1

去年の成人式の次女の顔が浮かんだ。 あれからもう一年……。 長女には作ってやれた振袖を、次女には作れなかった。 生活をすることがやっとで、それどころではなかったから。 それでも彼女は健気に、不平は言わなかった。 急に失ったすべての事柄に対しても、 「生きていれば良い事があるはず」 と、ひたすら前向きだった。 「死んだ方がましだ」と泣き叫ぶ、わたしや長女を冷静に励ましてくれた。 恥ずかしいけど、当時わたしは現実を直視できなかった。 「なんで?どうして?」が心の中を渦巻いていた。 「ああ、あんなに頑張ってこれ?」 半狂乱だった。 そんな母親を見る娘の気持ち、どんなだっただろう。 きっと情けなくて、辛かっただろう。 「母さんの振袖が着たい」 次女が言った。 キモノ類は、お金にはならない。 着る機会は二度と来ないかもしれないのに、 わたしの母との思い出が詰まったキモノは、 どうしても処分できなかった。 取り出してみたら、羽二重の胴裏がシミだらけだった。 そんな振袖を、誰が晴れの日に着ているだろうか。 長女と次女の身長の差は、15センチある。 一度しか着ていない振袖だけど、次女には袖が長すぎた。 わたしの気持ちとは裏腹に、次女は薄汚れた振袖を着ると譲らなかった。 二枚の振袖を持って、予約したホテルへ向かった。 事情を説明したら、係の方がなんとかしましょうと請け負ってくれた。 結局、次女は長女の振袖を着てわたしと長女の前に現れた。 小柄な彼女の胴にバスタオルを巻き、どうにか着せてもらったのだ。 長女には中振りだった袖が、次女には本振り袖であった。 わたしは力がぬけた。 良かったと思った。 いくらなんでも晴れの日だ。 総絞りの長女の振袖は、それなりに見栄えがあった。 次女にもしっかりと似合っていた。 「ねぇ、三人で記念写真撮ろうよ。こうして無事成人式を迎えられたんだもの」 次女の提案で一枚余計に写真を撮った。 先日、わたしの大好きな加賀友禅の小紋を次女に着せた。 背格好が同じくらいの次女には、ものすごく似合っていた。 亡き母の気持ちが良く分かる。 こうして母はわたしを眺めていてくれたのだ、と思った。 「全部あげるから。母さんが大事にして来た着物、全部あげるから」 やっと、亡き母との思いを娘に渡せた。 お正月にわたしの振袖を着た次女@鶴岡八幡宮(上手に帯を結べないので二重太鼓で我慢してもらった)
2005年01月10日
閲覧総数 2
2

何度も欲しいと思っていたハナミズキの苗木を、鎌倉の市場で見つけたとき、それが花開いた様を想像し、わたしは嬉しくてたまらなかった。 元気良くすっと上に伸びた苗木は、いかにもちゃんと根付きそうに見えた。 でも抱えて電車に乗るには、少々憚られる背丈をも持っており、やはりわたしは断念せざるをえなかった。 それでも後に、あの時買っていたならば、と何度臍をかんだことだろう。 それほどハナミズキは、わたしの好きな花なのであった。 昔住んでいた家の、小さな猫の額ほどの庭は、それこそ雑多に植栽されていた。 今様のガーデニングには程遠く、食べた柿の種から育った柿の木や、義母がところ構わず増やした沈丁花、近所の人たちと交換し合った一年草の草花、そして食用のニラなどが、にぎやかにひしめき合っていた。 だから一体、どこにハナミズキを植える場所があったのか、と苦笑してしまうのだけれど、わたしは庭にハナミズキを植えたかったのだ。 そこから最寄り駅まで行く途中に、ハナミズキの大木を持つ家があった。 偶然散歩の途中で見つけてからは、花の季節には必ずその道を通ったものである。 更に枝垂桜を持つ家や、モッコウバラを玄関先に咲かせる家もあり、わたしはその通りをひそかに花の道と呼んでいた。 そもそもハナミズキを植えたいと思い、好きになったきっかけが、その大木にあった。 ゆうに塀を越えたハナミズキは、堂々と枝葉を伸ばし、凛とした樹木の美しさを感じさせた。 まさにわたしは、樹木の美しさにほれたのであった。 ところが、そのほれた木は、花をつけたのである。 白い、まるでつばの広い帽子のような花をつけて、悠然としていた。 あまりに気品に満ちた花にわたしは足を止めて、じっと眺めた。 生まれて初めて、ハナミズキに遭遇した瞬間であった。 人間世界の、雑多なわずらわしいことなど無関係とでも言いたげに、その気品に満ちた花は咲いていた。 花が終われば、夏の陽射しを和らげる葉が茂り、家の軒先を強い日差しから守った。 なんて素敵な空間を提供してくれるのか、とその家の前を通る度に、我が家の庭にハナミズキという願望が膨らむのであった。 (続く)
2006年04月21日
閲覧総数 7
3

わたしが一番好きなこと。 それは日々の家事。 でも最近は、それらがものすごく億劫になった。 なんだか腹立たしい気持ちになったり、苛立ったり。 丁寧に埃を拭った後で飲む一杯の珈琲の味。 至福だったのに。
2005年05月12日
閲覧総数 2
4

台所で後片付けをしていると、ほとばしる水道の音にかき消されながら、背中で掃除機の音がした。 ずっとわたしの仕事だと思っていたけど、長女がかけてくれている。 ここのところ、身体の不調を訴えたからだろうか。 「母さん、片付けが終わったら散歩に行こうね」 「散歩?」 「うん。運動不足で身体がなまっているんでしょう?だから」 「そうね」 五月晴れと爽やかな緑の風、散歩も悪くない。 遅い朝食に食べた炒めビーフンの皿を、手早く片付けて財布だけを持って外に出た。 散歩と言いながら、実は買い物がてらなのであった。 日用品が何点か切れていて、それらをメモして持った。 ごく最近二人で嵌った『のだめカンタービレ』の二巻から十一巻をまとめて購入し、百均とマツキヨで日用品を補充した。 春には満開の桜を楽しませてくれた並木道が、今は青葉で鬱蒼としている。 見上げると、枝葉の隙間から真っ青な空が見えた。 「いいねぇ、この桜。花も良かったけど、この緑の下を通ると元気になるねぇ」 「いい、いい。中々のものだよ」 長女の両手には、メモのとおりに買った品物がずっしりと重そうだ。 「ねぇ、持とうかって聞いてくれないの?」 「だって、聞いてもどうせ大丈夫って言うでしょう?だから」 「そりゃそう言うけど、聞いてくれたら気分が違うじゃない?」 他愛も無い会話で、ぶらぶらと歩いた。 最近長女と休日を過ごすことが多くなった。 こんな些細なことがそこはかとなく嬉しかったりするけれど、ずっと後になったらもっと懐かしくて、心がほっこりするに違いない。 肌に心地よい緑の風を、思い切り吸い込んだ。 もうすっかり初夏の匂いがした。
2005年05月21日
閲覧総数 2