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愛犬イヴが死んだ。1月24日水曜日の昼だった。乳ガンが肺に転移したためで、転移がわかってから、1ヶ月もたたないうちに死に至ってしまった。(肺に転移すると手術はできないと言われていた...)小さな体を揺さぶるくらい呼吸が乱れ、苦しそうで見ていられなかった。。だんだん食べることができなくなり、水さえも飲めなくなっていった。死ぬ前日、歩くのもままならないはずなのにいつもと同じように私の枕元に来て寝て、朝には娘の部屋に行っていた。当日の昼前、少し呼吸が荒いので、病院へ連れて行き、帰って来てからものの10分もしないうちのことだった。病院から帰って来て家に入る前、外の空気吸ってごらん~と言うと鼻をフムフムさせて気持ちよさそうにしていた。眠っている顔はプーさんみたいで笑っているように見えた。4ヶ月前に「その時を迎えられるか...」なんて日記に書いていたことが今、現実となるなんて。。。悲しい...叫びたいほど悲しい...今ここにイヴがいないなんて...もう触ることもできないなんて...悲しい...あまりにも悲しすぎる...亡くなって一週間。まだ実感がわかない。いつものとおり、どこからかひょいと出てきそうな気がする。5年と半年。イヴとともに暮らした日々は、私たちにいっぱいの幸せをくれた。ありがとう!イヴ。幸せになるんだよ♪
2007年01月29日
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私の大好きなアーティストのひとり、エリック・クラプトンが11月来日する。今まで彼は2年おきに来日していたのだが、3年前の来日を最後にこれからは※子育てに専念するので、世界ツアー(コンサート)の予定はないと言っていた。※数年前、若い奥さんとの間に二人の女の子(次女、三女)をもうけている。コレが最後のコンサートになると思った私とドラは、必死の思いでチケットをゲットした。大阪公演4日間(...だったと思う)のうち、3日間のチケットを手に入れ、大阪城ホールへいそいそ通った。3日間のうち、1日はドラの友だちも一緒とだった。今思えば、よくこんなオバサンというより、ヘンな親子に付き合ってくれたなぁと思う。エリックのコンサートとなれば、なぜか親子の間柄を越えて同志?になる。(娘にキモ~とか言われてるけど~笑)その友だちもまた...もっとキモ~かも?今回は来日するなんて全く知らなかった。3年も経ってるし、彼もけっこう年だし、来日することはまずないと思っていたから。HPもしばらくはチェックしていなかった。だから、新聞の広告欄で見つけた時は、飛び上がってしまった!すぐにドラにメールを送り、知らせた。「おかーさんが行きたいのなら(ナヌッ!?)チケット取って♪」って、ありゃ~ナント気のない返事だこと?「母もあと何年チミと一緒に行けるかわからないもんねー」と送り返すと、「そんなさびしいこと言わんといて♪」と来た。(オホホ~そうかいそうかい♪)ドラは仕事中で(あたりまえでしたーぺこっ)すぐにピンと来なかったらしい。(ニブイやつ~)そのあとはとにかく取れるだけ取って!ってことで、ハイ!母の出番♪よっしゃー!!まかしときッ!!ってんで、携帯、PC駆使しまくった~(母、張り切りました♪)やはり今回も4日間ツアーのうち3日間ゲットに成功♪まぁ1日は出張があるとかで無理ということになり、行ける日はすべて取れたので、思わず万歳を三唱した(ウソです♪)11月12日、14日、15日 大阪城ホール。 はじけますッ!! 毎度のことで~ 飛びますッ!! 得意なんだす~ 叫びますッ!! まわり気にせず~ どっかの線?切れますッ!! きっと♪ 酔っぱららいます~ いつも♪ またドラに言われますッ!! もう絶対!一緒に行かん!って(汗)楽しいコンサート、待ち遠しいなぁ♪ <エリック・クラプトン>しばしば、プランクトン?などと間違えられる~(怒!)彼の歌を一度聞いて見てほしい。そのギターの音色とともに心に響く声。初めて、「ティアーズ・イン・ヘヴン」を聞いたとき、今まで聞いてきたどの音楽にもなかった「何か」を感じた。何か胸がキュンとなる「何か」を確かに感じた。こんな音楽もあったんだって思った。すぐにそれが彼の家族(息子)を思う魂の叫びなのだということを知った。彼は幼い息子を転落事故で亡くしていて、その息子のために作った歌だった。彼は他に息子とサーカスに行った思い出を曲にしたり、 曲名:「サーカス」父親のことを歌った曲もある。 曲名:「マイ・ファーザーズ・アイズ」(彼は私生児で父親は誰かわからない... またオールドドーターである長女を 産んだ女性とは結婚しなかった)ジョージ・ハリスンの奥さんパティと恋仲になり、苦しい胸の内を歌った歌はあまりにも有名である。 曲名:「レイラ」(この曲は以前、○菱自動車のCMソングだった)「チェンジ・ザ・ワールド」「ワンダフル・トゥナイト」「コカイン」 なども有名な曲である。 彼のギターの素晴らしさもさることながら、彼の歌声には心の奥深くに響く「何か」がある。両親、子どもたち、そして好きになった女性とは結婚しなくても深く深く愛していたエリック。。。「ボクはこんなにもみんなを愛しているのだよ。」彼の愛のメッセージはファンの心もしっかりつかんでいた。そんなエリック・クラプトンに少しでも近づきたくて、魂の響きに触れたくて、私はまた会いに行きます、ドラと一緒に。
2006年09月24日
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10月1日~9日まで上海→北京へ行ってきます♪国慶節の休みを利用して夫と共に国内旅行?です♪ず~と行きたいと思っていた北京。一度は訪れてみたいと思っていた万里の長城。上海へは何度も行ってるものの、北京へ行くチャンスはなかったのです。「今度の国慶節にSさん(夫の部下の中国人)が奥さんと一緒に北京へ来ないか?と言ってるが、無理やな?」と、メールが来たのです。Sさんは夫を北京に残して、上海に単身赴任していて年に数回会う程度の生活をしているのです。マンションを買ったので、招待してくれるらしいと夫から聞きました。「行ぐ行ぐ♪」とふたつ返事でOKの返信♪ひさしぶりの上海。ちょっぴり夫孝行して来ようかな...(汗)万里の長城♪私の心の中にず~とあった世界の中で最も行きたいところのひとつ。その昔、私がまだ子どもだった頃、教科書だったか、雑誌だったか、もう忘れてしまったけれど、その建造物を見たとき、スゴイ!!と、思ったのでした。とにかく行ってみたい!いつか必ず、行ってみる!と子ども心に誓っていたのでした(笑)長い時を経てやっと叶う日が来ました(爆)この目でしっかりと見て来ようと下調べに余念がありません。今から楽しみだなぁ♪
2006年09月24日
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朝晩めっきり涼しくなって、私が住んでいるこの山間部のニュータウンも最近は夜、窓を閉めなければ眠れない。今年も夏は本当に暑くて老体?にはちょっと堪えた...(笑)年中、毛皮を着ているワンコはさぞかし暑かったことだろう~イヌ(ネコもそう♪)は快適なところをよく知っていて冬はコタツの中や、ファンヒーターの熱風の噴出し口の前を夏はお風呂場のタイルの上や玄関のたたきの上をしっかり自分の居場所にしているらしい。我が家のイヴちゃんもご多分にもれず、ほとんど玄関のたたきの上にいたような?気がする。玄関の大理石の床がお気に入りで、ドラの靴や娘のミュールを枕に昼はよく寝ていたようだ。夜はフツーに私のベッドの上で寝ている。(おおー)家の中をどこでも自由に動き回ってホント♪気ままなイヌ!!ところで、きょう日記に書きたかったのは、友人の飼っていたウサギのことである。先日、静かに天国へ旅立っていた、一匹のウサギのサリーちゃん。お嬢さんが中1の時に飼い始めてから、大学3年生になる今年までの9年間を共に成長し、一緒に過ごしたという。正に妹のような存在だったらしい。過去にヨロッときた時は、これはもうひょっとして明日まで...?などと思ったこともあったらしい。しかし、翌朝は何事もなかったように、元気になっていたらしい。そんなことが何回かあったけど、もう9年も生きているから、長生きやネ~とお盆に話したばかりだった。ウサギにしては高齢だから、この夏の暑さが堪えたのかな...?と、彼女は言った。1~2日前に様子がおかしくなってから、片時も目を離さず、そばにいてやったらしい。最後を娘と二人で看取れたのがせめてものなぐさめだったという。きれいに毛をとかして、からだを拭いてやり、ツメを切って、一番似合っていた服を着せてやったそうだ。「最後に一緒にいてやれてよかったね...。」私はそれだけ言うのが精一杯だった。ウサギでもネコでもイヌでも長年一緒に暮らせば、家族と同じ存在である。我が家のイヴにもいつか必ず、「その時」がやって来る...。「ペットロス症候群」にならないように、日頃から、心構えをしておかないといけないらしい。一瞬でもイヴに置き換えて考えると身震いしてしまう。イヴがやって来て生活は一変した。家族みんなが赤ちゃん言葉を使ったりすることがある。(笑)(夫は子どもたちには1回も使ったことがないのに!)純粋無垢の透き通った目で見つめられると思わず頬が緩んでくる。(ケンカもストップしてしまう~笑)ふわふわと柔らかいからだを抱きしめていると、なんだかほんわかとあったかくてやさしくなれるような気がする。(寒い時はイヴちゃん大モテ♪)家族の中のひとりでもいない生活が考えられないように、イヴのいない生活なんて考えることすらできない。イヴが我が家に来て5年。10月で8歳。どうかその時が少しでも先でありますように...。どうかその時はみんなで迎えられますように...。
2006年09月05日
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昨日8月17日は娘の誕生日。もううれしい年でもないじゃろ~?と、思っていたら、しっかり食事とプレゼントを要求された~(笑)プレゼントは携帯電話の新機種。食事はヘルシーに豆腐と湯葉のレストランへ♪ここ最近、月1回のペースで、両親を誘って食事に行っている。今回も両親に招待するから~と約束していた。娘は祖父母から思わぬ?お祝い(金一封)をもらい、上機嫌♪「社会人になってももらえるのって、 やっぱりうれしいわ~♪」と、娘。そりゃ~そうでしょ~私だってうれしいよ♪いつもありがとね~と私にもくれたから。(おかげで食事代が...??)両親揃っているなんて幸せなことよ~って言われる。私くらいの年になると、珍しくなってくるのかな?夫婦とも両方の親がいるというのは、私のまわりでは皆無だけど。自分の親が元気でいてくれるのはある意味、ありがたいことなのかも知れない...「誘ってくれる、その気持ちがうれしいのよ~」と、母は言う。「ふたりだけだと、食べに行く気にもならん...」と、父も言う。ふ~ん、そんなもんかな~?と、私は思うけど...。食事だけでなく、両親と娘と私の4人で中国やハワイを旅したのが、とても楽しかったらしい。でもそれもだんだんしんどくなってきて、もう海外旅行は終わりだと言う。「せいぜい、飛行機は2~3時間までやな...」と、寂しそうに父が言った。「えっ!?それじゃ、中国くらいしか行けんデッ!!」と、あわてて私が言うと、「じゅうぶん行ったからもうエエわ~」と、言うので、「何、言ってんのッ!? 北京オリンピックに行くって言ってたやんッ!!」と、叱咤激励?した。(爆)「上海万博もあるねんでッ!! まだまだ死なれへんでッ!!」と、私は少しコーフン気味に叫んでしまった。(「死ぬ」なんて言葉を発せれるのも親子だからだなぁと思う。)思い起こせば、父は一度、脳梗塞で倒れている。その時は、自宅だったので発見が早くすぐに病院に連れて行けたので、大事にはいたらなかったが、今度いつ、倒れるかわからない...リタイア後、毎日が日曜日の父は、月に数回のゴルフと、年にこれまた数回の海外旅行が楽しみだったのに、ゴルフも体がだんだんきつくなったとかで、最近はあまりしていないらしい。その上、旅行にも行かなくなったら...なんの楽しみがあるのだろう?あの年代の男の人って、寡黙で感情を表に出さないから、こちらでいろいろ声をかけないと、自分からはなかなか行動を起こそうとしない。昔は縦のものを横にもしないガンコ者だったと母は言うが、今はホントにいい好々爺である。両親には心配のかけっぱなしだったので、自分の時間の許す限り、親孝行をしたいと思っている。何も気を使わず、言いたいことを言って両親に甘えている私は、幸せなのかもしれない...「娘だけやね~」と、父に言う母の気持ちは本当だと思いたい。(兄と弟には申し訳ないけど...)明日19日、ドラたちが帰ってくる日、大連~瀋陽に旅立つ両親。この旅がどうか最後になりませんように...。「おじぃちゃん、また上海行こッ!! 足マッサージ、ハマってたやん!! 私、ついて行ったげるからッ!!」娘も弱気な祖父にハッパをかけていた。娘よ、ありがとう!娘の誕生日の主役はすっかり両親になっていた(笑)
2006年08月18日
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今頃...どこにいるのやら~ウチのドラ。毎日でなくともメール、よこせ!!きょう、夫から、「息子たちは無事に着いた。」と、メールが入っていた。無事って?きょうはもう15日ですぜッ!!12日に着いてないといけないの!ホントにまぁ~母の心ドラ知らず...って、私って過保護??いい加減に解放してやったら~って、娘に言われてしまった...ふぅー。
2006年08月15日
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ごぶさたしてましたー。毎日暑いです。ひたすら熱射病にならないように気をつけております。常に水分補給を心がけるようにしています。のどが渇いてからでは遅いようです。最近では老若男女問わず、ペットボトルを持っているのをよく見かけます。さて、今ちょうど、お盆休みを利用してドラと中一の甥っ子が上海に行ってます。ドラは昨年の7月の帰国後、3回も行っているにもかかわらず、また行ってます。寒かろうが暑かろうが、まったく関係ないのでしょう~私と違って(笑)甥っ子は初めての中国。どんな体験をして来るのでしょう?帰国してから話を聞くのが楽しみです♪先日、ドラが、「おかーさんは(上海に)行かないの?」と、聞くので、「う~~~ん...」と、返事に困っていたら、「ちゃんとおとーさんの相手しないとあかんで!」と、言う。「アイテ??」と、私。「そう、時々、行ってご飯作ったり、 面倒見たり、いろいろしないとあかんで~」と、ドラ。 私:「イロイロって?」ドラ:「イロイロや~」昨年の春に行ったきりの私を冷たい妻?だと思ってるんでしょうか...?ドラ:「だから、おとーさんの方から しょっちゅう帰って来るんやろ~」 私:「なるほど~♪」ドラはドラなりに考えていたんですネ♪ 私:「涼しくなったら行こかな...」ドラ:「そうしてや~」 私:「(そっ、そうして!?)」ハイ♪わかりました。子どもに心配かけてはいけないですね...(笑)
2006年08月14日
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以前から、欲しかったDSのソフト、「えいごづけ」。やっと手に入った♪ さっそく挑戦。お試しとやらがある。ふむふむ~カンタンだと思っていたら、以外と聞き取れないもんだ...トホホ~。よって、最初のレベル分けはあえなく「初級」。 すぐに再度挑戦!(負けてなるものか!!) すぐにハマるタイプ♪DS本体にかぶりついて聞き取る。聞くのは何回でもOKなので、ヒントは使わずにがんばった♪が、しかし...結果は、またもや「初級」なんでやねん!!こうなりゃ、何が何でも中級めざすデッ!! ふぅ~、必死の形相でがんばったかいがあり~♪3回目にして「中級」をゲット。(これっていいのかな?) あなたの英語力は旅行に行っても困らない程度です~って、そんなことないデ~まだまだあかんデ~そんなレベルと違うデ~と、ちょっと謙遜しながら、3回もやったからかな?1回目やったら、なんていうんやろ~?とちょっぴりうしろめたくなった。(以外と正直なのだ?) その後、昼食も食べるのも忘れるくらいのめりこんで、レベル2までやってしまった。ちょっとだけ~と思って、やり始めてからかれこれ3時間。あ~くたびれて寝てしまったー。せっかく早起きしたのに...これじゃ~意味ないじゃん!?
2006年06月17日
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きょうは早起きをした。5時に起きた、というか目が覚めた、と、思ったら、あらら~ソファの上だった~そういえば...昨夜、「渡鬼」を見ていて、時々、目がグルグルになってたような?ということは、ここで7時間以上も寝てたのかしら?化粧も落とさず、エプロンもかけたままで~ なんちゅうこっちゃ~♪誰も起こしてくれなかったのかしら??イヴちゃんもフツーに私のベッドで寝たあとがあるね? ああ~でも気持ちいいなあ~♪朝早く起きるって。いつも6時には起きているけど、1時間早いだけでもずいぶん外の景色が違うんだ~昨日の雨が上がってすがすがしい朝だ。熱いシャワーを浴びてから、ベランダに出てコーヒーを飲む。至福のひととき~♪「早起きは三文の徳」かな?きょうは家事がはかどりそう♪こんな気持ちのよい朝、最近あったかな?
2006年06月16日
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就職して初めての夏を迎えるドラ。彼の会社でも今年はクール・ビズとやらで、6月1日からノーネクタイでいいらしい。 昨秋、就職した頃はまだ新人ということで、ワイシャツは白一色のレギュラーカラーだった。 それが冬を越える頃には、こんな白ばかりではダサイ?とかで、(生意気なヤロ~)ストライプやチェックを買い足し、それに合わせてネクタイもピンクなどをそろえた。 しかし、ネクタイをしないとなると、やはりボタンダウンがいいね~ということでさっそく買いに出かけた。 半そでは着ないから~と言うドラに、じゃあ、自分で好きなのを選んだら~と言うと、「おかーさん、これはアカン、なんで、袖が半分しかないんッ??」 「えっ!?」 (今、なんて言ったの??)よく見ると、(よく見なくても~笑)ワイシャツって、袋をあけなくても長袖か半袖かわかるように袖口を見せるようにしてたたんで包装されている。ナント!ドラはそれを知らないのだ!! ひょえぇー!! (母もドラが知らんということを知らんかった...)「あ、そうー、ヘンやと思ったわ~」って、フツーに言うかッ!? デザインとか素材とかは入念にチェックするのになんでやねん?? ホンマにいつも天然(ボケ)?のドラなのだ♪
2006年06月01日
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今朝の星座占いで、お羊座は最悪、絶不調と出ていた。何気に、またや~こんな日はきっと何かあるんやからーと、思っていた。 3日続きのいいお天気♪外は紫外線がキツそうだったので、日傘をさして出かけた、いつものように~。 途中、ふだんめったに会わない人に出会った。女子高生の集団にも会った。目的地に着き、傘をとじると...ありゃぁ~あ~? いつもと違うなぁ...??こんなんやったかな~?と思いながらよく見ると、ナント!ドラの雨傘をさして歩いていたのだ!! ひょえぇー!! 恥ずかしい~~~~!! ドラの雨傘は黒。私の日傘も黒。ただ、ふちに白いレースがついているけど、さしたら、わかんないもんね...(滝汗) ひさしぶりに出会った人も、すれ違った女子高校生も、「何~!?あのおばさん~(笑)アレ、日傘?」って、思っただろうなあ~(おぉー) 子どもたちに話すと、それは単なる「ボケ♪」とか? あひゃ~全然気づかなかったー、だって、色が一緒だったんだもん...。(占いはあたっていたー) きょうはなぜかコンタクトがよく曇って、調子が悪かったので、いつも外ではささない(潤い過ぎてずれてしまうので)目薬をがまんできなくて何度もさしていた。 夕方、歩いていると...なんだか、見え方がヘン...?アレ??また曇っているのかな?と、思って、急いで鏡で見てみると... 「ありゃ~ぁ!!えらいこっちゃ~!! コ、コンタクトがない!!」右目用を落としてしまったようだ。いつ、どこで、なくしたのか?まったくわからない!!(コレも全然気づかず...)つい、10日ほど前に遠近両用レンズに替えたばかりだというのに。。。ああーなんという不運...こんなショックなことがあっていいのだろうか...?三万円がフイに。。。 エエイ!もうきょうは早々に寝てしまえー!と、ベッドに入ろうとしたら、なにやら、○ンコのような臭いが...?クンクン、臭いを嗅いでいくと、ナント!イヴちんのブツが!! 「あんたッー!! コレ何ッ!? アホッ!!」と、思い切り叫んでいたのだったー。 占いは笑ってしまうほど、あたっていた~(爆)ふだんは占いなんて信じない方だけど、カレンダーを見たら、またまた、ナント!仏滅だったー。 ふぅー、妙に納得♪ホントにもう寝よっと。。。
2006年05月22日
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bashiままさんのブログを見たら、「脳トレ」のことが書いてあった。さっそく試しにやってみた。 まちがいなく?実年齢より上だろうな~と思ってやってみたら、なぜか...下(38歳!おおー)だった。 もう一度チャレンジで、2回目をやってみると、ナント!20歳だった!!(ホンマかいな??) 気をよくした私は、ドラにもやってみぃ~と勧めた。ナント!ドラは1回で20歳。(あたりまえっか?~20代ですもん)2回やると、今度はすごい人間とでた。(すごい人間って何!?) 娘にもやってみそ~とすすめる。「えーー!?、私こんなんキライやわ~。」と、渋るのをいいからいいから~♪と、やらせた(笑) で、密かにドラと1000円を賭けた。(なんという母親!~笑)私が38歳とでたので、私より上か下かで、39歳以上か37歳以下か?38歳ならひきわけにした。 おぉー!なんちゅうこっちゃ!!ナント!私もドラも39歳以上に賭けたのだ~(爆)。「それなら賭けにならないやん!あんた(ドラ)は37歳以下にしときッ!」と、無理やり決めさせる。(なんという母親!~汗) 娘、スタートボタンを押す。(顔、真剣~笑)途中で、「えー!?コレ何よォ~??」 とか、「えー!?わからんわぁ~!!」とか、言うのを聞いて、ドラ、負けを察知したのか、「もうやめるぅ~1000円は痛いで~」と、言って棄権した。 私の勝ちはまちがいなし!と、思っていただけに、ちょっと残念。。。 すると、娘、33歳やったー♪と、喜ぶ。(そんなことで喜ばんといて~、母と5歳しか違わないねんで!) ドラ、「そうやろ~?おねーちゃんが、おかーさんより上な訳ないやろ~!」と、言う。「今ごろ言っても遅いわッ!!」と、娘。(そりゃあ~そうでしょ~)と、母、思う...。 「あー、もったいないことしたー!1000円~ でも絶対、39歳は越えると思ったンやけどなぁ...」と、小声で言うのを聞いて、娘は、「アンタッ!! 許さんヨッ!!」母、「もう、エエ加減にせぇ~!」 単純というか...平和というか...? 「bashiままさん、しばし遊べました♪ ありがとう!」こんなおもしろいものだったのね!明日、さっそくDSのソフトを買いに行こうと思ってる~(単純♪)
2006年05月20日
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生まれたときから、ず~と関西に住んでいるので、食べ物はココが一番おいしい♪と思っている...イエ思っていた。 お好み焼き、たこ焼き、イカ焼き(阪神百貨店オリジナル)、きつねうどんなど、「粉もん」ならもちろん!大阪。ケーキやパンなら神戸界隈。。。。と勝手に京阪神(京都、大阪、神戸)には、おいしいものが揃っている♪と、思っていた。 しかし、どうしてもコレは大阪の負けやで~と、思うものに...出会った。それは、 「讃岐うどん♪」最近、この辺りでもちょこちょこあちこちにできた、讃岐うどん専門店。うどんの上に好みの天ぷらや卵、ネギ、ゴマなどをトッピングして生醤油をかけていただく。(あったかい汁をかけるのもあるようだが、私はこの生醤油をかけるのが好き。) 「メチャクチャ、おいひい~♪」うどんはコシが強くてツルッツルッ~!こんなにおいしいうどん、ここ何年か前まで食べたことがなかった。 なぜなら、断然!うどんは大阪やで♪(...と、思っていたから。)おダシはきいてるし、(東京のうどんを食べた時は言葉を失ったー)きつねうどんの甘~く煮た油揚げはホンマにうまいねんから♪ なのに、あの讃岐うどんを食べたときの感動?は、今も忘れることができないくらい。(ちょっち、オーバー?) 今や、私にとって、「うどん」といえば、「讃岐うどん♪」になっている。本場四国へバスでまわる日帰りの「讃岐うどんツアー」ってのもあるらしい。ぜひ!行ってみたいと思っている。
2006年05月19日
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先日、ひさしぶりにボウリングに行った。ボウリングはここ数年、実家の正月の恒例行事となっているので、その影響か?年に何回か行っている。。。。ので、ちょっとハマっている。 毎年、私の実家の両親の陣頭指揮の下、兄と弟、そして私の家族、総勢10数名で、(出席できる者だけで、夫はいつもいない...)近所のボウリング場へ繰り出し、3~4レーンを貸しきって、最低3ゲームを行う。 父はまだまだ現役で、いつも兄や弟と僅差のスコアである。孫たちからの「すごぉ~い♪」の声がうれしいらしい。 親孝行を兼ねたボウリング大会もしばらくは続きそうである。 ところで、先日行ったときに、最近の若い人の投げ方が、昔(笑)と違うことに気づいた。 私がまだ若かった頃は(笑)、一世を風靡した中山律子さんみたいにプロを真似てスマートに滑らすように投げていたように思うが、今はレーンの真ん中あたりを目がけてドスン!と落としている人が多いのだ。それでもなぜか?ボールはまっすぐ転がり、ピンはドッと倒れる... こちらは必死で滑らせているにもかかわらず、溝掃除?となる。 なんでやねん!?(合点がいきません!ホンマに!!) もうひとつ、マイボール、マイシューズ持参のこれまた若い人の多いこと!なんでもマイボールを持てば、スコアアップ間違いなし!ということらしい。(自分にピッタリフィットさせているからか?)それも信じられないくらいの安さで作れると言う。。。 うーむ。時代の波に乗り遅れてしまいそう。。。(...な気がして?)私もマイボールを作ろうか否か...ただ今、思案中なのであ~る(爆)
2006年05月17日
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昨日は母の日。娘からは、2~3日前に私の大好きなローラ・アシュレイのハンカチと小物入れをもらっていた。 母の日の昨日、息子からはピンクのカーネーションやガーベラの入った花束をもらった。~♪ (最近は赤のカーネションだけってあまり見かけないナ...) 娘は毎年、おかーさんの趣味は私にはわからんから、(私はかわいいものが大好き!)テキトーに買ったよ~と言うが、なかなか、ステキなもの♪ 多いよ! 息子は、いつもお金ないから~とカーネーション2~3本とかだったのに、今年は就職したからか? 「花束♪」 に昇格していた。 「うれしい♪」母親冥利の一言につきる日であった。 さっそくもらったハンカチや花束を持ってベランダで記念撮影♪山々の緑を背景にパチリ~。(写し終わった写真を見てびっくり!?そこには年相応の私が...?あたりまえか??~笑) 息子はおとーさんに送るね~と、ありゃ~ちょっと待てィ~と言う間もなく、送信してしまったー!「大丈夫♪ 一番マシなの?送ったから~」って、どういう意味や~~~? その日はうれしくてうれしくて、その花束のラッピングをはずして、花びんに入れることがなかなかできず、いつまでも眺めていた。(笑)
2006年05月15日
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きょうから5月。風薫るこの季節が好きだ。 寒~い冬が終わり、早く暖かくなぁれ~と待ちわびた春がやってくる頃が最も好きなのだが、桜の花びらがすっかり散ったあとの目も覚めるような新緑を見ると、この若葉の季節が一番♪と思ってしまう。 山はうす桃色、うす緑、濃い緑と輝き、窓の外ではウグイスの鳴き声がこだまする。家々の庭には色とりどりの花が咲き出す、この美しい季節が来ると心が躍りだす。 今年はいつまでも寒かったので、ここ何日かのあたたかさがうれしい。(きょうはそれを越して暑かったが...) そういえば、夫が、北京は春と秋がほとんどない、と言っていたのを思い出した。3月までは寒いが4月に入ると急に暑くなってちょうどいいという時がない...とよく言っていたなぁ。上海もそうだろうか・・・? 先々週末、夫は嵐のように帰ってきて嵐のように去ってったー。(笑)東京で3泊したあと、我が家で2泊。いつものとおり、出張のついでに帰って来た。 一日目の夜は、近所の寿司屋で夫婦水入らず。最近は家に帰って来てもあまりしゃべらなくなった夫だったのに、なぜか?店では饒舌になる。(自然と体が接待モードになっている?)仕事のことや最近の上海のことを楽しそうに話す夫は私を相手にゴキゲン♪ (えへへ~) 二日目の夜は、ひさしぶりに家族4人+1匹揃って私の実家へ。毎日が日曜日の両親は誰か訪ねて来るのが、唯一の楽しみなのだろう、イヴにまで、「いらっしゃ~い♪」と、言っている。(笑) 今夜は娘のリクエストで、焼肉。兄夫婦、姪も入れて総勢9人。ふだんは静かな食卓もさぞかしにぎやか?イエイエ、やかましかったようだ。(笑)ドラももうりっぱにジィジの相手をしている。イヴちんも孫と同じ扱いだ。両親のうれしそうな顔を見ていると、もっと親孝行しなくては~と思う。 (反省ェ~) にぎやかなのはいいなぁ♪3人はやっぱりさみしいね。。。夫がまだ日本にいる頃は、なんとも思わなかったことなのに。。。子どもたちも、「もうええんちゃう~」なんて言ってたのに、案外、楽しそうじゃん♪ 上海に戻る日の朝、ドラは夫に合わせて1時間早く起きて来た。私は駅まで二人を送って行った。 前回は、何も言わず玄関で見送った、ちょっぴりツライ思いがあった。どんなことがあっても(ケンカしていても)朝はキゲンよく見送ってあげて~と、母に言われたことがあった。 車を降りるとドラはすかさず、夫のスーツケースを下ろした。夫は私に「気をつけて帰り~」と、言った。なんだか、(こんなことくらいで?)とても幸せな気分♪さわやかな風に吹かれたように。。。
2006年05月01日
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春節に帰国したはず?の夫がまた(笑)帰国するという。「もう、ええんちゃう~?」って、ドラ。 コラッ 19日(きょう)から、東京出張し、22日(土)の昼頃、伊丹着の飛行機で帰るから~って、メールがあった。「もう、ええんちゃう~!」って、娘。コレッ 来月、上海行く予定やし~別に今、帰って来んでも「もう、ええんちゃう~~~♪」って、私。コリャッ なんという家族~夫はコレを聞いたら、なんと言うだろか・・・・・?イエイエ、↑なことは、決してありませぬ~ 24日(月)の朝一番のJALで戻るというから、2日間の辛抱?(訂正ェ~お楽しみです♪)だもん、 私、がんばるけん!! (志は高くー♪)たまに会うから、イイのだ!!と、思いつつ、何を食べさせてあげよっかな~?と、考えている妻なのだ~~
2006年04月19日
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最近、ハマっているのが、 きな粉+あんこヨーグルト♪朝食のパンをやめた。唯一の楽しみだったパンを♪ ...だ。大好きだから、つい、食べ過ぎてしまう。ついでにおこぼれをもらうイヴにもよくない。イヴちゃん、このパン食のおかげか?体重3kgを維持なければいけないのをナント!3.8kgになってしまい、獣医さんから、ダイエットさせてください♪と、言われてしまった。(イヌもダイエットする時代なんです~) 私も少し体重が気になりだしたので、思い切って♪ やめた!!私にすれば、夫の禁煙(してくれ~)と同じくらいの価値がある♪...と思う。 なので、コーンフレークとヨーグルトを食べることにした。はじめは別々に食べていた。 ある日、めんどくさいので、ヨーグルトの上にコーンフレークをかけてみたら、以外といける♪と思った。 牛乳やヨーグルトをかけたコーンフレークは湿っぽくなっておいしくない。おいしくないと続かない。コーンフレークをかける(反対にする)と案外、気にならない。 いつもかけるメープルシロップが切れていたので、替わりにあんこをかけてみたら、 おいしかった♪ あんこといえば、きな粉。これも入れるとさらにおいしい♪(~ような気がした)ということで、朝はヨーグルトの上にきな粉をふり、コーンフレークとあんこを乗せ、あとはその日にあるフルーツのこま切れをトッピングして、くるみを砕いて入れればできあがり♪ これならいっぺんに食べれるし、ボリュームもあっておなかいっぱい♪イヴちんにおこぼれがいくこともなし。おかげでイヴちゃん、一週間で100g減。(人間だと約2kg?) これに野菜ジュースで、お昼まで全然おなかが空かない。ならば、私の体重はといえば? うふふ~ しかし、問題がひとつ。きなこ+あんこヨーグルトだけでもおいしいので、昼でも三時のティーブレイクのときでも食べてしまいそうになること。(食べすぎはやはりよくないス) いけんいけん♪ちょっとハマり過ぎたかも? もうひとつ、ハマっているのが、 ちりめんじゃこ♪今までは冷凍庫に常備していて必要なときに使っていた。 ある時、いつもと同じと思って買ったちりめんじゃこがあまりにもおいしかったので、なんとか、毎食食べれないかと、メニューを考えたが、浮かばず・・・。(笑)ならば、なんにでも入れちゃえ~とばかり、混ぜている。 朝はおにぎりに、弁当にはご飯の中に、卵焼きの中にもピーマンや菜っ葉の炒めた中にもちりめんじゃこが入ってないときがないくらい。 ドラは、「毎日、魚や~(?)」と、叫んでいる。(爆)娘には、「なんでもハマり過ぎ~」と、言われている。(汗)マイブーム♪いつまで続きますやら~
2006年04月17日
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イヴは掃除機の音を聞くと異常にコーフンする。 きょうはいつもよりちょっと丁寧に、(ふだんは四角い部屋を丸ーくかけるだけ~笑)ホースをはずして先の短い細いものに取替え、廊下の隅をしゃがみこんでかけていると、いきなり背後から、私の右手の親指をガブツと噛んだ!その瞬間血がピュッと出た。 「あっ、いたたっ!!」思わず、声を張り上げた! 「あんたっ!何すんねんっ!!」と、言ったような気がする... 「イヴちん!痛いでしょ!!」と、言ったのは覚えてる♪犬歯で噛まれると、傷口は小さいが奥が深い。 イヴちん、掃除機の先を噛むつもりで突進して来たが、私の背後からだったので親指にあたってしまったのだろう。(よく見ろ!) でも噛んだのにはちがいない。私はすぐさま、イヴのお尻をパチンと叩いた。イヴちゃん、怖いよう~と思いつつ、(...だと思う)お手をしようとする。(叱られたときはいつだって、お手しますから~と手を上げるポーズをする。)その手にも「違うでしょ!」と、パチン!と叩く。イヌはすぐに叱らないと、わからないらしい。2秒過ぎたら、もうわからないらしい??あとで叱ってもなんのこっちゃ~?らしい。たぶん、噛んでしまったことで叩かれた?とは、わかってるようだけど。。。 イヌに噛まれるのは初めてである。こんなちっこい(イヴは3.8kg)わんこでも全力で噛み付かれるとびっくりするくらい痛い。イヴちゃん、その後伏せの姿勢で固まっている。私は急いで消毒をして傷テープを貼った。ズキズキと痛い。(大丈夫かいな?)だから、間違って噛んだとはいえ、余計に腹が立つのかも。。。狂犬病の注射はしているので心配はないんだけど...。 ひとしきりコーフンしたあと(私が~笑)、冷静になると、bashiままさんから教えていただいた、「犬の十戒」を思い出した。 (bashiままさん感謝しています、)私はこれをお気に入りに入れていて、イヴのことで叱ったりした時は、いつでもあけて見るようにしている。そうだ...別に叩かなくてもちゃんと目を見て、「噛んだらあかんデ!」って、言えばよかったのかもしれない。子犬の時なら、しつけの段階で叩くことも必要なときがあるかもしれないけど、もう長い間一緒にいる老犬なら、言葉でもわかるんじゃないか...?と、しばし反省ェ。ごめんネ、イヴちゃん、 私もまだまだりっぱな飼い主といえないなぁ。。。 そのあとの掃除機かけは、イヴちゃんを他の部屋に入れ、噛みつきたくてもできないようにした。 掃除機のスイッチを切ると、イヴちん、全く興味を示さず、コーフンもしない。音がすると中に何かいると思うのかな??最初からこうしていればよかったのだーああぁ。
2006年04月15日
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きょうはイヴちゃん、なぜか朝からそわそわ...ひさしぶりに雨もあがって、曇天だけど寒くない日。お散歩にでも連れて行こうかな...?と、ふとそう思ったーだけなのに、別に窓の外をジィ~と見てたわけでもないのに、イヴちんに行こネ♪と声をかけたわけでもないのに、 もう、わかっている!!きょうは散歩に連てってもらえる~♪ってことを。 なんでだろう??なんでわかるんだろう?? 不思議だ!!こんな日は私の一挙手一投足を見逃すまいとず~とくっついている。(張り付いている?) そ~とわからないように、お散歩バッグにウンチ袋や水に流せるティッシュなどを入れているのを、チラッとでも見られてしまったら、もう、大変!! 待ったなし♪クイクイ~クァクァ~鳴いて、早く早くとせき立てるのだ。なので、自分の身支度は先に整えてが原則♪ でも何でわかるのだろう?どんなに天気がよくても、きょうは行かない!と決めた日には、私が窓の外を見ていてもソファの上で寝そべって見向きもしない。食べるものだったら、匂いや袋を開けるカサカサとした音などでわかるから、納得できるけど、心で思ったことがなんでわかるの???なんどもこんなことは経験しているけど、本当に不思議だ...わからない...まさに以心伝心??言葉が喋れるものなら、一度でいいから聞いてみたいものだ。
2006年04月13日
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先週の土曜日、イヴちゃんを連れて近所の公園へお花見に出かけた。 毎年4月の第2土曜日、隣町の自治会が「桜まつり」を催している。屋台やら、フリーマーケットやら、オジサンズのバンド演奏やチビッコたちから高校生くらいまでのダンスがあったりしてけっこう楽しいのだ。 マンションを出て桜の並木道を抜け、ひたすら、公園まで歩いてゆく。 「イヴちん、焼きそばが待ってるダッ!!」食べ物を馬人参にイヴちゃん、軽やかにヘッホーヘッホーと歩いてく。 家を出る前、きょうはいつもの曇り空と違ってなんだか変だなぁ~と思っていると、それが道行く人の会話で「黄砂」と、知った。あ~そういえば、毎年4月頃になると、こんな日ってあったっけー。夫がまだ北京にいた頃、「こっちはすごいデ~なんにも見えんから!女の人は薄いスカーフのようなものを頭からすっぽりかぶってる。」なんて、聞いたことがあった。 片道約2キロの道のり、ようやく到着。わぁ~、いるわいるわ~わんこたち♪ ~~イヴちん、なぜかイヌがあまりスキでないらしく、出会うイヌ全犬?に吠えまくる!中にはクンクンする子もいるのにおかまいなし。 「あんたッ!そんな選ぶ権利ないねんヨッ!! もう年なんだからネ!?」なんて言ってもわからんか~あはは 桜の木の下は弁当を広げている人たちでいっぱい。寒~い冬が終わって春の気配を感じるようになると、早く桜を見たいと思う。満開の桜の花を見ながら、この愛犬と一緒にあと何回見ることができるだろう...と、いつも思う。 待ち合わせしていた友人とともにベンチに腰かけ、しばし、無言で桜を愛でる。 「キレイやね~やっぱり桜はイイネェ~日本人やねぇ~」などと言いながら、黄砂など忘れてしまいそうになるくらい見とれていた。 「イヴちん、 焼きそばだよ♪」きょうはちょっとだけだよ~ほら、豚肉~と言って口に入れてやると、イヴちゃんもしばし、無言。(違う意味で~笑)そこから少し歩き、友人宅でお茶をいただく。 帰りも歩いてヨッと、念を押したのにイヴちゃん、もう、あかんデ~とばかり、私の顔を仰ぐ...無視しながら、歩いているとなぜか速度がどんどん落ちてくる。 「もうー、しようがないネ~私も疲れてんねんヨ~」と、言いながら抱っこする。往復約5キロの道のりはちょっとキツかったかな?家に帰り、イヴちんの足の裏を見てびっくりした! なんと!肉球が擦り切れていたッ!!イヴちゃん、ごめんネ...私は靴履いているけど、イヴちんは裸足だもんね。そりゃ~痛くて歩きにくかったはず... 次の日、まだ足の裏をせっせと舐めているイヴちゃん...来年はお花見はもういいヨォ~って言うかも??
2006年04月10日
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先日の私の誕生日はちょっとうれしい日となった。なんでもドラがごちそうしてくれると言う。 まぁ!うれしい♪じゃあ、イタリアンネ♪~♪(~と、さっさと決める私♪)最近、近所にちょっとこじゃれたレストランがオープンした。いつ行っても車がいっぱい止まっていて、店の外には待っている人たちであふれている。当日の朝、電話すればいいや~と思っていたら、ナント!全員寝坊!!起きたのは11時前。 えらいこっちゃ~コラあかんデッ!!予約も何もそんなこと言ってるバヤイとちゃいます!ってことで、大急ぎですっ飛んで行った。その日は朝から雨が降っていた。そんな雨にもかかわらず、店は混んでいた。 「やめよッ!他行こッ!!」そう言うのは決まってドラ娘。 (根性ないヤツだす!) 「雨だし、めんどくさいから待とー」と言うのは、決まって私。 (まるで正反対♪)きょうは私の誕生日ということで、娘の言い分はすんなり却下。しかし、待ち時間はわずか20分。メニューを見ながら、息子にごちそうしてもらえる年になったのかな?と、思うと...うれしいような、ちょっぴりさみしいような複雑な心境だった。スパゲティ3種、ピザ1枚、ブルスケッタ2皿で 6510円なり~♪息子よ~ごちそうさま♪社会人になって親にごちそうしてくれるなんて~ やっぱり、うれしいよォ~!!ありがとざますぅ♪ (またお願いしますダ♪ )母はこの日を決して忘れないよ!一方、ドラ娘も、やはり私が飛び上がって喜ぶようなモノをプレゼントしてくれた。 LUSHのバスボム♪今、私の中では、ちょっとしたマイブーム♪単なる石鹸屋の入浴剤だが、ひとつがだいたい5~600円くらいするので、もったいなくて自分ではなかなか買えないのだ。娘は私と趣味や好みが全く違うので、匂いをがまんしてよくぞ買ってくれたと思った。(涙~)(いつもクサイクサイと言っていた、とってもいい香りなのにネ~) ありがとう!娘よ!!日ごろグチってばかりの母なのに~と思うと、なぜか?いつも張り合っている娘がとてもいとおしく思えた。 これからも、アレいいなぁ~♪コレがあったらなぁ~♪おいしいらしいワ~♪と、フェロモン出しとこっとッ♪♪ (なんという母でしょう!?)
2006年04月06日
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月末はいろいろと忙しくて日記をなかなか更新することができず、バトンが中断してしまって、ご迷惑をおかけしました。 <夫の仕事と私>長い間、辛酸を味わってきた夫にようやくチャンスが巡ってきた。夫は知り合いがひとりもいないようなこんなところではとにかく人脈作りが大事だ~とよく言っていた。駐在員はもちろん、日本から出張で来ている人、中国人は総経理から掃除のおばちゃんまで仲良く?していたらしい。とうとうある日、その懇意にしているうちのひとりから、「あの上海事務所を立ち上げる話、(現場も見れる所長候補を探している)なかなかいないんですよォ~○○さんはいつも忙しそうですが、無理ですかね?」と、言われたらしい。「いえ、全然忙しくないデスッ!」と、言いそうになったのを思わず、あの時は飲み込んだワ~と、夫は言っていた(笑)だけど皮肉にもその頃はなぜかとても忙しかったようだ。夫は前々から、ず~と探しているのだけど、いい人いませんかね?とよく聞かれていたらしい。私も夫から、こんな話があるらしいンやけどね~とは聞いていた。なんだか現実味を帯びてくると、私はちょっと守銭奴のようになって、テメェ~、ここにいますヨ~♪と言わんと、なんで待ってたンやー?? orアホンダラァ~、横からカラス?にかっさらわれたら、どうするつもりやったンや~!?なぁ~んてちょっと思った♪(笑)その話が本当になればようやく落ち着くネ~と、話をしたことがあった。内心、叶うように祈っていた。そして夫は用意周到に準備を進めていき、ついに所長の座をGETした。上海の中心部にあるオフィスに出勤して行く夫のうしろ姿を見たとき、ホッと安堵するとともに、本当によくがんばってくれたネ、ありがとう!と思わず手を合わせたことを昨日のことのように思い出す。私はいつも思う。天気の良い日、車を走らせながら、買い物に行くとき、ああ~幸せだなあ♪と感じる。私ひとりだったら、こんな生活できたかな?と。若い頃はこんなこと...思いもしなかった。(年取ったのかなぁ~)ツライ時期があったから...思うのかな~?(あり過ぎ~泣)夫よ~妻はいっぱい感謝してますゾ♪ブーザンさんからまわってきた、この「○○○と私」のバトンでは、<夫の仕事と私>というタイトルで書いてきた。今、私たちが以前のように何不自由なく生活ができるのは夫の努力のたまもの以外の何ものでもない。その努力とは、まさに壮絶な闘いだったと、言っても過言ではないと言える。もちろん、私たち家族の協力や実家の両親の援助も忘れてはいけない。遠い異国でたったひとり、家族のためにただひたすらがんばった夫。弱音も愚痴も吐かず、大丈夫!もう少しやッ!!と、自分に言い聞かせるようにしてがんばってきた夫。私はいつか、夫のサクセスストーリーを記録に残したいと思っていた。これもブログで知り合った、ブーザンさんのおかげでここまで書けたように思う。書くには少し勇気がいったが、書いて見て本当によかったと思っている。 ブーザンさん、ありがとう!遅くなりましたが、バトンは、「いしまさん」にまわします♪
2006年04月03日
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中国での仕事も慣れてきた頃、夫は考えていた。万一(笑)のために、常に人脈を広げておこう、国民性は違ってもここは中国なのだから、郷に入っては郷に従え、ということを常に頭に入れておこうと思っていたらしい。駐在している日本人の中には、中国人を見下したような態度を取る者もいたらしい。中国語を知ろうともしないヤツ、通訳に方言そのままで喋るヤツ、注意しないでいきなり怒鳴りつけるヤツ、昼前に出勤して3時頃には帰るヤツ、夜は必ずといっていいほど総経理に酒をねだるヤツ、数えたらキリがないほど、いやらしい輩がいたらしい。その頃、まだ夫はスレてなかったようで(笑)こんなヤツには絶対になるまい!と思ったそうだ。(まじめだったのね♪)夫は全く中国語ができなかったので、通訳にはゆっくり標準語でしゃべるようにしたら、とても感謝されたそうだ。昼休みや仕事が終わってから、通訳の女性に日本語を教える代わりに中国語を教わった。時は掃除のおばちゃんや門番のおじさんにも教えてもらったそうだ。工場を見てまわる時も、ダメだ!しか言わないのではなく、どうしてこうなるのか、どうしたら改善できるかを、リーダーにキチンと説明をしたのだそうだ。(今までの人はどうだったの?と私は思わず聞いた)その工場では、今までと違う人~ということでちょっと有名になったらしい。そこで今度は別の工場を見てほしいということになった。しばらくして、別の工場の担当になった夫は、今まで自分なりにやってきたことがどこでも通用しないことをこれからイヤというほど知ることになった。次の工場は従業員が何千人もいる規模でほとんどが四川省などから来た、若い女の子たちだった。中には自分の名前すらが書けない(!?)子もいたというから驚きだ!!どんな工場に行っても夫は自分の姿勢を崩さなかったと言った。しかし、「先生、そんなことしていたら、 納期に間に合いませんよ!」とか、「どうしていけないのか、 わかりません!」「日本人は細かすぎる!」などと言われ続けたそうだ。これは国民性の違いだから仕方ないわ...と、半ば諦めたようなことを言うときもあったが、仕事は妥協できない!と言って、決して信念を曲げようとはしなかった。確かに中国人の中には、少々の汚れや破れなど気にしない人が多いといっても過言でない。でも日本で求めているのはそうじゃない!と言ってもなかなか理解されない。汚れや破れの問題だけでなく、衛生面でもびっくりするようなことがたくさん(笑)あったと言っていた。裁断台の上はホコリまみれ、ミシンの横にはどんぶり?(昼食用のマイ茶碗?)製品を入れるカゴには飲みかけのペットボトルのお茶。など数えたら、キリがないらしい。夫は少しずつ時間をかけて意識改革をしていったらしいが...(???)またまたある日のこと、顔見知りになったある中国人の工場経営者にぜひ、うちに来てほしい!と声をかけられた。場所は北京。工場は河北省にあると言う。住まいは北京のマンションを用意するとのこと。給料は今よりも増える。(悪くないな...)一瞬、頭をよぎった(そうだ~~ごもっとも♪)後日返事をするということで即答を避けた。一時帰国をした夫は、今回だけは珍しく私に相談した。「その人の住んでるところはどこ?」と聞く私に夫は、「わからん、たぶん北京市内や。」「ふ~ん、所在を明らかにしないのが 引っかかるなあ~」と、私は気になった。なぜなら、今まで出会った中国人は皆、家に招待してくれて家族に合わせてくれた、と夫から聞いていたのだ。この総経理はそういうことはいっさいしないようだ。聞けば、この業界には素人?のようで以前は武漢の大学で教授をしていたらしい。親のあとを継いで工場を新たに作るので、そこを見てほしいとのことだった。「まぁ、みんながみんな同じとは限らないから~」と言う夫の言葉に少し不安を抱きながらも私は賛成した。用意されたマンションは、28階の約140平米の2LDK。(ひょえぇー!うちより広い?)もちろん生活に必要な家具、家電類付き。3基あるエレベーターにはエレベーターガール付き??(何階?と聞いてボタンを押してくれるだけのお仕事♪)毎朝ベンツのお迎え、そして河北省まで平均時速140kmでぶっ飛んでゆく~それもほとんどノンストップで♪ (おおーNO!)広大な辺り一面、地平線しか見えないところにポツンと工場が...日が暮れると真っ暗。工場の明かりしか見えない。夫は何かあったら生きて日本には帰れないな...とマジで心配したそうな。(あなおそろしや~)半年くらいたった頃、北京事務所にいる中国人と話をしているうちにどうやら経営がうまくいってないことを知った。ヤバイかも...?と思ったが、今のところ給料は払われているし、もう少し様子を見てやろうということにした。そのうち、総経理はだんだん出社する回数が減り、いつのまにか顔を見せなくなって、外から携帯電話で指示すようになっていた。その頃には、会社に借金取りも来るようになってきていた。社員たちの給料はずいぶん前から払われていないとのことだった。愛想をつかした社員たちは、いつにまにかひとりふたりといなくなっていったーと夫は言っていた。(この人たちはともかく、工場の女の子たちは どうするんだろう?って心配した...)その後、誰も総経理の顔を見たものはいないらしい。(トンズラ♪ これが中国なのかも?)当然、夫の給料は未払いのままで、マンションも出て行かざるを得なかった。私の不安は見事的中した!(うれしくないけど...)(万一のために所在を明らかにしないのは さすが!元教授、頭がいいのダ♪)しかし、夫はこんなことくらいでメゲなかった!万一(笑)のためにいろいろ道をつけているからと言った。その後はホテル暮らしをしながら、ひたすらチャンスを待った。夫は離れて暮らしている私に不安を与えないように帰国の都度、状況を話してくれていたので、あまり心配はしなかった。今からおよそ3年ほど前、前々から、そうなればいいネ♪~と言っていたことが実現しそうになったのだ。やっとチャンスが巡って来たのだった!! 続く~
2006年03月23日
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兄は不整脈だった。ペースメーカーを埋め込む手術をした。一級障害者になるらしい。見た目は普通の人と全く変わらないが、やはり無理は禁物で、仕事の量は減らさざるを得なかった。そのうち、私も重要な戦力となっていた。今まで以上に工場に行くようになった。タウンエースに乗り、外注先をまわった。裁断屋に反物を運んだり、得意先に納品にも行った。今思えば、無我夢中だったように思う。会社を潰してはいけない。子どもたちを育てなければいけない。その思いで必死だったのだろう。しかし、どんなに私ががんばったところで兄の代わりはできない。夫もそろそろ会社の限界を感じていた。倒産する前に、なんとかしなければ...結局、出した結論が、夫が会社を離れるということだった。夫48歳の決断だった。とりあえず、どこでもいいからと見つけた就職先にはすんなりと入れた。しかし...今まで得意先にしか、頭を下げたことのない夫は、年下の上司の心無い言葉に耐えられなかったようだった。はじめの数ヶ月は、夫も必死だったのだろう、愚痴のひとつも言わなかった。給料は話にならないくらいの額だったが、この年で就職できただけでもありがたく思わないといけないね、と言いながらがんばっていた。そろそろ半年になろうかという頃、夕食時に「もうあかん~がまんできんわ~」と、言い出すようになっていた。私は黙って聞いていたが、夫が口に出すのはよっぽどのことなんだ、そこまでがまんすることないわ!と思い、「いいやん!やめたら?なんとかなるって~」と、言ってしまった。家族のためにがまんしていたのかと思うと私はいたたまれなくなった。なんとかなる~とは言ってみたものの、なんのメドもなかった。夫は次を見つけてからにするから~と言った。少しは気が楽になったのだろう、翌日からはなぜかイキイキしていた。次の就職先もすぐに決まった。退職の日、夫は社長やまわりの人にはお礼を言ったそうだが、その上司には、イチベツの目をむけてきたそうな...(よし!)新しい会社は、前の会社より居心地もよく、給料もいく分よかった。自分たちの会社と同じ縫製会社であったが、得意先がちがっていた。大手商社がほとんどだったのだ。夫は精力的に仕事をこなした。毎日、夫の話す言葉から、がんばっている様子が読み取れた。ある日、得意先のひとつである○○から、中国で生産管理を任せられる人を探しているが、どうか?とたずねられた(...そうだ)。夫としては、いつまで持つかわからない今の会社に再び、限界を感じていた。いつまでもここにはいられない!と思っていた(...らしい)。いい会社だったが、実は廃業を示唆するようなことをこっそり社長に言われていたらしい。2番目の会社は就職7ヶ月目にして廃業となり、夫の1年余のサラリーマン生活も終わった。が、すぐに中国行きの話も決まり、とりあえずは、正社員でないものの待遇はほぼ同じ扱いということでハレて入社となった。最初は、出張という形でだった。1ヶ月の間に約1~2週間、行き、慣れてきたら、1ヶ月くらい行って~となった。その後は3ヶ月とか~と言われたらしい。はじめての着任地は「寧波」だった。初めて上海に降り立ったときのことを夫は今でもはっきり覚えていると言う。(その頃はまだ虹橋空港だった)右も左も中国語も全くわからない...○○小姐という人が「○○先生」と書かれたプラカードを持って迎えに来ていますから見つけてついて行って下さい、とだけ言われたそうだ。あの時のこれからだ!という希望とえらいこっちゃーという不安が入り混じった気持ちは忘れられないと言う。上海から飛行機で約1時間足らず、案内の女性に連れられて寧波に到着し、工場に着いた夫は、そのスケールのデカさに驚いた。工場を一通り案内してもらってこれからのことを話し、(通訳がいるので心配はなかったらしい)歓迎の夕食となってまた驚いた。料理の量が半端じゃない!食べきれるのか?とマジで心配したそうだ。その頃の夫は、中国では出されたものを全部食べてしまうと、足りないのだ!と思われて、次から次へと勧められるということなど知るはずがなかった。もう食べきれない~と言ってようやく解放された?らしいが、そこの総経理は、どの日本人も少食だ~と言ったそうだ(笑)毎朝、ホテルに8時きっかりに工場から差し回しのベンツがお迎えに来た。8時から夕方5時まで仕事をして、その後は遊ぶところもなかったのでず~とホテルで過ごしていたらしいが、慣れないうちは、食後すぐ寝てしまって朝まで目が覚めないこともしばしばだったらしい。(笑)夫は帰国のたびに、中国でのおもしろい話をしてくれた。(ブログのはじめの方でいろいろ書いてます)寧波での生活の様子や食べ物やトイレの話、中国人の生活、ものの考え方など、私は初めて聞く、生の中国に興味深々だった。順調に見えたそんな仕事も何年か経った頃、また転機が訪れようとしていた。 続く~
2006年03月22日
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ブーザンさんから「バトンリレー」なるものがまわってきました。「○○○と私」というタイトルでふだんブログに書かないことを書くこと...らしいのです。ブーザンさんは3人の子どもさんの誕生から結婚までを書かれているようです。ブーザンさんの書かれた、「3人の子どもたちと私」を読んで、私も子育て時代を思い出しました。ブーザンさんほどの壮絶?(ごめんなさい!)な時期はなかったにしろ、どこか似ているところがあったりして、微笑ましく読ませていただいています。子どもたちのことはドラドラ姉弟ということでブログには時々登場しますので、「夫の仕事と私」というテーマにしたいと思います。 <夫の仕事と私>結婚当時、夫は実兄とニット製品の縫製会社を経営していた。そのほとんどが、セーターやカーディガン、スカート、パンツなどで、ゴルフウェアーなども多く取り扱っていたようだ。株式会社であるにもかかわらず、兄と夫以下、従業員が10数名、それに運転手がひとりという細々としたものだった。最初は家内工業?かと思った。それでも私は仕事を手伝うことなく、専業主婦でいた。夫は営業から納品まで全てしていた。(こんな規模ならあたりまえかな?)サンプルを作り、注文を取ってきて、縫製にかかる。従業員の中に混じってミシンを踏む夫を見て始めはびっくりしたものだった。仕事とはいえ、男の人はスゴイなぁ!と思った。ミシンだけでなく、アイロンをかけるのもボタンをつけるのもまつり縫いをするのも「まさにプロだ!」と思ったものだ。どんなに忙しくても外注を増やすなどして手伝ってくれとは言わなかった。子どもたちがまだ小さかったからだ。そのニットだけだったのが、布帛に押され出し、会社の方向が少しずつ変わり始めていた。以前のように高級品を少しずつではなく、安いものをたくさん作らなければならないようになってきていた。以前に比べて、忙しい割には売り上げが上がらず、従業員も減らしていった為か、夫の帰りが遅くなる日が増えていった。この頃には子どもたちにも手がかからなくなっていたので、忙しい日は私も工場へ手伝いに行くようになっていた。だんだん慣れてくると、襟や前立てに接着芯を貼ったりした。そのうち裁断もしたりしていた。さすがに縫製はできなかったけど。。。その頃の私はもうりっぱな?従業員のひとりとなっていた♪そんなある日、以前から疲れやすいと言っていた、兄が倒れてしまった! 続く~
2006年03月21日
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昨日、十数年ぶりに打ちっぱなしに行ってきました。最近、仲の良い友人のひとりが生涯スポーツのひとつとして、これからご主人と一緒に楽しみたいとはじめたので、私もそれに触発されて再開しようと思ったのです。子どもたちが小学生の頃、PTAの執行部の役員をしていました。とても気が合ったので、これからもみんなで遊ぼう!ということになり、まずは(いきなり?)ゴルフ♪となったのでした。(私以外全員経験者~)オジちゃんたちが言う、「いいからいいから♪振るだけでいいから~(??)」と言うのを真?に受けて、(アホでした~恥)数回だけ、打ちっぱなしに行き、見よう見まねでクラブの振り方を覚え、コースに出たのでした。(あなおそろしや~)今、思えば顔から火が出そうです~こりゃ~あかんデ!と思い、スクールに行くと、卒業コンペでいきなり優勝♪してしまいました。気をよくした私はそれこそ有頂天になり、週1回はコースに出る~なんてこともありました。しかし、しっかり基礎ができていないので、上達しないのは目に見えていました。ヒマはたっぷりあったので、練習には事欠きませんでしたけど...(笑)それもいつの頃からか、夫の会社を手伝うようになって、することもなくなってしまいました。しかし、いつか落ち着けば再開したいと、ず~と思っていました。年を取っても夫婦で遊べるスポーツだと思っています。いつか夫と一緒にしたいなぁ♪と、ホヘホヘ~。さぁて、この日の調子は?というと...散々でしたー。いかんせん、からだが動きませんー!!頭ではわかっていても、硬くなったからだがいうことを聞いてくれないのです...ダフリ2回、(おおー!涙)目の前に転がり、思わず拾いそうに...(汗)この日は100球打っておしまい!やめときました。いきなりはちょっとキツかったです。この調子ではコースなんてとてもとても~う~ん、再デビューには、まだまだ時間がかかりそうです...(滝涙)
2006年03月13日
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私はパンが大好き♪朝、パンが食べたい!と、思って目が覚める(笑)朝起きて、食べるパンがないと悲しくなってしまう。まずはコーヒーとパン。これがあれば幸せ♪(パンだけで)幸せやなぁ~と夫は言う。お気に入りは、クリームの入ったパン。(イヴちゃんも大好き! 好みがイヌと同じ~笑)今ハマっているのは、シロップをしみ込ませたこま切れのパンにクリームがかかっているもの。カップに入っていてフォークで食べる。コレってきっと売れ残った食パンの耳の再利用だと思うけど、考えた人はエライ♪と思う。昼過ぎに行くといつも売り切れなのだ。(しょっちゅう食べ損ねている...泣) <夫の上海パン苦労話>結婚する前、夫に言われた唯一の食べることに関しての注文。朝めしは絶対!ご飯やで。(パンは)月に1回くらいならいいけど、続いたらあかんデ、と。そうかー、ご飯か...。今までの習慣ってなかなか変えられないもんね、(まっ、私はパンを食べるけどね~)新婚当初は、せっせと私も一緒にご飯を食べていた。(少しだけにして夫が出勤した後、 パンを食べていた~笑)ず~と、朝食はパン♪の生活をしていた私は、ご飯だとどうにも調子が悪い。食道がつかえるような気がして苦しいのだ。そこで、私はパンを食べることにした。夫はご飯、私はパン。そんな朝食風景がしばらく続いたが、それもだんだんめんどくさくなり、月1回のパンが、気がつけば毎日がパンになっていた~(笑)今では「ご飯にする?」と、聞くと、「いやぁ~、パンがいいな。」と、言うようになった。帰国すると、たまにはご飯に納豆でもと、思って用意しても「パンなかったん?」と、聞くありさま~(ありゃりゃ~)で、上海に住むようになって困ったのが、朝食のパン。(それも食パン)3年前の上海では、まだ近所においしいと思われるパン屋がなかった。(その頃は上海でもまだまだパンの文化が 広まってなかったように思う。 街中にある見た目がおしゃれなパン屋でも パサパサでとても食べられなかった。)そこで、私は来海するたびに、スーツケースの片側半分に食パンをびっしり詰め込んで持って行った。夫はパンを受け取るとうれしそうに冷凍庫に入れた。でもそのパンが切れると、「次はいつ来るの?」と、催促のメールを送ってきたー(爆)そのパン問題も静安寺のそごう(久光)に山崎パンができたことで一気に解決した。「メッチャうまいで~ もうパン持ってこなくてエエで♪」その後夫は、休みの日にはマンションから歩いて20分はかかる道のりをひたすら?パンのまとめ買いに行っていた(...らしい~笑)そのパンで苦労しているという話を会社ですると、以前から赴任している人に、おいしいパンなら、准海中路の南側にありますよ、と教えてもらってからは、仕事の帰りに少しずつ買って帰っているらしい。今までのように冷凍庫にため込むことなく、夫のパン問題も解決したようだ。夫が言うには、上海の変貌ぶりは凄まじいらしい。(パンだけではなく...)6年前に初めて、出張で訪れたときは、まだまだ日本人は住みにくいと聞かされた、と、言っていた。今はどうだろう?パンひとつにとっても日本と変わらぬ店ができている。「うまい店、いっぱい見つけてあるから~」夫が今度はいつ来る?と聞く理由は、もうパンではないらしい。(笑)焼き肉まんとか、豆腐花とか食べないの?と、聞いても、家から会社まで行く間に1件だけある肉まんを売っている店は口に合わないからと、言う。朝からちょっと食べれない...というのもわかる気もするけどね。若い人たちの中には、これで済ませている人も多いようで、夫のような年配者は順応性がないのかも?せっかく中国にいるのだから、食べないのはもったいないよ!!私は豆乳と油で揚げた細長いパンが大好きなんだけどなぁ。襄陽北路沿いには、庶民的な朝ごはんの店がいっぱいあって、今度行くときには5元札握り締めて、絶対!!ひとりで挑戦してみようと思っている!どなたか、准海中路×陜西南路辺りでお勧めのおいしい朝ごはんのお店があれば、教えてくださいネ♪
2006年03月09日
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きょうは朝からとってもいい天気♪気分は最高!!(イェイ!)きょう1日のノルマ書き出してみました。1、イヴちゃんのお散歩。 (晴れの日は絶対!)2、ちらし寿司つくり。 (3日に作れなかったので)3、家族全員のシーツ洗濯。 (きょうははずせない)4、たまった新聞のまとめ読み。(疲れていて読んでなかった)5、アイロンかけ。 (めんどくさいので後回しにしていた)6、英語の勉強。 (生涯学習のひとつ)7、掃除機をかける。 (気がむけば~)以上、優先順位に書くとこうなりました。ナント!1以外全部達成!!イヴちゃん、ごめんね...きょうはあまりにも天気が良すぎて紫外線もいっぱい。ほんなら(それなら)、夕方に~と思っていたら、「take a nap♪」ナント!寝てしまったのです~でもね、イヴちん、アンタもぐっすり♪私のおなかの前で寝てたよネ! 寝息たてて~ちらし寿司は、ひなまつりに作らなかったので、娘のために♪作らなかったのではなく、作れなかったー。なぜ? 「ちらし寿司作るからネ♪」と、言う母に向かって、ドラ娘(1号)、 「あっ、いらんデ~ご飯食べてくるから~」と、いともカンタンに言うではありませんか! 「ちょと待てィ~、ひなまつりヤンケ!」って、大阪のおばちゃんなら、言うところでしょう~(大阪のおばちゃん、ごめんなさい~)私はいちぉー兵庫のおばちゃんなので、 「なんてェ? ひなまつりでしょ!」って、言いましたの。ちらし寿司だからといってもあんまりうれしくないらしい。どちらかというと、私と大違いで、焼肉、ラーメン、焼鳥、キムチ、ピビンバなどオッサン系が好き。「じゃ、また違う日に作るワ...」と、負ける私。で、きょう近所のスーパーの火曜市の日に(特価の日なので~笑)食材を揃え、張り切ったのでした。でも帰宅して喜んだのはドラ息子(2号)。 「うまいなぁ~♪ おかーさんのご飯は~♪」を連発しながら、 「イヴちゃんも食べたいニェ~」と、見せびらかして食べていました。(酷!)いつもドラは本当においしそうに食べるのです。見ていて気持ちいいくらい♪続いて、ドラ娘(1号)帰ってきました。 「あ~おなか空いた~」私:「ハイハイ、ちらし寿司お待ちョ~」娘:「あー、そやった~お寿司か...」私:「か...はないでしょ!!」気がつけば、昨日の残りのカレーと一緒に食べてる!?(アンタの味覚疑うヨ...)なんだか平和な我が家かな...?英語の勉強は3年ほど前から続けていて、生涯学習のひとつにしています。英語といっても会話がほとんどで、最近になって中学レベルの文法をおさらいする形で習っています。(まだまだそんなレベル~)国際交流にも参加してできるだけネイティブに触れるようにもしています。でもひとつ覚えれば、みっつくらい忘れていくので、全く上達してないんです...(泣)「頭ン中、ザルとちゃう?」習っているおばちゃん同士でなぐさめ合っています~(情けないー)ああ~きょうはなんだか楽しかったなぁ♪誰にも会わなかったけど、とても有意義に過ごせた気がするわ。もうすぐ春だ~というこの季節が私は一番好き♪きょうのこの日は昨日からつながっている。あたたかいコメントをくださる方々に感謝して...おやすみなさい。
2006年03月07日
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ひさしぶりに日記を更新して感激した。春節の後、PCの前に座るのもおっくうな日があった。心の中のモヤモヤをおもむくままに日記にしてみた。あたたかいコメントをいただいた。 うれしかったー♪会ったこともない私にエールを送ってくれる。中にはこのブログが縁で友人になれた?人もいる。ありがたいことだ。ブログなんて架空の世界と思っていたことがウソのようだ。いつも元気をもらうブログがある。訪問するたび、ワクワクするブログがある。なるほど~と感心してしまうブログがある。いろんなことを教えてくれるブログのある。短い日記の中にホッとさせられるブログがある。どの日記も飾らず、気取らず、その人の心そのままに書いていらっしゃるからだろう。非現実のブログの世界で癒される...顔を見つめてでもなく、声をかけてでもない。肩に手を置いてでもなく、ギュッと抱きしめてでもない。...なのに、なんでだろう?コメントをくれた人たちの人を思う気持ちが時空を越えて私の心に飛んで来たのだ。言葉には「会う」に劣らぬほどの「ちから」があるのだ!と、思わずにはいられなかった。ありがとう!!
2006年03月06日
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きょうは昨日とうって変わっていいお天気♪昨日一昨日に雪やあられが舞っていたなんてウソみたい。ひさしぶりにイヴちゃんとお散歩に行って来ました。早く暖かくなればいいなぁ~♪夫が帰国(上海に?)してから、なんとなくユウウツな日々が続いていました。(日記の更新も滞っていた...)実は私たちが加入している保険のことでちょっと××ってしまったんです。ちょうど10年前に入った生命保険の毎月の保険料の支払いが、今年の5月から11年目になり、そのままで更新するとびっくりするほどあがってしまうのです。特約を下げるとかで、安く抑えることはできるそうだけど、私はさっさと他の保険会社のものに変えてしまったのでしたー夫に相談しようにもいつもいないし、帰ってきてもすぐに帰るし...。エエィーめんどくせぇ~とばかり、勝手に解約し、あとは夫のサインを待つばかりにしておきました。春節に帰国した夫に話すとええええぇぇーー!!??と驚き、そして烈火のごとく怒ったのでした。(あたりまえですが~大汗)「もし、保険が切れている間になんかあったらどうするの!?」と、何回も言ったのでした。(そりゃそうだけど...。)でもここからなんです!私もキレてバトルになってしまったのは。何回も何回も同じことを言う夫に、だから、悪かったわ~って、私も何回も何回も言ってるでしょう!!と言い返したのでした。多分、夫は私たち家族のためを思って言ってくれているんでしょうけど。今までの夫なら、こんなにしつこく言わなかったのに。保険のことだからかな?それとも年のせい?(ヘンコになった?)そんなに責めることないでしょう!?と言ってはみたものの、夫のコーフンはおさまらず...なんということでしょう...(悲)今までなら春節でも労働節でも国慶節でも帰国なんてしなかった夫が最近、無理をしてでも帰ってくる...せっかく帰って来て、いろいろ話をしようと思っていたのに、(バカァ~!アホたれ~!おたんこなす~!!)悔し涙とともにその夜は一言も口を聞かず、眠りについたのでした、翌朝早く帰るというのに...。帰国の朝、夫は、「荷物少ないからバスで行くワ~」とだけ、言い残して我が家をあとにしました。「気をつけてネ...」玄関で見送りながら、それだけ言うのが精一杯でした。ドアが閉まると、なんだか涙があふれてきて声を出して泣いちゃいました...悪いのは私だってわかっているから。帰ってきた日にすぐ言えばいいのに、なかなか言いだせなくて、帰国する前日に言った私。家をあとにした夫の心の中はどんなだっただろう...そう思うと、私は胸がしめつけられるくらい苦しかったのでした。夫婦ってやっぱり時々、会って?おかないといけないのかな...今度いつ来る?となんども聞くようになった夫に対して、私はというと、これまでに何度も行ったのでちょっと飽きてしまってこれからは年に1回くらいでいいやん~♪なんて思うようになっていたのでしたー(笑)意思疎通のできない夫婦。悲しいかな...今の私たち。(夫はそこまで深く考えてないでしょうけどネ?)労働節はずして4月or5月に行こう、上海へ!! 夫に会いに♪今度はちょっと長く、ビザのいらない2週間にしよう!!きょうのいいお天気に私の気持ちも上昇気流!ようやく前向きになれたのでした。
2006年03月05日
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春節の間、夫が帰国していました。いつもは東京出張のついでに帰ってくるのに今年は我が家だけ?になんです。なんで??メールでは、中国人の部下は全員が帰郷したらしく、まわりの日本人もほとんどが帰国とのことでした。それに、日本からの出張者もないとのこと。ということは、つまり、遊ぶ人がいないってこと!?(笑)あららー、さみしいのかしら?でも帰ってくる日が、1月30日(月)~2月3日(金)って、平日じゃん!!子どもたち仕事だよ~土日をはさめば、去年のように温泉行けたのにー(残念!)そして夫、帰って参りました。パスポートのページがもうないから、増補しないといけないーって?あっそ?(それだけ?)(そんなことなら、はじめにメールに書きナ~)まぁ自分からさみしいから帰るとは絶対に言わないでしょうけど。ドラたちと心配してたんだからーおとーさんもドラが日本に帰ってから堪えてるんやね...春節にひとりはわびしいもんね...なんて、いろいろ思っていたのにー。やはり家族4人で過ごす時間はとても楽しいものです。ひとり増えるだけでもにぎやかになるんですね。イヴちゃんもジィジに会えて大喜び♪夫もうれしそう~単身赴任...(そうやったー、時々忘れる私~汗)う~ん、たまには行ってあげないといけないかな?ちょっぴり薄くなった夫の髪の分け目?を見ながら思ったのでした。ドラが、「おとーさん、いつ(上海に)帰るん?」と、聞くと、今までなら、「戻る!やろ~」と、よく言っていたものでしたが、今回は、自分から、「3日に帰るからー」と、言ってるのです。多分、本人も気づいていないでしょう~(笑)日本に帰国するときも「帰る」上海に戻るときも「帰る」夫にとって上海は今やもうホームグラウンドなのかも?ひとりの生活に慣れてしまった夫と、夫がいない生活があたりまえになってしまっている妻。いいのかな~?これで...ちょっぴり考えさせられた今回の帰国でもありました。
2006年02月11日
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年明け早々に倒れて以来、熱は下がったものの、すっきりしない日が続いていた。調子がいい日とそうでない日。この時期、気管支の弱い私はすぐ喉がガラガラになって調子が悪くなる。でも熱が出るのは稀だ。今年は寒さが厳しいので体がついていけなかったのかも...若いときのように無理はできないのだ。つまり自己管理ができていなかった。イヴというと、すっかりよくなってホントに大手術をしたなんて思えないくらい元気だ。思えば、イヴちゃん、予後は大変だった。それはまさに「介護」そのもの。抱っこするときは、そーと毛布でくるみ、怖々抱く。ご飯は薬を混ぜて大好きなササミのふりかけをかけてスプーンでひとさじずつ口へ持っていく。おしっこはあちこちにするのでしそうになるとタオルを持ってすばやくお尻にすべりこませ、手で受ける。傷口を掻こうとするのでタオルを半分に切って足とひもを通すための穴をくり抜き、腹側にあてるエプロンのようなものを何枚も作った。夜は何度も起きて(私だけー)様子を見た。昼間は頭をなでながら、歌を歌ってやった。そしていつものとおり、1日1回、「イヴちゃん、大好き!」と言って、ギュッと抱きしめることも忘れなかった。しかし♪なぜかイヴちゃん、食べることに関しては、なんら変わっておらんかったー(笑)どんなに傷口がチクチク痛かろうが、ムズムズ痒かろうが、いつもと変わらない食欲であった(爆)毎回、大好きなササミのふりかけが食べれるのがうれしいのか、モリモリ食べて食べてー。しっかり食べたのがよかったのか、回復はとても早かった。1ヶ月後のレントゲン検査では再発は見られず...(ホッ)手術の際に摘出したガン細胞の病理検査の結果が出た。「乳腺ガン」それも中~高度の悪性ガン(ガァーン)発見時、腫瘍の大きさが1cm以下、早期に摘出なので、再発の可能性は低い、とのことだった。最低、半年に1回はレントゲン検査を受けた方がよいらしい。今はガンの抑制に効くと言われている顆粒状のメシマコブをドッグフードに混ぜて与えている。ドッグフードは病院で購入している「ヒルズのC/D」それに「メシマコブゼウス」おやつのガムは「鶏肉チューム」ごほうびは「ゴン太の角切りチーズ」ご飯には「ササミふりかけ」その他、茹でた野菜(人参、ブロッコリー、さつまいも)果物(いちご、りんご、バナナ)生野菜(アボカド)ヨーグルトやパンなど諸々の人間の食べ物のおこぼれ~(あかんで~)できるだけいろんなものを少しずつ、食べさせるようにしている。食べることは一番の楽しみだもんネ♪きょうもイヴちゃん、とっても元気!私もがんばらなくっちゃ!!
2006年01月27日
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新年あけましておめでとうございます!日記、長い間休んでしまいました。本日、復活しました!!実は、昨年末の不摂生がたたり、新年早々、ぶっ倒れていました。40度を越える熱で、すわっ、インフルエンザか!?と、危惧しましたが、そうではなく、扁桃腺と過労?によるものでした。2日の夕方、いつもと違う寒さ(悪寒)を感じたので、「軽くヤバイ...」なんて言いながら、早々に寝ることにした。まだその頃は熱も高くなく、娘に、「調子悪くて寝てるからね♪」とだけ、メールを打ち、寝ようとしたものの、ゾクゾクして寝れない。こんな経験はしばらくしたことがない。熱を測ると39.2度!ありゃー、まずいで、これは。インフルエンザだったら、どうしよう??とりあえず、薬~をと、探そうとしたが、かっ、からだがっ、動かない!!娘に連絡を~と思っても指先に力が入らない...やっとの思いで、キッチンに行き、水を飲み、落ち着き、メールを打つ。「早く帰ってきてちょー、母死ぬ~」と。そんな文言で飛んで帰るような純粋な娘ではないけど、とりあえず...知らせておいた(笑)その夜は買い置きの総合感冒薬でなんとか7度台まで下げ、眠ることに...翌3日、39度台の熱が薬を飲んでも1度しか下がらない。おかしいなぁ~?やっぱりインフルエンザやで~病院行かないとあかんで~と娘が言う。母:「でもどやって行くんよ?? おぶってくれるの?」娘:「アホなこと言わんといて、 つぶれるわ~」この母が重病の時になんという冷たい女...(信じられへん~)頼みのドラは年末から上海に行ったまま~4日まで戻って来ない...こういうとき、男の子って頼りになるのにね...(涙)午後になって熱が40度を越えた。薬を飲まなくてはいけないが、何も食べないで飲んでいたせいか、胃が痛くてそれもままならない...とにかく熱を下げることと、水分を補給すること、どうやったら、地下の駐車場まで行けるか、この3つだけを考えていた。母:「そうだ!台車に乗って行こうか♪」 (熱があっても思考力は鈍ってなかったー)我が家には重い物を運ぶ時のために家庭用の台車があったのだ。娘:「...耐荷重150kgやで~ それより私が車を出して来るまで どこにいるんよ?」母:「う~ん、むずかしおますぅー ほなら、がんばって熱下げよ...」この日の夕方の気温はすでに0度になっていた。それは自殺行為というモンだす~40度越えの熱が1度下がって39度台になると、なぜかとても楽チンだった。明後日の病院が開くまでがんばるわ~4日朝、少し熱も下がり、37度から8度の間をいったりきたり。ただ、ほとんど食べていないので、フラフラ状態。がんばって食べる。少し起きれるようになる。明日は病院へ行こう。5日。きょうから、かかりつけの病院が開く。朝は混んでいると思い、12時ギリギリに行くと、ナント!待合室にはまだ30人くらいの患者があふれかえっていた。車の中で待つこと、1時間15分。ようやく呼ばれて診察室に行き、奥のベッドの方に目をやると、点滴をしている人がずらり~こりゃーきょうは薬だけかも?医者に今までの経緯を話すと、「そう...きょう開くまで待ってたん? これからは迷わず、救急病院に行くんよ~ 自分で動けないときは救急車を呼んでいいのよ~ がまんすることないんよ~ 歩けないから運んでくださいって言えばいいんよ~」って、言ってくださった。(そうかー、熱でも救急車呼んでいいんだ~ この年まで知らなかったぜ~汗)この言葉を聞いて何か救われたような気がした。6、7日と養生してだいぶよくなった。体重は最初の3日間で3kgも減ってしまった。今、思えば両親には心配かけたくないからと知らせなかったことも長引いた原因のひとつかも?たくさんの知恵を借りればよかったーと、反省しきり...イヴちゃん、ず~と私のそばにいて目が合えば、ペロペロ舐めて励ましてくれた。ありがとね♪ <イヴの話はまた後日に。 抜糸も終わって元気です!>
2006年01月08日
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イヴの手術が終わって一週間がたった。思っていたより、手術の時間は短くて約1時間余で終わったようだ。手術は無事成功した。引き取りに行った時に見たイヴの痛々しい姿と傷口が擦れたときに出す、あまりにも悲壮な声に言葉を失った...(と、言ったら少しオーバーか...)こんな小さな体で手術に耐えたんだものね...えらかったね、よくがんばったね、と言わなきゃ、と思っていても涙があふれてしかたがなかった。首にはカラーといわれる引っ掻き防止用のラッパの形をしたものがはめられていた。腫瘍を取るためと子宮と卵巣を取るために切った跡が2箇所。ワイヤーが少し見えて生々しい...抜歯は約2週間後の予定だ。麻酔が覚めてから数時間しかたってないのでどこかボ~としているイヴ。それでも私と娘を見ると抱っこしてほしいのだろう、すり寄って来ようとする。縫ったばかりなので、抱っこはできず、毛布にくるんでかごに入れ、そろりそろり~と持って帰ったのだった。身近に手術をした者がいなかったこともあって、犬とはいえ、予後の大変さをこの時、私も娘も知る由もなかった。つづく...
2005年12月22日
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明日はいよいよイヴちゃんの手術の日。無事に成功することを祈って...手術前は人間と同じで絶食である。きょうはイヴちゃんの好きなものを~ということで、ササミのゆでたもの、クリームパン、天津甘栗(?)、りんごなど少しずつ食べさせた。(ホントはこんなもの、 食べさせちゃいけないんだけど...)イヴちゃん、きょうはごちそうだ~と思って食べていたことだろう...明日が手術なんて知る由もなく。。。明朝7時からは水も飲んではいけないらしい。午前中の検査が済むと、午後から手術が始まる。ああ~どうか無事に終わりますように...
2005年12月15日
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ドラが年末から年始にかけて上海に行くと言う。同学だった友人たちが、そろそろ帰国してまうので、会っておきたいらしい。10月に行ったばっかりでしょ!と、言いたいのをグッとこらえた。思えば、フランス、フィリピン、タイ、インドネシア、韓国、そして中国とまぁ、たくさんの国の人たちと知り合えたのも留学してたからこそだもんね。就職もしたし、これからはそんなに自由に行けなくなるし、今のうちだけかな?夫から電話があった。(ひさしぶりに声聞いたヨ~)イヴはどうやー?ドラまた来るらしいなぁ~?おかーさん(私のことをこう呼ぶ)は、いつ来るんや~?と、また聞く。(わぉ~笑)前にも行ったでしょ~今は寒いから行かないの~って。(引っ越したら行くよ♪)12月はマンションの更新月だから、今回は大家に、テレビを新しくしろ~(メチャ古ぅ~)掃除機を買え~(なぜかモップしかない!)照明器具の電球を全部替えろ~(ほとんど球切れ状態!)でないと更新しない!と、その気もないのにちょっと脅した?らしい。で、全部要求を聞き入れてもらったから、ちょっとは快適になるで~と、夫は言う。それって?私を呼び寄せるため??う~ん、まだまだそれではあかんで~カーテンも替えてもらわないと~洗濯機も今のはあかんで~小さくていいから食器棚はいるで~せめてこの3つクリアしたら行きますわよ~♪わがままな妻かしら?だって、メチャクチャ趣味悪いカーテンだし、洗濯機だって、乾燥機ついてないし...それより!食器をしまうところがない!?信じられん!!前に住んでいたドイツ人はどうしてたの?おとーさんみたいに、コーヒーカップをアイさんが来るまで洗わないとか、パン皿の上にティッシュを置いて使うとか、できませんわ!(アイさんは1週間に1回だけだすー)ってな訳で夫のけなげな努力も不発に...(爆爆)ごめんねーあったかくなったら、あなたの好きな柿の葉寿司持って行くからね♪
2005年12月14日
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イヴの手術の日が決まった。12月16日(金)。朝10時に病院へ連れて行き、午前中に検査をして、午後から手術。約2時間の予定。夕方帰宅。入院はしなくてもよいらしい。予後、何日間かは目が離せない。傷口をなめたりしないように、気をつけないといけない。手術の前日の夜から絶食なので、好きなもの食べさせてあげよう~お散歩もいっぱい連れてってあげよう~どうか手術が成功しますように...今は祈るばかりだ。
2005年12月13日
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一昨日の夜、いつものように娘とイヴと3人で遊んでいたら、イヴのおなかにグリグリを発見!なんだろう!?もしかして、乳腺炎??娘はさっそくインターネットで調べ始めた。乳腺腫瘍かもしれん!?どうしよう??と言う...でも良性と悪性の場合があるから、とにかく明日、病院へ行ってみることに...(この明日というのが、ドラが泥酔して 帰ってきた翌日だった)病名:乳腺腫瘍(やっぱり...)悪性か良性かは調べてみないとわからないので2~3日かかるとのこと。シニアの雌犬はかかりやすく、特にプードルは多いそうだ。イヴちゃんはまだ避妊手術もしていないので、可能性は大だった。仕方ないね...どっちにしても手術をしなければいけない。今まで元気だったもんね。どこも悪くなかったもんね。がんばろうね。私はイヴをぎゅっと抱きしめた。それから娘とこれからのイヴの幸せについて話をした。どうしたらイヴが幸せなのか?まずは、ストレスがたまることはやめよう♪ということになった。娘はよく遊びのつもりで、強く抱きしめて仰向けにひっくり返り、それこそイヴが体全体で抵抗して逃れるまで離さなかったり、肩車をして高い高い~をしたりしていた。もうそれやめるわ~と、娘。私はといえば、膝に座らせて手(前足)を持ち、せっせっせーのヨイヨイと遊ぶのが楽しみのひとつで、毎朝毎晩としていたのだが、少し減らそう...と思う。イヴちゃんは従順にも(目はあちこち向きながらも~)付き合ってくれていた。人間のするほんの小さなことがイヌにとって大きなストレスとなっていく。嫌がらなければ、喜んでいると勘違いしてエスカレートしていたのかもしれない...そして、できる限り、散歩に連れて行こう♪マンションの5階に住んでいるせいか、(エレベーターまで遠い)はたまたズボラのせいか、今は寒いせいか、散歩に行く回数がめっきり減った。室内小型犬の場合は、散歩に行かなくても家の中を走り回るだけでじゅうぶん運動は足りているので特に必要がないとされている。でもやっぱり毎日毎日、家の中だけじゃかわいそうだね...暖かい日はできるだけ、外に出ようーということになった。イヴはあまりわがままを言わないし、聞き分けもいい。しつけも大切だけど、だっこをせがんだときはできるだけしてやろう。それをすることによって欲求不満もだいぶ解消されると思う。あとで~はできるだけ言わないようにしよう。何か言って来たら、ちゃんと目を見て話そう。これは今でも気をつけていることだけど、ともすれば、あー今ダメ~とか、ちょっと待って~とかで済ませてしまうこともあったように思う。いけんいけんー(反省ー)イヴちゃんを満足させる。所詮、イヴはしつこくないので、その時、満足すれば、あとはひとりでも平気なタイプ。ならば、優先しよう。こう書けば、なんと過保護な飼い主と批判を浴びそうだけど、あと何年うちにいるかわからないし、元気でいられるかどうかもわからない...ならば、精一杯愛してやろう。いっぱいいっぱいかわいがってあげよう。訳あってうちに来たイヴちゃんだけど、ここでよかった~と思えるように、ここの子になってよかった~と思えるように、そして家族のひとりとしてりっぱにその役割を果たしたと自負できるように(ちとむずかしいかー?)見守っていきたい。どんなことがあってもイヴは家族だよ!うちの大切な家族のひとりだよ!ず~と一緒だよ!!いつまでもね...
2005年12月09日
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きょうは忘年会や~と、浮かない顔をして朝出かけて行ったドラが、泥酔状態で帰ってきた。なぜ、浮かないのかというと、入社したての頃、慰安旅行で一気飲みをさせられ、その後の2度のボウリング大会では打ち上げだーといって飲まされた経験ありで、この調子でいくと、いつまで体が持つかマジ心配~とこぼしていたからだ。なぜか体育会系?のようなノリの会社なので一気はあたり前~飲み会も週末にあるとは限らないらしい。私は、「いいやん~♪ 中華でしょ? おいしいものいっぱい食べれるや~ん♪」とは、言ってみたものの、「注がれたら、断れんからー」(そうよね...新人はツライね~)と言っていたドラがちと心配でもあった。その夜の11時前、イヴちゃん、いつものように、(ドラちゃん、帰って来たよ♪)と、私に向かってワンワワワ~ンと吠えた。ハイハイ、わかってるよん~アレ?いつまでたってもリビングに来ないネ?「どちたんだろネ?」と、イヴに話しかけながら玄関に行くと、そこには靴箱にもたれ、立ったまま寝ているドラがいた。私 「ドラ!大丈夫?」ドラ「たで~ま~(解説:ただいま)」私 「どやって帰って来たの?? バスで??」ドラ「ダグジイ~(タクシー)」私 「エエッ!?どこから??」ドラ「うめらぁ~(梅田)」私 「エエッ!?お金あったの?? それともカード??」ドラ「ジョージ(上司)がダグジイカードくでだ~(くれた)」ありゃありゃ~こりゃーひどいわ~舌がまわっとらん...話すこともおぼつかないくらいグデングデンに酔った息子を今まで見たことがなかったので、私は少し動揺してしまったー。その後のかろうじて聞いた話では、紹興酒の一気飲みを何十回したかわからん~とか!?「エエッー??? あんたっ!!死ぬでっ!!」思わず、叫んだ!!店を出てからと、タクシーも途中で止めてもらって、何度も吐いたらしい...おお...「ビールなら、いくら飲んでもヘイキやけど、 老酒はあかんわー」「体育会系の会社はこれやから、 先が思いやられるわー」とかなんとか言いながらも、(はっきり聞き取れなかったけど、 たぶんこんな感じー)「明日、絶対起こしてやっ!! 遅刻はできんからっ!!」ここだけははっきり聞こえた。母親としては、起こしたくないような...イエイエ、いけませぬーそんなことでは!その後、何回も行ったトイレの便器の上で覆いかぶさってぶっ倒れている息子を引きずり、かかえ、なんとかベッドまで運んだ。ドラ「止めレくらはい~(止めてください)」あら~まだタクシーの中だと思ってんのね?私「ハイハイ♪」ドラ「3号線、3号線!」なんじゃそりゃ~??どこや~??そんなとこ知らないよ~まだなんか言ってたけど、もう知らん~散らばったスーツやコートを片付けていたら、カバンが見あたらない!えらいこっちゃー!!私「ドラ!ドラ! カバンないよッ!? どうしたん?? ドラぁー!!」ドラ(グゥ~)こりゃ、あかんわ~まぁ、私がやきもきしてもしょうがないかーないモンはないしー。明日起きれるかな?もう学生じゃないんだから、会社には這ってでも行かないといけん!倒れるんだったら、会社で倒れなさい!翌朝♪私の目覚ましが鳴る前に、ドラは起きてシャワーを浴びていた。私は開口一番、「ドラ、カバン、どしたん? ないよー どこかに忘れて来たん?」と言うと、ドラ「会社に置いて来たー(なんやー) それよりき気持ち悪ぅ~」私 「大丈夫?行ける?」ドラ「行くでー」(エライッ!って、あたりまえっか?)昨夜はほとんど意識がなかったから、どうやって帰って来たかわからんーと言う。タクシーやったよ、と言うと、それは覚えてるけど、どこで乗ってどこで降りて(エエッ!?)どうやって家に着いたかわからんーって、階段?それともエレベーターで?それもわからんって??(エエェー??)まぁ、よくご無事で♪ここで、昨日、寝言で、○○ちゃんって、言ってたけど誰?って、聞いてみようと思ったけど、まぁ、出勤前だし、動揺させてもいけないのでやめたー(笑)私もずいぶん過保護な親だな~と思いつつ、コートのポケットに万一のためのエチケット袋を入れておいた。最寄の駅まではバスだもんね。咄嗟の時には使うのよ。フラフラしながら、出かけて行ったドラが帰ってくるまで心配しなかったといったらウソになる...夕方、だいぶ楽になったから(ん?今頃?)今から帰る、とメールがやっときた。きょうは一日中、しんどかっただろうなぁ...夕食は消化のいいもの、雑炊でもと思っていたら、帰るなり、「ご飯は??」って、あんたァ~(笑)「きょうは豚肉の生姜焼きだよ~ 雑炊もあるよ~」「生姜焼き食べたい♪」う~ん、おそるべしその胃袋!マヒしてるで、きっと!!ドラいわく、全部出てしまったし、何も残ってないからーって、もったいない!!フカヒレとか、伊勢海老とか~きゃあ~ホンマにもったいネエ!私「で、お昼は何食べたん?」ドラ「トンカツ♪ 上司に食べよう~って 誘われたー」それって、あんたっ!拷問やで~ひょえぇーー!!なんちゅう会社でおますー。
2005年12月08日
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先週末、忘年会=プチ同窓会があった。いつもの面子に飛び入り約1名。しばらく会ってなかったこともあるけど、(といっても5月にランチしてたー)乾杯の後は食事もそこそこに話はヒートアップ!(酒豪多しー)話題は今ちょこっと流行の「熟年離婚」に。(銀婚式前後多しー)「まぁ、一応いなかったら困るけど...」の注釈つきで、それぞれ夫に対して、お互いに自由でいたいー(うんうん)そっちはそっちで遊んでー(そうそ)自分の楽しみ、見つけてほしいわ~(言える言えるー)クッツイテ来んといてー(笑)、愛情皆無~(惨?)などとのたまったのは、結婚以来、夫が一度も単身赴任しなかった組。かたや、私も含めて一度でも経験ある方は、そんな時期があったような~なかったような~??と、トボケながらも、自分の楽しみ、見つけてほしいわ~以外は今は思わないよ~と、言うと、「なっ、なんで!!??」の一斉攻撃。「なんでっ?」って、言われても...ね~?今年の4月に5年間の単身赴任を終えて一緒に暮らすようになった友人は、「子どもたちが受験とかで 一番そばにいてほしいとき、 いないのが一番つらかったー でもそれも過ぎてしまうと 快適やったわ~ でも子どもは子ども~ それより、 これからイヤでも夫婦二人きりなるんだから、 パパと仲良くしていかないとー と思ってる~。」と、言った。離れて暮らしていると、ああ~もういなくてもヘイキ♪なんてよく言ってたよん♪私の場合、こちらからたまに会いに行ったり、向こうから帰ってきたりしてああ~ひさしぶり~と感傷に浸るのはせいぜい3日で、4日目あたりから、しばしば、ケンカとやらに突入してしまうことが過去には多かったけど、最近はそれもめっきり減ったように思う...離れていると、口では言えないような歯の浮くような?こともメールでは送れるし~時々、寒いのにどうしてるかな?なんて健気にも思ったりもするし~(笑)離れてるからわかることってある。ずっと一緒にいると、あたりまえになってわからないだけ?いろいろあったけど、やっぱり夫は私には必要やねん♪なぁ~んて言うと、「ごちそーさまっ!」って、ヤジが飛んできた。だいぶ、酔ってるのね?「長年、義父母を介護して、 夫婦らしい生活なんてなかったー 子どもと遊んでやることもままならなかったー 私の青春返せー!」と、気炎をあげる輩(ではないか...)も出てきた。「毎日伝書バトのように帰ってくる夫、 たまらんー! 定年になったら、地獄ぅ~」と、見合い結婚したのが言う。まぁふだんから、お互いの家庭の状況は知ってるけど...同級生だからネ。なぜ今、こんなにヒートアップするのかしら?それはテレビドラマの「熟年離婚」にあるようだ。私以外、全員見ているらしい。見ていないので内容が今ひとつよくわからないが、夫の定年と同時に妻は離婚届けを突きつけ、さっさとひとりマンションに引っ越してしまうそうだ。見ていてなるほどと思い当たることが多々あるのだろう。自分をオーバーラップさせてるのかな?なんて思ってしまった。もしかして?ドラマと現実の区別がつかない!?んな訳ないねーもういい大人なんだから。酔っ払ってるから?でも昼間のアルコール抜きのときとあんまり変わらんようなー?「もういい奥ちゃまー卒業ォ!!」とか、言ってるよー 「早くひとりになりた~い!!」「さっさと○○れよう!! イェーイ!!」ひょえぇー!もう知らんで~はじめ言ってた、「まぁ一応、いなかったら困るけどは...」は何処へ?突然、誰かが、「もうちょっとの辛抱! もうすぐ年金半分、妻にももらえるんやからー それまでがまんがまん~♪」と、言い出した。そっか!わかった♪それで毎回会うたびにエキサイトしてるんやね?どおりで現実的だと思ったよーそういえば、きょうの新聞に書いてあったわ、そのこと。2007年4月から、夫婦で合意か、裁判で決まれば、夫の厚生年金は分割される。また2008年4月からは、夫がサラリーマンの専業主婦が国民年金に加入していた期間に限り、夫の厚生年金の(報酬比例部分)の半分が自動的(強制的)に妻にいく。と、なっている。そういうことも考えてるのかな?う~ん、こりゃホントに現実的だわ~ひとしきり、この話で盛り上がった後は、今からでも遅くないで~って、なんのこと??と、思ったら、カラオケだったー(汗)もう、ちょっとびっくりしたよ~「まだまだ遊ぶでっ!!」ああ~血気盛んなわが友よ~後日、一番の気炎者に電話をかけて、「すごかったね~?みんな~」と、言うと、「なんのこと?」って、覚えとらんのかっ!?って、こっちがヒートアップしてしまった!!こういうとき、関西(大阪)では、「エエ加減にせー!」と、言うんでおますー(ふぅーまた疲れたよ~)世の夫たち、気をつけましょう~妻は潜在意識の中でいろんなこと思ってますゾッ
2005年12月05日
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クリスマスまで1ヶ月を切りました。だいたい11月末ぐらいから、街ではクリスマス☆ソングが流れだし、毎年、山下達郎やワムの曲を聞くとああ~クリスマスだなぁ♪って感じます。そろそろクリスマス☆ツリーを出したり、ドア・リースをかけたりと、ちょっぴり忙しいことでしょう。また家全体をイルミネーション(電飾)で飾り付けたりする家もあるでしょう。私の住んでいるこのニュータウンも昨今流行の、家を丸ごとイルミネーションで飾り付ける家が多いようです。それを見物に来る車が、ノロノロ走ったり、路上駐車をするので、時々トラブルとなり、あわやパトカーまで出る騒ぎがあったりもします。初めて、私が電飾で飾り付けられた家を見たのは、今から10年ほど前のことでした。(...だったかな?)○○台(地名)にびっくりするような家があるから、見に行ってみて!と、友人から教えてもらってさっそく行ってみたのでした。その家は静かな夜の住宅街の中でまるで歳末商戦のデパート?のように輝いていました。(笑)家ごとではなく、門扉からアプローチ、玄関ドア、窓、そして庭の木にも電飾が施してありました。聞けばなんでも外国人の方が住んでいらっしゃるとのこと。なるほど、そうなんだ~♪日本ではまだメジャーじゃないもんねーと思ったものでした。今から10数年前、アメリカにいた友人がクリスマスの時期になると、「一回来てみー、どこの家もメッチャ、キレイでー♪ 日本では見たことないわー、こんなん~」と、言っていたのを思い出します。夫のニューヨーク転勤に伴ってニュージャージーに住んでいた彼女は、どの家もキレイに飾りつけていたのを見て、自分も絶対してみたい!と思ったそうです。それは、家を丸ごとというより、ドアや窓辺を飾ったり、庭木に電飾をつけたりするので、住宅街全部がキラキラ輝いてそれはそれはキレイだったと感激して話していました。我が家の近所のイルミネーションも年々エスカレートしてきて何軒かまとまっているとそれはお見事!というほかありません。遠くから見に来る人もたくさんいます。そのために飾るのもあるでしょうね。私の友人の中には、参考にするためとか?で神戸辺りまで出かけて行く人もいます。見ていてやはりキレイだなぁと思う...それだけでいいもんです。今年で11年目を迎える神戸のルミナリエ。12月9日(金)~22日(木)まで開催されます。クリスマス時期の23日(祝)~25日(日)は多数の人出が予想されるので、開催されないそうです。去年のクリスマスは70万人だったとか!?(ひょえぇー!!)毎年行ってみたいと思いながら、人の多さに躊躇していまだに行けないのです...ああ~☆クリスマス☆この時期になると、イルミネーションにつられてまたご近所をウロウロしてしまいそうですー
2005年12月02日
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明日から、ドラ、上海→青島出張です。入社1ヵ月半で海外出張GET?よかったね♪どうやら上司のお供らしい。その上司はナント!初めての海外出張?中国語はまったくわからず...(ひょえぇーー!!大丈夫かいな!?)ドラが頼り??上海→無錫→上海→青島。無錫往復はチャーターした車を使うらしい。その車はドラが夫に頼んだとのこと。訪問先には日本人と日本語が話せる中国人がいるから心配はいらないけど、それ以外はボクがしゃべらなあかんねん!と、ドラ。ドラ:「えらいこっちゃー!!」 母:「あほっ!!」なに言ってんの!?そのために留学したんとちがうの!?ドラが就職した会社はこれからドンドン海外(得意先)へ行くようにしていく方針らしい。就職できたのはタイミングよかった?これからもチャンスはあると思うよ~早く営業で行けるようになるといいね♪明日の出張を控えてソワソワわくわく~のドラです。
2005年11月23日
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行ってきました!「よしもと新喜劇」~♪なんばグランド花月にて(略してNGK)。大阪ミナミ・なんばのド真ん中、千日前筋にあります。バスツアーですからね。便利です♪近くまで連れて行ってくれます。「よしもと」へ行く前に大阪梅田駅前にある、ホテルグランヴィアでランチバイキングです。約30種類のメニュー(ちょっと少ない?)料金は税込みで¥1890。(安い!)まだ11時半だというのに、外にはおよそ20人くらいの客が並んでいました。(ひょえぇー!?)私たちは団体だったのですぐに入れましたが...料理はどれもそれほど味は濃くなく、その場で焼いてくれるステーキなどがあるので案外お得かも?ソフトクリームもあってちょっとおもしろい。コーヒーもカプチーノ、ラテ、エスプレッソ、プレーンと4種類あります。私はカプチーノを飲みましたが、マシンにしてはGOOD♪いやーおなかいっぱいになりました。さて食べ終えたらすぐ移動です。あっという間にミナミに着きました。開演まで少し時間があるので、道具屋筋を散策します。(かっぱ橋のような感じかな?)業務用の鍋やフライパン、食器など見ているだけでも楽しい♪大阪ですから、もちろんたこ焼き器もあります。大阪では一家に一台必ずあると言われた、たこ焼き器。ホンマかいな?と思われるでしょう?あるんです♪大阪でない我が家にもフツーに。(大阪近郊では多分...)実家にもあります。物心ついた時から家にはありました。土・日のお昼はよく作りながら、食べたものでした。(最近はあまりしないナァ...)お好み焼き!たこ焼き! ケーキ?(一応…)粉もん大好き!大阪ではゴハンのおかずにお好み焼きを食べるの?って聞かれたことがありますが、 あります!!フツーです!!(笑)私はないですが、息子は「そんなん、あったりまえやん♪焼きそばでも食べるし、焼き飯でも食べんで~」と言ってました。焼き飯をおかずに?も、すごい!!学生の時はお金がないから、工夫してたのねー(生活の知恵?)ハイ、NGKに戻ってきました。いよいよ開演です。まずは漫才、若手から始まり、ベテランへ。きょうの出演者は、チュートリアル、矢野兵頭(初めて見ました!)、ちゃらんぽらん、今いくよくるよ、桂きん枝、中田カウスボタン。さすが!ベテラン♪いくよくるよ、カウスボタン。漫才やってるのか、私生活バラしてるのか?ほとんどアドリブ~おなかかかえて笑いころげました。ベテランは息がピッタリなのはもちろんですが、やはり「間」のとり方がうまい!私生活に密着した話題を放送ギリギリのところまでしゃべりまくるーその親近感が受けるのでしょう。でも同じことを若手がしても受けません。長年のつきあいと、お互いを知り尽くした関係。見ていてハラハラすることはありません。どんなにエゲツナイことを言い合っていてもほっこりと安心して見ていられるのです。ひさしぶりに思い切り笑った「よしもと」でした。漫才のあとは「新喜劇」です。茂造じいさん(辻本茂男)、井上竜夫、おくれやしてのネェさん(なまえド忘れ!)ポコポコヘッドの島木譲二など出てきます。笑わせて笑わせてちょっぴりホロリとさせて黄門さまのドラマのように最後は必ず!ハッピーエンド♪(年寄りは安心して見られますからー)こちらも新しいギャグが増えていて生の迫力もあって充分見ごたえあり!でした。帰りはバスで。ああ~楽チンでござりました♪
2005年11月22日
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明日はバスツアー「よしもと新喜劇」です。大阪難波にある「なんばグランド花月」です。ん?難波なのに、なんでバスツアー?一般だとなかなかチケット取れないらしいんです。バスだと近所から出発して連れて帰って来てくれる~ありがたいですね~年寄りにはもってこい♪ オホホー 「大阪に来たんやったら、 まず、うちらにあいさつせんかいなっ。」って、書いてあります~笑こんなノリ大好きです!さすが!よしもと♪さすが!大阪♪新喜劇は小学生の頃から見ていました。土曜日の午後、大急ぎで学校から帰って来てテレビにかぶりついていました~笑あの頃は、岡八郎、花紀京、平三平(古ぅ~!年がバレるぅ~)今思えば、子どもだったのにどうしてあんなに笑えたんだろう~?不思議な気がします。明日はどんなんかな~?ひさしぶりにワクワクしています。
2005年11月21日
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寒くなってきましたね。2~3日前から、外出にはダウンジャケットがかかせなくなりました。9日、正倉院展(奈良国立博物館)、18日、スーパー喜劇「狸御殿 藤山直美主演」(松竹座・大阪なんば)と行って参りました。正倉院展は今回初出展の宝物が多いからでしょうか、平日にもかかわらず、大勢の人が訪れていました。1000年以上の時を経て、今なお、鮮やかに輝いているそれらを目にした時、息をのむような感動を覚えました。 なんてキレイな色... ふぅー美しい...思わずタメ息がでました。聖武天皇の遺愛品のひとつで、紅牙撥鏤棊子(こうげばちるのきし)と、紺牙撥鏤棊子(こんげばちるのきし)は、直径2cmほどの碁石で、象牙で作くられていています。紅牙は赤、紺牙は青、表には花をくわえた鳥が描かれています。そのちいさな碁石は色鮮やかでなんとも愛らしく美しいという表現がぴったりなのです。展示ケースには拡大鏡もセットされていて細かいところまで見ることができました。たくさんの出展されている宝物の中で、最も印象に残ったのがこの碁石でした。今年出展されているものをまた見たいと思っても次は10年後まで見ることができないそうです。スーパー喜劇「狸御殿」(松竹座)文句なしに笑わせてくれました。出演者の衣装も見ごたえたっぷり。(リンクさせていただいている、 名探偵みちょさんのHPをご覧くださいね♪ プロらしい視点で解説していらっしゃいます)座席は1Fの花道の真横。直美ちゃんも藤間紫も1mほどの至近距離でバッチリ見えました。直美さん、思ってたよりも小柄でした。藤間さんお顔のしわもはっきり見えました。松竹座といえば、宙吊り。あの猿之助さんで有名です。直美ちゃんも猿弥さんとともにやってくれました。これは見る価値があります。見終わって、なにかほのぼのとした満足感があります。喜劇だけど、単純におもしろかっただけではないものがあります。それは藤山直美さんの人柄が表れているからでしょうか。12月2日からは東京公演だそうです。東京ではあのギャグ、受けるかな~?劇中、門之助が、「レギュラー」のアレとか、「さとう珠緒」のソレとか、「かつみさゆり」のボヨヨーンとかをちょこっとやって見せるのですが、どうかな~?大阪では受けてたけど...大阪公演は11月25日まで、すでに全席完売です。さあて、ほとんどの観客が幕間にお弁当を食べていたのですが、私たちは、終わってからどこかでおいしいものを~と、もくろんでいました。ところが、休憩が2回、各30分ずつあったので、終わったのが、2時40分過ぎ。もうおなかペコペコで、おいしいお店を探す余裕などありません。松竹座を出れば、そこは道頓堀。とーれとーれピチピチかに料理~♪の「かに道楽」や、「食いだおれ」があります。そして戎橋(通称:ひっかけ橋)のむこうはグリコの看板です。人をかきわけて行くと旅行者でしょうか、かにの看板の前で記念撮影です。思わず、つられて私たちもパチリと写メールに♪その場の雰囲気にすぐのまれる私です~笑それより、めし~めし~♪もうステキなお店で優雅にランチを~なんて思っていたことなど、どこへやら~吹っ飛んでます。もうなんでもいいから食べたいー泣!ということになり、(目の前にあったので~)向かった先は、なんと...「がんこ寿司」(この時すでに3時過ぎ、そして思考力ゼロ)大阪の方なら知らない人がいないくらいのお店。頼んだメニューもなんとか(忘れた!)御膳(あれやこれやついておりましたわ♪)それにコーヒー&プチケーキがついて1480円。安い!!(さすが、大阪♪)そして運ばれてくるやいなや、一目散に胃袋の中へ。そして♪立ち直りの早い私。おなかがいっぱいになると、早く次の行動に...です。渋る友人をせかし、心斎橋筋をキタに向かって歩き出します。しばらく歩くとぺこちゃんでお馴染みの不二家がありました。「なつかしい~子どもの頃は ここに連れてきてもらうのが 楽しみやったもんね~」などと話ながら、元気よく歩きます。途中、新生☆「そごう」へ立ち寄り、「吹き抜け、りっぱやん♪」と、いっちょまえに批評しながら、まだまだ歩きます。でもやっぱり年には勝てませぬ...トホホ~もう一歩も歩かれへんよーということで、地下鉄に乗って梅田まで戻ってきました。本来ならここで家路に着くのですが、友人も私もちいさいお子がいるわけでもないので、ちょっくら、梅ブラ(梅田をブラブラ~)でもして帰ろうかということになったのでした。さっそく、茶屋町の方へくり出します。ひゃ~!「NU]ってなんだァ~?そういえば、この前TVで新しくOPENするとか言ってたで~「LOFT]に行ってみよっか~?左隣にあるのに、(それはあとでわかりました~笑)こっちかな~?いや、あっちやで~と、グルグルまわって10分ほどかかってたどり着く始末...トホホ~恥ずかしくて、(ちょっとプライドもあって♪)「どこですか?」なんてとても聞けませんもの。長~いこと来てまへんな~、懐かしおます~などと言いながら、上の階から全部見て行くと、もうクタクタござります。ちょっと休憩♪と言って、お茶を飲み、おしゃべりして2時間半。そしてどちらかともなく、おなか空いたネェ♪ということになり、居酒屋へ。飲んで食って騒いでボヤいて楽しい一日は過ぎていったのでした。
2005年11月20日
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最近、同窓会やら懇親会やらと、何やら旧交をあたためるお誘いが多い。高校の有志だけの同窓会や子どもの幼稚園や小中学校の母親だけなど、懐かしい集まりに少し心がときめく。そういえば、みんな子どもの手が離れて自分だけの時間が持てるようになった人たちばかり。ちまたでは、同窓会屋(幹事代行?)っていうのもあるらしい。卒業してから時が経てば経つほど、消息のわからない人の確率が高くなる。そういう人を捜し当てたり、会場の設定から案内状の発送まで幹事がやることのすべてをしてくれる、なんともありがたい商売があるもんだ。(これってひょっとして大阪発祥?)私にとって、同窓会に等しい懇親会は少人数、近場、高くないというのがだいたいの相場。(いわゆる、安・近・少、~笑)ランチ+お茶だけで終わるのもあれば、ディナー→飲み屋?あり、居酒屋→カラオケあり、ディ・トリップ(バスツアー)ありと様々。子どもをとおして知り合った人たちは学生時代を一緒に過ごした時と同じくらいの心安さがある。会えば、たちまちその頃にタイムスリップ。今までの空白が一気に縮まるから、ホントに不思議♪何も取り繕うことのない同窓会(懇親会)はなんだろ~?私にとって、一服の清涼剤かな?
2005年11月04日
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昨日、あるスーパーでおもしろいモノを見つけました! 「犬用ササミのふりかけ♪」 なんじゃそら~??よく見ると、ササミをフレーク状にした、れっきとしたふりかけです。フムフム、ワンちゃんの食欲のないときなどに。。。と書いてあります。ひょえぇー!わんこについにこんなモノまでネ~♪ウチのイヴちんに限って食欲がないなどどはまず、ありえないけど、と思いつつ、買ってみました。 私; 「イヴちゃん、いいもの買って来たよ~」 イヴ;「ンガ、ンガ~(なに?なに?)」 私; 「いいものだから~、 ほりゃ~、どうだ~?」袋の口を急いであけ、イヴの鼻の前へ持っていきます。(イヴはササミが死ぬほど好きなんです) イヴ;「ンゴ、ンゴ~(エーにおいやー♪)」 (食べた~い、食べた~い、早くぅー待てないよ~)お手!をするのももどかしい、コーフン状態のわが愛犬... 「落ち着けェー!」 「静まれェェー!」私もコーフン状態に。。。ったくー、恥ずかしー生活出てるやん!!ハイハイ、待ちなー今、あげるってばっ!粒状のドッグフードの上にかけてやると、ウハウハ、(うめぇー!)パクパク、(たまらんー!)とか、思いながら(たぶん...)一気にたいらげてしまいました。あ?おかわりネ?そうそ♪アイコンタクトで会話する私とイヴ♪今度はうまくドッグフードをかきわけて食べたのです。 私;「コラッ!知能犯ッ! ちゃんと食べなきゃ、 もうあげないよッ!!」 イヴ;「...。」 (わかりまチた...)と思ったのか、渋々、残したものを口に入れはじめました。 イヴちゃん、さすが!トイ・プードル♪頭いいネェ!こういうときだけは。食べることに関してはホントにこの子は賢いんだ♪と思うことがたくさんあるんです。そのひとつに、家族全員の食事(夕食)が終わるまで絶対に自分のドッグフードは食べないのです。最近は平日に家族そろって食べることなどほとんどなく、まず、最初に私が食べてはじめると、おこぼれを待ちます。(いけないこととは知りつつ、 与えてしまうのですー反省...)ひとしきり、私からあれやこれやともらい終わっても自分のゴハンには目もくれません。「イヴちゃん、自分のを食べなさい!」って言っても、あれは「イヌのゴハン」=最後に食べるもの=他に何もないときに食べるもの~と、イヴの頭の中ではできあがってるようです。そしてまだ帰って来る人がいる~だから食べない。娘が帰宅して食べはじめても私のときと全く同じ。もうひとり帰ってくる人がいるのも忘れていません。ドラは夫と同様、絶対に何もやらないのですが、なぜか、ちゃんとおすわりして待っているのです。食べ終えるのをず~と待ち続けた後、(あー、きょうもぼうずだった...と、 思ったかどうかは知りませんが~笑)これで最後や~と確認してから、おもむろに自分の「イヌのゴハン」を食べに行くのです。ちなみに夫が帰国しているときは、ちゃ~んと4人食べ終えるまでやはり「イヌのゴハン」は食べないのです!ホンマにあんたは、なんちゅうイヌ!?
2005年10月31日
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3ヶ月前、一年の留学を終えてドラが帰ってきた。あっという間の一年間だった。ドラから、 「7月中頃に帰ります~♪」のメールが届いたのは、ハワイ旅行から帰ってきてまだ興奮冷めやらぬときだった。 「えぇー!もう帰って来るん??」と、娘が言う。 「えらいこっちゃー!!すっかり忘れてたー」と、私も続けて言う。(なんちゅう親でしょう??)ハワイのことで浮かれててドラことなんぞ、頭の片隅にもなかったのである...(笑)今は私も娘もイヴもすっかり女3人の生活に慣れきってしまっている。ふぅー帰って来られても...ネ?とはいえ、帰ってくるのにはちがいない。さっそく、ドラの部屋を片付けることにした。(銭形金太郎の部屋に近いくらいひどい部屋~オェー)1年前のあの頃、出発するにはまだ数ヶ月もあるというのに、ドラの部屋を娘の部屋にして~♪娘の部屋を私の部屋にして~♪などと目論んでいたのに、いざ、いなくなると、心にポッカリ穴が開いたようで、何もする気が起こらなかった。イヴがいつも昼寝をする椅子にかけてあるバスタオル(汚れ防止:おしっこのシミがすぐつくので)も洗濯してしまうとドラに匂いが消えてしまうと思い、イヴの為にわざと洗わないでいた。要らないから、捨てといてーと言って、置いていったモノも捨てていない。何かをした?といえば、掃除機をかけてシーツを洗濯しただけ...(それ以外は何も手つかずの部屋)2月に一時帰国したときにドラが言った言葉、 「なんにも変わってへんやん?」 (片付けるって言ってたんじゃなかったん? という意味でしょう...シ~ン)と、あきれていた。 (あったりまえヤンケー、何もしとらんケン♪)娘とふたり、丸1日かかってなんとか生活できるような部屋にした。(やっぱりおねえちゃんだ~と感心したよー)どんな部屋であろうと本来なら、息子にさせるべきなのだ!と思うのだけど、<どんなとこでも住める!>と日ごろ、豪語しているドラの言葉を信じると空恐ろしい~気がする。なにわともあれ、ドラが帰って来るまでには間に合ったのでござるー帰国してからのドラはすぐに就職活動を開始した。今はすべてPCと携帯電話で行うので、私には全くわからない。ドラからの報告だけの情報しか入ってこないので、進捗状況など一番知りたいことが、わからないということもあり、私は少しイライラすることもあった。時期が悪いのか、新卒でも第二新卒でもないからか、難航しているのだ~くらいしかわからなかった。そのうち、トントン拍子に最終面接までこぎつけた♪と、ようやくドラからの報告があった。自信満々で、半分受かったようなノリのドラ。さっそく父親に電話をかけていた。切ったあとで、「いろいろ、コツとか教えてもらったけど、 おとーさん、ちょっとキツかったなー 世の中そんなになんでもうまくいかんでー 最後の役員面接っていうのが、 一番クセ者やで~って言われたワー」と、ちょっぴり落ち込むドラ。(母もそう思うヨ...)こういうときは父親の出番なのね。現役だから、アドバイスをしても信ぴょう性がある。私だと一般論しか言えない...具体的なことが言えない...ここは父親に任せましょ♪結果は、みごと(本人の)予想に反して不採用...「面接官は3人って聞いてたのに、 実際は6人やったー」(ビビったのかしら...?)「熱意とやる気と根性は買う(それは社交辞令なのよー)って、 他に何があるねん!?」ドラは失意のどん底に...あとで聞いてみると、一番行きたかったらしい総合商社の繊維部門。その翌日からはPCも開けず、部屋にひきこもり状態...私はかける言葉も見つからず、意気消沈状態。こういうとき、父親がそばにいれば、ドラも少しは心強かったかも知れない。じっくり話を聞いてもらいたいにちがいない。私はこのことで息子にとっての父親の存在の大きさを改めて感じた。3日ほど経った頃、なにやらTVゲームをしているドラを発見!(ナヌッ!?)私は今までこらえていたものが一気に噴出した!! 「あんたっ!!何やってんの!? おかーさんもおねえちゃんも どれだけドラのこと心配してると思ってんの!? 落ちたことなんかどうでもいいって言ったでしょ!? ご縁がなかったと思ったらいいことってこれも言ったね!? おとーさんからも頼む!って言われてんの! なのに、なにそれ?? なんでゲームなんかできるの??」私の顔は涙でグショグショ、鬼気迫るものがあったのだろう、ドラは目も口も開いたまま固まっていた。(フリーズ状態ー笑)思い起こせば、挫折を知らないで今まで生きてたんだよね。幼稚園から高校までエスカレーターの学園に身を置き、浪人はしたものの卒業後は留学の道へ。欧米の留学ならともかく、中国の留学なんて、やれ遊びに行くとこやーとか、就職できなかったヤツが行くとこやーなんて世間では言われてるみたいたけど、母はそれでもいい!と思ったの。人がなんと言おうと、どんなところであれ、まわりがどうであれ、勉強する者はするし、しない者はしない。漢語生なんてそんなに授業が大変じゃないってことももちろん調べたよ。中国はおとーさんが仕事をさせてもらっている国。父と二人だけで生活することでいろんなことを経験してほしい。勉強だけでなく、日本の大学生活では味わえなかったことを、いろんな国の人と接触して、自分の目で見て、肌で感じてほしいー、そう思ったから。1年後、あなたは母が思っていたことの他に「おとーさんってエラいなー」って、言葉を持って帰って来たじゃない。母はその一言で、どんな生活をしてきたかが、わかったような気がするよ。この1年間は無駄じゃなかった!って、思えるときがきっと来る!今はツラいけど、必ず、自分を待っていてくれる会社がある!そう信じてがんばって!!なにやら必死でそんな話をしていた。私のあまりの形相に驚いたのか、母の琴線に触れたのか、ドラは翌日から、せっせと以前研修を受けたパソ○へ日参し始めた。そのうち、あれよ~あれよ~いう間に、某専門商社の内定が...(捨てる神あれば、拾う神あり~♪)毎朝6時に起きて(私も起きて♪)元気に(と、思っている)出社するドラを見て、人生はなるようになる~ケ・セラ・セラ~Let it be! だな...って、思わずにはいられなかった。後日、ドラはこのように話してくれた。「あの時は、自分でもどうしていいか、 考えても考えてもカラ回りしてわからんかった... 誰かに何かを言ってもらいたかったのかもしれん。 (心と体=行動がバラバラだった) おかーさん、ちょっと迫力あったで~」うんうんなるほどね。母は鬼にも蛇にもはたまた父親代わりにもなんでもなるよ! ドラ! 加油!!(がんばれー)
2005年10月24日
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数日前、夫から、「20日より東京出張、22日に帰る。」と、だけのメールがきた。ああ~また~いつもギリギリなんだから!こっちの予定なんてまるで考えてない。もうちょっと早く知らせてくれたら~と、いつも思う。「で、いつ(上海に)帰んの?」と、返信すると、「24日のつもりだったけど、チケット取れなかったから、23日にした。」えええぇぇー??ってことは、一泊二日?そんなら、成田から直帰すればいいじゃないの??なんて思うデ、フツーは。プンプン!昨日、妻の心何も考えずに(そりゃそうかもー)帰ってきた夫。 夫 「ただいまー」(アラ?全くフツーじゃん?) 私 「おかえり♪」(私もなぜかフツー?笑) イヴ「ワンワワワーン! (とーちゃんひさしぶり~♪)」 私 「明日、帰るの??」 夫 「メール見たやろー?」 私 「見たけど...早いネ...」 夫 「忙しいからなー」 (わかってるよ...) 私 「いや、あんまり早いから、 ちょっとびっくりしてた...」たまにしか、帰って来れないんだから、その時くらいは、家族みんなで食事に行ったり、買い物に行ったり、両親の家に行ったり、と、いろいろ考えているのに、もう!(怒ー)と、言おうとしたら、「あ~疲れた~」と、言って寝てしまったー(ありゃ~)やっぱり家に帰って来たかったのかな...?向こうに帰っても誰もおかえり♪って言って待っててくれる人、いないんだものね...う~んと若かったら、ひょっとしてケンカになっていたかもしれない...そういえば、「今度はいつ来る?」なんて何回も聞いていたね♪ ウフフ~「う~ん、考えとくね~」と、はぐらかす私。。。だって、上海の冬はホンマに寒いんだから!ましてあの恐怖のバスルーム。ガクガク震えながら入らなければいけないし、ましてあんな浅いバスタブでは入る気がしないよー(全然、温ったまらん!)てなわけで、当分行かないからー(ちょっと意地悪♪)「あーよく寝た~」と、言って機嫌よく起きてきた夫。「ああ~これ、昨日の会議の内容ネ~」と、私の前になにやら資料を差し出した。(別に見たくもないんだけどね...)それから、延々と仕事のことを話し始めた。(ひょえー!)それでも私はウンウンと聞く。(...フリをしていたー笑)「お茶、飲む?」とか「これ、食べる?」などと時々聞きながら。でもふと、気がついた。私はちょっぴり不満だったけど、無理をして夫の話を聞いているわけではない... なんでだろう?ひさしぶりに会った夫がたった2日しかいないから?それともそんな些細なことでケンカになるようなエネルギーがもうない?(若くないってことかな...)たった一泊でも家に帰って来て、安心して眠って、なにも気を使うことなくいられるって居心地がいいってことだね♪それってささやかな夫婦の幸せかな?な~んて思うと、なんだか夫がちょっぴりいとおしく...(あー恥かし~)ひとしき話し終えてから、(独演会、終わり~♪)ドラ(長女)はどう?だの、ドラ(長男)はがんばってるのか?だの、コーヒー飲むかー?だの、(いつもは夫が入れてくれるーアハ♪)いつもと変わらない夫に戻っておったー。 夫婦ってなんだろ~?(一週間もいれば、一度や二度はxxxあるかもね?)夫はきょう元気に上海に戻って行った。ドラが帰国してはや3ヶ月。「(また独り暮らしに戻って) 寂しくないと言ったら、ウソになる...とは言わんデ!」なんて強がり言ってたけど、やっぱり独りはさみしいよネ...夫よー、元気でがんばってネ♪春になれば、行くからネ!!
2005年10月23日
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