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2019年01月13日
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第 三百九十四 回 目

     「 セリフ劇の確立は 企業誘致 に匹敵する 」

                 しかも財政的な 予算はゼロ からのスタート


 今回は、切り口を変えて町への企業誘致が無理ならば、自前で新しい産業や企業と同等の物を

自力で造り出してしまおう。そうした意味合いの説明を、町役場の地域戦略課の担当者に一種の

シュミレーションとして提示し、その協力を仰ぐ。そいう設定、もしくは前提で「セリフ劇」の

育成と劇団設立について理解を求める。すると、これまでより分かり易く、より明確な叙述が可能

なのではなかろうか、という私・草加の爺の思惑であります。

 そして、その際に是非とも申し上げたい事柄があります。このブログのサブタイトルの 神慮



はその感情は払拭されました。それで明言致しますが、こんどのトライアル・試みには野辺地町の

町興しを遥かに超えた、敢えて申せば「人類的な規模での大きな意義・意味合いが有る」というこ

とであります。一言で申せば、金銭や物質よりも人間の心・魂の働きがより勝るのであり、強力

なのだという事実を実地に示す。この事は是非とも申し上げずにはいられない真実でありますし、

私達の計画の成否に係わりなく人類と共に「永遠の真理」であります。

 人は、人間はパンや御飯だけによって生かされているのではない、精神の力、心や魂の働きに

よってより人間らしさを発揮し、その尊厳を増す。また、ペンの力、言葉の発揮する作用は短期的

には剣(現代ではそれを金銭と言い換えても良い)という強力な武器の前に無力と見えもしよう

が、長い年月の経過を経てみると、結局、もっとも人間を人間らしく活かし、輝かす「最強の

武器」と変ずるのだ。古人・先人もそう教えています。私達もそれを信じないではいられません。

 さあ、勇気を鼓して、人々の為に、我々自身の為にも、立ち上がり「正義」の為に結束して協力



 私は企業誘致が無理なら自力で一つの産業を興し育成すればよい、と申し上げたい。それも初期

段階では限りなく予算ゼロで。

 そんな馬鹿な話が世の中に有るものか。世間の常識と言われるものは、言下に私の「放言」を

真っ向から否定し、相手にしないかも知れません。

 論より証拠、と言います。本当は理窟をこねているよりも先ずは実践するのが、本来なのですが



ても始まりませんので一通りの理解と認識を頂戴する為に、出来るだけの御紹介に努めてみましょ

う。

では「セリフ劇々団」という企業は商品として何を扱うか? 良質の娯楽というオブラートに

包んだ 心の癒やしと和み に特効薬として作用する「健康商品」のようなもの、であります。

 原材料は言葉であり、人の心の持つ温かさ、とであります。そして、その製法は「企業秘密」で

すから本来なら部外秘なのですが、この企業は従来型を敢えて無視するのが基本の理念ですから、

ご要望があれば、幾らでも丁寧に、細部にわたってご説明いたします。

 何を隠しましょう、その製法の説明がしたいが為の、この前口上なのでありますから。喜んで

訊かれない事まで微に入り細にわたって、手取り、脚取して、納得の行くまで実演入りでお話させ

て頂くつもりであります。

 「手当て」という言葉がありますが、御承知の如く「治療する」という意味で、非常に素朴で

原初的な「医術行為の始まり」と思われます。私達にはそうした能力と、身体的・心理的な免疫

機能が最初から備わっている。この文字通りの手を当てる行為を、手の代わりに言葉・言語を

心を籠めて、真心を絡めて発語・発声する技術によって、人々の心に直接に届ける事で、弱って衰

弱した魂のエネルギーに喝を入れ、元気を回復させる。この最も解り易く便利で重宝な使用法が「

セリフ劇」であると、お考え下さい。

 セリフ劇の「場」では、従来型のドラマ・芝居・劇で観客と呼ばれ、舞台で演じられる劇を受動

的に鑑賞・観劇していた人々が、真の主役の座に就くことになります。主客が真逆になるとお考え

下さい。セリフ劇では専らこの真の主役の心中、心理的なイマジネーションに訴え、働き掛ける手

法によって心の健康が回復され、強化される仕組みが主眼となります。

 これだけの違い、つまり主役が舞台上にではなく、桟敷席や平土間にいる。たったこれだけの

違いで何が一体変わるのか、と思われるかもしれません。実は、何もかも相違する。意外にお思い

でしょうか。

 先ず、治療の場を創出する意味からは、直ちに治療が開始できる。専門家、プロフェッショナル

を全く必要としない。セリフ劇やその目的その他に対すマインドさえ出来て居れば。意欲や情熱や

暖かな気持ちさえ持ってもらえれば、「俳優」の役は素人、つまり訓練されていないズブの素人

が好都合ですし、「観客」の役は何処にでも見つかるし、既に存在している。

 ですから、将来プロになるとかならないとかに関係なく、誰でもが候補者たり得るのでありま

す。即ち、劇に対する正当な理解とそれに伴うマインドは後から、自然に養われ、醸成されるで

しょうから、ちょっとした個人の意欲と、その人に可能な空き時間を少しだけ、町おこしの為に

振り向けて頂くだけで好都合なわけであります。空き時間などとてもとても、毎日の生活に追われ

て、そんな余裕など金輪際出来っこないと思われるお方は、お気持ちの中で少しだけセリフ劇に

対する理解と、好意とを示して頂くだけで有難いのです。それが、そのほんの僅かな想いが結集し

て吃驚するような結果、文字通りの好成果が実現する筈なのですから。

 ここで、私としてはまたまた自己紹介の必要性に迫られる。現在の私は野辺地の大多数の人々に

とって「不審者」でしかありません。

 私は大学卒業後、テレビドラマのプロデューサーとして三十年以上の実績があります。これは

例えばウエブ上で古屋克征、もしくは草加の爺で検索して頂ければ御理解頂けるでしょう。プロ

デューサーとは一口に言ってプロジェクトの責任者を意味します。プロデューサーと申しましても

ピンからキリまで御座いまして、私の場合はテレビドラマ制作の世界に於ける「中小企業の社長

役」を果たして来たと説明するのが、解り易いと考えます。と言いますのは、私も制作会社の社員

として働いたわけですが、発注側の東京のキー局の責任者から「この仕事は貴方の会社に発注する

のではありませんで、古屋さん個人にお任せしたいのです」と何度も念を押された経験がありま

す。企画の立案に始まり、セールス、受注、制作、納品、オンエアー、視聴率の判定、これが

悪ければその後の受注は愚か、プロデューサー稼業は立ちゆきません。それを曲りなりにも長年

継続出来たのですから、少なくとも業界での信用は絶大だった。何が言いたいかと申しますと、

商売人としても一流だった証明があるのです。

 そして、テレビドラマの企画者は別名を「千三つ屋」(千の内で僅かに三つ実現すれば益・まし

な商売だ、の意味)とか、現代の錬金術師(つまり、ペテン師)と自嘲的に自分達を表現する、非

常にリスクの大きな職種なのです。一つの企画で何億、何千万の巨額なお金が動くのですから、そ

れを支える個人的な信用は容易に御想像頂ける程に、大きく揺るぎの無いものである必然性があっ

た。何故、私がこの事実を殊更に強調致すかと申しますと、昨今ではペテン師を中心にした悪質

な巨悪が跋扈している御時世でありますから、念には念を入れて御説明致して居る次第です。

 そこで、とにもかくにも私はダイレクトに私のセリフ劇設立に懸ける熱い想いを、町の人々の

可能な限り多数の方々にアピールしたいのであります。

 御多忙な日常を送っていらっしゃる皆様方には大変に恐縮で御座いますが、一度話だけでも聞い

てみようかと町興しの熱情をお持ちの何人かの人々が、取り敢えず一時間程度の時間を特別に割い

て下さり、私との質疑応答のコミュニケーションに参加頂けたら有難いのです。

 ご納得頂けたなら、ご自身での参加が無理であっても、周囲の人々、ご家族や友人・知人、隣人

の方々に御吹聴頂き、私・古屋との接触を推奨・勧誘して頂きたいのであります。

 私は既に75歳の後期高齢者の仲間に属する老人ですが、命の許されている限りは、野辺地町の

方々への働き掛けを止めない覚悟を固めております。何故ならば、それは私自身がこの世に生を

享けた理由でもあった、から、つまり、他人の為ではなく私自身の命を輝かす事に、直結している

からでありまして、その他の他意はほんの少しも御座いません。

 私は、義を看てせざるは勇無き也、を実践する者でもあり、示された一筋の径を勇躍して前に

進むだけなのであります。天に感謝の念を捧げながら。





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最終更新日  2019年03月03日 07時01分54秒
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