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2016年07月24日
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 いつになく思い詰めた眼差しで彼女を見る、夫の視線が言葉や声よりも雄弁に

事の次第を、告げていたのである。想えば、短い夫婦としての縁であった。先の世からの

約束事とは言え、別れの淋しさを軽減する術は、この世には見当たらない。人として、また

か弱い女の身として唯一つ出来ることは、大きな悲しみに浸り、存分に涙を流すことしか

無いのである。

 京都西山の山裾にある勝時寺で剃髪し、仏門に身を置いた義清は、その後数年の間、洛外

の嵯峨、東山、鞍馬と坊を移している。家を出る際に、あの聖から与えられて日夜読み耽った

「即身成仏義抜萃」だけは忘れずに、僅かな身廻品の中に入れてあった。



義清の方からは返事を書かなかった。

 始めの時期、義清の周囲には天台の僧侶が多かった。自然、天台の教義と仏教観から強い

影響を受け、仏教の根本経典である法華経を学び、且つ、修行することになった。

 仏教の教義を学び、仏道修行をすると言っても、義清の場合には、僧侶として身を立てる

考えなど、毛頭なかった。家柄・地位・身分など、この世のあらゆる繋縛を脱して、新しい

人生を生きる為の自由な立場に立つこと。世を捨て、しかも、この世をより能く生きる権利と

資格とを、我が物にするための修行だった。消極の極みを経て、真の積極に達せんが為の

方便とも言えた。そのことを、彼は最初から強く意識していた。しかし、そのための犠牲と

損失も、少なくはなかったのである。

 肉親に対する天然自然な愛着を振り払い、世間的な、ごく当たり前な野心や権力欲を断ち切り、

そうして、人生の謂わば表の舞台から姿を消すという事は、何と言っても、辛く切ないことだった。



 義清が出家を遂げた翌年、永治元年三月に鳥羽院は出家して法皇となり、その法皇の意によって

崇徳天皇が譲位、僅か三歳にしかならぬ幼帝・近衛天皇が践祚した。こうして近衛天皇母となった

得子は、直ちに皇后となっている。一方は、女の身としては現世に於ける最高の位にまで上り詰め、

片方は、名もない世捨て人の境涯に落ちる。その激しい隔絶は、唯々、目を覆うばかりである…。

偶々、同じ時節にこの世に生を享けて、互い魂が惹かれ合い、心と心が激しく寄り合った男と女が、



ならない立場へと、自ら追い込んでいたのだ。女が皇后としての自由を手にしたのなら、男は世捨て人

としての勝手気儘さを持った。が、互の自由や気儘さは、二人が相手を求め合う行為だけは、絶対に

許さない性質のものであった。

 女御・得子は北面の武者を密かに愛し、恋慕する心の自由を有していた。鳥羽院の寵愛を受け

ながらも、不倫の恋は、心理的に可能であった。また義清は、身分の低い下僕として、一命を擲つ

覚悟さえつけば、己の恋の野望を遂げる事が出来た。現に二人は、後にも先にも一度だけではあったが、

密会に成功している。内実は、密かな逢瀬とは名ばかり、形ばかりの出会いではあった。が、ともかく

義清は得子の局まで忍んで行き、己の胸に得子を抱擁している。黒髪に頬を擦り寄せている……。

 しかし、現在ではそれが不可能になっていた。周囲の状況が変化したからではない、二人の気持ち

の在り様が違ってしまったのだ。義清の場合、出家する覚悟は、この奇しき不倫の恋を諦める覚悟

から発していた。出家とは、唯に己一身の何物かを捨てるに過ぎなかったが、得子との恋に命を賭ける

とは、己の一命の他に妻子や親・弟妹、その他一門の係累に列なる者達の、安穏な生活を悉く破壊する

事を意味していた。それ程の重大な危険を敢えて犯すと、と言っても、畢竟するするに、己の現世的な

利己心を滅却することでしかない。若い義清は恋の猛火の中にそれを投げ入れて悔いないだけの決意を、

一旦は固めていた。自分を卑怯者とは思いたくなかったので。自分に対決を迫る強大にして圧倒的な

力の前で臆する、己を恥じた。己の勇気の証さえ立てば、不倫の恋が成就するか否かは、問題でないと

信じた。その強い信念があったればこそ、命を賭して、得子の許に忍んだのだ。不幸にして発覚した際

には、潔く自害して果てる腹であった。

 また得子は、その美貌の故に鳥羽院の心を捕え、皇后の位に昇った。それは確かに彼女の積年の

宿願であったし、その為にあらゆる手段と策を盡くした。ある意味で本望であった。女の身として

これ以上大きな倖せと満足とを、味わう者は外には居るまい、とも実感している。しかしながら、

女の業とでも呼ぶしかない紅蓮の炎(ほむら)は、鎮まりきってはいなかった。望みが全て叶えられた

今、叶わぬ想いだけが、次第に大きさを増し、ジリジリと彼女の胸を焦がし続けている。そして、彼女の

中の母性が、我が子を天皇に持つ母親の心が、地獄の苦しみに耐える恐ろしい程の力を、彼女に

与えているのだ。むしろ、こう言う方がより正確かも知れぬ。つまり、完成されて目の前に存在する

現実に較べて、未遂の儘に残った恋の理想は、余りに力弱く、儚な過ぎたと。









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最終更新日  2016年07月24日 20時51分04秒 コメントを書く


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