雅の日記~お気楽生活をめざして

雅の日記~お気楽生活をめざして

2006年01月04日
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大発会だから前場の動きでも眺めるか、と思って起きたら


寝坊介(ねぼすけ)投資家は、今年も健在です…。

さて本題。
禅の世界では、遊戯と書いて、「ゆげ」と読みます。
古来は遊心(ゆけ)と呼ぶこともあったそうです。

効率性を追求せず、見返りを求めず、心にまかせて自由自在に振る舞うという意味です。

この言葉を思い出したのは、お坊さんであり、作家の玄侑宗久さんが、昨年12月29日の読売でこんなことを語っていたからです。

「あまりにも強く因果律に縛られた効率重視の社会を越えるものの一つが『遊び』だろう。禅には『遊戯』という言葉がある。何かをして、それに見合った結果を後に期待するのではなく、今していることの中に楽しみを見いだし、人生の喜びに変えてしまおうという考え方だ」


乱暴に言えば、「心」と「体」が重層的に絡み合っている、ミルフィーユみたいな構造をイメージすればいいと思います。
ミルフィーユもそうですが、クリームとウェハースをばらばらに食べても、美味しくないでしょう。きれいに分けたら、見た目には綺麗に食べられますが、何を食べたのか、本当はどんな味がするのかはわかりません。
「心」は心、「体」は体と綺麗に識別して、単純にすればするほど、本来の「容」は喪われていきます。そしてその本質を感じ取ることもできません。

つまり、論理や数字などに縛られ、つじつまを合わせることはできるが、それは非常に硬直した考えや思想をもたらすだけだということです。
「心」がおいてきぼりになることで、却って自分の欲求や能力の可能性をさまたげることになるのです。

自動車のクラッチは、「あそび」があるから事故を防止できる。
あの動きがなかったら、世の中ではもっと悲惨な事故の件数が多いはずです。

ちょっと周りを見渡してみると、最近世の中が窮屈だな、と感じています。
仕事で数字に振り回される人、柔軟性のないシステム。
自分さえよければいい、という考え方。

「ま、いいか」と言って、その場を楽しむ。ともに笑う。

みなさん、「数字」や「お金」や「地位」に縛られず、もっと人生を楽しみましょう(^o^)/

あ、そうそう、株式投資も「遊心」を持ってやっていたほうが、よい結果が出るような気がします。
何となくそう思うだけですけれど、ね。





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最終更新日  2006年01月04日 13時50分33秒
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