草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年03月07日
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炬燵さえない座敷牢、愛しや、寝ているのか起きているのか、お菊が見舞う駒下駄に、飛び石伝う足音

の、さあ、これじゃと飛び立つばかり、輿次さんじゃありませんか、居ても立ってもいられずに、吾妻が

見舞いに来ましたぞ。と、聞くよりも早くお菊ははっとして、さても太いこの傾城め、どうすることぞ試

してみよう。内側から壁をほとほとと叩けば、むむ、聞こえたか、定めし何処も閉まっていて入る事出来

ないだろう。私が心に思うこと細々とこの文に書いてある。とっくと読んで自筆の返事を見るならば、今

生での本望です。塀越しに文を投げ込んだ。

 ああ、誰が拾うかも知らずに女房の有る男の屋敷なのに、遠慮のないことだと開いてみれば、遊女の手

紙に特有の「候うべく候」とある。朧月にも見違えぬ吾妻の筆。もっともらしい箇条書き(お菊の心中の

思いで、要件のみを箇条書きにした手紙を交わすのは、男女の愛情がかなり深い場合に見られるので、お



からずに天晴れな自害を遂げてくださいな。時は違っても日は違えずに、最後の所は変わっても来世では

必ず同じ蓮葉の上に長き契を致しましょうね、目出度くかしこ、と認めてある。

 ええ、よくも剃刀など入れられたもの、どうにかしてお命を助けたいと、女房と舅が泣き濡れて父(て

て)御様とも争う大事な命だ。偉そうに死ねと書いたこの手紙に、常套の句とは言え「目出度くかしこ」

とは何じゃ、下男たちに言いつけて叩き出してやろうかしら。いや、そうすればするだけ夫に悪い評判が

立つ、直ぐに会って追い払いましょうと爐路(ろじ)の戸を開けて立ち出た。

 のう、輿州様ですか、お懐かしいと縋り寄った手をしっかりと取り、噂に聞いていた吾妻殿ですか。今

の文も見ました。わしゃ輿次兵衛殿の女房菊と申す者、遥遥の所をようござったのう。定めて主に逢いた

かろうの。知っていらっしゃる通りにあの難儀に遭い、あれ、あの座敷牢に押し込められてはおります

が、おれが会わせはしませんよ。ああ、この菊が逢わせない。吾妻殿には疾くに会って礼を言わなければ

ならないのでしたが、こなた故に大事な家業もよそになり、内は野となれ山となれで、夜だけでは足りな



ても女の身、腹が立たないわけではない。夫の恥辱はさがない(嗜みのない)妻と言われないようにと我

慢していればお菊は奇特な、悋気しない賢女よと、賢女よと、無理に賢女に仕立てられて、吾妻殿には眉

毛を読まれてしまいますなあ(お人よしと見くびられてしまいますな、眉毛は自分のものでありながら自

分では数えられぬ所から、自分では気が付かずに他人にいいようにされる意)。こなたを女郎かと思えば

鬼か天魔か、この剃刀で人の男に死ねとは何と言う言い草です。死んで良いならこなた一人で死ねば良



 大事の男の膚(はだえ)は荒らされ、夫の心の底の隅々までも見抜かれて、世間では悪い噂が立てられ

て生きるの死ぬのの難儀は誰故ですか、傾城殿、そなたのせいですよ。いき(罵り、辱める詞)傾城の恥

知らずめと積もる恨みに声高になったのを、輿次兵衛も障子をそっと開けて、あちらもこちらも道理詰

め、道理がないのは我だけだと二人の心を思いやり、顔は焚き火に当たったように赤くなり、その癖に身

内に冷や汗が出る。穴が有ったら入りたいほどである。

 いかほどのお恨み、お叱りもお前様に会ってこの吾妻は申し上げよう言葉もない。引く手あまた、多く

の客と交渉を持つ身の上でも、悋気や嫉妬は女の常、お心は堅い、普通の家庭に育った方、誠のない傾城

めが騙したの誑したのと憎や、憎やとはお道理ながら輿次兵衛様に逢いましたのは女房になろうとも、手

かけ妾になろうとも、申し交わした事もない。勤めとしてお逢い申しただけですが、馴染みになり夜を日

に増すお愛おしさ、女子のなづむ風俗(女性が心惹かれる風采)、良い殿御をお持ちになられましたな奥

様。身の周りのお世話をなさるのはあなた様お一人の特権です。この度の騒動も、人違いを頼もしい侠気

を示しお身の上の大事となったが、それも元はといえばわしから起こってこと、彦介ももう助からない容

態だとか、悲しいのは我が身ひとつ、彦介の様子や私の心構えもお知らせ申して覚悟もおさせ致したくて

、廓を忍んで抜け出してこの有様です。見つけられたら廓の掟に背いた廉で見せしめに遭うのも合点、相

手が死んだら自害を奨めわしもお供と剃刀も用意致しました。

 お主の名も流さずに、私も情の御恩にこっそり自害して果てる覚悟で居りまする。御夫婦仲の邪魔はし

ないつもりです。せめてのことに、もう一度だけお顔を見せて下さんせ。その目を直ぐにでも塞ぎます。

のう、お慈悲ですと懐中の剃刀を喉に押し当てて、娑婆(現世、この世)の名残ですと涙さえ見せて思い

切ってる哀れさに、お菊はようやく胸のしこりも溶けて、袖を引き止めて、これ吾妻殿、義理にもせよ命

を捨てようとは偽りでは出来ないこと、心底が愛しい。主も定めし会いたいでしょうよ。誰にも言わずに

内証で会わせましょう。

 ああ、有難い、お慈悲深いお菊どのです。大事の殿御をたくさんに抱いて寝ました。堪えてください

ね。はて、取り返されはしまいし、それだけ此方の幸せです。と、心が解けた爐路の中へ、お菊、お菊と

呼ぶのは舅の浄閑の声、鼠捕りの升落としを手にして、嫁はどこにいると姿を現した。

 あれ、此処に親仁様が、折が悪い、先ずはしばしと吾妻を塀の小陰に隠して、まだお寝も遊ばさずに、

夜更けて何用で御座いますか。

 いや、別の用はない。これを見なさい、お菊や。若い奴らが仕掛けておいた枡落としがばったりと響い

たので明けて見たらば、鼠は逃げて行ってしまったと見えて、枡の中には何もない。これでつくづく世の

中の悟りが開けた。中の餌食を頼みにして油断すれば、枡落しにかかってつい殺される。思い切って餌を

捨て逃げて退けば、その鼠が命を助かるばかりではなくて、親鼠、舅鼠、女房鼠もいるであろう。この一

家一門の鼠どもが悦び、別して、老鼠の親鼠が心の休まりはどれほどであろうか。どんなに嬉しいであろ

うか。もし若鼠の分別なしが逃げた後で、親鼠がまた落しにかかろうかと、詰まらない意地を張るかもし

れないが、いかないかな親鼠は老巧で落としに掛かることじゃないぞ。定めて伯父鼠も有ろう。その巣に

屈んでこの辺に姿さえ見せなければ、鼠落しも音無しになって済む。

 この度の枡落しに十分に懲りて、夜毎に桁(けた)走り、棚走り、盃をかじったり、親の小判を咥えて

盗んだり、荒れ廻ることをふつふつと止めて、後には白鼠の富貴と栄える(白鼠は福の神の使者で、これ

が住む家は必ず富栄えると言う俗説によって言った)のを、親鼠が見る嬉しさはどうあろうか。戯け鼠の

狼狽え鼠、この合点がいかないかと、おりゃこの頃夜が眠られないと涙で声をうるませれば、如何にも如

何にもお慈悲な鼠算用、成程私が逃がしましょう。

 おお、満足満足、ざっと胸のつかえが取れた、この頃は心にこの事ばっかり、仏間に参っても仏や祖先

の顔も見えなかったぞ。嬉しいぞ、今宵からは心静かに看経(かんきん、読経のこと)しようと、念仏を

頼りに歩む後ろ姿を見るのも心が遣る瀬無い。

 輿次兵衛は走り出て、浄閑の声のする方を向いて有り難涙に昏れる。

 お菊は舅の足跡を手に頂いて、吾妻様、輿次兵衛様、今のお慈悲をきかしゃったかや。早く此処を立ち

去れば立ち去るほどお心安めの孝行です。浄閑様の起き臥しはこのお菊がいるからは今までよりも猶気を

つけましょう。後に気遣い致されるな、お前に誰かをつけたいが、おお、どうしたものかと案ずれば、こ

れお菊様、それにはこの吾妻がいますよ。命を捨てて出た廓、再び帰る心はない。お前さえ御料簡でお許

しくださるなら、わしゃ忝ないお供して廓へは帰らぬと思いつめたる詞の末、おお、そんなら後先の首尾

はよい、さあ、夜の更けぬ先にと引き立てれば、輿次兵衛は袖にかかるお菊の手を打ち払って、そうすべ

きではない、そうすべきではない。大学には、人の父となりては慈が最高の徳であり、子としては孝に止

めをさす、と言っている。お上から預かり者となった自分が駆け落ちして、先の相手が死んだならば、た

ちまち親は下手人の代わりとして逮捕されて、首を刎ねられるぞ。たとえ先が無事であっても、預かり者

を取り逃がした咎めで、それに相当する程の罪が親仁様の身にかかる。

 その難を厭わない慈悲心で親仁は親の道が立つ。輿次兵衛は今日まで始終に親の気に相違して、あまつ

さえ親を身代わりに逃げて、命を助かり、百年や千年を生きたとしてももう世間には顔向けできない筈だ

から、天地のうちには住めない。

 親父様のお心に背くつまりはないが、嘆きをかけて面白くはないけれども、やっぱりこのまま死なせて

くれ。命を捨てて一生の孝行がして死にたいと声を上げて泣いたところ、これもまたお道理と、お菊と吾

妻の二人も輿次兵衛の心を否定できないで、泣くよりほかのことはできないのだ。

 浄閑が部屋の中から声を挙げて、お菊、お菊、不幸者めが逃げたくないと言うそうだな。ええ、情けな

い、哀れ知らずめ。七十になる浄閑がゆすられたと言う外聞も悪さ。人にこそ知らせないが、内証で渡り

をつけて二百両まで出して示談にしようとしたが、足元を見て千両でも承知しないと言う。浅い疵とは聞

いていたが、生きた人間の体のこと、どうなることかと内心で案じている。将棋で心を紛らせば、却って

側の者が思い出すように仕向けて、思い出すほどに胸が苦しい。宵から心を粉にして案じ尽くして工夫し

た枡落しの喩え話、量っても測れない。親の歎きを思いやれよ、一生子でもいられまいぞ。一度は親にも

なるであろうよ。この親が子を思う切なさを知らせてやりたいぞ。落ちるのか、落ないのか、早く吐か

せ。そう言って声を荒らげて泣く顔は壁を通して外にまで漏れるのだ。

 輿次兵衛は涙でひれ伏して、有難いお言葉を聞けば聞くほどに、どうもこの輿次兵衛は思い切って逃亡

できません。真っ平御免なさいましと伏し沈む。

 むむ、よいよい、年寄った親を持つ者は、一日も親を先に立てて、その身息災で年季ごとの追善供養、

弔いたいと願うものだぞ、おのれは親に弔われて歎きがかけてみたいか、さあ、この合口を皺腹に突っ込

んで望みの通りにしたやるぞ。

 南無阿彌陀仏という声に、申し、申し、落ちましょう。待って下され親仁様とどっと臥してぞ泣いたの

だ。むむ、しかと落ちるのか、何の偽り申そうか、やれ、嬉しや落ち着いた。今までの親不孝を皆許し、

三十年の孝行をたった一度に受け取った。死んだ婆も嬉しかろう。お菊には親がある。浄閑にはお菊が有

る。跡には少しも気遣いするな。連れの女中があるようだ、嫌がったとしても灸を据えさせて、酒を飲ま

せて下さるな。途中で駄馬になど乗ったならば人が面を見るだろう。値段は高くついたとしても駕籠に乗

れ。頼みまするとそこそこに心は千筋百筋の、縞の財布を投げ出してさらばとばかり、言いさして跡は涙

に咽ぶのだった。

 輿次兵衛はなおも有り難き親の恩と、妻の思い・情け、別れの辛さにうっとりと気抜けの如くによろよ

ろと、前後も分からずに発狂してしまったように見えたので、これ、吾妻じゃ、合点か。あれはお菊様、

奥様じゃ。さらばと、せめても別れの挨拶をしなさい。ええ、気の弱いお人やと気をつける我が身も、人

の目を深く忍ぶ夜の、いざ、相駕籠と囁いて、袖を打ち払う春の霜。駕籠の衆、いらっしゃいと招いたの

だ。

 お菊の声もうらがれて掠(かす)れ、のう、いず方に落ち着いてもそのまま御無事の便りを待ちます。

泊まり泊まりの朝晩の冷えに気をつけて下されや。

 何やら言いたい事どもが胸にはあるが、口には出ない。ただご無事で息災にと言うより他は泣くばかり

だ。誠を言えば、我こそは夫を連れて退くのが道、何だ、元はと言えば妬み憎んだ人、駕籠で遣るの妬ま

しさと羨ましさ。そして悲しさ。色々の思いから湧く涙は多いけれども、結局は夫が愛しいの一筋道を、

見送る駕籠も遥遥と、さらば、さらば、のう、さらばの声を紛らす後夜の鐘(午後の八時に突く鐘)こち

らへ向かってくるものと言えば空の雲だけで、先を急ぐのは駕籠の足、せめて肩休めして止まればよいの

に止まりもせずに、恋の重荷に小附けして、親子の哀れ打ち乗せて、別れ行く身や……。





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最終更新日  2025年03月07日 20時37分19秒
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