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先週末、水上温泉 松乃井さんへ高齢者の母と一泊旅行してきました。建物こそ古い作りですが、隅々まで良く手入れされているお宿です。また、従業員さんたちの笑顔と心配りにも母共々和めました。ボクが特に気に入ったのは源泉湯の露天風呂。日本庭園を望む回廊の奥に佇み、立派な梁の木製屋根が印象的。また、湯を頂きながら森林のマイナスイオンも浴びれ癒されます。湯の温度は若干温めで、夏でも長湯に最適かと。もしかしたら、外気の温度に合わせて調整してるのかも。露天風呂の次に気に入ったのは、リニューアルされたラウンジ。外観とミスマッチしたモダンなインテリアがボク好みでした。読書するのも良しですが、ボクはiPhone+ヘッドホンで音楽鑑賞。環境に恵まれ、癒し系やクラシックの音でうたた寝しちゃいました。一方、食事は夕朝共にバイキングスタイル。予想以上にバリエーション豊富でした。夕食ではローストビーフや握り寿司も。味も濃過ぎず悪くありません。特筆すべきは、食事処が広く時間指定で、待たされることなくストレス・フリーな点。高齢者や小さなお子さん連れの方にも最適かと。機会があればリピートしたいお宿でした。
Jun 23, 2014

梅雨時は心身の変調をきたしやすい。多忙であったり、抱えてる問題が重かったりすると尚更。昨日、移動中に氣を整えようと思いつき、明治神宮を訪れた。ココは個人的にもパワスポのひとつ。いきなり本殿へ参拝に向かうのではなく、先ずは花菖蒲が見頃を迎えた御苑に立寄る。気品に満ちた艶やかさが感じられる花菖蒲。その凛と咲き誇る姿から、心に色彩と潤いが蘇る。花菖蒲の池を見下ろせる場所に佇む隔雲亭(かくうんてい)。かつて明治天皇の御思召により皇后さまのために建てられた。その後、戦災により焼失し、昭和33年に再建され現在に至る。この建造物を眺めていると、母方の今は無き本家の佇まいを思い出す。幼少期に従兄弟たちと賭けずり回り、祖父に怒られた記憶が。清正井(きよまさいど)は明治神宮で最もパワーを感じる場所。それは月のパワーに近い。湧き出る水に生命の源泉を感じる。そして水面は己を映し出す水鏡。此処で対峙することは個人的なお清め。そして最後に本殿へ。願をかける分けではなく、無の境地でただ祈る。疲弊した心身を鼓舞させようとする自意識。それでまた疲弊する心身。その悪循環を整えるのが今必要な祈りだった。
Jun 11, 2014

あれから2ヶ月足らずが過ぎた。東京は今日にも梅雨入り宣言が出されそうな気配。あの旅の実感が忙殺の中で記憶に変ろうとしてた昨今、昨日ボクは誕生日を迎え、またひとつ歳を重ねた。心の洗濯を求め、幾度もこの地と海を旅してきた。その理由は過去の記事で書いているのでここでは省く。ただひとつ、新たに添えたい気持ちがある。社会に出る前、青年のままこの蒼空の下、戦死した伯父。そして今では彼の父親くらいの歳になった自分。一度もお会いできなかった彼がボクに、平和祈念公園の墓碑に刻まれた彼の名前を通し、非戦の誓いを後世へ受け継いで欲しいとの願いを託されている気がする。それは、非力なボクにとっては余りにも荷が重い。日常を生き延びていくだけでも精一杯なのに。それでもボクは呼ばれるようにここを訪れる。親族誰ひとり慰霊に訪れないにも関わらず。SNSを休眠してまでタスクに集中しなければならないときもある。自身のストイックさをスリーブ状態にし、ネゴシエーションのために強かな戦略を練る。それは死ぬための戦いではなく、生き抜くための戦いなのだ。そんな孤独とボク自身が背負い続けている宿命への苦悩。それを癒してくれるひとつが不思議にも伯父の魂。そんな伯父の魂がボクに囁きかけているように感じる。「想像してみなさい。お前がこの世に生まれてきた雨の日、初めて呼吸したことを」ボクに何ができるのかを問う旅はまだ続く。<完>
Jun 5, 2014
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