( 承前 )
三ケ日から再び自転車道に入り、来た道を引き返し、浜名湖と繋がっている猪鼻瀬戸へと向かう。奥浜名湖駅の先の下尾奈から瀬戸までの距離は猪鼻湖一周の4分3位になるから、これを往復した形となるので、距離としては猪鼻湖を一周半したのと同じ位になるでしょうか。一周10km余の小さな湖なので、途中の山登りや迷い道の走行分を加えても大した距離にはならない。半日の銀輪散歩としては程良いものでありました。
湖畔にはアカメガシワがよく目につきました。
これは万葉歌にいう「久木」とされている。
波の間ゆ 見ゆる小島の 浜久木
久しくなりぬ 君にあはずして (万葉集巻11-2753)
という歌なども思い出させる景色であるが、「久木」で有名なのは下の歌でしょうか。
ぬばたまの 夜のふけぬれば 久木生ふる
清き河原に 千鳥しば鳴く (山部赤人 万葉集巻6-925)
上の写真は、姿勢を低くして眺めた景色。普通の目線では下のような景色です。
自転車道は東急リゾートの別荘地内に入ると、サインが十分でなく道に迷いがちになるが、迷って出会ったのがこの城跡。
この地を支配した猪鼻氏、その流れを汲む佐久氏は「鵺退治」の源三位頼政の子孫ということらしい。この地に鵺代という地名のあることも納得であるが、このような伝承もあるそうな。
頼政の矢に射貫かれた鵺の体は三つに分かれて、頭が落ちた場所が「鵺代」、尾が落ちた場所が「尾奈」と呼ばれ、胴が落ちた場所が尾奈駅東方に湖に突き出している胴先半島だというのである。
源三位頼政の子孫と名乗った佐久氏が作り上げた話であるのは、万葉集に「乎那の峰」が既に登場している以上は明らかと言うべきか。尤も、佐久氏だけに作文はお手のもの。万葉の「乎那の峰」は此処のことではなく、別の場所であるという位のことは準備していたのだろうが、そのことは伝わっていない(笑)。
別荘地内の道を抜けて再び湖岸の道となる。やはり自転車道はこうでなくてはいけない。
この先を曲がると自転車道は浜名湖レークサイドウェイと並走する形となる。立派な松並木が暫く続き(まあ、此処は浜松ですからね。)、松並木が途切れた処に一群のケシの花などが咲いていました。
県道310号と交差する処でこの県道を右に入ると瀬戸橋は近いのであったが、そのまま浜名湖レークサイドウェイに沿って直進。浜名湖岸に出る。浜名湖遊覧船乗り場があったが既に営業時間は終了していて乗り場の建物は閉じられ人影もない。隣の野菜果物直売所は営業中であったが用は無し(梨ではない)で、その前で湖岸へと下る坂道に入り、レークサイドウェイの通る新瀬戸橋の下を潜って、県道310号の通る向かい側の瀬戸橋の東詰に出る。
そこから階段を下りて行くと猪鼻神社の祠に行けるのだが、神社は瀬戸橋の上からも遠望できるので、参拝(見学?)は省略です。
神社を撮影して振り返ると新瀬戸橋。この橋から向こうが浜名湖。
瀬戸橋を渡って少し行くと国道301号に出るので、これを右に行くと尾奈、奥浜名湖、三ケ日と先程走ったホテルCLASSEの前に行き着く。そうすれば猪鼻湖を一周する形になるのだが、時刻はと見るとその余裕はなさそうである。ホテルへと引き返すことに。
来る時にも気になった椎の花であったが、少し暮れかかって木間の陰影が濃くなると更にもその白さが目立ち、写真に撮れと言われているような気にも(笑)。椎に強いられて椎の花撮る・・であります。
家にあれば 気にもならねど 草枕(本歌)家にあれば 笥
に盛る 飯 を 草枕東急リゾートの別荘地まで帰って来た処で目にとまったのはエゴノキの花。万葉では「ちさの花」と呼ばれている可憐な花である。「ちさの花」は白いものと思い込んでいましたが、このように桜色というか、薄紅色の花もあるのですね。
「知佐の花 咲ける盛りに 愛しきよし・・」(万葉集巻18-4106)と大伴家持が詠った花であるから、これも万葉の花である。この万葉歌全文は下記参考の記事をご覧下さい。
<参考>「 エゴノキ(ちさ)の花が咲いた。
」2008.5.6.
「 チサの実のさはにぞなれる
」2013.10.24.
無事に夕食の時刻に間に合うようにホテルに帰着です。ということで、本日はここまでとします。また明日お付き合い下さいませ。( つづく )
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