草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2022年01月20日
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白波(しらなみ)の 濱松が枝(え)の 手向草(たむけぐさ) 幾代(いくよ)までにか  年の

經(へ)ぬらむ(― 白波の寄せる浜辺の松に掛けられた、行路の安全を道の神に祈願した布・糸

・木綿(ゆう)・紙などを捧げた、手向草は、もはや幾年の年月を経過しているであろうか)


 これやこの 大和にしては わが戀ふる 紀路(きじ)にありとふ 名に負(お)ふ背(せ)の山

(ー これがまあ、大和にいて私が恋い慕う背の君と同じ名前の、紀州街道にあって有名な、背

の山なのですね。名前だけでも今の私には懐かしいお山でありますよ)


 やすみしし わご大君の 聞(きこ)し食(め)す 天(あめ)の下に 國はしも 多(さわ)にあ

れども 山川の 清き河内(かふち)と 御心(みこころ)を 吉野の國の 花散らふ秋津(あき

づ)の野邉(のべ)に 宮柱(みやはしら) 太敷城(ふとしき)ませば 百磯城(ももしき)の 大



 絶ゆることなく この山の いや高知らす 水激(たぎ)つ 瀧の都は 見れど飽(あ)かぬか

も(ー 我らが大君がお治めになられる国は、天の下に多くあるが、その中でも、山川の清く美

しい河内であると言うので、御心をお寄せになる吉野の国の、花がしきりに散る秋津の野辺に、

宮柱をしっかりと建てて御殿を営まれると、大宮人達は舟を並べて、朝の川を渡り、舟の進みを

競って夕方の川を渡っている。この川のように永久に絶えることなく、この山のようにいよいよ

高く、立派にお治めになる吉野の滝の御殿は、いくら見ても見飽きないことであるよ)   

―――   柿本人麻呂の歌


            反  歌

 見れど飽かぬ 吉野の河の 常滑(とこなめ)の 絶ゆることなく また還(かへ)り見む(―

 いくら見ても見飽きない吉野の河、その河の滑(なめ)らかで滑りやすい、河の岩にいつも着い

ている常滑のごとくに、絶えることなく、この吉野の都を繰り返し、又来ては眺めたいものだな




 やすみしし わご大君 神(かむ)ながら 神さびせすと 吉野川 激(たぎ)つ河内(かふち)

に 高殿を 高知りまして 登り立ち 國見をせせば 畳(たたな)づく 青垣山(あをかきや

ま) 山神(やまつみ)の 奉(まつ)る御調(みつき)と 春べは 花かざし持ち 秋立てば 黄葉

(もみち)かざせり 逝(ゆ)き副(そ)ふ 川の神も 大御食(おおみけ)に 仕(つか)へ奉(ま

つ)ると 上(かみ)つ瀬(せ)に 鵜川(うかは)を立ち 下(しも)つ瀬に 小網(さで)さし渡す 



舞われると言うので、吉野川の水のわき返る淵のあたりに、高殿を立派にお造りになって、登り

立って国見をなさると、幾重にも重なる垣の様に青垣山が宮の周りを囲んでいる。その青垣山

は、山の神の奉る貢物として、春の頃は花を頭に飾り、秋になれば黄葉(もみじ)をかざしてい

る。その山に添って流れる川の、川の神も持統天皇の食物に差し上げると言って、上流の瀬では

鵜川を催し、下流の瀬では小網を一面にさし渡している。山も川も相寄ってお仕え申し上げる、

神の御代の盛んなことであるよ)


             反  歌

 山川も 依りて仕ふる 神ながら たぎつ河内(かふち)に 船出せすかも(― 山も川も相よ

ってお仕えする神にまします大君は、水の激ち流れる吉野川の深い淵の流れに舟出遊ばすことで

あるよ)


 嗚呼見(あみ)の浦に 船乗りすらむ オトメらが 珠裳(たまも)の裾(すそ)に 潮(しほ)満

つらむか(― 今頃、あみの浦で舟乗りをして遊ぶ若い官女達の、美しい裳の裾に、満ちて来る

海の潮が触れていることだろう)


 くしろ着く 手節(たふし)の崎に 今日もかも 大宮人の 玉藻刈るらむ(― 手節の崎で

は、今日も大宮人が美しい玉藻を刈っていることだろう)


 潮騒(しほさゐ)に 伊良麌(いらご)の島邉(しまべ) 漕ぐ船に 妹(いも)乗るらむか 荒き

島廻(しまみ)を(― 潮がざわざわと波立つ今頃、いらごの崎あたりを漕いでいる舟に、恋しい

妹は乗っているだろうか、あの荒い島の廻りを)


 わが背子(せこ)は 何處(いづく)行くらむ 奥つもの 隠(なばり)の山を 今日か越ゆらむ

(― 私の愛する夫は、今頃何処を旅しているだろうか。なばりの山を今日こえているだろうか)


 吾妹子(わぎもこ)を いざ見(み)の山を高みかも 大和の見えぬ 國遠みかも(― 我妻

を、さあ見ようと思う、そのいざみではないけれども、イザミ山が高いせいであろうか、国が遠

いからでらろうか、大和の国が見えないことよ)


 やすみしし わご大王(おおきみ) 高照らす 日の皇子 神(かむ)ながら 神(かむ)さびせ

すと 太敷(ふとし)かす 京(みやこ)を置きて 隠口(こもりく)の 泊瀬(はつせ)の山は 眞

木(まき)立つ荒山道を 石(いは)が根 禁樹(さへき)おしなべ 坂鳥の 朝越えまして 玉か

ぎる 夕さりくれば み雪降る 阿騎(あき)の大野に 旗薄(はたすすき) 小竹(しの)をおし

なべ 草枕 旅宿(やど)りせす 古(いにしへ)思ひて(― わが皇子、後の文武天皇様、日の

御子は神でいらっしゃるままに、神として行動なさるということで、立派な都をあとにして、泊

瀬の山は眞木の立つ荒い山道だが、そこを岩や邪魔な樹を押し靡かせて朝に越えていらっしゃり

り、夕方になると、雪の降る阿騎の広い野に、旗のように靡いている薄を押し伏せて、草を枕に

旅やどりなさる。亡き父君の草壁皇太子のいらっしゃった昔を偲んで…)


 阿騎の野に 宿(やど)る旅人 打ち靡き 眠(い)も寝(ね)らめやも  古(いにしへ)思ふに

(― 阿騎の野に今こうして宿っている人々は、のびのびと身を横たえて眠っているであろう

か、いや、眠れはしないのだ。草壁皇太子が御在世の昔の追憶が、次々と浮かんで来て)


 ま草刈る 荒野にはあれど 黄葉(もみちば)の 過ぎにし君が 形見(かたみ)とそ來(こ)し

(― 草を刈る荒野ではあるけれども、亡くなられた草壁皇子の記念の地であると、やって来た

のである)


 東(ひむかし)の野に 炎(かぎろひ)の立つ見えて かへり見すれば 月傾(かたぶ)きぬ(―

 東方の野には曙の光が差し染めるのが見えて、西を振り返ると月が傾いて、淡い光をたたえて

いる)


 日並皇子(ひなみしのみこ)の命(みこと)の 馬並めて 御狩(みかり)立たしし 時は來向

(きむか)ふ(― 亡くなられた草壁皇太子が、馬を並べて、御狩にお出かけなされた、時刻が今

迫って来る)





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最終更新日  2022年01月20日 15時55分17秒
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