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こんばんは。 前の「風にのりて回るもの」同様、ホラーな香りのするタイトルでありますが、関係ありません。(^_^;) 本日、某ハウスメーカーにお願いしておりました、「あぁさぁ家・太陽電池搭載バージョン」が出来上がって来たのであります。 見積もりはまだ頂いておらず、果たして幾らになるのか恐ろしいところ。ですが、太陽電池and/or風車を設置することを前提として「日照時間が長く、そこそこ風が強い」土地を立地点として選んだ経緯もあるため、最低限太陽電池くらいは設置したいものです。 見積り額によっては生命保険額を1000万円増額する必要がある(自分の命を担保に金を借りるわけです)可能性もあるため、今は文字通り死ぬ気で働いて貯金を増やしている次第。 ・・とは言っても、夜中の一時に「これから打ち合わせに行ってきます」とEメールをよこす知人A氏や、12月30日や1月2日にEメールをよこす知人B氏と比較すると、まだまだヒマな職場なのであります。
2008年01月27日
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こんばんは。 「藤田幸久」と言ふと、私などは「田宮模型」「プラモのモ子ちゃん」「コスプレ少女リコちゃん」(←マイナー過ぎ?)などがまず思い浮かんでしまうわけですが、今回は別の「藤田幸久」です。 同姓同名の民主党議員が、参議院の国会答弁で「9.11テロはブッシュの陰謀」論をぶちかましてくれました。 ご本人のウェブサイトの【活動報告】「外交防衛委員会における藤田幸久の質疑議事録」に、高村氏、石破氏、額賀氏らとのやり取りが記録されているのですが、皆さん、非常に困っている様子が伺えます。 ホームページには「泣く政治から 笑う政治へ」と書かれております。やはりこれは笑いを狙っての所業なのでありましょうか? UFOに9.11テロ陰謀論。 次は妖怪でしょうか? フォトンベルトでしょうか? アポロは月に行っていない論? 悪の組織による電波攻撃? 地球温暖化は原発推進派による捏造? 民主党は、テロ特措法反対も暫定税率廃止も、単に自民党に反対したいだけなのではないかと思える視野の狭さ、無策さ。国会は貴方達の勝負の場ではありません。 それに加え、国会でUFOや9.11陰謀説を挙げる、この不真面目さ。もはや、国民をバカにしているとしか思えません。 自民党が落ち目の今が民主党の腕の見せ所のはずなのですが、自民党のさらにずっと下を狙ってどうするのでしょうか? 無策とデンパは社民党にまかせ、民主党はもう少し真面目にこの国の現在と未来について考えて欲しいところであります。 なお、「未来」と言っても、「2012年で世界は終わる」とか「5次元へ移行する」とか「ルルイエのクトゥルゥが復活する」とかはダメです。
2008年01月22日
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京都新聞のインターネット記事より。>センター試験 全日程終了 地球温暖化など 環境テーマの出題が相次ぐ>1月20日22時49分配信 京都新聞>> 20日まで行われた大学入試センター試験で、地球環境問題への>世界的な関心の高まりを反映し、環境に関する出題が相次いだ。>地球温暖化や1997年の地球温暖化防止京都会議(COP3)の>ほか、バイオエタノールなど最近の話題からも出題された。(中略)> 初日の19日に行われた「地理A」の第4問は「地球的課題と>国際協力」がテーマで、シベリアの森林伐採や中国の酸性雨、内>陸の砂漠化などが題材になった。小問で「持続可能な社会をめざ>す取組み」として、原子力発電ではなくリサイクルを正答とした。(以下略) 「小問で「持続可能な社会をめざす取組み」として、原子力発電ではなくリサイクルを正答とした。」・・・ 何やら「原子力推進を行うのは間違いでリサイクルが正しい」という訳のわからない比較を行っているように読める文章でありますが、実際の設問はこれ。>地理A>第4問 地球的課題と国際協力に関する次の問い(問1~6)>に答えよ。(配点 18)>問6 地球的課題解決の試みである持続可能な社会をめざす>取組みについて述べた文として最も適当なものを、次の(1)~>(4)のうちから一つ選べ。 「29」>(1)マレーシアでは、原木の輸出拡大を図るため、保全林と木> 材の生産を目的にする生産林を定めている。>>(2)フィリピンでは、伝統的な農業技術にもとづく「緑の革命」> によって、食料生産を高めている。>>(3)ドイツでは、色別に種分けしたリサイクルボックスを用いて> 空きビンを回収し、資源化している。>>(4)スウェーデンでは、安定供給ができない新エネルギーを全廃し、> 原子力発電の割合を高めている。 正解は(3)。 原子力について述べた(4)は確かに誤りです。 が、これは、「スウェーデンでは、安定供給ができない新エネルギーを全廃し、原子力発電の割合を高めている」が事実と異なる記述である、ということ。 京都新聞の「「持続可能な社会をめざす取組み」として、原子力発電ではなくリサイクルを正答とした。」といふ表記はおかしいと思います(^_^;)余談(まめ知識) スウェーデン政府は原子力からの段階的撤退を決めていますが、実は、同国の2004年の世論調査では80%以上が原子力発電を指示するとの回答をしております。 ただ、2006年7月にフォルスマルク発電所で工事監理の問題、非常用電源の設計不良と施工不良、保全管理不良が重なったことで、安全系の一部の機能が喪失するという事象が発生してしまいました。 このため、現時点での世論がどうなっているのか、私にはわかりません。 ちなみにこの事象、「プルトニウムが漏れたのに、何故国内マスコミは報道しないのか? 電力会社が広告スポンサーだからか?」・・とブログで書かれていた方もいらっしゃるようですが、これはとんでもない事実誤認(笑)です。 フォルスマルクでは冗長性確保のために2系統ある安全系のうち、片方が死にましたが、残る1系統は設計どおりに働き、原子炉は安全に停止しました。さらに、仮に残る1系統が逝ってしまっても、他にバックアップする系統が別にあったそうです。 さまざまなミスの連鎖で安全系の機能の一部が失われたのは大きな失態ですが、地球の反対側で発生した何も漏れていない事象を大きく取り上げることはない、とマスコミは判断したのでありましょう。 実は中越沖地震による柏崎刈羽停止などよりも重大な事象だったのでありますが。 なお、日本の原子力発電所は全て、フォルスマルクとは非常用電源構成が異なっています。これに加えて複数の相違点により、同一事象が国内で発生することはありません。 ただ、複数のエラーが重なって系統の一部が使えなくなることもある、という点では非常に勉強になる事象です。
2008年01月21日
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こんばんは。 少し前のことですが、こんなものを購入しました。 大人の科学マガジンの「風力発電キット」であります。 もともと太陽光や燃料電池等の新エネルギーや、火力発電のCO2削減にかかわる部門への配属を希望して電力会社に就職した私としては、これは外せません。(ちなみに、就職先の第二希望は京セラでした。) 私は風力発電(翼の形状と効率とか強度とか)については全くと言って良いほど知識がありません。 しかし、学生時代の親友が風車の設計をやっていたこともあって、実は原子力と同等に興味をそそられる対象なのであります。(彼によると、日本のような風況の地域では、弱風時の発電と強風時の強度(または風を避ける構造)を両立させるのが大変、とのことでした。) この風力発電キットは、小さな風車の先に赤色LEDが付いていると言ふ極めて単純な構造です。 しかしこれが、なかなか点灯してくれないのであります。 まずは普通の日に我家の窓の外へ設置してみました。風車は少しの風でもクルクルと回ってくれるのですが、LEDは全く点灯しません。 次に、試しにスイッチを「強風」に設定した職場の大型扇風機の前に置いてみました。が、これもダメ。 「組むのに失敗したのか?」と思い、手でスピナーをつかんで思い切り回してみると、回り始めの回転数の高い瞬間だけ、チカチカッと輝きます。どうやら組み立てミスではないようですが、LEDを連続して輝かせるにはかなり強い風が必要なことがわかりました。 う~ん・・・ 風力発電とは、なんと不安定な発電方法なのでありましょうか。 (^_^;) 風力発電は、効率面では太陽電池を大きく上回るといふこともあって、新築予定の我家には風力と太陽電池を組み合わせたハイブリッド自家発電システムを設置することを検討し始めていたところでした。 しかしこれは、予定地の風況をよく確認してからの方がよさそうです。 数年前、ろくな事前調査もせずに大枚叩いて学校に設置した風車が全く回らず、大赤字となってしまったケースもありました。(このケースは「自然エネルギーは役に立たないこともある」事を子供たちに教えるといふ意味では、良い結果だったのかも。(^_^;)) 自然エネルギー導入のために我々がすべきこと 日本のような風況の不安定な土地で大規模な集中型風力発電が系統に接続された場合、変動を吸収しきれずに需要側の電気機器に悪影響を及ぼす危険性が高まります。これが、安定した偏西風の吹くヨーロッパ各国ほどは日本では風力発電の導入が進まない一つの理由です。(加えて、ヨーロッパは国と国の間が送電線で結ばれているため、自然エネルギーによる多少の外乱は全体で吸収が可能、といふ利点もあるそうです。) 日本では、風力発電は個人レベルの小型風車を太陽電池と組み合わせ、自治体レベルでNaS電池を設置してマイクログリッド網を構築するか、また大型風車を設置する場合には電力網へ供給するのではなく、燃料電池用の水素製造に用いる、などの使用が適しているのかも知れません。 現状ではマイクログリッド網の構築が最も現実的な選択肢だと思います。自然エネルギー推進を求める皆さんは、尻の重い電力会社ではなく、地元の自治体へ働きかけた方が有効ではないでしょうか? これは風力ではなく太陽電池の話ですが、自治体が住民の太陽電池設置への経済的支援を実施した結果、町の一地域がまるまる太陽電池発電住宅エリアになってしまった地域も国内に存在しています。
2008年01月20日
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こんばんは。 本日は国際東京フォーラムで(本日まで)開催されていた、「がんばってます!!にいがた展」へ行ってまいりました。 東京に住みながら、あらゆる面で陰ながら新潟を応援している私としては、絶対に見逃せないイベントであります。 最近は職場で社外の方へ出す業務メールでも署名欄を使って新潟応援を呼びかけているのですが、他電力の複数の方から応援活動にご協力いただいており、嬉しい限りです。 今回は本日撮影した写真を。 会場の様子。こじんまりしていますが、繁盛していました。 全体の写真も撮影したのですが、デジタルカメラの電池が切れて保存できませんでした。(笑) 昨年資エネ庁のインターネットサイトからダウンロードしたパンフレットには地震後の様子(市街地や発電所など)もパネル等で紹介するように書かれていましたが、殆どありませんでした。 笑顔が素敵な柏崎観光協会のおば・・お姉さま。 ここでは、震災を経験したといふ「極上味噌」と、好物のふきのとうの味噌漬けを購入。味噌漬けは早速夕食のおかずになりました。 「中越地震では私の実家も被災して赤い紙を張られましたが、今は元通りです。柏崎の皆さんも復興に向けて頑張ってください。」 反対側では大量の笹団子と、名物煎餅「網代焼」を購入。東京では売っていない日本酒も買いました。ビール派だったのが、昨年の地震以降はすっかり日本酒派。しかもほぼ新潟限定。(笑) 新潟県旅館組合のお姉さん。 子供の頃に何回か行ったことのある湯沢温泉の入浴剤を頂きました。 入浴後の残り湯を洗濯に使ったところ、洗濯物から硫黄の香り。狭い我家が温泉地のような雰囲気に包まれました。 私とて、仕事で新潟の温泉の取材をしたこともある身。 今の仕事が一段落したら、絶対に行きますよ、新潟! さて、数日前の朝日新聞には、東電社員総出で発電所運転再開への下地作りのために復興に協力しているやうにも取れる記事が出ていました。 しかし実際には違います。 「最高14万円の補助」などと言われていますが、これはもともと福利厚生費として社員に与えられている7万円分のポイントを新潟限定で2倍にしたもの。つまり、半分は自分のポイントを使っているわけで、会社からの追加補助は最大で7万円です。 また、この福利厚生ポイントは旅行の他、育児、介護、保険などにも使えるもの。中にはこれらを削って新潟旅行に行っている者もいるかも知れません。 業務で会社側から命令されてやっているわけではなく、会社の準備した応援観光ツアーに参加したり、新潟県産品を購入するのは社員の自由意志です。 このような社員個人の活動まで「運転再開のための金のばら撒き」のように報道されると少々悲しくなりますよ。
2008年01月19日
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こんばんは。 まず、あらかじめ書かせて頂きますが、私は別に「朝日新聞大嫌い」といふ訳ではありません。 全国紙でありながら更に変な記事を掲載している新聞も他にありますし、地方紙の中には「地方紙ではなく『痴○紙』?」と感じてしまうものさえあります。 数あるマスコミの中で朝日新聞だけが誤報や歪曲や捏造を繰り返してしているわけではありません。 そのようなわけで、私個人としましては、インターネット上の朝日叩きは少々行き過ぎではないかとさえ感じている所です。 この「朝日叩き」は、朝日新聞が国内で大きなシェアを持つが故に発生しているものであり、「クオリティペーパーなのだから正しい記事を掲載して欲しい」との強い気持ちから来ているものかも知れません。 我国の代表的な新聞として、読売と朝日はよく比較されます。ご存知の方も多いと思いますが、この二紙の論調を比較した書籍も複数発行されています。 新聞によって論調が異なるのは報道の自由が保障された民主主義国家として当然であり、私は、「度を過ぎることさえなければ、好ましいもの」と考えています。 しかし、新潟県中越沖地震による柏崎刈羽原子力発電所の停止に関する各社の報道については、「これほどまでに違うものか」と愕然とさせられました。 業界紙である電気新聞が正確かつ極めて冷静な記事を掲載する一方で、一般紙は非常に混乱した状態でした。 日経は冷静な事実を伝える一方で社説では妙なことを書き、読売と産経は記事では大きく取り上げながら、社説では「騒ぎすぎではないか」。朝日は最も重要な「安全」を意図的に省き、毎日は一線を越えて(いつものことですが)記事を「創作」。 地元紙である新潟日報は、ドサクサに紛れて「現場でタバコの吸殻が見つかった」ことまで記事にし、また(地元の方から聞いた話では)タービン翼が破損して飛び出す「タービンミサイル」の危険性まで指摘していたとのこと。(タバコの吸殻の存在は数年前から公表しているもので、今になって見つかり始めたものではありません。殆どは建設時のものでしょう。また、タービンミサイルに関しては、設置許可申請時にタービンの回転数や翼と車室(ケーシング)の強度等の評価を行っています。) このような混乱した報道について、原子力専門家の有志による「原子力・エネルギー勉強会」では、日本を代表する二紙である読売と朝日の記事を比較し、問題点を提起しています。「新潟県中越沖地震と柏崎刈羽原子力発電所」 ・・・これを読むと、朝日新聞の偏向の度合いがよくわかります。 確かに、記事の中で嘘を書いてはいないのでありますが、朝日は原子力を批判するために安全に係る情報を意識的に除外して記事を作っているのは明らかです。 原子力について充分に理解した者であれば、朝日新聞の記事から事実を読み取り、重要度を自ら判断することが可能です。 しかし、そうでない多くの一般の方は、朝日新聞の記事からそこまで読み取ることは不可能です。中には、内容をよく読まず(センセーショナルな)見出しを見て終わり、といふケースもあるでしょう。 その結果として、新潟県産の食品が売れなくなったり、旅行がキャンセルされたり、といったことが起こった可能性はないのでしょうか? 所謂「風評被害」の原因は、確かに早急な対応ができなかった事業者や国にもあります。しかし、最も国民に近い位置にあり、知識の窓口としての役割を果たしているのは報道関係者です。 朝日新聞さんには、(原子力に限らず)責任ある記事作りをお願いしたいところであります。
2008年01月16日
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こんにちは。 昨日はあちこちで成人式が行われたようで、電車の中では多数の着物で着飾った新成人を何人も見かけました。 調べ学習と作文が得意(だけど異様なマイペース)な長男は小学4年生。 早いもので、いつの間にか社会に「大人」と認められる年齢の半分まで達していました。(普段の生活態度や学力を見ていると、とてもそうは思えませんが) 面白いことに、「半分大人」ということを意識してか、学校の宿題で、「テレビの成人式のニュース等で見た「悪い成人」と「良い成人」を調べてきなさい」といふのがあったとのこと。 恐らく、授業の中で「こんな大人になってはいけない」「こんな大人になれるように頑張ろう」として使うのでありましょう。 私は今日、電車の中で携帯電話を使う新成人を見てしまいました。 彼女も息子の宿題の回答になることがほぼ決定です。(笑) 努力家で完璧主義の次男は小学1年生。 将来の夢は警察官。かつて私や長男と三人でゴミ拾いをした時にゴミ(主にタバコの吸殻とその包装紙が多いことにショックを受け、法律やルールを守らない大人が多いことに幻滅した模様。 大人の皆さん、子供はきちんと見ていますよ。 そこは喫煙禁止区域ではありませんか? ゴミをあちこちに捨てていませんか? 信号はきちんと守っていますか?
2008年01月15日
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こんばんは。 昨日は会議資料作成のために午後から出勤していたのですが、仕事の合間に職場の方が「いいのが出ていたよ!」と一昨日(1/12)の読売新聞の記事を紹介して下さいました。 読売新聞科学部長の小出重幸氏による、「展望08」。 この中では約半分を柏崎刈羽原子力発電所に割いておりました。 全文を紹介したいところでありますが、ここではその中から幾つか。>「原発の安全性」(中略)> テレビが繰り返し放映した東京電力・柏崎刈羽原子力発電所の>黒煙映像に、多くの人が不安を感じたに違いない。燃えた変電>装置には原子炉などへの影響はなく、絶縁油が燃え尽きれば自然>に鎮火するものだった。「だから原子炉の管理に集中すればよい>と考えてしまった。いま思えば皆さんの不安がどこにあるのか>察知し、積極的に説明しなければいけなかった」。高橋明男所長>はこう振り返るが、十分な説明がなかった原発への信頼は揺らぎ、>伊サッカーチームの来日中止など大きな影響が出た。> 実際の被害はどうだったのか。(中略)> 国際原子力機関など調査に入った技術者らの評価は「設計想定の>3倍近い揺れに遭いながら、原子炉など主要施設に大きな影響は>ない」。日本の原発はこの程度の地震に耐えられることを裏付けた、>という逆の評価になっているのだ。>>「技術者達の誇り」(中略)> 柏崎原発には、激しい揺れの中で家族の安否確認より原子炉の>制御に没頭した技術者達もいた。技術の現場にも思いをはせる、>バランスの取れた報道を心がけたいと思う。 ここでは最も気にいった所だけを抽出しましたが、元の文章の中ではしっかりとデータ改ざんや活断層リスク評価に関する問題も指摘しています。小出氏の「バランスの取れた報道を心がけたいと思う」の通り、バランスを重視した内容だと思いました。原子力報道に関して言えば、 朝日は記事は正確(つまり科学部が優秀)なのですが、バランスがね。 産経はバランスが取れているようで取れていないことも。 日経は記事は冷静、正確。でも社説が「おや?」なことも。 ・・毎日はバランスがずれっ放しと言いますか、論外。 中越沖地震による柏崎刈羽停止の件は、我々が感じているトラブルの相場感と、一般の方の感覚の違い、そしてそこに関与するマスメディアの影響力の大きさを改めて強く感じました。 この国はマスメディアが動かしているのだなぁ・・・と。 さて、だいぶコメントが溜まっているやうですので、明日あたり纏めて返答いたします。(一部は明らかにジョークと思えるものも混じっておりますが・・・)
2008年01月14日
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こんばんは。 いきなりサディスティックミカバンドの曲のような書き出しですが、本日TVで放送された「バブルへGO!」と、私にとってのバブル期の話です。 映画は、広末涼子演ずるところのまゆみ嬢が、財務省の冴えない役人(阿部寛)に命ぜられ、バブル崩壊を食い止めるためにドラム型洗濯機(なのにタイムマシン)で先に旅立った母、真理子(薬師丸ひろ子)の後を追って1990年へ向かう、というナンセンスな物語であります。 が、ディスコやワンレンボディコン、ソバージュなどが登場し、バブルの時代を生きていた者として、非常に懐かしく感じました。 思えばあの頃は、景気の上昇に合わせて電力需要は鰻上りであり、供給能力を確保するために発電所の定期検査は限界近くまで短縮され、私も普通に月に100時間位残業をしていたものです。 このような状況から、「もっと人員を増やして欲しい」と組合を通して会社側へ要望を出しても全く無駄。結局は「部長や課長の管理能力が低いため」と判断されるだけで、誰のためにもならないといふ現実。 部署によっては「お前らの能力が低いから残業時間が長いのだ」とし、暗に「残業をつけるな」と命令する上司などもおりました。 私などは「(実際の時間外労働-1.5時間)*2/3」といふ式を考案、運用していたものでありますす。(実はこの他にも月に4回は休日出勤をしていたのですが、これらは「なかったこと」にしていました。) とは言いながら、私も夜の12時頃に某H社の方と打ち合わせをし、「明日の朝8時までにコメントを反映して、検査報告書を机の上に置いておいて下さい。」などと滅茶苦茶な要望を出していましたので、共犯者とも言えるでしょう。 このH社の方とほぼ同じ仕事をされていたT社の方。私とは原子炉脇でガンマ線を浴びながら一緒に仕事をした仲であり、尊敬していた方だったのですが、ある日、妻子を残してくも膜下出欠で亡くなってしまいました。労災認定が認められたか否かは私の知る所ではありませんが、非常に残念なことでした。 首都圏がバブル絶頂で贅沢三昧の暮らしを謳歌していた一方で、エネルギーを供給する側は毎日ピリピリしながら(文字通り命をすり減らして?)働いていたということを、是非とも知っていただきたいものです。 とは言いながら、ごくたまにではありますが、バブル時代特有の「贅沢」に接触することもありました。 当時私は点検用ロボットの試運用に係わる業務も担当していたのですが、その関係で新型超音波探傷ロボットトの視察に係る出張に、上司の鞄持ちとして同行したことがありました。(はい、これで、あるトンデモ文書の「ロボットは放射能で狂うので原子炉の解体には使えない」が大嘘だと証明されましたね。私がロボ担当をしていたのは、あの文書が書かれた年よりも数年前で、しかも、既に現場での試験期間が終わり、撤去の話が出ていた頃であります。) ロボットを開発したメーカーの工場は横浜にあったのですが、当時はあのランドマークタワーができたばかり。営業の方は、「折角なのでよって行きましょう」と我々を誘い、そのままスカイラウンジへ。 横浜の夜景を見ながらキャビアを食べる、などといふ贅沢(しかも自分では1円も払わない)は、先にも後にもこれ1回きりでありました。 学生時代に賞味期限切れのパンを買ったり、パン屋で無料のパンの耳を頂いて食べていた(だってパン屋のお姉さんが「もって行って良いですよ」と言うんだもの)りした身にとっては、都会の享楽への驚きとともに、「日本はこれで良いのだろうか?」との疑念を抱かせるのに十分でありました。 さて、「バブルへGO!!」の話題に戻ります。(ネタバレあり) 馬鹿馬鹿しくも楽しい内容で、エンターテイメントとしては面白かったのですが、最後のシーンはいただけないと思いました。 2007年へ戻った親子を待っていたのは、バブル崩壊を経験せずにさらなる発展を遂げた我国。冴えない官僚だった男は内閣総理大臣に、借金取りの男は公設秘書に。 「全部うまくいって、言うことなし!」の結末だったのですが、「借金は無くなっていたものの、努力の甲斐なく結局バブルは崩壊していた。しかし、家族が全員揃うことが出来たのだから良いではないか。」とした方が良かったのではないかな・・・と思いました。
2008年01月13日
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こんばんは。 1/7読売新聞夕刊、コラム「コンパス」はなんだか変でした。 「順位の低下 嘆く前に」と題した、保坂直紀氏による文章であります。> 昨年11月に結果が公表された高校1年生対象の国際学習到達度>調査で、日本は科学的応用力の順位が落ち込んだ。設問の中には、>二酸化炭素の増加以外に地球温暖化に影響を与える要因を問う問題>もあった。 ・・・との書き出しで始まるのでありますが、「あれこれ考えるじっくり型の高校生は、答えを見つけにくかったかもしれない。」として、観測点の位置の変化の可能性や統計的精度への疑問、そして設問自体への疑問を挙げ、「このような猜疑心は科学には必要だが、そんな科学的精神はここでは邪魔になる。」として、テストの持つ意味を一蹴。 「個性」としては面白いと思いますが、テストの時に設問の意味への疑問まで抱くことが「科学的精神」なのでありましょうか? この国際試験において、日本の高校生は解答欄を白紙で出した率が高かったといいます。 「あれこれじっくり考えた」結果が白紙では、結果として何も考えていない、若しくは自分の考えを持っていないのと同じなのです。 そしてさらに、> このテストは、考え応用する力を見ているというが、実際には、>しょせん知識や要領のよさの勝負という感じがする。どのような学力を>測定したいのか、いまひとつはっきりしない。> ただ、このせっかくの機会に、日本の社会が望む「知」のあり方を>考えてみてもいい。国民みんなが幅広い科学の応用力を持つべきなのか。>なぜ、政治学や宗教学、哲学に優先して科学を問題にするのか。科学>に関心を持たなくてもそれなりの生活ができる日本の社会は、じつは>とてもすばらしいのではないか。 政治学はともかく、日本の社会が宗教学や哲学などの「知」を望んでいると、この方は本当に考えているのでしょうか? 我国日本は「科学技術力」と、それに支えられた「工業力」によって、狭い国土に1億人以上が生存している国であります。 「科学に関心をもたなくてもそれなりの生活ができる」のは、「科学に関心をもたない」人の気付かないところで「それなりの生活」を、科学技術が支えているからに他なりません。(エアコンを使えるのは熱力学があるから。カーナビを使えるのは相対性理論があるからだよね。) 科学技術が国の基盤を支えている、そしてそれしか外へ売るものがない我国にとって、次世代を担う若者の科学への関心が国際的に落ちつつある、といふのは極めて遺憾だと思います。 さて、保坂氏は「しょせん知識や要領のよさの勝負」と書かれております。「考え応用する力」がかのテストで本統に評価できるのか、といふ保坂氏の疑問は御尤もであります。 しかし、前述の「それなりの生活」にだって、ある程度の「要領のよさ」が必要です。 また、「知識」はその人の知的好奇心の度合いを示す指標とも言えると思います。 例へば、保坂氏が例として挙げた「地球温暖化」。 「CO2やメタンやフロンが、地球の環境に悪影響を与えている可能性がある」ことを、「知識」として知っているのといないのとでは、全く異なるでしょう。 地球温暖化に関する知識も関心もなく、便利な生活を享受して無駄なエネルギーや資源を喰らい尽くす人。 地球温暖化に関する知識があり、科学に大いなる関心を持ち、「自分の力でなんとかしよう」と新技術の開発に尽くす人。 このどちらを社会が求めているかは、考えるまでもないと思いますが。 ま、とりあえず、国民みんなが幅広い宗教学や哲学の知識を持つよりは、国民みんなが幅広い科学の応用力をもつ方がこの国の社会のためだと思います。
2008年01月09日
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こんばんは。 正月休みにあちこちのウェブサイトを見ていて知ったのですが、昨年のネット流行語大賞、金賞は「アサヒる」だったそうですね。 多くの方は既にご存知のことかと思いますが、「アサヒる」とは、朝日新聞が前首相の辞任騒動に関する記事で「アベする」なる言葉を創造し、まるで流行語であるかのように取り上げたことから、 「捏造する、嘘をつく」 等の意味を持つ動詞としてインターネット上で広まった言葉であります。 朝日新聞社に限らず、マスコミの報道は、ある程度の専門知識を持った者から見ると、可笑しなことが多いもの。 私の専門分野であるエネルギー関係、殊に原子力発電に関する記事については、新聞の記事(それ以上にTVの報道)は大袈裟なものばかりであり、「何故小さな不適合事象や消耗品の交換を取り上げるのか」と感じることもしばしば。 ただ、朝日新聞には過去にもインタビュー記事の捏造や珊瑚KY事件(「空気読めない」ではない)もあり、総合的に見て、朝日、読売、産経、日経の中では最も信頼できない新聞社」であることはほぼ間違いないでしょう。(※毎日新聞だけは別格で、「ゴシップ紙」と理解すべきメディアであるため、除外しています) で、興味深いのが、この「ネット流行語大賞」を取り上げた日テレの番組、「おもいっきりイイ!!テレビ」。 昨年12月15日放送の同番組では、「アサヒる」を本来の意味である「捏造する」ではなく、「執拗に追求する、責めたてる」として紹介していたそうです。 (この放送の後、2ちゃんねるのマスコミ板は、所謂「祭り」状態になっていたのではありますまいか?) 同業者を責めることは諸般の事情からマズイのかも知れませんが、アサヒってはいかんです。 捏造するくらいであれば、初めから放送を自粛した方がよろしいかと思います。 なお、12月15日の「おもいっきりイイ!!テレビ」の「アサヒる」解説は、インターネット上に動画がアップロードされております。興味のある方はGoogleで検索してみてください。 余談。 このブログではいつもネタ扱いの毎日新聞にも、稀に原発関係の正確な記事が掲載されることがあります。それは「活断層」に関するものです。 かつて、ある大手新聞社の論説委員から聞いた話では、「活断層に関しては毎日新聞に一日の長がある」とのことでありました。 これを裏付けるように、例の「柏崎刈羽発電所の活断層評価の未公表問題」に関しては、毎日新聞が最も詳細かつ正しい記事を掲載していました。 対して、我家でとっている読売新聞に掲載された記事には、不正確な記述がありました。東電の柏崎刈羽6・7号の設置許可申請は1988年だったのですが、読売新聞には1981年と記載されていたのです。 読売新聞にも「ええっ?!」と思わせる記事やコラムが掲載されること多し。 ・・・え、「お前のとこの会社も『アサヒる』の得意だろう!」って?
2008年01月08日
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こんにちは。 郵便局が今期から売り出した新たな年賀葉書に、「カーボンオフセット年賀葉書」がありました。 この葉書、郵便料の50円に購入者の寄付金5円を付加し、これを風力発電等のために用いることで地球温暖化防止に寄与しようとする新たな試みだったのでありますが、郵便局側では1億枚準備したにも係わらず、たったの1400万枚しか売れなかったとのことであります。 確かに、今年我家に届いた年賀状にこの葉書を用いたものは1枚も含まれておりませんでした。しかし、我が国全体でもたったの1400万枚だったとは。 毎日のように「京都議定書批准のため、我が国のCO2排出量を1990年ベースマイナス6%まで下げなければならない」と新聞やTVなどのメディアが騒ぎ立てているにも係わらず。 これはどうしたことなのでありましょうか? 私の妻は、「売れなかった原因は郵便局側のPRが足りなかったことにあるのでは?」と言っておりました。 しかしながら、私の妻は郵便局員から直接、この葉書を推奨されたとのこと。郵便局のチラシにも他の葉書とともにしっかりと掲載されておりましたし、ウェブサイトでもこの葉書は紹介されていました。 確かに郵便局側からの大々的なキャンペーンのようなものはありませんでしたが、私は複数の雑誌や一般紙でこの葉書に触れた記事を読みました。 これらの状況に鑑みると、多くの方はカーボンオフセット年賀葉書の存在くらいは知ることができたものと想像されます。 我国が排出するCO2の増加は産業の発展に起因するものではなく、一般家庭でのエネルギー消費量の増大と運輸、つまりは我々国民の「便利な生活」の追求によるものであることは広く知られています。 今回のカーボンオフセット年賀葉書の不人気、「1400万枚」という数値は、「世間一般がどれだけ地球温暖化に対する問題意識を持っていないか」を示す性能指標なのではないでしょうか。 来年は、1億枚、とは言いませんが、少なくとも5000万枚くらいは売れると良いものです。 追記。 ・・・この「カーボンオフセット年賀」の不人気にはデザイン面で問題があった可能性も。 表面の左上の額面部(切手部分?)には干支のネズミではなく「手のひらの上に四つ葉」のマーク、赤い「年賀」の周りには「地球温暖化ガス削減年賀はがき 2008」。下部には地球のマークとインターネットアドレス、そして「カーボンオフセット年賀」の記載。 裏面には「この年賀はがきの寄附金は、地球温暖化防止を推進するプロジェクトを支援し、京都議定書で定められた日本の温室効果ガス排出削減目標であるマイナス6%に貢献します。」の一文も。 見ての通り、「使うことが非常に恥ずかしいデザイン」 なのであります。 葉書を買ってきた私の妻は「額面の1割も寄附するんだから、このくらいは違いがないと」と曰っておりましたが、売れなかった原因の一つには、このデザインが嫌われたこともあるのかも知れません。 次回はもう少しおとなしいデザインでお願いしたいところです。
2008年01月06日
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あけましておめでとうございます。 前回の続き、賞味期限に関してであります。 「WiLL」2月号、曽野綾子氏の新連載エッセイ「小説家の身勝手」に、下記の文がありました。> ごく最近では、海上測量でいい仕事をしている知人の土木やさんが、>「一昨年の牛乳」を飲んでもなんでもなかった、というのが私達の間で>有名になった。>(中略)> 或る日、数ヶ月ぶりに備えつけの冷蔵庫を覗いてみたら、一昨年の>日付の牛乳が出てきた。匂いにも変化がない。その日、他国人ばかりの>食堂で一昨年の牛乳を飲む、と言うと、皆はいっせいに反対した。それ>でも彼は衆人注視の中でそれを飲んで、何でもなかったのである。 曽野氏のエッセイは、このあと「賞味期限を行政が守るというような発想が、『自分の体は自分で守る』という本能の衰退を招いた」とし、例のイラク人質トリオの「自己責任」話にも及ぶのでありますが、賞味期限の話題とは関係ないので省略。 いや~、1年以上前の牛乳とは凄いですね。我家の冷蔵庫にも数ヶ月前に賞味期限の切れた調味料があることもありますが、牛乳って生鮮食品でありますよね?(^_^;) さて、今回触れるのは、主に、賞味期限を過度に短く設定すること、賞味期限を過ぎた食物を捨てることが、現代の日本へどのような影響を与えているのか、という点であります。 前回触れた「WEDGE」の記事によると、2006年度の食品廃棄物の発生量は1135万2000トン。2001年には「食品リサイクル法」が施工されたにも係わらず、この食品廃棄物の量は毎年ほぼ一定で減少傾向は見られず、その裏には、「食品のリサイクルは廃棄より割高であるため事業者は手を出さない」という現実がある、とのこと。 1135万トン・・・日本人一人当たり、毎年約100kgの食品廃棄物を出していることになりますな。なんとも勿体無い話であります。 私は子供の頃、食べ物を残すと、「世界には食べたくても食べられない子供が大勢いるのに、食べ物を無駄にするとは何事だ!」と親に怒られたものです。 また、親戚には農家もあり、その苦労を多少なりとも知っていたため、「食物を残すことは罪である」との意識が常にありました。 「自分が食べ物を食べようが残そうが、飢えている子供たちには何も関係ない。」 確かにその通りでありますが、ここでまず忘れてはならないのは、わが国の食料自給率です。 多くの方はあまり気にしないで毎日の食事をとっているのかも知れませんが、現在、我々が食べている多くの食材は、海外から来ているものです。 わが国の食料自給率は約40%。多種多様な食材の多くは海外から輸入されたものであります。 12/21の電気新聞の時評記事「ウェーブ」、郷原信郎氏の文章「偽装と企業の説明責任」より。>規格・基準外の食品を単に廃棄することは、食料自給率が低い日本に>おいて自らの首を絞めることにつながりかねない。 「WEDGE」1月号記事より。> 食料自給率が40%足らずの日本が、いつまでも金に飽かせて世界から>大量に食品を輸入し、無駄なコストをかけて新鮮だ、安全だ、ブランドだ、>とえり好みをしていていいわけがない。まだ食べられるものを大量に捨て>る飽食文化や、ミシュランガイドの星の数を見て高級店に行列を作る極端>なグルメ志向も、少なくとも賢い消費者の選択とはいえまい。 「WiLL」2月号記事「消費期限、賞味期限はゼイタク期限」(清水馨八郎氏)より。> 最近発表された日本の自給率39%は全国平均であって、東京はわずか1%、>大阪は2%、神奈川は3%。地方の秋田、山形、青森、岩手はいずれも100%>を超え、北海道は200%強である。このことから、人口の集中する大都市部が>いかに捨てる贅沢文明に堕しているかがわかる。(↑清水氏の文章には「自給率低=贅沢」論や、消費期限・賞味期限に関する少々正しくない説明に「おや?」と思う所もありますが・・・。) 賞味期限偽装企業のコンプライアンスと社会の受容に関する問題とか、作為的に作られた短い賞味期限とか、これらは実は二次的な問題であって、最も大切なのはわが国の国民の多くが何処かへなくしてしまった「もったいない」と「いただきます」の心だと思う次第。 珍しく過激なことを書いてしまいますが、正直、「たべもの」を大切にしない人間は、反吐が出るほど嫌いなのですよね。 「たべもの」は他者の命そのものであり、加えて、食卓に至るまでに多くの第三者の潜在的な努力が介在しているものです。 「たべもの」を粗末に扱う者は、他の命に対する敬意が欠けているだけではなく、さらには「自分が他者によって生かされている」といふ感謝の気持ちも欠落しているのではないかと思ってしまいますね。 さて、私がかねてより小学校高学年の「総合的な学習の時間」で取り上げて欲しいと願っているテーマの一つに、「毎日食べている給食の原材料はどこから来たのか」があります。 クラスを幾つかの班に分け、ある日の給食のメニューの各食材が夫々何処から来たのかを自分達で調べさせる、というのは如何でしょうか? 図書館で産地の国や地方を調べるのも良いでしょうし、また近くに産地があるのであれば、そこを訪れて生産者の話を聞くのも勉強になるでしょう。 都会では、自分で田植えや稲刈りどころか野菜の露地栽培さえした事のない子供たちばかりです。作物や家畜を育てることや、海へ出て漁をすることの苦労。そして、毎日食べているものが、全てかつては生きていたといふことの意味。 これらを自ら調べ知ることは、全てのものに対する感謝の心を育む意味で非常に大切なことだと思います。 ・・・ちなみに、我が国の食料自給率は約40%ですが、エネルギー自給率はその10分の1、たったの4%なのであります!
2008年01月03日
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