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去年は息子が2ヶ月入院したこともあり、あっという間の1年だった。今月もなんかしらないうちにすぎてしまった。4月から3年生。息子が18になる。自分の歳よりビックリ!!2年後20!!もうそんなにたつのか~何が1番大変だったかと言えば、中学の反抗期だよな~・・・どこかで、聞いた事のあるセリフだな・・・とよ~く考えてみると・・・私がかつて元夫に言っていた言葉だった。つくずく思った。よくこんな悪妻をおいてくれていたものだと・・・顔をはたかれたことは何度かあった。でもアザになったことはない。力加減をしてくれていたのだ。(これは、はたかれても、しかたない)とあらためて思った。私は息子をグーで殴った。体重がその時は80kgあったので最後には押し倒して体に乗っかっていった。離婚して保険外交員をしながらの子育て。大変なように思えるが、仕事場が息抜きの場所でもあったので、逃げ場所がない今のほうが大変だ。7時に退社して8時からご飯作って9字に食事。そのあと、皿洗い。息子に宿題させて、アイロンかけ。お風呂入って夜中にお菓子作り。毎日、手作りお菓子作っていたな。母がそうしてくれていたこと、子供心に嬉しかったので・・・結婚していた頃は決してよい母親ではなかったので・・・これはまた後の話題に・・その穴埋めという意味もあった。ホームベーカリーを使って色んなパン作ったりしていた。あの頃が1番、頑張ったときかな・・・それではこの辺で・・・
January 31, 2008
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2月2日の土曜日、SHIBUYA BOXXで開場17:30開園18:30から行われる。前売りは3500円。当日券4000円。K.D earthで検索すると、オフィシャルサイトがみつかるはずです。聞いてみないと勿体ないですよう
January 30, 2008
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私が彼らの存在を知ったのは山本耕史と3人で音楽活動をしていて、去年の4月に苫小牧に来たのだ。1番前の真ん中にいて、ROCKのノリで一人だけ浮いていた。耕史のファン層は年齢が高くおとなしい。HEY!と言われたらHEY!と返す事が当たり前のROCK LIVEに慣れているので・・・耕史のギター・テクニックはかなりなもので・・・「おぅ!ギターが泣いているぜ~」もんだった。それで私のROCK魂に火を点けられたのだが・・・3人の会話に突っ込んでいった。耕史に「また2人だけの会話になるでしょう」と3回は言われた。<さちこ>と名が知れている。夏にK.Dだけで来た時、聞きに行った。ともかく、声がいい。CDで聞くのはもちろんいいのだが、ナマがサイコウ!!声の幅というか、奥行きがあるのだ。目を閉じて聞いてみると、北海道の豊かな大地、爽やかな空気、緑の草原、などなど、ともかく癒されるのだ。人間的にも素晴しくまさしく人格者と言えるだろう・・・私の長~い手紙もしっかり読んでいただいていたり・・・私が最も感動したのは先月、息子を一緒に連れて行ったのだが、30分ステージ2回アリオで観させていただいて帰る時、写真を一緒に写していただいたのは勿論なのだが・・・帰り際に「明日、雨竜に戻るんです。」と伝えた時・・・今でも、あの時の事を思い出すと涙が出そうになるのだが、プロのミュージシャンの方から息子に握手していただいて「また、来てくださいね」と言ってくださったのだ。その日以来、息子はK.Dにすっかりはまってしまった。翌日、息子を送った後、苫小牧LIVEに行かせていただいた。何回、聞いても素晴しい。帰る時に「昨日はありがとうございました」と自然に頭をさげていた。ホントに気取った様もなく、「息子が喜んでいました」に兄弟で「そうですか。また連れて来てください」と笑顔で言ってくださった。来月に多分、札幌にまた来てくださると思うのでゼヒ行かせていただく。皆さんも癒されてみませんか?
January 30, 2008
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ROCKERの息子なのに、演歌とかアニメの主題歌をずっと聴いていたが・・・まず、中学の頃だったかな・・・私がBON JOVIのCRUSHのDVDを観ていると立ち止まり、JON格好いいと・・・ボソッと・・高校に入ってから寮生活を送ることになったのだが、CDを大量に持っていっている。元姑に買ってもらった自分のCCDを持っていっていたが・・・近頃は家に戻ってくると自分のCDを聞くことより、私のCDを聞いている事が多くなった。今日もあれこれコピー頼まれた。6枚も・・・最初は1枚ずつ「これ」と小出しに持ってきていたが・・・私の音楽のジャンル幅広いのだが、私が留守の時とかにも聞いているみたいで・・・ジャニーズ系にヒムロ、ガクトも・・・1番聞くのは苫小牧出身の兄弟ユニットK.D earthなのだが・・・オフィシャルサイトがあるのでのぞいてみてくださいな。彼らのことは後日、詳しく書きます。蛙の子は蛙・・ということか・・・やっとROCKERの息子らしくなってきた。うん!!!
January 28, 2008
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よく新宿御苑に家族で行った。明治神宮まで歩いて行った事も・・・転校生しかも北海道からとなると珍しかったのだろう。「熊、出るの?」みたいなことも聞かれた。あの頃の東京の空はグレーだった。梅雨時の傘も長靴もヤクにたたない経験は覚えている。幡代小学校に転入した。クラス全員で休み時間、グラウンドで遊んだのは楽しかったな。ただ、狭くてグラウンドが土ではなくアスファルトだったのには驚いた。よく救急車がきていた。おいしいものもいただいた。東京にはなんでもあると子供心に思ったものだ。星が見えないのも驚いたが・・・楽しかったな東京生活。悔しかったパンダ来日札幌オリンピックは東京に引っ越した翌年だった。悔しかったといえば・・・食事を取る時においしい物を後に残すタイプだった。ステーキを後回しに残してサブのじゃがいもとかを先に食べてお腹いっぱいになり、おいしい肉を食べる余裕がなくなり、父が「食べていいのか?」と何回も確認した。私はそれ以来、おいしいものは先にいただく事を学んだ。それでは、この辺で・・・
January 27, 2008
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祖父は私を子供扱いにしなかった。「これ、ナニ?」連続の質問にもきちんと答えてくれていた。私の目線に合わせてね。そして、仕事がある時も、等閑にせず、「こうこうこういう理由で時間がない」と納得のいく説明をしてくれていた。祖父が大好きだった。必ず、出してくれたお菓子は、かりんとうに玉子ポーロ。忙しかった両親の代わりになっていた。小2の5月に父の転勤で東京に行くことになった時、私は祖父も一緒に行くと思っていたので、駅で手ブラな祖父を見て、「なんで、何も持っていないの?」と尋ねた。とても悲しい思いをした。結局、その時の祖父が生前の最後の姿になってしまった。しっかし・・・その年に札幌オリンピック開催。渋谷区初台にお引越し。2年後、札幌に帰った年にパンダ初来日。なんと、ツイテナイ・・・それでは、この辺で・・・
January 26, 2008
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中央区の桑園で育った。土地は借物だったらしいが、300坪あった。大きな庭に木がたくさん植えてあった。祖父も父も道庁に勤めていた。北海道の名所といえば、赤レンガがあげられると思うが・・あの設計をしたのは祖父なのだ。階段の下のガラスケースの中に設計図が入っていて祖父の署名がされている。明治生まれの東京大学卒さね。父は北海道大学。父の妹達は西高出身。母の兄は東北大卒。母方のひいじいさんは北海道初の小学校を函館に建てたメンバーの一人で銅像があるそうだ。こういう家系に育った私は悲劇さ。頭は悪くはないが、程度の問題がある。両親は私に過度の期待をかけていた。テストを見せるといつも「何、この点数!」ときたもんだ。平均点より上だったと説明をしても聞き入れてはもらえなかった。そしたらさ・・・もともとへそ曲がりの私よ。反骨精神に火がついたさね。勉強しようかなと思った時に、「勉強しなさい」と言われると、誰が言うこときくものか!!としなかったね。階段をあがっている音が聞こえてくると勉強をしているふりしていた。漫画読んでたさね。ははははは今日はこの辺で・・・
January 25, 2008
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1962.12.25生まれ。大体、この誕生日が悪い。クリスマス大嫌いじゃ!!!プレゼントは確かに2個あった。だが・・・妹にとってはクリスマス。私にとっては誕生日。いまだにクリスマスシーズンになるとムカツク!!これみよがしのバカップルぶっ倒したくなる。取り乱してしまいました。申し訳ない。息子が生まれるとママの誕生日はどこにいった~の世界だし・・・元夫も祝ってくんなかったし。未だに・・・産まれた時から髪がしっかり生えていたらしい。手術のたびに白髪は増えてきたが真っ黒で本数が多いらしい。顔は・・・今でこそ歳相応に見られるがよくいうフケ顔で、中学生の時に奥さんと言われた。最初のショックは幼稚園児の時か・・スカートはいていたのに、バスの運転手にボクと言われた。その頃、背が高い方だったので、小学生に思われたみたいだが・・あれは、忘れる事ができない。ま、今日はこの辺で・・・
January 24, 2008
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私はCD買う人さ。JONも書いていたが・・・自分の娘も使っているって。たくさんの曲の中からチョイスして、曲の順番も考えて1つのメッセージとして伝えている事を知っているから、いいとこどりをするということは、メッセージを受け取らないと同じ事で・・わからんのだ・・・それから、ヘッドフォンで外部の音を遮断している光景も異様に見える。自分の世界にそんなにこもりたいのか?外部刺激、楽しいのに・・私は同性にだがよく声をかける。寒いですね~とか、そんなんでもいい。コミュニケーション不足の若者が増えているらしいが、日本のこれからはどうなるんだ?
January 23, 2008
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普通、広く浅くが常であるが、私の場合、広く深くなので、お金も時間も足りない。クローズで、小栗旬さまに見事にはまった。花より男子の花沢類で少しグラついたが、松潤の方が上だった。はまるとヤバイ!!写真集3冊買ってもうた。母にイイカゲンにしなさいと言われたが、しゃ~ないの~・・・おばさんになってもミーハーやめられない。ただのイケ面好きというわけではない。ハングリー精神がないとファンにはなれない。ジャニーズ系はハングリー精神の塊みたいなので、好きなのだ。ガクトもヒムロもそう。日ハムのダルもしかり。土方歳三はまさに最後の武士!!歳三の本を読めば読むほど彼に魅かれていった。男のロマンというのか・・・たまらん
January 22, 2008
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札幌に来ないから見送ろうと、いったんは思ったが~・・・6月から1ヶ月息子精神科に入院したんだ。中2から通院していたが、障害なのか病気なのかずっとわからなくて・・・学校の寮で幻聴が激しくなり、不調を誰にも言えず、暴れてしまい、入院させることに。ただ、病気であれば、いつかは治るが、障害であれば一生ものなので、障害を背負わせてしまったと自責の念で1日の睡眠時間が2-3時間という日々が1ヶ月続いた。そんな時にBON JOVIのLIKE A MEMORYのビデオ・クリップが配信された。欝は泣けないのだが、JONの声は特別で毎日、観ていた。毎日息子は病気だと判明した。BON JOVIは何故か私が落ち込んだりしている時に新曲が出てその度に勇気付けられ励まされてきていた。まさにIN MY HEARTなのだ。それに気付いたのは札幌ドームのアーティストこけら落としのライヴだったが・・・JONの声を聞いた途端、涙溢れてきた。ファン以上の存在だったのだ。ともかく、素晴しかった。ROLLINGSTONES札幌ドームライヴが今までの1番だったが、抜いてしまった。ステージング自体はシンプルなものだったが、よりJONの人間味が溢れるものに、なっていた。5曲も泣かせてくれた。ラストはありがとうの感謝の金欠におちいっているが、行ってよかった。
January 21, 2008
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