草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2020年12月01日
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当たり前な事が、当たり前に、普通に運ぶ。それが、我々の幸せを構成している基本的な部分である。

 よく、大切な物を失って始めて、その大切さに気づくと言われる。健康しかり、空気や水や、親兄弟、

パートナーなどなど、数え上げていたらキリがないほどに数多くの物や事柄が我々の生活を根底で支えて

くれている。その命の営みをさり気なく支えてくれているからこそ、我々は毎日を何不自由なく送ること

が出来ているのに、何と罰当たりな事に、我々はそれを「当たり前の事」と考えて、自分にとって不可欠

なものとは普通には考えたりしない。

 当たり前のことなど、この世には何もないのだ、と言うごく当たり前の事実に気づくのは、良いこと

だ。

 勿論、身近にいる誰かが、そう感じるように上手くお膳立てしてくれているからこそ、ごく普通に当た



ったりする事が、様々な特別な計らいの重なりによっていることを、知らぬげに過ごしてしまう。考えて

みれば罰当たりなこと、これに過ぎることはないのである。

 改めて私がここで事新しく言うまでもない事ですが、この世は 特別で、異常な事柄 ばかりで成り立

っている、それに我々が普段は気づかずに生活しているだけであって。

 宇宙のこと、地球上の事、身辺に身近なこと、全部が全部、気づいてみれば当たり前でない事、異常な

こと、不可思議千万な事柄の連続ではないか。

 我々はきっと生まれた瞬間から、これらの当たり前過ぎる不思議の山に囲まれているせいで、不思議を

不思議と感じず、当たり前な事が普通に行われている、と感じてしまうだけで。

 この年になって、精神年齢十歳の未熟な私などは、改めて、この自分がいつの間にか「普通の住人」と

なって久しいワンダーランドの不思議に感動して、驚嘆の叫び声を発したりしている。

 私の身体ひとつとっても、私を囲繞している大宇宙の小さな小さな雛形の様なこの小宇宙でも、時々



思とは無関係に、と言ってしまうとどこかに無理がありますが、一見は、私の表面的な思惑とは別個に、

不可思議千万な ( この表現は、誇張でも、大袈裟でもないのです、まさに言葉以上の驚天動地の細胞

レベルの営みなのですからね ) 化学変化を含めた大変動が粛々と、静かに、事もなげに行われてい

る。驚くべきことではないでしょうかね。

 例えば、木の葉一枚を例にとってみても、繊細で見事な営みの証拠が見られるではありませんか。イエ



まう運命の野の百合ほど、豪奢な衣装で身を飾った事はなかった、わけでありますからね。

 全てが偉大極まりない神の御業なのでありますが、この比類なき公平さ、無類の心遣い、優しさ、繊細

さでありますよ。

 さて、夢の話を致しましょうか。学者によると、夢は誰でも毎晩見るものだそうですが、私はその殆ど

を覚えておりません。今朝の夢はひとつだけはっきりと覚えていました。現実にあった事柄とは違って、

登場人物の性格など、いささか違っている、創作的な内容でした。内容については極めて個人的なもので

すし、省略しますが、不思議なのは、夢を見ながら私ははっきりと、これは夢だと自覚しながら、夢の内

容によって感情を揺り動かされていることです。夢もまた、私のものであって、学者の説明によると無意

識の働きによるものだそうですが、私の自覚的な意思が及ばない世界での、奇妙な展開に終始するワンダ

ーランドの続編の如きものであります。

 昔の人はこの夢に非常な重きを置いたようであります。夢を買うなどと言う事があったらしい。自分で

自由にならないから、望む様な夢を見たという人から、お金を出して買い取った。また、夢で神様のお告

げがあった事も、伝えられている。

 私のような凡人には、大それた事は告げられませんが、夢の啓示めいたものは、時折届くことがありま

すので、私は自己流に自分に都合のよいように利用して居ります。それで良いのだと勝手に決めてもいま

すよ。ままにならない世の中で、人様に迷惑の及ばない範囲での勝手気儘は、許されていると心得て。

 前回、思いつくままに、政治と支配者について、実に個人的で勝手な暴言を吐いたのですが、非常な好

評を博しましたので、その続きを調子に乗って書こうと思います。

 教育の一端を担った者の一人として、教育の大事さ重要さを痛感する事において、人後に落ちるもので

はありませんので、次のような提案をしたいと考えました。暇つぶしの一種と軽く読み飛ばして頂ければ

幸いです。

 政治家の主宰する何々政治塾と言うものがありますが、そういった物とは全く別個に、公立のエリート

政治家育成専門の高等教育機関を設立して、政治についての英才教育を徹底して施す。その卒業後の生活

については国家的な保証をする。卒業後は将来の総理大臣乃至は、大統領候補の最右翼として、国民の厳

正な審判を仰いだ上で、それにパスすれば上級代議士としての資格を付与され、一般の人気投票めいた選

出議員とは峻別された政治エリートとして、常に国民の監視を受ける事となる。

 プラトンの哲人王統治の模倣と言われればその通りですが、良いものは良いので、真似しても一向に構

わないと、私などは思うのです。僭主は出現する可能性はゼロではありませんが、明らかに愚衆政治と堕

した現状よりは、遥かにマシだと愚考するのですが、如何でしょう?

 学生時代からノンポリで押し通して来た私ですが、あまりの体たらくぶりに嫌気がさして、それに私な

どはこの世を後にするのは秒読み状態ですから構わないようなものですが、後に続く若い世代に対して実

に申し訳ない気持ちで一杯になり、柄にもない政治マターに蒼い嘴を挟む気になっているのです。

 以前に、この同じブログ上で、言葉の正しい意味での宗教、宗とする教え、を本格的に教育の中枢に据

えるべきとの提案を書いたのですが、一時的な賛同は得たものの、世の中を動かすまでには至ってはおり

ません。今度の政治素人速成の乱暴な青図なども、話題にもならず黙殺の運命にある事は、明々白々なの

でありますが、私自身の憂さ晴らし効果だけは期待できますので、書いた次第であります。

 念の為に申し上げますが、謂わゆる政治に多くを期待することは禁物です。何故ならば、私見では政

治的な配慮の根本には、質ではなく常に量があるからであります。神の配慮のごとき、九十九匹を措いて

も先ず失われた一匹を探し求めるなどという「高級な芸当」は期待薄で、政治家の最大の貢献とは、道に

迷っている薄鈍(うすのろ)など天から問題にしませんで、九十九匹の管理を後生大事と気にかけるのが関

の山なのです。

 その点で、文学や哲学等といった有閑種族の目指すところは、神の有難い思し召し程にはハイブロウで

ありませんが、優勢を誇る大多数者をおいてでも、いの一番に「ノロマな」一匹の救済に命懸けで取り組

む善意の人達なのです。私は 政治の酷薄 と識者から教えられる前から、本能的にそれを嗅ぎ分ける嗅

覚を持っていました。それは文字通りに私が、九十九匹の側にではなく、取り残される一匹であること

をそのことだけを、鋭く自覚していたからでありました。

 例えば、子供の悪戯で悪さを大勢でした際に、抜け目なく周囲に目を走らせ、怖い大人の監視の目が及

んだ時に、逃げ足速くその場を逃げ去る者達の仲間ではなく、自分の置かれた立場も弁えずに、いけ図々

しく現場に居残る鈍間(のろま)の最たる者、鈍臭い子供だったから、体得し得た生きた知恵なのでありま

す。

 実際の生活の場では、躊躇なく九十九匹の側に軍配を上げざるを得ないのでありますが、私に代表され

る女々しい輩は、弱者の代表は、そのあまりにも現実的に過ぎる判断に、異を唱えないではいられない。

救いのない定めにある弱者中の弱者に、神の幸あれと願わなくていられないし、実際に、その悪あがきに

腐心もするのであります。なんで、圧倒的大多数が安穏ならば、取るにも足りない一匹の事などに、こだ

わり拘泥する必要があろうかと即断できる現実家を素直に肯定できず、めそめそと迷路の中を彷徨い続け

るのです。

 人間ではなく、神の広大無辺なる慈悲心を本能として直覚しているからこそ、無い物強請りに拘って、

素直には人間的現実に直面出来ないでいる。

 万物の霊長などと自画自賛している猿の化物が、事もなげに同胞、親しい仲間を見殺しにして平気でい

られるのか? 仕方がなかった…、そう、その通り、でも、貴方は良心の痛みを感じないで平然としてい

られるのでしょうかね。私は、怨霊の飽くなき復讐心を恐れるものであります。我々の先輩たちも一見は

どの様な悪党に見えようとも、この所謂良心の痛みに苦しんで来た。御霊信仰が如実にこの間の事情を物

語っているのでありました。これを私は、日本人の魂の立派さの証明とさえ考えています。

 迷信深い無知蒙昧と嘲笑う、西洋かぶれの似非エリート階層に、お前こそ人間の顔をした獣だ、いや、

獣にも劣る下劣極まりない輩だと、呪詛の言葉を浴びせかけてやりたい。

 日本人は、根は心優しい、平和を心の底から愛する民族であった。外圧に遭って、西洋列強の外圧に押

されて、富国強兵策をとり、窮鼠猫を噛む体の御乱心に及んで。これが、少なくとも明治以後の日本国の

ありのままの姿でありました。傍から見ての異様さや野蛮には、それなりの止むにやまれない悲壮な感情

が隠されていた。この事を、自国民に、そして心ある世界の人々に言って聞かせよう。自らの正当性や正

義感のありどころを、有りの侭に語ろうではないか。

 それが、世界史に後から名乗りを上げた後進国としての、最低の責務であり、アイデンテティの確立で

ある。バカ正直に、いつまでも謙遜や謙虚さの美徳にすがりついているのは、バカの骨頂ではありません

か。

 日本国は世界中でも有数な素晴らしいお国柄、優秀な国民と、美しい国土と美しい海に囲まれた、稀有

なフェアリーランドだった。今現在でも、その尊い遺産は幾分受け継がれて残存している。

 私たちにはこの国民性と、風土とを可能な限り守り続ける義務と責任があるのです。命にかけででも守

って行こうではありませんか、孫子の代まで。





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最終更新日  2020年12月01日 18時45分11秒
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