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麻生太郎の行動から自民党の崩壊を見る(総理大臣7日目)今日は、松本純、鴻池祥肇両官房副長官を招いて豪華な和食である(個室は特定できないが写真は雲海のHPからのイメージ)。そして、例によって、はしご。ホテルの3階から36階へのまさに「はしご」である。今日の麻生太郎氏:頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。■午前7時13分から45分まで、東京・神山町の私邸周辺をウオーキング。 午前9時18分、私邸発。39分、官邸着。40分、執務室へ。59分、執務室を出る。 午前10時、閣僚応接室へ。1分、閣議室に移り、閣議開始。22分、閣議終了。23分から26分まで、二階俊博経済産業相。閣議室を出て、27分から31分まで、閣僚応接室で山口俊一元総務副大臣に首相補佐官の辞令交付。河村建夫官房長官ら同席。32分、執務室へ。37分、同室を出て、39分、官邸発。48分、東京・三番町の桂宮邸着。桂宮さまのお見舞いの記帳。51分、同所発。 午前11時3分、官邸着。5分、執務室へ。33分、執務室を出て、34分から41分まで、閣僚応接室前で報道各社のインタビュー。42分、執務室へ。 午後0時8分、同室を出て首相会議室へ。23分、首相会議室を出て執務室へ。 午後2時2分、執務室を出て特別応接室へ。御手洗冨士夫日本経団連会長。17分、同室を出て、18分、執務室へ。25分から30分まで、高田稔久内閣府国際平和協力本部事務局長。45分から午後3時3分まで、漆間巌官房副長官。 午後3時4分から14分まで、安藤裕康駐イタリア大使ら。15分から32分まで、中馬弘毅自民党行政改革推進本部長。 午後4時22分から41分まで、丹羽宇一郎地方分権改革推進委員会委員長。49分から55分まで、坂篤郎前官房副長官補。56分から午後5時22分まで、尾辻秀久自民党参院議員会長。 午後5時35分、執務室を出て、36分から41分まで、閣僚応接室前で報道各社のインタビュー。42分、執務室へ。43分から午後6時17分まで、自民党憲法審議会の中山太郎会長、保岡興治会長代理、中谷元・事務局長。 午後6時37分、執務室を出て、38分、官邸発。41分、東京・赤坂のANAインターコンチネンタルホテル東京着。同ホテル内の日本料理店「雲海」で松本純、鴻池祥肇両官房副長官と夕食。 午後8時34分、松本、鴻池両氏とともに同ホテル内のバー「マンハッタンラウンジ」へ。 午後10時21分、同ホテル発。42分、私邸着。★午前11時34分インタビュー 記者:「米国発の金融恐慌が現実化し、不安感が高まっているが」 首相:「そういったものが大きく波及しないように、いろいろな対策をものすごく注意深く対応しなきゃいかん」★午後5時36分インタビュー 記者:「補正予算案の成立後、衆院解散という日程か」 首相:「消費者庁の話もありますし、テロ特措法の話もありますから、そういった今抱えている問題っていうのがいくつもありますんで、そういったものをきちんと仕上げるというのは当然だと思いますが」
2008年09月30日
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麻生太郎の行動から自民党の崩壊を見る(総理大臣6日目)今日は、めずらしくホテルには行かない日だ。所信表明演説もあったから、さすがのぼっちゃまも疲れたのか。「国権の最高機関による指名、かしこくも、御名御璽(ぎょめいぎょじ)をいただき、第九十二代内閣総理大臣に就任いたしました」何?「御名御璽」?「しんぶん赤旗」によれば、「『かしこくも』とは『恐れ多くも』というへりくだった言い方、『御名御璽』とは公文書に記される天皇の署名と公印のこと」だそうだ。時代錯誤者だね、まったく太郎君は。「日本経済は全治三年と申し上げます。三年で日本経済は脱皮できる、せねばならぬ」えっ!3年間も、何かするつもりなの自民党は?あなたたちはもう政治的致命傷でしょう。「わたしの前に、五十八人の総理が列しておいでです。百十八年になんなんとする、憲政の大河があります」つまり、自分は、侵略戦争をおこなってきた歴代の総理大臣も含めて、天皇陛下の下で総理大臣をするつもりなのか。やっぱり太郎君、あなたには、日本を任せられない。今日の麻生太郎氏:頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。■午前8時23分、東京・神山町の私邸発。53分、官邸着。54分、執務室へ。 午前9時、執務室を出て、1分、閣僚応接室へ。3分、閣議室に移り、臨時閣議開始。15分、臨時閣議終了。16分、閣議室を出て、20分まで、閣僚応接室で、中山恭子前少子化・拉致問題担当相に首相補佐官の辞令交付、記念撮影。河村建夫官房長官らが同席。21分、執務室へ。47分、執務室を出て、48分、官邸発。56分、皇居着。内奏、金子一義元行政改革担当相の閣僚認証式。 午前10時26分、皇居発。34分、官邸着。36分、執務室へ。39分、執務室を出て、40分から43分まで、特別応接室で金子氏の補職辞令交付、記念撮影。河村官房長官が同席。44分、執務室へ。 午前11時23分、執務室を出て首相会議室へ。31分から33分まで、松本純官房副長官。38分、首相会議室を出て執務室へ。53分、執務室を出て、54分、官邸発。55分、国会着。57分、衆院本会議場へ。 午後0時2分、衆院本会議開会。10分、衆院本会議休憩。衆院本会議場を出て、12分、国会発。13分、官邸着。15分、小ホールへ。16分から22分まで、事務次官会議に出席し、あいさつ。22分、小ホールを出て、23分、官邸発。25分、国会着。26分、院内大臣室へ。49分、院内大臣室を出て、50分、参院本会議場へ。58分から午後1時6分まで、第170臨時国会開会式。 午後1時7分、参院本会議場を出て、10分、院内大臣室へ。53分、院内大臣室を出て、56分、衆院本会議場へ。 午後2時2分、衆院本会議再開。所信表明演説。50分、衆院本会議散会。衆院本会議場を出て、54分、参院議長応接室へ。59分、同室を出て参院本会議場へ。 午後3時1分、参院本会議再開。所信表明演説。30分、参院本会議散会。31分、参院本会議場を出て、32分、国会発。34分、官邸着。36分、執務室へ。 午後4時14分、執務室を出て、15分、官邸発。26分、皇居着。内奏。副大臣認証式。 午後6時27分、皇居発。37分、官邸着。38分、執務室へ。52分、執務室を出て、53分から55分まで、階段で新副大臣と記念撮影。56分から57分まで、貴賓室で内閣府副大臣に担当指示。河村官房長官同席。58分から午後7時5分まで、小ホールで初の副大臣会議に出席し、あいさつ。 午後7時6分、執務室へ。28分、執務室を出て、29分から38分まで、特別応接室で大臣政務官に辞令交付。41分から42分まで、階段で大臣政務官と記念撮影。44分から46分まで、閣僚懇話室で河村官房長官。47分から56分まで、大会議室で初の政務官会合。57分、執務室へ。 午後8時13分、執務室を出て、14分から22分まで、閣僚応接室前で報道各社のインタビュー。23分、官邸発。45分、私邸着。★午後8時14分インタビュー 記者:「麻生内閣は選挙管理内閣との声があるが」 首相:「選挙がなかった場合は管理はどうやって、何を管理するのかね」
2008年09月29日
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麻生太郎の行動から自民党の崩壊を見る(総理大臣5日目)今日はホテルオークラの「桃花林」である。麻生氏の資金管理団体「素淮会」の政治資金収支報告書からみると、太郎君は、一昨年の1年間で、銀座や六本木、赤坂などの高級クラブや高級料亭、サロンなどに173回3500万円の飲み食いをしていることが分かったと報道されている。これによると、「組織活動費」のなかの「交際費」名目で、68回、計1277万597円の飲み食い。「組織対策費」としても、44回、計1095万6060円の支出。このなかに、赤坂のカナダ大使館地下一階にある高級プライベートクラブの「会費」38万3250円の支出もあるとか。「調査研究費」でも、「研修会費」という名目で、61回、計1107万1396円。平均すれば、ほぼ2日に1回は、飲み食いし、その合計は3479万8053円に上る。ってことは、1回あたり20万円の豪遊と言うことか。こんなおぼっちゃまが、庶民の心がわかるはずがない。今日の麻生太郎氏:頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。■午前6時44分から7時15分まで、東京・神山町の私邸周辺をウオーキング。 午前8時57分、私邸発。 午前9時9分、官邸着。11分、執務室へ。17分から30分まで、河村建夫官房長官。32分、河村氏、中山成彬国土交通相が入った(中山氏が辞表を提出し、総理は「残念」と受け取る)。36分、中山氏が出た。57分、河村氏が出た。59分、執務室を出て、 午前10時、閣僚応接室へ。1分、閣議室に移り臨時閣議開始。36分、臨時閣議終了。38分、執務室へ。 午前11時24分、執務室を出て首相会議室へ。自民党の細田博之、公明党の北側一雄両幹事長、河村官房長官が入った。 午後0時39分、細田、北側両氏が出た。55分、河村氏とともに首相会議室を出て、執務室へ。58分、漆間巌官房副長官が加わった。 午後1時12分、漆間氏が出た。 午後2時10分、河村長官が出た。 午後3時59分、執務室を出た。 午後4時から34分まで、大会議室で報道各社の論説委員、解説委員らと懇談。河村、松本純、漆間正副官房長官同席。34分、同室を出て南会議室へ。35分から59分まで、民放各社の解説委員らと懇談。59分、南会議室を出る。 午後5時1分、小ホールへ。2分から26分まで、内閣記者会常勤幹事社キャップらと懇談。26分、小ホールを出て執務室へ。39分、執務室を出て、40分から45分まで、閣僚応接室前で報道各社のインタビュー。45分、執務室へ。 午後6時10分、河村官房長官が入った。19分、金子一義元行政改革担当相が加わった。26分、金子氏が出た。40分、河村氏が出た。 午後7時39分、執務室を出て、40分、官邸発。44分、東京・虎ノ門のホテルオークラ着。同ホテル内の中国料理店「桃花林」で秘書官と食事。 午後9時37分、同ホテル発。58分、私邸着。 この日、「毎日」新聞によれば、松本純官房副長官らと情勢調査を分析したところ、自公で過半数獲得が微妙という結果になったという。ただ、自民党候補の多くが支持層に浸透していなかったため、首相は「(選挙運動を)もっとやれば伸びるじゃねえか」と口にし、解散を見送ったという。★午後5時40分のインタビュー 記者:「就任5日目で大臣が辞任。異常ではないか」 首相:「政治家としての気持ちと閣僚としての立場というのは、政治家と閣僚、同じ政治家とはいえ、重さが違うと思います」
2008年09月28日
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麻生太郎の行動から自民党の崩壊を見る(総理大臣4日目)麻生氏の資金管理団体「素淮会」の政治資金収支報告書からみると、太郎君は、一昨年の1年間で、銀座や六本木、赤坂などの高級クラブや高級料亭、サロンなどに173回3500万円の飲み食いをしていることが分かったと報道されている。これによると、「組織活動費」のなかの「交際費」名目で、68回、計1277万597円の飲み食い。「組織対策費」としても、44回、計1095万6060円の支出。このなかに、赤坂のカナダ大使館地下一階にある高級プライベートクラブの「会費」38万3250円の支出もあるとか。「調査研究費」でも、「研修会費」という名目で、61回、計1107万1396円。平均すれば、ほぼ2日に1回は、飲み食いし、その合計は3479万8053円に上る。ってことは、1回あたり20万円の豪遊と言うことか。こんなおぼっちゃまが、庶民の心がわかるはずがない。今日の麻生太郎氏:頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。■午前2時53分、国連総会出席を終え、ニューヨークから政府専用機で羽田空港着。 午前3時5分、羽田空港発。35分、東京・神山町の私邸着。 午前11時26分から57分まで、私邸周辺をウオーキング。 午後1時52分、私邸発。 午後2時6分、皇居着。帰国の記帳。13分、皇居発。20分、官邸着。22分、執務室へ。 午後3時17分、執務室を出て首相会議室へ。18分、河村建夫、松本純、漆間巌正副官房長官が入った。 午後4時4分、首相会議室を出て執務室へ。40分、河村、漆間正副官房長官が入った。53分、漆間氏が出た。59分、河村氏が出た。 午後5時2分、執務室を出て、3分、官邸発。6分、東京・永田町の来栖ビル着。同ビル内の個人事務所。58分、来栖ビル発。 午後6時30分、私邸着。★午後5時3分 記者:「中山国土交通相の発言について聞きたいのだが」 首相:「…」 記者:「任命責任を問う声もあるが」 首相:「…」 記者:「中山氏と話をするのか」 記者:「…」 ニューヨークでしゃべりすぎてきたのかな。
2008年09月27日
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麻生太郎の行動から自民党の崩壊を見る(総理大臣3日目inニューヨーク)今日は、ニューヨーク。今日の麻生太郎氏:頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。■ニューヨークのケネディ国際空港着。 市内のインターコンチネンタルホテル。 オーストラリアのラッド首相と首脳会談。 ラッド首相との共同記者会見。 国連本部で国連総会一般討論演説(麻生首相:「テロとのたたかいに積極的に参画してまいる」(インド洋における自衛隊の米艦船などへの給油活動を続ける意思を誇示)。 アフリカ開発を支援している人気ロックバンド「U2」のボーカル、ボノさんや音楽家のボブ・ゲルドフ氏と面会し、「iPod」をプレゼントされる。 潘基文国連事務総長と会談。 報道各社インタビュー。 食糧危機・気候変動に関する潘事務総長主催夕食会。 イラクのタラバニ大統領と首脳会談。 政府専用機でケネディ国際空港発。★ボノ:「日本は東南アジアで援助・ビジネス両面で地域の発展を助けた。ぜひアフリカでも行うべきだ」 麻生:「アフリカでも頑張って取り組んでいきたい」(「と答えるのが精一杯だった」と、時事通信は伝えている)●一方、自民党の天敵の日本共産党は、「7中総」という会議をおこなったと報道されている。 志位和夫委員長は、「わが党が攻勢的に主張してきた課題が熱い争点になっている。こんなに戦いやすい選挙はない。勝利をつかみ取ろう」と呼びかけている。 また、民主党に対しては、「弱点は財源問題で致命的に表れている。政策課題に22兆円の財源が必要で、政権交代すれば財源が出るというが絵に描いたモチだ。結局、消費税増税に行き着く。政権の担い手だけを代えても日本の明日は開かれない」と攻撃し、「(共産党が唱える)『民主連合政府』が求められる時代に入った。来たる総選挙はそうした歴史的時代の最初の一大政治戦だ。民主党がいうような最後の決戦ではない」とした。ウーン、頼もしい!
2008年09月26日
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麻生太郎の行動から自民党の崩壊を見る(総理大臣2日目)今日は、ニューヨークに旅立つ。その前に、宮家にあいさつまわり。今日の麻生太郎氏:頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。■午前7時52分から午前8時11分まで、東京・神山町の私邸周辺をウオーキング。 午前10時7分、私邸発。23分、東京・東の常陸宮邸着。就任の記帳。27分、同所発。39分、東京・元赤坂の赤坂御用地着。高円宮邸、三笠宮邸、寛仁親王邸、秋篠宮邸で就任の記帳。東宮仮御所で皇太子殿下に就任のあいさつ。 午前11時9分、同所発。19分、東京・三番町の桂宮邸着。就任の記帳。22分、同所発。35分、官邸着。37分、執務室へ。41分、漆間巌官房副長官が入った。49分、河村建夫官房長官が加わった。52分、松本純官房副長官が加わった。55分、漆間氏が出た。58分、河村、松本両氏とともに、執務室を出て首相会議室へ。 午後0時40分、鴻池祥肇官房副長官が加わった。56分、全員が出た。57分、首相会議室を出て執務室へ。58分から午後1時20分まで、佐藤隆文金融庁長官、篠原尚之財務官。 午後1時23分、執務室を出て、27分、官邸発。55分、羽田空港着。 午後2時21分、国連総会出席のため政府専用機でニューヨークへ向けて羽田空港発。(ゼロ泊3日)★午後1時24分から26分まで、閣僚応接室前で報道各社のインタビュー。 記者:「今の気持ちは」 麻生:「改めて責任の重さみたいなものを強く感じたところですけどね」
2008年09月25日
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麻生太郎の行動から自民党の崩壊を見る(総理大臣1日目)今日は、どこで飯食ったのか定かではない。とにかく、高級レストランにも行かず、はしごもしていないようだ。いよいよ、自民党崩壊の第一歩が始まる。さて、今日は、麻生太郎君の集金状況。資金管理団体は、「素淮会」といい、「そわいかい」と読む。昨年のココの収入は1億3650万円で、このうち8470万円が、1回のパーティー収入。この素淮会は、全国の地方に組織を持ち、北海道素淮会、東海素淮会、中国素淮会などの名前が収支報告書には並んでいる。太郎君は、全国から集めたこの資金で、飲み食いをやってます。昨年の素淮会の会合は123回と、実に3日に1回。一日で100万円を超える飲食代が5回もあり、これで総額は約2410万円也。この個人的豪快さが、はたして日本社会を救えるのか。土台無理だね。今日の麻生太郎氏:頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。■午前7時13分から44分まで、東京・神山町の私邸周辺をウオーキング。 午前9時27分、私邸発。49分、国会着。50分、自民党幹事長室へ。50分から56分まで、自民党の細田博之幹事長、笹川堯総務会長、石原伸晃、林幹雄両幹事長代理。57分、同室を出て自民党総裁室へ。 午前10時から7分まで、公明党の太田昭宏代表、北側一雄幹事長ら新役員があいさつ。自民党の細田幹事長ら新役員同席。9分、同室を出て、10分、国会発。13分、東京・永田町の来栖ビル着。同ビル内の個人事務所。57分、来栖ビル発。58分、自民党本部着。59分、総裁室へ。 午前11時、自民党の細田幹事長、保利耕輔政調会長、園田博之政調会長代理が入った。38分、保利、園田両氏が出た。45分、細田氏が出た。総裁室を出て、46分、自民党本部発。47分、来栖ビル着。同ビル内の個人事務所。 午後0時24分、来栖ビル発。26分、国会着。28分、第14控室へ。29分から34分まで、自民党両院議員総会。36分から42分まで、自民党代議士会。55分、第14控室を出て、56分、衆院本会議場へ。 午後1時3分、衆院本会議開会。36分、衆院本会議休憩。衆院本会議場を出て、38分、国会発。42分、来栖ビル着。同ビル内の個人事務所。 午後3時10分、来栖ビル発。13分、国会着。14分、衆院本会議場へ。22分、衆院本会議再開。24分、衆院本会議休憩。25分、衆院本会議場を出て、27分、国会発。29分、来栖ビル着。同ビル内の個人事務所。36分から4時18分まで、薗浦健太郎衆院議員。 午後4時37分、来栖ビル発。42分、国会着。44分、衆院本会議場へ。52分、衆院本会議再開。55分、衆院本会議で第92代首相に指名。 衆院の本会議での首相指名選挙は、記名投票の結果、麻生太郎自民党総裁が337票を得て、首相に指名された。投票総数は478票で、麻生氏は1回目の投票で過半数を得た。このほか、小沢一郎民主党代表は117票、志位和夫共産党委員長は9票、綿貫民輔国民新党代表7票、福島瑞穂社民党党首7票、無所属の平沼赳夫元経済産業相が1票だった。この後、参院も本会議を開き、首相指名選挙を行った。1回目の投票で小沢氏120票、麻生氏108票、志位氏7票、福島氏5票。投票総数は240票で、最多得票の小沢氏も過半数の121票に1票満たなかった。このため小沢氏と麻生氏の上位2人の決選投票が行われ、小沢氏が125票を得て首相に指名された。麻生氏は108票で、白票が7票(共産党票だ!)あった。衆院、参院で違う結論が出たので両院協議会が設置されることに。その為に衆参両院本会議が開催され両院協議会の設置が諮られ、両院協議会で審議された結果、意見の一致を見ず、衆院本会議でこの報告がされ、一致を見なかった場合の処理により、衆院の結論を国会の結論にすることに。まあ、簡単に言えば衆院の議決の優越を定めた憲法の規定でということで、麻生太郎君が第92代、59人目の首相に選出された。投票総数478のうち麻生太郎君337、小沢一郎君117、志位和夫君9、綿貫民輔君7、福島みずほ君7、平沼赳夫君1、でした。次に参議院で同じように投票が行われますが、その結果は小沢一郎君が一位で選出されました。 午後4時56分、衆院本会議散会。衆院本会議場を出て、57分、院内大臣室へ。58分から午後5時4分まで、福田康夫前首相、町村信孝前官房長官、自民党の細田幹事長、大島理森国対委員長。 午後5時5分、院内大臣室を出て、6分から25分まで、衆院の正副議長、議運委員長、与野党各会派に首相指名のあいさつ回り。細田、大島両氏同行。27分から42分まで、参院の正副議長、議運委員長、与野党各会派にあいさつ回り。参院自民党の山崎正昭幹事長、鈴木政二国対委員長同行。45分、国会発。48分、官邸着。49分、執務室へ。49分から午後6時15分まで、河村建夫、松本純、鴻池祥肇新正副官房長官。 午後6時16分、執務室を出て、17分から25分まで、特別応接室で太田公明党代表と与党党首会談。自民党の細田、公明党の北側両幹事長が同席。26分、同室を出て執務室へ。27分、細田幹事長、尾辻秀久参院議員会長ら自民党六役と太田公明党代表らで組閣本部設置。33分、同室を出て、34分、記者会見室へ。35分から57分まで、閣僚名簿の発表と内閣記者会との記者会見。58分、記者会見室を出て執務室へ。 午後7時から2分まで、新閣僚の呼び込み。52分、細田、尾辻、太田各氏らが出た。 午後8時15分から18分まで、ブッシュ米大統領と電話会談(先のないアメリカ国民から批判されている人にシッポ振るんだね)。28分、執務室を出て首相会議室へ。 午後9時12分、首相会議室を出て執務室へ。30分、執務室を出て、31分、官邸発。38分、皇居着。内奏、首相親任式、閣僚認証式。 25日午前0時42分、皇居発。49分、官邸着。50分、執務室へ。59分、執務室を出る。 午前1時から7分まで、特別応接室で各閣僚に補職辞令交付。11分、閣僚応接室へ。15分、閣議室に移り、初閣議開始。29分、初閣議終了。30分、閣議室を出て、31分から33分まで、階段で閣僚と記念撮影(こんな遅い時間じゃあ、化粧の乗りも気になるよね、聖子様)。34分、特別応接室へ。35分から41分まで、三谷秀史内閣情報官に辞令交付。42分、同室を出て執務室へ。47分、同室を出て、48分、官邸発。 午前2時6分、私邸着。★午前9時25分から26分まで、私邸玄関前で報道各社のインタビュー。 記者:「総理大臣指名の朝。お気持ちは」 麻生:「随分長かったような感じもする半面、いろいろありましたんで。ちょっと今の時代を考えると何となく平時じゃなくて何となく乱世みたいな感じの金融やら何やらありますんで、責任というかそういう重さを改めて感じます」
2008年09月24日
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麻生太郎の行動から自民党の崩壊を見る(総理大臣指名前日)今日は、「ホテルニューオータニガーデンコート」。そして、「ホテルオークラ」のバー「ハイランダー」である。HPには、「紀尾井町の広大な敷地にホテルニューオータニの新旧の建物が混在して広がっています。高級ホテルとして昔から地位の高いホテルニューオータニのメインやタワーを中心に、オフィスビルのガーデンコートや日本庭園、チャペル、ショッピングエリア、レストランなどを揃えた、昔ながらの上流階級の贅沢を象徴したような場所です。」と書いてある。太郎さん、まあ、あなたには、「上流階級の贅沢を象徴したような場所」がお似合いのようですね。ところで、この人は、暴言・失言男で有名である。一応振り返ってみておこう。■1983年2月9日 「東京で美濃部革新都政が誕生したのは婦人が美濃部スマイルに投票したのであって、婦人に参政権を与えたのが最大の失敗だった」(高知県議選の応援演説)■2001年4月14日 「自衛隊はみんなが認めている。日本は戦力を保持しないといっても、外国は理解できない。憲法九条二項を『陸海空自衛隊、これを置く』と置き換えればいい」(時事通信社などとのインタビュー)■2001年4月19日 「独断と偏見だが、金持ちのユダヤ人が住みたくなる国が一番いい国じゃないか」「ユダヤ人と挙げて気に入らなければ、アルメニア人でも華僑でもいい。少なくとも日本人の中では(反発は)考えられないと思う」 (01年4月19日、東京都内の日本外国特派員協会で講演)■2001年11月4日 (集団的自衛権について)「権利はあるが使ってはいけない、というのは無理がある。世界中で認められていない国はない」(学習院大学での講演)■2002年1月19日 「一連の構造改革を支えていくために税構造を抜本的に変えるなど、直間比率の見直しなどを含めた税制改正を行う」《消費税増税も検討課題だ》(自民党大会での発言)■2003年1月7日 「基本的には、直間比率を見直さないといけない。広く薄く、が正しい」(自民党本部で会見)■2003年5月31日 (日本の核武装に関する質問に対し)「安さだけでいったら、核の方がはるかに安い」「ミサイル防衛の技術はこの十年で恐ろしく進歩した。日本が専守防衛をやるなら、MDを徹底してやった方がいい」。(東京大学で講演)■2003年5月31日 「創氏改名は、朝鮮人の人たちが『名字をくれ』と言ったのが始まり」《事実のねじまげ》(東京大学での講演)■2005年11月13日 (小泉純一郎首相の靖国参拝について)「祖国のために尊い命を投げ出した人たちを奉り、感謝と敬意をささげるのは当然。首相としても簡単に譲るわけにはいかないと思う」(鳥取県湯梨浜町での講演)■2005年11月21日 「遊就館には何度か行ったことがあるが、戦争を美化するという感じではなく、その当時をありのままに伝えているというだけの話だ」(米ブルームバーグ・テレビの番組)■2005年11月26日 「『大変だ、大変だ』と言って靖国の話をするのは基本的に中国と韓国、世界百九十一カ国で二カ国だけだ」(金沢市内での講演)■2006年1月9日 (シドニーで予定されていた日米豪閣僚級安全保障対話が延期されたことに関して)「シャロン首相の容態が極めて悪く、会議途中でそのままお葬式になると意味がないので延期ということになった」(飯塚市での集会で)■2006年1月28日 「(靖国神社に)祭られている英霊は、天皇陛下万歳といった。天皇陛下の参拝が一番だ」■2006年7月8日 (北朝鮮のミサイル発射について)「(朝鮮労働党の金正日総書記に)感謝しないといけないかもしれない」(広島市内での講演)■2006年9月13日 「地球温暖化を心配する人もいるが、温暖化したら北海道は暖かくなってお米がよくなる」(札幌市での総裁選演説) ■2006年9月14日 「高齢者の85%は周りが迷惑するくらい元気だ」(自民総裁選街頭演説会)■2006年10月17日(「核武装」をめぐる議論を否定せず)「いろんなものを検討したうえで持たないというのも一つの選択肢だ」。(衆院安全保障委員会) ■2006年10月27日 (海上自衛隊艦艇が支援中の米艦へ攻撃があった際は応戦も認められるべきだと見解)「日本が逃げるというのは、同盟関係でいかがなものか」と述べ、応戦も認められるべきだと見解。(衆院外務委員会) ■2007年1月19日 「65歳以上で寝たきり老人や、要介護老人はたった13%。87%は、周りが迷惑するくらい元気が良い。しかも(お金を)持っとる」(愛知県春日井市で講演)■2007年2月3日 「ドンパチが終わった後が大変だというのがイラクで分かった。占領した後のオペレーションは非常に幼稚」(京都市内での講演)■2007年1月26日 「ODAは、我が国外交の重要な手段であります。国際社会の一員としての責務を果たし、かつ、自らの繁栄を確保していくために、ODAを一層戦略的に実施します。「自由と繁栄の弧」形成のためにも、ODAを活用していきます。そのうえで、ODA事業量の100億ドルの積み増し、また対アフリカODAの倍増など、対外公約を達成すべく努めてまいります」(衆院本会議) ■2007年7月12日 「消えた年金」五千万件の突き合わせで年金受給者は「もっともらえるかもしれない。こらぁ欲の話だろうが。それが、何も、いまあせって電話することない」。(兵庫県姫路市で街頭演説)■2007年7月19日 「7万8000円と1万6000円はどっちが高いか。アルツハイマーの人でも分かる」《日本のコメが中国で日本国内よりも高値で流通していることから農産物の輸出を奨励した発言》(富山県高岡市での講演) ■2008年8月4日 「審議をしないとどうなるか。ドイツでは昔、ナチスに一度(政権を)やらせてみようという話になった」(幹事長就任のあいさつで訪ねた江田五月参院議長に)■2008年9月14日 「岡崎の豪雨は一時間に一四〇ミリだった。安城や岡崎だったからいいけど、名古屋で同じことが起きたらこの辺、全部洪水よ」(名古屋市での総裁選演説) ■2008年9月14日 「基本的には消費税10%はいまでも一つの案だ。小福祉小負担、北欧のような高福祉高負担とあるが、日本の落ち着く先は中福祉中負担だ。その場合、消費税10%は一つの目安かと思う」(NHK番組)この他にも、まだまだあるはずだが、今日のところはココまで。今日の麻生太郎氏:頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。■午前8時27分から57分まで、東京・神山町の私邸周辺をウオーキング。 午前10時40分、私邸発。59分、東京・高輪のホテルパシフィック東京着。 午前11時から49分まで、同ホテル内の理髪店「理髪佐藤」で散髪。50分、同ホテル発。 午後0時3分、東京・虎ノ門のホテルオークラ着。同ホテル内の宴会場「メイフェア」で昼食を兼ねた打ち合わせ。51分、同ホテル発。57分、自民党本部着。58分、総裁室へ。 午後1時8分から59分まで、外務省の藪中三十二事務次官、別所浩郎総合外交政策局長。 午後2時16分から32分まで、大島理森自民党国対委員長。同室を出て、33分、自民党本部発。35分、東京・平河町の都市センターホテル着。49分から午後3時23分まで、第7回公明党大会に出席し、あいさつ。 午後3時24分、都市センターホテル発。26分、自民党本部着。28分から49分まで、リバティクラブで党の広報用写真撮影。河村建夫自民党広報本部長同席。49分、河村氏とともにリバティクラブを出て、50分、総裁室へ。 午後4時17分、細田博之自民党幹事長が加わった。49分、河村氏が出た。 午後5時7分、細田氏が出た。9分から10分まで、河村氏。11分、総裁室を出て、13分、党本部発。14分、東京・永田町の来栖ビル着。同ビル内の個人事務所。56分、来栖ビル発。 午後6時、東京・紀尾井町のグランドプリンスホテル赤坂着。同ホテル内の宴会場「サファイアホール」で太田昭宏公明党代表と党首会談。33分、グランドプリンスホテル赤坂発。35分、東京・紀尾井町のホテルニューオータニガーデンコート着。同ホテル内で自民党の細田幹事長、大島国対委員長、公明党の太田代表、北側一雄幹事長らと会食。 午後8時33分、ホテルニューオータニガーデンコート発。41分、ホテルオークラ着。同ホテル内のバー「ハイランダー」へ。 午後10時39分、ホテルオークラ発。54分、私邸着。
2008年09月23日
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頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。(総理大臣指名前々日)今日は、「ざくろ赤坂店」である。やはり、まだ、総理大臣ではないので、向かいのアメリカ大使館には行けずに、日本自転車会館でおさめたのであろうか。「季節の日本料理と、厳選した牛肉を使った伝統のしゃぶしゃぶをお楽しみ下さい。」とHPには書いてある。うまいんだろうなあ。こういうもの食べているから、庶民の生活苦がよくわかるわけだ。ちなみに、当ブログが承知している「ざくろ」とは、コチラ→(2007年10月28日)のこと。いずれにしても、さすがに唸るほどの大金持ちの太郎君。資産総額は、公表されている分だけでも、4億463万円とか。土地は、地元飯塚市や福津市、東京都渋谷区神山町(毎日帰る家はココ。朝のジョギングもココから)、長野県軽井沢町に計43筆、4万平方メートル以上。預金は2500万円。みずからの政治団体への貸付金が2億100万円もあるのには驚かされる。所有株は、麻生グループの中核「麻生」、九州電力、鹿島建設、西日本鉄道、ブリヂストンなど10銘柄、計約29万株。そういう太郎君が総理大臣になったと言うんで、福岡が沸き立っているかと言えばそうではない。当ブログは、麻生太郎氏の行動を監視しながら、福岡県民の庶民の声を発するために、改めて、政治プログラムを起動する。今日の麻生太郎氏:今日は慌しい太郎君でした。短い、短い、総理大臣の始めの始め。頑張れ太郎くん、野党と呼ばれるその日まで。■午後3時1分、自民党本部での総裁選で第23代総裁に選出。4分から14分まで、自民党両院議員総会に出席し、あいさつ。19分、8階ホールを出て、20分、506号室へ。21分から23分まで、麻生選対であいさつ。24分、総裁室へ。24分から35分まで、前総裁の福田康夫首相。36分から47分まで、細田博之幹事長代理。47分、総裁室を出て、48分から49分まで、自民党本部前で支持者にあいさつ。50分、総裁室へ。 午後4時16分、総裁室を出て、17分、自民党本部発。27分、東京・南元町の公明党本部新館着。28分から56分まで、公明党の太田昭宏代表、浜四津敏子代表代行、北側一雄幹事長らと会談。57分、同所発。 午後5時4分、自民党本部着。5分、幹事長室へ。13分、幹事長室を出て総裁室へ。14分から18分まで、総裁のいすに座って報道各社の撮影取材。19分から54分まで、河村建夫自民党広報本部長。56分、総裁室を出て幹事長室へ。59分、同室を出る。午後6時、9階会議室へ。新総裁就任記者会見。29分、9階会議室を出て、30分、幹事長室へ。31分から47分まで、河村自民党広報本部長。49分、幹事長室を出て、50分、自民党本部発。57分、東京・虎ノ門のホテルオークラ着。同ホテル内の宴会場「アスコットホール」で麻生選対報告会に出席し、あいさつ。午後7時9分、同宴会場を出て、10分から14分まで、宴会場「メイプルルーム」で選対秘書会の会合に出席。15分、同ホテル発。25分、自民党本部着。26分、幹事長室へ。石原伸晃幹事長代理ら党新役員の呼び込み。 午後8時、幹事長室を出て、1分から10分まで、総務会室で臨時総務会。11分から12分まで、細田博之幹事長、笹川堯総務会長、保利耕輔政調会長、古賀誠選対委員長の新4役らと記念撮影。14分、同室を出て、15分、幹事長室へ。23分、同室を出て、24分から45分まで、総裁応接室で党役員会。46分から50分まで、尾辻秀久参院議員会長。51分、総裁応接室を出て、52分、幹事長室へ。午後9時4分、同室を出て、5分、党本部発。12分、東京・赤坂の日本自転車会館着。15分から35分まで、同会館内の日本料理店「ざくろ」で北側公明党幹事長と打ち合わせ。36分から午後11時2分まで、松本純、薗浦健太郎両衆院議員と会食。 午後11時3分、同所発。15分、東京・神山町の私邸着。
2008年09月22日
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今日の夕方、天神に、生シイ(生の志位委員長)が現れてた。雨の降る中、突然、宣伝カーから大きな傘が出てきて、隣にいた、当ブログの常連の田中みゆきさんと、小林とき子さんが小さな別の傘に。この絵って、『となりのトトロ』で、サツキとメイがバスを待っていると、トトロが現れて、傘をさすシーンに似てないかなあ。いえいえ、決して、サツキとメイが、田中さんと小林さんなどと言っているんじゃなくて、まして、トトロが志位委員長であると言っているんじゃなくって・・・。そういう雰囲気のことだけです・・・。それにしても、何か、人だかりが多くって、みんな真剣に聞いていたんだよね、雨の中を。総選挙での日本共産党の躍進に、当然、期待し、私なりに微力をと思います。そうそう、田中さんも立候補されるというので、まだ、ブログをご存知ない方は、→コチラです。
2008年09月12日
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