デラシネの日録

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デラシネ2004

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君の名は。@ 視察が充実していてよかった 順調に進んでいるようですね。学校の取組…
君の名は。@ 貴重な機会 貴重な機会ですね。充実した視察になりま…
デラシネ@ Re:本日も無事に終わる いただいた本を読みはじめた。『ふるさと…
ベルリン日和@ Re:おどろく出来事(03/15) 人とのつながりってありがたいですね。デ…
デラシネ2004 @ Re[1]:あしたは本の発売日(10/04) nanaさん ありがとうございます。きゃ…
2013年03月20日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 飲み会のメンバーは基本研究者の方々。このところ、自分の研究のスタンスに関して、いろいろと悩んでいた。具体的にあんなことをやろうか、こんなことをやろうか。昨年は8年ごしにやりたかったこと、質的研究による論文を書く、授業実践をまとめた本を出すという二つのことをやった。前者は8年もじゃないな、6年くらいだな。そういうわけで、しつこく願い続けていたいたことが、棚ぼた式にかなってしまった。ラッキー。
 それで目標を見失ってしまわないのが、でらしね。やりたいことはほかにもあるのよ、欲深い私。

 たまたま、内田樹の『街場の文体論』を完読していなかったので読んだ。第14講。そこには、いままで「なぞだー」と思っていたことがいろいろと解明されていた。以下、いくつか紹介。
 ・学知は本来集団的な営為だ。専門家同士でどっちができるかと競うよりも、自分のできることをできない人のために役立てることも学問の役割なんだから、そっちをやろう。
 ・学会発表や論文のメタ・メッセージが「私を尊敬しなさい」だったから、いやになった。(仏文関係の学会だったらしい。)そして、ポストやお金や権威などを自分のところに持ってきなさい。パイの分配を決める人にだけ、この言葉が届けばいいと考えている「内向きの言葉」だから、いや。
 ・漱石の『虞美人草』に出てくる3人の青年がそれぞれ学問に対する異なったスタンスを描いている。身に着けた学問を生かすには「みんなのために使う」というスタンス。
 なんていうことが書いてある。第14講は最後の講だが、それまでにも、そういうことがくりかえし書いてある。

 ある狂言師は積極的に学校をまわっていたという話を聞いたことがある。なぜかというと、ファンのすそ野を広げるために。私も考えたことがある。私の研究領域はなぜか、「くわしい」人がいて「くわしくない」人を抑圧するということがよく行われているのだ。「それは国語じゃない」などといって、抑圧するのだそうだ。なんでかわからないけど。なんだか排他的だったりする、窮屈な雰囲気がある。
 しかし、そんなことしてどうしますか。特別な人間でなくたって、だれでもが国語ができなきゃまずいっしょ。大先輩のやすい先生はかく言った。「どんな職業につくんだって、国語はできないとダメでしょ。」ある漁村の中学校で教えていた国語の先生はこういった「『卒業したら、親父の船に乗る』といっている子供にとって、教育を受ける最後の機会だからと思って、がんばっている」


 知識や学問があたかも私有財産のごとくにみなされる時代は終わりつつある。今は過渡期だ。私の周囲の人々は、みな自分の知識や学問について語るとき、メタ・メッセージとして「私を尊敬しろ」とは言わない人々だ。純粋にみな「ねえねえ、聞いて聞いて、おもしろいよ」という感じだ。講義でも私も基本は「おもしろいことを聞いた(読んだ、勉強した、あるいは調べたらわかった)から、話すね」というスタンスだ。そうだ、「ねばならない」でやっても、おもしろくない。そうだ、そうだ。したいことだけしていこう。

 研究費は獲得できなくても、まあ、いいことにしよう。でも、ほしいな研究費。








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Last updated  2013年03月20日 21時30分27秒
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