ことさら傑作と言いたてるつもりは無い。ウェルメイドな秀作と呼ぶのもふさわしくはないだろう。だが、是枝裕也監督が撮った、『誰
も知らない』には、最近の映画が失いつつある「生きた顔」が確実に存在している。いとも簡単に消費されてしまう顔ばかりが氾濫している中にあって、『誰も知らない』に登場する子供たちの顔は、とても貴重だといってよい。殊に、夭折の雰囲気を漂わす主人公、柳楽優弥の顔が圧倒的に素晴らしい。
素晴らしいといっても、映画の舞台は、現代の東京だから、アッバス・キアロスタミの映画に登場する子供たちの純粋無垢な顔とは違う。深い孤独と絶望感を受けとめられる強い意思を持った主人公の顔が、息を飲むような繊細さで観る者に迫ってくるのだ。
カンヌ映画祭で審査委員長を務めたクェンティン・タランティーノに絶賛され、史上最年少の若さで最優秀主演男優賞を受賞した柳楽優弥の顔を瞳に焼き付けるだけでも、この作品を観る価値はある。
冒頭から「顔」のことばかり述べてきたが、もちろん、『誰も知らない』にもストーリーは存在する。
自由奔放な恋愛を重ねることでしか生きられないYOU演じる女性は、それぞれ父親の違う5人の子供たちの母親である。そして、柳楽優弥演じる明は、彼らの長男であるとともに父親代わりでもあるのだ。戸籍すらない彼らは、学校に行くことさえ禁じられている。社会的には「誰も知らない」、つまり「無」の存在なのである。
ある日、母親は僅かなお金と書置きを残し、姿を消す。新しい恋人のもとへ去っていってしまったのだ。明たちを襲う極貧の生活。その後に訪れる幼い妹の突然の死。12歳の明は、弟、妹を守る責任をひとりで背負う。アメリカ映画なら、社会批判を織り交ぜた感傷的なヒューマンドラマに仕上がっていたであろう題材の危うさを、是枝裕也監督は聡明に回避して見せる。叙情性に流されたり、溺れたりせずに簡潔な描写で淡々と描くのだ。そこには大人の視線は全く存在せず、主人公、明の視線だけが存在する。
「いつになったら、学校に行かせてもらえるの?」「お母さんは無責任すぎるよ!」と詰め寄る明に、「あんたのお父さんが一番無責任じゃない!」と言い返すYOU。この母親を倫理的に非難することは簡単だし、母親失格なのは言うまでも無い。だが、この女性からは奇妙な純粋さが匂ってくるのである。そんな母親を子供たちも恨んではいない。
一歩間違えればジメジメした暗鬱な物語になりかねない題材を、是枝裕和監督は、乾いた筆致で綴っていくだけで、厳しい境遇に生きる子供たちに手を差しのべようとはしない。その代わり、明の成長が、四季の移ろいと共に丁寧に描かれる。変声期を迎え、身長も伸びた明。ゲームセンターで知り合った中学生たちとの束の間の「友達ごっこ」。登校拒否の少女との出会い。淋しさ、苛立ち、切なさ・・・。
それらをひとつ、ひとつ乗り越え、幼さを残した明の視線が、大人の視線へと変貌するとき、明の心は雲ひとつ無い青空のように澄みわたり、力強い光で満ち溢れている。
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