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2005.08.15

前回に続いてTBS特別番組「ヒロシマ」について書く。前回の日記を読んでいないと今回の文章は理解しにくいかもしれない。TBS「ヒロシマ」(8月7日)原爆ドーム楽天では字数制限があるので前回の日記は書き足せなくなってしまった。私が気になっているのは原爆の開発、投下、被爆地の視察をしたアメリカ人博士と被爆者の会話だ。今回もこの点について参考になるページから学んでいきたい。検索するとこの点について言及しているブログが見つかる。ヒロシマ(一個人の戯言)ここではアメリカ人博士と被爆者の対話そのものが「すべきではなかった」ということを書いている。以下の文章は私が前回書いたものと似ている面がある。>双方のことを考えれば、議論のベクトルが全く持って違うのだ。唯一あってるとしたら原爆がいけないものであって、これから使用されることがないように願うということだけなのに、それを引き合わせて放送までするに何の意味があるのか?引き合わせて双方の思うところを述べることに価値はあっても、それを放送するのは良識にかけた行為だろう。厳しいが大いに参考になる意見だ。私も同じことを考えはした。ただ今回の博士と被爆者の対話は「違いがある」ということを示した。多くの日本人が原爆に対する日米の温度差に溜息を漏らしつつ温度差の存在を認識しただろう。この「戦後60年の今でも温度差がある」ということを知らしめただけでも今回の対話は意味があったのではないか?前回も同じことを書いたが、無駄と思えるような対話も私は前向きにとらえたい。もし今回の対話がTBSの策略で、「対話は意味ない」と視聴者に思わせつつ、実は「温度差」があることを知らせたかったのだとしたらTBSはすごい策略家だ。まさかTBSがそこまで考えたわけではあるまいが。自分自身を信じて、まずはTRY !「戦後60年の節目。~広島の原爆~」この文章も実に私の意見と似ている部分があった。日本人は原爆では被害者であるが同時に加害者である点。被害者と加害者は同じ人間であるという点。日本は広島、長崎に原爆を落とされ多くの犠牲者を出した。ところが日本人も多くの国で多くの人を殺した。これは事実だ。どれも読んでいて「なるほど」と思わせるものがある。それでも人間は原爆の恐ろしさについて理解しあえない。このままでは人類滅亡の危機なのに。ヒロシマ(mainz blog)ここでは「原爆被害者も戦争に加担した人」という博士の意見が紹介されていた。博士は確かにそう言っていた。だが原爆が通常兵器と違うのは原爆投下時胎児だった人にも大きな被害を与えていることだ。こうした人は当時母親の体内にいたのだから戦争に反対したくてもできなかった。現在でも原爆の後遺症に苦しんでいる人がいる。生存している被爆者の多くは原爆投下当時未成年だった人だろう。その人たちに「戦争に加担した」と言うのは酷ではないか?もちろん「戦争に反対できたのにしなかった」日本人はまったくの被害者というわけにもいかないだろう。「その場にいたら戦争反対を叫ぶことができたか?」と私に訊かれても即答できないのが残念だ。この「戦争反対を叫ぶ」点について書いているのが次の記事。ヒロシマ - あの時、原爆投下は止められた いま、明らかになる悲劇の真実(Gertrud)>民間人に罪がある? 反対すれば「非国民」「売国奴」と呼ばれ、意見することもはばかれたであろう軍国主義の時代。皆に罪があるとほんとうに言えるのだろうか?私もそう思う。戦争中「戦争反対」を叫ぶことがどれだけ苦しいことかは容易に想像ができるからだ。だからこそ日本は戦争を止められなかった。時代は変わり当時はできなかったことを今はできるようになった。(戦争を正当化する人たちは今でもいるので戦争反対は今でも苦難の道であることは否定しない)今なら戦争を止めることができるし、止めなければならない。ヒロシマ(日々雑な感じ)この記事も参考になった。とくに「人の命の重さは、加害者も被害者も、結局同じ」という部分には賛同できる。“ヒロシマ”(piyo_piyo Blog)以下の文章が興味深い。>彼は「パールハーバーを忘れない」といっていました。原爆で死ぬのも、他の爆弾で死ぬのも、銃弾で死ぬのも、「死」には変わりない。もし、自分の友人や家族があの戦争で死んだら、やっぱりそう思うかもしれない。同じ内容のことは私も前回の日記で書いた。私も立場が違えばあの博士のように謝罪しないで原爆投下を正当化したかもしれない。何度も言うが日本は被害者であると同時に大きな損害を各国に与えた加害者だ。それでも再び核兵器が使われないようにしなければ広島、長崎の犠牲者は浮かばれない。「原爆投下が戦争終結に役立った」ということについても、もし自分が被爆して長い間放射線障害で苦しんだとしたら?被爆者ということで差別を受けたとしたら?とてもじゃないが原爆投下を正当化する気にはなれない。戦争終結を早期決断しなかった昭和天皇と軍部も悪いが、原爆を投下したアメリカも悪い。広島の地に「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という碑がある。よく言われることだがこの文章には主語がない。それでいい。主語は日本人ではない。核兵器廃絶は人類全への宿題だ。主語は全人類。バーチャル フィールドワーク<広島平和都市記念碑(原爆慰霊碑)>原爆慰霊碑の「過ち」とは何?(教えて!goo)今回紹介した記事はどれも大いに参考になった。ネット環境のない世界ではこうした意見を読むことさえ困難だった。今後も役に立つ文章を読みたい。参考になった記事と日記。【TB企画:戦争を書き残す】(マーケティング千日回峰行之記)戦後60年―浮遊するメッセージ(Sammy's blog)TBS特番、ヒロシマ。(ki-eiぷろぐ)アメリカ人の“ヒロシマ”(I'm TK)「ヒロシマ」を見て -命とはー(天使の憂鬱)理解しあうこと(平々凡々日記)TBSテレビ放送50周年 戦後60年特別企画 『ヒロシマ』(Multicultural Gazette)原爆投下60年・ヒロシマ(Diary)戦後60年(宮城県知事浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』)ヒロシマ(ひねもす庵) 明日は、広島原爆の日(イチロの喫茶店)ヒロシマ 尊い心(沖縄の小さな暮らし)戦後60年スペシャル「ヒロシマ」(ブタネコのトラウマ)広島にて(現代日本知識人ネットワーク)被爆者の声真珠湾攻撃/原爆投下の受け止め方2004年原水爆禁止広島集会アピール原爆ドーム(みんなでつくる世界遺産ガイド)本を買うなら楽天で!その他アフィリエイト バナーをクリック!小学生行方不明事件に情報をお願いします。 拉致問題の解決を願うブルーリボン運動です。***現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2005.08.08

TBSで8月5日放送された「ヒロシマ」について。この番組の中で原爆の製造、投下、観測に関わったアメリカ人博士が被爆者二人と対話する場面が印象的だった。このアメリカ人に謝罪を求める被爆者。もしこの場で謝罪があれば少しは被爆者も救われたに違いなかった。しかしアメリカ人はリメンバーパールハーバー(真珠湾を忘れるな)と言って謝罪しなかった。日本人の中にも「戦争は日本が始めたもの」という考えがある。私もこの考えを捨てきれない。日本には加害者として負い目がある。中国など海外への侵略戦争は許されない行為。「戦場にかける橋」で有名になったカンチャナブリー(タイ)の橋建設に見られるような捕虜への強制労働も現実にあった。「だから原爆投下が正しい」というつもりはない。原爆も、無差別殺人になった日本への空襲もあってはならないことだ。だが戦争での死に区別があるのか?原爆で死んでも、銃で撃たれても同じ死だ。日本人にとって東京大空襲は10万人もの死者を出したと言われるくらい大きな出来事だった。ところが被害者になった日本も中国に対して重慶での爆撃がある。両者ともに「一般人に向けた無差別攻撃」を意味している。愚かな大量殺人だ。何度でも言う。たとえ国籍が違おうが死にはかわりがない。死は死だ。ところが自分の国が被害者になる場面では声高にその悲惨さを訴えても加害者側になった途端被害を訴えることはしない。あなたに近くに重慶での爆撃について語る人がいる?東京大空襲について語る人がいてもこのことについては語られないのではないか。これは「足を踏んだ者と踏まれた者」の関係だ。だから戦争を語る時「誰が悪いか」を魔女狩りのように訴えても相手に理解されにくい。立場が違うから。確かに原爆には放射線障害や後遺症という通常兵器にはない側面はある。その点は博士も否定は出来まい。私ももちろん否定はしない。また、ナチスや日本軍を断罪するのは簡単なことだが、悪を見つけてどこか安心してはいないか?戦争で勝ったアメリカ軍も人間だ。もちろん負けた日本人もドイツ人も。戦争になれば狂ったことを人間はする。もし日本が原爆をアメリカより先に開発していたら?日本は戦況が不利な時になればなおさらのこと原爆を使用したのではないか?ドイツが開発してもまた同じ。「○○人が悪い」と言っても問題は解決しない。「原爆を使わなくても戦争はアメリカによって終結できた」こうした考え方もあるだろうが、これも後だから言えることでもある。当時日本に徹底抗戦を訴えていた軍人がいたそうだから、説得力がやや乏しく感じてしまう。だからといって原爆の使用を正当化するつもりはもちろんない。アメリカ側にしてみたら巨額の開発資金が使われたのだから「使わないわけにはいかない」という考えもあったのだろう。許される考え方ではないが実際にそうした意見も見られる。現実問題として原爆使用を正当化するアメリカ人は多いのではないか。この博士を責める気持ちは理解できるが、当時の軍部や昭和天皇も悪い。多くの日本兵が「天皇のために死ぬ」ことを運命付けられていたのだから。戦況が圧倒的不利だったにもかかわらず早期降伏をしなかったのだから。前にも日記で書いたが1945年(昭和20年)2月14日に、近衛文麿は太平洋戦争終結の進言を昭和天皇にしている。これに対して天皇は「もう一度戦果を挙げてからでないと、なかなか話は難しい」と言った。私は原爆を投下した人も憎いが昭和天皇のような人も憎い。昭和天皇がもっと早く決断をしていれば東京大空襲、沖縄での地上戦はなかった。広島と長崎に原爆が落とされることもなかった。この点から「昭和天皇が平和主義者」というのは大きな誤りであることをここに記す。私は被爆者が謝罪を求める姿を見てこう考えた。博士にはこう言えばよかったのではないか?「日本も許されない行為をした。だが原爆投下も許されない行為だ。二度と核兵器を使わないようにお互い努力しよう!」被爆者には酷なようだが、今博士に謝罪を求めるよりも「核を二度と使わせない」ことが必要なのではないか?同じ苦しみを他の国で撒き散らさないように。すでに原爆の悲惨さは博士が広島に来たことで少しでも理解できたのだろうから。最初から原爆についてのみ語り、アメリカ人博士に謝罪を求めたのでは相手も頑なになってしまう。私がもしアメリカ人博士と同じ立場だったら果たしてテレビカメラの前で謝罪できたかどうか疑問が残る。この番組の目的はアメリカ人の謝罪ではなく、「原爆について認識の違いを認めること」ではなかったかと私は考える。戦後60年。こんなに長い時間をもってしても原爆に関する違いがある。温度差は日本人同士にもある。最近は日本が始めた戦争を正当化する風潮が見られる。その温度差に頭痛を感じつつもこのまま温度差がなくならないといつかまた核兵器は使われる。そして核兵器は確実に多くの人間を殺す。確実に地球を破壊する。被爆者と博士の温度差はこのことを如実に物語っている。これからこの温度差は縮まるのだろうか?核兵器をこの世からなくせるのか?それはどうすれば実現可能なのか?この番組の司会者は筑紫哲也だった。彼は別の番組で「原爆がは大きな爆弾と思っている人がいる」と原爆イコール大きな爆弾を否定していた。しかし番組内では「ダイナマイト○本分」としっかりナレーションが入っていて矛盾を感じた。ちなみにこの番組でテーマ曲を担当したのは平原綾香と久石譲のコンビ。久石譲はスタジオジブリの映画音楽作曲で知られた人。この曲「いのちの名前」はかつてNHKでこの二人が出演し、披露した。ピアノが美しい曲だ。 ピアニスト久石譲、平原綾香と競演。NHK「夢・音楽館」(2004年11月26日)いのちの名前 千と千尋の神隠し(G-net.blog)原爆ドーム参考になった記事と日記。広島原爆写真館 - 平和都市 ヒロシマの願いゲルニカ、重慶から東京大空襲へ、無差別爆撃の系譜(裏・21世紀の歩き方大研究)敗戦60周年 忘れてはいけない「重慶爆撃」☆重慶無差別爆撃☆TBS特番ヒロシマの巻(週間自身)TBS特別番組「ヒロシマ」(へりくつブログ) TBS・戦後60年特別企画 『ヒロシマ』(リエ04の日記)TBS「ヒロシマ」を見て(いつときどき)ヒロシマ~TBSを観て(GOOD DREAMS)ノーモア・ヒロシマ(Michi-kusa)広島平和記念資料館長崎原爆資料館本日の処方箋:TBS ヒロシマ(本日休診)8月6日 ヒロシマ(じーんじんじん)広島原爆投下、60年(あんどうのブログ)2歳児の祈り(◆木偶の妄言◆)広島&長崎と9.11(SlowLife*)戦後60年、原爆を落とされた広島(厚木のルパン7世は燃えているか?!) アトムにウランがぶつかると、(嵯峨山登の部屋)本を買うなら楽天で!その他アフィリエイト バナーをクリック!小学生行方不明事件に情報をお願いします。 拉致問題の解決を願うブルーリボン運動です。***現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
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