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「石田、チョコ寄越せっ!」昨日の今日でよくもまあ。呆れるというより、いっそ天晴れだと思う。「君、井上さんと朽木さんから貰ったじゃないか。手数料もあげたし……」「全部みずほに取られたんだよっ!」ご愁傷様。それ以上何も言わず、石田は啓吾にチョコレート詰め合わせ特大パックを渡した。それを切っ掛けに、石田の机の前にチョコを求める列が出来る。……女子のほうが明らかに多かったが。織姫の無限の胃袋を考え、クラス全員を賄ってあまるほどのチョコを作ったのだが、なんだか彼女が戻ってくる前に無くなりそうである。……こんな大事になるとは思わなかったのだが。こうなると、ホワイトデーは自分があげる側なのか、貰う側なのか、どちらにしろとんでもない事態になりそうな気がする。結局織姫たちは始業ぎりぎりまで教室には戻らず、その頃にはチョコは綺麗に売り切れていた。「……」ムースを作るかどうか、石田はまだ考えている。
2007年03月06日
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「石田ーっ!」何処で聞き込んだのか、写真部に乗り込んで来た本庄千鶴は、鬼の形相でお内裏様……もとい、級友の石田雨竜を吊り上げた。「なんでヒメがお雛さまじゃないのよっ!」そう言われましても。「籤引きの結果だよ」その籤引きの勝者は、あまりの剣幕に腰が立たなくなっている。井上織姫の提案が元で、急遽決まった「お雛様コスプレイベント」の広告用ポスター、そのお雛様役はほぼ公平に、籤で決まることになった。ほぼというのは、4月の新年生相手のスピーチで役を貰った織姫と、小川みちるの二人は除かれたからだ。お内裏様は、やはりスピーチの主役である部長の石田は除かれ、二年の武原が務める予定だったのが、昨日足を捻挫したとの事で、結局これも石田がやることになった。「せっかく学園一の美少女がいるのに、宣伝に使い倒さないでどうする!なんのために部長になったのよあんたは!」……とりあえず、贔屓の引き倒しのためではない。「かわいーのにー、絶対可愛いのにぃっ!」「じゃあ、後で二人で撮ればいいじゃないか。本庄さんがお内裏様になればいい」「でも、やっぱりポスターは捨てがたいっ」「その件については、後で写真部と交渉してくれ」流石に、そういうリクエストは少ないと思われるが。どうも、思ったより大変なイベントになりそうだと石田部長は溜息をついた。
2007年03月02日
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「石田部長、提案があります!」と井上上級委員が言い出したのは、2月も末の手芸部活動会議でのことだった。「なんだい井上さん」「実物大のお内裏さまとお雛さまの衣装を作りましょう!」「そんな予算残ってないよ」五秒で試算し、石田はすげなく首を振った。イベントごとにきっちり稼ぐ手芸部だが、実費も嵩むため、個人への半分を済ますとほぼかつかつの有様なのだ。しかし、「貸衣装にしようよ」との声が何処かからあがり、それからわっと盛り上がって、ニ時間後には「三月限定貸衣装 一着一時間千円 背景・小道具あり 髪のセットは別料金 花ちらしのお土産付 別料金で写真部による撮影あり 人数が増えるごとに5%引き(最高12名まで)」という企画書が既に完成、生徒会に提出されていた。……商売慣れした学生って怖い。
2007年03月01日
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職員室と生徒会室にムスカディーヌを納める。ひまわりソーイングには夕べの内に、アパートの住人たちには今朝の内にエクレアを渡してある。部員たちにはアイスと、チョコフォンデュの用意がしてある。後は、残ったチョコをばら撒けば終わりだ。……あのタルトを除けば。あれを生徒会に持っていけば良かったと気付いた時には後の祭りだった。お昼時間に黒崎達に出してやるしかない。まあ、昨日随分付き合ってくれたのでそれでも損した気はしないが、向こうが嫌がりそうな気がする。少なくとも自分は、当分チョコなんて見たくもない。無論、一番の問題は、もう一度ムースを作るかどうかだが。「石田っっっ!」チョコ目当ての女子どころか、不良も裸足で逃げ出しそうな険しい表情で思案に耽っていた石田に声をかけて……というか殆どむしゃぶりついてきたのは、手芸部の平山元副部長だ。「何か用ですか平山先輩」別に気を使うような相手ではないので、埃でも払うように振りほどく。しかし石田が(男子)部員に冷淡なのは何時ものことなので、平山は全く動じず、「チョコをくれっ!」と恥ずかしげもなく叫んだ。「ああ、やっぱり貰えなかったんですか」「違うぞ石田!お前から貰うために全て断ったんだ!」嘘つけ。とは流石に石田雨竜も言わない。「はい。藤尾先輩と半分分けしてください」「うおおおおおっ?」直径20cmのタルト入りボックスに、平山は歓喜と動揺のうめき声を上げる。無論、好待遇の動機の大半が「厄介払い」だとは思いもしない。「繰り返しますが、藤尾先輩と半分ずつですよ。放課後部室に来ても、先輩たちの分はありませんからね。大人しく卒業してください」「う、ううっ……」石田の声が何処まで理解できていたのか、その日の放課後平山は確かに部室には来なかった。しかし、タルトはしっかり独り占めしたため、後日藤尾と殴り合いの喧嘩になったそうである。
2007年02月23日
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そして翌15日。一護は朝のバスの中で、必死に吐き気を堪えていた。朝食の後、一護の体を借りたコンは、当然ながらルキアと織姫のチョコを食べたがり、石田のチョコなど見向きもしなかった。見るからにサイケな織姫チョコを必死にほうばる姿に、一護は一種の感動を覚えたが、結果がこれである。ちゃんと歯磨きさせてから体を取り返したので、口の中に味は残らなかったが、確かに「それ」は一護の腹の中に収まったのだ。大量に。何とかバスを降りてから、自動販売機でブラックコーヒーを買って飲んだが、それでもむかむかが治らない。そこで思い出したのが、昨日ルキアが騒いでいたチョコレートアイスだ。あれは確かに良さそうだった。あれを喉に通せば、気分が治るような気がする。昨日の今日だし、石田だって頼めば少し分けてくれるんじゃないだろうか。ふらふらで、少し思考が甘くなっている一護は、昨日の戦場に向った。そこは既に修羅場だった。「何で勝手に食べてしまったんだ!」ぎくり。いきなり罵られ、一護は体を堅くする。……いや、落ち着け。怒鳴られたのはオレじゃない。まだ喰ってないし。考えてみれば、既に機嫌の悪い石田に「アイスをくれ」と強請っても無理に決まっているのだが、そこまで頭が回らず、一護は無造作に廊下から修羅場に足を踏み込んでしまった。「あ、黒崎君!」織姫は半泣きで一護の名を呼んだ。「おい、朝からなんの騒ぎだ?」「ううっ」よく見てみると、たつきと、なんとか顔だけは覚えている彼女のグループのメンバーが顔を揃えている。何時も元気が有り余っている女子高生たちの顔色が悪いのは、普段は織姫に檄甘い石田が本気で怒り狂っているからだろう。「ごめんなさい、後でまた材料買ってくるから……」「もういいよ!配るのは、他の誰かに頼むから!」「お前、当て有るのか?」いらん突込みをした一護をぎろりと睨みつけると、石田は持てるだけのチョコを持って出て行った。「えーん、黒崎君、どうしよう」「いや、俺に聞かれても」そもそも何であんなに怒っていたのか知らないのだが。「えっとね、石田君からチョコタルト貰う約束してたの。でも食べにきたらね、チョコムースがあんまりおいしそうだったから、ついつい、ふらふらーっと」「喰ったのかよ」「タルト残しておけばいいと思ったの……」そうしたら、チョコ菓子なら何でもいいわけではなく、ムースになにかのこだわりがあったわけだ。
2007年02月22日
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「よう一護、首尾はどうだった?チョコは貰えたか?ああん?」「ほれ」くだらない煽りを入れてくるコンに、一護はあるだけのチョコを降らしてやった。「ぐえっ!」「おお、今頭に当たったのは井上のだぞ。良かったじゃねえか」「何っ!井上サンのちょこ!」小さい手で結び目を解こうとするが、上手くいかない。「一護~」「今日は駄目だ。腹に凭れる。朝になったら少し体を貸してやるから、今日は大人しく寝ろ」「え、いいのかっ!」死神稼業で夜更かしにはなれているが、いい加減寝たい。無駄なやりとりは省略したい。それゆえの優しさだったのだが、コンは随分嬉しそうだった。「あのな、今日昼間にりりんが来てな、オレとてめえにチョコをおいてったんだ」「へえ」ベッドにばったりと倒れこむ。その目の前に、コンがチョコを持って上がってくる。「……アポロかよ。どいつもコイツも同じこと考えやがって」流石に手作りではなく、市販の、普通のチョコレートだ。「そういうなよ、せっかく下駄帽子の眼を盗んで持ってきてくれたってのに!」「って店のモンかよ!」コンはさらりと、「アイツがぬいぐるみに小遣いくれると思うのか?」「いや、ねえ」そういえば、あそこは居候に満足に飯も食わせないほどケチだった。それを思うと、流石に少し不憫な気がする。一護にとって、りりんのイメージは金髪の少女ではなく、ぴいちくぱあちくと煩い青い鳥(のぬいぐるみ)だ。それがチョコを二つ此処まで運んでくるというのは、チャドでなくてもちょっぴり可愛らしいと思う。「来月、なんか買ってやらねえとな」「……このチョコ、全部お返しすんだぞ?わかってんのか一護」出来れば忘れたい。
2007年02月22日
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「まあ、美味しそうなものが沢山」「朽木さん、冷蔵庫漁らない」石田はぴしゃりと言った。「そこに間食用の一口チョコがあるから。後は有料サービス」少しなら只であげてもいいが、片端から平らげられてはたまらない。石田は、女性の胃袋には全く夢を見ていない。「ちょっと持ち合わせがなくて……」ルキアはちらりと一護を見たが、「偶然だな、オレも持ってねえ」あっさりかわされた。「……チョコレートアイスは、お兄様も大好きで」「幾らでもお持ちください朽木さん!」「騙されるな啓吾!白哉はどっちかってえと辛党だ!」それでもルキアはゴネにゴネ、「朽木白哉の名で礼状と(現世の)商品券を送る、阿散井恋次にも少し分けてやる」ことを条件にアイス三人分、パイ一皿、プチガナッシュをあるだけ奪取、そのうえ一口チョコの小山を消して帰っていった。「……石田、後どんくらいかかるんだ?」「家に電話して」「徹夜かよっ!」「徹夜とは言わないけど、午前様はあるかな」一気にテンションが下がる一同。「パンケーキでも焼こうか?」結局、啓吾がコンビニに走った。「おう、まだやってんのか」恋次がふらりとやってきたのは、それから約一時間後のことだった。「なんだてめえ、ひやかしか?それともルキアに貰えなくてやけになったのか?」「喧嘩売ってんのかおい」面白眉毛をひくつかせるが、切れないところを見ると、一応もらえた様子である。「ルキアが、手伝いに行けって言うから来てやったんだ」「尻に敷かれてんな相変わらず」「喧しい!」しかし、ルキアに弱い恋次は彼女のために菓子作りの腕を磨いている。はっきり言って、不器用なルキアよりずっと頼りになる。(密かに)予想していたより1時間以上短縮できて、石田は心から安堵した。「はい、阿散井君、手数料。君の作ったタルトレットでいいよね」「ああ。……話が早くて助かるぜ」「聞かなくたってわかるよ、それくらい……」無論、一護たちもきっちり頂いた。「ただいま……」今日は疲れた。本当に疲れた。何故男に生まれて、BDにチョコを作らなければならなかったのだろうか。考えると理不尽な気がする。しかし、「お帰り一兄」「おかえりなさーい!」期待に眼を輝かせる妹たちを見ると、愚痴を言う気にはなれない。「今日はもう遅いから、明日喰えよ」「はーい!」綺麗にラッピングされた(どんなに疲れていても、石田は装飾に手を抜くようなことはしなかった)小箱が三つ。「お、それは父さんのか?」「オレのだよ」本当はコンの分だ。「父さんの分は?」「しつけえよ!何で親父の分があるんだよ?普通ねえだろ」「ええーっ!」一心はオーバーに身をよじり、「一護、それを売ってくれ」「何で」「石田に明日持っていくって連絡しちまったんだ!」「そういうところが嫌われてんだよ!」無論売らなかった。
2007年02月22日
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石田の手作業は、とにかくすばやい。一護とチャドと二人かがりでテンパリングしても、追いつかないほどだ。(精密作業なので仕方ないのだが)結局手伝うことにした啓吾は洗い物担当だが、無水アルコールで完全殺菌を命じられてびびっている。それにしても、次々とチョコレートやその加工物がオーブン、または業務用冷蔵庫に放り込まれる様は圧巻で、時々家庭科室を覗き込む生徒が出るくらいだ。(五秒で、気が立っている一護に散らせられるが)全員、割烹着に三角頭巾に鼻まで覆うマスクと、完全防備という絵面が面白かったのかもしれない。「浅野君、あんまり食べると夕飯が入らなくなるよ」「だってオレ腹減ったんだもん」「だからって出来た端から喰ったら終わらねえだろうが!」作業用の机の上には「お摘み」兼用で作られたトランプチョコが山と積んであるが、齧っているのは殆ど啓吾一人だ。「まあ、ここにいましたのね、黒崎君!」……来たよ。お嬢様喋りで、しかし遠慮なく調理の場に乗り込んで来たルキアに、石田の苦言が飛ぶ。「朽木さん、此処に入るなら手を洗って、割烹着と三角頭巾とマスクつけて」「わたくし、チョコレートを持ってきただけですわ」「駄目」ルキアは仕方なく側にあった調理師グッズを身に付けた。「はい、黒崎君」「……おう」これ、ボールの中に混ぜたらばれるかな。冗談である。あくまで冗談だ。いかな不器用とはいえ、織姫作よりずっとまともなはずだ。一護の内心の葛藤など思いもよらぬルキアは、「茶渡君と石田君の分もありましてよ!」「……本命以外はいらない」「カカオのアレルギーなんだ」思わずその場限りの言い訳をする二人。「じゃあ浅野君」なんだそのじゃあってのは。「え、いいの?」「初めてですので、上手に出来ているかわかりませんけど」「味見しろー!」ここぞとばかり全力で突っ込む一護だった。
2007年02月21日
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「院長、お客様がおいでですが」「叩きだせ」「は?」職員は目を丸くしたが、それを押しのけるように院長室に入ってきたのが誰かなんて、1KM先からわかっている。「おう女王様、御機」ごき。ゴキブリを踏む表情で、石田院長は黒崎院長(規模は違うが)を踏みつけた。「体重、20年前から変わっていねえな……」「そんなくだらないことを確かめに来たのか」傍目にはプチSMである。当然、職員はとっくに逃げ出している。「いや、今日はお前さんにいいものを持ってきたんだ」「ほう」「だから、そろそろ離してくれねえか……?」首を押さえられて手足をばたつかせると、本当に虫のように見えるな、と竜弦は冷ややかに考えた。「で?何を持ってきたと?」「チョコレート」がつん。今度はカルテの角が髭顔にめり込んだ。「怒るなよ、昔は一週間分のカロリーをチョコで賄っていたくせに!」「そんな昔のことは忘れた」そうでなきゃやってらんない。「有難く思えよ、なんとうちの愛娘の力作だ!」「何故貴様の娘からチョコを渡されねばならん」「病院の仕事で色々世話になってるし、ついでに息子の雨竜君にも世話になってるからな。いらないなら雨竜君にやってくれ」「何処の世界に息子にチョコを渡す父親がいる」「ホワイトデーが楽しみだなあおい!確かお前の」「貴様にはデリカシーというものがないのか!」パンチの切れと重さも昔のままだ。一心はそれを体感した。
2007年02月19日
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「ううっ、旨いっ……」啓吾はえぐえぐと泣きながら、チョコがけ苺を齧った。「啓吾、僕のと交換する?」「誰がするかよ、馬鹿野郎っ」水色が何処かの女から貰ったチョコよりは、石田から直接貰った友チョコの方がナンボかマシである。味については何をいわんや。現在12:20、浅野啓吾が入手したチョコは、これと級友の井上織姫の義理チョコの二つだけだ。織姫のチョコは持って帰って姉に渡すつもりでいる。織姫はいい子だが、何しろ味覚が特殊なのだ。たつきと織姫から直接、何人かの女生徒?から間接的にチョコを貰った一護は、何時もどおりのむっつり顔で弁当をがっついている。何度かチョコを良心的拒否したらしいチャドは、我関せずという態度でパンを齧っている。「甘いものは苦手」と公言する石田は図書室で借りた料理本と睨めっこしつつ、相変わらずゆっくりと昼食を取っている。グループで一番人気の水色はこの面々を眺め渡し、笑顔で「ぎぶみーちょこれーと!」「「「お前(君)にわけてやるチョコは無い」」」当たり前である。石田は啓吾・一護・チャドの三名には友チョコを作ってきた。啓吾にはガナッシュ(一護と交換)。一護には苺のチョコがけ(啓吾と交換)。チャドにはガトー・ショコラ。放っておいてもチョコが殺到する水色には何もなし。水色も別にチョコが大好物というわけではないのだが、「自分にはどうしてないのかなー」と思うのが自然である。しかし、他のメンバーが自分の取り分をわけてやろうと思わないのも自然な感情だ。石田には予算を割いてやる余裕が無い。一護は結局量が減ってしまったので、全部妹たちにやるつもりだ。(二人とも、石田が作ったドーナツを絶賛していた)啓吾は先に書いたとおりだ。チャドはケーキを分けるどころか、自分の昼食に追加さえしていない。一遍神棚に上げる気じゃないのか、と水色は疑っている。「放課後、テンパリングしてくれるなら作ってあげるけど」「何、それ」「チョコの下準備」「……僕、忙しいから」石田の説明ではよくわからないが、なんだか面倒そうな気がして水色は断った。代わりに、「あー、俺、やってやろうか?」「え?」一護の立候補に、石田は目を瞬いた。「遊子の手伝いでやったことある」妹たち(とその他)のために、もう少し量を増やしたい。「……買出しや、洗い物なら」チャドも挙手。「じゃあ頼もうかな」「……男三人で義理チョコ作り……?」「井上さんにも頼もうか?」「イヤイイデスモウシワケアリマセン」啓吾は慌てて疑問を取り下げた。
2007年02月18日
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「おう、チャド」「ム」「おっす、チャド」「茶渡君おはよう」「おはよう茶渡君、これあげるよ」「「ちょっと待てー!」」極自然にチャドにケーキボックスを渡した石田に、一護と啓吾は全力で突っ込んだ。「てめえの義理チョコは明日だろうが!」「いや、これは義理じゃなくて女子が言うところの友チョコだよ。君の分も用意してあるから安心したまえ」そういって石田が取り出したのは、真っ白いケーキボックスではなくキュートな柄入りのパラフィンのパック。中にはピンポン玉ほどのチョコがごろごろ20個ほど入っている。「……」それをじっと見つめる一護。「……六○亭のパクリ?」「え、よくわかったね」「お前のやることなんざ、まるっとお見通しだー!」一護のチョコは苺のチョコがけ。ちなみにチャドはガトーショコラだ。「仕方ない、浅野君のと逆にしようか」「「「小さっ!」」」再び突っ込む一堂。……啓吾のチョコは一護パックの10分の1以下のサイズだった。「ひでーよ石田!」「いや、黒崎のは実際にはご家族やコン君のために用意したものだし。君には明日沢山上げればいいと思っていたから」「ますます酷いです!」うん、確かに。「石田君、僕の友チョコは?」「小島君は、女子からそれだけ貰っているからいいじゃないか」「いや、そう言う問題じゃねえぞ石田……」
2007年02月15日
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そして決戦の朝。小島水色の周囲がチョコで埋まるのは周囲の予想通りだったが、地味系の石田の机の上にも、どんどん戦利品が詰まれて行く。違うのは、水色のそれが綺麗にラッピングされているのとは違い、石田のそれは一筆添えた製菓用やカカオマスが大半、というところだ。中には、無塩バターやクラッカーやナッツ、果てはリキュールを差し入れる剛の者も。教師や生徒会の手入れがないのは、「既に何らかの取引が行われた結果」とまことしやかに囁かれている。「おはよう黒崎君!」「……はよ」井上のことはけして嫌いではない。むしろ好きだ。しかしそれでも、「ほとぼりが冷めるまで前後一週間くらい肺炎か何かで寝込んでくれねえかな……?」と考えてしまった一護である。「ハッピーバレンタイン!」毒々しい情熱系ピンクのパッケージの中には、彼女の愛と夢がぎっしりつまっていることだろう。「浅野君、ハッピーバレンタイン!」「ええっ!」相方のもてっぷりを指を咥えて眺めていた啓吾は、この不意打ちに飛び上がった。「え、いいの?俺にくれるの?」「うん、お友達だもん」……あれが友達サイズか。黒崎の10分の1.啓吾の万倍はプライドの高い石田は、密かに「あれを上手く回避できて良かった」と思った。あらゆる意味で。「石田君、ハッピーバレンタイン!」どん★漫画風の効果音と共に取り出されたのは、見た感じ1Kgもありそうな製菓用チョコレート。スイート・ミルク・ホワイトの三枚セット。一口チョコなら300個くらい作れます。「い、井上さん……」こんなにいらない、と思わず突っ込みかけた石田は慌てて口を噤む。いらないといって、持ち帰られたら間違いなく大惨事だ。無論自分も巻き込まれる。「何?」「その……何が食べたいのかな?」「焼きチョコと生チョコとケーキとシフォンケーキとタルトとアイスとムースとスフレとクッキーとエクレア!あと、ブラウニーとクランチ!」授業パスしてもそんなに作れません。
2007年02月14日
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バレンタインが迫ってくる。花の男子高校生、黒崎一護は、一般的高校生とは逆のことで悩んでいた。これまで、チョコをくれたのは妹たちと親友のたつきだけだったのだが、今年は、チョコをくれそうな女があと二人いる。元同居人、甘党で珍しいもの好き、見栄っ張りだが不器用な朽木ルキアと、同級生で甘党でイベント好き、手先は器用だがセンスに問題ありの井上織姫だ。「俺はロイ○の生チョコが好きだ」とこの一月、事あるごとに主張してきたのだが、その意図が正しく伝わったのか些か心もとない。どちらも、押しの強さは朝青龍級なのだ。「でも、朽木さんが僕たちにくれるとは限らない」君には義理でくれるだろうけどね、と相談を持ちかけられた石田雨竜はさらりと言った。「井上さんには、製菓用チョコが欲しいとリクエスト済みだよ」「うおその手があったか!」一護は頭を抱えた。石田には料理というスキルがあるのだ。「後で何か作ってあげるよ」とさえ言えば、食い意地の張った井上はあっさり言うことをきくだろう。「チャ、チャドは?」「断る」「何ィ?」一護は目をむいた。茶渡泰虎はこれで非常に思いやりがあるタイプなのだ。友人の手作りチョコを断るとはとても信じられない。チャドがそれ以上言わないので、石田が補足する。「実はね、井上さんから貰った製菓用チョコで、15日に「バレンタインにチョコをもらえなかった男子限定」でチョコレート菓子を配る企画を立てているんだよ。茶渡君はこれが欲しいから誰からも受け取らない、で井上さんもわかってくれる」「それで納得するのは井上くらいだと思うぞ……つーか、男から義理チョコなんて悲しすぎねえ?」「でもチョコは井上さんからの寄付だし」「そういう問題か?」だったら俺もそっちに逃げようかな、と一瞬考えた一護だが、「あ、君は駄目だよ?妹さんたちに申し訳ない」「ム」「俺もシェルターに入れろー!」(1月20日 前日記より)
2007年02月12日
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「ルキア!俺は遂に白玉あんみつを完全にマスターしたぜ!」「何、本当か恋次!」そういって恋次が差し出した品は、確かに金を取れるレベルの作品だった。「うむ、腕を上げたな、恋次」「おうよ、くず玉淡雪水ようかん、道明寺だってわらびもちだって作ってやるぜ!」「おお!」「だから14日にちょこをくれ!」……それかい。一気に興奮の冷めるルキアだった。「自分で作ればいいではないか」「そういう問題じゃねえ!」(本命から)貰うのが重要なのだ。同期のイヅルは毎年、結構もといかなり貰っている。しかし本命からは、ここ数年貰っていないようなことをこの間の飲み会で洩らしていた。量では何時も負けている自分だが、ここは本命のルキアからの(義理)チョコで挽回を図りたい。「別に手作りじゃなくても、こんびにで売ってる奴でいいんだ。頼む!」「他にあてが無いのか?情けない奴だな」確かにあては無いが、そういう問題ではない。ルキアからのチョコでなくてはいけないのだ。面と向ってそう言えれば何かが変わるのかも知れないが、とても恋次には言えなかった。
2007年02月08日
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「隊長、なんッスかそれ」隊員全員を代表して聞いたのは、副隊長の阿散井だ。火中の栗を拾わせられるのは何時も彼だ。最近当人も、それに納得しつつあるんだから業が深い。シンプルで機能的だった六番隊隊長の執務室に、2月に入って異物が二つ増えた。それがあまりに異質で異様で正直話題を振るどころか視界に入れるのも怖いので、部屋に入るのも嫌だと泣きつかれ、仕方なく副官という名のお守役兼お目付け役兼サンドバック役の阿散井が、隊長の真意を確かめる羽目になった。「ルキアからの贈り物だ」……やっぱり。阿散井は無論、部屋の外で聞き耳を立てている面々も内心で頭を抱える。阿散井については、先月一時、隊長の頭部のトレードマークが消えた時点で、「ああ、頭にチクワ乗っけた熊のぬいぐるみができるんだな」とある程度正確な予測さえ出来ていた。しかし。その隣にあるのは。「その人形も……その、隊長を、えーと、隊長にいんすぱいあされて作られたものなんでしょうかね?」「そうだろうな」だとしたら凄すぎる。作った当人も凄いが、渡したルキアも、平然と職場に置いている上司も凄すぎる!(ちなみに阿散井自身も誕生日に井上から人形を貰ったが、それは完全オリジナル作品だったのでここまでのインパクトは無かった)しかし、ビビっていては仕事は進まない。「隊長、あの、執務室に無関係なものを置くと、部下たちにも示しがつきませんし他の隊長から苦情が出る可能性もありますので、ご自宅に飾っていただけないでしょうか……?」幸か不幸かこの隊長は付き合いが悪いので、まだ深刻な影響は出ていないが、世間話をしに来た浮竹隊長が寝込んだり、喧嘩を売りに来た更木隊長が逆に不眠症になったっり、仕事の話をしに来た日番谷隊長が入り口で取って返したりと些細な綻びが出始めている。「確かに務めには不要だが、時には癒しも必要だと思わぬか、阿散井」……貴方の口から癒しなどという単語がでるとは、一年前には思いもしませんでした。第一それで癒されるのは貴方とルキアだけです。言いたくてもいえない負け犬根性が悲しい。その翌日には隊長・副隊長・席官の連名で「執務室に無関係なものを置くの禁止!」という案が示され、総隊長により即決されたが、阿散井が見る限り朽木兄妹には元凶の自覚は全く無いようだった。
2007年02月03日
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(石田の誕生日SSから設定が繋がっています)「一護、朽木さんの住所知ってる?」「知ってたっててめーには教えねえ」何時も以上にハイテンションな啓吾を、一護はばっさりと切り捨てた。「意地悪言うなよ一護、今日は師匠のお誕生日なんだからさ!」「……師匠?」啓吾の師匠、すなわち朽木白哉。この方程式が出るのに、五分かかった。「何で白哉の誕生日なんか知ってるんだ」そういう一護は妹のほうの誕生日もはっきりとは覚えていなかったりする。「何でって、聞いたからに決まってるじゃん!で、これ、プレゼントのうさみみ仮面スーツ!」「もちっとマシなもんはねえのか!」「じゃあ何ならいいんだよ!」「……」そう言われると困ってしまう。相手は大貴族で大金持ちだ。センスで勝負するしかない。……だからってコスプレ衣装で勝負されても困るが。「ふ、甘いね、浅野君」黙り込んだ一護に代わり、石田が眼鏡を持ち上げながら答えた。どうでもいいが偉く威張った態度だ。「相手は資産家、そしてあの朽木さんのお兄さんだよ。うさみみ仮面スーツくらい、五着は持っているに決まっている」「ごご五着ぅ?」何の根拠もなく断言され、素直にびびる啓吾。「あのお兄さんはね、朽木さんにお願いされたらうさみみ仮面でもめそうさでもバニガでもやる人だよ!」さらに根も葉もないことを言う織姫。「きっと阿散井君も付き合わされるね」便乗して余計恐ろしいことを言う水色。「まさか席官全員……」つられて口走ったチャドだが、軽くパニクった啓吾にはもう聞こえていなかった。「どどどどうしようー!」「良かったら、僕が少し手直しして、さらにゴージャスかつエレガントなものに変えてあげるよ。無論、無償でね」「あたしも手伝う!そしたら、お兄さんも朽木さんも喜んで受け取ってくれるよ」「おお、心の友よ!」啓吾は感涙に咽びながらプレゼントを託し、三十分ほどでリニューアルされたソレは一護の手から朽木白哉に手渡されたが、勿論中身は確認していない。何となく、夢に見そうな気がしたからだ。まさか白哉もそこまでルキア馬鹿じゃないだろうと思った一護だが、「実は今年、六番隊に志願者が卒業生から一人も出なかったらしいのだ。兄様が大変厳しい方だという噂が広まっているらしい……」とルキアに聞かされたときにはちょっと立ちくらみがした。隣で恋次が何かいいたげな顔をしていたが、当然無視した。
2007年01月31日
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「どうして君は僕を怖がらないんだ?」早足で歩きながら一護が聞いた。あれ、雨竜だったか?どっちでもいいか。「怖がる?どうしてだ」こいつを怖がる奴がいるということ事体信じがたい。見るからに弱そうだし、細かいことばかりねちねち気にするし、敵にトドメはささないし。「虚……いや、死者は普通、滅却師を怖れるものだ」ふむ。「つまり一般的な滅却師というものは、もっと強くて容赦がなくて、そのために死神に粛清されたのだな?」「あながち間違っていないだけにムカつく……」一護は眉を引くつかせた。本当に神経質な奴だ。「いいかい、僕は滅却師だ。死神は死者を弔い次のステージに送る。滅却師は死者を滅ぼしその道程を絶つ」「何、滅却師は童貞斬りが趣味なのか?」「そっちじゃない!道だ道!相手を終わらせてしまうと言っているんだよ」「解ったから少し落ち着け。血管が切れるぞ」「そうなったら君の責任だ」であったばかりの私に責任をとらせようというのか。中々積極的だな。「……とにかく、僕は子供の頃から無数の虚を滅ぼしてきたんだよ。お陰で整にまで怖がられるようになった。なのにどうして僕から見れば攻撃対象に入る君たちが僕を恐れないのか、全く理解に苦しむ」「一護は、私たちを攻撃したいのか」「雨竜だ」「そんなことはどうでもいい。一護が、私たちを滅ぼそうとしているのかどうか、その方がよほど問題だ」「と、唐突に理に叶ったことを……っ」雨竜は立ち止まり考え込んだ。「それが、困ったことに、君たちに攻撃しようという気が全く起きないんだよね。馬鹿で人畜無害に見えるからか、ここに一般人がいないからかな?」「攻撃しなくてはならないのに、そう出来ないというのか」「ま、そうだね」「つまり、そこに愛が」「あってたまるかー!」
2007年01月26日
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「石田、その顔の傷どうしたんだ?」井上織姫を無事救出、揃って登校したその朝の話である。「ああ、これ?チルッチに引っかかれたんだよ。中々消えなくて困る」「チルッチ?」チャドが聞き返す。合流後、互いの戦歴を語り合う暇というか余力はなかったので、一護たちも彼女のことは知らない。「チルッチっていうのは……」「ええっ、石田君みちるちゃんに引っかかれたの?」井上の大声にクラス中の視線が集まる。「ち、違う!どうして小川さんの名前が此処で出てくるんだ」「だってチルッチって、みちるちゃんの渾名じゃないの?」たしかに小川みちるは二人と同じ手芸部だが、いきなり渾名をつけるほど親しくなった記憶は無い。「違う子だよ」「あ、じゃあやちるちゃんだ」「彼女も違う!」「じゃあどんな女の子?」「もっと気が強くて誇り高くてスタイルが……って小島君!君には関係ないだろ」見事喋らせた小島はにっこりと笑った。「いや、石田君の彼女はどんな子なのかなって思って」「彼女じゃないよ!」「じゃあ彼女でもない子に引っかかれたのね。そんなに深く」通りすがりの国枝にまで突っ込まれて石田は撃沈した。「……石田君女の子の友達が沢山いるのね……」小川の呟きが耳に届かなかったのは、幸いというべきだろう。
2007年01月17日
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「なあルキア、今年のお前の誕生日だけど」「おお、聴いてくれ恋次!今年はな、なんとあの兄上が付き合って下さると仰るのだ!」「……そ、そうか、良かったな」「おお、土産を楽しみにしてくれ!」……お供もさせてくれないのね。恋次が一週間も寝かせたバウンドケーキは、その日の夜食に饗された。「井上、最近流行のでえとコースなど知らぬか?」聞く相手を間違っています。「石田、頼んでおいた服は出来たか?」「出来たけど……サイズ、少し変えたのはどうしてかい?」「いや、これでいいのだ。ふふふふふ」そして誕生日当日。「おう、ルキアに白哉じゃねえか。今日はどうしたんだ」ナチュラルに挨拶した一護は、何故かルキアに蹴りを喰らった。「うおっ!何すんだてめえ」「戯け!何か変だと思わぬのか」「何……?何か起きたのか?そんで義骸に入って潜入捜査とか?」「違う!」ルキアが苛立たしげに手足を振り回した。「そうではなくて、私が何時もと何処か違うと思わぬかと言っておるのだ!」「……全然ワカリマセン」もう一度蹴られて、一護は漸く、蹴りの位置が何時もより少しだけ高いことに気がついた。「おおっ!背ェ伸びたなルキア!やっと成長期か?」「違う!」実際には、何時もより10cm近く背が高いのだが、一護は素で気付かなかったのだ。「これはな、姉上の姿を映した義骸なのだ」「マジ?んなこと出来んの?つか顔一緒!」思わずまじまじと見入ってしまう。良く見ると少し大人びているようだが、表情が何時ものルキアなので全く違和感が無い。「浦原をおど……泣き落として作らせたのだ。姉妹で霊圧も似ていることだしな」「へー」「というわけで今日は兄上とでえとだ!邪魔するなよ」「……兄妹でデートって微妙じゃねえ?」余計なことを言うから何度も蹴られるのだ。「あ、帰りにプレゼントを貰いに来るからな。ちゃんと用意しておけよ」「そう言うことは前もって言っとけー!」
2007年01月15日
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「しっかし親父、よく結婚まで漕ぎ着けたな」「もてそうだよね、お母さん」亡き母を慕いウザい父を貶める双子の娘。反抗期の入り口に差し掛かっているようである。「奇跡が起きたとしか思えねえな」すかさず同調したのは、万年反抗期みたいな頭の二人の兄だ。そんな子供たちに胸を張る父。「おいおい、奇跡なんて待っていたら真咲みたいな美人は落とせないぞ!いい機会だから、皆お父さんのお話を聞いて参考にするべし」「興味ねえ」すげなく席を立とうとする息子の裾をがっちり掴む。「俺たちが出会ったのは、大学生の時だった……」「当時っから真咲はそりゃあ綺麗で、頭が良くて、優しくて、そんでもって……」「はいはい、わかったからちゃっちゃと話を進めて」夏梨がパタパタと手を振る。(三人とも、少しは興味があるので結局素直に聞いている)「……当然大学中の男から狙われていてな。牽制しあって、俺も友達から先にどうも進めなかったんだ。そうこうしているうちに大学二年の暮れになっちまって、仕方ないからダチに助太刀を頼んだんだよ。同じ医学部の石田って奴に」「……へえ」少しも珍しくない苗字に、何か嫌な予感を感じ取る一護。「石田ってのは、影で医学部の帝王だの女王様だの呼ばれていてな、その権勢で新年コンパに真咲を誘ってもらって」「帝王?女王?どっちなわけ」「他の奴らがそいつのご機嫌取りをしている間に真咲の隣の席をキープして、そのうち王様ゲームが始まって」「とんだハプニングがあったわけだ」うんざりとした顔で茶々を入れる一護。案外普通というかつまらない馴れ初めだと、妹たちも呆れ顔だ。「石田が王様の時にこっそり真咲の番号を確認して、俺の分と一緒に教えてな」「それってズルじゃない!」遊子が叫ぶ。後二人も苦い顔で、「キスとかハグとか命令させたわけ?」「お袋が可哀相じゃねえか」「いや、ふいに悪魔の囁きを聞いちまったんだよ!まあ、人間よくあるこった」(てめえ死神だろうが!)妹たちの手前、腹の中で罵る一護。「で、流石の石田もアドリブふられて焦ったのかね、真咲に俺の上に馬乗りになって胸毛を全部毟るように命令しちまったんだよ」「……はい?」馬乗りになって胸毛を毟る?「まあ、真咲が相手ならそんなプチバイオレンスどうってことなかったがな!つうか上に乗られてちょっと興奮しちまったし!」照れて頭を掻くが、まだ十代の子供たちは呆然としている。「ほ、本当にお母さんが毟ったの?」「そりゃあ王様ゲームだからな。そういう命令にぶち当たりたくなかったら、簡単にゲームに乗るんじゃねえぞ」「……いや、普通そんなコアなプレイ命令しないから」アドリブでそんな命令を下すのは、間違いなく真性ドSだろう。それで「女王様」なのかと、したくも無い納得をする三人だった。
2007年01月12日
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「黒崎くーん、見て見て、可愛いでしょ?」織姫はスカートを摘み、くるりと可憐にターンする。放課後の教室に、おおっ、とざわめきが起きた。「なんだそのカッコ」狙いすぎが苦手な一護は軽くひいていたが。紺地のクラシカルなワンピースに機能的な胸当てエプロン、共布のヘッドドレス。古典的なメイドさんスタイルである。「新入生向けの部活説明会の準備なの。石田君が執事服であたしとみちるちゃんがメイド服」「へえ。そんなことやんのか」部活をするつもりのなかった一護は説明会をサボったので、新入生の気を引くためにコスプレをする部があるなんてことは知らなかった。確かに人目は引くだろうが、「ソレ目当ての連中がゾロゾロ入部したらどうするんだ?」「勿論、全力で指導しますよ!」そして、ついていけなかった大半が退部することだろう。「ま、いいんじゃねえの?」秋葉に生息しているようなメイドさんならドン引くだけだが、萌えを意識しないデザインなので、よく見るとそう悪くないと思うシェークスピア好きの一護である。それを見越して突撃させたたつきも流石だ。「ありがとう!ミニのほうが可愛いかなって思うんだけど、石田君が、壇上に上がるんならロング丈じゃないとだめだって」「スカートが長いほうがそれっぽいだろ。(俺もそっちのほうがいい)」「見えないところまで拘ろうってことでね、ストッキングはガーターなんだよ」「だからってたくし上げるな!」ちょっとスカートを捲っただけでは膝も見えないのだが、突っ込まずにはいられない一護。……せっかくの好感度が台無しであった。「でもこれいいよね、ちょっと癖になりそう」それくらいでめげる織姫ではないし、本気で呆れるほど彼女を理解できない一護でもない。「お帰りなさいませご主人様、とか」「メイド喫茶みたいだな」「ごめんなさいご主人様、大事な壺を割っちゃいました」「普通泣きまねだろ。笑って誤魔化してどうする」「そんないやらしいことできません!何を考えてらっしゃるんですか!」「……はい?」「お食事になさいますか、○○を先にいたしますか?それとも△△?」「ってエロゲーか!キャラ作りならエマを読めエマを!」
2007年01月12日
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「石田くーん、見て見て、もうぺんぺん草が生えてる!」「え?ああ、なづなの事か、確かに早いね」織姫は道端にしゃがみ込んだまま石田に振り返った。「なづな?これ、なづななの?」「うん、ぺんぺん草とも呼ぶけどね。それが春の七草のなづなだよ」「春の七草……七草粥!」勢い良く立ち上がり手を握り締め、「七草って野草なんだよね!摘み草出来るかな」「い、いや……素人が摘むのは危ないと思うよ」気温は零度に近いのに、何故か冷たい汗が落ちるのを石田は感じた。「なづなって可愛い名前だよね。すずなとごっちゃになっちゃうけど」「確か、夏に無いから夏無だって、師匠が言っていたな」「へえ、そうなんだ」「後、撫でたいほど可愛いから撫で菜、とか」「なるほど、石田君のお陰で一つ賢くなってしまいましたよ」織姫は真面目な顔で言うと、石田の手をがっと掴んだ。「……何、井上さん」「ちょっと屈んで」「?うん」石田が素直に身を屈めると、織姫はその頭をニ、三度撫でた。「い、井上さん?」「えへへ、撫でたいほど可愛い、なんちゃって」(……周りに人がいなくてよかった……)石田は顔から首まで真っ赤になった。「いいい井上さん、そういうのは僕が君にしたほうがさまになるんじゃないかな?」「そーゆーことに気が回らないのが石田君の可愛いところだよ」「そ……そうなんだ……」
2007年01月04日
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「年末年始は決戦なんだ」石田雨竜は真面目な顔で言い放った。「一年で一番虚が出る日だ。滅却師が一番忙しい晩だ。だから僕は参拝にも行かないし紅白も見ないしバイトの予定も入れていない。無論君たちに付き合うことも出来ない」「というか俺たちがてめえに付き合わなきゃいけねえのかひょっとして」「ム」「わーい、正月決戦なんて戦隊ヒーローみたいだね」「い、いや、別に付き合って欲しいなんていうつもりは……」結局みんなで高校の屋上で年越しすることになりました。「やー、真夜中の学校ってどきどきするね!お化けがでそう」「井上、俺たちが何のために集まったか覚えてるか?」ビニールシートの上のご馳走を前に有沢たつきは溜息をついた。「あたしはお化けより宿直が怖い」もっともである。ばれたら間違いなく停学を喰らうだろう。彼女自身に、こういう企画に参加する蛮勇の要素はないのだが、親友の井上織姫が男三人と野外で夜明かしすると聞いて、無理やりついてきたのだ。これ以上(特に女生徒が)増えてはまずいということで、二人は携帯を留守電に切り替えている。「役得だ……」三つの重箱を前に茶渡泰虎はひっそりと感動を噛み締めている。織姫も、此処に来たお陰でお節にありついたのだが、ぱぱっと味を見て感動している。「いやあ、今年もたつきちゃんちのお節は絶品だね!遊子ちゃん料理上手だね!うん、石田君のお節ならお金が取れるよ!」「……井上さん、夜中にあまり食べるのはよくないよ?」「えー、だって美味しいんだもん」「そんだけ食ったら年越し蕎麦が……3枚は食うなお前なら」今度は黒崎一護が溜息をついた。「ううっ、お腹一杯になったら眠くなっちゃった」「少し寝てもいいよ、井上さん」「やだ、あたしも起きていたい……」そういいながら欠伸をする。四人揃ったのは付き合い、もしくは保険だ。屋上を選んだのは遠距離攻撃が得意な石田で、大概の虚は彼が此処から射ればそれで済む。それが駄目な相手なら黒崎が死神化して倒しに行く。織姫とチャドがばたばた出歩いたら、かなりの確率で誰かに見つかってしまう。まあ、四人がかりでなければ倒せないような大物が出ることなどまずないだろうが、どちらも(そしてたつきも)寒い中夜通し働く二人に付き合いたかったのだ。時々戦って、大体は待機。「お疲れ一護」「おお」「黒崎君、どくだみ茶とホット青汁と織姫ブレンドのどれがいい?」「いや、いい、便所が近くなるから」「そろそろ日が昇るな」チャドが東を見た。「おー……」焦らすようにゆっくりと、太陽が顔を出す。「綺麗だね」「ム」「あたし初日の出って初めて見た」空が段々明るくなっていく。「これが俺たちへの報酬か」「じゃあみんな、車座になって、正座して」たつきがぱんぱんと手を叩き、全員が神妙に従う。「あけましておめでとうございます。……今年もよろしく」互いに向って一礼した。
2007年01月03日
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「なあなあ一護!今日俺誕生日なんだ、なんかくれ!」「忙しいんだ後にしろ!」蹴りを貰った。俺の世界は狭い。「誕生日はそいつが主役!」ってことを知ったのも一護の誕生日のことだ。去年までは、俺にとって誕生日なんてのは、「自分には生きる資格が無い」と知らされた忌まわしい日に過ぎなかったわけで。姐さんはいない、一護は相手にしてくれないとなると、俺のささやかな期待は何処に向えばいいわけ?「ああ、そうなんだ。可哀相にね」大掃除の終わった小さな部屋で、眼鏡は本に視線を落としたまま俺に答えた。……こいつも冷たい……。大掃除でばたばたしてる一護の家に俺の居場所はない。俺は井上さんの部屋に行きたかったんだが、一護が電話で確認したところまだ片付いていないってことで、無理やり眼鏡んちに送り込まれたんだ。「この本を読み終わったら、新しい衣装を作ってあげるよ」「いらねえっ!つうかお前ワンパターンだぞ!」眼鏡は思慮ぶかそーな顔で、「ワンパターンか……もっと斬新に」「スミマセン、ナニモイリマセン」こいつの「斬新」なんて考えるも恐ろしい。「じゃあ、この本をあげるよ」今読んでいる本のことだ。「どんな話?」「父親に憎まれている女の子の話」「そんな鬱小説いやああっ!」タイトルは「原罪」。元々眼鏡自身の趣味ではなく、ルキア姐さんや井上さんが好きな小説家なので買ってみたらしい。「ヒロインが産まれた時大変な難産でね、母親は肥立ちが悪くて亡くなってしまったんだよ。それで父親が、妻を無くした鬱憤を娘にぶつけるわけ」「……それってその子のせいなのか?」「……そうだね。彼女が原因だから有罪ともいえるし、彼女にはどうしようもなかったんだから無罪ともいえる。考え方次第だよ」産まれてきたことが罪でした。でも、望んだことではありませんでした。俺は結局この話を読んでぐちゃぐちゃに泣いた。一護の誕生日プレゼントはこれの続巻だった。でもまだ話は終わらなくて、女の子は幸せになれなかったので、俺はまた泣いた。
2006年12月30日
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「い、石田君って彼女募集中なの?」ああ、言った。言ってしまった。これは明らかにアンフェアだ。クリスマスイブに、お泊り会をやろうと言い出したのはあたしだった。織姫と石田君が、(たとえ二人きりでないとしても)一緒にイブを過ごすかもしれないと思ったら、我慢が出来なくなった。あたしは入学直後から、「石田君て、いいかも」と思っていたのに、気がついたら織姫と仲良くなってしまっていた。織姫はあたしより可愛くてスタイルが良くて性格も良くて、二人並べてみたら絶対あたしが見劣りする。だから仕方ないと思ったのに。イブに暇な石田君は、学園主催の合コンにでるというのだ。石田君は別に人気者なわけじゃないけど、学年主席だし運動も出来るし、顔だっていいほうだと思う。とっときにくいから普段敬遠している人でも、合コンなら話し掛ける気になるだろう。織姫は今でも黒崎君が好きらしいけど、石田君が一番好きな女の子が、あたし以外にも出てくるかもしれない。そうしたらどうすればいいんだろう?いまさらお泊り会はさぼって、合コンに出たいとは言えない。友達全部なくす覚悟でも、石田君にそれがばれたら、多分全部駄目になるだろう。石田君は織姫のほうが好きなんだから。もう、時間がない。多分、もう二度と機会はない。だから、言ってしまおう。「織姫と付き合っていないなら、あたしと付き合って」と。(11月28日 前日記より)
2006年12月26日
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待ち伏せは得意だ。勿論霊圧が高いほうが捜しやすいけれど、夏梨ちゃんなら十分いける。「これ、クリスマスプレゼントだよ。黒崎に聞いたら、君たちの服のほうが嬉しいって言われてね」男の子みたいな格好してるのに、やっぱり女の子なんだなあ、目が輝くんだよ。お礼を言って家までダッシュで帰る、ああいう妹がいたらいいだろうな。クリスマスの買い物をして帰ったら、珍しく夏梨が先に帰っていた。妹たちはなんかこそこそ話していて、親父はにやにや笑っている。なんなんだ一体。「あのねお兄ちゃん、石田さんがあたしたちにプレゼントをくれたの」「一兄のリクエストだって」「お前にしちゃ気が回るなあ、父さんちょっぴり見直したぞ」「あ?いや……」リクエストなんかした覚えが無い、というか石田にそんなこと聞かれた記憶が無い。……そういえばあいつ、恋次の誕生日にルキアの服を作ってたっけか。あれと同じ手か。「い、いや、お前らが喜べばそれでいいっつーか……」ああ、恋次の奴はルキアになんて言ったんだろう。俺がしどろもどろに言った途端、二人の様子が変わった。「うん、嬉しいっていえば嬉しいんだけどさ」「どうせなら学校に着ていけるような服のほうが良かったな」「は?」……俺はすっかり忘れていた。石田は(裁縫の腕は凄いが)デザインのセンスがアレすぎるってことを!「が、柄が気に食わないとか?」「それ以前の問題だって!」「……」真っ赤な生地を見て、俺は最初サンタ服だと思った。いや、それならまだ普通だっただろう。「なんで「きぐるみ」?これってお兄ちゃんの趣味じゃない!」「こんなもんどこに着ていけっての?」うちの中で着ればいいだろ。とはとても言えない雰囲気。やっぱり新しい服ってことで、少なからず期待したんだろうなこいつら。「お、俺じゃない!石田が勝手に」「お兄ちゃんのリクエストなんでしょ?」「受けなかったからって責任を押し付けるなんて最低!」「い、いやその、これは……」畜生嵌められた!親父はただげたげたと笑っている。次の朝、俺の弁当箱には明太子「だけ」がぎっしりと詰められていた。
2006年12月25日
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「ごっめーん、遅くなっちゃった!」織姫は、何故かバケツを振り回しながらやってきた。お泊りセットはスポーツバックで十分のはずなのに、なぜバケツ……?「織姫、そのバケツは何」頭を捻っていたら、真花があっさり尋ねた。「石田君からクリスマスプレゼント!」「……バケツが?」「ただのバケツじゃないよ、バケツプリンだよ!」よく見ると、百均で買ったと思しきプラスチックのバケツの中は、黄色い物体で埋まっている。「お泊り会には参加できないけど、皆で食べてねって!優しいよね」いや、六・四で嫌がらせだと思うが。「この大きさのプリンを個人の環境で成功させるとは……やるわね、石田」鈴が真面目な顔で呟いた。
2006年12月24日
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寒い。暖冬だろうがなんだろうが、特別ブルジョワでもない学校の冬はやはり寒い。あまりの寒さに、父の勧める学校に行くべきだったかとちらりと考え、石田は慌てて頭を振った。二時間目は体育がある。普通冬に体育など真っ平だろうが、石田は一応鍛えているので、動いている間は代謝もよくそれなりに体が温かいのでただ座って授業を受けるより楽だったりする。しかし寒い……。親の金で使い捨てカイロを買っている級友たちがなんだか憎い。「石田、カイロ貸すか?」「いいよ。放っておいてくれ」「でもお前指先が震えてんぜ」「ム。顔色も良くない」「おはようー!」白い息を吐きながら、それでも笑顔で井上が教室に飛び込んできた。「おはよう織姫」「おはよう鈴ちゃん、今朝も寒いね」入り口付近にいた国枝と言葉を交わすと、コートを脱ぎロッカーに入れる。「……女の子ってよくあれで寒くないよね」「まあな」校則スレスレのミニスカートに靴下一枚だから、足は殆ど剥き出しになる。女子と話すことが多い石田だが、これだけは何度説明されても理解できない。黒崎については、「こんな体に悪い格好妹たちには絶対許さねえ」と考えている。「うっわーさむーい」それでも井上は自分の体を抱くようにして、三人のほうに駆け寄ってきた。「おはよ」「おお」「おはよう井上さん」「ム」「本当今日は寒いよね。あ、そうだ」井上はぽん、と手を叩いた。「黒崎君、石田君、茶渡君借りていい?」「……いいけど」「当人に聞けよ」井上はチャドの大きな手を取ると自分の指と絡ませる。「わー、やっぱりあったかい」弾んだ声に教室の空気がぴしり、と軋むが、「石田君もやったら?あったかくて気持ちいいよ」「い、いや、僕はいいよ」「え、でも顔真っ白だよ?」言いながらチャドの両手を自分の両頬に当てる。こんなことをしておいて、誘惑の意図も何も無いのだから恐ろしい。まあチャドは見るからに基礎体温が高そうで、湯たんぽ替りには最適だが。周囲の男子(若干名除く)は少々羨ましげにその風景を見ている。が。「あー!このでくの坊ヒメになにしてんのよ!」本庄は教室に入るなり大声で叫んだ。(今回ばかりは無理も無い)「おはよう千鶴ちゃん!あのね、寒いから茶渡君に体温わけて貰ってるの」「ほー……」思考回路は故障著しいが知能は低くない本庄は、それで一応状況が飲み込めたようだが、やはり面白くなさそうな顔で二人を見ている。「……あたしも寒いなー?」「いやそんだけ頭に血が上ったら寒くないだろ」黒崎の突っ込みを無視しながらにじり寄る。「あたしも体温貰っていい?」「あ、ああ……」井上はいいが本庄は駄目とは言えない。「じゃ、片手……」を差し出した織姫を無視し、本庄は氷のような両掌をチャドの首に巻きつけた。
2006年12月18日
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「クリスマスは愛の日って、誰が言い出したんだろうな、なあ石田」「そうだね浅野君、愛に順位をつける日だよね」じっとりと怨念を含んだ頷きに、級友たちは見て見ぬふりを決め込んでいる。が、そうもいかない面々もいる。「石田、バンドの打ち上げにこないか?」「いかない」「石田、親父がうちにこないかって言ってる」「いかない」「石田君、お泊り会に参加しない?」「出来るわけないだろ井上さん!」「ていうか何で石田を誘って俺は誘ってくれないんだよお前ら!」「……」「家の事情」「あたしは構わないけど、たつきちゃんたちが駄目って言いそう」「ク、クリスマスなんか大嫌いだー!」啓吾はおいおいと泣いた。冗談はさておき、一人暮らしの石田を放っておくのは皆気がひけているのだ。お姉さまたちと過ごす水色以外は、一応「プラス石田」というプランを考えてはいる。問題は石田の高すぎるプライドだ。女子のお泊り会はともかく、他の二件については考慮の余地ありのはずなのだが。まあ、啓吾に任せてもいいのだが……。「浅野君、チョコレートケーキと生クリームのケーキ、どちらがいい?それともシュトーレンにしようか」「木の形の奴がいい!」「ああ、風情があっていいね」「あたしも食べたいな……」「残ったらね」石田が珍しくぴしゃりと言った。(目は逸らしたままだが)「俺が全部食う!」甘党でもない啓吾が宣言した。
2006年12月12日
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「どうせ僕は黒崎ほど頼りにならないよ!」石田が怒鳴り、井上が珍しく飛び上がった。巡り合せが悪いというのは、こういうことを言うんだろう。井上が連れてきたのは、首に縄をかけた小学生の女の子だった。苛められて自殺をし、成仏することも学校に行って仕返しすることも出来ず、ただ、色んな学校を渡り歩いていたという。石田曰く一種の自縛霊だそうだが、それを無理やり切り離して石田のアパートに連れてきた井上は、やっぱり流石だ。井上が無茶をするのも、今回は無理も無かった。彼女の胸の鎖は、もうかなり短くなっていた。まずいことに、一護は昨日から家族旅行に出かけていて、明日の晩まで戻ってこない。「茶渡君、行き先を聞いていないのかい?」「……ミステリートレインツアーだ」「……」石田は、嘆かわしそうに頭を振った。勿論携帯にもかけてみたが、余程山奥にでもいるのか、どうしても繋がらない。石田の見立てでは、彼女が正気を保てるのは、精々明日一杯だというのに。死神は自殺者を救わない。「自力救済」を求めるという。滅却師は死者を救わない。「生者に徒なすもの」を滅ぼすだけだ。一護が戻るまで彼女が頑張るか、自分でソウル・ソサエティに行くことが出来なければ、石田はこの子を滅却せざるを得ない。「……何の話」俺たちの話をじっと聞いていた少女が、静かに尋ねた。抑揚のない口調で。「えっとね……」井上は、死神や滅却師や、ソウルソサエティの話を彼女に語って聞かせた。正直小学生に何処まで理解できるか、信じてもらえるかという気もするが、突っ込みの一つもいれず真面目に聞いている。苛められていたということは、少なからず淋しい思いをしていたはずで、こうやって相手をするだけでもこの子の時間を延ばすことができるかもしれないと俺は考えた。が。「いや」「いやよ」「行かない」「そんなところ、行かない」鎖が腐り落ちるまで、多分五秒もかからなかっただろう。「なにか」が窓をぶち破り、石田がそれに続いた。三番手は俺か井上か、そんなことも記憶に残っていない。俺たちが石田に追いついたとき、あの子はもうどこにもいなかった。地べたにへたり込む井上に何も言えず、俺はただ、石田に「帰ろう」と声をかけた。石田が頷く。井上はしばらく呆然としていたが、石田が歩き出すとどうにかそれに続いた。「あ、あのね、あたし、あの子を助けてあげたかったの、どうしても助けたかったの」井上は涙声で訴えた。その気持ちに嘘はないだろう。だが、あの少女は。「そんなところ、いかない」彼女は死んでもなお、「生きなおしたい」とは考えなかった。自分の道を完全に閉ざしたがっていた。だから、死神の救済ではなく、滅却師の滅びを望んでしまった。「まだ、話したいこと一杯あったのに。生きていればこんないいことがあるよって、教えてあげたかったのに」「……ム」井上の誠意は、もうどこにも届かず、幾許かの水分とともに地に落ちた。
2006年11月20日
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「じゃ、黒崎はこれを被って」「……」始めに断っておくが、これは依頼じゃない。命令だ。「何で俺が南瓜のお化けなんだ?」「オレンジだから」判っちゃいたが一蹴された。「……」本物のドテカボチャだ。それに目と口と、首の部分に穴を開け、中身を綺麗に刳り貫いて、一応マスクの形を整えてある。……でもやっぱり、明日の朝には南瓜の匂いが染み付いていそうだ。「ジャック・オー・ランタンはハロウィンの花形だよ?何か文句でもあるのかい」「じゃあてめえがやれよ」「僕じゃ前が見えなくなる」そう言う石田は罰当たりにも吸血鬼コスだ。爺さんが泣くぞ。色が白いからって井上が決めたらしいけど、眼鏡かけた吸血鬼なんて、少なくとも俺は始めて見た。「おーい、準備できた?」おい、ここは男子更衣室だぞ?ノックもせずにドアを開けた井上の姿を見て、俺は南瓜を取り落とし、眼鏡ヴァンパイアは更衣室の端っこまで逃げた。「どう?いい出来でしょ」よすぎるぞ。首から下は一般的な魔女、いや魔女っ子スタイル。ストレートにいってロリコン系。製作者の趣味を疑う。しかしメイクは魔女というより山姥、いや、何時か見た日本画の幽霊そのものだ!泣くぞ。これ見たら餓鬼ども絶対泣くぞ。「ほら、黒崎君も早く用意して!そろそろ茶渡君の特殊メイクも終わるから」「……お前のメイクと同じ人だよな」「うん、小島くんのお友達のお友達でプロの卵なんだって!時間があれば、石田君も弄って貰えたのに」「いや、僕は裏方の仕事が主だから!」チャドは当然フランケンシュタインだ。別に、子ども会のパレードでここまですることないと思うのは俺だけか?「井上さん、今から黒崎を着替えさせるから、外で待っててくれるかな?」「あ、そうか、ごめんね」山姥……いや、井上を追い出し、石田はこれまでになく真剣な顔で俺に詰め寄った。「わかっただろう、黒崎。君のコミカルな姿で場を和ますんだよ!出なきゃ今晩、魘される子供が続出するぞ?」「わ……わかった」俺は悲壮な覚悟で南瓜を手に取った。「久しぶりだな、一護!」「おう、一護」……どこのどなたさまでしょうか。次に更衣室にやってきた二人連れを見て、危うく冷たい応えが口から出掛かった。「ル、ルキアと恋次か?」「ああ!」猫は堂々仁王立ちした。「今日は霊魂慰撫のため仮装をすると聞いたのでな、我々も加勢にきたのだ!見ろ、ちゃんと装束も用意したぞ。ケット・シーとカー・シーだ!」「いや、俺にはただの猫と犬のきぐるみにしか見えねえんだけど」「そうか?」「ま、まあ、マントや小物をつければそれらしく見えるんじゃないかな?まだ時間もあるし、ちょっと造ってくるよ」「そうか、よろしく頼むぞ」一部の父母から「やりすぎ!」との指摘もあったが(無論魔女と人造人間についてだ)、基本的に子ども会の出し物は好評で、単位の足りない俺たちは、一応救済措置を受けられることになった。……井上のコスと何故か始まった怪談には、マジ泣きする餓鬼が続出していたが……。石田の作った南瓜スープと南瓜クッキーで、遅い夕飯を取る。「でも、ジャック・オー・ランタンってなんなんだ?南瓜のお化けか?」犬のきぐるみの頭の部分だけとった恋次が、頭を捻る。そんなの俺が知るか。「昔、ジャックさんって、人がいたんだよ」やはり化粧だけ落とした井上が話し始める。「悪魔を騙してやっつけて、自分の前に現れないって約束させたの。で、ジャックさんは死んで天国に言ったんだけど、悪いことをして追い出されたの。でも、約束があるから地獄にも入れなかった。それで、南瓜の中身を刳り貫いて鬼火を入れてランタンにして、居場所を捜して地上をさ迷い歩くようになったんだって」「今でも?」「今でも」恋次はそれで黙った。代わりにルキアが、「そやつは整か?それとももう虚になってしまったのか?」「さあ、どうなのかな」俺は、石田が「コミカル」と称した南瓜の仮面を見た。石田も、多分全員が南瓜を見ていた。真ん丸い眼窩からは、ただ闇しか覗けなかった。
2006年10月29日
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「石田くーん、とりっく・おあ・とりーと!」「はい、井上さん」当然のように両手を差し出す井上織姫に、石田雨竜は溜息をつきながら掌大の包みを渡した。「ありがとー!」「お前、何持って来てるんだよ」「南瓜のクッキー」「だからなんで」「持ってこなきゃ家まで取りに来るって言われたんだよ!」「井上の脅迫に屈したわけだな」「もう少しマシな言い回しはないのか黒崎」普段あまり人付き合いをしない石田だが、これは「イベント」と受け取られたらしく、クラスの女子を中心にあっという間に列が出来た。一々「トリック・オア・トリート!」と叫ぶ手間はかかったが、それでも十五分ほどで綺麗になくなってしまった。勿論黒崎一護は参加していない。「そういえば、お前の家、遊子たちが行くんだってな」「ああ、友達を連れてね。君のお父さんからお菓子代は貰っているから、気にしなくていいよ」「悪い」「知人宅だけ回らせるのは、安全上当然のことだよ」勿論、悪戯したら叩き出すけどね、と付け加える。「石田、トリック・オア・トリート!」「残念だったね浅野君、もう店仕舞いだよ」「石田君、トリック・オア・トリート!」「いや、だからね、小島君」「「トリック・オア・トリート!!」」「わーっ、眼鏡とるな、髪をかき回すなー!」
2006年10月27日
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日曜、スーパーの大売り出しに行ったら、井上と出くわした。どうせ近くに住んでいるので、二人分の荷物を持った。「ありがと茶渡君!後でおかず持っていくね」「いや、いい……」どうせたいした量ではない。「あ、露草だ!露草って、秋にも咲いているんだね」「ム」住宅街には、意外と色々な花が咲いている。しかし露草は比較的珍しい。「露草って、なんとなく石田君っぽい感じがする」「……石田?」「うん。でもって、たんぽぽが黒崎君。どう?」どうと言われても……俺じゃなく、当人たちがどう思うかという問題ではないだろうか。どっちも可憐だし、雑草だし。「どちらも外野の花か」「うん」井上は、感覚は他人とずれているが、馬鹿ではない。どんなに突拍子なく思えても、それなりの理由があるのだろう。「……茶渡君、夜、用事ある?」井上の部屋の玄関の前で聞かれた。「いや、ない」「じゃあ今夜はお鍋にしない?石田君ちで!」「ああ」井上は石田を構いたがる。恐らく接触度は一護相手より高いだろう。だから時に、約束もなしに押しかけていこうなどと思いつく。一護は深く根を張る。何処まで種子を飛ばしても、自身はけして揺らがない。石田はすぐに花を閉じてしまう。閉じてしまえば俺たちは多分見つけられない。俺たちの指先には、既に石田の色が滲んでいるのに。だから井上も俺も、石田から目を離さない。その晩、石田は呆れ顔で俺たちを迎えた。追い返されなかったことより、石田がまだそこにいることにほっとした。
2006年10月01日
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松本乱菊は人気者だ。彼女を愛するものは沢山いる。彼女を恐れるものも沢山いる。だから誕生日ともなれば、その周囲は貢物で埋まる。隊長からのプレゼントは、毎年、花だ。天才少年にも女性への贈り物はよくわからないらしく、何かというと花を買ってくる。当然副隊長には菊の花束、幼馴染の雛森には桃の枝だ。「菊の花って葬儀の花なんですけど」「俺たちには似合いだろう」ぶつぶつ言いながら白い小菊を机に飾る。他の男から貰った豪華な花束は、あっさりと女性の部下や同輩に分けて配ってしまう。そして一本の女郎花が残った。「去年も一昨年もあったよな、それ。誰からなんだ?」「さあ?一々覚えてません」空っ惚けながら一輪挿しに飾る。けして菊と一緒にはしない。「綺麗だよな。野の花だけど」「あたしは嫌いですよ。これ、粟に似てるでしょう?なんだか、年中お腹を空かせてた子供の頃を思い出すんです」それが嫌な思い出なら、どうして毎年手元において飾るのか。日番谷には、聞いていいのかどうかわからなかった。「菊って名前は、最終、究極を表すんですよ」「知ってる」「え、ご存知なんですか?」話しながら書類を片付けた日番谷は、花を眺めるばかりの松本を睨み付けた。「お前、毎年この日の飲み会のたびにその話をするだろう」「そうでしたっけ?」「今日はあまり飲みすぎるなよ」言っても無駄だとわかっているが、言わないわけにもいかない。松本乱菊は大輪の菊のような女だ。この女を最終、究極としてしまった男が、きっと女郎花の贈り主なんだろう。松本がその送り主をどう思っているのか知りたいと常々思っているが、実際に聞かないのは、多分自分の仲で結論が出ているからだろう。
2006年09月30日
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まだ僕にとって「師匠」が「お爺さん」だった頃、お爺さんが葛の根から葛餅を作ってくれたことがあった。僕がそれを食べながら、どうして僕にはお母さんがいないの、と言ったら、「お前のお母さんは狐で、お前のお父さんに助けられて嫁入りしたんだけど、正体がばれて森に帰ってしまったんだよ」とお爺さんは言った。帰って父にその話をしたら「人間と狐が結婚できるわけないだろう」と叱られたが、長い間、僕は祖父の話のほうを信じていた。「そりゃ「葛の葉伝説」まんまパクリだろうが!」黒崎が突っ込んだ。「お前幾つだったんだよ、お前のお母さんは狐ですなんて、普通信じるか?」「だって……僕はその頃から、自分はほかの子となんだか違うな、と思っていたし、半分狐なら納得できるじゃないか」「……」黒崎は頭が痛いというジェスチュアをした。「お前が変なのはどう考えてもあの親父の遺伝だ」要するに、僕の母親は、僕と竜弦を捨てて実家に帰ってしまったんだろう。黒崎の表情が苦々しげなのは、その身も蓋もない現実に気づいているからだろう。「お前の爺さん、意外にお茶目というかいい加減だったんだな」「煩い。師匠の悪口言うな」「……」僕は誰も恨みたくはない。だから僕は二つの世界に切り捨てられた狐の子でいいんだ。人でなくても、いい。
2006年09月27日
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「井上さんにホウセンカの鉢植えを貰ったんだ」今日の石田はやけに機嫌がいい。そう思ったのは俺だけじゃなかったらしく、昼休み事情を聞いたチャドに石田は嬉しそうに報告した。あの井上が鉢植えの花か。手作りの物じゃなくて良かったな。(別に妬いてるわけじゃない)チャドはただ、「そうか」と返し、啓吾は大袈裟に悔しがったが、例によって例の如く水色が爆弾を落としやがった。「どうしてくれたの?」「この間マドレーヌを作ってあげたから、そのお返しだよ」……俺たちにも少し回すのが筋じゃねえかおい。「石田君、ホウセンカの花言葉って知ってる?」「……いや」「私に近づかないで」石田はべしゃっと潰れた。「近づかないで……」水色は冗談のつもりなんだろうけど(笑ってるし)かなりきついぜそれ……。「か、活発という意味もある」「……」チャドが慌ててフォローをいれたけど、それ絶対違う。コイツのキャラにあわねえ。「井上さんのことだから、特に意味なんかないんじゃねえの?」「……」啓吾も何とか慰めようとしたが、石田は全く反応しない。「おい、水色、どうするんだこれ」「うーん、水でもやってみようかー?」ちったあ反省しろ。仕方ないから、直接井上に聞いてみることにした。「おい井上、石田にホウセンカやったんだって?」「そうだよ、黒崎君も欲しい?」いや絶対欲しくない。「何でホウセンカなんだ?」「あのね、ホウセンカって美肌効果があるんだって!だからみんなの分も買って、石田君にもお裾分け」「お……男心を弄ぶんじゃねえ!」「???」
2006年09月24日
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メガネがオレンジ頭の首を締めた。「言わなかったかい?僕は物を大事にしない人は大嫌いだって!」「お、おお……」「じゃあどうしてこう度々僕の手を煩わせるんだい?」「う……え……」「ぎ、ぎぶぎぶ!ギブアップ!」一護の顔色が何だかおかしくなってきて、仕方ないから俺が代弁してやった。俺様をこんな体にしたのはこいつだってのにな。まるで天使みたいじゃねえか?俺の後ろ頭に針が刺さる。ちくちく。痛いわけじゃねえけどなんかへんな感じ。まだ右腕がぶらぶらしている。今回汚れはたいしたことないので、生地を洗ったり染めたりとか、時間がかかることはしないらしい。一護はやっとお花畑から戻ってきて、石田の向かいの椅子でだらんとしている。そうやってるとてめえも魂のない人形みてえだな。「メガネはさ、何時から手芸始めたわけ?」「名前で呼びたまえ、礼儀知らず。小学生の頃からだよ」「やっぱあれか、滅却師の服をてめえで縫わなきゃならねえからか?」「それもあるね」「あんなへんてこな服吊るしで売ってるわけねえからな」「……」つい口を滑らせた一護は、鋏を握られて被服室の端まで逃げた。「メ……石田の技って、霊子を集めて撃つんだよな?」「そう」「その為に辺りの霊子をほどいてばらばらにするんだよな。で、普段はこうやって縫ったり編んだりして、なんか、バランス取れてる感じがしねえか?」ちょっとほつれた左手を振り回す。普段こういうアタマ使ったような話はしないから、上手く説明できなくてもどかしい。「じっとしてて、右腕を繋ぐから」メガネは冷たく言い放った後、少し柔らかい声で、「日常と非日常で逆のことをしていると言いたいのかい」「そうそう」「中々面白いと思うよ」体をひっくり返されて、取れかけて右腕がもう一度繋がれる。解いて、繋いで。壊して、直して。捨てて、拾って。こいつらだけじゃない。人間はそればっかり繰り返してる。何時の間にか修理は終わっていて、リボーンした俺は、もう廃棄物には見えなかった。
2006年09月23日
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その朝、窓を開けたら、とてもいい匂いがした。金木犀だ。一体何処で咲いているんだろう、一階の僕の部屋からは見えない。と思ったら、アパートの手前の家に咲いていた。短い通学路のあちこちに、小さな黄色い花が咲いていた。「おはよう、石田君」「おはよう、井上さん。金木犀が咲いたね」「そうだね!あたし大好きなの、この匂い」「金木犀って、井上さんに似てるよね」口に出してから焦った。「髪の色とか」「そうかなあ、だったら嬉しいけど」……そこにいるだけで、僕を幸せな気分にしてくれるところとか。「そういえば、銀木犀って木もあるんでしょ?」「あれは白い花だよ」「じゃあそっちは石田君の木だね。うん、これで公平だ」白っていうのは多分僕の服の色だよね?それって公平なの?嬉しいけど。「あっ黒崎君だ!おーい黒崎くーん!」寝ぼけ顔の黒崎をとっ捕まえた井上さんは、今の話を繰り返した。「お前朝からよくまあ……」煩い、君は多分鼻が詰まっているんだろう。この花の香に素直に酔えば、普段言えないことだって言えるのさ。
2006年09月21日
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俺の幸福度はお前の機嫌に左右されるのに、お前は何時も不機嫌だ。しかも煙がかかったように本心が見えないときている。「なんだ、文句があるのか、貴様」何処にもいるようで滅多にない、お前を最初に見つけたのは俺なんだぜ?「兄様と約束があるのでな、失礼する」……偶には俺にも晴れやかな笑顔を見せてくれ……。
2006年09月21日
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「荻と萩ってどう違うんだ?」浅野君が間の抜けたことを言うのは何時ものことだけど、何となくむかついたので頭をぺしりとやった。「荻はイネ科で、ススキそっくりの植物。萩はマメ科の植物で、秋の七草に数えられる紫の小さな花。秋の十五夜に、ススキやお団子と一緒にお供えする。要するに全くの別物だよ」「さすが学年一位!お前みたいな友達がいると辞書いらずだよな」「……辞書を引いてくれないか」僕はこの本を今日中に読み終えてしまいたいんだ。「なあなあ、今度お月見しねえ?俺がススキ摘んでくるからさ、お前がお団子作れ」「いいけど、荻なんか摘んできたら一個も食べさせないからね?」「きっつー」本当にきつい。君は絶対見分けがつかない。君と僕は何時の間に友達になったのかな。友達と級友は似ているようで全くの別物だ。僕の友達はどうしてこう馬鹿で無神経で慕わしいのかと、月のうさぎに僕は尋ねた。
2006年09月21日
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「何考えてるかわからない」「キモい」「電波系」「頭おかしいんじゃないの?」小さい頃から何度となく言われてきた。でも、あたしには、自分が他の人とどう違うのかわからないのでどうしようもなかった。ただ目立たないように小さくなっているしかなかった。たつきちゃんと会うまでは。名前も知らない先輩たちに囲まれて立ち往生してくれたら、通りすがりの黒崎君が助け出してくれた。多分、あの人たちは黒崎君の悪口を言いふらすだろう。彼は本当に優しい。しかも送ってくれるという。「水色が言ってたんだけどさ」「うん」「エメラルドって宝石知ってるか?」「知ってるよ、緑色で透き通った石でしょ?宝石の女王様」「エメラルドの宝石鑑定って、「不純物が入っていたらOK、入っていなければNG」なんだと」「逆じゃないの?」「エメラルドの場合、不純物がないなんて殆どありえないんだと。だからまあ……」オレンジの髪をごしごしとかき回す。「俺も正直、お前って変だと思うけど、だから駄目だなんて思わねえよ」「うん、ありがと」あたしは黒崎君が大好き。あたしが黒崎君の中に不純物をみつけるとしたら、「あたしを友達としか思ってない」という一点しかない。そしてそれが、あたしの中で彼が宝石であるという証拠になるんだろう。あたしはくすんと鼻を鳴らした。黒崎君はそれを苛められたせいと考えるんだろうけど、それがほっとすべきことなのかどうか、あたしにはわからない。
2006年09月20日
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ある日越智先生が、ダイヤの指輪をしてきた。勿論薬指に。「ちょっとショック」水色が、あまり冗談でもなさそうな顔で言った。「越智サンって4月生まれなのか?」「さあ」一護が聞き、啓吾が首を傾げた。越智先生は俺たちの保護者で、もう一人の母親のようなもので、母親が結婚すると聞けば普通息子は穏やかじゃないものだ。「だったら燃やしてしまえばいい」石田が淡々と唆した。「アレは結局炭素の塊りだからね、火をつければ炭素と酸素と二酸化炭素になって事実上消滅してしまう」「……お前、冗談でもそういうこと言うんじゃねえよ」水色と啓吾はドン引き、一護は額に皺をくっきり入れて抗議した。「簡単だと言っただけだよ」そういえば石田の母親の話は聞いたことがない。「王様を殺すのも、幸せを殺すのも、本当に簡単なんだ」
2006年09月20日
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お前は何時も批判的、誰も彼も皮肉って、朝から晩まで言いたい放題。時々マジでたまんねえ。現世土産に、「僕に相応しい美しい花」が欲しいという。しかも、駅前の花屋にあるような花はありふれてつまらないとか抜かしやがる。手当たり次第に聞いていたら、チャドが立派な鉢植えを持ち出してきた。「これはどうだ」孔雀サボテン。年に1日、昼間だけ開く、大輪の赤い花。花の命は短いが、見た目はとにかく豪華。「よし買った!」「開花は6月だ」「ちょっと待て!」来年の夏まで見れないのかい、とぶつくさ言っていた弓親は、それでも置き場所だの水やりだの真面目に聞いていた。「確かに綺麗だけど、華やかというより、儚げな感じかな」「そうかもしれねえな」なんだ、目が笑ってるぞ。気に入ってるんだろ。「当たり前じゃないか。君が探してきてくれたんだから」「メキシコとかいう国から日本に渡ってきたんだと」「そして今度はソウル・ソサエティか。タフな花だね」本当は、毎年咲く花であれば何でも良かったんだと、今更白状しやがった。「毎年君と眺められるものでさえあれば」日が落ち、弓親は花を落とした。次に咲くのは1年後。俺たちはまたこの花を見て、現世を思い出すんだろう。批判の針も届かない、この綺麗な花が咲く限り。
2006年09月19日
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ルビーは適量の不純物を含むことでルビーとなり、ルビーはルビーというだけで価値が出る。全く、死神そのものじゃないか、と石田はぐちぐちと言った。お前それはもう八つ当たりと言わないか?「俺の誕生石はルビーらしいけど、それだけでそんなに嫌うか?」「安心したまえ、君抜きでも嫌いだよ。鳩の血、兎の血などと呼ばれて珍重される、そのセンスが嫌なんだ」ええとそれは、高価なルビーの名前だったか。「あれは炎の色だろ」「そうとも言うね」炎とか太陽とか、赤いものなら幾らでもあるのに、「血の」赤なんかに拘っても仕方ねえだろ。冷たい石の中に燃え上がる炎。まるで、色が褪せたら無意味だといわんばかりに。それはむしろお前じゃないのか?俺の霊絡を摘み上げる白い指の中にも、赤が熱を放っているのを俺は知っている。
2006年09月19日
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小野瀬川の川べりに、一群れの彼岸花が咲いていた。「綺麗だね。本当に、この世の花とは思えない」「そうでしょう?」この花は数日で散って茎だけになる。そういって、井上は俺たちを強引にここに連れてきた。俺の趣味とは少しそぐわないし、一護はあからさまにダルそうにしているが、石田は気に入ったようだ。「名前もいいよね。彼岸花とか、曼珠沙華とか、死人花とか。凄くロマンチック」「中国では、相思華と呼ぶそうだよ」「サンチョ?それってどういう意味?」「相思相愛って意味らしい。花は葉を思い、葉は花を思う。花と葉を一度に見られないのがそういう解釈になったそうだ」「そういえばそうだね、不思議。でもそれがどうして相思相愛ってことになるのかなあ」「……さあね」俺たちの存在を忘れたように、二人で話し込んでいる。第三者が見れば、仲のいいカップルに見えるだろう。実際には違うのだが。共に咲くことのない同じ花。共に存在することのない相思相愛。決して距離を縮めることのない同類。決して重なることのない思い。天上の花が、二人の顔を明るく照らしている。「おい、そろそろ解散しねえか?」死神が焦れたように声をかけた。「じゃあ、皆、今日はありがとう」「また明日」「じゃあな」「ム」どちらが「花」でどちらが「葉」かと尋ねたら、井上はきっと「あたしが葉っぱ」と答えるだろう。石田は「僕は根」と答えるだろう。毒を持つ「根」だと。彼女の「対」などではないと。
2006年09月18日
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「は?返品?」一瞬耳を疑った。井上さんは申し訳なさそうに、「うん、上手すぎて既製品に見えるって」なんだそれは!ちゃんと手作りに見えるよう手を抜けって意味かい!手芸部部長である僕の下には、よく手作りの服や小物、ぬいぐるみなどの注文が舞い込んでくる。無論有料サービスだ。「妹の誕生日プレゼントに、テディベアを途中まで作ったけど間に合わないから代わりに作って欲しい」という話を持ってきたのは井上さんだった。急の依頼だったんのに、期限どおり完璧に仕上げた僕の作品を返品とは!「代わりにみちるちゃんのぬいぐるみを買っていったの。石田君には全額料金を払うけど、引き取ると後でばれかねないから、困るって」「……」確かに彼女の作品には、手作りらしい素朴な味があるけれど。ふざけるな!ブラックモヘアのテディベア。立派に出来ているのに、引き取り手がいないなんて可哀相に。「あのね、みちるちゃんが、その熊欲しいって」「小川さんが?」「でもね、あたしも欲しいの」「……」それはそれで困る。「えーと、みちるちゃんには今度作ってあげることにして、今回はあたしにくれると嬉しいなあ」「じゃ、小川さんには好きな色のぬいぐるみを作ろうか」「うん、うん」「石田くーん!」そして三日後の朝。「見て見て、茶渡君ベア!」ぶっ。茶渡君がブリックパックのコーヒーを噴出した。僕の黒熊は、黒い開襟シャツと白いズボンを着せられていた。そうかそれで譲れなかったのか……。井上さんらしいアレンジがされているけど、確かに茶渡君に見えるよこれ!「かわいいでしょ!」「あ……ああ」「あげる!あたしと石田君の共同作品だよ大事にしてね!」「ああ……」茶渡君はそっくり?熊を押し付けられて硬直し、浅野君たちは爆笑している。黒崎は……あれは、机に突っ伏して笑ってるな……。「石田君、今度はオレンジ色の熊を作ってね」ああ、やっぱりそうくるのか。「小川さんの分の後で作るよ」黒崎はきっと、その前に井上さんの熱が冷めることを祈っているに違いない。
2006年09月16日
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「すいませーん!」背に腹は変えられない。織姫はそれなりに覚悟を決めて声を張り上げたのだが、周囲がそれをどうとったかはわからない。「はいはーい、なんですかー?」5分ほど待っただろうか。ひょいひょいと現れた人は、虚ではなく死神だった。「えっと……市丸さん」「はい」「おなかがすきました」「……」彼の人生で、言葉が詰まる、というのはかなり珍しい経験だった。「うんうん、肝がすわっとるねー、織姫ちゃんは」「そうかなー」織姫は包丁片手に首を傾げた。「どうしたっておなかはすくと思います」「ま、な」精々、それを何所まで我慢できるか、その違いがあるだけだ。「織姫ちゃん、料理とくいなん?」「石田君ほどじゃないけど……まあまあ」「そりゃええね。ボクが昔暮らしてた女の子、まあったくできへんかったんよ、一人では」「そうなんですか」野菜らしき物体をぶつ切りにする。彼女の辞書に「味見」という単語はない。「お料理楽しいのに」「ボクもね、本当は作ってもらうほうがええなあ」鍋の中に食材を纏めて突っ込み、織姫は死神に振り返った。「市丸さんも食べますか?」「おお、実は期待してたんやよ。ええ子やね織姫ちゃん」大方の予想通り、織姫の料理は彼の舌には合わなかったが、市丸は特に文句も言わず顔にも出さす、おかわりまでしてのけた。「市丸さんの元彼女って、どんな人だったんですか?」「彼女ってわけじゃないんやけど……織姫ちゃんによう似とるわ」「え?えへへ、何だか照れるなあ」「きらきらしとってな、お日様みたいやった」今はもう、手が届かない。……阿呆やな、お日様なんて、ハナから手に取れるわけないやろ?太陽を牢獄に戻りつつ、へらりと笑った。
2006年09月11日
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「……あめ?」「はい」黒崎一護は目の前の少女をつくづくと眺めた。「……なんですか?」「いや、……なんでもない」馬鹿じゃねえの、と口の中で呟く。妹たちと同い年くらいの少女。その名前が「雨」と表されるからといって、それを自分への嫌がらせと感じるなど、あまりに馬鹿げている。ただの偶然だ。「一護、本当に朽木さんと何も無いっていうの?」「しつけえなあ」水色は可愛らしく小首を傾げた。「何もない女の子を呼び捨てにするわけ?」「たつきだってそうだろ」「彼女とは10年近いお付き合いでしょ?朽木さんとは何ヶ月?」「うるせえ」「そのくせ石田君は何時までたっても苗字で呼んでるしさ」「……覚えられねえんだよ、奴の名前」嘘だ。記憶したくないんだ。俺の周りには、何時しか雨が溢れていた。「雨は苦手だ」ルキアが呟いた。「虚飾を洗い落としてしまう」「雨は駄目だ」一護が吐き捨てた。「カッコつけていらんねえ」なのに雨は確かに大切なのだ。「……」大きく息を吸い込む。「ウルル!」いつもどおり、店頭を掃除していた少女は顔を上げた。橙頭の高校生が、不機嫌そうな顔で手を振っている。「これ、やるわ」「はい?」小さな包み。「今日、誕生日だろ」「は、はい、有難うございます」浦原さんには特に用はないと、彼はそのまま帰っていく。包みの中には、小さな水晶球が一つ。夕焼けの赤を透かして映えた。「……きれい」まるで、零れ落ちることのない涙だと雨は思った。
2006年09月10日
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お昼休み、「宝くじで一億あてたらどうする?」とネタを振ったのは、当然啓吾だ。「うーん、豪華客船に乗ってお金持ちの未亡人をゲットしようかな」「……幾つの相手を想定してんだよ」いいじゃん別に。人それぞれだよ。上手く結婚できたら、(生きている間は)ちゃんと尽くすよ僕。「……国の仲間を日本に招待したい……」「情熱系のお姉さんはおぶっ!」気が短いなあ一護は。「一護の希望は?」「東京の大学に行く。残りは妹たちの学費に当てる」「……開業医の懐って案外淋しいんだね……」「ほっとけ」「石田君は?」学年主席は真面目な顔でクールに告げた。「働かない」………………越智先生が聞いたら泣くだろうな……。結局石田君は奨学金を貰って一護と同じ大学に行き、インターン時代に知り合ったという女性と30歳直前に結婚した。相手は大病院の経営者のお嬢さんだと聞いて、式の直前「当たりくじを引いたね」とからかった僕は、二次会でしっかりお説教を食らった。まあとにかくおめでとう。
2006年09月05日
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「石田君、バナナリアンって知ってる?」「……知らない」井上さんの話は何時も突然だ。「サンリオのキャラクターとか?」「そうじゃなくて……夜やってくるの」おまけに取り留めがない。「子供のバナナを取り上げたり、バナナの皮を捨てたりすると、夜やってくるの」「ああ、都市伝説かい」「そうなのかなあ。どこかできいたはずなんだけど、よく思い出せないんだよね。たつきちゃんたちも知らないって言うし」「バナナのお化け?それとも怪人なのかな」「わかんない」「やってきて何をするの?食べられるの?」「わかんない」バナナのように皮を剥いてしまうとか。余りにグロテスクな図なので言うのはやめた。「とにかく、悪いことをするとバナナリアンがやってくるのよ」「じゃあネメシスだ」「ネメ……何?」「因果応報の女神だよ。悪いことをすると、いずれ彼女に捕まって罰を受けることになるんだ」「因果応報かあ」何が気に入ったのか、井上さんはにこりと笑った。「かっこいい響きだね」「そうだね。それに正しい」「うん。なんだかほっとするよね」バナナリアンというわけのわからないものに、正式名称をつけられて彼女はご機嫌らしい。「悪いことをしてしまっても、これで大丈夫だね」「……え?」「だって、必ず捕まえてくれるんでしょう?」僕は彼女の真意を捕らえられず、無様に黙り込んだ。(元ネタはGO-BANGS)
2006年09月04日
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