草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年06月02日
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用明天皇 職人鑑(かがみ)

 宗の陸子静(りくしせい)が曰く、東西海の聖人はその心を同じくし、その理を同じくする。南北海

の聖人も皆同じだと。

 されば、大中臣の本系に厳矛(いかしぼこ)の本末を傾けずに中柄(なから)える人を中臣と言う。

 これぞ実相中道の仏の教え、神の法(のり)、皆一筋の秋津道、伝わる種や和歌の文字、三十一代

敏達(びたつ)の天子、恵み輝く瑞穂の国、八咫の鏡の影清し。

 然るに当今(とうぎん、今上天皇)甚だ文史(ぶんし)の学に長じ給い、民を以て天とすと愛し養い

なされたので、君が八隅(安らかに治める国の隅々)の外までも君子の国ぞと讃え仰いだのだ。

 御同腹の御弟・山彦の王子は万巻の文車を牛に汗させて轟かし、謹(つっし)んで奏聞有る。



来朝すとは申せども、外道の法(仏教以外の教え)はいまだ日本に渡らず候。

 是はこれ、四韋駄(しゐだ)と號する外道の書、この法を学ぶ者は因果を撥無(はつむ、払い除け)し来世

を期(ご)せず。現身に虚空を飛行して雨ともなり風ともなる。億萬劫の命を保ち、上天を祭って生きなが

ら上界に生ずる法、往昔(そのかみ)五天竺にはびこって君臣安楽を得たる所に、釈迦と言う者が仏法を興

し外道衰えたりと伝え候。

 目出度き国の御宝、天下に広め給えかしと希代縁によって招きを求め候と、奏し勧めたその顔(かんば

せ)、外道の術に迷わされ魂に入りしとは後にぞ人も知るとかや。

 帝を始め奉り百官帰伏(きぶく)の思いをなし、重ねて諸卿の勘物(考え調べること)に任せ、この書を和

国に広めるべきと御沙汰取り取りまちまちなり。

 ここに別腹の御弟豊日花人親王は黄巻朱軸の経典を七寶荘厳(しょうごん)の羽車(はぐるま)に盛り積ん

で、庭上にかき据えるさせ正笏(せいしゃく)一揖(いちゆう)して(笏をもち礼儀正しく拝して)奏聞ある。



に百済国(はくさいこく)から渡来したが時期はいまだ熟せず。

 追い返されし波小舟博多の沖にさすらう由を承り、臣密かに尋ね得て拝見し、仏教の大旨を鑑(かんが)

みるに、智者は禅定観念の理によって三世(さんぜ、現在・過去・未来)を悟り、愚者は讀誦戒法(どくじゅ

かいほう、教を読み、仏の戒めを守る修行)の行によって菩提(ぼだい、悟りの境地)に入る。

 戒定慧(持戒・禅定・智慧)の三學廣くは三千世界、一切衆生にわたり略しては一心に帰す。一心即ち十



に遍満して自在をなすを仏と言う。

 是、万寶を降らす如意寶珠(にょいほうじゅ、所持すれば思うように願いが叶うと言う宝の珠)、この

教えに則って天下を治めたまいなば、我が朝の天神地祇が感応の和光を添え、なお君が代は万代と治まる

国の御宝と恐れ入ってぞ恐れ入ってぞ奏せられた。

 山彦の王子は聞きもあえず、やあ、花人親王珍しの奏聞やな。そも仏法は先帝の御宇(ぎょう)に異国の

法と言って捨てられた。その先帝と申すのは誰であるか、主上(今上天皇)を始め丸(わたし)にも貴邊(あな

た)にも父上ではありませんか。三年父の道を改めずとは儒道の教え。但し、仏法は親の道に背く道では

ありませんか。

 花人、やがて、いや、仰せまでも候らわず。父の非を改めるのは孝の一つ。君父(くんぷ)も命が重いか

らとて悪を改めないのは道と申せようか。それは、舟端に刻みをつけて刀を尋ねる譬えに似ている。つま

り古い仕来りに縛られて誤りを犯す譬えに似ている。

 たとえそれはそうとしても、仏教をさえ捨ててしまう父の詞を守り給うのであれば、どうして外道を用

いなさるのか。親と言い、兄と言い、このように申すのも孝の道です。邪道を捨てて正法(しょうぼう)の

仏の御法を受け給えと、誠を尽くして宣えば、王子はおおきに気色を損じ、やあ、邪道とは何事ぞ、和主

が尊ぶ仏の弟子・神通の目連は竹杖外道に打ち殺され、さんずいの區木偏の婁(くる)外道と聞こえている

者は八万劫と言う間を四大海の水を耳の穴に収めて、過去七仏(毘婆尸・尸棄・毘舎浮・俱留孫・拘那舎・

迦葉・釈迦)も諸菩薩も水に渇する憂き目を見せた。

 このような不思議が適うものであろうか。釈迦が説いた極楽世界寂光浄土はいずくにある。舟で行く

か、馬で行くか、さあ、有るならば連れて行けと、つめかけつめかけ席を打ってぞ申されける。

 おお、極楽の在り所、案内申さん、是君見ずや、君が尊ぶ道書(道教の教義を書いた書物)にも呂洞賓(り

ょとうびん)が袖の中の青蛇(しょうじゃ)を投げ打って黄龍(こうりゅう)に乗ったのは、身の中の蓬莱山を

唯心の浄土として顕したのだ。一心の外に何処にあろうか。

 外道の元祖の提婆達多(だいばだった)は如来の三十二相を学び、千輻輪(せんぷくりん、三十二相の一

つ。足の裏の網状の紋が車の輪のようであるもの。提婆はこの相に欠けていたので金具を用いたの意)に

金具を使い、眉間白毫(みけんびゃくごう)に蛍の光を借りたそうだ。

 悪法を説く釈迦ならばどうして提婆は似ようとしたのだろうか。ああ、勿体無し、勿体無し、慢心(まん

じん)を挫いて正道に入り給えと理非を正して教化(きょうけ)有る。

 理(ことわり)かな、この親王は御成長の後は事も愚かや日本仏法の開基、聖徳太子の御父帝用明天皇と

申されたのはこの親王の御事であるよ。

 時に、物の部の大臣が進み出て、いづれも御連枝の御中と言い、殊にかかる聖賢(せいけん)の道、この

勝劣は勅判にも及び難し。所詮、両方の経巻を火に焼いて試みるならば、邪正の験(しるし)あるだろうと

用意があるので、仏道に心を寄せている人々は勿体無いと嘆く者もある。

 王子方ではすは大事と眼を塞ぎ観念し、三目八臂(欲界天の主)摩ケイ修羅天紕紐天、加比羅天さんずい

の嘔婁僧佉天、一つの験(しるし)を見せ給えと歯をくいしばって立ったりけり。主殿司(禁中の清掃・燭

火・薪炭などを扱う)が松を振り立てて両方一度にくゆらせた。

 ああ、忌まわしい、仏経の紐に火が移って華厳・阿含・方等・般若など大乗涅槃沙羅林の夕べの煙消え

残る五軸程になってしまった。

 外道の書には火も移らず、雪を焚くのかと怪しまれる。

 山彦王子は大音をあげ、叡覧(えいらん、天子が御覧になること)あるか我が君、仏道邪法に極まった

り。邪法を信じる花人は大日本の怨敵(おんてき)である。罪科が軽いはずもない、と高声にののしるのは

苦々しく見えたのだ。

 花人親王はにっこりと笑い、ああ、そう仰言いますな。兄君、正法(しょうぼう)に奇徳(きどく)なし。

譬えて申すならば草木の誠の花は嵐に散り、霜に枯れる。風にも霜には痛まないのは偽りの作り花。ま

あ、その如くに石や金でも焼くのは火の徳である。況や、火を取って紙に移すならば焼ける道理。焼く道

理だ。物を焼かなければ火の益なし。紙も焼けなければ天魔の術、信じるに足らず願うに足らず。真実微

妙(しんじつみみょう)の仏の不思議、験を見せしめ給えやと合掌有れば、有難や残りたる玉軸から七千余

巻の文字の数々が一点も失せずに現れた。

 光の中から妙覚(みょうかく、無上の悟りを得た)釈迦如来の容貌がありありと拝まれたると見えたのだ

が肉髷(にくけい、頭の頂にもとどりの様に突き出た肉の塊)から稲光、映ると同時に外道の書は皆灰燼と

煙りゆき、紫雲に乗じた御仏は雲井に上がらせ給ったのだ。

 王子は黙って赤面した。月卿雲客(高官たち)手を合わせ、あっと感じて禮をなさった近くに。主上はな

はだ叡感あり、妙なる業を見たからには異国の法だとて捨てるべからず。當国向原(むくはら、奈良県高市

郡飛鳥村)に伽藍を構えて仏法流布を待つべしと、稲目の臣に勅諚ある。

 重ねて花人親王を玉座近くに召され、仏法の大意は大慈大悲と伝え聞く、されば朕は世を治めてからい

まだ一事の慈悲をもなさず、天が下に触れをなし土民には貢をゆるめ、商人(あきんど)には黄金(こがね)

を施し、扨て職人には官位を与え、諸国の受領(じゅりょう、国主の官職)に任ずるべし。御身よろしく計

らい給え、と畏まりなる(有難い)詔(みことのり)。

 この時以来、諸職人は今も国名を許されて、よい時期を得て世に現れ、万代も将来長く続くこの御代に

豊かに住む身とはなったのだ。

 さるほどに、山彦の王子の屋形には小野の土丸と伊駒の宿祢、彼等二人は翼の臣(輔翼の臣、補佐する

臣)の中でも外道の方士。伊賀留田(いかるだ)の益良(ますら)は神変稀代の魔法を得て、即ち王子の師範た

りしが今日大内での諍論(論争)勝負は如何かと煩い、便り遅しと待つところに還御なりとぞ呼ばわった

り。三人が、すはやと走り出て、さて首尾はと尋ねたのだが、王子は無機嫌で返答はなく、冠をもぎ棄て

て禁色(きんじき、天皇や皇族以外に使用を禁じられた色。クチナシ色、黄丹色、赤色、青色、深い紫色深

緋色、深蘇芳色。王子なので禁色を用いているのだ)の裾脛(すそはぎ)を高く捲り上げてどうど座して桓々

(かんかん)たる(威のある)声を上げて、無念至極せり。

 今日、禁庭の晴れ業、仏道外道の争いに我が法は打ち負け仏道の為に寺とやらん、伽藍とやらん、建立

せよとの勅諚、それさえあるに、日本国の諸職人に官位受領をなすべしと花人親王に是を仰せ下された。

 然れば弟の花人は日々に威勢はびこって春宮に立つことは必定。時には、丸が王位の望みを達する期

(ご)はないだろう。この上は、高麗唐土(こまもろこし)に押し渡り、韃靼・契丹・南蛮・蝦夷の夷(えび

す)を語らい、一戦の鋒先に運を極めるだけであるよ。

 ええ、思えば奇怪、口惜しと怒れる涙をはらはらと鮫人(こうじん)の玉を貫いた(玉のような涙を流し

た)。伊賀留田の益良これを承り、それは心弱き仰せです、たとえ腸持(わたもち、生きた本当)の釈迦阿弥

陀が出たとしても我が法に敵うべきでしょうか。いで、某の魔法を以て形は此処にありながら、両眼は四

方に飛ばして親王方の案内を見届けて注進を仕らんと、虚空に向かって大玄谷人(だいげんこくじん)の呪

(道教の呪文、玄、谷神は老子に見える。玄は道の極致で深遠幽玄の意。谷神は道の譬えで、虚にして霊な

るものを言う)を唱え、還丹(げんたん)の法を行ったが、刹那が間に一筋の虹大空に棚引きて左の眼が抜

け出でて眼火あたりに散乱して雲車(うんしゃ、仙人が車のように乗り廻す雲)に捲かれ飛行(ひぎょう)

する。

 益良はそのまま眇目(びょうもく、片目)となって、申し、申し、暫しの間を待ち給え。これは葛仙翁(か

っせんおう)の吹目(すいもく)の術、三界(三千世界)を見巡ること半時を過ぎず候、と語る言葉が中空に益

良の左の眼(まなこ)の玉が光りながら飛び帰り、元の眼に収まったのだが、それはまるで流星の如くであ

った。

 益良は横手をちょうと打って、花人親王の御所の様、よっく見届け候が、のう、珍しきことこそ候。そ

の仔細は豊後の国の住人、真野の長者と申す者、寵愛の娘玉世の姫、継母を疎み、殊には又女の身にて遠

国に住み果てるのも物憂いと、百嶋太夫と申す乳人を具して春の頃より都に上り、檜隈の岡に屋形をしつ

らい居住し候が、彼の被官(直属)の職人共に官位受領をせさせる為に金銀財宝を以て親王に賄いした。





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最終更新日  2025年06月02日 21時14分19秒
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