草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年03月19日
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百年を経てはいないが、衰えは今身の上に来る、小町屋惣七、下の関での大難で命一つを拾い得て、博多

まで舟を漕いで、焦がれ付いたのではあるが、身に付くものは手足より外には何のあてもなくて、知る辺

の方にも身を恥じて、訪い音信(おとずれ)は絶えたのだが、小女郎の情が忘れられずに恋しさの風に吹

き立てられて柳町には来たけれども、金銀が無いので自然に肩がすぼまってしまう。気がひけるままに奥

田屋の門を覗いてから退いて見る。物案じしながら佇んでいる風情である。

 内では乞食と見て取って、突っ慳貪な尖り声、残り物はもう何もない。他を廻ってみよ、通りゃ、通り

ゃと追い払う。さては、はや物貰いに見えるのだなと、我ながら落ちぶれ果てたものだなあ。この風俗(

(身なり)で小女郎に会いたいと言っても聞き入れては貰えまい。聞き入れたところで小女郎の恥だ。

 思い切った、顔見まいと立ち帰る後ろから、おお、待ちや、待ちやと禿の重の丞が、これ、今日は太夫



を着ていると、顔を差し覗いて、やあ、お前は京の惣七様(さん)、のう、太夫さん、惣七様(さん)が乞

食になってごんしたと、呼ばわれば、首を振って逃げるのを、往なさない待ちなさい。帯に縋って留むる

間に、家内も驚いて駆け出てくる。

 小女郎は表に走り出て、笠を手荒くひったくって、ほんにそうじゃ、嬉しや、よう来て下さんした。こ

の有様はどうなされたのですか、と聞かないうちからもう涙、涙である。

 これ、四郎左様(さん)、惣七様を奥にお連れ申してお噺致したと存じまする。如何にも、如何にも、お

馴染み惣七様です、御用があれば仰せくださいと亭主の情にうち連れて、奥の座敷に入るより早くすがり

ついて、恋しい、床しいは言葉に出して言わなくとも知っている二人の仲、このお姿は親御様の御勘気で

も受けてのことでしょうかしら。訳がなくてはならないはず。お前の心の中ではこの小女郎はまだ傾城だ

と思っておられるのですか。この身は廓に居ても心は疾うに夫婦じゃぞ。

 ぼろの着物、朽ち果てて糸で綴ることも叶わない物を身に纏っても、肩や裾を結び合って手を取り、引



ん。今日は母(かか)様の十三回忌の日です、お前に逢ったのは親たちがあの世から手を取っての引合せで

しょう。女房や、無事で暮らしていたかと一口言ってくださいませ。そう言っては真実を見せる涙の玉、

男もはらはらと涙を零して、声を震わせて、小女郎や、息災でいてくれたなあ。一年ぶりに顔を見て、変

わり果てた身なりで不幸な知らせを持って来た。

 聞いてくれ、毎年の如くに諸色を仕込んで下った所、下関で海賊船に乗り合わせてしまい、家来は眼前



きた。商売の荷物や衣類はそのまま船に捨て置き、肌には一銭の貯えもないので、二枚の下着を一枚づつ

売ってどうやら今日まで生き延びて来た。今度の下りの際には請出して女房に持つとの深い契約、その金

銀さえ人手に渡してしまった。言葉を違えてしまい、望みを叶えられないこの身だ。自分の不甲斐なさ、

それよりもそなたが恨みに思うであろうことが不憫でならず、言わけやら顔見たさやらで見苦しい我が身

の恥を顧みずにこへ来たのだ。面目次第もない。そう言って涙で顔を曇らせたのだ。

 よう打ち明けて下さんしたな、宝は湧きものです。財宝は得ようとすれば得られるもの、一度失くした

からと言ってもそれきりになるものではない。お命さえあるならばわしゃ嬉しゅうござんす。私の心でお

前一人はどうにでもなる。お愛おしや、お肌がお寒かろう。お顔がたんと細くなられましたと、自分の上

着を男の肩にふわと掛けて、抱きしめてただ泣くばかりだ。

 表には血気の下男、大尽様の御来臨と大声で喚いた。やれ、人が来ます、こちらへと男の手を取り身を

引き寄せて奥の一間に入ったのだ。

 客はいつぞやの海賊どもで、真っ先に立って毛剃九右衛門、彌平次、傳右、仁左、平左。市五と三蔵

が、さあござれと客の手を取らんばかりにして出迎える。引き摺る雪駄(せきだ、揚屋の者が大仰に歓迎

するさま、客が雪駄を引き摺る意を兼ねた。雪駄は竹の皮草履に革の裏をつけたもの)に金(雪駄の裏に金

を付けて豪華にしたもの)、金に飽かした衣装附き、各々がセル(舶来の毛織物)に羅紗(らしゃ、羊毛に

麻を交えた織物)、かるさい(薄手の羅紗)・らんけん(羅紗と同じ)・繻子・天鵞絨(ビロウド)、下着や

上着も渡り物(舶来品)、頭は日本で胴は唐、ちくらてくらの一夜検校(どっちつかずの怪しげな俄分限

者)、ついに目慣れぬ出立栄(ばえ)、奥田屋に揺ぎ込み、座敷に居流れ、毛剃が諸色・万事を引き受け

て、さも指図役らしく勿体をつけた顔。

 亭主、うすうすは見知りが有ろう。廓の縦横十文字、昨日まで端ぜせりした(端女郎を漁り歩いた)

我々、俄分限(にわかぶんげん)は見ての通りだ、今日からは太夫狂いをするぞ、来る道すがらで見てお

いた一文字屋の江口、丸屋の勝山、同じ家の薄雲、油屋の操、和泉屋の小倉、車屋の大磯、この六人を請

出して、此処におられる人々の物言い伽、妻や妾にする。明日までは待てないぞ、直ぐに首尾をさせよ。

 これはきついと四郎左衛門、飛んで出るのを、やれ待て、やれ待て、亭主が留守では興がないぞ。言い

つけて呼びにやれ。

 畏まったと硯引き寄せて書き付けて、呼びにやる足、走り書き、早く行って来い、それ、鯉のお吸い物

をお出ししなさい。間の襖を取り払って大座敷を一つにしなさい。子供を泣かすな、女房殿に薬を飲ませ

ろ。やっ、何じゃと、花車(かしゃ、揚屋の女将を言う)が患っているか。それ、挟み箱を持ってきなさい

よ。油断めされるな、人参を用いて養生が第一だ。持ち合わせている、思い切って煮るとしよう。そう言

って蓋を押し開いてひと包、ひとつ選(えり)の大人参を一斤余りを投げ出した。

 四郎左には子供が何人いる、娘が一人に男が二人御座いまする。おお、よい子持ちだ、小さいけれども

この珊瑚珠(さんごじゅ)、対(つい)で秤目(かけめ)が八匁、二人の子に巾着などの根附けとし下げしゃ

され。お娘の着物に有り合せた緞子三本と繻子五本、この緋縮緬は裏によいだろう。

 綿の代まで相添えて投げ出す、放り出す。頂く亭主は腕が草臥れた。四郎左衛門はぎょっとして、お礼

よりも先ず肝が潰れた。いつの間にこのような大分限者にお成りなされたと、問い詰められて間合い詞、

きついか、きついか、何とも偉いものであろう。江戸での商いがまだるくて、佐夜の中山(遠江の国佐夜

中山)の無限の鐘(観音寺にあった。この鐘をつけば現世で長者になれるが、来世では無間地獄に落ちると

言い伝えられた)を突き当てた福々長者、さりながら、この鐘を撞くには作法が難しい。長者経と言って寺

につたわる縁起(撞鐘建立の由来を記した文書)の目録を聞かせたいと言って打ち笑えば、亭主は横手をは

たと打て(意外な事に驚く様)、さて、有難いお経、我らもちっとあやかるように、そのお経を授けて下さ

れいとせがみたてられて、しからば、聴聞仕れと、何やらしれぬ懐帳を殊勝らしっげに取り出して、吝

(しわ)いことの嘘八百、長者経となぞらえて声を張り上げて読みにけり。


             長 者 経

 そも此の無間の鐘の濫觴(らんしょう、起源)を尋ねれば、天竺の大金持、月蓋(ぐわつかい、毘舎離城

の長者。仏を信じて種々寄与するところがあった。滑稽化の為にわざと事実に反したことを言った)と名が

高い、さっても吝(しわ)い長者が有った。

 仏はこれに示すために朝な朝なの頭陀の行(僧侶が修行の為に食を乞いながら旅行すること)、鉢、鉢も

空耳つぶし、うんとも、すんとも、言はれぬ仏の方便で仏身から放つ光はさながら一分小判の山吹色、金

と見るより吝ん坊長者は仏の箔を剥がそうとして、欲心から施しをしたのをきっかけに、手の内をまんま

と釈迦の手管にかかり渋々ながらに惜しや、悲しや、南無阿弥陀仏、この撞き鐘を建立した。

 されば汚い長者の心、末世の今に留まって、先ず初夜(午後の八時頃)の鐘を撞く時には諸行無常、無性

に惜しい、惜しいと響くのだ。後夜(午前四時頃)の鐘を撞くときには、金を使うなどとは勿体無さすぎ

る、是生滅法なことだと響くのだ。晨朝(じんでう)の鐘(午前六時頃)に撞く鐘は生滅々巳、滅多に入用

が知れない。寂滅為楽、要らざる金の声、一文惜しみの百損ならぬ、百八煩悩、この鐘の声を聞く人は現

世では分限の金持、未来では無間の釜に煮られる。

 かかる不思議の撞鐘を疎かに撞てはいけない。さて、行法の次第と言うのは、絹も紬も着ることが出来

ずに、木綿布團でさえ栄耀の至で、粗薦を引い起き臥しで、人間は習慣次第でどうにでもなる、奈良茶漬

粥、精進潔斎、菜いらず。昼夜にたった二度の食事と、盆暮の二度の節季には尻端折りして往来の中をち

ょこちょこ走り、ちょこちょこちょこちょこと脱けて落ちてある物をただは置くな。こけても土を掴んで

起きるのは七つ(朝の四時頃)から起き出して、質を取らずには金を貸すな。欲しいものは買わないのが徳

だ。月夜に夜なべ(夜仕事)をしないのは損、稼ぐに追いつく貧はない。芥子は千にも割り(薪・割木は出

来るだけ細かく割って)焚付にせよ、決して灰を取り除けてはいけないぞ(灰は火気を助ける効力があるの

で言う)。捨てるものなどは何もない。鍋の墨では細眉作り、しべの切れは痺れの妙薬、水のない井戸は梯

子の入れ物、鼠の尾まで錐(きり)の鞘だ。差せ干せ傘(からかさ)、人に貸すな鰹節。摺りこぎ・摺り

鉢・砥石・石臼・薬研(やげん、漢方で薬種を砕くのに用いる金属製の器具)まで、目には見えなくとも貸

すたびに減らずに戻るためしはない。さて、その他は愛嬌付き合い、始末貯え、読み書き算盤、秤目の上

を見れば方図もない。我より下を見て手本として、右の条条を守るにおいては微塵が積もって山となり、

長者の金言疑いなし。無間の鐘とは名ばかりで、現世(げんぜ)も未来も背かなければ、自然と栄える福徳

縁起の聴聞あれと語ったのだ。

 尤もとも、尤もでないとも申されない。世間中がこのような身持になれたならば、私らが商売は取り置

く、廃業ですなと言って笑った。

 座敷の隔ては障子一枚、向こうの騒ぎがひしひしと子女郎の身に応え、ああ、有るところには有る物。

五人六人の太夫を請出して、何やろ、彼やろ、是やろと、金銀財宝は塵埃、父(とと)様や母(かか)様の

貧な暮らしを見た時も、力に及ばない金を無理にも手に入れようとは思わなかった。しかし、あちらでの

身請けが羨ましいと今日という今日はしみじみ思います。わしゃ金が欲しくなりましたよ。仕合わせの良

い人を妬むのは道ではないが、どんな男か顔だけでも見てやりましょうと、障子の隙から差し覗き、や

あ、あれはわしの近づき、何かの折に相談相手になりましょうと、力をつけてくれた人。金を借りて来ま

しょうかと進み出したのを引き止めて、兼ねてからの近づきとはお互い同士のことで、他人は知らない。

行きずりの客に無心をするとしか思うまい。女郎の口から金を貸してとは身の恥を思わないのか。恥を包

むのも事によるぞ、たった今話したではないか、来月には筑後の人が私を請出すと。





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最終更新日  2025年03月19日 16時57分24秒
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