るろうに剣心小話
剣心とは違うその背中を、追いかけるにはわけがある――
『悪一文字の背中』(弥彦と左之助・シリアス)※弥彦語り
前に、こんなことがあった。
まだ俺が剣を習い始めたばかりのころで。
買い出しの帰りに不良集団に襲われた俺は。
弱くてやられっぱなしで。
たまたま通りかかった左之助が、あっという間に片づけた。
んで、おんぶさって帰った。
その時、左之助の背中はとても広く感じたけれど。
そんなことよりただ悔しかった。
少し剣術の腕が上がってきた頃。
また不良集団に襲われた。
今度はやっつけられると思ったのに。
途中でバテて結局やられて。
また左之助に助けてもらった。
今度はちゃんと立ち上がったのに。
左之助の悪一文字は俺の頭のずっと上にあって。
やっぱり悔しかった。
今はもう刃渡りもできるようになって。
今度不良集団に会ったら、きっと圧勝できるはず。
悪一文字が、ほんの少しだけ近くなった気がするのに。
だけど現実は全然届かなくて。
とにかく悔しい。
「よぉ弥彦」
初秋の月夜、道場の中庭で稽古してた俺に声をかけたのは、左之助だった。
「こんな時間に、なに人んちの縁側でくつろいでんだよ」
「おめぇこそ、お子様のくせに、なにこんな時間まで起きてんだよ」
俺は左之助をにらみつける。
「縁との闘いも終わって平和になったっていうのによ」
「……言っただろ。俺の夢」
『この目に映る弱い人たちや泣いている人たちを守りたい』
そういえば、そんな大切なことを、俺は最初に左之助に話したんだ。なんでだろ。京都で剣心に『勝ったものが正しいと言うのならそれは志々雄真実と同じでござるよ』って言われて、気付いた未熟さ……それも左之助に話したんだっけ。
悪一文字の背中はまだまだ遠いのに、強さも、悔しいけど心だってまだ全然かなわねーのに、どこか左之助は近いんだよな。ホント、なんでだろ。
そーいえば……。
「なぁ左之助」
「あー?」
「お前には、夢があるのか?」
初めはなにげなく思ったことなんだけど。
言葉にしたら無性に知りたくなって。
俺は真剣に左之助の目を見つめてた。
左之助は、めずらしく真顔でしばらく考えたあと、ニッと笑って言ったんだ。
「なんか、でっけぇことしてーな」
「でっかいこと?」
「世界一周の旅とかな」
俺はこいつが初め何を言ってんのか全くわかんなくて。
だけど『世界』というものが果てしなく遠くにあることを思い出して。
体の血がどくんと騒いだ。
「弥彦?」
体が熱い。
「おい弥彦……」
熱でもあんのか俺。
「弥彦……」
左之助がいけねーんだ。
そんな遠くにいっちまったら
「……泣いてんのか?」
せっかく少しずつ近づいた悪一文字に手が届かなくなっちまうだろ
泣いてねぇ、と言って。左之助に背を向けて涙ぬぐった。
そんで、なんで俺が追いかけてるのは剣心の背中なのに、こいつの悪一文字も追いかけたくなるのか初めて分かった。
それはこいつが剣心とは少し違う背中で。
強くて男気があって……左之助にしかないものへの憧れがたくさんあるからなのだけど。
だけど一番の理由は、そーいうことじゃなくって。
例えば剣心は父上の代わりではなく。例えば薫は母上の代わりでもないのだけれど。
左之助は……
「お子様のくせに泣くの我慢してんじゃねぇよ」左之助が無理矢理俺の顔を自分の腹に押しつけるから。
「左之助……に……」
「あー? なんだ?」
「……っ」
俺は左之助の背中に手ぇ回して、悪一文字をぎゅっとつかんで。
言いかけたことをのみこんで。
そのせいで必死で泣くのを我慢するハメになった。
遠くへ行かないで
悔しくなるのも大切なことを話すことが出来るのも近くに思えるのも左之助だからなんだ
悪一文字の背中は俺にとってすげぇ大事な
左之助兄ちゃんの背中なんだ――
だけどそれからすぐ、左之助は海の向こうへ行ってしまった。
『少しさみしいけれど、我慢しなくてはな』
剣心にそう言われたから、俺は涙で揺れる視界で。
必死に悪一文字の背中をこの胸に焼き付けた。
だいじょうぶ。さみしくても我慢できる。
悪一文字は、俺が背負っていくのだから。
☆あとがき☆
82999HITのご報告をくださったトッポ様へのプチ捧げものです。
弥彦と左之助のコンビがお好きとのことで書いてみたのですが、いかがでしたでしょうか。ええと管理人は、弥彦は左之助のこときっとお兄ちゃんのように思っていると思います。悪一文字の背中を追いかけるのは、左之助が剣心と違う魅力を持つこともありますが、「大好きなお兄ちゃん」だからでもあるのかなって勝手に思ってます。
この小話を、82999HITのご報告をくださったトッポ様へ捧げます。
左之助『(十五歳弥彦に)悪一文字つけてんのはいーけどよォ、そんな目立たねェところに小さくつけてんじゃねェよ』
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