草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年03月04日
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常々、金が欲しい、金が欲しい、これを買ってからあれを売ってと、心当ての事共がある。江戸までの道

中も二歩(一歩は一両の四分の一に当たる金貨)あれば楽に行ける。高砂、野々宮の謡ではないが目出度

い目出度い、母者人、横堀の妹婿に預ければゆっくり暮らせるだろう。そのうちに金も江戸から送金もし

よう。難與平の立身出世、吾妻様の御出世、與次兵衛殿の本望、千里も一飛び、一拍子、いづれも瞬く間

に叶うでしょう。ひとかどの力量を持った男です。

 聞けば聞くほど頼もしい御心底、この吾妻に恋心がある身で與次兵衛様に末永く添わせようとて、俄か

に江戸への思い立ち、二人の中を結んでくれる神様、門出の盃でしみじみとお礼を申したい。井筒屋(九

軒町の揚屋の名)に御供致しましょう。母御様はどうじゃえ。

 いやいや、與平の望みが叶うならこの世に居ながらの生き仏、大夫様、さようなら。いよいよ頼み申し



たのだ。

 さしずめ母は太鼓で子は大尽、祝儀としてまき散らす小粒銀よりも大夫の情けを頂いて、帰るさを急ぐ

太夫の揚屋入りには長持を急ぐ、いそいそ賑々(にぎにぎ)、揚屋町、道引き舟があれあれと、あれあれ

太夫さん、阿波座(あはざ、新町遊郭の町名)から煩い奴が見えますぞ、ほんにほんに身の程知らない大

言を吐く者、彦さんですよ。しかもつぶつぶ酔うています。足元がよろめいています。見咎められては猶

悪口、と手繰り寄る辺の井筒が許、今までのいきさつ内証を揚屋の主婦に耳打ちすると、呑み込んだとば

かりに輿次兵衛の小袖を借りて、仮の輿次兵衛になりすました難輿平は、見馴れぬ揚屋の大騒ぎに恋ぶる

いして見苦しい。

 足はよろけていても目はよくきいて、袴肩衣(きぬ)筋交いに町いっぱいをひょろひょろと、直ぐにど

れ込む井筒屋の座敷。

 吾妻は煙管の吸い口閉じて物も言わずに、そっぽを向く。輿平は人に見られたくないと顔を炬燵の中へ



 彦介は花車(かしゃ、揚屋の主婦)をひっとらえて、こりゃ、花車様、お聞きなされよ。正月は新春の

御慶目出度く申し納め候、このこの、此の鼻は新酒の酔に紛れて、積もる恨みを申し始め候。

 何といやる、面白い、そこな遣手めようお聞き。いかな吾妻殿でも、太夫様でも、畢竟は値段の高い惣

嫁(そうか、辻君)じゃないか、何と言やる。そうでないとは言えまい。それに、山崎輿兵衛には売って

この葉屋(葉タバコ屋の意味)の彦介には何故売れないのだ。一文一銭だとて値切らない拙者をどのよう



屋の彦介、大阪には五間口の店も所持している。貸し蔵も持参仕るのじゃよ。大金持を知らないのか。

 ああ、慮外ながら、嫌とは言われまいよ。都島原(みやこしまばら)上林(かんばやし)の高橋に金を使

って髪を切らせた(遊女が客に真実を示すために髪の一端を切って渡す習わしがあった。但し、ここは金

をやって切らせたのだ)、伏見橦木町升屋の高尾にまたしたたか金を使って心中(しんじゅう、誠実を示

すこと)に生爪を剥がさせてやった。更には鼻も削いだし、耳も削いでくれたぞ。大大尽の彦介だ、山崎

の輿次兵衛に張り合って負けて藤屋の吾妻に三度四度と振られてはこの彦介は男の一分が立たない。半分

も立たない。今日から三日、ひっ掴んだ相場の高い惣嫁の買い初めだぞ。金銀米銭(べいせん)をぎがら

りがらりと撒き散らしたら吾妻がくるりくるりと廻るだろうよ。廻らなかったら賭けをしていい。さあさ

あさあ、買った、と甘えてだらしなく寄りかかれば、吾妻はムッとして頬を平手打ちしてみ知らせて、え

い、あた贅(ぜい)張った無性に思い上がった放言など聞きたくもない。その高橋とか高尾とかは、そな

たのような間の抜けた男でも金さえ使えば髪も切り、爪も剥がすだろう。京や伏見は知らないが、この新

町では傾城の魂が違う。恐らくはこの吾妻、どうしてどうして、一生身上がり仕暮らしても(身上がりは

遊女が自身で花代を負担して勤めを休む事)そなたの様な意地腐りにはどんなに小判で迫ろうとも梃でも

動かない。安っぽい女郎じゃありませんよ。

 散々大きな口を利いたが、それ程に意気地のある男ならば、手柄に吾妻を廻してみなさい。そう言い放

ってすっくと立った。

 むむ、張りが強いのになおさらに惚れた、この彦介は吾妻を廻して見せよう。廻るは廻るは遣り手めら

が頬がぐるぐる廻るぞ。此処の家もぐるぐると廻るぞ。廻るは廻るは山姥が、山また山に、山廻り、はは

は、はは、面白いぞ。どうでもこうでも吾妻殿を奥に連れて行くぞと引き立てた。

 酔いどれている上に、もともとがむしゃらな男の腕三昧、吾妻が思わず引かれるのを、何をなさるかと

割って入った曳き舟につっかかり、引き退けた。引き舟に向かい風に、花車は向うに押し込んで、遣り手

も取って投げると言う乱暴狼藉、血気盛んな若者の血がよみがえり、難與平は歯を食いしばっても我慢が

出来ずに、彦介の足首を炬燵の中からしっかりと取り、うんと締めたところが、あ、痛い、痛い、やれ足

首がちぎれてしまうはと、目は顰めたのだが口だけは達者で、この炬燵には狼でもいるのか、と取られた

足を捻じ戻して蹴る。その相手を引き倒して、蒲団を押しのけてつっと出て立ち、熟柿臭い彦介の鼻の先

に渋柿のように渋い顔をして立ちはだかった。

 やっ、此奴は何だ、何者だとは失礼千万、眼を開けろよ、人間じゃぞ。男だ。男と言う者を見ておけ

よ、や、生臭い男呼ばわり、おけおけ、置いてくれ。毎日額に毛抜きを当て、体面を整える程の若者が可

愛そうに弱い女郎衆を虐め散らして何が男だ。男に間違いないと言うのなら、さあ俺の相手をしろ。さ

あ、相手をしないか。

 男同士の喧嘩というものを教えてやろう。と、つっと入り、腕先を捻り上げて引っ担いで頭を逆様にし

て真っ逆さまに落とした。

 ぎゃっと言わせないで、でんどう、腹這いにばったと前に腹ばいにさせて、腰骨をうんと言う程に踏み

つけて、鼻歌に懐手、吾妻を始め一同の者が可笑しくて笑いを堪える。笑いを殺す笑止顔。

 彦介はやっとの事で起き上がり、分かったぞ、己は與次兵衛のまわし者だな。彦介を踏んだぞよ、山崎

與次兵衛め覚えておれ、したが、踏まれてもこっちに七歩の勝、正月早々に俺の身代、踏み広げて呉れた

な。殊に今年は戌(いぬ)の年、犬は土に寝るもの、年八卦に叶い今年の運が開けたぞ。こりゃ、人が見

ない内に巳午(みうま、南南東)の方角が恵方だ、と肘を張って帰ったのだ。

 人に踏まれてさえあの減らず口だ、人を踏んだならどんなであろうかと、跡は笑いの賑わいである。

 正月買い(正月最初の紋日に遊女を挙げて遊ぶこと)の騒ぎ初め、飾りの下では三味線弾きが、梯子の

蔭では寶引き(福引き)、節分豆、豆撒きの年男、槌の子を抱いて稲摘んで、若戎(わかえびす)に掛け

鯛、蜜柑柑子・橘・橙と祝ってどこも吉野榧(かや)、かち栗、嘘ではござらぬ、馬尾藻(ほんだわら)

喰い積(蓬莱飾り)の土器(かわらけ)、さすぞ盃ちょっと抑えて去年より今年は、みづみづみづみづ、

若みんずり(若水を汲み上げる)の井筒屋と湧いて、分けての賑ぎにぎしさ。賑わっている。

 粋の粋を越えた、男女の情愛のいきさつを知り抜いた恋の山崎與兵衛が駕籠を飛ばして西口から、おろ

せが勢い込んで旦那の御出でと言うより家内中がこりゃ目出度いと跣で飛んで出て、門くちまで、福の神

のお迎え。

 ちょうさやようさや、千歳楽万歳楽(せんざいらくまんざいらく)、奥の座敷に設けの炬燵、亭主は蓬

莱を、内儀は銚子、娘は土器(かわらけ)、牛蒡(ごぼう)も身祝い、大夫も全盛。御蔭で我等も暮らし

向きは悠々寛々、囲炉裏茶釜の如くにゆったりとしていられる。

 先ず大福(元日に祝って飲む大服・茶。茶の湯に梅干し・山椒を入れる)の口開けに変わった噺がござ

んする。そう言って吾妻は與平を與次兵衛に引き合わせてあった有様の一々を語る言葉に、與次兵衛は兼

ねて意趣があった葉屋の彦介をどうかしてやりたいと思っていた折節であった。忝いぞ、與平殿。これか

ら以後は何日までも心安く御意を得ましょう。もうお辞儀はおやめください、御手をお上げくださいな。

そう言って一礼する。見馴れ言い馴れ聞き慣れない上品な詞遣いも窮屈だが第一は、足の痺れに難與平は

ただあいあい、と返事するだけなのだ。

 御律儀、御丈夫で何よりです、重畳(ちょうじょう)々々、江戸へとの思い立ち御尤も、御尤も、吾妻の

の事は苦になされずに、一廉(ひとかど)の儲けをして上洛してくださいな。出発の祝いに夜を徹して飲

めや謡えや、一寸先は闇とかや、先はどうなるか分からないから思い切って騒げと言ってはみたのだが、

夜が更けるにつれて母が案じておりまする。大変お世話になりました、與次兵衛様、どなた様も一人残ら

ず御手を取りました、御暇申すと立ち上がった。

 余りといえば慌ただしい、今宵一夜は苦しかるまいよ。いやいや、一分は寸の始まりです。油断は稼ぎ

の大毒と、帯を引き解いて借り着を返そうとする。

 吾妻が取り付いて、寒い折から御遠慮をなさらずに小袖を召していらっしゃいな。道中も大井川とか言

う川は大層危ない所と聞いています。御無事での吉左右、待っておりまする

 やがてと別かれ、與次兵衛も見送り、與平殿、山崎(やまさき)には兄弟有りと思し召し、この與次兵

衛を心の頼りに致してください。慮外ながら、江戸にも兄弟が居ると思召して下さいませ。互いの無事は

状通でと、別れて後は障子を閉めて、月も雲井に寝静まって、松に吹き付ける嵐はまるで鼾(いびき)の

ようで、與平は九軒を一足、二足、三番太鼓(限りの太鼓、又は終いの太鼓とも言い、これを合図に廓の

大門を閉ざした)が打ち止んで、廓が寂しい折であるが、待ち伏せしていた葉屋の彦介は蛇の目の紋を目

印にして代與兵衛と認めるやいなや騙し賺して、だまし討ちにはたと斬った。

 ひらりと外して難與平、さては宵の戯け者めか、意趣返しの待ち伏せかと、つっと入って跳ね倒して、

小刀を逆手に持って滅多突きにした。眉間を突かれて藻掻き廻り、やれ、人殺しだと声を立てた。

 見つけられては出世の邪魔だとばかりに、難與平、疾風の如くに逃げうせたのだ。町中が俄かに騒ぎだ

して、棒だ熊手だと言い立て、ちょうちんを出せ。大門を閉ざせと喚き立てれば、彦介はうろうろと、相

手は山崎與次兵衛、井筒屋の客だと喚いている。與次兵衛は聞くより胸にはっしと応えて、與次兵衛は此

処におるぞと姿を現した。

 声を頼りにして彦介は後ろからしっかりと抱き締めて、相手は捕らえたぞ、組み伏せた。皆々騒ぐには

及ばないぞと言ったところ、吾妻や引き舟、遣り手までが半狂乱でその場に駆け付けた。そしてひたすら

宥めたのだが放さない。はあ、はっとばかりの涙さえ、何と成る身なのであろうか……。





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最終更新日  2025年03月04日 10時12分39秒
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