことを教えることはしなかった。 彼は「この戦争が早く終わってほしい」と思っている。先の見えない今後のことがひどく気になり、まだ幼いわが子や妻がどうやって生活しているのだろうかといつも不安に感じているからである。それでも、妻宛ての給与の送金が届いていることが3日前の妻からの手紙でわかり少し安心した。 ご訪問していただきDanke!(Thanks) !!(ありがとう)^^)/~♪どのページへのリンクもご自由にどうぞ。
2009/01/01
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