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satoshi-mc3さんのご指名を頂きましたので、書き込みます。余りこの手のゲーム感覚のモノをしたことがないと言いますか、はっきり言って苦手です。内容は、(1)キーワードを受け取る。(2)最後のキーワードから連想するものを次の人に受け渡す。(3)最後にバトンを回してきた人に一言添える。(4)次にバトンを回す3名を決める。だそうです。今迄のキーワードは、このようにバトンタッチされているそうです。「中島みゆき→わかれうた→失恋→涙→青春→どきどき→初対面→学校→部活→放課後の出来事→告白→初めてのチュ→はにかみ→笑顔→ひまわり→麦わら帽子→ルフィ→木綿→ハンカチ→黄色→お星様→希望→祈り→片思い→サクラ貝→乙女→長い髪→ジョン・レノン→クリスマス→水の結晶→雪→うさぎ→レッド→明日→道→学び→好奇心→足早→一生懸命→花→果実」で、私は「果実(フルーツ)」にまつわる連想を次の方に投げ掛けるのだそうです。はて、何にするべきでしょうか?センスが問われますね。^^;/では、私の連想ですが、色々考えましたが、実から次の生命へと継承されることを考えて、「芽吹き(めぶき)」といたします。そして、バトンを受け取っていただきたい方々ですが、お一人目は、suzuran-rachelさんにお願い致します。フランス在住の大変素敵なお方です。(お目に掛かったことはございませんが、お話の内容からお察しすると、多分? ^^; マアマア )お二人目は、t-matsu9679さん。懐かしの青春時代の音楽をご提供していただいております。音楽だけでなく、その楽曲にまつわるエピソードを事細かく教えていただけるので、時には涙無くして拝見できません。(お忙しいでしょうか?)出来ましたら、連想に相応しい楽曲を、ご披露いただけたら最高です。宜しくお願い致します。お三人目は(三人目のお方と言うべきですね。)、yes!yes!!yes!!!さんです。只この方は、現在大変お忙しいようで、ブログをなかなか更新されていません。(自分のことを棚に上げて言っていますが、……、恐縮です。)でも、ご覧頂けることを期待して、近況をお話頂けることを期待して、お願い致します。satoshi-mc3さんとのリンクも、この方のページがきっかけです。(エミサン、ミタラヘンジシテネ!)何故「芽吹き」かと言いますと、今の仕事が「発芽玄米」を中心テーマにしている事もあります。が、新しい生命の力と申しますか、不思議な力の源と感じるからです。詳しいことは、後程改めてお話しいたします。satoshi-mc3さん、改めまして、バトンを投げ掛けて頂きましてありがとうございます。高橋尚子さん、おめでとうございます。そして感動をありがとうございます。
Nov 20, 2005
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思うに、「本物」は雲の上の世界の話ですが、少しでも近づく事・近づこうとする事がとても大事で、限界に挑まれている方は数多くいらしゃる事も確かです。自分なりにチャレンジする「魂」を持たれている方々を尊敬いたしますし、微力ですが、私自身いつもそうでありたいと思います。
Nov 11, 2005
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久々に更新いたします。以前、お話しした本物の価値観について、お話ししたいと思います。絶対的価値観と言うとかなり哲学的ですね。私が哲学的なことを偉そうに話をしたところで、多分何の事やら分からなくなるだけです。^^:余り墓穴を掘ってばかりも居られませんからね。でも折角ですから、ほんの少しだけ考えをお話しいたします。「本物とは、…。」と言うと価値観を避けて通れません。絶対的な価値観というと物凄く多くのことを差しているようですが、絶対的な価値観は一つだと思います。単に本物かどうかです。後は全て、相対的な価値感であり、本物とそれ以外(偽物)の狭間のお話です。分かり難いでしょうか?本物=絶対と言うことです。英語で本物と辞書でも引けば、多くの答えが出てきます。オリジナルとかリアルとかトュルー・ライブ・オネスト etc etc・・。どれでもやはり偽物が有っての本物の捉え方、相対的価値観になっていると思います。只、それでも日本語と若干違うところがあります。それは、生きると言う事、混じりっけが無いと言う事が少し本物の価値観を捉えています。やはり宗教的な考え方の歴史の違いなのでしょうか。GODと与えられた命(Life)犯し難い物(Pure)と言う存在がそうです。結論として、食品の本物は前回の通りではありますが、絶対的価値を言えば、他を全て否定できる存在そのものとなります。それはどうこう言っても、余り意味を為さなくなります。前回とはかけ離れて、現実的な意味を持たない議論になってしまいます。何故なら、本物以外全て否定してしまい、誰もついて行けません。例えそうであっても、本物を捉えることが可能であるとすれば、又は捉えてみたいというので有れば、現実から離れるかも知れませんが、命と純粋な気持ちに置き換えられると思います。つまり、食品であろうと無かろうと、本物を作ろうとする情熱・人に良い物を供給しようとする努力・困難を乗り越え様とする知恵・又困難に立ち向かう勇気そう言った「魂」がそこに有るか無いかで、絶対的な価値観が得られるかも知れないと言うところです。この境地に到達するのは、正しく予想がつかない位に、過酷で神に対峙する位の試練を乗り越える重みを持たないとなりません。「魂」・「命」との引き替えなのかも知れません。「名人」・「聖」の世界では、本物が当たり前の様に存在しているのでしょうね。
Nov 11, 2005
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