草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年06月10日
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涙をこすりながら磨る墨の筆紙もこの文を書けと言って寄こしたのか、猛き心もくどくどと言う愚

痴を思い返し、巻き返して細々と書き結んで、雁の翼に結いつければ、心は有っても鳥類でさすが

に離別の文とも知らずに、急ぎ立ったる羽風にも、落ちよかし。落とせよかしと言いこそはしない

が心の中、思いやられて親王も御涙に暮れ賜えば、五位の介もかりがねが霧間に影が見えるまで眺

めやり眺めやりして、宮に蓑笠を着せ参らせて我が住む里へと帰ったのだ。

 松浦の兵藤太宗岡(むねをか)は所用があって越後の国に渡ったのだが、ただ今帰着と告げければ

五位の介は飛ん出て、頼みにしている御主人様の御帰り、若旦那の御帰りと呼ばわるので、母の尼

公もさよ姫悦び迎えに出でらるる。兵藤太は帰ると直ぐに、さて、母じゃ人妹、今度は他国に目出

度い吉事(喜ばしい事)松浦の家を引き起こし、昔の長者に立ち帰る出世のもとこそ出で来た。



げ、ああ、かたじけなしと三拝した。

 母も妹も打ち笑い、何事かは知らねども吉事とあれば嬉しいが、早く聞かせて下されと言う。

 そのことですが、都では山彦の王子が朝家を恨み、御謀反の企てが有って諸国の武士を招集なさ

れた。

 その上に、花人親王の行方(ゆきかた)が知れないので多勢が付かず、近々に戦が始まるとのこ

と。

 忠節の功に従い大国小国を相応に給わらんとの御判の令旨(りょうし、皇太子、三妃、中宮、親

王などが下す文書)を頂戴して罷り帰り候。武運の花の開ける時節弓矢の冥加に叶いしと語りも終

えないうちに母上は、扨てありがたや、忝し、我々は老いの身の上の事、殊更に女の身の上であ

る。

 侍盛りの御身を埋もれ木になすべきだろうか。生き世の内に世に立てて(出世させて)、姫にも名



があって、時節が来た嬉しさよ。

 王子の令旨を頂き、頂き、いやこれ、なう、兵藤太よ。手勢(手下の軍勢)と言っても数は少な

い、語らう人もあらばこそ頼りないことであるよ。

 ああ、そこらは油断仕らない。當国には昔から、歴々の流人の末、事もあらば高名して名を発っ

せんと刃金(はがね)を鳴らす(勇み立っている)武士共、早くも道すがらに語らって、今宵此処に集



べしと手配り極め置き候と言う。それにつけて、やい、そこな鍬取りの京雀、おのれは上方案内者

(上方の事情をよく知っている者)軍の供に召し連れるぞ。拾い首でも知行になる。万に一つも運

に叶い親王の首でも取ったならば、国大名と仰がれるぞ。一命を賭けて働けと言えども更に返答は

ない。

 母の尼公も詞に尽き、おお、そうとも、手柄はしがちな戦の場、大国の主となって如何なる位に

上っても胸次第にて成ることです。おことがこの度高名して国主とでもなるならば、幸い姫が気に

入っている。聟にとって夫婦にしよう。勇んで向かえと勧るのだが、わじわじ(わなわなと震える

様)震えて返答もしない。身ぜせり(身をもじもじさせる)してぞ居たりける。

 姫は飛び立つばかりにて、これ、そこな者、母上の御詞を座興と思うか。あの御詞の根を詰めて

(本意を汲み取って)高名を極めみずからと夫婦になり、今は侮られている会稽を清めん(会稽の恥

をすすごう)と思う我はないのか。あっと申しゃ、ええ、不甲斐ない。むむ、但し、夫婦になるの

が嫌なのか。つい(直ぐ)具足を着て行って、かい首(かき首、掻き切った首)切って来て給れと、

様々に辱めて唆すのだが、はて、それを人に習おうか、かい切るのは合点であるが、そのうちに向

こうからこっちの首をかい切って、その時は名代(代わり、代理)に死んでくれもなさるまい。

 損は拙者ただ一人、命にかけがえがあればこそ、と舌を巻いてぞ頭(かぶり)振るのだ。

 尼公がお聞きなされて、見ぞこのうたる根性かな。おのれはもといずくの者とも知らないが狼狽

え廻る不憫さに庄司殿が扶持し給い、殊に姫が不憫がり憐れみをかける故にわらわもその通り、こ

の頃も古里の妹よ弟よなんどとて童(わっぱ)や女郎(めろう)を連れて来た。ああ、可愛や、便りも

あるまじ、といたわり養ってくれているのだ。

 せめて恩を知るならば、言わずともお供と望んで軍(いくさ)に立ってこそ、男のきれ(端)とも言

えるけれども、この内には叶わないぞ、暇をくれるから出てうせろ。さあ、姫、こちらへと立とう

とすれば、姫は悲しさやるかたなく、是、のう、あっ(はい)と申してたもれと気もせく胸もせく

涙、若い心には道理である。

 兵藤太は興冷めして、言葉の無駄を言っているより蔵に入って物の具を着用しよう、ええ、見る

のも中々忌々しいぞと、背中をしたたかにどうど踏み、奥を指して入ったのだ。胸中は無念と言っ

ても余りが有る。

 五位の介は立ち上がり、むむ、踏みもせよ笑いもせよ、その細首は我らが物。不憫であるのは母

や姫、一先ずは君を落とそうかと思案している所に姫が走り出て縋り付き、軍に立たないのでした

ら立たないでも結構です。火の中、水の底までと誓った言葉を違えましょうか。さあ、どこまでも

一緒です。と、引いていく手をもぎ離して駆け出せば引き留め、振り切り出れば引き戻して、昨日

のも夕べのも変わる色目はなかったのに、俄かに秋風が立ち始めたのか。

 おお、げに心得た。最前よりの顔気色、さては御身は都にて親王様の縁(ゆかり)の人かと言おう

とすれば、ああ、ああ、声が高いぞ、音が高い。と、口に袖を押し当てて小声になって、是々、御

身にはしばしの情けが有るので包まずに語るが、他言はしないでほしい。

 我こそ親王の家来、五位の介諸岩と言う者だ。兵藤太とは今日からは敵と味方になったので、御

身との縁もこれまでだ。互いに名残は惜しいのだが、弓矢取る身の習いと思って、恨みを残してく

れるなと、再び駆けだそうとする。

 それを姫は縋り止めて、さてこそ始めからこうだと語って聞かせて下さっていたならば、母にも

兄にも語らって御味方となっていましたものを。これは、言うても返らない事ですね。わらわは夫

婦の契約ですから、譬え敵でも離れませんし、離しては下さるな。覚えず泣き声を上げて他所に漏

らすまいと袖を噛み、喰いしばった包み泣き。割り無くも(分別を越えて真情が籠り)また哀れであ

るよ。

 心が弱くては叶わないと、諸岩は声を荒らげて、ええ、聞き分け無し、愚かなり。幼馴染の本妻

でさえ王子方の者であるから状通(手紙)で縁を切った。先ず、思ってもみたまえ。合戦すれば御身

の兄兵藤太の首を取る。兄を討たせて面白い筈もなかろう。小舅は打てないもの。

 よし、それ程に添いたいのならば、御身の手にかけて兄藤太の首を取って来い。叶わない事をぐ

どぐどと近頃愚痴の至りであると、苦り切ってぞ言い放ったのだ。

 姫は聞きとがめて、然らば、兄上の首を取って見せ申したならば、必定夫婦に成り給うな。

 五位の介も難題が不可能な事を言おうと思い、おお、それも時刻をのばさずに今宵二十日の尽き

が出るまでだ。それより遅ければ承服出来ないが合点か。

 はて、何とせん、宵の内に兄上の首を取りましょうよ。裏の妻戸で待ち受けて声を掛けたならば

出合なされよ。その時に嫌とは言わせませんよ。合点ですね。

 言うには及ばない、夫婦である。討たなければこれが一生の暇乞いであると、言い捨てて一間に

入ればさよ姫は、はて無義道(邪慳、非道)な討たれまいやら討とうやら、ま一度言葉も交わさせな

い、夫の心の酷らしやとわっと泣き入りいたのだが、夜はしげしげ(どんどん、ぐんぐん)更けて行

く。鬼の様な兄上が女の手で討たれようか、討たなければ妹背の縁を切るとのこと、これは何とし

ようか、恨めしい。昔から今に至るまで、恋路の憂き目は多いけれども、兄たる人の首を打って恋

を叶えた例(ためし)はない。

 世の事草に指を指され、名を流さんは恥ずかしい。千々に乱れる憂き思い、胸も裂けるかと思わ

れる辛さであるよ。

 かかる所に母の尼公、後ろの障子をさっと開けて、長刀を横たえて走り出て、おお、可愛やな愛

おしや、わごぜが常々あの男に心を懸けている形(なり)そぶり、又先からのあらましを残らず立ち

聞きしたるぞと、子に愚かはないけれども、わけて御身は血のあまり(末っ子)。たった一人の娘で

あるから兄には思い変えたりはしない。やれ、気遣いをするな、兄を討たせて思う男と添わせてや

ろう。こりゃ、この長刀は妾が母から伝わって嫁入りに持たせた重代の物。わごぜが祝言する時の

輿の先にと思っていたが、ただ今譲るぞ、形見せよ、妾は兄の閨に行き、よく寝入らせて合図には

襖を鳴らそう。その時に障子越しにずはと突き、長刀を引かずに突きながら五位の介をば呼び寄せ

よ。この母が面談にて、夫婦の固めを祝おうぞよ。高いも低いも女の身は、気を強く思いつめた

男であるならば、添い遂げなくては譯(筋道、道理)立たない。

 出かした、母に任せなさい。髪を掻き撫でながら申される。姫は嬉しさ、恥ずかしさ、怖さに胸

も打ち騒ぎ、親の御慈悲とばかりにて、手を合わせて泣いたので、おお、嬉しいのは道理、道理、

御身が悦ぶ顔ばせが見たいばっかりに、身を藻掻いた親の心を思いやれ。

 さあ、間はないぞ、急くまいぞ。声ばし立てな、音すなと、差し足してぞ入ったのだ。

 五位の介諸岩は、よも討たんとは思わないが、もしやと裏の小柴垣、妻戸の陰に立ち忍べば東の

山に茜がさして、早くも月代が上がったのだ。

 姫は見るより心が急いて、南無三宝、月はでしおに契約の時は過ぎるだろうと気を使う。月は次

第に差し登る。如何はせんと行きては戻り、戻りては行き、足もさながら地につかず。

 かかっし折から門外に物も具の音が騒がしく、大音上げて兵藤太はおわするか。こう申す我々は

一味の武士、八十(やそ)の眞人廣盛(まつどひろもり)・武知(たけぢ)の郡司安彦(ぐんじやすひ

こ)、おし熊の武者所、坂の上のふる虎、阿摘の文次宗賢(むねかた)、手勢手勢を引き連れて着倒

の為に参入した。打ち立ち給え、お供せん。と、声々にこそ呼ばわったり。

 姫はなおしも気も狂い、ただ、あいあい、とばかりにて身を震わせているのだった。

 空には月かげ清々たり。

 庭に諸岩が伸び上がり、随分過ぎたと言う気色。

 門外には軍兵共が此処を開けよとののしる声、思いは四方、身は一つ。心配りに目も眩み、火を

飲み水を踏む心。危うしとも、恐ろしとも、譬えて言う術もない。





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最終更新日  2025年06月10日 20時46分33秒
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