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【解説】物質的・経済的な豊かさ幸福度はイコールではない 世界各国の人々が「自分がどれぐらい幸せを感じているか」などを調査して国連が発表している「世界幸福度ランキング」があります。2019年の結果では日本は58位にランクインしていました。 ランキングを見ると日本より経済的に恵まれていない国々が、日本よりも上位に入っています。ということは、人は必ずしも経済的・物質的に豊かだと無条件で幸福を感じるというわけでもなさそうです。 貧しくても幸福を感じられる理由は、ブッダが語った「吾唯足知」にあるのではないでしょうか。自分に与えられた物がわずかでもそれに満足すれば幸せです。反対にどれだけ物を持っていても欲望が満たされなければ、いつまでも心は苦しいままでしょう。【実践法】欲望を無制限にふくらませるといつまでも幸せは得られない 人間の欲望には限界がありません。物質的・経済的な豊かさも上を目指せばきりがありません。「足るを知る(吾唯足知)」ではなく、「足るを知らない」と、いつまでも「もっと欲しい」という欲望にとらわれてしまい、人生を穏やかに過ごすことはできないのです。 こうなるとどれだけ大金を稼いで経済的に恵まれた状況になっても、心はいつまでも満たされません。これは非常に不幸なことです。そう考えると、「吾唯足知」という精神がどれだけ大事なのか理解できるできるのではないでしょうか。 「足るを知る」人は、経済的に貧しいときでも、裕福なときでも、どちらでも幸せでいられます。経済的・物質的な豊かさへの執着を捨てるようにしましょう。 『マンガでわかるブッダの教え 1カ月で心を整える31の言葉』宝島社 8
2021.02.09
『解説』 欲望や怒りなどで心が濁ると見えるものが見えなくなる 修行について悩んでいる修行僧がいました。真理を悟ったと思ことがあっても、別のときにはそれがわからなくなってしまうと悩み、ブッダに相談しました。「なぜこのようなことが起きてしまうのでしょうか?」と聞かれたブッダは「心を濁らせてはいけない」と答えました。 水盤に入れた水を思い浮かべてください。水が透明な状態であれば、水盤を見たとき、水面にあなたの姿が映ります。ですが、水にさまざまな色が混じってしまうと、水面に映る姿もよく見えなくなります。 心も同じことで、欲望など余計なものが混じると正しい答えが見えなくなってしまいます。そういう意味で、ブッダは心を濁らせてはいけないと語ったのです。『実践法』何が起きても動揺しないための訓練をを積むようにしょう 欲望、怒り、嫉妬、執着などのネガテイブな感情が心に混じると、人は判断を誤って間違った道に進んでしまいます。大事なのは負の感情に振り回されない凛とした心を保つことです。 経典「鋸喩経」には、弟子たちに穀然とした心でいるための訓練をしなさいと呼びかけるブッダの言葉が収められています。 ブッダはそこで「何があっても動揺しない。怒ったときもひどい言葉を口にしない。嫌な相手にも優しさと同情の気心を持って接しよう」と言っています。 些細なことに腹をを立て、欲望や嫉妬の感情に心を乱れないためには、自分の負の感情と向き合い、言葉や行動を改める必要があります。そうしていつも静かな心でいられるようにしましょう。 ▲心を濁らせるな『マンガでわかるブッダの教え 1か月で心を整える31の言葉』宝島社
2021.02.07
物がないといって善意を行わないのは、志がないだけだ。 臨済宗の僧 無住 ある村に、開業医を営む一人のおじいさん先生がいました。そのおじいさん先生が紫綬褒章を受章することになりました。村では花火があがり、多くの人がお祝いにかけつけました。その中には村の出身で、東京で活躍している経営者や芸能人もいたといわれています。 なぜ、これほどまでに盛大に祝ってもらえたのでしょう。理由は、おじいさん先生の日ごろの善行にありました。一人暮らしのお年寄りの家には定期的に往診に行き、話し相手になってあげる、悩みを抱えている人がいたら、深夜まで相談に乗ってあげる。数十年にわたって、こうしたことを続けてきたので、邑人の多くがおじいさん先生に感謝していたのです。 この話を通して言いたいのは、誰かの話し相手になってあげたり、相談に乗ってあげたりするだけでも、相手に喜びを与えたり、尽くしたことになるということです。 物やお金を与えるだけが徳積みとは限らないのです。そばにいてあげることで相手の心を癒してあげたり、心を温めてあげることも、立派な徳積みにつながっていくのです。 自分には与える物やお金がないという人でも、自分という人間を誰かのために有効に役立てることができます。◆自分という人間の存在を誰かのために有効に役立てよう『「揺るがない心」をつくる101の名言』植西聰 ゴマブックスkk
2020.10.16
金銀財宝が詰まった蔵のある家の子として生まれながら、その蔵があることを知らずに乞食をしている人が世の中には実に多い。 臨済宗中興の祖 白隠 白隠の見出しの言葉を象徴する教えが『法華経』のなかにあります。 ある貧乏な男がお金持ちの親友の家を訪ねました。もてなしをを受け、その晩はゆっくりと眠ることができました。 男が眠っている間、お金持ちの親友は貧乏な友を哀れに思い、着物の裏に高価な宝物を縫いつけてあげました。 それから数年後、二人はばったり道端で再開しました。宝物の存在に気がつかなかった男は相変わらず落ちぶれた身なりをしていました。そこで、金持ちの親友は男にこう言ったのです。 「僕は君が楽に暮らせるように、着物の裏に高価な宝物を縫いつけておいたのに、どうして気づいてくれなかったのかい。早く気づいていれば、みじめな暮らしをしないですんだものを-----」 ここでいう「親友」とは神様、「宝物」とはその人ならではの特有の才能のことをいいます。つまり、この話は「人間は、神様からその人ならではの特有の才能というものを授けられている」ということを教え示してくれているのです。 現代を生きる私たちも白隠の言葉を参考にするべきでしょう。「才能」という名の自分ならではの金銀財宝がつまった蔵があるかもしれません。 それを見つければ、希望の光が射してくるようになります。◆人間は神様からその人ならではの特有の才能を授けられている『「揺るがない心」をつくる101の名言』植西聰 ゴマブックスkk
2020.10.04
私たちの苦しみには、必ず原因があり、その原因をなくせば、苦しみは消滅する。 臨済宗中興の祖 白隠 力士は、相撲界で出世できないまま引退したら社会人としても大成できないといわれています。しかし、本当にそうでしょうか。 ある力士は三十五歳まで頑張りましたが、最高位は幕下で、関取になるという夢を果たすことができませんでした。その間、実に二十年近く、「ちゃんこ番」(ちゃんこ料理をつくる係)をやらされ続けていたのです。 その力士は、引退後、「ちゃんこ料理の腕前を生かそう」と考え、日本料理店で修業をし直し、数年後には自分のお店を出しました。そして繁盛店にしたのです。 重要なのは、男性がみずからの意志で、引退後の人生のあり方を選択し、自分のお店を出して繁盛させるという未来を築きあげたということです。 言い換えると、成功の原因は「因果」の「因」、すなわち「ちゃんこ料理の腕前を生かそう」と考えたことにあったのです。 ですから、運が悪いという人は、まず「因」を見つめ直すことです。自分にとって好ましい「因」を新たにつくり出していけばその人が望む「果」を未来に実現させることが可能になります。 すなわち、運命を変えるというのは、「今の思い」を変えることをいうのです。「今の思い」を変えれば生き方も変わり、未来までもが変わるようになるのです。◆自分にとって好ましい「因」を新たにつくり出そう『「揺るがない心」をつくる101の名言』植西聰 ゴマブックスkk
2020.10.02
欲をあまり持たず、足るを知る心でいれば、おだやかに生きられる。 臨済宗の僧 無住 古代中国の思想家・荘子は、つぎのような言葉を残しました。 「鷦鷯、森林に巣くうも、一枝にすぎず」 鷦鷯(しょうりょう)とは、みそさざいという小鳥のことです。巣をつくるときにはたった一本の枝しか使いません。他の小鳥たちも同じです。しかし、人間は違います。必要な一枝を得ることができても、別の一枝が欲しくなります。別の一枝が欲しくなります。別の一枝を得ると、さらに違う一枝が欲しくなります。 荘子はそのように人間の欲望にはキリがないということを警告しているのです。 無住は、「ぜいたくをつつしみ、素朴な生活の中で自分に満足することが幸福な生き方につながる」とのべています。 マイホームであれ、車であれ、何かを一つ手にしたら、「これで十分」と考え、それ以上ののものを欲しないようにすれば、幸せになれるということです。 常にそういう意識でいれば、「必要最低限のものがあればいい」と思えてくるようになり、所有物への執着がなくなるようになります。 所有物への執着がなくなれば、それに振り回されることもなくなるため、苦悩も減るようになります。苦悩が減れば、心がおだやかになります。 すなわち、その時点で、その人は幸福人生の扉を開けたことになるのです。◆所有物への執着がなくなれば苦悩も減っていく『「揺るがない心」をつくる101の名言』植西聰 ゴマブツクスKK
2020.10.01
何冊もの本を読んでも、 一つの言葉をしっかりと身につけている人にはかなわない。 曹洞宗の僧 良寛 見出しのこの言葉は、「たくさんの本を読んだだけでは意味がない。重要なのは、たとえ数行でも、言葉の意味を的確に把握し、人生の指針にすることである」ということを表しています。 そのいい例が、賄賂の罪を問われたとき、「過ぎたるは及ばざるがごとし」という格言を口にした、ある政治家です。 その政治家は「過ぎたった過去の出来事は、追及しないほうがいい」と言いたかったのでしょう。しかし、ご存じのように、その格言の本当の意味は、「なに事も行き過ぎは良くないということです。 その時、その政治家は、賄賂の罪に問われたうえに、「教養がない」という顰蹙(ひんしゅく)まで買っていました。 この話は、決して他人事ではありません。 たくさんの本を読み、偉そうな口にしても、中味がよくわかっていなければ「中味のない人というレッテルを貼られることになります。 大切なのは、良寛の言葉にあるように、多読よりも一つの言葉の意味をしっかりと把握し、それを人生の指針とすることなのです。◆本に書かれてある言葉の意味はきちんと把握しておこう『「揺るがない心」をつくる101の名言』植西聰 ゴマブックスKK
2020.09.26
己の利を忘れて、他人の利を考えることこそ、慈悲の極みである。 ヨーロッパに、ある少女の物語があります。 その少女は友人と一緒にフルーツパイを手にしながら街を歩いていました。すると、小さな女の子とその弟がうらやましそうにパイを見ていたので、友人が止めるにもかかわらず、少女は女の子にパイをあげてしまいました。 小さな女の子はパイをおいしそうにひと口食べると、「ありがとう」といって、今度は弟にパイを渡しました。 後日、そのことを知った女の子と弟の母親は、少女に感謝してオルゴールをプレゼントしました。それは少女が前々から欲しかったものでした。 この話を通して言いたいのは、喜びというものは与えれば与えるほど、すなわち徳というものを積めば積むほど、いいことがやってくるということです。 私は、この宇宙には「宇宙銀行」が存在すると考えています。人に喜びを与えたり、尽くしたりすると、それが徳となって宇宙銀行へ積み立てられ、満期になると積み立てた徳に利子がついた形で、幸運という形で帰ってくる仕組みになっています。 ですから、いいことをたくさん起こしたければ、徳を積めばいいのです。 この仕組みを知るだけで、人生はみるみる好転していくようになるのです。◆宇宙銀行の存在に気づこう『「揺るがない心」をつくる101の名言』植西聰 ゴマブツクス
2020.09.24
私たちはこの世に裸で生まれてきた。何も所有していなかった。 時宗の開祖 一遍 禅の教えでは、人間は本来無一文で生まれ、死んでいく。したがって、何かにとらわれたり、執着しない無心になることが悟りへの第一歩だと説いています。 一編の言葉は、、そうした教えを受け継いで、「地位、名誉、財産といったものは、この世に生を受けたときはもともとなかったものだから、そういったものを必要以上に追い求めてはならない」ということを表しているのです。 なるほど、地位や名誉や財産といったものがあれば、確かにステイタスが高まったかのような気分が味わえるかもしれません。しかし、それは本人の自己満足にすぎません。その人が死ねば、無用になってしまいます。 けれども、他人に喜びを与えたり、尽くしたり、役立つことをすれば、形に残らずとも、世の中や、人の心の中に、その人の存在が永久に刻まれていくようになります。生きた証を残すことができます。 つまり、大切なのは、その人が何を所有したかではないのです。その人が他人のためにどういう功績を残したかなのです。 死ねば、所有したものは何の価値もなくなりますが、他人に施した功績は後世にまで語り継がれるようになります。幸福で心穏やかな生き方を望むなら、でひとも後者に目を向けたほうがいいと思います。◆生きた証を残そう『「揺るがない心」をつくる101の名言』 植西聰 ゴマブックスKK
2020.09.23
放てば、手にみてり。 道元『正法眼臓』手放されば、手に満たされるものがたくさんある。 人にとって「失う」ということは、とてもつらい経験です。 別れ話を持ち出され、今つき合っている恋人を失うこと。 会社のリストラによって、仕事を失うこと。 収入が減ったために、今までの生活水準をうしなうこと。 何らかの事情で、大切にしていたものをうしなうこと。 しかし、このような「失うこと」を、あまりネガティブに考えないようにするほうがいいように思います。 確かに、人生には何日間も食欲がなくなり、「誰とも会いたくない」といった気持ちにさせられるほど、大きな喪失感を味わうこともあります。 しかし、長い目で人生を見れば、「失う経験」がきっかけで、「自分の人生が大きく、良い方向へ向けて変わった」といえることも多いものです。 たとえば、恋人からフラレてしまったことがきっかけで、よりすばらしい人と新しく巡り合えた-----といったことです。 また、会社をリストラされたことをきっかけに、地方の山村へ引っ越し、そこで農場を始めた。農場経営も順調に運ぶようになり、豊かな自然の中で、以前よりもずっと充実した人生をすごしている----といったことです。 ですから、考え方を変えれば「失う」のは、人生を大きく発展させ、自分をより、大きく成長させてくれるチャンスともなるのです。 ですから「失う」ことを、もっとポジティブに考えてください。「このつらい気持ちを、どうすれば乗り越えられるのか」を。前向きにかんがえてください。 冒頭の言葉には、「手放せば、手に満たされるものがたくさんある」という意味があります。言葉を残したのは、曹洞宗開祖の道元です。 「失う」よりも先に、仏教では、自ら積極的に「手放す」のです。 地位を捨て、財産を捨て、持っている物のすべてを手放して、身一つで仏道へと入ることにより、生きていることのより大きな充実感、達成感が得られるのだ------と仏教は教えます。 一般社会で暮らす人にとっては、そこまで何もかも手放すのは不可能でしょう。 しかし、「放てば、手にみてり」という考え方に学ぶ点は多いようにおもうのです。 たとえば、身の回りから、不必要になったモノを手放してみましょう。 つまり「捨てる」のです。 それだけで、ゴチャゴチャしていた身の回りがスッキリ片付き、とても快適に暮らせるようになるでしょう。 「あれもしたい、これもやってみたい」という夢や願望についても、あまり欲張りにならず、「とりあえず、今は必要ない」といったものを手放してみましょう。 人生の目標がより明確化され、以前よりも充実した生活をすごしていけるようになるはずです。 人は「得る」ことで、大きな喜びを得ます。 しかし「失う」ことも、じつは大きな喜びにつながる経験であるのです。 なぜなら、、「失う」のは、「新しい生き方を得る」ためのきっかけになるからです。 仏教が教えているように、何かを失う、何かを手放すことにより、より豊かなものが手に入る-------というのは事実であると思います。 失うのは、終わりではありません。新しい始まり。なのです。『あなたの心を救う仏教の言葉』植西聰 二見書房
2020.08.16
自分の「理想」を押しつけるとそれにこたえられない相手に腹が立ちます。理想を少し弱め、妥協点をさがしましょう。 結婚したばかりのある女性は、夫へのイライラをつのらせていきます。 夫の仕事が忙しく、帰宅が遅いというのが不満なのです。 毎日、仲良く話をしながら夕食をとることが、彼女の理想の夫婦生活です、そのために、彼女は毎晩、一生懸命夕食を作るのです。 しかし、夫は毎晩、帰宅が遅く、取引先の接待や残業で、食事をすませてくることも多いといいます。そのようなときは、彼女が作った料理に手もつけません。 彼女がつい、イラ立ってしまう気持ちもわかります。 評論家の亀井勝一郎が、参考になるこのような言葉を遺しています。 「理想の夫を得ようとするから失望する(意訳)」 夫にも、仕事や人付き合いというものがあります。自分の理想ばかりを押しつけるから、夫への不満や結婚生活への失望感がつのっていくのです。 結婚生活に限らず、職場や友人との人間関係において、相手が自分の「理想」にそぐわないことで、イラ立つケースは多々あるものです。 このような場合は「理想」を少し弱まるほうがいいのです。 たとえば、彼女のケースであれば、毎晩というはあきらめて「休日は二人で食事ををする」ということを約束事にすれば、夫も無理なく応じられるでしょう。 一方的に自分の理想や要望を押しつけずに、お互いに無理のない妥協案を考えることで、人間関係による怒りの感情は、かなりのケースでやわらぎます。『揺れない、ブレない、動じない 心の乱れを整える9つの習慣』植西聰 永岡書店
2020.08.15
人間、到る処青山あり (月性 『将東遊題壁』)どんな苦難の道を歩もうとも、焼け野原だけが広がっているのではありません。そこには美しい青山もあるのです。つまり、どんな苦境に陥ろうとも、探せば希望が見つかるものなのです。ですから最後まであきらめないで、志を貫いてください。 人生にはさまざまなことがあります。 もちろん、いいことばかりではありません。 順風満帆に出世街道をひた走っていたのに、突然の人事異動で、小さな子会社へ出向させられてしまう。 あるいは、自ら行っていた商売がうまくいかなくなって、生活のために、本来であればやりたくないような仕事をsなければならなくなる。 ----そういったこともあるでしょう。 人生にはそのような、自分の希望とはまったく異なった境遇で追いやられることもあるのです。 しかし、、そこで「もう自分はダメだ。たち直れない」と気持ちを腐らせてしまったら、その人の運勢はますます下がっていくばかりでしょう。 たとえ不本意な境遇へ追いやられたとしても、そこに見出し、前向きな気持ちで生きていってこそ、再び運勢を上昇軌道に乗せて再起することもできるのです。 そこで、気持ちを励ます意味で、読んでもらいたい仏教の言葉が、冒頭に掲げたものです。 「到る処青山あり」というこの言葉は有名ですから、どこかで読んだ覚えのある人もいるかもしれません。 言葉を残した月性は、江戸時代の末に、現在の山口県の浄土真宗の寺の跡取りとして生まれました。 若い頃に長崎へ旅をして、そこでオランダ船を目にします。そこで、「このままでは、日本は外国に征服されてしまう」と感じた月性は、僧侶でありながら、「外国と対抗するために、海軍の軍備を増強する必要がある」と、当時の長州藩の、久坂玄瑞など尊王攘夷の志士たちに説いて回ったと言われています。 この言葉も、尊王攘夷の志士たち向けて語られたものです。 「男子がこの世の中を改革しようという志を持った限りは、苦しい境遇に追い込まれることもあるでしょう。しかし、どんな苦難を道を歩もうとも、焼け野原だけが広がっているのではありません。そこには美しい青山もあるのです。つまり、どんな苦境に陥ろうとも、探せば希望が見つかるものなのです。ですから最後まであきらめないで志を貫いてください」というのが、言葉の意味です。 この言葉にはまた、浄土真宗の寺に生まれた月性の仏教的な精神があふれているといわれています。 「人生には多くの苦難があります。悲しい思いを経験しなければならない時もあります。しかし仏に救われるという希望を失わなければ、必ず明るい、幸せな世界へと導かれるでしょう」という仏教的な考え方です。 「左遷されたから終わり」ではないのです。 「商売がうまくいかなくなったから、もうダメだ」でもありません。 自らが「希望を失った時が終わり」なのです。 言い換えれば、どのような状況に追い込まれても、希望を失わずにいる限り、何度でも再起して、再び、表舞台へ帰り咲くことができます。 「もうダメだ」と感じた時があったとしても、もう一度考え直してみましょう。 何か、今の状況を打開する方法はないものか、考えてみるのです。 聡恵をしぼれば、希望は必ず見つかります。『あなたを救う仏教の言葉」植西聰 二見書房
2020.08.13
人に「布施」をする、つまり、人に喜びを与えるのには、必ずしも、お金は必要ないのです。「無財の布施」という言葉もあります。 この言葉にある「無財」とは、「お金がかからない」ということです。 つまり、「お金をかけずに、人に喜びを与える方法」ということです。 それでは、その方法は何かと言えば、一つは「眼施」です。 もう一つには、「和顔施」です。 いずれもお金はかかりません。 また、その他の方法の中には、「愛語施」というというものがあります。 これは、「愛情にあふれた、思いやりのある言葉を人にかける」という意味を表しています。 これも人に喜びを与える行為であり、相手にとっては非常にうれしいことなのです。 たとえば、思い悩んでいる人に、「どうしたんですか」と、愛情のある声をかけてあげます。 そして、「私は、あなたの味方ですよ」と、思いやりのある言葉をかけてあげることです。 このように、相手に寄り添って、相手のことを思っている言葉をかけてあげるのが、「愛語施」と言っていいでしょう。 相手の良いところを見つけて、 「あなたは勇気がありますね。すごいですね」といったようにほめてあげるのです。 これも、その相手にとっては、うれしい一言になるでしょう。 また、その相手にとっては、自信を植えつけられる言葉になると思います。 そのように人とは「愛語施」でつき合っていけば、人間関係がうまくいくでしょう。◆愛情や思いやりのある言葉をかけてあげる。『考え方を変えれば幸せになれる!』植西聰 海竜社
2020.08.08
仏教の言葉に、「布施」という言葉があります。 布施というと、一般的に、檀家がお寺側に謝礼ととして渡す金銭などと理解されていると思います。 しかしながら、仏教本来の意味でいう「布施」とは、そのような狭い意味に限ったものではありません。 これは、もっと広い意味で、「人に喜びを与えること」ということを意味する言葉なのです。 それには具体的にどのようなものがあるかと言えば、次のようなものです。 たとえば、「眼施」というものがあります。 これは、「人とは、『やさしい眼差し』を持って接する』ということです。 「やさしい眼差し」で話を聞いてあげたり、相槌を打ってあげるだけでも、相手の人は、うれしい気持ちになるものなのです。 従って、人と会ったり、人と話をする時には、「やさしい眼差しで接する」ということだけでも、それは立派な「人に喜びを与える行為」になるのです。 また、「和願施」という言葉もあります。 これは、「『親しみのこもった、やさしい顔』で、人に接する」ということです。 「親しみのこもった、やさしい顔」を向けてもらうだけでも、人はうれしくなってくるものなのです。 従って、この「和顔施」も、「人に喜びを与える行為」の一つになります。 この「眼施」にしても、「和顔施」も、日常生活の中で手軽に実践できることだと思います。 「やさしい眼差し」と「やさしい顔」で人に喜びを与えることは、自分自身の大きな生きる喜びにもなります。◆日常生活の中で『人に喜びを与える行為』を実践する。『考え方を変えれば幸せになれる!』植西聰 海竜社
2020.08.07
◆損をした時は「いい勉強になった」と考える 「損をしたくない」という感情は、誰にでもあると思います。 また、その思いが「お金を大切にする」という心構えにもつながっていくのでしょう。 ただし、「損をしたくない」という思いを強く持ちすぎて、あまりにもケチケチした生き方になってしまうと、それは心の平安を乱す原因にもなりがちです。 たとえば、レストランで食事をしたとしましょう。 そこでの食事は。代金は高かったわりに、それほど美味しくなかったりすると、 「ああ損をした。お金を無駄に使った」と、たちまち心を描き乱されることになります。 映画館に入ったとしましょう。 その映画が、期待していたわりに面白くなかったりすると、 「せっかくお金を支払って映画を観たのに、ガッカリだ。来るんじゃなかった」と、気持ちを荒立ててしまいます。 お金を支払って何かするたびに、こういう有様なのですから、心が安らぐ時がありません。 お金で損をしないようにお金を大切に思う心は大切だと思いますが、一方で「時にお金を損することがあってもしょうがない。いい勉強をさせてもらったと考えればいい」と、大らかな気持ちでいるほうがいいのではないでしょうか。 お金は生活の必需品です。 人は毎日お金を使いながら暮らしています。 ですから、あまりケチケチした考え方でいると、毎日心が疲れ切ってしまうでしょう。 お金に関してはあまりケチケチせずに、ある程度大らかでいる方が、日々安らかに暮らしていけると思います。『平常心のコツ』植西聰 自由国民社
2020.08.02
◆楽天的な自分に変わって、引き寄せる力を強める 「私は心配性だから、いつも将来のことをあれこれ心配して思い悩んでしまう」と言う人がいます。 そして、本人は、「自分のそういう性格を変えることができない」と思い込んでいます。 しかし、実際には、そんなことはないと思います。 自分自身の性格は変えられるのです。 「性格」という言い方がよくないのかもしれません。 「性格」という言葉を使うと、どうしても、「それは持って生まれた先天的なものだから、変えることができない」と考えてしまいがちです。 ですから、「性格」というよりも、「心の習慣」と考えるほうが良いと思います。 「心配性」ということを「自分の性格」と考えるのではなく、むしろ「心の習慣」と思うのです。 「習慣」であれば、自分で変えようと思えば、いくらでも変えることができます。 心配性の人は、将来のことを考える時、マイナス面ばかりを見つけ出してきて悲観的な考えを持ってしまうことが、心の習慣になってしまっているのです。 従って、そんな「心の習慣」を変えればいいのです。 もしマイナス面が見つかったとしても、「あまり心配することはない」「どうにかなるんじゃないか」「問題が起こった時は、その時考えればいい」と考えるようにするのです。 そういう意識をを持つように心がけていくことで、「将来のことを楽天的に考える」ということが「心の習慣」になってきます。 「心配性の自分」から「楽天的な自分」へと少しずつ変わっていくのです。 そして、それがきっかけとなって心がプラスになるので、いいことが引き寄せる力が強まっていくのです。『引き寄せのコツ』植西聰 自由国民社
2020.07.30
周りの人たちから評価されることがなくても、自分で自分が成長していることを実感できれば、そのことで心は満たされていきます。 そういう意味では、たとえ職場などで自分が望むような評価が得られなくとも、プライベートの時間を使って、自分を成長させるような勉強を忘れないことが大切だと思います。 たとえば、何かの資格を取る勉強をしてみてもいいでしょう。 外国語を習得する勉強をしてもいいと思います。 カルチャーセンターなどに通って、教養を高めるような勉強をしてもいいのではないでしょうか。 そのような勉強を通じて、自分という人間が成長しているという実感をみずから得ることができれば、たとえ職場で望むような評価が得られなかったとしても、その欲求不満に苦しめられることはないのです。 アメリカの第3代大統領であるトーマス・ジェファーソン(18~19世紀)は、「思想の成長は、私にとってはお金以上の価値がある」と言い換えられると思います。 つまり、人間的に成長する、ということです。 そして、「お金以上の価値がある」とは、言い換えれば、「それだけ大きな満足感が得られる満ち足りた気持ちになれる」ということでしょう。 自分の成長を実感するということは、その人に、それほど大きな満足感を与えるのです。 ぜひ、人生の成長を習慣づけてみてください。〇自分を高める勉強を忘れない。『「足るを知る」と、幸せになれる』植西聰 扶桑社
2020.07.27
「もっともっと」から解放されると今の自分がいかに幸福であるかということに初めてきづくことができます。 「もっともっと」と欲にとらわれている人は、おそらく、今の自分の生活に不満を抱えていることでしょう。 「今のままでは満足できない。幸せになるためには、もっとお金や地位が必要だ」 そういった気持ちがあると思います。 しかし、欲にとらわれている人は、望んでいたものが手に入れば満足できるのかというと、そうでもない場合も多いのです。 これだけでは満足できない。幸せになるためには、もっとたくさんのお金や地位が必要だ」という気持ちになってきます。 望んでいたものが手に入ったのに、やはり満足できず、「もっともっと」という欲に、さらにいっそう心ををとらわれていきます。 結局、いつまでたっても満足できないまま、人生が過ぎ去っていくのです。 「放てば手に満てり」という禅語があります。 「欲を手放せば、本当の意味での幸福感を手に入れることができる」という意味を表している言葉です。 今の生活に満足できない人は、「もっと」という欲を一度手放してみることです。そうすることで、「今の生活でも、十分に満足だ。今の自分は、すでに十分に幸せだ」と気づくことができるでしょう。 心が安らぎに満たされ、本当の意味での幸せとは何かがわかってきます。『禅トレーニング とらわれない心』植西聰 永岡書店
2020.07.25
その以す所を視、その由る所を観、その安んずん所を察す。▼その人のふるまいを見て、その人の経歴を観察し、その人の落ち着きどころを調べてみよう。このようなところを見ておけば、その人がどのような人柄であるかは、たいがい察しがつくものだ。 初めて会う人に対して私たちは、「この人は、どのような人だろうか」と考えます。言葉づかいや、その人の身なり、服装、あるいは名刺に書かれてある肩書などから、私たちは、その人の「人柄」を想像します。 孔子はまず、その人の「以す所」を見なさい。と言います。これは、その人の「外面的な部分」をさします。 次に、その人が、なぜそのようなことをするのか、その動機はどこにあるのか、考えて見なさい、といいます。 たとえば、目の前にある人物がいるとします。その人物は、言葉づかいもていねいで、礼儀正しく、服装も上等のものを着ています。さて、たしかにその人物は、外見に似合った「立派な人物」なのかもしれません。 しかし、実は、この人物は、心の奥では、人をだまそうと悪巧みを抱いている悪質な人かもしれないのです。それを悟られないために、一種のカムフラージュとして、言葉づかいもていねいに服装も上等なものを着ているかもしれないのです。 「そこのところを、しっかりと見極めなさい」と孔子は言っているのです。 最後の「安んずる所を察す」、これが一番肝心なところです。 その人物の、ふっと気が抜ける瞬間、笑ったり、あくびをしたり、よそ見をしたり、そのような瞬間を見逃すな、と孔子は言います。「気の抜けた瞬間」に、いくら紳士を装っていようとも、その人の本性が現れる、というわけです。 本当にその人物が「立派な紳士」であれば、笑顔にも、またあくびにも、上品さが感じられる。しかし、その人物が「偽物の紳士」であれば、そのような瞬間にこそ、だらしない下品な一面が垣間見えるというわけです。 逆の言い方をすれば、それほど見だしなみが上等ではない人であっても、たとえば笑顔に上品さが感じられる人は、本性が立派であるということでしょう。 ここが、その人物を見極める重要な視点なのです。私たちが日常生活を営むうえで、非常に役立つ実践的な言葉です。『乱れない心をつくる100の言葉』植西聰 ゴマブックスKK
2020.07.23
未来世の一切の衆生は、煩悩の賊の害するところとなる。 『観無量壽経』■人生は、煩悩の害によって、しばしば悪い方向へと傾いていってしまいます。 まず冒頭の仏教の言葉を読んでみましょう。 原典の『観無量壽経』は、大乗経典の一つです。「人生は、煩悩の害によって、しばしば悪い方向へ傾いていってしまいます。というのが言葉の意味です」というのが言葉の意味です。 ここでポイントとなるのは、「煩悩」という言葉でしょう。その意味は、「人間の人生、また心身に害を及ぼす、さまざまな要因」といえるのではないかと思います。 仏教では、人間には、、百八つの煩悩があるといわれています。 大晦日に、お寺で除夜の鐘を百八回つくのは、人間の「百八つの煩悩」を鎮めるため、というのが仏教の考え方です。 ここで、その百八つの煩悩について、一つ一つ説明してくことはできませんが、仏教では、この百八つの煩悩の根本は三つの毒に集約できる、と教えています。 仏教では、これを「三毒」と呼んでいます。 「貪欲(とんよく)」「瞋恚」(しんに)」「愚痴(ぐち)というのが、その「三毒」と呼ばれているものです。 「貪欲」とは、「むさぼる」「欲張る」という意味です。 「瞋恚」とは、「怒りにとらわれる」「人を恨む」という意味です。 「愚痴」とは、「無知」「おろか」という意味です。 この三毒が、人間の運勢を悪化させ、心に苦しみを与える、と仏教は教えます。 「心の安らぎを得たい」「安らぎに満ちた生活を送りたい」といった声をよく聞きます。そういった思いを抱いている人に、生活のヒントとなるのが、この「三毒」という仏教の教えではないかと思います。 この「三毒」に自分の心身が感染されないよう、ふだんから注意しておくのです。 そうするだけで、心は静かな安らぎに満たされるようになります。 それほどたいへんなことではありません。 ①欲張らない ②怒らない ③正しい判断をする この三つのことを心がけるだけでいいのです。 たとえば「お金もちになりたい」と思い。お金を儲けるために一生懸命働くのは、必ずしも悪いことではありません。 ただし、儲かったお金を、自分のためだけに溜め込もうとすると、「貪欲」という毒に感染し、大きな不幸に見舞われます。 儲かったお金を他人のために使えばいいのです。世の中のために、余ったお金を使うようにすればいいと思います。 そうすれば「貪欲」という毒に感染することはありません。 また、自分が思うようにならないことがあっても、相手に怒ったり、相手を恨んだりしてはいけないのです。 そうではなくて、「相手とよく話し合う」、話し合って「お互いに満足できるか解決策を見つける」という習慣を持ってほしいと思います。 そうすれば「瞋恚」という毒に感染することはありません。 また、うまくいかないことがあっても、グチをいわず、いつも前向きに、何が正しいのかを考えるのがいいでしょう。 そうすれば「愚痴」という毒に感染することはありません。 そして「安らぎに満ちた人生」を送っていくことができるでしょう。『あなたの心を救う仏教の言葉』植西聰 二見書房
2020.07.19
自分の考えが及ばない、理解できない出来事など世の中にはいくらでもあるものです。「あり得ない」と思えば、動揺は大きくなるばかりです。 「世の中で起こることは、わけのわからない、理屈に合わないことだらけだ」 俳人であり作家であった久保田万太郎は、このような言葉を遺しています。 たとえば、しっかりと計画を立て、怠りなく準備を進めてきたことでも、いざ始めてみるとあっけなく失敗することもあります。 自分よりも明らかに劣っていると思う人が、大きなチャンスや幸せに恵まれることもあります。 自分は何も悪いことをしていないのに非難され、悪いことをしてきた人が賞賛されることもあります。 確かに、世の中にはこのような「わけのわからないこと」「理屈に合わないこと」がしょっちゅう起こるのです。 逆にいえば、このような事態を経験するときに「あり得ない」「なぜ、どうして」「信じられない」と、いちいち動揺して心をかき乱されていては、平穏に生きていくことなどできません。 ある意味、世の中には思いもよらない、矛盾していることが起こって当たり前という前提に立って生きていくほうが、賢明といえるでしょう。 自分にとって理解できない出来事が起こったときは、驚きはしても「あり得る」と考えてみるとよいでしょう。周囲でどんなことが起ころうとも、自分の夢や希望をまっすぐ見すえて、それに向かって進んでいくことが大切です。『揺れない、ブレない、動じない 心の乱れを整える9つの習慣』植西聰 永岡書店
2020.07.15
物事には、いい面と悪い面があります。心が乱れるような出来事でも、その裏にあるいい面に意識を向ければ心を立て直せます。 仏教の説話に、このようなものがあります。 昔、京都のある寺の門前に暮らしていたおばあさんが天気がよくても、雨が降っても、泣いてばかりいました。 ある日、寺の住職が「あなたは、なぜ泣いてばかりいるのか」とたずねました。 「私には二人の息子がいる。一人は傘屋、もう一人は履きもの屋をやっているが、天気のよい日は傘が売れないから、傘屋の息子がかわいそうで泣けてくる。雨が降る日は履きものが売れないから、履きもの屋の息子がかわいそうで泣けてくる」 この話を聞いた住職は、おばあさんに教えました。 「雨が降ったら、傘屋の息子がもうかると思って喜べばいい。天気がよければ、履きもの屋の息子がもうかると思って喜べばいい」 それから、おばさんは毎日、心穏やかに笑って暮らせるようになりました。 この話は、物事にはかならず、いい面と悪い面があると説いています。 「悪い面」ばかりに意識をとらわれるのではなく、「いい面」に注目することが、心穏やかに笑って生きていくコツと説いているのです。 日常のささいな出来事にも、いい面と悪い面があります。いつも、いい面に意識を向けていく心がけをしていけば、大きな苦しい出来事、悲しい出来事に直面したときも、笑顔を取り戻すことができるのです。『揺れない、ブレない、動じない 心の乱れを整える9つの習慣』植西聰 永岡書店
2020.06.30
現実として受け止めがたい災難にあったとき「天罰だ」と自分を責めないことです。「天の声」として立ち直るきっかけをつかみましよう。 「何も悪いことなどしていないのに、まるで悪いことをした天罰のようにして、ひどい目にあうことがある(意訳)」 これは作家の武田泰淳のことばです。自分の身の上に思いがけない災難が降りかかったとき、たいていの人が、このような心境になるのではないのでしょうか。 たとえば、地震や洪水といった自然災害のために、家に大きな損害を被ることもあります。 突然の災難に見舞われれば、誰でもが絶望的な気持ちになります。何か悪いことをしたわけではありません。正直に、まじめに生きてきたのです。 「もしかしたら、自分が悪いことをしたためにもたらされた天罰ではないか」 このように心が動揺し、天罰として自分を責め、苦しい思いにとらわれてしまう人が多いのも事実です。 しかし、災難を天罰ととらわれると、再起する力がわいてきません。これは「天罰」ではなく、次のような「天の声」と考えることが肝心になります。 「この機会に人生をリセットして、心機一転、はじめから人生をやり直しなさい」 つまり、以前よりも、もっと充実した人生を実現できるだろうという、天からの励ましと考えてみるのです。むやみに自分を責めると、絶望感から抜け出せなくなります。新たな生活を始めるためには、その災難を天罰ではなく「天の声」と考え、割り切る気持ちが大切です。『揺れない ブレない 動じない 心の乱れを整える9つの習慣』植西聰 永岡書店
2020.06.27
失敗という経験には、成功のヒントがたくさん隠されています。失敗しても取り乱さずにそれを次に生かせば、新しい人生が展開します 状況がどうどうあれ、「失敗」をすれば、誰もがショック受けて動揺します。 多大な損失を出したり、取り返しがつかないような失敗をして「なんてことをしてしまったのだろう」と絶望的な気持ちになる人もいます。 仕事の発注ミスや、人に頼まれていたことを忘れるなど、たとえ小さな失敗でも、本人にとって一大事であれば、ひどく落ち込んで、なかなか立ち直れないこともあります。 しかし、失敗をしても、人生はそこで終わったわけではありません。 作家の吉川英治は、このような言葉を述べています。 「失敗は、新しい展開への第一歩である(意訳)」 一度の失敗で取り乱し、絶望したり、クヨクヨと悩み続けたりしていては、それこそ「そこで終わり」になってしまいます。 大切なのは、そこで心を落ち着かせて、失敗をしっかりと次へ生かすことなのです。 失敗をしてはじめてわかる、さまざまな知識やノウハウ、フォローをしてくれる人との関係など、失敗という経験から得られるものがたくさんいます。 失敗をしたときは「次こそは」と考えてみましょう。 失敗から得たものを土台に新しい一歩を踏み出すことで「あのときの失敗があるから今がある」といえる本来の成功につながっていきます。『揺れない、ブレない、動じない 心の乱れを整える9つの習慣』植西聰 永岡書店
2020.06.26
その人ならではの才能を発揮して、個性的な生き方をしていく人は、時に、周りの人たちから悪い印象を持たれることがあるかもしれません。 いい意味でも、悪い意味でも、「普通の人とは違う人」というのは誤解を受けやすいものなのです。 たとえば、会社の会議で、他の人たちが考えつかないような個性的な意見を発表したところ、周りの人たちから称賛されるどころか、「くだらない」だとか「わがままな意見だ」と言われてしまった、といった経験を持つ人もいるかもしれません。 しかし、時に、悪い印象を持たれたり、誤解されるようなことがあっても、それでも自分の個性は大切にしていくほうがいいと思います。 実業家として成功した人物に、松下幸之助(1894~1989年)がいます。 現在のパナソニックを創業し、「経営の神様」とも呼ばれ尊敬を集めました。 この松下幸之助は、「自分は自分である。何億の人間がいても自分は自分である。そこに自分の自信ががあり、誇りがある」と述べました。 周りの人たちから、時に、どう思われようが、どう言われようが、「自分は自分であるという自信と誇り」を忘れてはならない、ということです。 この「自分は自分である」とは、「自分ならではの個性」ということでしょう。「自分ならではの意見、自分ならではの行動、自分にしかできない生き方を持って生きていくことが大切」ということです。 自分らしく生きていくことに、そのような「自信と誇り」を持つことで、人生の成功を手にすることができる、ということでもあるのでしょう。 逆の言い方をすれば、自分に自信や誇りを持っていないと、せっかくの自分ならではの個性をみずから押し殺してしまうことになりかねません。 個性を大切にするとは、自分自身を大切にするということでもあるのです。〇 周りの人たちからどう思われても、個性を大切にする。『考え方を変えれば、幸せになれる!』植西聰 海竜社
2020.06.16
◆人から感謝されることをしてみる 人のために一生懸命になってがんばると、その相手から「ありがとう」と言ってもらえると思います。 たくさんの人のために努力すると、たくさんの人たちから「ありがとう」と感謝されるものです。 人から「ありがとう」と言ってもらうのは、その本人にとっては大きな喜びになります。「もっとひとのために尽くそう」という励みにもなります。 つまり、人に感謝される喜びが、その人のさらなる行動のエネルギーになってくれるのです。 これが「人のために、がんばる」ということの大切な点の一つになります。 この世の中でエネルギッシュに、活動的に、色々な分野で活躍している人は、共通して「人のために尽くそう」という気持ちが旺盛です。 したがって、その人は、たえず、たくさんの人たちから「ありがとう」と感謝されているのです。 そして、その感謝される喜びを行動力のエネルギーに変えて生きているのです。 ですから、自分のできる範囲で、人から「ありがとう」、と言ってもらえるように生きていくと行動力が高まります。 家族や友人にしても、仕事においても、みんなから「ありがとう」と感謝されるようにすることです。 そうすれば、より積極的に行動できるようになり、たくさんのことを成し遂げて充実した人生を築いていけます。『行動力のコツ』植西聰 自由国民社
2020.06.15
◆失敗から学んで、失敗からはい上がる 人が人生で経験するすることは、すべてが「価値ある経験」と言えるのではないでしょうか。 良いことはもちろん、悪いことであっても、「貴重な経験」になるのです。 銀行経営者として活躍し、経済同友会など経済団体の役職も務めた人物に、工藤昭四郎(19~20世紀)がいます。 彼は、「若い時は、血の気が多いのはやむを得ない。場合によっては足を踏み外して落ち込んでみることも、貴重な経験であろう。だが、それが貴重になるか、愚かになるかは、はい上がる時に何をつかんでくるかにある」と述べました。 若い時に、誰でもが「よし、やってやるぞ」と、血気が盛んなのではないでしょうか。「血気が盛ん」とは、つまり、「熱いエネルギーにあふれている」ということです。 そのために、若い人は、時として、勢い余って大きな失敗をすることもあります。 その時は、本人とすれば、「とんでもないことをしてしまった」と、後悔することもあると思います。 しかし、そんな「大きな失敗をする」ということも、また、その本人にとっては、「貴重な経験」になるのです。 言い換えれば、その失敗を貴重な経験として、「この失敗から何かを学んで、次のチャンスに生かそう」という意識があれば、そこから「何かをつかんで、はい上がる」ということができます。 しかし、いつまでも、ただ後悔してばかりいるのでは、失敗からはい上がってくることはできません。 工藤昭四郎は、この言葉で、後悔ばかりしているのは、「愚かになる」ということだと指摘しているのです。『後悔しないコツ』植西聰 自由国民社
2020.06.14
◆感謝する気持ちが、立ち直る前向きな意欲を作る「失敗する」「挫折する」といったことは、その本人にとっては、「貴重な経験」になります。 そういう意味では、「失敗する」「挫折する」といった経験にも、「ありがとう」と感謝する気持ちを持つことが大切だと思います。「失敗や挫折したおかげで、勉強になることがたくさんあった。おかげで私は成長できた。そういう意味では、本当に、ありがたいことだ」という感謝の気持ちを持つのです。 感謝の気持ちほど、人の心を前向きにするものはありません。「ありがとうございました」という感謝の気持ちを持てば、その本人の心が前向きになっていくのです。 したがって、「失敗する」「挫折する」といった経験に対しても、感謝する気持ちを持つことで、「この経験を乗り越えて、強く生きていこう」という前向きな意欲がわき上がってくるのです。「バカなことをした」「もう立ち直れない」「何もしないでいればよかった」 と、後悔しているだけでは、このような前向きな気持ちが生まれてはこないのです。「失敗する」「挫折する」といった経験は、もちろん、良い出来事ではありません。 落ち込んだり、悩んだりしてしまうものだと思います。 しかし、そのようなネガティブな感情に流されたままでは、後悔の念から抜け出せないのです。 後悔の念から抜け出すためにも、「失敗する」「挫折する」といった経験に「ありがとう」と感謝してみることが大切です。『後悔しないコツ』植西聰 自由国民社
2020.06.12
◆相手にしないことで、勝ちをおさめる 頭にくるようなひどい言葉を投げかけてくる人がいます。 そのような人は、こちらを挑発している可能性を考えられます。 人の心をかき乱し、怒らせようとしているわけです。 そうやって、その人は、他人が仕事に集中できないようにしてやろうと企んでいるのです。 嫌な思いをずっと引きずらせて、人生を楽しめないようにしてやろうと狙っているのです。 そんな人の挑発に乗ることはありません。 挑発に乗って、こちらが感情的になってしまったら、それこそ相手の思うツボになるだけなのです。 こういう時の、もっとも良い対処法の一つは、「相手にしない」ということです。 相手にしないことによって、自分の心の平静を保っていけます。 そして、相手は、きっと、気持ちが空回りして悔しい思いをすることになるでしょう。『孫子の兵法』(古代中国の兵法書・紀元前5~4世紀頃成立)に、「戦わずして、相手を負かすことこそ、最善の兵法である(意訳)という言葉があります。 思わず頭にくるような嫌なことを言ってくる相手にも、この「戦わずして勝つ」という兵法を取るのが賢明だと思います。 つまり、相手の挑発に乗らないで、相手にしない、ということです。 戦わない、相手にしない、ということが、最終的には自分自身の「勝ち」につながるのです。 また、「勝ち」とは、自分の心の安らぎを乱されないということでもあるのです。『不動心のコツ』植西聰 自由国民社
2020.06.11
◆「自分だけのため」の人は、意外と心が弱い「あの人のために、がんばろう」と思うことで、積極的に行動できるようになります。 その「あの人」とは、たとえば、家族です。 恋人や友人とという場合もあるでしょう。 同じ仕事に携わる仕事仲間や、あるいは、取引先の担当者でもあると思います。 人生の恩人や学校時代の先生でもあると思います。 そんな愛する人、世話になっている人のために「がんばろう」と思うことで、積極的に行動していくための力がわいてくるのです。 また、「あの人のために」と思う相手がたくさんいればいるほど、行動力が増していきます。 人の中には、「他人のためにがんばるなんてバカらしい。自分のためにだけ生きていく」と考えている人もいるかもしれません。 しかし、そのようなエゴイスティックな人は、実は、心が弱い人なのです。 何か大きな障害に直面した時、その障害を乗り越えていくだけの精神力を保つことができないことが多いのです。 結局、そこで挫折したり、意欲を失ったりしてしまいがちです。「自分のためにだけ」と思いながらも、その自分をみずからやる気のない人間にしてしまい、みずから自分を不幸にしてしまうことにもなりかねません。 むしろ人は「あの人のために」にと思うことで、みずから実り多くの人生を築き上げていくために、より積極的に行動できるものです。 したがって、自分のやる気と行動力を引き出してくれる「あの人」とは誰なのか改めて考えてみて、その相手の存在を大切にしていくことが大切です。『行動力のコツ』植西聰 自由国民社
2020.06.08
◆才能がなくても、継続力さえあれば成功できる 目標を成し遂げるためには、「継続力」が必要になります。 途中で物事を投げ出したり、あきらめたりすることなく、継続的に行動していく力です。 アメリカの第30代大統領は、カルビン・クーリッジ(19~20世紀)という人物です。 このカルビン・クーリッジは、「この世に継続に勝るものはない。才能も、教育も、継続に勝ることはできない。継続と決意こそが絶対的な力である」と述べました。 あることについてコツコツと努力を続けていけば、たとえ才能に恵まれていない人であっても、あるいは、高学歴ではない人でも、目標を成し遂げることができます。すなわち、満足のいく人生を実現することができるのです。 そういう意味で、カルビン・ターリッジは、「才能も、教育も、継続に勝ることはできない」と述べたのです。 言い換えれば、たとえ才能がある人であっても、高い学歴がある人であっても、あきっぽかったり、意志が弱かったりして、継続的に行動できない人は、大したことを成し遂げることはできないということなのです。 したがって、成功できるかどうか、幸福にになれるかどうかの、もっとも基本的な要因は、この「継続力」にあると言ってもいいのです。 どんなことがあっても、心がくじけることなく、継続して行動していく力がある人は、いつか必ず、栄光ある到達点に行き着くことができます。 とにかくそれまでは、あきらめないことが大切です。『行動力のコツ』植西聰 自由国民社
2020.06.05
◆不安に振り回されていては、夢や願望は実現できない 自分の夢や願望に向かって行動を起こそうという時は、多かれ少なかれ誰もが不安を覚えるものです。「うまくいくだろうか」「失敗してしまうのではないか」といった不安です。 ある意味、そのような不安を感じることは、人間の自然な感情であるとも言えます。 しかし、そのような不安にいつまで振り回されてしまうことは良いことではありません。 不安にいつまでも振り回されてしまうと、行動することにどんどん臆病になっていくからです。 そして、そのまま行動せずに終わったり、たとえ行動を起こしたとしても、その行動力は弱々しいものになってしまいがちなのです。 そして、そのために、夢や願望は実現できません。 人生も不本意なものになってしまいます。 西洋のことわざに、「強固な決意は不安をはねのける」というものがあります。 このことわざにある「強固な決意」とは、「必ずやり遂げる」「絶対に成功する」という決意です。 そのような強い決意を持てば、不安を振り払って、自信を持って行動していくことができます。 人間の運命というものは、その人の意識の持ち方で大きく変わっていくものです。 難しい状況にあっても、強固な決意を持って行動すれば、夢や願望を実現して幸せに生きていけます。 しかし、一方で、容易な状況であっても、不安に振り回されている意識の状態では、夢や願望を実現することができないのです。『行動力のコツ』植西聰 自由国民社
2020.05.11
◆失敗して痛い目を見ないために、自分の実力を知る 中国の古代思想家である老子は、「つまだつ者は立たず、跨ぐ者は行かず」と述べました。 この言葉にある「つまだつ」とは、「爪先たって、思いっ切り背伸びする」ということです。 これは、言い換えれば、「自分の能力ではとても達成できないようなことを高望みして、背伸びをする」という言葉を表しています。 一方で、「跨ぐ」とは、「大股を開いて、飛び越える」ということです。 これも、ある種の比喩的な表現であって、「自分の実力では、到底飛び越えないような障害を、見栄を張って、大股を開いて飛び越えようとする」ということを言い表しているのです。 つまり、そんなふうにして、自分の能力以上のことを高望みし、また、自分の実力以上のことをやろうとすれば、「立たず」、つまり、「失敗して転んでしまう」ということなのです。 また、「行かず」、つまり、「先へは進んではいけない」ということを指摘しています。 したがって、老子は、この言葉で、「自分の能力や実力はどの程度のものなのかを正確に把握し、その能力や実力の範囲で行動していくことが大切だ」ということを指摘しているのです。 それが大きな失敗をしてしまわないコツなのです。 また、がんばっているのに前に進んでいけないという無駄な努力をしないで済むための方法なのです。 自分の能力や実力の範囲で、地道に、段階的に行動していくことが成功への道です。『行動力のコツ』植西聰 自由国民社
2020.04.03
◆「考えず、反省しない」では、努力が報われない 願望を叶えるためには、日々、三つの段階を繰り返しながら行動していくことが大切です。それは、①考える②行動する③反省する という三つ段階です。 まずは、「目標を達成するために、もっとも効率的で的確な行動は何か」ということを考えます。 そして、そこで考えたことを、実際に行動に移します。 その後に、その行動は本当に効率的で的確なものであったのか反省するのです。 この「考え、行動し、反省する」ということを今日一日の生活の中で、あるいは今週一週間の仕事において、何度も繰り返していくのです。 そうすることで、反省したいことは、次の行動へと生かされていきます。 その結果、より効率的で、より生産的な行動を取れるようになるのです。 何も考えないまま行動すると、余分なエネルギーを使うことになります。 また、行動した後に、何も反省しないまま終わらせてしまうのはもったいないことです。考えず、反省しない、というのでは、「考え、行動し、反省する」という好循環を生み出していくことはできません。 そのため、がんばって動いているわりには、あまり前進しない、という事態に陥っていくことになります。 それでは、せっかくの努力が報われません。『行動力のコツ』植西聰 自由国民社
2020.03.25
◆自分の長所を人のために生かす「人から期待されている人は、より積極的に行動するようになる」ということは、心理学でもよく知られています。 心理学に、「自己効力感」という言葉があります。「自分が持っている能力や人間性に信頼を置く心理」のことを言います。 わかりやすく言えば、「自分は何でもできる」「自分は難しいことでも乗り越えていける」「自分は人のため、世の中のために貢献できる存在だ」という意識を持っている、ということを示しています。「人から期待される」ということを実感すると、その人の心の中では、この「自己効力感」がより強くなるのです。したがって、「私は何でもできるという自信があるからこそ、より積極的に行動できる」「私は難しいことでも乗り越えていけるという自分への信頼があるからこそ、難しい局面にある人を助けるために行動を起こせる」「私は人のため、世の中のために貢献できる存在だという確信があるからこそ、さらに人のため、世の中のために貢献していこうと行動する」 このように自己効力感が高いほど、行動的に生きていけるのです。 では、どのようにすれば、この自己効力感を高めることができるかと言えば、その方法の一つに、「自己の長所を意識する」「自分の長所を生かす」ということが挙げられます。 自分の長所は何かを考え、その長所を人のために生かすように努力します。 そうすれば、周りの人たちから期待されるようになり、そして自己効力感がアップして、より積極的に行動できるようになります。『行動力のコツ』植西聰 自由国民社
2020.03.20
◆転んでも泣くことなく、立ち上がって生きていく イソップ物語に、『ロバとカエル』という話があります。 背中に薪を積んで運んでいるロバがいました。 そのロバが、沼を渡っていた時です。 ぬかるみに足を取られて、そのロバは転んでしまいました。 背中には重い薪が縛りつけられている上に、足元がぬかるんでいるために、そのロバは立ち上がれなくなってしまいました。 そのロバは悲しんで泣いていました。 すると、そこに一匹のカエルが出てきて、こう言いました。 「ロバさん、転んで、ちょっと泥まみれになってくらいで、悲しんで泣いているようではダメですよ。僕たちカエルのように長い間泥水の中で生きていくことはできませんよ」と。 この話は、つまり、「ちょっと辛い思いをすることがあったとしても、それを嘆いてばかりではいけない。そこから立ち上がって、逞しく行動していくことがことが大切だ」ということを指摘しています。 また、この話で、カエルは、「僕たちのように長い間泥水の中で生きていくことはできない」と述べていますが、この意味は、「恵まれない環境の中でも、それを嘆くことなく、文句言うことなく、平常心でたんたんと行動していくことが大切だ」ということだと思います。 人生では「恵まれない環境」に置かれてしまうこともあります。しかし、その中でも継続して努力をしていくことが大切なのです。 そうすることで、最終的には、すばらしい人生を築き上げていくことができます。 このイソップの話は、そのことを教えてくれます。『行動力のコツ』植西聰 自由国民社
2020.03.15
◆不安に思っていることなど、実は「妄想」にすぎない 仏教の言葉に、「無念無想」というものがあります。 この言葉は、「邪念を捨て去って、無心の境地になる」という意味をあらわしています。 「どうしても迷いから抜けきれない」「迷ってばかりいて、なにもできない」 といった人は、この仏教の言葉である「無念無想」を心がけるのがいいと思います。 無念無想の境地になるには、まずは「何も考えない」と自分で心がけながら、今やるべき目の前のことにとにかく集中することです。 将来的に「もし、うまくいかなかったら---」だとか、「本当に利益になるのか---」などと不安に思うことがあるかもしれません。 しかし、それは先々のことであって、将来的にどうなるかはわからないのです。「わからないことについて考えない」というのが仏教の教えです。 したがって、とにかく今やるべきこと、目の前のことだけに集中します。 そのようにして手や体や頭を動かして行動していると、それまでに不安に思っていたことなど、あまり大きな問題ではと気づくことも多いのです。 仏教では、将来についての不安など、人が作り出す妄想にすぎないと考えます。「妄想」とは、現実に起きていることではないということです。 人が不安に思うことなど、実際にはほとんど起こらないのです。 したがって、そんな不安という妄想に惑わされるのではなく、たんたんと行動していくことが大切です。これが仏教の教えなのです。 この仏教の教えも参考にして、「迷ったら行動する」と心がけることが大切です。『行動力のコツ』植西聰 自由国民社
2020.03.10
◆澄んだ水をいれていけば、濁った水も澄んでいく 次のようなたとえ話があります。 ビンの中に、濁った泥水が入っています。 そこに澄んだ水を少しずつ入れていきます。 そうすれば、ビンの中の水はだんだんと澄んだ水になっていきます。 このたとえ話にある「濁った水が入っているビン」は、ちょうど「不安や心配や恐怖といったネガティブ感情で一杯になった人の精神状態」のたとえなのです。 そして「澄んだ水」とは、「ポジティブな情報」のたとえ話です。 そんな「ポジティブな情報」を心の中に入れていくことで、不安や心配や恐怖といった感情は薄らいでいきます。 そして、そういったネガティブ感情に振り回されることなく、積極的に行動できるようになるのです。 では、「澄んだ水を入れる」「ポジティブな情報を入れる」とは、どのようなことかと言えば、それは、たとえば、「必ずできる」と自分自身に言い聞かせることです。 あるいは、「自分の能力を信じる」ということです。 また、「過去の成功体験を思い出す」ということも、その一例でしょう。 その他にも、「自分は幸運に恵まれている」と信じることも、自分の心にポジティブ情報を入れることになります。 このようにして、心の中に良い情報をどんどん入れていくことで、心が澄んできて、迷うことなく純粋な心で行動できるようになります。 そうすれば、力強く前へ進み、夢や願望にグングンと近づいていけるのです。 そして、充実した人生を送ってもいけるようになります。『行動力のコツ』植西聰 自由国民社
2020.03.08
◆不安感を上回るイメージが行動を生む 旺盛なチャレンジ精神は、「楽しい夢」から生まれます。「こんなことをしてみたい」という願望を持ったとします。その際には、「やりたいことに向かってチャレンジすることは、どんなに楽しいだろう」「やりたいことを実現した時は、素晴らしい感動に心が満たされるに違いない」 といった楽しい夢に大きく胸をふくらませるのです。 そんな楽しい夢が大きければ大きいほど、やりたいことに向かって積極的にチャレンジしていけるようになります。 また、力強い行動力も生まれるのです。 もし「やってみたいことはあるけど、自分には無理じゃないか」と不安を感じるようなことがあったとしても、その不安を上回るくらいの楽しい夢で心の中を一杯に満たすのです。 そうすれば、その不安感も薄らいでいきます。 むしろ、楽しい夢で心の中を満たしていくと、「いや、自分なら必ずできる」という確信が生まれてくるのです。 そんな強い確信も積極的な行動力を生み出す源泉になります。 ですから、やりたいことがある時には、とにかく、それを実現するに当たっての楽しいイメージが意識的に持つように心がけることが大切なのです。 自分が努力している姿、色々な幸運に恵まれている時の姿、やりたいことが実現し、みんなから祝福されている自分の姿---といった楽しいイメージで心の中を満たしていくのです。 そうすれば、意欲と、そして行動力が高まっていきます。『行動力のコツ』植西聰 自由国民社
2020.03.07
◆悲観的な人は、苦しい状況で心が折れやすい。 人生は山あり谷ありです。 いいことばかり続くわけではありません。「こんな夢を成し遂げてみたい」と思い、その夢に向かって行動していく途中でも、壁に突き当たったり、苦しい状況に追い込まれてしまうこともあるでしょう。 そのような壁や、苦しい状況を乗り越えてこそ、「継続力がある人」だと言えるのです。 逆の言い方をすれば、継続力のない人は、壁や、苦しい状況に直面すると、そこで心が折れてしまって、それ以上努力をを続けていくことができなくなってしまうのです。 では、どのようにして、その壁や、苦しい状況を乗り越えていけばいいのでしょうか。 その方法の一つに、「楽天的になる」ということが挙げられます。「壁があるからこそ、やりがいがあるんだ。自分の力を試してみることができるんだ」「この苦しい状況が自分を鍛えてくれる。この経験によって、自分はいっそう強い人間になれる」 と前向きに考えてみるのです。 そう考えることで、人生の山や谷を逞しい精神力で乗り越えていけるのではないでしょうか。 最後のゴールまで継続して行動し続けることができる人は、皆このような「楽天的な精神」を共通して持っていけるようにです。 悲観的な考えを起こすと、そこで気持ちが切れてしまうことになりかねません。『行動力のコツ』植西聰 自由国民社
2020.03.01
願望を叶えるためには「行動する」ということが必要になります。「こんな自分になりたい」「あんなことを成し遂げてみたい」と、頭の中で考えているだけでは、その願望を実現させることはできません。 その願望に向けて足と手を動かして一歩踏み出さなければならないのです。 しかし、その「一歩踏み出す」ということが、なかなかできない人がいます。 その理由は様々です。「今、忙しいから、できない」「他にやることがある」「よく考えてからでも、遅くない」 しかし、そのような言い訳をして行動することを先延ばしにしたまま、結局は何もしないまま終わってしまう、というケースもあるようです。 せっかく「こんなことをしたい」という願望をもったのに、まったく行動を起こさないまま終わってしまうのでは、非常にもったいないことだと思います。 また、その本人も、後になってから、「やっぱり、あの時、願望実現に向けて行動を起こしておくべきだった」と後悔することになるのではないでしょうか。 したがって、本書では、まず、一歩踏み出して行動始めるためのヒントを色々な角度から解説しています。 一方で、最初の一歩を踏み出したものの、到着点にたどり着く前に、あきてしまったり、途中で投げ出してしまったりする、ということもあります。 困難に直面して、挫折してしまうこともあると思います。 そうなると、それまでの努力が水の泡になってしまうのですから、これもまたもったいないことだと思います。 したがって本書では、どうすれば到着点まで行動を継続していけるのか、ということに関しても様々なアドバイスをしています。 行動を継続していく段階で、たとえ失敗したとしても、その人は能力的にも、人間的にも成長していきます。 そして、その本人も、自分が成長していることに大きな喜びを感じられるようになるものです。 逆の言い方をすれば、何も行動しないでいると、何の成長もありません。 現状維持のままです。前進もなければ、成長もありません。 それでは生きていて、あまりにも寂しいのではないでしょうか。 行動すれば何かが生まれます。動けば何かが得られるのです。 それは、その人を幸福にしてくれる「何か」だと思います。 本書が、そんな「何か」を生み出し、「何か」を得るためのお役に立てば、著者とすればうれしい限りです。 著者 『行動力のコツ』植西聰 自由国民社
2020.02.27
あなたにとって大切なものはお金ですか?それとも快適な住宅? おいしいものが食べられる環境こそが大切かもしれません。 情報や刺激に満ちた現代では、 いろいろな誘惑に心が惑わされてしまいます。 でもそれらは、本当に大切なものでしょうか? たとえまわりの人がいい暮らしや、ありあまるお金を手に入れても、 それは絵に描いた餅かもしれません。 あなたにとって大切なものを、いま一度見つめ直してみてください。 現実は、夢ではないのです。どんな誘惑も、苦しみも、 あなたの前に現れる現実なのです。 自身の手でつかみ取るために、きちんと現実を見つめることです。『シスターからのおくりもの 心を包む53のことば』中村靖 グラフ社
2019.12.31
人は死ぬために生まれてきます。 信仰の目で見ると、永遠に生きるために今を生きる ということになるのですが、生きることをまっとうする ためには、誘惑や苦しみに遭っても、 自分をさらけ出すことが大切になってきます。 余分なものをはぎ取って、最後に残されたもの。 それこそが自分自身であり、本当に大切なものなのです。『シスターからのおくりもの 心を包む53のことば』中村靖 グラフ社
2019.12.30
新しく配属された後輩やお友だち、あるいは家族が「わたしの言うことを聞いてくれない」と肩を落とすような ことがあったら、「水」を思い出してください。 水はつかむことができません。包むものです。 人の心も、おんなじです。包むことで、 相手が耳を傾けてくれるようになるのです。『シスターからのおくりもの 心を包む53のことば』中村靖 グラフ社
2019.12.29
人の心は、凍らせてしまったら動くことはありません。 わがままを言ったり、相手のことを気遣わないでいると、 人の心はだんだんと硬く固まっていくものです。 そのことを最初に最初に気づいているかどうかで、 人との接し方が変わってくるはずです。『シスターからのおくりもの 心を包む53のことば』中村靖 グラフ社
2019.12.28
人はだれかとつながっています。 だれかを助け、また助けられ、生きています。 このことは、ふだんのくらしのなかで、 みなさんが実感していることでしょう。『シスターからのおくりもの 心を包む53のことば』中村靖 グラフ社
2019.12.27
ものごとが思うように進まないと悩んでいるとき、 いま一度、自分の心を見つめてください。 そこにおごりはありませんか? 「できる」と思っているからうまくいかないし、悩むのです。 「もともと自分のはできないもの」と思ってごらんなさい。 謙虚さが力となって、できるようになるはずです。『シスターからのおくりもの 心を包む53のことば』中村靖 グラフ社
2019.12.26
人の心はこの空間と同じです。 光に照らされるとゴミが浮き彫りになるでしょう? だれにでも心に濁りがあります。 神様の前では、 それらのすべてのものが照らし出されてしまいます。『シスターからのおくりもの 心を包む53のことば』中村靖 グラフ社
2019.12.25
楽しいことが終わったからといって、 なぜ悲しむことがあるのでしょう。 楽しかったと喜びをもっていればいいだけのこと。 それに、終わりは同時に始まりでもあるのです。『シスターからのおくりもの 心を包む53のことば』中村靖 グラフ社
2019.12.24
傷つくことは、悪いことではありません。 傷ついたとき、人は苦悩します。 そして、幸せとはなんであるかに気づくのです。 『シスターからのおくりもの 心を包む53のことば』中村靖 グラフ社
2019.12.23
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