草加の爺の親世代へ対するボヤキ

草加の爺の親世代へ対するボヤキ

PR

プロフィール

草加の爺(じじ)

草加の爺(じじ)

サイド自由欄

カレンダー

フリーページ

2025年04月22日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
これから直ぐに流行りの山伏の所に立ち寄り、頼んで見るが異存はあるまい。そう語れば喜んで、のうの

う、忝ない、これも行者のお知らせ。私は医者殿に参ります。これでゆるりとお休み、お休みと立ち出で

れば、いや、我々も面々(めんめん、各自)の親々妻子の顔も見たし。互いに無事で悦びの貝吹く、降伏

悪魔を祓う真言(呪文)の声の声もちりちりばらばらに掲諦(ぎゃてい)、唵呼嚕々々(おんころころ)

に別れて帰ったのだ。

 道外れな弟と違った心、順慶町の兄河内屋太兵衛用ありげに、浮かぬ顔附き、や、太兵衛来たのか。お

かちの気色を見舞いにか。書き出し(掛売金の請求書、端午の節句前は商家などの決算期)や何やで忙し

い時分、見廻りには及ばぬことと言えば太兵衛は傍近くに寄って、母には道でお目にかかり、立ちながら

詳しく物語を致したのですが、高槻の伯父森右衛門様からたった今、飛脚の状が届き、思いもかけぬこと



の與兵衛めも参り合わせて、友達との喧嘩で掴み合う拍子に御主人に対して段々の慮外(一通りならない

無礼)、当座に與兵衛めを斬り殺して伯父上も切腹するつもりであったが、御主人の御料簡が穏やかで、

事が相済んで帰った後で、武家仲間ではもとより城下の町人までがこの噂でもちきり、おめおめと平気な

顔での御奉公も出来ないので、暇を願い浪人して四五日中に大阪に下り、改めて武士の面目が立つ工夫を

しなければ、今のままでは刀を差しているわけにはいかないとの手紙の文面であった。

 そう言うと直ぐにはっと膝を打ち、さてこそな、何処ぞで大仕事をし出しそうと思っていたが、思った

壺通りだったか。かてて加えておかちが煩い、伯父の難儀、まだこの上に泥め(どら息子)が何を為出か

そうか分別に能わない(予想もつかない)と頭を掻けば、いや、分別も何も要らない。追い出してしまい

なさい。

 じたい親仁様が手ぬるい。私と與兵衛めはお前の種でないので余りに遠慮が過ぎまする。腹に宿った母

じゃ人と連れ添うお前、真実の父と存ずる。やがて婿を取るほどに背丈が伸びた。おかちはぶち叩きなさ



となった。叩き出して私の方に寄越してくださいな。何処か厳しい主人の許に奉公させて矯め直してくれ

ましょう。そう言うと、親は無念顔で、ええ、口惜しい、尤も継父(ままてて)であっても親は親です

ぞ。子を折檻するのに遠慮は要らない筈ですが其方(そなた)衆兄弟は身どもの親方の子、親旦那が往生

の時はそなたが七つ、のらめは四つ。ぼん様兄様、徳兵衛、どうせい、こうせいと言ったのを、彼奴(き

ゃつ)がきっと覚えている。母(かか)も始めはおか様の内儀様のと言った人。伯父の森右衛門の料簡



食するより外はない)。とにかくも森右衛門の言う通りにしてくれと折入っての頼みだったので、このよ

うに親方の内儀と夫婦になり、親方の子を我が子として守り立てた甲斐があって、そなたは自分の独り

稼ぎもなされる。

 與兵衛めに商いの手を広げさせ、手代も置き、蔵の一軒も建てるようにと足掻いても、尻の解(ほど)

けた銭差し(銭の穴を貫いて束ねる細い縄)、籠(かご)で水汲む如くに跡から抜けてしまい、壱匁儲け

れば百匁使う根性。異見を一言言い出せば千言で言い返す。ええ、元が主筋で家来筋の親と子だ。効き目

がないはず、我が身の立場が口惜しいと歯噛みすれば、さあ、そなたのその正直さを見抜いてあの道楽者

めがしたいままに踏みつけにするのだ。

 親仁様の陰でこそ親子三人が橋にも寝ず、人の門にも立たずに名跡を立てて下された。その恩徳は本当

の親と変わらない。そうこの母も繰り返して自分に言い聞かせていること。子供に遠慮があるからには、

その子供を宿した母親にもまだ遠慮があるのかと、こちらはそのつもりではないのだが、つい邪推もした

くなりまする。

 因果(業)晒しの末に見込みのない子供、愛想も根も尽き果てました、太兵衛、頼みます。江戸長崎へ

でも追い下して死んでしまうのなら死んでも一向に構いません。二度と面(つら)も見たくない。微塵も

愛着は残りません。如来様に誓っての母親の言い分です。何もご遠慮はいりません、勘当なされよとの評

議の声で目を覚まし、ああ、づつない(切ない、苦しい)母(かか)様、母様、母様はまだ帰りませぬ

か、とおかちが苦しむ屏風の内、門には物申す、河内屋徳兵衛殿はこちらですか。山上講中の頼みについ

て稲荷法印が御見舞い致す。そう言って案内を乞う。

 さてはおかちの祈祷をなされるか、一段、一段(忝ない、忝ない)、私は高槻の返事を急ぐ。お暇致す

と表に出て、徳兵衛は宿に罷りある。早々のお出で忝ない。あれへお通りなされよ、と太兵衛が帰れば法

印は端の間にこそ通ったのだ。

 踏み締めもなく(だらしなく)世の中を滑り渡りの油屋與兵衛、売溜め銭は色に狂い、絞り取られて元

も利滓(かす)も残らない油桶、重げに見せる汗は夏、中は涼しい秋ならぬ、空き樽を担って宿へ帰った

のだが、や、珍しいお山伏(ぶ)、こなたは見知った白稲荷殿、妹の病気祈りの為か。あの附き物(死

霊・生霊が取り付いてなった病気)がそなた衆の祈りで退いたならこの與兵衛が首を賭けてやろう。

 母じゃ人は薬を取りに行ったのか、耆婆(きば、古代インドの名医)でも治せない死病、無用の骨折り

と申すもの、や、これ、親仁殿、おかちが煩いより何よりも大事が有ります。その当座には母じゃ人には

伝えたのですが、それ以来ふっつりと忘れていました。今日、ふっと思い出して商いを止めて戻った。先

月、野崎で伯父の森右衛門様に行き合い、わざわざ飛脚もやる所であった、幸いの伝手、親達に伝えて

くれ、主人の金を四宝銀で三貫目あまり引き負い(使い込み、つまり、弁済の責任を負うの意)、今度の

端午の節句前に弁償しなければ切腹か縛り首である、一生に一度の願いだ、兄の太兵衛は義理も法の知ら

ぬ奴、太兵衛には内緒で三貫目を調えて與兵衛に持たせて下されと、折り入っての言伝でした。

 貳貫目や三貫目で伯父に腹を切らせては、此方(こなた)衆の外聞、世間が立たないでしょう。今日は

二日際(きわ)(節句前の支払い日)と言ったところで明日と明後日の二日しかない。万事を差し置いて

今日のうちに三貫目を調えて渡しゃっしゃれ。

 明日の夜明けに駆け出せば、昼までに行って戻れる、と言った。たった今直筆の伯父の文、その裏表

(正反対)の事、憎く可笑しく、いかな伯父でも主の金を引き負うような侍なら、腹を切らせたら良い。

何じゃと、三貫目とは仰山な金額だな。三匁もないぞ。お主の商いで去年から一文の銭も家には入れてい

ないぞ。計算したならば三貫目や四貫目はお前の手元に残っているはず。

 遣りたければ、その銀をやれ。追っ付け婿を呼び入れる。大事の娘が病気だ、馬鹿げた相談をしている

暇などはないぞ。や、法印様、おかちの容態を見てくだされたか、と余の事を言って取り合わない。

 おお、おお、手柄に婿を婿を呼ぶならば呼んでみろ。見物してやろうと、親の前に足を踏み伸ばし、算

盤を枕に横になったが、計略はすっかり外れた形。

 父がそろそろと抱き起こすおかちの顔の面窶れしたこと。法印がとっくりと見て、むむ、歳は幾つ。十

五、病みつきは前の月の十二日、むむ、薬師如来の縁日じゃぞ。十五日は釈迦の忌日であると同時に阿弥

陀の縁日、懐中の書籍を取り出して繰り広げ、指を折り仔細らしい声つきである。

 そもそも宝蔵比丘の浄瑠璃(平曲・謡曲などを源流として、近世に盛行した音曲語り物。中世末の浄瑠

璃姫物語に始まり、近世初期、三味線・人形舞わしと結合して、人形浄瑠璃が成立。以後古浄瑠璃の各流

派が行われたが、元禄時代に近松と提携した竹本義太夫が集大成して浄瑠璃は義太夫節の異名となった。

後、河東・宮園・常盤津・富本・清元・新内などが派生した)に曰く、阿弥陀と薬師は御夫婦と云々。即

ちこの病は一日も早く婿殿を呼び入れて、夫婦になりたいと思う気病みに、ちと外の見入れありと言う。

それに徳兵衛が尤も顔。

 法印が図に乗って稲荷大明神の使いの白狐の教え、髪筋程も違わない祈りと加持(加は仏が衆に応じる

こと、持は衆生がその仏の力を受けてうしなわないこと。真言密教で行う修行法、又は祈祷。行者が手に

印を結び陀羅尼・だらにを唱え、心は三昧に住することで、これによって物事を清めたり、願いが叶うよ

うに仏に祈る)も薬と同然、神仏にもその役々があり、熱病を冷ますには冷えではないが、比叡山の二十

一社、温めるには熱田明神、頭の病には愛宕権現、足の病は阿しく仏、走り人(出奔者、駆け落ち者)盗

人を動かさないのは不動明王の金縛り、咳気を祈るのは風の宮、老人達の老い病みには白髭明神。白髪薬

師、若衆の病の祈りには大慈大悲の地蔵菩薩、かるたの絵がつく祈祷にあざふの明神、釈迦牟尼仏、筒取

り(とうとり、博奕の席を貸して歩合を取る者)の祈りは四三五六社(伊勢・石清水・賀茂・松尾・稲

荷・春日を指す)大明神、八講(比良山で行う法華八講)七の社(六社に平野神社を加えて七社)、別し

てこの法印の得意とする祈祷は、銭小判俵物(ひょうもの)の相場商い、上げようと下げようと高下は自

由。持ちのお方(現物、米を手元に持っている者)が値上げをした祈りには強気に、上り高天が原の八百

万神、米を売り果たした衆が下がるのを祈るには、高いお山を時の間に麓に下がる坂、嵯峨の釈迦、安井

の天神、持ちと果たとの両方の一度の祈りには、高からず安からず、中を取って河内の国、高安の大明

神、法力の新たな事、棚から物を取って来る如くに、禮物(れいもつ)は大方は三十両、何時でも受け取

る。いで、一祈りと錫杖を振り立てて苛高数珠(いらたかじゅず、粒の平たい数珠)をさらり、さらり

と、押し揉んだ。

 印をまだ結ばないないのに、病人が重たい顔を上げて、のう、祈りも要らない、祈祷も嫌じゃ、おかち

の病気を治すのには婿取りの談合を止めてたもれ。あの與兵衛が若気の故に、借銭に責められる。その苦

しみが冥途での苦患なのだ。それが呵責の攻めとなっている。

 流れ勤めの女子なりとも與兵衛が契約した思い人を請出して嫁にして、この所帯を渡してたも。是非に

婿を取るならばおかちが命はあるまいぞ。思い知ったか、思い知れと辺りをきょろきょろと睨め廻し、あ

あ、切ない苦しいと、悶えわななき、そぞろ言(取り留めもない言い具さ)、父は驚き顔色を変えて、法

印は少しも少しも臆せずに、おかちに取り付いた死霊に、汝は元来何処より来たのか、さっさと去れ。去

れ。行者の法力は尽きないぞと鈴錫杖をちりりんがらがらと急々如律令(山伏などが呪文の終わりに唱え

て悪魔を駆り立てる語)と責め立てた。

 與兵衛がむっくと起き上がって、何も知らない癖に疾く立ち去れだと。どう山伏め、置きおれ。と、落

ち間(床の一段低くなった所)にがはと突き落とせば、やあ、山伏の法を知らないか。印(しるし)を見

せないでは置かないぞと駆け上がり、鈴をりんりん、りんりんと、引き摺り下ろせば又駆け上がり、不動

の真言、どたくたぎゃったり、ばったりだ(不動明王の慈救呪の なまくさまんだばさらだ をもじっ

た)と、引き摺り落とされて山伏も錫杖をがらがらと引きずって命からがらに帰ったのだ。

 與兵衛は親の傍に膝をまくり、これ親仁殿、今のそぞろ言は耳に入ったか。死んだ人を迷わせて地獄に

落としても、この與兵衛の好いた女房を持たせ所帯をもたせる事は応か否なのか。

 やい、喧しい。辺近所もあるのだ。巫山戯るのも大概にしろ。この徳兵衛は死んだ人の跡目相続をしな

くとも五六人家族の生活ぐらいは楽に立てる手段は知っているが、年忌命日も弔い、地獄に落とさず迷わ

せまい為に、名跡を継いで苦労をする。和御料(わごりょう、そなた)が好いたお山請出して、女房に持

たせ、半年も経たないうちに所帯を破って親方の弔いも出来ないようには出来ないぞ。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2025年04月22日 20時12分06秒
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: